鳥居耀蔵

 「必殺剣劇人スペシャル」

天保の妖怪に経帷子をどうぞ


 ここは、深川にある常盤津師匠の座敷。川に面した障子戸は半分ほど開けられ、そこから妙なる三味線の調べが響いてくる……。折しも、良家のお嬢様と思しき娘が三人、"無難にそつなく"小唄を謡い終えた。最後の残ったのは一人……どこから見ても、下町のはねっ返り娘と言った風情の少女だ。

常盤津師匠「……じゃ、最後はあんただよ」

 師匠の言葉に、もじもじ足を動かしていた(実は、長時間の正座で足が痺れているのだ)少女が、こくんと頷くや、すうと息を吸い込んで謡い出した。

 少女「♪はあ〜〜八丈〜出る時きゃ〜〜涙で出たが〜〜。三宅〜御蔵は〜〜歌で〜越す〜〜ショメ〜ショメ〜〜」

 一所懸命だが調子っ外れの音程に、顔を見合わせた三人の娘たちから、くすくすと笑い声が洩れる!突然、三味線の伴奏を「バーン!」と音を立てて、中断してしまう常盤津師匠!

常盤津師匠「……ダメだね!唄ってのは、もっと情感を込めて、心で歌うモンなんだよ!あんたが一所懸命なのは、良〜く分かるけどねえ、そんな謡いじゃ、誰の心も揺さぶりゃしないよ!」

 師匠の手厳しい言葉に、他の教え子たちが「や〜〜ねえ〜〜!」「大体、あんな蓮っ葉娘が、ここに習いに来る事自体、間違ってるのよ……」「勘違いも甚だしいわ」等と、小声で陰口が囁かれる。それを耳にした途端、今まで静かに師匠に従っていた少女が、烈火の如き勢いで立ち上がって叫んだ!

少女「……やいやいやい!黙って聞いてりゃ、勝手放題の事言いやがって!だいたい、あたいは最初っから、謡いなんて辛気臭いこと、大っ嫌いだったんだ!(目の前の師匠から、他の娘たちの方へ視線を移す)父ちゃんたちが一所懸命に頼むから、煩わしいの我慢して、何とかおっ師匠さんに付き合ってたのに……もうこんなとこ、沢山だあ〜〜!」

常盤津師匠「まあ、何て言い草だい!?……それが、教えを請う立場にある者の言葉だと思ってんのかい!?ホントに、近頃の娘ときたら、ちっとも躾がなってないんだから……」

 一気に捲し立てた少女に対して、年配にある師匠も負けず劣らず、江戸っ子のべらんめえ口調で切り返した。だが、そんな事でひるむ様な少女ではない!益々いきり立って、その口調が激しくなる!

少女「ヘン……!お生憎様だけどね、あたいは、あんたみたいな、お偉いおっ師匠さんと違って、八丈生まれの……(ここで、ぐっと唇を噛み締め)流人の娘なんだよ!生まれつき、こんな荒っぽい喋り方だし、躾なんてモンとも無縁なんだ!それが……それが、あんたの気に食わないってんなら……チキショ〜〜!破門でも何でも、好きなようにすりゃいいじゃないか〜〜!!」

 そのまま、座敷から庭に飛び降りた少女・お七(工藤夕貴)は、裸足のまま外へ駆け出していった!その目に、うっすらと浮かぶ涙……。お七の峻烈な言葉を耳にした常盤津師匠は、暫く黙っていたが、やがてパンパンと手を叩く。

常盤津師匠「さあ……今日のお稽古は、もう終わりだよ。早く帰った、帰った!」

 突然中断され、むりやり帰らされた娘たちが、ぶうぶう不満を口にするも、師匠は上の空だ。やがて、座敷にたった一人取り残された常磐津の師匠は、じっと目を閉じて呟く……。

常盤津師匠「お偉いお師匠さん、か……あの娘にゃ、そんな風に思われてたのかい。あたしだって、あの娘と同じ……八丈島の生まれなんだけどねえ。そうでしょ?……おっ母さん!」

 遥か過去に想いを馳せるかのように、今はもう、この世にいない母に向かって、静かに問いかけた常磐津師匠(山田五十鈴)の名は……泣き節お艶。かつては、花乃屋とんぼ(ジュディ・オング)と呼ばれていた、お七と同じ境遇の八丈島生まれの少女だったのだ!(BGM:「からくり人」〜涙と手を組めば)



タイトル「必殺剣劇人スペシャル」

サブタイトル「天保の妖怪に経帷子をどうぞ」

 涙を流しながら、街中を駆け抜けていくお七が「……畜生!畜生!」と小さく叫ぶ。自分でも良く分からない、突然の怒りと哀しみ……。それは、常磐津師匠のお艶に「躾がなってない」と叱責された事が、心の奥に秘めた彼女の傷……自分が「八丈島の流民の子」である事を咎められたかような感覚に陥ったからだった。いつも陽気で明るく、物怖じしない勝気な娘。それが、お七の「全て」ではない。普段は見せる事のない「傷つきやすい、思春期の少女」としての顔……それが、彼女の心の奥にあるのだ。
 謡いの稽古を途中で止めて、家へ飛んで帰って来たお七が、頭から布団を被ってすすり泣く……。だが、それを目にした、父ちゃんたちの一人……すたすたの松坊主(あおい輝彦)は、布団の中から洩れ聞こえてくるお七の言葉に早合点して、お艶師匠の元へtと怒鳴り込みに行った!小唄の稽古で、師匠に苛められた(?)と、松坊主は勘違いしたのである(BGM:「新からくり人」〜土煙をあげて〉。

すたすたの松坊主「俺の大事な娘を乱暴に扱いやがって!……許せねえ!」
お七「……違うったら!そうじゃないんだよ、松父ちゃん〜〜!」

 松坊主の怒鳴り声に、一時の激昂から醒めたお七は、布団の中から慌てて飛び出る!だが、松の姿は、既に影も形もなかった。飛び出した拍子にぶつかったカルタの綾太郎の「……おい、お七。どうしたんだ?松の野郎が、訳の分からねえ事喚きながら、往来へ飛び出して行きやがったが!?」と言う声も耳に入らないお七は、必死に松の後を追う!
 やがて、完全に頭に血が上っている松坊主は、お艶の座敷に駆け込むや、静かに三味線を爪弾いていたお艶に向かって、一方的に捲し立てた!松坊主が、事態を完全に勘違いしてる事を察して、うんざりした表情になるお艶……。だが、それを「開き直った」と思い込んだ松坊主は、いきなりお艶の胸元の襟を、両手で掴み上げたのだ!事ここに至って、今まで我慢していた、さすがのお艶もブチ切れた!

お艶「……ちょいと!何すんだい!?」

 お艶の見事な合気道の技に、裏返しにされた松坊主は、でんぐり返って隣の座敷へ倒れこんだ!そこで、彼を睨みつけるように立っていたのは……。

火吹きのブラ平「お師匠さんに乱暴を働こうって言うんなら、俺が相手だ!」
すたすたの松坊主「……面白れェ!やってやろうじゃねえか!」

 なぜか、突然プロレスのゴングが「カ〜〜ン!」と鳴り渡り、ざわめく観衆の声が重なり合う!(BGM:「燃える闘魂・アントニオ猪木のテーマ」)プロレスのリングの如く、座敷の中で睨みあったまま、ぐるぐると回る二人……。やがて、躍りかかった松坊主の胸元に、ブラ平の空手チョップが炸裂!口から、ブホッとしぶきを上げて吹っ飛ぶ松坊主!更に、ブラ平の体を抱え上げた松坊主が、豪快にブレーンバスターを見舞う!……ブラ兵の卍固め!……松坊主のネックハンギング!やがて、ブラ平の大技ー人間風車で畳に叩きつけられた松坊主は、そのまま「ウ〜〜ン!」と唸って失神した。

お艶「(あきれ果てた様子で)……全く、二人とも、一体何してんだい!?ブラ平……いや、へろ松!あんまり、調子に乗るんじゃないよ!」
火吹きのブラ平「(頭を掻きながら)すんません、師匠……!もう二度としませんから、その名前で呼ぶのだけは勘弁して下さい!」

 そう……火吹きのブラ平。その元の名は、八寸のへろ松。かつて、曇り一味との激闘におい、花乃屋とんぼとたった二人だけ生き延びた、へろ松が大人になった姿だったのである(火の扱い方は、仕掛の天平の仕事を、横からいつも見ていた事で覚えたのだった)そして、それから四半時後……。一人布団に寝かされている松坊主の隣の座敷では、お七がお艶師匠に向かって「……ごめんなさい!ごめんなさい!」と平謝りに謝っていた。元より、お七がお艶師匠に恨みを持っている筈もない……。ただ、単に感情の行き違いから、口喧嘩になっただけだったからだ。ましてや、それを勘違いした松坊主が師匠の元へ怒鳴り込んだとあっては、お七の立つ瀬がなかった。

お艶「お七ちゃん、もう良いのよ!……あたしは、何とも思ってないから。まあ、あんたの父さん……の一人だったかしら?(隣の座敷をちらと見て)その辺りは、あまりあたしにも良く分からないけど、後でちゃんと説明してあげるから」
声「そう願いたいものですな……」
お七「……綾太郎父ちゃん!」

 座敷に入ってきたのは、お七の「もう一人の父」−カルタの綾太郎だった!松坊主が血相変えて飛び出していった現場を目撃した綾太郎は、松の発した「……あの師匠、高ぇ教授料取りやがるくせに、なんて野郎だ!」と言う言葉から推測し、常磐津師匠のお艶の元を訪れたと言う訳である。その時、座敷へ入って来たブラ平が、綾太郎の顔を見てはっとなる!思わず、お艶の方を向くブラ平に向かって、首を振るお艶……。

お艶「違うのよ。よく似てるけど、この人は蘭兵衛さんじゃないの」
ブラ平「でも……(何度も綾太郎の顔を見て)そっくり、いや瓜二つと言ってもいいほどですよ!?」
カルタの綾太郎「私が、一体誰に似ているのか……それは、私には関わりのない事。それよりも、うちの松坊主が師匠に、大変なご迷惑をおかけした事を、この場を借りてお詫びさせて頂きます」

 単純極まりない松と比べて、遥かに"常識人"の綾太郎は、大体の事情を察すると、無理矢理お七の頭を押さえつけて、お艶師匠に乱暴な言葉を発した事を謝らせ……同時に、松が喧嘩腰の態度を取った事に対して、自分も深々と頭を下げた。

お七「ごめんなさい。あたい、あたい……おっ師匠さんに酷いこと言うつもりなんかなかったんだ!本当にごめんなさい!」

 そう言って、素直に謝るお七。やがて話は、口論の発端となった、お七が「八丈島の流民の娘」と言う話題へ触れて行く。お七の心の奥の傷が、意外に深い事に気付いたお艶は、遂に重い口を開いて、「自分の過去」について語り始めた。

お艶「お七ちゃん……あたしもね、お七ちゃんが言うような『お偉いおっ師匠さん』なんかじゃないのさ。本当は、お七ちゃんと同じ……八丈生まれなんだよ」
お七「……嘘っ!?」
お艶「ううん、嘘じゃない。あたしのおっ母さんはね……八丈島に流された囚人だったのよ」

 そっと目を閉じるお艶……いや、かつてのとんぼの脳裏に、豪雨を付いて島抜けする母・仇吉、藤兵衛、時次郎、天平、へろ松、蘭兵衛……そして、自分自身の姿が浮かび上がる!あの時のかけがえのない"家族"は、へろ松=ブラ平を除いて、もはや誰一人この世にはいなかった(BGM:「からくり人」〜血闘からくり人・負犬の唄インスト)。

お艶「……でもね、そんなあたしも、おっ母さんのお陰で日陰者になる事なく、こうして今まで生きて来れたのさ」

 ♪ちとんとてしゃん……と三味線を爪弾いたお艶が、母・仇吉との今生の別れとなった時に口伝えで教わった小唄ー「黒髪」を静かに呟く……(それに挿入される、仇吉の、時次郎の、藤兵衛の、天平の壮絶なる最期の瞬間!)。そして、綾太郎の視線とお艶の視線が、真正面からぶつかった!最初は、純粋に「花嫁修業の為」と思って、お七をお艶に預けた綾太郎だったが……その鋭い視線は、いつしか「お艶の正体」を見破っていたのだ!常磐津師匠のお艶は、かつては「からくり人」と呼ばれた"凄腕の仕事師"だと言う「噂」……裏稼業に身を置く者しか知り得ない、闇の知識だった(勿論、お七は、その事は全く知らない)。

綾太郎「たとえ、あなたの過去がどうであろうと、それは私たちには関わりのない事……。大事なのは、この娘がまっすぐに育ってくれる事だけです。それが、私たちの願いなんですよ」
お艶「(綾太郎に向かって頷くと)……あたしも、この娘を見てると、何だか昔のあたしを見てるみたいな気になっちゃったのよ。それで、昔あたしがおっ母さんに教えられてた時みたいに、厳しい稽古を付けちまったのさ……ごめんね、お七ちゃん!」

 そう言ったお艶が、お七に向かって頭を下げる。慌てて、首を振るお七!

お七「ううん……そんな事ない。だって、悪かったのはあたいなんだから!おっ師匠さんに、お母ちゃんの事を酷く言われたような気になって、ちょっと、かーっと頭に血が上っちゃったんだ。だって、あたいのお母ちゃんは、盗賊だって罪で島流しになったけど、あたいには、たった一人の優しいお母ちゃんだったんだもん!」

 共に、母が八丈島の流民だった……その共通点が、今まで「師匠と教え子」と言う関係でしかなかったお艶とお七を、固く結びつけるきっかけとなった。ある意味で、二人は「母子のような関係」になったのだ!(挿入される、波頭渦巻く八丈島の光景……。その岸壁に立つ仇吉ととんぼの姿が、母の墓標に向かって手を合わせるお七の姿へと変わる!〜挿入歌「ついて行きたい」)

お七「でも、出来たら……もう少し、楽な稽古にしてくれたら、嬉しいんだけどな!」
綾太郎「コラッ!……調子に乗るんじゃない!」

 綾太郎がわざと怖い顔になって、お七の頭をぽかりとやるや、プーッと膨れっ面になるお七!お艶とブラ平も、思わず笑い出す!目を覚ました松坊主が、何が何だか分からぬまま、のそりと起き上がって来た事で、この「幕間劇」はお開きとなったのだった。




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