


![]() ![]() 鎌倉時代の僧・源空(後の法然上人)が、修行の後に比叡山の黒谷を下り、承安5年(1175年)に草庵を結んだのが起源(最初の浄土宗寺院)とされている。その後、文久2年(1862年)に会津藩主・松平容保が「京都守護職」に任命され、この地に本陣を定めた。文久3年には、清河八郎の浪士組から離脱した、近藤勇・芹沢鴨一派が、松平容保公に拝謁した事から「新選組」が誕生した。 静かな境内は自由に散策でき、御影堂(大殿)・阿弥陀堂・山門(山門)・松平容保公の本陣跡…等が名所・旧跡として、観光スポットになっている。春の桜・秋の紅葉の他、庭園(紫雲の庭)や山門の襖絵・天井図等が、四季折々に特別公開されている。現在では、浄土宗の大本山であるのと同時に、地元・京都の人からは「黒谷さん」と呼ばれて親しまれている。 | ◎ 境内地図 ◎ ![]() |



![]() ![]() 映画「序の舞」(1984年/東映)・「大奥」(仲間由紀恵主演・2006年/東映)では、共にロケ地として使われたそうだが、直接見た作品で言うと……新版「柳生一族の陰謀」(2008年)では、将軍・秀忠の葬儀の後、厳重に警護された表門(A)に姿を現した柳生但馬守が、息子の十兵衛に向かい、故郷の黒谷村(!)へ赴いて、根来衆の力を借りる事を命令している(芝の増上寺と言う設定か?位置的には、(A)の右側面付近)。 現代劇では、2009年5月公開の「京都アホアホ映画」(笑)…「鴨川ホルモー」のクライマックスにおいて、安倍明と芦屋満の「ホルモー最終決戦!」が行われたのも、山門の中央正面である。その後、山門の裏手(北側)から現われた楠ふみによって、戦いの勝敗が決した。2010年・正月SPの「相棒」では、山門の楼上に上った杉下右京たちが、遥か彼方の「本能寺(の変)」を《幻視》する場面で使われている。 | ![]() 必殺シリーズにおいては、「商売人」#23で、インチキ占い師・心源坊一角の探索に赴いた正八が、ここで暴漢に襲われた他、同シリーズ・#21「悪を操る悪の大暴走」では、恋人のさぶを死に追いやられたと思い込んだ娘・おしまが、短刀で主水を襲撃!(主水に誤解だと言われ、それを見張っていた新次にも、同門前で諭されている)。「商売人」最終話/毒牙に噛まれた商売人…では、蛭子屋の策謀で、おせいの殺し札が山門の楼上に貼られている。 尚、映画「ブラウン館」に登場する黒谷屋敷は、金戒光明寺がモデルと思われるが、あの迫力ある大門は「南禅寺」で撮影された。 また、山門から見える急な石段とは別に、阿弥陀堂の東側にある平坦な坂−「東坂」は、「旋風編」#13・主水化粧する…で、コスプレ好きな塾生たち(おそらく、当時流行した「竹の子族」のパロディーなのだろうが、今見ると、丸っ切り「太秦戦国祭り」か「コミケットの時代劇コスプレ」(笑)!)が降りてくるシーンで使われている。 |



| 山門を抜け、御影堂のある境内へと通じている位置にあるのが、急な「石段」だ。ここは、仕舞人・最終話での「京山・おはなと晋松の別れ」が描かれた他、「商売人」#23/他人の不幸で荒稼ぎ…で、父親を煙たがる若手同心・青木数馬が、石段の最上部から下へ降りようとした時に、父親の姿を見つけて引き返す場面で登場。「仕置屋」#19・業苦…の、印玄の「石段転がし殺し」や、同話#12・魔性…で、市松が幼馴染の女性と再会したのが、石段の登りきった先にある「御影堂」で、その後二人して、石段の方へ降りて来ているシーンでも使われている。 また、「2009」#14・武士の異常愛…では、唐辛子屋の娘・おゆうの恋人だった徳次郎が、本堂へ向かう石段の西側(2)で殺害され、ストーカー同心によって殺されたおゆうの遺体も、同じ場所で発見された。その際、前者では、おゆうが……後者では、おゆうの母・おかねと如月が、山門を通って現れている。 そして、必殺シリーズの最高傑作と謳われている「新・仕置人」最終話/解散無用…においては、辰蔵が「辰の会」に鉄を勧誘するシーンで使われた(1:全景)。但し、初めて「必殺シリーズのロケ地」を紹介した書籍−「必殺シリーズ完全百科」では、「"粟生"光明寺」(長岡京市)と「"金戒"光明寺」(左京区)が混同されていた為、私も長い間《同一の場所》だと思い込んでいた……そう、実は、京都には「光明寺」は"二つ"あるのだ! |





金戒光明寺での「時代劇」撮影

2010年9月30日(木)、恒例のロケ地巡りで「金戒光明寺」へ行って来た。ここは、「必殺仕事人2009/#21・仕事人狩り!」での、勝野洋演じる渡辺小五郎の師匠・雨宮の切腹の場と、「必殺仕事人2010」での大奥総取締・霧島と風間右京乃介の会見の場面が、同寺院の方丈にある「紫雲の庭」で撮影されたからだ。
入り口の襖が、ピンと閉まっている方丈へ行くと……付近に、人影は全くなし。だが、玄関前には靴がいっぱい置いてある。参詣料や入場料を受け渡しする「窓口」のようなものもない……。「……失礼します」とばかりに(口には出していないが(笑))、襖を開けて、静かな廊下を進んで行くと、突き当たりのT字の廊下の曲がったところに……TVモニター!……えっ?何っ?まさか……ロケ?それも……時代劇の!?目の前には撮影スタッフと機材!左へに伸びている廊下に、ちらと目をやると……照明用レフ版を掲げたスタッフ!直接目では見えなかったが、奥の座敷で撮影の真っ最中らしく「……本番!」の声も!
一編に緊張して、体が固くなり、息を殺して、すぐ先にあるTVモニター(撮影中の場面が映し出されているらしい)を見ると……豪奢な画が描かれた襖をバックに、狩衣姿(だったか?)の「三人の戦国武将」が歓談している光景だ。「出ていって下さい」と"言われなかった"のをいい事に(笑)、「静かにしてますから」と、小声で目の前のスタッフの方に言うや、正に"息を殺して"、画面を見つめていた。遠くからは、何度も「本番!」の声とカチンコの音が聞こえ(TVモニターでも、役者の前にカチンコがカット・インするショットが見られた)。
ここで、何度か繰り返された「リハーサル」「本番」の最中に聞き取れた台詞は、一人の武将が「上様は、二兵衛うんぬん〜〜」と言うと、それを聞いた一人の武将が大きく笑うと言う演出で……どうやら、これは「羽柴秀吉」と「竹中半兵衛」「黒田官兵衛」(秀吉配下の名参謀−竹中と黒田は、二人合わせて「二兵衛」と呼ばれている)らしく、後で「半兵衛」と言う台詞も聞き取れた。本番と本番の間に、隙を見て「映画ですか?TVの時代劇ですか?」とスタッフに尋ねてみると……「TV時代劇の撮影です」との返事。しかも、その間にも、何人かの撮影スタッフが出たり入ったり。
……と、ここで、一人のスタッフが「ここ(金戒光明寺)の方ですか?」と私に聞いてこられたので(……遂に来たか!?(笑))、「いえ……ここの庭を見学できるかどうか、お訊ねしようと思って入って行ったら、偶然撮影に遭遇しましたので……」と答えるや、「すいませんが、一般の方は、撮影中はご遠慮願ってますので」と、実につれない返事を貰って、さっさとその場から追い出されてしまった!(ウ〜〜ン、残念……!(笑))
暫くは、諦めきれずに、方丈の外側の門の隙間辺りから、ちらちらと中を覗いてたが、撮影スタッフの姿が僅かに見えるばかり……。それから間もなくして撮影は終了したのか、武将役の三人の役者はライトバン(だったか?)で現場を去り、撮影スタッフも続々と撤収を。余りに口惜しかったので、撤収するスタッフの姿を2枚ほど写真に撮った。その後、ネットで調べるや、2011年1月2日に、TV東京系で放映された「新春ワイド時代劇 戦国疾風伝/二人の軍師」(竹中半兵衛:山本耕史・黒田官兵衛:高橋克典・豊臣秀吉:西田敏行、製作:松竹)だと言う事が分かった。公式サイトの制作日記には載っていなかったので、おそらく「脇役クラス」の撮影だったのだろう。
後で、境内の案内板に張ってあったポスターを見るや、金戒光明寺・方丈の中にある「紫雲の庭」が見学できるのは、10/9(土)〜12/5(日)の期間だけらしく、今回は空振りに終わってしまったものの……思いもかけない「時代劇ロケ撮影隊」に出くわし、行った価値は十分にあった。


大方丈の正門(1)は、通常は非公開の為に閉ざされており、東に位置する(2)と(3)は、「紫雲の庭」がある寺務所の「玄関」なのだが……ここからは入れない!(笑)ロケ地巡りの順番で言うと「拝観者の出口」に相当し、2010年の10月には、それと知らずに、ここ(2)から「失礼します……」と入って行って、前述のロケに遭遇している。実際の「特別拝観」の入り口は「御影堂(本堂)」側から。普段は山門に安置されている「釈迦三尊像」他の仏様も、平成の大修理の為、こちらに移されていた。
そして、御影堂を抜け、寺務所の方に移動して見られたのが、今回の「目的地」……前庭!この白砂の波紋が美しい前庭は(1)の正門の内側にある。ここでは「仕事人2009」#21/仕事人狩り!&SP「仕事人2010」の撮影に使われた。位置関係が分かりづらいので、以下の「見取り図」(笑)をご覧頂きたい。


上段の間(謁見の間)では、幕末期において、金戒光明寺に本陣が置かれていた「京都守護職」の松平容保公が近藤勇と対面し、新選組が誕生した場所だ。但し、「上段の間」「講堂」「虎の間」は、見学する事は出来ても、部屋の内部は「撮影厳禁」だった為、ここでは「回廊」と「欄干の上の掲額」のみ載せる事にする。
前述の「二人の軍師」のロケは、ちらと目にする事ができたスタッフの様子、確認用のTVモニターの画面からすると、「講堂」か「虎の間」のどちらかで撮影されていたように思う。
大方丈から「紫雲の庭」へ進み、庭の方から振り返った構図−(1)は、2012年・秋の男女逆転版「大奥 −誕生−」で、春日局の屋敷として使われた(左上の空間に、「江戸城の天守閣」を合成)。
尚、「紫雲の庭」の構成は、(3)の右端−"白砂に囲まれた小島の石"が「法然の幼少期・美作の国」を……(3)の中央&(4)の中央右−"翔鶴の松が大きく被さっている石"が「浄土宗の開宗と興隆」を……(1)と(4)の左端−"石橋の手前の石"が「法然の修行時代・比叡山延暦寺」を表現している(……そうだ。私には、さっぱり分からないのだが(爆))。紫雲の庭の見学を終え、大方丈の出口へ進んでいた時に出くわしたのが、「山門・平成の大修理」の為の寄進瓦。寄進者は、この瓦に自分の想いを記す訳だが……ほとんどは一般の人だった中に、よく見知った「有名人」の名前が!(1)は、藤原竜也に里見浩太朗(「水戸黄門」の撮影で訪れたのか?「仕事人2013」の放映もいよいよだ!)。(2)は、真矢みきと早乙女太一。
そして(3)は、コラムニストで漫画家のみうらじゅん(ゆるキャラの名付け親)と、エッセイストのいとうせいこう!これは、日本全国の様々な仏像を、独特の「みうらじゅん視点」で見て回る「見仏記」のコンビ!ただ、仏像と庭の拝観が目的の人には、余り知られていないのか、ほとんど目を留める人はいなかった……。地理的には東山に近く、平安神宮(岡崎)の北に位置している。一般的な交通の便としては、京阪電車「丸太町駅」より徒歩30分。京都市バス「岡崎道」「岡崎神社前」から徒歩10分。より詳しい情報を知りたい方は、「浄土宗大本山・くろ谷 金戒光明寺」の公式HPへ。【所在地:京都市左京区黒谷町121】
【参考ホームページ】「時代劇の風景」