参加証
第2回京都太秦シネマフェスティバル


 京都ロケ地探訪ツアー


《平成十九年 9月30日・日曜日》



《1》 集まりて候 ―京都駅―


 平成19年9月30日(日)。今日は、待ちに待った「第2回京都太秦シネマフェスティバル/京都ロケ地探訪ツアー」の日!あいにくの曇天模様の中、傘をさしての「いざ、出陣!」。京都駅に到着後、少し余裕を見て、集合時間よりも早めに、京都駅八条口の観光バス・モータープールへと向かう。行楽シーズンの真っ只中と言う事で、幾つもの団体さんのバスツァーが重なっていたらしく、付近は「旗を持った人(=ツァーの案内係)」が何人も立ち、大勢のツァー客でごった返していた。
 我が団体はどこに?…と見回すや、「水戸黄門」と書かれた青いジャンパーを着ているおじさん(東映の関係者の方?)がプラカードを持っていたので、近づいていくと……ビンゴ!「第2回京都太秦シネマフェスティバル」の集合場所でした!その内、亀さん・五名の清ヱ門さん・まことさん夫婦・土下佐ヱ門さん……と、かつての必殺サイトー「闇の仕事師達の頁」の常連さんだった、懐かしの面々にも再会!(最初、以前に比べて、私がやせていたので、土下佐ヱ門さんは分からなかったらしい。ムッシュ(浜虎)さんかと思ったそうだ)定員45名+1名に加えてスタッフと、正に満員状態になったバスは、予定通り9時に京都駅を出発。第1の目的地……私の地元(笑)−八幡市の「流れ橋」へと向かったのである。

 尚、同ツアーのビデオ&現地の説明ガイド役になられたのは、愛知大学・京都精華大学の非常勤講師で、京都映画祭事務局プロデューサーの吉田馨氏(今回のツァーの参考資料である「京都 絵になる風景 〜銀幕の舞台をたずねる〜」の著者でもある)。ツァーを実施された(株)ツァーランドも、シネマフェスティバルに関係する企業だったそうだ(最初は、もっと多くのロケ地を回るコースも企画に上がっていたそうだが、時間と予算の面で断念したらしい)。


《2》 主水、エスカルゴを食べる?―流れ橋―


 流れ橋へ向かう間、今回のバスツァーの目玉―「京都映画倶楽部の編集による、ロケ地巡り予習ビデオ」が流れる。もっとも、今回のイベントは東映中心らしく、東宝・大映・松竹の作品は、上映作品としては含まれていなかった。
 「ひばりチエミの弥次喜多道中」のOP−二人が歌いながら、流れ橋の上を走っていくシーン(バ ックの富士山は合成らしい)に始まり、「新蛇姫様 お島千太郎」では、流れ橋をバックにしての木津川の河原での大チャンバラ、流れ橋の上での感動のエンディング……と見ている内に、バスも流れ橋の八幡市側の四季彩館へと到着する。今日は、同会館で地元・八幡市の朝市−「ふれあい市」が開催されていたらしく、流れ橋へと向かう敷地内に多くの出店が並んでいた(帰り際には、お客でごった返していた)。些か足が辛いらしい亀さんと一緒に石の階段を登り、流れ橋を見下ろせる場所まで来てみると、暫く雨が降っていなかったせいか、河原がほとんど干上がっていた!

流れ橋(1)    流れ橋(2)

▲ 流れ橋・4景 ▼

流れ橋(3)    流れ橋(4)


 ここで、流れ橋の全景写真を、アングル・撮影位置を変えて幾つか撮り、藤田まこと氏寄進の石碑を撮る。よく見ると……カタツムリがくっ付いていた!「主水、エスカルゴを食べる」か?(何のこっちゃ!?←ちなみに「旋風編」#1)橋を城陽市側まで渡っていき、両方の景色を見比べると、八幡市→城陽市側は土手に隠れて建物が全く見えないが、逆に城陽市→八幡市側は土手の向こうに建築物がバッチリと見えてしまい、撮影には不向きなようだ。おそらく流れ橋から対岸までが映る撮影には、前者の方向から撮られているのだろう。
 尚、流れ橋への交通路と「必殺&時代劇」での詳細な撮影例は、「第3回 やわた流れ橋時代劇まつり」のページを参照のこと。……と言う訳で「流れ橋」は終わり、第2の目的地ー伏見の酒蔵へと向かう。


《3》 一筆啓上 「酒蔵」が見えた ―松本酒造―


 伏見の酒蔵……と言えば(必殺シリーズ的に)有名なのが「松本酒造」。「黄金の血」で地獄組が、「主水死す」のOPで提灯をかざした捕り方が、酒蔵の前を走りぬけるシーンが、非常に印象的だ!ただ、バスが前に差し掛かっても止まる様子がないので(予習ビデオも、今回はなし。東映では、余り撮影に使われていないからだろうか?)、「あれれ……?横目で通り過ぎて終わりかな?」と思っていると、「写真撮影の間だけ停車します」との事!慌ててバスを降り、小雨の中を傘もささずに、松本酒造と小川を挟んだ対岸まで走る!(亀さんに「フットワーク、軽いですね!」と言われてしまった)そこから全景を写真に撮り、バスの方へ戻って横位置から再度撮る。


松本酒造(1)

▲ 松本酒造・3景 ▼

松本酒造(2)   松本酒造(3)


 尚、松本酒造への交通路と「時代劇」での撮影例は、「都の商売人の《京の街−歴史と時代劇・探索記》」の「坂本竜馬と酒蔵と水郷の街−【伏見】」のページを参照のこと。……これで、今日の京都市南部でのロケ地見学は終わり、これからは「京都中心部」を回る事となる。


《3》 あんた この「寺歴」どう思う?―三十三間堂―


 三番目の訪問地は、東山七条近辺の「三十三間堂」。予習ビデオで見た東映映画「宮本武蔵 一乗寺の決斗」(監督:内田吐夢/主演:中村錦之助)に登場する、吉岡伝七郎との三十三間堂での決闘は、実際に「その場所」で撮影されたと言う事だ。ちなみに、タイトルにもなっている「一乗寺・下り松」は、今年の1月にその近辺に出かけた際、少し足を伸ばして写真に収めてきた(折しも、決闘時同様に、雪が降っている最中だった!)。その時、漫画誌に連載されていた「バガボンド」は、武蔵の「一乗寺の決闘・前夜」だったが……あれから8ヶ月経って(!)、掲載誌では、やっと「戦い」に終止符が打たれた様子である。話を元に戻そう……!他にも、映画撮影の秘話として、「一乗寺の決闘」は、滋賀県高島市の饗庭で撮影された事。同シーンで、田んぼに張った氷には「薄い蝋の板」(!)が使われていた事、等が披露された。

 やがて、バスも三十三間堂に到着。小雨降りしきる中、傘をさして「映画での撮影場所」となった本堂の側面廊下を写真に撮るが……これが、何と反対側!(笑)その後、説明を聞きながら「正しい方の廊下」(写真3/下)を写真に撮る。

三十三間堂(1)   三十三間堂(2)

▲ 三十三間堂・3景 ▼

三十三間堂(3)


 それから本堂に入り、1001体の観音立像と対面……凄い迫力だ!じっくり見つめていると、圧倒的なまでの存在感が、ひしひしと伝わってきた(本堂内は写真撮影不可だった)。この時、「もし、この1001体の仏像が、最新鋭のCGで一斉に動き出したら(笑)、凄まじいだろうなあ!」と、変な想像をしてしまった!!また、何気なく「上」を見ると、大きな絵馬額や日本弓道連盟の「優勝額」(三十三間堂の有名な競技―「通し矢」の歴代優勝者らしい)も掛かっていた。
 この後、1001対観音像の裏側の通路には、寺の歴史や様々な遺跡・発掘品等の展示コーナーやパネルが掲示されており、その中で「三十三間堂の建立以来の寺歴」が記された年表があったので、じっくり見てみると……「宮本武蔵対吉岡伝七郎の決闘」に関する記述がない!あれあれ?…と思って、更に進んでいくと、ようやく錦之助主演の映画のスチールも提示されたコーナーがあり、そこには「同決闘は、あくまで吉川英治の小説に基づくフィクションであり、三十三間堂の正式な寺歴には記録が残っていない」(大意)とあった。確かに、寺の許可も得ず(笑)、「勝手に」殺し合いをしたんだから、寺側も「わしゃ、そんな事知らん!」と言うだろうなあ……と、一人納得した。
 尚、武蔵・吉岡一門の決闘が行われた「一乗寺」への交通路&写真は、
「都の商売人の《京の街−歴史と時代劇・探索記》」の「雪は降る降る、一乗寺!」のページを参照のこと。


《4》 東映技 忠臣蔵イビリ攻め ―二条城―


 ここから、京都市の忠臣部……もとい中心部―二条城へと向かう。予習ビデオは、東映映画「忠臣蔵 第一部・桜花の巻」。これには、帝の勅使行列が到着する「江戸城」の外観に、二条城が使われていた。だが、ビデオのメインは「吉良上野介の浅野内匠頭のイビリシーン」が、これでもか!これでもか!……としつこく描写される!(笑)イビる上野介……耐える内匠頭……尚も、イビる上野介!それでも耐える内匠頭!……と繰り返し続き、余りのシーンの長さに、バス内から「くどい東映、あっさり大映」との声が上がり、どっと沸いていた!思うに、非道な仕打ちに耐え、我慢に我慢を重ねていた主人公が、遂に怒りを爆発させて、敵の元へと向かうと言う演出は、この「忠臣蔵」や高倉健の「任侠映画」を例にとっても、ある意味「東映のお家芸」なのかもしれない。その後、バスは二条城の周囲を一周。車窓からの見学だけとなる。
 ちなみに、このすぐ側には中学校があり、京都で始めての撮影所(ただし、当時は野外撮影が主流だったので、ほとんど撮影機材の倉庫同然だったらしい)―「二条城撮影所」の記念碑が立っているが、何を隠そう(?)ここは、私がせっせと歩いて通っていた中学校だ!(爆)その当時は、昔そんな物があったなんて、まるで知らなかった!(以下の写真は、平成二十年8月13日の「歴史と時代劇・フォトハイキング」の際に撮影したものです)。

二条城撮影所(1)    二条城撮影所(2)


 それから、東宝の「アルプスの若大将」で、星由里子が勤めていた宝石店のロケ場所として使用された「京都国際ホテル」(ちなみに、加山雄三とのデートは、御所で撮影されたそうである)を横目に通り過ぎ、バスは西へ……嵐山へと向かう。ただ、この頃になると、前夜の仕事疲れで眠くなって来た為、うとうとと「舟」をこぎ始め、気がついた時には、もう嵐山に到着する寸前だった!(従って、予習ビデオの「時雨の記」は記憶に残っていない……)。


《5》 さんさ時雨は秋の雨 ―嵐山―


 ……そうこうしている内に、バスは嵐山−昼食を取る「レストラン嵐山」へと到着。雨もようやく止んできて、西山の山腹には霧雨がかかり、非常に風情あふれる光景だった!折りしも、昼食会場は団体客が鈴なり。山菜御飯のお膳を美味しく頂けたものの、素麺とお蕎麦が別々にあったのは何だかな〜〜!と言う気がした(隣席の女性参加者も、同じような話をしていた)。
 昼食も終わり、ここからは参加者の自由行動時間となり、見学の為のガイドもなしだ(「お土産を買うなら、ここか京都駅しかありませんよ」……ガイドの方が言われたのは、何とそれだけ!(笑))。ちなみに、何度も「ロケ地巡りツァー」をして来た面々は、中ノ島橋・自転車道の堤防等は、既に何度も見学済みなので、そちらには向かわず。亀さんと「中山別邸(現・宝厳院)にでも行きましょうか?」と話をし、五名の清ヱ門さんやまことさんご夫婦・土下佐ヱ門さんらと一緒に、とりあえずは渡月橋を横目に通り過ぎて、時雨殿の方へ向かう事となる。

渡月橋(1)    渡月橋(2)


▲ 霧雨にけぶる嵐山の渡月橋・2景 ▲


 結局、以前に土下佐ヱ門さんが「水戸黄門のロケ隊」と遭遇したらしい嵐山公園へ行くのに着いていく事になる。途中、桂川を回遊する「屋形船」の乗り場に、「御用の方は対岸まで」と言う意味の立て札があるのを目にし、自分でボートを漕いで行ったら「休み」だったりして?…と言う笑い話をしつつ、更に保津川の上流方向へと足を伸ばす。ただ、ツァー参加者に配られた嵐山の地図では、目的地の「中央公園?」は、大まかな位置しか分からず、延々と続く上り坂に一行も疲れ果て(笑)……更には、バスの発車時間も迫って来たので、これ以上探し回るのを遂に断念!「今後の課題?」と言う事になった。「どこを見学されたんですか?…と聞かれたら、ウォーキングしてましたよ〜と答えようか?」と話をしつつ、バスの駐車場に戻る(結局、私も売店を見て回るだけで、お土産を買う時間はなかった)。

 ……と言う訳で、ここでアップする写真は「渡月橋」のみ。ここは、平成十八年の暮れに、自動車が欄干をぶち破って転落!春の「第1回 京都太秦シネマフェスティバル」での撮影所見学会の帰りに、嵐山まで足を伸ばして写真撮影に赴いた時には、既に修復されていたそうで、ここからはその時に撮影した「嵐山の写真」を、一緒に掲載してしまおうと思う(「第1回・京都太秦シネマフェスティバル」には含めにくく、それだけで〈一項目〉作成するには、写真の量が少ないので……)。

※              ※


◆ 「中山別邸(現・宝巌院)」 ◆


中山別邸

 中山別邸(現・宝厳院)は、天龍寺の塔頭寺院の一つで、以前は内部が非公開だったが、現在は庭園等を見学する事が出来る。ここは、必殺シリーズでは、悪党や役人の「隠れ家」として使われている事が多く、「必殺始末人」#1のクライマックスの殺しは、この門前から手前側へ伸びる道で撮影された。3月に撮影に赴いた時には、門の前の道からカメラアングルを、あれこれ構えていると、受付けのおばさんが……「入り口はこちらですよ〜〜!」 へいへい、分かっておりますとも。私は、門を写真に撮りたいだけで、中に入る気は毛頭ございません!…等とはおくびにも出さず(笑)、適当に笑って返したのだった。だが、ここは「夜」に「門が閉まっていて」こそ《画》になるので、「昼間の開いた門」では雰囲気が出ないこと、甚だしい!


中ノ島橋(1)


▲ 「中ノ島橋」3景 ▼


中ノ島橋(2)    中ノ島橋(3)


 中ノ島橋は、渡月橋を渡って、中ノ島公園から「阪急・嵐山駅」方面へ伸びる小さな橋だ。写真(2)の画面左手から中央へ伸びる「石造りの道」では、時折釣り人の姿が見受けられ、必殺&時代劇の撮影においては、数多くの場面に登場している。
 例を挙げると……「仕置屋」#3では、市松が、おこうの元ヒモの加吉(演・中尾彬)を仕留め(ちなみに、この場面では、上述の位置に数人の釣り人がいる!)、「新・からくり人」最終話では、お艶たちが身を潜めていた「三条大橋」として撮影。捕り物姿の役人が大勢通り過ぎている。「新・仕事人」#1では、秀と勇次が対決した名場面として使われ、SP「仕事人大集合」では、出島に通じる「長崎の橋」として登場した(ちなみに、中ノ島公園側に見られる「出島の門と塀」は、実際にそこに拵えたセットらしい)。また、SP「仕事人VS仕事人」では、政が、隣家の漁師・庄助(江幡高志)に病床に臥している娘の事を訊ねている。
 その他、「京極夏彦−怪−」#1/七人みさき…では、東雲右近の妻・涼(三原じゅん子)が殺害され、ここで逆さ吊りにされた。


《6》 祭りで候 ―清凉寺―



清凉寺(1)

▲ 「清凉寺」3景 ▼

清凉寺(2)    清凉寺(3)


 ここからバスは北へ……清凉寺(嵯峨釈迦堂)へと向かう。予習ビデオは東映の「大奥絵巻」。清凉寺の前の道路を利用して、「祭りの縁日」が撮影された話が披露される(ちなみに、門前の向かい側は普通の住宅街だ)。境内を散策後、「鬼平犯科帳」のエンディングでも、浅草・浅草寺に見立ててある「山門」を写真に撮る。ジプシー・キングスの名曲に乗せて、山門越しに本堂を捉えた《画》は、何とも風情があり、正に「時代劇」と言った感じだ!その後、関東遠征組は、寺のすぐ側にある有名な豆腐屋―「森嘉」へ、お土産の豆腐を買いに行かれていた。ここも、嵐山と同じく時間がありすぎて勿体無いくらいだった(できれば、余分な時間を節約して、もう1〜2箇所ほど見学地を増やしてほしかった……)。最後に、境内の休憩所で売っていた「あぶり餅」(……と言えば「今宮神社」の名物なのだが)を、買われた知人のお裾分けで頂き、バスへと戻る。
 尚、平成二十一年2月13日に放映の「必殺仕事人2009」#5/因果応報…に登場する「正閣寺」が、清凉寺においてロケ撮影されていた事が判明し、後日(4月2日)に個人で再訪した。


清凉寺(4)・表門全景


▲ 「清凉寺」表門・全景

清凉寺(5)・本殿清凉寺(6)・多宝塔

▲ 「清凉寺」本殿                     ▲ 「清凉寺」多宝塔
 当日は「必殺仕事人2009」関連の4件目のロケ地だったので、既に表門(写真:4)は閉まっており、#5冒頭とラストに登場した「表門越しの本堂」の《画》は撮れず、返す返すも残念!「2009」本編では、表門の正面に位置する「本堂」(写真:5)が、邪な意図で大仏を建立しようとする「正閣寺」の本堂(&そこに至る「参道」も)として……表門側から見ると、左手奥に位置する「多宝塔」(写真:6)が、渡辺家の三人−小五郎・こう・ふくが揃ってお参りした「子宝観音」として登場した。

 さて、ここで再び、時計の針を元に戻すと……次はいよいよ、本日の「メーンイベント」&「主戦場」。大覚寺だ!






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