タイトル


《1》
 時は文化文政時代。九郎判官義経をモデルに、一人二役や早変わり・宙吊り、水や火薬をふんだんに使ったからくり仕掛けのケレン味たっぷりの舞台−「宙(そら)飛び天狗」と言う若衆歌舞伎が、江戸の街で大人気となっていた。日輪と言う名の若き修行僧が、謎の天空大天狗の導きにより、宙飛び天狗に変身!様々な秘術を駆使する陰陽師として、世を騒がす魑魅魍魎・妖怪変化と死闘を繰り広げると言う破天荒なストーリーだ。
 主人公を導く天空大天狗役を演じる、一座の主宰者・市川猿蔵(森次晃嗣)は、大仕掛けとケレンを追求する余りの傾不奇振りに、古典芸能としての伝統に固執する歌舞伎界からは「異端児」扱いされていたが……何よりも評判を呼んだのは、主役の修行僧を演じる役者・日輪(役名と同じ/氷川きよし)の二枚目振りだった。芝居小屋で歓声を上げるだけではなく、終演後も楽屋口にまで押し掛けては、手に手に贈り物を差し出し、握手や一筆書き(サイン)を求める大勢の若いギャル(?)たち!

「どいたどいた!日輪が通れんだろうが〜〜!」
「すいません、円空さん」
 押し寄せた女性ファンに取り囲まれて、全く身動きできない日輪の前に立ち、何とか通り道を作ろうとする、日輪の親友にして一座の先輩役者・円空(ケイン・コスギ)。そんな円空に、熱狂的な女性ファンが何人も食ってかかる。
「何よう〜?あたしと日輪さんの仲を邪魔する気〜〜?」
「ちょっとう〜!誰が、日輪といい仲だって言うのよう〜〜?」
 忽ち、ファン同士の間で、「あたしの日輪さん」を巡って、口喧嘩から掴み合いの騒ぎがおっ始まる。楽屋口で起こった騒ぎは表通りまで達し、それを静める為、とうとう南町奉行所の同心までもがやって来た……ご存じ、中村主水(藤田まこと)だ!もみくちゃの騒ぎの中に飛び込んで、何とか事態を沈静化させようとする。
「おいおい、おめえら、いい加減にしろ!これ以上往来で騒ぐんなら、片っ端からひっ括って牢屋にぶち込むぞ!」
 十手を突き付ける主水の姿に、ブウブウ不満の声を挙げながらも、波が引いて行くように静まって行く騒ぎ。日輪たちを取り囲んでいた何十人もの女性ファンも、山の様なプレゼントを渡すと、やっとの事で散っていった……。
「八丁堀の旦那、お騒がせして申し訳ありません」
 主水に向かって頭を下げる日輪と円空の二人。主水が渋い顔になる。
「全く……あいつら、小娘共のやる事は訳分かんねぇ。だがな、そもそもの原因はおめェ等なんだからな。その事は忘れるんじゃねェぞ!」
「まあまあ、旦那……!これからは、あっしたちも十分気を付けますんで、今日のところは、これでご勘弁を……」
 ウインクした円空が、そっと袂に入れてきた袖の下に、それまでの渋面から、一転して上機嫌になる主水。
「分かりゃあ良いんだ、分かりゃあよ……。よーし、また騒ぎが起こらねェ内に、早く行け!」
「ご配慮、本当にありがとうございます」
 主水に一礼すると、近くに待たせてあった駕籠に乗り込む日輪と円空。主水の見送る前で、二人を乗せた駕篭は次第に遠ざかって行った。…と、その肩がポンと叩かれる。

「……小金稼ぎに忙しい事ですな、八丁堀の旦那!」
 振り返った主水の目に入ったのは、三味線屋勇次(中条きよし)の皮肉たっぷりな笑顔だった。
「何でえ、三味線屋じゃねえか?おめェ、こんな所で何してんだ?」
「あっしは、宙飛び天狗の舞台に使う、三味線の糸を納めてるんですよ」

 (挿入ショット)舞台裏で、宙飛び天狗の扮装をしている円空の体に、天井から下がっている特別製の三味線糸が結びつけられる。舞台前面で、修行僧・日輪の変身場面が演じられるのと同時に、瞬時にして華麗な宙吊りで出現する円空の宙飛び天狗!
「人がぶら下がっても切れない丈夫な三味線糸が欲しいって、座長の猿蔵さんに頼まれたんでね」
「人がぶら下がっても切れねェ、か……成る程。おめェのは特別製だからな」

(挿入ショット)悪党を宙高く吊り下げる、勇次の三味線糸!
「だがよ……(声を潜めて)ヤバくなるような事は、あんまりするんじゃねえぞ」
「まあな……だが、日輪の奴にゃあ、昔ちょっとした縁があってな。最初は、俺も断ってたんだが、主役が日輪だって聞いてからは、嫌とは言い辛くなっちまってな……もっとも、以前は日輪じゃなくって、日増って名前だったがな」
「日増…って、確かおめェ……!」
 主水も、一度だけ勇次から聞いて、知っていた名だ。
「そうさ、スキゾーだよ。俺が知ってた頃は、オチャラケたガキだったが……いつの間にか立派な役者になりゃあがった。名前も、主役の修行僧に因んで『日輪』に変えたそうだ。全く、変わりゃあ、変わるモンだぜ!」
 そう……宙飛び天狗の主役−修行僧・日輪を演じている二枚目役者・日輪とは、かつて勇次やお国たちと共に「仕切人」として、裏稼業に身を置いていた元僧侶の日増こと、スキゾーだったのである!お国やお清たちと別れたスキゾーは、彼の役者としての隠れた才能……既成概念にとらわれず、常に新しいものにチャレンジし続ける精神を市川猿蔵に見出され、期待の若手役者としてビシビシ鍛え上げられる。そして、スキゾーが初めて主役の座を掴むまでは、一座の花形役者だった円空との二人一役によるケレン芝居−「宙飛び天狗」によって、遂に大人気を得たのだった。



《2》
 日輪と円空の二人は、座長の市川猿蔵と共に、興業を張っている芝居小屋・丑寅座の主人である万蔵(篠田三郎)の招きを受け、料亭・わら卯の座敷にいた。
「いや〜、猿蔵さん……。宙飛び天狗の舞台は、連日押すな押すなの大入り満員で大盛況ですな!」
 猿蔵の杯に酒を注ぎながら、上機嫌で言う万蔵。一応、一番の上座に座っているのは座長の猿蔵と小屋主の万蔵だが、大勢の芸妓が押し掛けて賑わっているのは、やはり主役の花形役者・日輪のところだった。招かれた者としての立場から、精一杯愛想を振りまいて、サービスに努める日輪。それをチラリと横目で見る猿蔵。
「何と言っても、舞台の成功は日輪のお陰ですよ。顔がいいだけの若僧だなんて言う奴がいるが、飛んでもない!私が考えた舞台を実現させる為に、あいつは血の滲むような鍛錬をしてますよ。ただ、それを余り顔に出さないだけ……。大した努力もしないくせに、役者でござい…てな顔をして、いい加減な芝居をしたりする連中や、必死で努力してます…てな事を口先で言うばかりで、そのくせ何にもやってない役者が如何に多い事か!」

 顔をしかめ、吐き捨てるようにして言った猿蔵が、杯を一気に空ける。猿蔵の突然の激昂を、まあまあと宥める万蔵。
「誠にそうですなあ!実は、お恥ずかしい限りですが……私の娘も、日輪に入れ揚げとりましてな。毎日毎日、日輪様がどうした……日輪様がこうした…と、そればかり言っておるのですよ!」
 万蔵が指し示す先には、芸妓たちに交じって、日輪に迫っている娘の七重(吹石一恵)がいた。あからさまに甘えてくる七重に、さすがの日輪も閉口気味だ。愛弟子たちの姿を目にした猿蔵の表情が、それまでの険しい顔つきから、打って変わって満足げになる。
「ですが……あいつらは違います。日輪と円空は……。あの二人は、私の構想した早変わりや宙吊り・殺陣を見事に再現した!あの二人がいなければ、『宙飛び天狗』は現実の舞台としては成り立たなかったでしょう。いずれ、あの二人は『日本一の役者』になる筈です。ええ……この私が保証しますよ!」

 「宙飛び天狗」においては……日輪が、変身前の修行僧・日輪に扮して、主に芝居中心。円空は、日輪が変身した宙飛び天狗として、派手なアクションシーンを担当していた。だが、日輪の横にいる円空は不機嫌な顔付きだ。ちやほやもてはやされている日輪に比べて、円空の元には、娘たちは誰も寄って来ない。時折やって来るのは、芝居小屋や一座の関係者ばかり……。むっつりとした顔付きの円空は、一人手酌で酒を飲んでいる。
 …と言うのも、円空が主役のパートを演じる「宙飛び天狗」が、派手なアクションシーンを繰り広げ、華麗な立ち回りで満場の喝采を浴びようとも、京劇のような隈取りで顔を被われている為、円空の素顔は全く判別できないからだ。一旦舞台を降りてしまうや、些か強面のする円空が、あの華麗なる「宙飛び天狗」だと気付いてくれる者は、誰一人いないのが現実だった……。最初は、自分こそ一座の花形役者であり、この舞台の主役だという意識があった為、何とも思わなかった円空だが……日輪の人気が急上昇するにつれて、いつしか円空は日輪の「影」と化して行った。更には、舞台を離れても、女性ファンに追い回される日輪を守るボディガード的な役回りになってしまい、いつの間にか二人の間に、大きな人気と立場の違いが生まれていったのだった。
 鬱積する不満を心の内で押し殺す円空に対し、「一座の花形」「先輩役者」として、あくまで円空を立てようとする日輪。自分のそんな行動が、益々円空のイライラを募らせている事に、全く気付いていない日輪。かくして、二人の間に生じた亀裂は、目に見えないところで、決定的なまでに広がっていった。そして、それが、遂には悲劇を生むに至ったのである……。

 大勢の芸妓たちにおだてられて、いい気になっている(と、円空には見えた)日輪を横目に見て、小声で吐き捨てるように呟く円空。
「いい気になりやがって……てめえの芝居が、どれほどのモンだってんだ?俺が、終盤で華麗な立ち回りを演じてやってるからこそ、てめえが目立ってるんじゃねえか。その恩も忘れて、女にうつつを抜かしやがって……!」
 ぶつくさ言っている円空の肘がどん!…と押され、杯の中の酒がこぼれた。
「何しやがるんだ、てめえ!」
 日輪にお酌をしようとして、隣の席の円空との間に割り込んだ挙げ句、杯の中の酒をこぼしてしまった芸妓を睨み付ける円空!
「あ、すいませんねえ、旦那」
形ばかりの詫びを言って、再び日輪の方に向き直る芸妓。その態度が、再び円空の怒りをかき立てた。
「何だとう〜?てめェ、俺を誰だと思ってるんだ!?」
「さあ……知らないわ。一座の下働きの人かしら?」
 円空に対して、全く関心のない芸妓が、円空の気持ちを逆撫でする言葉を口にした。
「言うに事欠いて、何だとう〜〜!」
 猛り立った円空が杯を投げ捨てて、芸妓を締め上げた途端、座長の猿蔵がその腕をねじ上げた!
「この馬鹿野郎が!前後不覚になる程酔っぱらいやがって……か弱い女に手を出すとは何事だ!恥を知れ!」
 猿蔵の叱咤に耳も貸さず、ふてくされた顔でその腕を振り解く円空。猿蔵は「仕方のない奴だ!」と苦々しい表情を浮かべながらも、それ以上円空を咎めようとはしなかった。そして、七重や大勢の芸妓の応対で大忙しの日輪を目にした円空は、突然席を立つや、そのまま勝手に座敷から出て行った……。


「こりゃあ、市川猿蔵一座の円空さんやないですか?」「……あんた、誰だ?」
 わら卯の通廊で、一人の中年男が円空に声を掛ける。眉をひそめた円空に、男が笑って答えた。
「お忘れでっか?林町の正次郎でんがな」
「正次郎?……ああ、吉村座の小屋主だな。ずいぶん前、親方の芝居をそっくりそのまま真似て、『天空大将』ってヤツをやったインチキ野郎だな?」
「ま、ま……それは、こっちに置いといて!どうでっか、うちのお座敷で一杯?」
 苦笑いした中年男−吉村座の正次郎(団次朗)は、おちょこで酒を引っかける仕草をして、迷惑げな顔付きの円空を、むりやり自分の座敷へ引っ張って行った。

 市川座と同じ様に、からくり仕掛けのケレン芝居で大人気を得ていた吉村座は、世間一般の人気とは裏腹に、儲けを生み出す為にありとあらゆる手段を取る事で、業界内では悪評を呼んでいた。
 他の一座の人気役者や脚本家を、大枚の移籍料で強引に引き抜いたかと思うと、配下の役者や下働きの人間のギャラは極限までケチり、取引先の業者への支払いは、徹底的に買い叩く。よそで評判となった芝居は、直ぐに二番煎じの内容を拵えて、その人気に便乗する。上方商人の出身で、金に非常にがめつい小屋主の正次郎は「何をしようと、売れたモンが勝ちですわ!」と言うのが口癖で、裏では地回りのヤクザとも繋がっている…と言う噂も流れている程だ。
 かつて、市川一座で「天空討伐士」と言う芝居が大評判を呼んだ時、直ぐ様「天空大将」と言う似た舞台を拵えて、一山当てたのだ。内情を知らない観客の間では、未だに「天空大将」は、市川一座の芝居だと思い込んでいる人が多かった。
 正次郎が得意先の接待の為に用意した宴席が、急な用事で無駄になったと言う事で、酒も料理も全くの手付かず。最初の間は、半ばお義理で酒を呑んでいた円空だったが……いつしか、正次郎のおべんちゃらに乗せられて上機嫌になり、口が軽くなって行った。

「……何で、日輪の野郎ばかり持ち上げられるんだよ!?ろくな芝居も出来ねえクセして、主役面しやがって!親方の書いた脚本のセリフを、一から十までそのまんま喋ってるだけじゃねえか!早変わりに宙吊り……命懸けで体を張って舞台を盛り上げてるのは他でもねえ……この俺なんだぜ! そいつを誰も分かっちゃいねえんだ!」
 腹の中に溜まった不平不満を、思いっ切りブチ撒ける円空。正次郎は、そんな円空のグチに大きく頷く。
「そりゃ、円空さんの言う通りやがな!誰も彼も、あの芝居があんさんの立ち回りでもってるって事、気付きもしよらへん!日輪みたいな半分素人の二枚目なんざ、あの芝居にゃ、いてもいんでも変わりまへんで!もし、わてがあの舞台の演出するんやったら、日輪の役はどうでもええような若手にしといて、もっと円空さんを主役扱いしまっせ……それが筋でんがな!」
「あんたも、そう思うだろ?……なっ、なっ?」
 したたかに酔った円空は、正次郎に上手く誘導されているとも気付かずに、彼の手の中で虜にされて行った……。いつしか、正次郎の吉村座で、自分がメインになった「宙飛び天狗」の芝居を熱っぽく語る円空。円蔵や日輪が考えている様な、宙飛び天狗の喜怒哀楽を描くドラマではなく、自らの逞しい肉体を最大限にまで活かして、激しいアクションが縦横無尽に舞台上で躍動するダイ・ハードな活劇!
 自らに課せられた「アクション専門」と言う役割に不満を抱いてはいるものの……そこは、やはり市川猿蔵の一番弟子だった円空だ。ケレンに満ちた舞台に魅せられている点では、師匠と全く変わりはなかった。ただ、弟弟子の日輪への嫉妬心が、彼の役者魂を歪ませてしまっていたのだ……。
「……そやけど、猿蔵さんが日輪にえこひいきしてる限り、あんさんが主役にはなれまへんなあ……!」
 心の奥に隠している日輪への嫉妬心を、更に煽り立てる正次郎の言葉に、次第に嶮しくなって行く円空……。ムッツリとした表情で酒を煽る円空の姿に、正次郎の目が怪しく光る。それは、正に「獲物を見つけた虎」の如き表情だった!……と、突然離れた場所から、「……おい、円空!どこへ行った!?……ご贔屓様のお帰りだぞ!」と言う、猿蔵の苛立った声が聞こえて来た!
「いけねえ……師匠のお呼びだ!」
 我に返った円空が慌てて立ち上がり、座敷から出て行こうとする。その背に向かって声を掛ける正次郎。
「円空はん。さっき、わての言うた事、忘れんといておくれやっしゃ!」
 襖に掛かった円空の手が止まる……。そのまま、振り向きもせずに言う円空。
「……覚えておこう」

 そして、円空が座敷を去った後、隣の部屋から狡猾そうな男が入ってきた。
「円空のヤツ……まんまと、旦那の撒いた餌に食いついたようですな?」
「……ああ。わしも、円空があれ程日輪を嫌っとったとは、想定外やったけどな。逆に、これで後の段取りがやり易うなったわ!円空の方は、あのまま折に触れて煽ってやったらええ。日輪憎さの余り、いずれ自分から頭を下げて、わいのとこに来るやろ。あいつは、自分の芝居の見せ場さえ段取りして貰えたら、何も言わんと、こっちの言う通りにしよる単純な『筋肉バカ』やさかいな。まあ、やり易いやっちゃ!問題はなあ……日輪の方や。あいつを何とかせん事には、埒があかん。そこで、あんたの力を借りたいんや……金葉はん!」
 金葉と呼ばれた男(高峰圭二)が、ニヤリと笑う。現代で言えば、ゴシップ専門の低俗ジャ−ナリスト。大衆が求める物を提供する…を口実に、ある事ない事を書き立てる三流の瓦版屋だ。お得意様の接待の為の宴席と言うのも、実は正次郎の出鱈目。全ては、かねてから目を付けていた円空を取り込む為の企てだったのだ!
「……日輪はどこで生まれ、どう育ったんか?役者になる前は、どこで何をしてたんか?何でもええさかい、日輪の過去を徹底的に調べてほしいんや!どんな人間でも、秘密にしてる事は、一つや二つ必ずある筈やさかいな。そいつを暴き出してくれたら、後は金葉はんの瓦版で、好きなように書いてくれたらええ!……あの人気役者の日輪が、昔『こんな事』をしとった!−ちゅう風にな?そらもう、面白い程売れるでえ!」
 陰険卑劣な謀り事に、声を出して笑い合う正次郎と金葉!
「……でも、旦那。もしもですよ?もし徹底的に調べ抜いて、その挙げ句に、何も出てこなかったら……どうします?」
「どうもこうもないわいな!何にも出てこなんだら、その時は……」
 正次郎が無気味に呟く……「デッチ上げたらええんや!」



《3》
「……ここは、一体どこだ?」
 主水は、一人立ち尽くしていた。周囲は全くの闇で、一寸先も見通せない……。突然目映いばかりの光が何処からか射し、主水と……もう一人の「男」を、闇の中から浮かび上がらせた!
「江戸の街に巣くう、闇の仕事人・中村主水……!たとえ天が見逃しても、この私が許しはせん!」
「何だあ……!?」
 主水の目の前に立った「男」……それは、何と宙飛び天狗だった!頭上からは、紙の桜吹雪が降り注ぎ、三味線の響きが鳴り渡る!(BGM:「剣劇人」〜OP・チャンバラ伴奏曲) どこからともなく聞こえてくる拍手と歓声を耳にしながら、いつしか「舞台」の上で大立ち回りを繰り広げる主水と宙飛び天狗……。主水の剣をかわした宙飛び天狗の必殺技−「十文字斬り」が、物の見事に主水に炸裂した!
「やあ〜らあ〜れえ〜たあ〜〜〜!」
 大仰に叫んだ主水が、バッタリと倒れる。見えざる観客の歓声が益々大きくなり……やがて、それは主水がよく聞き慣れた「声」。せん(菅井きん)とりつ(白木万理)のドラ声へと変化した!蒲団の中……お馴染み、中村家の寝床で目覚める主水。

「……何です?朝っぱらから〜〜!?こっちは、夜勤明けで疲れてるんですから、もう少し寝かせて下さいよ〜〜!」
 再び蒲団をひっ被って寝ようとするも、二人ががなり立てる「唄」がキンキン響いて、到底寝られそうにない。
「大体何なんですか?……その…阿呆陀羅経は?」
「何を言ってるんです、あなた!?これは、今江戸で流行ってる小唄−『日輪・第七番』じゃありませんか?」
「……婿殿はお忘れですか?今日はお仕事が非番なので、私とりつを、日輪様の舞台を見に連れていって下さると言う約束でしょうが?」
「ですから、あなたも早く、出かける用意をして下さいな!」
 義母と妻にしていた「約束」をやっと思い出した主水、のろのろと蒲団の中から這い出してくる。その間も、小唄−「日輪・第七番」を、調子っ外れの大声で唄い続けるせん。
「♪日輪様のォ〜〜名を〜〜借〜り〜てぇ〜〜!宙飛び〜天狗〜〜天狗〜〜天狗〜〜。宙飛び〜天狗〜〜天狗〜〜天狗〜〜!倒せぇ〜〜火を吐く大妖怪ぃ〜〜!超絶光〜で〜〜えいっ!!」
 主水が、舞台で宙飛び天狗と戦うと言う「夢」も、どうやら枕元に響いて来たせんの「日輪・第七番」の為らしかった。既に冷えていた朝飯をかっ込みながら、小声でぼやく主水。
「……全く、何て夢だ!」

 ……さて、主水とせん・りつが、市川一座の芝居小屋に着くまでもう暫く掛かるので、ここで、今までに上演された「宙飛び天狗」の演目を幾つか紹介しよう。

「姿なき侵入者」(宙飛び天狗・初登場編)
「異国人を撃て」(宿敵・春丹人の登場)
「妖怪無法地帯」(髑髏妖怪・紅王の出現)
「即身仏の叫び」(入定した僧侶の怨念が妖怪化)
「暗黒世界」(天空に浮かぶ街「弁笠町」が江戸に迫る)
「恐怖の浮世絵」(幻の絵師・東洲斎写楽の妖怪画が実体化)
「天空から来た兄弟」(ニセ宙飛び天狗の登場)
「将門はふたたび」(大怨霊・将門の復活)
「故郷は大和」(漂流民・邪魅の涙)
「金子の繭」(お金に憑かれた人々の不思議譚)
「第四王朝の悪夢」(からくり人の国に迷い込んだ日輪)
「大江戸探索隊 西へ」(京へ赴く大僧正を狙う金属妖怪・城金/二部構成)
「妖怪墓場」(死霊・海坊主の悲哀)

 そして、今回主水たちが三人揃って赴いた新作演目が……「薔薇街道の青玉」。遙か昔に衰亡した古しえの都に、甲虫妖怪・暗虎が出現!しかも、宙飛び天狗そっくりの石像が建っていると言うスト−リーだ。では、そろそろ中村家の三人が市川座に着いた頃なので、ここで話を元に戻す事としよう……。


《4》
 主水がせんとりつを連れてやって来た時、芝居小屋・丑寅座は既に押すな押すなの大盛況だった!宙飛び天狗の大アクション(つまり、円空の大立ち回り)に目を輝かせる子供たちと、二枚目ハンサムの日輪に黄色い声援を送る女性たち……それぞれ見る目的が違う(?)ものの、「宙飛び天狗」の舞台が大入り満員である事には違いない。開演を待つお客が、次々と弁当やお茶・演目の解説書(パンフレット)・様々な「宙飛び天狗グッズ」・日輪の複製版画(ポートレート)を買って行くのを見て、丑寅座の小屋主・万蔵もニコニコ顔だ。

「……だから、何度も言ってるでしょう、旦那。この人だかりを見てくださいよ!?今日は、新作の初日なんですぜ?あっしらは、予約客と当日客を捌くので、もう手一杯なんでさあ!幾ら、八丁堀の旦那だからって、それだけで特別扱いは出来ねえんですよう!」
 市川座の入り口で、ごった返すお客相手に、必死に応対しているモギリが渋面を浮かべる。だが、せんとりつに「上席を取ってくるよう厳命された」主水も必死だ!
「何も、俺はタダで芝居を見せろって言ってる訳じゃねえ!払うモンは、ちゃんと払う……只、ちょっと融通を利かせて良い席にしてくれって、そう言ってるだけなんだ!」
「でもねえ……」と、相変わらず困った様子のモギリ。そこへ「おい、何だ?どうした?」と言って現れたのは、開演前の気分転換で表へ出て来た円空だ。舞台の序盤では日輪の芝居が中心の為、円空の出番は余りない。宙飛び天狗の下地メイクに、甚平を羽織っただけのラフな格好の円空に気付くお客は少なかった。
「……こりゃあ、旦那!先日はお世話になりやした」
 主水に気付いた円空が丁寧に挨拶する。これ幸いと、妻と姑を連れて芝居見物に来たものの、なかなか良い席を取れないでいる事を打ち明ける主水。
「分かりやした……おい!俺の顔で、旦那方を特別席へご案内しろ!いえ、お代は要りやせん……それよりも、また何か問題が起こりやした時に、旦那のお力をお借り出来れば、それで結構ですので……」
「そうかい……?す、すまねえな。それじゃ、おめえの言葉に甘えさせて貰うぜ!」
 せんとりつへの面目が立って、上機嫌の主水!たかが2〜3人タダで芝居見物させようと、八丁堀の同心との間にコネを作っておく事と比べれば安いもの……円空もそう考えたのだ。そして、主水たちが案内されたのは、芝居関係者等の為に用意された「特別招待席」だった。舞台の真正面に位置し、一般席よりも格段に広い枡席に、せんとりつも満足げだった。早速三人前の弁当を買いに行かされた主水は、少し離れた招待席に意外な人物が座っているのを目にした。主水の上司の南町与力・博多(黒部進)だ。しかも、時折開演前の舞台に目をやりながら、隣に座っている男と何やらヒソヒソ話に耽っている。その人物こそ、円空に「独立話」を持ちかけた吉村座の正次郎だった……。

 やがて、開演を知らせる拍子木が鳴り響き、客席の喧噪が次第に静まっていった。本日の演目は、宙飛び天狗の新作「薔薇街道の青玉」だ。
 荒筋は、こうである……。


 奥州平泉に謎の隕石が落下。調査に赴いた大江戸探索隊は、かつては「黄金の都」と呼ばれたものの、今は荒れ果てた地である平泉で、甲虫妖怪・暗虎の襲撃を受ける。そして、迷い込んだ衣川の社殿で、宙飛び天狗ソックリの石像を発見する日輪たち!しかも、その手には「不思議な青い玉」が握られていた。社殿を守る巫女から、その石像が「九郎判官義経公の御姿」だと告げられ、更に驚愕する!
 京の都で天狗の教えを受けた源義経とは、実は「宙飛び天狗」のご先祖様だったのだろうか?そして、隕石の落下で目覚めた暗虎により、平泉は壊滅状態に陥ってしまう!大江戸探索隊の武器も通じず、更に日輪が変身した宙飛び天狗も、暗虎の磁力攻撃に窮地に陥る。絶体絶命のピンチに、石像の青玉を巫女が投げた瞬間、石像が命を得て「二人目の宙飛び天狗」が出現した!かくして、二人の宙飛び天狗の「W十文字斬り」を浴びた暗虎は、物の見事に爆散!二人の宙飛び天狗は融合し、更にパワ−アップした「第二形態」へと変貌したのであった!

 ……そして、万来の拍手の中で幕が閉まった。観客の大声援に応えて、幕前に出てくる日輪と円空!二人の顔には、大芝居の初日を演じ終えた充実感が浮かんでいた!だが……円空の出番がこれで終わりなのに対して、日輪は「もう一つの舞台」を控えていた。第二幕の「日輪・音曲劇」(現在で言う歌謡ショ−)である。小唄や端唄・長唄を始めとして、持ち唄の「大井追っかけ音次郎」や「箱根八里の半次郎」で、自慢の喉を聞かせる日輪!それを、舞台袖から複雑な表情で見つめる円空……。第一部のお芝居以上に、女性ファンのキャーキャー言う悲鳴が飛び交い、丑寅座は一種異様な盛り上がりに包まれる!他の客同様、髪を振り乱し、両手を必死に振って、日輪に声援を送るせんとりつを、呆れ果てたような表情で見つめる主水……。
「確かに、惚れ惚れするような二枚目には違えねえけどよ……よくもまあ、あそこまで我を忘れて夢中になれるモンだぜ!しかし……音次郎、音次郎って、何度も何度も呼び捨てにされるのは、何だかハラが立つなあ!」と、訳もなく(?)立腹する主水だった。
 やがて、全ての演目が終了し、心地よい疲労と満足感に包まれた日輪が楽屋に帰って来た時、そこにいたのは……。
「素晴らしい舞台だったな、スキゾー!……いや、今は日輪だったな」
「……勇次さん!」


《5》
 そう……舞台を終え、楽屋に戻って来た日輪を待っていたのは、師匠の市川猿蔵と勇次……それに、仕立物屋の新吉(小野寺昭)の三人だったのだ。
「見せて貰ったぜ、おめェの舞台」「ありがとうございます、新吉さん!」
 勇次と新吉の誉め言葉に、ぱあっと笑顔になる日輪!一方、今回の舞台で、衣川の社殿に現れる「藤原秀衡の霊」を演じ、舞台用の衣装は脱いでいたものの、メイクはまだそのままだった猿蔵は、まだ厳しい表情を崩していない。
「……日輪よ。巫女役の夕南(吉本多香美)を抱き起こす場面で、オドオドしてたのはちと拙かったな!」
 師匠の厳しい指摘に、それまでの高揚感が吹っ飛んで、一遍にシュンとなる日輪。
「すみません、師匠!でも……あれは、夕南兄さんが……」
 日輪の言葉に、猿蔵も苦笑を浮かべる。男の役者による「活劇」がメインの市川座において、「紅一点」とも言うべき女形役者の夕南は、その美貌故に、流した浮き名は数知れず……。そして今、夕南が岡惚れしていたのが、一座の後輩にして人気役者の日輪だった。


 (挿入ショット)「薔薇街道の青玉」のクライマックスで、舞台に倒れた巫女姿の夕南を起こす日輪。薄絹をまとっただけの夕南が、観客の目も全く気にせずに、日輪に抱きつこうとする……。思わず赤くなり、慌てて身を退く日輪!
「まあ、夕南の奴がおめェに入れ込んでるのは、一座のモンなら周知の事実だからなあ。あいつにゃあ、俺からよく言っといてやる。それでだ……夕南との事を除きゃあ、おめェの芝居は完璧だ。……よくやったな!」
「……お師匠さん!」
 尊敬すべき師匠の賞賛の言葉に、日輪も思わず涙ぐむ……。
「だが、幾ら誉められたからって、いい気になるんじゃねえぞ、スキゾー!」
「はい!勇次さんも……本当にありがとうございます!」
「おいおい、いつまでも『スキゾー』呼ばわりしてやるなよ。今じゃ、こいつも人気役者の『日輪』なんだぜ!」
 勇次をたしなめる新吉の言葉に、どっと上がる笑い声!勇次が市川座に来ていたのは、先日納めた「操演用の特注三味線糸」の代金の受領……それと、次作の舞台の打ち合わせの為だった。そこで、舞台衣装を納めに来た新吉と出くわし、日輪が舞台から戻って来るのを待っていたのだ(勇次や新吉が市川座に出入りする様になったのが、日輪の口利きだった事は言うまでもない)。日輪や勇次を前にして、早くも「薔薇街道」の次に予定している演目……「天空から来た暴れん坊将軍」について、熱っぽく語る猿蔵!

「……それで、天から降って来た『不思議な石』が、紀州徳川家の墓守りだった鬼田の妄想によって、『八代将軍吉宗公』の御姿となって、巨大化すると言う話を考えたんですよ。俺が吉宗公に扮して宙を飛び、宙飛び天狗と戦うってえ筋書きなんですがね……。それで、俺の体重を支えられるだけの、更に太い三味線糸を頼もうと思って、それで来て貰ったんです。勇次さん……こいつぁ、その特注糸の為の前金です」
 勇次の前に、半紙で包まれた四両を差し出す猿蔵。頭を下げて頷いた勇次が、それを静かに懐に仕舞う。
「でも、師匠……お上を芝居のネタにするのは、少し厄介じゃねえですか?」
 新吉の言葉に、猿蔵が憂鬱そうな表情になる。
「ええ。俺も、それがちと気掛かりでね……。戯作者の並木宗輔が書いた『南蛮鉄後藤目貫』が、神君家康公を茶化したと言う理由で上演禁止をくらったんで、後の『仮名手本忠臣蔵』は、舞台を室町時代に移し変えなきゃならなくなった。だから俺も、徳川将軍吉宗公じゃなくって、剣豪将軍と呼ばれた足利義輝公に変えようかとも思ってんだが……どうも、ピンと来ないんでさあ!」
 そう言って、猿蔵が黙り込んだ時、急に楽屋の外で騒ぎが起こった!どうやら、舞台関係者でない誰かが、日輪の楽屋に入って来ようとするのを、一座の者が押し止めているらしかった。
「……だからさあ、何度も言ってるだろう!?スキゾーに……いや、日輪に聞いてくれって!昔馴染みの勘平が、ちょっと顔を見たいって言ってるんだから……そう言ってくれたら、あいつも分かってくれる筈なんだから。頼むよ……なあ!」
「あの声は……!」
 はっとなった日輪が楽屋の外に出る。その後に続く猿蔵と勇次・新吉。彼らが目にしたのは、一座の大部屋役者と押し問答をしている勘平(芦屋雁之助)、そしてお勝(ひし美ゆり子)の姿だった!(BGM:「仕切人」〜勘平夫婦/E1)


《6》
「……勘平さん!それに、お勝さんじゃないですか?……ご無沙汰してます!」
 「懐かしい顔」に出会った日輪が、笑顔を浮かべる。自分を取り押さえていた市川座の役者たちに向かい、「それ見ろ……俺の言った通りじゃねえか!」と睨み付けるようにして言った勘平が、大仰に着物の埃を払って襟を正した。
「スキゾー……いや、日輪…さんも、今じゃホントに立派になって……。実はね、うちのヤツが、日輪さんに心底惚れ込んじゃってるんですよ。毎日、朝から晩まで日輪さんの役者絵を眺めては、顔を赤らめて溜め息ばかりなんでね……。それで、つい『おめえは知らねえだろうが、あの日輪は、俺が昔知ってたスキゾーなんだぞ』って口にしたら、『それが本当なら会わせて頂戴よ!』って、ギャーギャー喚んですよ!……どうだ、見ろ!ちゃんと会わせてやっただろが!!」
 得意満面の勘平に、「惚れ直したよ、あんた!」と笑顔で言うお勝(ひし美ゆり子)。……と、その視線が市川猿蔵(森次晃嗣)に向けられるや、はっと驚きの表情になった!

「……あんた!」「おめえ……!」
 突然、楽屋の脇に立て掛けられていた大道具が倒れ、その背後にあった「銀紗幕」が二人の背後に映し出される!……煌めく光芒をバックに、逆光で浮かび上がる一組の男女の姿!(BGM:ショッキング・ブリッジ&クラシック音楽)……勘平の表情が嶮しくなり、周囲に緊張感雰囲気が漂う!そして……。
「……誰?」「誰だ……?」
 ……つんのめってコケる日輪!派手に横転する勘平!ズルッと滑る若手役者三人組(長野博・つるの剛士・吉岡毅志)!……そして、二枚目ハンサムの意地に賭けて、必死に押し留まる新吉と勇次!視聴者(?)の予想と期待を見事に裏切って、話はそのまま「本筋」へと突き進むのであった……。

 「日輪自筆の役者絵(サイン入りポートレート)」……しかも、目の前で「御勝讃江」と記された物を手に入れたお勝は、頭に血が上ってしまって、日輪の顔をぽ−っと見つめたままだ。日輪と勇次・新吉・勘平の四人が、どうやら昔馴染みらしいと気付いた猿蔵は、「それじゃあ……私が、芝居の舞台裏をご案内しましょうか?」と、その気が全然ないお勝を伴って、日輪の楽屋を出て行った。師匠の気配りに感謝し、そっと頭を下げる日輪……。勇次と新吉・勘平の顔を、もう一度ゆっくりと見た日輪が呟く。
「懐かしいなあ!まるで、あの……仕切人の頃に戻ったみたいだ!」(BGM:「仕切人」〜悪党仕切る時は今/b−1)
 その底抜けに明るい表情は、「人気役者・日輪」のそれではなく、何にでも好奇心旺盛で、いつもお清を追いかけ回していた頃の「スキゾー」そのものだった!

 ……その瞬間、勇次が厳しい表情になって、日輪の口を塞いだ!素早く、楽屋の入り口に駆け寄った勘平が、外の様子を伺う……。先程までの和やかな顔つきから一変して、眉をひそめる新吉!やっと日輪の口から手を離した勇次が、新吉と勘平に目で合図する。大丈夫!…と言う風に頷き合った三人が、やっと腰を下ろした。
「馬鹿野郎!……誰も聞いてなかったから良かったものの、あんな事……軽々しく口にするんじゃねえ!」
 小声で睨み付けるように言う勇次!シュンとなった日輪が、小さく身をすくめる……。
「……すいません、勇次さん……」
「それにしても、役者だ何だって言っても、その口の軽さ……昔とちっとも変わっちゃいねえな!」
 ようやく愛好を崩した新吉が、手で顔を被って言う。
「そうそう!……さっきは、お勝の手前上ああ言ったけどよ。俺にとっちゃ、おめえは今でもスキゾーなんだよな!」
 笑って言った勘平の言葉に、日輪……いや、ここは敢えて「スキゾー」と言おう。スキゾーの脳裏に、お国とお清、虎田龍之助、勘平、新吉と勇次を交えた「仕切人時代」の想い出が、鮮やかに甦った!(BGM:「仕切人」〜粛清の進撃 出陣のテーマ)


 大奥を追放されたお国とお清……鬼アザミ一味との対決……仕切人の結成……殺しを目撃したスキゾー!……そして、運命の「仲間入り」……お清の危機一髪の救出……次から次へと繰り広げられる、奇想天外な「裏仕事」のオンパレード!
 ……闇を切り裂いて飛ぶ勇次の三味線糸!振り下ろされる龍之助の鉄煙管!音を立てて叩き込まれる新吉の仕込み刃!ロ−プで跳ね返った相手を地面に叩き付ける勘平!床にバラ撒かれ、標的の首筋を貫くお国の筮竹!お清とスキゾーのコンビで仕掛けられる火薬!(そして、大爆発のイメ−ジと共に我に返るスキゾー)
「でも、百化け一味との事があってから、もう随分経つんだなあ……」
 スキゾーが、お清との「涙の別れ」を思い浮かべる……。
「それで……皆さんは……まだ、『あれ』をされてるんですか?」
 いつまで経っても、相も変わらず好奇心旺盛に聞いてくるスキゾーに、もはや呆れ果てたと言った表情の新吉が、静かに頷いた。勇次も同じ様に頷く……。目で「言わなくても分かってるだろう?」と応える勘平。
「……お国さんには、あれから会われたんですか?」
 スキゾーの問いに、顔を見合わせた三人が頭を振った。
「いや……。お国さんたちにゃあ、あれから二度と会っちゃいねえ。それに、虎田さんもだ。あの人たちは……仕切人から足を洗ったんだ。いつまでも裏の世界から抜けられねえ俺達とは、所詮住む世界が違うのさ。そして、スキゾー……そいつぁ、おめえも同じだ!」
 そう言った勇次の目が鋭くなる……。
「……おめえも足を洗ったんだ!もう、俺たちの『仲間』じゃねえんだ!」

 勇次からの「決別宣言」に、ショックを受けるスキゾー!それを見て、取り成すように言う勘平。
「まあまあ!……勇次さんは、少々きつう言うてはるけども、この人の気持ちも分かってあげなあかんで?」
 それは、一度足を踏み入れれば、二度と引き返せなくなる泥沼……「殺しの世界」に、二度と再びスキゾーを引き込むまいとする勇次の「ひそかな想い」を、勘平が代弁したのかも知れない。何と言っても、(殺しを目撃した)スキゾーの首を三味線糸で捕え、結果的に「仕切人」に引き入れる切っ掛けを作ったのは、他ならぬ勇次自身だったのだから……。勘平の言葉にも、勇次はそっぽを向いて黙ったままだった。
「だから、スキゾー……俺たちは、あくまで『役者』と『出入りの業者』と言う立場でしか、おめえに接しねえつもりだ!おめえも、そいつを承知しといてくれ」
「分かりました、新吉さん……。僕は、これから何があっても、絶対に皆さんの事は喋りません!」
 真剣な表情で、勇次たち三人を見つめるスキゾー!スキゾーは大恩ある猿蔵師匠にも、勇次たちの事を、自分がアブレ者だった昔、非常に世話になった人たち……としか説明しなかった。スキゾーと勇次達の「約束」は、決して破られる事はなかったのだ。そう……彼の命が不意に終わらされる、その時まで。……それから一カ月間、日輪は全力で「宙飛び天狗」を演じ続けた!(BGM:「仕掛人」〜荒野の果てに・インスト/整理ナンバ−M26)


 (挿入ショット)「薔薇街道の青玉」の芝居公演に、捲られる暦の数字がオーバーラップする……日輪の情熱的な芝居に、円空の血湧き肉踊るアクション!頭上に掲げた守り刀が光った瞬間、舞台上の日輪がドンデン返しで消え、幕間から円空扮する宙飛び天狗が出現する!

 複雑に入り組んだ舞台裏で、一座の裏方に「宙吊り用の三味線糸」の操作を指示する勇次。座長の猿蔵が着る「早変わり用の衣装」の仕掛けを改めている新吉。巫女姿の夕南の髪を結っている勘平。

 (挿入ショット)ドンデン返しで舞台に出現する妖怪・暗虎!側転にバク転……見事にトンボを切って、暗虎と大立ち回りを繰り広げる円空の宙飛び天狗が、舞台裏からの三味線糸の操作で華麗に宙を舞う!巫女役−夕南の悩ましい艶技に、藤原秀郷の聖霊役−猿蔵の重厚な台詞!大江戸探索隊の桐山隊長以下、井手、天城、古橋、蘇我の大活躍!二人一役に早変わり、水と火薬の大からくり仕掛け!

 舞台の袖から、日輪を熱っぽく見つめている万蔵の娘・七重。観客席から舞台に向かって、熱烈な声援を送るお勝とせん、りつ!

 (挿入ショット)石像から復活した「二人目の宙飛び天狗」(胸に幾つもの星が輝き、「青」のラインが体を彩っている)と、日輪の変身した宙飛び天狗(情熱の「赤」のラインが体を彩っている)の「W十文字斬り」が、閃光となって暗虎に炸裂!一瞬にして消滅する暗虎!……やがて、二人の宙飛び天狗が融合し、赤と青の二重のラインが体を彩る「進化した」宙飛び天狗が誕生する!

 丑寅座に響き渡る観客の大喝采!華やかな舞台上で、大勢のファンに向かって、笑顔で一礼する日輪。それを、満足げな表情で見つめ、ウムウムと頷く猿蔵。そして、舞台裏の闇の中へ、一人静かに消えていく円空……。

 ……そして、押すな押すなの大盛況で賑わう市川一座の前に、一人の尼僧が立っていた。小屋の看板に描かれた日輪の雄姿に、目映げな……そして、懐かしげな表情を浮かべる女性(画面には顔の下半分しか写っていないので、誰かは分からない)。彼女に気付いた小屋のモギリが声を賭ける。
「あのー……お芝居、見られるんですかい?」
「いえ……いいんです。あの人が元気でいられると言う事さえ分かれば、私はそれで構わないんですから……」
 さっぱり分からないと言った顔つきのモギリを後に、一人の尼僧が市川一座を後にした。瑞願寺の尼僧・春光尼(西崎みどり)……それは、かつて「お清」と言う名で、スキゾーに呼ばれていた女性だった。(BGM:「仕切人」〜浮き世の気晴らし/OPナレ−ション・バック)

【新・必殺仕切人 《PARTII》―へ続く】


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