「昭和浪漫伝説」は、2014年12月9日に閉鎖しました。
そのあとに開設されました
「目黒川女学館物語」も2015年12月31日をもって閉鎖しました。
今後の更新・再開の予定は、一切ございません。
また、管理者・蘭香は、市民運動・アイドルヲタ活ともに引退しております。
今後の現場復帰の予定はございません。
これまでご愛読させていただいたお礼として、
「目黒川女学館物語 大正篇」のみ置かせていただきます。
ご愛読ありがとうございました。


制服向上委員会・目黒川女学館の今後のご発展をお祈り致しております。



主な登場人物

塩屋さくら・・・・米商人。教員資格を持っているために、経営が傾きかけていた目黒川女学館
を買収し、その建て直しに奔走する。
吉川るう・・・・山口県仙崎村出身。東京の遠縁へ奉公に出る所を「明治最終列車」の折り返し
で変えるさくらたちと出会い、曲折を経て、目黒川女学館に入学、併設の特殊尋常小学校の代
用教員にもなり、建て直しに協力する。
星野みやび・・・・皇族。バナナ会社の社長。目黒川女学館の理事長となり、白樺派の教員を
大量に採用して、教育成果を上げる。元老・山県有朋とも親しく、宮中にも出入りすることか
ら、大正政変の裏側を目撃する。
藤宮れいか・・・・本編冒頭で逮捕・投獄されるが、明治天皇崩御の恩赦で出獄。護憲運動の
騒乱に合流する。
川原せりな・・・・社会運動家。護憲運動の騒乱をめぐじょメンバーとともに戦う。
星宮彩乃・・・・髪結いの師匠。目黒川女学館には生徒の髪梳きで協力する。
川上渚・・・・遊女。財閥の御曹司に見初められ、引き祝いの花魁道中をする。
木村咲苗・・・・国鉄職員だったが、親の意向で退職後、目黒川女学館の代用教員になる。
山田夏輝・・・・目黒川女学館のOGで経営に参画している。



A1下関駅・ホーム
吉川るうが大きな風呂敷包みを抱えて歩いている。
そのホームに東京からの急行列車が停車している。
スーパー「明治45年7月30日」
るうの歩く前方に、数人の女と背広姿の男、警官がいる。
刑事、警官、れいかを押さえ、縛る。
刑事「藤宮れいか。国外逃亡及び国家反逆の罪で逮捕する」
れいか「何をするのです!私はお上の御用を」
刑事「東京でおまえの内縁の夫・大高を逮捕した。大高はすべて吐いたぞ。おまえが、警視庁
の密偵をしながら、警察情報を社会主義者らに流してた事をな」
うなだれるれいか。
驚くメンバーたち。
刑事「さらに、富山県上新川郡岩瀬町役場への請願示威行動、昨日の富山市における富豪
襲撃事件も、おまえが制服向上委員会なる主義者団体の名を騙って扇動したことが知れてお
る。その上、一連の事件捜査から逃れるため、本日、この下関から連絡線で釜山に渡って、朝
鮮への逃亡をはかっておったことも判明致しておる。神妙にしろ」
と刑事、警官、れいかを引き立ててホームの向こうへ行く。
そこで、るうとぶつかる。
るう倒れて、風呂敷包みを落とす。
さくら「(駆け寄って)ごめんね(とるうを助け起こし、風呂敷包みを拾う)」
渚「(れいかを見送って)れいかさん・・・・あの人が制服向上委員会だったのよ」
と手帳をみんなに見せる。
手帳の写真大きく写る。
みやび「制服向上委員会の藤宮れいか。あの藤宮が伝説の10代目委員長にして、最
後は会長として、数多くの民衆の戦いを導いた伝説の人だったのね」
といって、みんなで改札口へ歩いていく。
ひとり取り残されたような、るう。

A2テロップ
T「明治45年7月30日。
明治天皇崩御。
『天皇の世紀』が終わろうとしていた」

A3下関駅・待合室(夕方)
7月の下関は、まだ日没していない。
少しだけたそがれた待合室に、ひとり座っている、るう。
そこへ着物姿のさくらたちが戻ってくる。
さくら「(るうに気づいて)あら、朝会った子ね。汽車を待ってるの?」
るう「あっ、はい(と停車している急行列車を見て)みなさん、東京から来られたのですか?」
さくら「そうよ。これから帰るんだけど、もしかして、あなたも東京?」
るう「そうです。東京へ行くんです」
さくら「隣、いいかしら?」
るう「(頷く)」
さくら「(座る)働きに行くの?」
るう「そうです。東京の目黒村という所で遠い親戚が茶飯屋をしているので、そこへ」
さくら「目黒村?偶然ね。私たち、東京に帰ったら、目黒村にある女学校に入ることになってる
の」
談笑している、みやびたち。
るう「(さくらのことを)学校の先生なんですか?」
さくら「一応、教員の資格は持ってるけどね。本業は商人よ」
るう「優しそうなので、やっぱりかと」
さくら「東京へ戻って、目黒川女学館に入ったら、教師をやるかもしれないわね」
るう「(ちょっと微笑)」
さくら「あなた、東京へは夜行?」
るう「ええ、三日かけて行く予定です」
さくら「そう(と立ち上がる)」
さくら、談笑中の輪に入り込み、みやびに何事か話し、みやび、るうのほうへ向いて、カバンか
ら紙片を取り出して、さくらに渡し、さくら、それを持って、るうの方へ戻ってくる。
上記、全て、るうからの視点で。
差し出される切符。
さくら「(切符を示して)これで、東京に行きなさい」
るう「(見て)これって、急行列車の切符じゃないですか」
さくら「明日はもう東京よ。これで一緒にいきましょう」
るう「こんな高い切符いただけません。それに、もう東京行きの鈍行の切符買ってあるし(ぎゅ
っと手にした鈍行切符をにぎる)」
さくら「遠慮することないわよ。この切符で一緒に東京へ帰るといってた人は、さっき警察に捕
まっちゃたし、そもそも、これで東京に帰るつもりもなかったのよ。偽装購入だったのね」
るう「(切符を見ている)」
さくら「さあ、その切符は払い戻してもらいなさい」
るう、急行の切符を受け取る、と同時に、さくらに手を引かれて、立ち上がる。
ちょっと豪華な旋律のピアノ曲入ってー。

A4同窓口
払い戻しを受けている、るう、さくら。
ピアノ曲、続いていてー。

A5急行列車・車内
さくらと一緒に入ってきたるう。
その豪華な内装に目を見張る。
るう「これが東京行きの急行列車」
さくら「座りましょう」
先に、みやび、渚、彩乃が座っている。
るう、さくら、隣の席に座って。
車掌の咲苗が入ってくる。
咲苗「東京行き19時10分発第二列車まもなく出発します。この列車は、大正新時代最初の列
車となります」
るう「たいしょう・・・・」
さくら、「大正」の年号が読める新聞号外を見せる。
さくら「明治に代わる新しい時代の年号よ」
るう「大正」
汽笛が鳴る。

A6ホーム
落日の淡い陽光の中、ゆっくりと汽車が動き出す。
テーマ曲、入ってー。

メイン・タイトル
T「大正篇」
以下、短く主要キャストのみクレジット。

1列車・車内
てきぱきと車掌業務をしている咲苗。
スーパー「木村咲苗」
席に座って、明るい様子の彩乃。
スーパー「星宮彩乃」
席に座って読書中のみやび。
スーパー「星野みやび」
恋人からの手紙を読む渚。
スーパー「川上渚」
明るく話している、さくら。
スーパー「塩屋さくら」
それを受けている、るう。
スーパー「吉川るう」

2山陽本線(夜)
列車が走る。

3客車(夜)
テーマ曲、終わって。
改札業務をしている咲苗。
とある義一・冴子夫妻の席に来て。
咲苗「(夫妻の顔を見て、ぎょっとするが構わず)お客様、切符を拝見します」
義一「咲苗。元気そうだな」
冴子「イギリスから戻ってきたのよ」
義一「おまえに真っ先に会いたくてな。横浜行きの船便じゃなく、シベリア鉄道経由の釜山から
の船便で下関まで来た」
冴子「もう車掌さんが板について」
咲苗「(改札を終えて、素っ気無く)業務中なので失礼します」
と足早に立ち去る。
そこへにぎやかに、さくら、るうたちが入ってくる。
彼女たち、この車両から出ようとする咲苗に追いつく。
義一「咲苗」
咲苗、立ち止まる。後姿で。
義一「おまえが楽しみにしていた『金剛』が進水したよ。来年秋には日本へ来るはずだ」
追いついたさくら、るうたち、義一の方を見るが。
咲苗、構わず、歩き出し、去る。

4別の客車(夜)
咲苗に続いて、さくらたち歩いてきて。
さくら「咲苗ちゃん、さっきの人たち」
咲苗「(後ろを見せたまま)両親なの」
さくら「やっぱり」
顔を見合わせて頷くみやび、渚。
咲苗「三井物産のロンドン駐在員だったの。鉄道が好きで、鉄道の学校を出て、先に日本に帰
ってきた私が、官鉄の職員になったのが気にいらないらしくて」
さくら「そうだったの」

5洋食堂車(夜)
四人駆けテーブルに、さくら、るう、みやび、二人掛けに、渚、彩乃。
それぞれディナーを食べている。
みやび「さくらちゃんが経営権を取得した目黒川女学館て、明治26年に創立された学校よね。
山の手のお嬢様が通う学校で知られている」
咲苗「(水を給仕しながら)海軍将官のご子女も多く通われておられるとか」
みやび「よく知ってるわね。明治26年の開校式は、当時の海軍大臣・西郷従道様のお屋敷の
庭で行われたわ」
咲苗「父が仕事柄、海軍関係者とお付き合いがあるので(と給仕を終えて退出)」
さくら「それも昔の話よ。日露戦争後の不況で、女学校へ娘を通わせるだけの収入がある家庭
が減ってたせいで、今じゃ、殆ど生徒もいない有様よ」
彩乃「あんな大戦争やって、私の連れ合いも含めて、5万人も死なせた割には、借金だけ残っ
て。あれだけロシアに勝てれば良い世の中がくるなんていってたのウソだね」
みやび「ロシアから賠償金がとれなかったせいね。日露戦争で外国から借りたお金の返済で、
政府も手一杯ね。今年明治45年度予算では、歳入5億7千万円のうち、一億1千万円が外債
の返還に充てられてるという状況では、世の中にお金が回らないのは仕方ないわね」
さくら「数学的に見ても、ムリな皮算用だったのよ。日露戦争で勝利すれば、満州の利権が入
ってくるので大儲けと思ったのだろうけど。南満州鉄道には多額の投資が必要だということが
分かっていなかったし、韓国を併合しても、そこから利益を得るどころか、開発のための持ち
出しが大きくなるということに気づかなかった」
みやび「そんな不景気で、目黒川女学館を買収しても大丈夫なの?」
さくら「不景気の時代には、不景気のなりのやり方がある。何もお金持ちのこどもだけを集める
のが脳じゃないわ(と隣のるうを見る)」
るう「(デザートのアイスクリームを食べて)甘い」
さくら「(笑って)みやびちゃんの名前を貸してもらって。とりあえず皇族に理事長に就任してい
ただければ箔がついて、その後がやりやすくなる」
みやび「それはいいけど、私もバナナの輸入会社持ってるから、経営の責任は持てないわよ」
さくら「そこは大丈夫。経営費用の目算は立ってるから、みやびちゃんは、余りもののバナナを
たくさんくれればいいわ。お米は私が用意するから」
みやび「バナナとお米?何を考えているの?」
さくら「(笑う)続きは、明日の朝食のときにしましょう」

6寝台車(夜)
四人用のコンパーネントに、さくら、るう、彩乃。
るう、西洋風のワンピース寝巻きに着替えて。
るう「わあーかわいい!こんなの着るのはじめて!」
彩乃「似合ってるよ」
さくら「私のだけど、寸法が合っててよかった」
るう「なんだか夢みたい。おいしいご飯も食べられて、こんなにかわいいお洋服も着られて」
彩乃「一生に一度は、こんなことがあってもいいよ」
るう、寝台に座る。
さくら「るうちゃん、学校は?」
るう「小学校はちゃんと行ってたので」
さくら「じゃあ、その上は?」
るう「(かぶりを振る)」
さくら「そう」
るう「あのう、目黒川女学館とかだったら、私入らないと思います。お金ないし、勉強もする気な
いし」
さくら「それは東京へ行って考えましょう」

7山陽本線(夜)
列車が走る。

8寝台車
なぜか抱き合って寝る、さくらとるう。

9瀬戸内海・日の出

10寝台車(朝)
着物に着替えたるうの頭を、彩乃が結っている。
11洋食堂車(朝)
さくら、るうが入ってくる。
すでに着席している、みやび、渚、彩乃。
さくら、るう、席に着く。
咲苗「(料理を持ってきて)おはようございます」
さくら「おはよう」
咲苗「(皿を置いて)さくらさんはスクランブルエッグでしたね」
るう「(自分の前に置かれた卵料理を見て)おいしそう。でも、そんなお腹減ってない」
咲苗「昨日のディナーがまだお腹に残ってるのでしょう。イギリスでも、前日の夜食がとてつもな
く多くて、それで翌朝は軽く、というのが主流でしたから」
みやび「さすが帰国子女ね」
咲苗「(一礼して退出)」
さくら「今日のスケジュールを確認しておこうか。といっても東京に着くのは夜の8時25分だそう
だから、それからってことになるが」
みやび「私は先帝崩御の件があるので、渋谷の宮邸の戻るわ」
彩乃「私は家だね。明日からまた仕事だ」
渚「私は店に戻って、明日、彼のところへ行くわ」
さくら「おめでとう」
渚「(顔を赤らめる)」
さくら「るうちゃんはどうするの?」
るう「東京に着くの夜ですよね」
さくら「そうよ」
るう「東京には8月3日の朝に着くって手紙書いたので」
さくら「じゃあ、3日まで、富士見町の私の家にいなさい。いろいろ手伝ってほしいこともあるし」
るう「それはいいんですけど、学校はダメですよ。私、勉強は苦手なんで」
みやび「よっぽど学校は嫌いみたいね」
一同、笑う。
渚「藤宮さんはどうなるんですか?」
みやび「とりあえず代言人(弁護士)には電報を打ったわ。おそらく東京へ移送されて裁判にか
けられることになるけど。私たちより後に東京に来るわね」
咲苗「(来て。紙片を渡し)みやびさん、神戸で電報をお預かりしましたので」
みやび「ありがとう(受け取る)」
咲苗「(退出)」
渚「代言人の方からですか?」
みやび「(読んで)いいえ。山県公からよ。公は上京は見合わせるので、帰京途次、小田原に
およりいただきたいとあるわ」
彩乃「じゃあ、ウチのオヤジも一緒だ。山県公の家に行くっていってたから」
渚「えっ?彩乃ちゃんのお父さんで新選組じゃなかったけ?」
彩乃「それが御維新の後、オヤジが人力引いてたときに再会してね。意気投合して今に至るっ
てわけさ」
渚「なるほどね」
みやび「悪いけど、私、小田原で降りるわ」
彩乃「じゃあ、私も。オヤジの顔見たいし」
咲苗「本列車は小田原には停車いたしませんので、国府津でお乗り換えになられて小田原に
戻られる形になります」
みやび「(頷く)じゃあ、そこで、いったんお別れね」
さくら「後で目黒川女学館か富士見町の私の自宅に連絡ください」
みやび「(頷く)」
さくら「それまで旅を楽しみましょう」

12東海道線
京都の東寺・五重塔を背景に走る列車。
挿入歌入ってー。

13展望車
最後部の手すりにつかまって眺望を楽しむ、るう。

14客車
巡回する咲苗。
両親の側を通るが、無視。

15別の客車
車窓からの風景を楽しむさくら。
読書するみやび。

16洋食堂車
午後のティータイムを楽しむ彩乃と渚。

17浜名湖
列車から望んだ感じで。

18東海道線
勢いよくすれ違う上りと下りの急行列車。


19富士山
これも列車から望んだ感じで。

20客車
さくら、るうたちが揃って富士山に目を見張る。

21国府津駅・ホーム(夕方)
挿入歌、終わる。
列車の前に立っている、さくら、るうたち。
みやび「じゃあ、いったん、ここで」
さくら「楽しかったわ」
みやび「私も」
彩乃「また東京で会おう」
渚「ええっぜひ」
みやび、彩乃、一礼して、去る。
さくら「(るうへ)さあ、私たちは、まだ一時間半旅が残ってるわよ」

22東海道線(夜)
驀進する汽車。

23新橋駅・ホーム(夜)
停車している列車。
スーパー「7月31日 夜」
列車から降り立つさくらたち。
咲苗「それでは、みなさま。お疲れ様でした」
さくら「咲苗ちゃん、お世話になりました。目黒川女学館へも来てね」
咲苗「(笑う)」
渚「名残惜しいけど、私は彼の家へ行くわ」
さくら「お幸せに・・・・じゃあ、ここで解散ね」
渚「世間が落ち着いたら、目黒川女学館で会いましょう」
全員、頷く。

24市ヶ谷・お濠端の道(夜)
さくらとるうが歩いている。

25塩屋邸の前(夜)
土塀が続いている。
それに沿って歩いているさくらとるう。
るう「大きなお屋敷」

26同門前(夜)
背広姿の岡野がいる。
岡野「塩屋さん!」
さくらとるうが来て。
さくら「岡野さん」
岡野「心配しておりました。ここが暴徒にかこまれたときに、どこに行かれたのかと」
さくら「ちょっと旅に出ておりましたが、家の者たちは?」
岡野「使用人はみんな消えましたよ。新聞で、塩屋さんの米売買に違法性はないことが載ると
暴徒は立ち去りました」
るう、壁の張り紙を見る。
「新平民 塩屋さくら」とある。
さくら「とにかく入りましょう」

27同応接間(夜)
さくら、電灯を点ける。
明るくなる室内、豪華な応接セット、本棚などが写る。
本棚には、数学や化学の本が何冊もある。
るう「すごい本。これ何の本ですか?」
さくら「数学や化学の本。変わってるでしょう?女なのに理系が好きなんて」
るう「いえ、すごいです。尊敬します」
岡野「塩屋さんの数学的才能は、いかんなく商売に活かされてますからね」
ここで、三人、応接セットに座る。
さくら「岡野さん。戻ってきて、早速で恐縮ですが、これからの商売についてお話します」
岡野「承りましょう」
さくら「まず、米投機から手を引きます(近くの棚から紙片を出して)これを全て現物に変えてく
ださい」
とテーブルの上に出される倉荷証券数十枚。
岡野「これまでの米投機で買った米ですね。かなりの量になりますが、どうされるのです?」
さくら「それを目黒川女学館に運んでください」
岡野「目黒川女学館?塩屋さんが経営権を取得されたという」
さくら「今後、全ての事業から手を引き、目黒川女学館の経営のみに専念するつもりです。この
家も売ります。売却は銀行に任せますので」
岡野「承りました」
さくら「それから、私のことをよく書いてくれた新聞とはどこですか?」
岡野「朝日新聞です」
さくら「分かりました。その朝日新聞の記者を呼んでください」
岡野「取材を受けられると」
さくら「そうです。ただし、場所はここではありません。目黒川女学館で受けます。日時を調整し
てください」
岡野「委細承知しました」

28同門前(夜)
岡野、出てきて、門へ一礼、立ち去る。

29同応接間(夜)
さくら「台湾銀行東京支店の人なの。私と商売上取引があってね。私の個人資産も管理しても
らっているの」
るう「そうなんですか」
さくら「これから、あの人にも動いてもらうわ。目黒川女学館のためにね」
るう「さくらさん、目黒川女学館に入れ込んでいるんですね」
さくら「教師は私の夢だし。それに・・・・・」
るう「えっ?それにって、何ですか?」
さくら「まだ秘密よ。それより長旅から帰ったところで申し訳ないけど、お風呂は立てられない
の。明日の朝、銭湯へ連れて行くから、それまで我慢してね」

30小田原・古稀庵(夜)
門へ入っていく、みやび、彩乃。

31同広間(夜)
山県有朋、和服姿で槍を振るう。
スーパー「元老・山県有朋」。
その傍らで同じく槍を振るう星宮勝之進。
そこへ入ってくる、みやびと彩乃。
みやび「山県公、ただいま戻りました」
彩乃「山県公お久しぶりです。オヤジも」
山県「おっ、みやび様戻られたか。彩乃も元気そうだな」
みやび「先帝崩御というのに、相変わらずですね」
山県「わしは俊輔(伊藤博文のこと)と違って、先帝のお覚えはめでたくなかったからな。ただ、
この宝蔵院の腕前だけはお褒め下された。御前演舞を楽しみにされてな。それを思うと振るわ
ずにはおられん」
みやび「槍の腕前を見せるために、私を呼ばれたのですか?」
山県「いや、違う」

32同客間(夜)
みやびと山県が二人だけで対峙している。
山県「彩乃と星宮(勝之進)さんも父娘の語らいがあろうから、はずしてもらった」
みやび「なぜご上京なされないのでしょうか?このような時期に」
山県「知っての通り、西園寺首相とはよくない。陸海軍予算をめぐって、陸軍の意向にも深くか
かわるわしは、行財政整理を迫られている政府とは折り合いが悪いのだ」
みやび「それでご上京をお見合わせに」
山県「それに、新帝陛下のことも少し考えないと」
みやび「新帝陛下のことと申されますと」
山県「おそれながら大正の御代は短いと存ずる」
みやび「なんということを」
山県「いや、あなたのように宮中のことに通じる者であれば、誰も知っておることだが、あまり
頑健なお体ではない。むしろご病弱だ。わしが推察するところ、大正の御代は十年程度だろう」
みやび「それほど短い御代に」
山県「先日、学習院院長をしている乃木がやってきて、今、学習院に在学中の皇太孫いや今
は皇太子殿下が資質特に優れたると申しておっての、今後は、このお方の身柄をいずれが押
さえるかで、この国の行き先を左右する枠組みが決まってくる」
みやび「つまり、おそれながら、裕仁皇太子殿下を『玉』と見立てて、それを薩摩・長州いずれ
がとるのかということですか?」
山県「具体的には皇太子妃を巡っての争いになる。薩摩は島津家の血を引く王女を推薦し、
わが長州は梨本宮家の王女を推している」
みやび「薩摩の海軍と長州の陸軍の争いでもありますわね。限られた国家予算の枠を巡って、
師団増設か、軍艦建造かという」
山県「陸海の対立だけでなく、政党の台頭もある。ここは、われら長州がしっかりせねば」
みやび「私に何をせよと」
山県「あなたは宮中の奥向きにて、皇太子妃選定を巡る動きに注意し、さらには宮中表に出
入りする政府・軍関係者にも目を配って欲しい」
みやび「私は宮家の出身とはいえ、庶腹ですので、それほどお役に立てるとは思えませんが、
何かあればお知らせしましょう」

3銭湯・浴場(朝)
湯船に浸かっている、るう。

34銭湯・二階(朝)
襦袢姿で髪を手ぬぐいでぬぐいながら、新聞を持って、さくらが歩いてくる。
さくら「ザ・タイムス『日本先帝陛下は、全ての立憲君主の見本である』ニューヨーク・ワールド
『日本先帝陛下は、国運の進展をわずかに60年の在世中に成就した』ロシアの新聞『先帝陛
下は日本のピョートル大帝である』世界諸国の反応はこんなところよ、るうちゃん」
と見ると、襦袢姿のるう、高齢者の男性と囲碁を打っている。
るう、碁盤を見ているが、なにやら適当に打っている様子。
さくら「(対局の様子を見ていて)るうちゃん、あなた碁が分かるの?」
るう「(顔を振って)分からない」
さくら「じゃあ、なんで打ってるの?」
るう「だって、みんなカワイイっていってくれるんだもん」
高齢者の男性「(るうに落花生の器を出して)落花生食いなはれ」
るう「あっ、おじいちゃん、ありがとう(と落花生をつまむ)」
さくら「ちょっと、るうちゃん(とるうの袖を引く)」

35目黒川沿いの道
夏の盛葉の桜並木を、るうの腕を引っ張って歩くさくら。
るう「さくらさん、ちょっと速いです」
さくら「あんなところで色目をつかうんじゃありません」
るう「だって、みんなカワイイっていってくれるんですよ」

36目黒川女学館・廊下
さくらと山田夏輝が歩いてくる。
夏輝「学校といっても通学生は殆どいないんです。本校では、大日本高等女学会のスクーリン
グしかやっていないので」
スーパー「大日本高等女学会 明治37年に創立された女子専門の通信教育機関」
さくら「大日本高等女学会はまだあったのですか?」
夏輝「一般には、明治44年頃には、もう東京女学院付属になって機能していないように思われ
ていますが、実際には、本校にて『高等女学講義』『大家庭』の講義録編集作業と発送を行い、
スクーリングが必要な裁縫・家事については通学して受講してもらっています」
さくら「その講義録と実際の受講科目についての資料を見せてください」

37同職員室
手作業で講義録の編集・発送作業をしている職員たち。
それを背景に、講義録や資料が置かれた机の前に立つ、さくらと夏輝。
さくら「(講義録をめくりながら)よくできた教科書だと思います。でも、これだけだと実技科目で
ある家事や裁縫の取得は難しいでしょう」
夏輝「ですからスクーリングを」
さくら「そのスクーリングに来ている生徒は何人いるのですか?」
夏輝「約40名です」
さくら「年齢は?」
夏輝「12〜18歳くらいの間です。みんな通学できる範囲である目黒・渋谷の主に山の手地域
から来ています」
さくら「その子たちは、もし全日制の通学生にした場合、毎日、本校に通えますか?」
夏輝「難しいでしょう。比較的マシな中流家庭の子たちですが、学費はおろか交通費は出せな
い家計ですので」
さくら「私が経営を開始したら、学費は無料、交通費も電車代の実費を支給します」
夏輝「そうであれば学習意欲はあるから通えるでしょう」
さくら「(資料を手にとって読み)小学校の紹介せる出征軍人の家族には束修(入学金)免除,月 
謝半額の特待をなし来り。又,規則中別に特薦生を置き,小学校長の推薦にかかる操行衆に
優 れ,学校区域内に於て模範となるもの為に無束修,無月謝にて教授することとなし居りしが、
と大日本高等女学会の創立理念にもあります」
夏輝「そのとおりおやりになれるのであれば、素晴らしいことです」
さくら「9月からその40名で授業が開始できるように話をつけておいてください」
夏輝「すぐに手配します」
さくら「ただ、それだけでの生徒数では足りませんので、すぐに生徒を集めます。できるだけ多
く」
夏輝「多く?でも女学校に通わせるような経済力のある家庭は、この東京でも多くはありませ
んよ。ましてや女子となると通学の範囲も狭くなりますし」
さくら「それには私に考えがあります」
38同校舎前
背景に洋館風の校舎。
その前を歩くさくらと夏輝。
夏輝「わずか7年間で世の中がこんなに壊れるとは」
さくら「この不景気はもうよくならないでしょう。韓国併合のときロシアと事実上の同盟である協
商が結ばれていますし、これ以上、大陸にも進出できないでしょうし。山田さんも農業に戻って
正解でしたね」
夏輝「株から手を引いたのは心境の変化もありますが、やはり日清・日露の両戦争間期と違っ
て、これ以上の企業の発展はありえないのは分かりきっていましたから。今は地主様になって
よかったです」
さくら「なぜ地主様に?」
夏輝「田畑以上にたしかなものはありませんから」
さくら「株はまだお持ちなんでしょう?」
夏輝「ソーセージを作る会社とビール会社の株を各5割ずつ持っています」
さくら「ではビール会社の株を全て買い取りましょう。後で台湾銀行の私の口座から小切手を
振り出しておきます」
夏輝「ありがとうございます」
るうが校門前にいる。
さくら「るうちゃん、帰るわよ」
るう「(さくらのほうを見て頷く)」
夏輝「あの子は?」
さくら「下関で知り合った子です」
夏輝「ちょうど女学校在学にふさわしい年頃ね」
さくら「本人は勉強する気はないようなんですけどね」

39目黒川・船着場
るう「あれ、なんですか?」
船着場で桶を何個も小舟に積んでいる男たち。
さくら「これから行く場所で分かるわよ」

40同沿いの貧民街
目黒川沿いに立ち並び粗末な小屋。
その中を歩くさくらとるう。
小屋の中が見え、畳も無くゴザ引きの上にいる老婆。
ボロボロの服を着て震えるこども。
さくら「ここがどんなところか見せてあげるわ」
と目黒川沿いの欄干の袂に、風呂敷包みを置く。
さくら「ひと回りしてきましょう」
とるうと歩き出す。
時間経過。
戻ってきたさくらとるう。
欄干に弁当箱が空で置いてある。
るう、かけよって弁当箱をとってみる。
るう「食べられちゃったの?」
さくら「それだけだったらいいけど、なんで弁当箱だけいらないと思う?」
ある小屋の裏手。
そこでは風呂敷につつんだ白米を無心に女の子が食べている。
るう「あっ、あれ、さくらさんの」
さくら「貧民街の近くでは、よく職人が持参した飯櫃が盗まれるというわ。それも中身の白米だ
けね。彼らにとては飯櫃すら無用ということ。それだけ切羽詰まっているのよ」
るう、無心に食っている女の子を見ている。
さくら「もっとすごいもの見せてあげるわ」

41残飯屋
大勢の貧民が並んでいる。
みんな鍋や桶、茶碗などを持っている。
店の中で、店員が前掛け姿で、大鍋からすくった残飯を桶に入れ、それを計りにかけている。
さくら「あれは目黒の海軍火薬製造所から出た残飯を売っているの。さっき見た舟は、ここまで
払い下げの残飯を運ぶためのものだったの」
るう「(驚いて見る)」
こどもが残飯を持った桶を持って走り去る。
さくら「あれだけの量で二銭くらい。安いでしょう。もしかすると朝鮮米とかでも、もっと安いのか
もしれないけど、あの人たち、外国米は臭いからって食べないの。それに自炊しようにも炭が
買えないから、ここで残飯買ったほうが安上がりなのよ」
るう、残飯を買う人々を見ている。

42目黒川沿いの道
るう、座って、立ちひざで川を見ている。
その後ろに立つさくら。
るう「田舎でも貧しい暮らしだったけど、都会の貧乏はもっとひどいと思った」
さくら「田舎には自然があって、そこから清潔な空気と水、それに食べ物も得られるわ。それに
加えて農村の大家族制度による助け合い。それがない都会の貧民は残酷だわ」
るう「どうして、あんな人たちがいるわけ?」
さくら「明治十年代に税金が高くなった時期があって、それが払えなくて田舎の田畑を失った
人々が、都会に出てきたの。日清戦争後の産業革命景気の時代は仕事があったんだけど、
日露戦争後はそれもなくなって、それでああなっているわけ」
るう「どうすれば、あの人たちは助かるの?」
さくら「もう一度、戦争が起きれば好景気になって、あの人たちにも仕事はできるでしょう。で
も、それは、今の世界情勢からは考えられないわ。だったら、あの人たち、少なくともこどもた
ちに教育を施すしかない」
るう「(聞いている)」
さくら「フランスのビクトル・ユゴーという人が書いた『レ・ミゼラブル』という小説には、主人公ジ
ャンバルジャンの言葉として、次のような言葉があるわ。『一度身についた知識は、誰も奪えな
いって』誰にも奪えない知識で、できる仕事の幅を広げるしかない」
るう「さくらさんが教えるの?」
さくら「今、それを考えているの」

43東京市庁・外観
スーパー「東京市庁」

44同知事室
応接セットに座っているさくら。
そこへ阪谷芳郎市長が入ってくる。
スーパー「東京市長・阪谷芳郎」
阪谷「いや、お待たせしました」
さくら「(立ち上がり、一礼)お忙しい中、ありがとう存じます」
さくらと阪谷座って。
阪谷「岳父からの紹介状で、貧民街の児童を受け入れてくれるというお話を知ったときには驚
きました」
さくら「渋沢様には事業のことで大所高所からご指導いただいておりますので」
阪谷「ご存知のように、東京市には児童総数に対して、ただでさえ公立小学校の数が少ない上
に、貧民街で経済的理由及び父母の教育意識の低さから、こどもを通学させないという問題が
ありましてね、頭を痛めておりましたところでしてね。それを天下の目黒川女学館さんがお引き
受けくださるというのですから、これは願ってもないことでしてね」
さくら「その目黒川女学館ですが、その名のごとく女子しか受け入れられないのですが」
阪谷「それは承知しております。女子だけで結構。ですが、特殊尋常小学校に準じた形で運営
していただけないと」
スーパー「特殊尋常小学校 明治34年、生活困難者が多く住む地域の児童が通えるために、
教科書・学用品を無償で貸与することにした小学校」
さくら「それはもう、学費は一切免除で、教科書・学用品もこちらで用意します。また、昼食が持
参できない生徒のために給食も実施します」
阪谷「給食ですか。それは革新的なことですな。そういうことであれば、明治39年度から私立
の特殊小学校への補助金制度も導入されておりますので、そちらで面倒見させていただきまし
ょう」
さくら「ありがとう存じます」
阪谷「ですが、今回、小学校については東京市で取り扱いますが、目黒川女学館は高等女学
校ですよね?」
さくら「ええ、一応、そういうことでやっておりますが」
阪谷「となりますと、今回、補助金対象となります小学校は、高等女学校の付属となりますが、
ご存知のように、明治32年の高等女学校令で、文部省に正式に認可されていないと高等女学
校は支給対象とはならないので、まずは小学校を別法人として分けてもらわなくてはなりませ
ん」
さくら「そうでしたか。たしかに、目黒川女学館は正式に認可はされていませんが、当面、女学
校・小学校ともに教員は共通でやるつもりですし、別でやるのは困難です」
阪谷「それは形だけでよいのです。が」
さくら「(聞き耳を立てる)」
阪谷「今、文部省は、乱立する女学校を整理・統廃合する計画を立てています。くれぐれもお
気をつけになられてください」

45朝日新聞社・本社・編集室
編集作業と取材報告で騒然とする室内。
そこへ岡野に案内されて、さくらが入ってくる。
そこに立って、記者の緒方竹虎・中野正剛が待っている。
上の二人にそれぞれスーパー。
岡野「塩屋さくらさんです」
緒方「緒方です」
中野「中野です」
さくら「塩屋でございます。このたびは、いろいろお騒がせ致しまして申し訳ございません(と一
礼)」
緒方「いえ、米価高騰につきましては、塩屋さんに責任はないという取材結果になりましたの
で」
中野「それよりも、今度、女学校の経営をされるとか」
さくら「はい。私もこのたび心を入れ替えまして、全財産を投げ打って女子教育を致す所存でご
ざいます。つきましては、朝日新聞社様にも、ぜひ、ご協力を、と思いまして」
緒方「それはよろしいのですが、目黒川女学館さんは、文部省の認可は受けておられませんよ
ね」
さくら「各種学校扱いで結構でございます」
中野「文部省の認可は受けられないのですか?」
さくら「高等女学校令では宗教に関する教育を施している学校には、認可を与えないとなってい
るようですが、目黒川女学館では、その前身が石門心学の塾であり、創立以来、プロテスタン
ト系から教員などの支援も受けております関係で、誤解も多く」
緒方「まあ、規定の広告料をお支払いいただければ掲載しますが、認可校であれば、社として
も全面的に支援できるのですが・・・・ま、営業へ話をつなげましょう(案内しようとするが)」
さくら「緒方様。もうひとつお願いがございます」
緒方「何でしょう?」
さくら「記者会見の機会を設けていただきたいのです。私の米投機の釈明と目黒川女学館の
件で」
緒方「それもよろしいのですが、すぐですか?今は先帝崩御で世間もあわただしく、できました
らご大喪が終わった後がよいかと思いますが」
さくら「ご忠告のとおりに致します。9月か10月でお取り計らいいただければ」
緒方「分かりました」

46ミルクホール
さくらとるう、岡野が座って、ミルクを飲みながら話している。
さくら「富士見町の自宅が売れない?」
岡野「不景気の影響で、あれだけの邸宅は、なかなか右から左へは売れないのです」
さくら「困ったわ。学校経営でお金が入用なのに」
岡野「邸宅を担保に当行で融資もできますが」
さくら「いいわ。どうせ目黒川女学館は手狭だし、暫くは学校事務局分館として使用するわ。こ
れから来客もあるだろうし。るうちゃん」
るう「(ミルクを飲もうとして、ビックリ)あっ、はい」
さくら「私のお手伝いをしてちょうだい。今日から富士見町の家で一緒に暮らすの」
るう「でも、私、奉公先が決まっているので」
さくら「私が手紙で断ってあげるわよ。あなたの汽車賃、支度金は、私が払っておくわ。それで
文句ないでしょ」
るう「はあ」
さくら「岡野さん、悪いけど、目黒・不動前の茶店に行ってきて頂戴。後で小切手切るから。こ
の子の奉公辞退してきてほしいの」
岡野「分かりました。塩屋さんの側にいたほうがいいでしょう。目黒川女学館にも入学できるで
しょうし」
るう「私、女学校には入りません!」
とグイっとミルクを飲む。

47不動前の茶店
店先で立って話す岡野と茶店の主人・権三。
権三の手に台湾銀行の小切手。
岡野「人手が足りなくて困るだろうが納得してくれ」
権三「私らはいいんですが、本当にるうは目黒川女学館に入る気になったのでしょうか?」
岡野「(ちょっと苦しそうに)う、うむ。本人もやる気だ」
権三「それだったらいいんですが、なにしろ山口県の日本海側の出ですからね。お嬢様学校に
行って勤まるかどうか」
店先で茶飯を食っていた初老の紳士、箸を置いて。
紳士「目黒川女学館なら大丈夫だ。海軍将校の子女も多数、入学・卒業してきておる」
権三「これは山本様」
岡野「山本?」
権三「海軍大将の山本権兵衛様ですよ」
岡野「あの日露戦争時の海軍大臣だった」
山本、立ち上がって、財布から金を出し、置く。
山本「馳走になった」
権三、一礼。
山本、岡野のところへ来て。
山本「台湾銀行は、相変わらず鈴木商店と結託して稼いでいるのか?」
岡野「おそれいります。立地上、どうしても樟脳を大量に扱う鈴木商店とは取引をしないと」
山本「おいは政商は嫌いじゃ。だが、国防のためには軍艦がいる。そん軍艦を買うためには、
大いに樟脳を売って外貨をかせがにゃならん」
岡野「お説もっともでございます」
山本「目黒川女学館、よか風になったら知らせてもらいたか。おいも海軍部内に宣伝しょもん
で(と去る)」

48目黒川女学館・調理実習室
数名の通学生が居並んでいる。
そこへるうを従えて入ってくる、さくら。
通学生、一斉に礼。
さくら、答礼。
さくら「学校が本格的に始まるのは、秋からです。それまでに、あなたたちにはやってもらうこと
があります。炊き出しの支度です」
顔を見合わせる通学生たち。
さくら「あなたたちだけでは生徒数が足りませんので、併設の小学校に女子児童を集めます。
そのために、これから目黒川の下流にある街で炊き出しをします」
るう「これから、私が炊事の手順を指導します。まず役割分担しますので」
通学生、それぞれ支度にかかる。

米をとぐ、るう。

野菜を刻む通学生たち。

炊き上がる白米。

鍋に煮える野菜汁。

49船着場
男たちが釜、鍋、お櫃などを小舟に積み込む。

50目黒川
上の小舟が行く。
それを見ながら、川沿いの道を歩く、さくら、るう、通学生たち。

51貧民街
さくらと通学生たちが据えられた釜、鍋、お櫃の前にいる。
その前に、貧民が大勢並んでいる。
るう「みなさん、ひとり一杯ずつですよ」
通学生たち、ひとりずつ、飯を、貧民の茶碗に持っていく。
さくら、野菜汁を貧民の鍋に注いでやる。
道端で貰った飯を食べている女の子。
るう、その女の子へ紙を渡す。
るう「今度、目黒川のずっと上がった先に、小学校ができたから。目黒川女学館ていうんだけ
ど、学校行ったことない子でも最初から教えるから大丈夫だよ。それにね、お昼ご飯も出るん
だよ」

52目黒川沿いの道
紙を持った貧民の女の子たちが大勢歩いてくる。 

53目黒川女学館・正門
上の女の子たちが門をくぐっていく。
スーパー「大正元年9月」

54同教室
上の女の子たちで満席になった教室。

55同職員室
さくら、るう、通学生たちがいる。
るう「今数えてきましたけど、百名います。これが、あそこの集落に住んでいる女の子全員だそ
うです」
さくら「その中に12歳から18歳の子はいたの」
るう「6名です」
さくら「では、とりあえず、その子たちは女学校に編入ね」
通学生たち、顔を見合わせる。
さくら「貴方たちの気持ちも分かるわ。教育の機会は万人平等とはいわない。でも、この目黒
川女学館を存続させるためには、それが必要なの」
机の上に積まれた教科書とわら半紙の山。
さくら「さすがに、私ひとりで百名の児童を教えるのは無理です。教務指導は私がやりますが、
みなさんにも簡単な授業をやってもらいます」
るう「教材は先生が専用に作ってくれたものを使用します」
さくら「まず、算術と読み書きを重点的にやります。解き方を説明した後、演習してもらいます」

56同教室
先に置かれていた石板に落書きしたりしている女の子たち。
ちょっと騒々しい。
さくら、るう、が来て。
さくら「予想どおり、もう石板に慣れたみたいね」
るう「みんな、静かにして」
女の子たち、黙る。
さくら「(教壇に立ち)みなさんは今日から目黒川女学館の生徒です」
女の子たちーいや、ここからは目黒川女学館の学童と呼ぶー聞いている。
さくら「ここに来ている子たちは、お昼ご飯が目当てでしょうけど、それをいただくためには条件
があります。しっかり勉強することです。まず午前中しっかり勉強します。お昼ご飯を食べたか
らといって、すぐ帰るのはダメです。午後もしっかり勉強してもらいます。それがお昼ご飯、この
目黒川女学館では給食といいますが、この給食を食べるための条件です。いいですね」
学童たち「ハイ!」
さくら「よろしい。では早速、勉強を始めます」
るう、平仮名の表を黒板に掲げる。

57同校庭
学童たちがお互いを「イチ、ニ、サン」と数えあっている。

58同昇降口
人力車が止まる。
袴を付けた、一見、書生風の男が缶を抱えて降りてくる。
男「頼もー」
るう「ハイ!(と出てくる)」
男「山本海軍大将に申し付かって、これを持って参りました」
と缶を二つ示す。
るう「山本・・・・さん?」
後からさくらが出てくる。
さくら「失礼ですが、どなたさまでいらっしゃいますか?」
秋山「海軍大学校の教官をしとります秋山真之と申します」
さくら「秋山真之様・・・・あの日本海海戦時の連合艦隊参謀だった」
るう「(分かっておらず、さくらを見て)」
秋山「これは軍艦で出されるライスカレーに使うカレー粉でございます。山本海軍大将が、ぜ
ひ、目黒川女学館で使ってほしいと申されましてな」
さくら「これは、もうおそれいります。さ、どうぞ」
るう、秋山からカレー缶を受け取る。

59同教室
通学生が教師。
黒板に書かれた加減式の問題。
石板に書いて解いている学童たち。

60同廊下
さくらと秋山が歩いている。
秋山「いや、よく授業が成立しとります。目黒川女学館が特殊小学校をやると聞いてどうなるか
と思っとりましたが」
さくら「いずれ、あの子たちの中から、将来、女学校である目黒川女学館へ進んでもらって、学
校を支えてくれるようになればいいな、と考えているんです」

61同校門
秋山を乗せた人力車が出て行く。

62同理事長室
応接セットのテーブルに載せられたカレー缶。
るう「これ、まだ使わないんですか?」
さくら「調理法は簡単だけど、最初からおいしいもの出すと後が大変でしょ。少しずつメニュー
は増やしていくわ」
るう「後で海軍から、野菜だけで作れる料理のレシピも送ってくれるそうなので楽しみですね」
さくら「秋山さん、これからも学童の兵式体操や行進などの指導で来てくれるそうなので、助か
った」
るう「でも、まだまだ先生は足りませんよね」
さくら「そこは新理事長のみやびちゃんが何とかしてくれるそうよ」
とまだ空席の理事長席を見る。

63皇居・実景

64明治宮殿・表御座所・廊下
みやびが歩いてくる。
その向こう側から乃木稀典が歩いてくる。
みやび「これは乃木様」
乃木「おお、みやび様」
みやび「本日は、桂内府に御用で」
乃木「いや、それがの(まわりの様子を伺って)先帝は亡くなる前に、私のことについて、何か
申されていなかったか?」
みやび「いえ、別に、何も」
乃木「そうでしたか。いや、てっきり、あなたは、先帝のお気に入りでしたので」
みやび「いえ、私は乃木様のお話は何も」
乃木「そうでしたか」
とそそくさと行ってしまう。

65目黒川女学館・校庭
椅子に学童を座らせて、白衣を着けて、その髪を梳いている彩乃。
その隣で熱湯が入ったやかんを持って、洗面器の前にしゃがんでいる、るう。
彩乃、梳きに使った櫛を、るうに渡す。
るう、受け取ると同時に、別の櫛を彩乃に渡す。
その櫛で、彩乃、再び梳き始める。
るう、受け取った櫛を洗面器に入れて、薬缶から熱湯を注ぐ。
彩乃「(梳きながら)梳いても、梳いても、シラミがとれないよ」

66同職員室
るう、彩乃、疲れたように入ってくる。
さくら、机の前に座っていて。
さくら「お疲れ様。どうだった?」
彩乃「(がっくりと椅子に座って)ダメだね。いくら梳いてもキリがない」
るうも疲れて、座る。
彩乃「そっちはどうだい?」
さくら「トラホームが多いわね。こればっかりはお医者様の力をかりないとどうしようもないわ」
彩乃「今度、山県公の所に行ったときに聞いてくるよ。軍医も出入りしているからね」

67椿山荘・実景

68同客間
山県を囲んで、みやび・彩乃、それに森林太郎がいる。
スーパー「陸軍軍医総監・森林太郎」
山県「みやび様は文学に造詣が深いとのことなので、森君については、鴎外の筆名でよく知っ
ておるだろう」
みやび「『スバル』に連載中の『雁』は読ませていただいております。『舞姫』も好きでしたわ」
山県「まあ文学も結構だが、発禁処分になるようなものを書かれてもな」
森、頭を掻く。
彩乃「森様。トラホームの件ですが、何かよい方法はないのですか?」
森「私も全国各地の徴兵検査に立ち会うのですが、トラホームの罹患率が高いのには驚きま
す。栄養・衛生両面において問題があり、貧困に起因するものでもありまして、なんとも」
山県「そうはいわんと、なんとかしてくれたまえ」
森「予防法がないわけではありません。良い点眼薬も出てきておりますので」
彩乃「(立ち上がって)じゃあ、早速、それを教えてもらおうじゃないですか」
山県「彩乃は気が早いのう」
森「予防法はともかくとして、点眼薬は1回、2、30銭しますので、ひと月使い続けると6円には
なりますが」
彩乃「いいよ。こっちには米商人上がりの財閥と東京市が付いてるんだ」
山県「森君、彩乃もこういっていることだし、すぐ対応してあげたまえ」
森「はっ、では存知よりの眼科医の所へお連れしますので」
と立ち上がり、一礼して、彩乃とともに出て行く。
書生の声「乃木大将閣下がお見えですが」
山県「乃木が?通したまえ」
乃木が蒼白な表情で入ってくる。
山県「乃木君、どうした?」
乃木「はっ、お尋ねの儀が」
とみやびを見る。
みやび「あっ、私、ちょっとお庭を見てきます」
と立ち上がり、出て行く。
乃木「(座って)あのう、先帝陛下は、何か私についていいのこしていかれなかったのでしょう
か?」
山県「貴官についてか?知らんなあ」
乃木「そうでしたか」
山県「貴官には裕仁親王の教育を託されておられたはずだが、その件か?」
乃木「いえ、それはもうご在世中に、しかと」
山県「では、なんだ。他に貴官にいうことなぞあるまい」
乃木「それが」
山県「何だ」
乃木「元帥昇進のことであります」
山県「元帥?貴官のか」
乃木「そうであります。日露戦争でバルチック艦隊を撃滅した海軍の東郷平八郎が元帥号を得
たのに、同じく日露戦争で旅順・奉天でそれなりの勲功があった私が元帥に列せられないの
は、どういうわけなんでしょうか?」
山県「(聞いている)」
乃木「私は先帝にお目をかけていただいたと自負しております。あの先帝が、私を元帥にせず
に逝かれるわけがない」
山県「先帝は君のことを元帥に叙することなど考えていなかったよ」
乃木「何といわれます」
山県「君には旅順のことがあったからね」
乃木「旅順要塞を落とすのに手間どったからですか?」
山県「いや、その旅順じゃない。一日で落とした旅順の方だ」
乃木「日清戦争のときの!しかし、おっしゃられたように短時日で落としておりますので」
山県「戦果じゃない、虐殺だよ」
乃木「虐殺?」
山県「貴官が旅順を攻略した後、彼の地で貴官貴下の将兵が現地住民を大量に虐殺した。そ
のとき貴官は何もしなかったではないか。そのことを先帝は気にしておられたのだ」
乃木「そ、それは」
山県「貴官が思っているほど、貴官は先帝に信頼されていなかったのだ。だから、元帥の話も
ありえないのだ」

69同庭園
すがすがしい気分で庭園を眺めているみやび。
そこへ蒼白な表情の乃木が力なく歩いてくる。
その乃木を見送る、みやび。

70市電、止まる
スーパー「9月13日 明治天皇 大喪
式典の時刻 東京市内の市電、三分間停車」

71目黒川女学館・校庭
さくら、るう以下、通学生・学童たち、整列して、皇居の方角を遥拝。

72乃木邸・一室(夜)
端座した乃木とその妻静子。
その前に短刀。

73テロップ
T「殉死」

74渋谷・宮邸・外観
洋館である。
みやびの声「乃木大将の殉死は、新しい時代の価値観を示すものです」

75同広間
志賀直哉・武者小路実篤・犬養健ら白樺派の面々がいる。
スーパー「白樺派」
みやび「乃木大将の死によって、武士的精神の時代は終わりを告げ、新しい科学的合理主義
精神の時代が始まったのです」
犬養「貴方と同じようなことを、東京帝大の新渡戸稲造教授もいっておられるよ。『立派なる武
士的最期』であり『武士道が、はたして今後何年間継続されるか』ともね」
みやび「先帝はあらゆる意味で神でした。その神と自分独りの関係において、乃木大将は逝か
れたのです」
犬養「乃木さんの件はいいから、貴方が理事長をされている目黒川女学館への教員の選定と
派遣の件、お引き受けしましょう」
みやび「長野県中箕輪高等小学校においては、白樺派の実践的教育が優れた結果を出して
いると聞いています。たとえば同校の中学進学率を向上させているとか」
犬養「白樺派は国定教科書によらない授業を実践していますから、まかせてもらえれば、目黒
川女学館を東京府内でも有数の学力上位校にしてごらんにいれます」

76帝国ホテル・広間
記者会見のセットが組まれている。
そこに座っている、さくら、るう。
二人をはさむように、緒方竹虎・中野正剛も座っている。
広間を埋め尽くす記者とカメラマン。
るう、ちょっと緊張した表情。
緒方「それでは、これより米穀商・塩屋さくら様の記者会見をはじめまさせていただきたいと存
じます。本日は、不肖、朝日新聞の私緒方と中野の両名が司会進行を相勤めさせていただき
ますが、お集まりの皆様にはご異議はありませんでしょうか?」
報道陣、沈黙。
緒方「(見回して)それでは、私どもで勤めさせていただきます。まず最初に塩屋様よりご挨拶
を賜りたく存じます」
さくら、立ち上がる。
るうは座ったまま。
さくら「塩屋でございます。このたびは米価高騰におきましては、市井の皆様方にご迷惑をおか
けして申し訳ありませんでした(深々と一礼、再び顔を上げ)、世間様にご迷惑をかけましたこ
とを反省致しまして、このたび東京府下目黒村にあります女学校を経営させていただくことにな
りましたので、そのご挨拶もかねての本日の機会でございます」
記者A「国民新聞ですが、目黒川女学館の買収は、あくまでも投機の対象としてではありませ
んか?」
さくら「私はご存知のように、長野の師範学校にて正式に教員資格を取得した者であり、ひそ
かに教鞭をとることを切望いたしておりました。今の世に誰れか女子教育の必要を感 ぜざるも
のでありましょうか?女子に学問は不要なり,また危険なりとして惜しむべき好 学の心を圧抑せ
し時代は既に去ったものでございます。しかして其の反動は来ております。 女子の燃ゆるが如
き好学の心と之を遂げしめんとする父兄の熱心とはこの帝都の至る所 にぽうばくとしているの
であります」
記者B「年初来の米投機でかなりの利益をあげておられますが、それらを女学校経営を通じ
て、どのように社会に還元されるおつもりですか?」
さくら「私財を全てを女子将来の為に図り,国家永遠の後に就いて考うれば,完備せる女学 校に
於て,日新の智識を得,更に進んで高等教育さえも受くる者あるってこそ、女子は此の新 進国の
良妻賢母となりえるのであります」
と、隣のるうに立つように手で促す。
るう、立ち上がる。
さくら「この吉川るうのように、志を懐いて空しく山口県の家に籠り, 学問修業時を過し終に一
生、 学問の不足を嘆き,徒に他を羨むの人となる者甚だ多し。このような娘を救い上げるの
が、このたび私が経営致します目黒川女学館の役目と存じております。この秋より、目黒川女
学館の本科生となります、この吉川るうともども、よろしくお願いいたします(と頭を下げ、隣の
るうの背中を押し、一礼させる)」
るう「(頭を下げつつ、予想外の展開に驚いている)」

77目黒川女学館・教室
女学校へ編入された貧民の年長組が数人、彩乃の指導で袴の着付けをしている。
彩乃の声「乃木さんは切腹して、203高地でウチの連れ合いをバカな作戦で死なせた責任を
とったのかもしれないけど、その戦争の結果得た朝鮮の経営が赤字で、毎年1200万円もの
補助金を出している。大国の見得ってバカらしい」
さくらの声「だから、この子たちを聡明に育てなくてはいけないのよ。日本がかつて経験したこと
がないような大戦争で、多くの男たちが死んだわ。あらゆる分野で人手不足。今こそ女が社会
に進出して、二度と勘定に合わない戦争をさせない国するの」

78同・正門
るうが教材を持って歩いてくる。
咲苗が立っている。
るう「咲苗ちゃん」
咲苗「あなたは」
るう「来てくれたの?さくらさん喜ぶわよ」
咲苗「(うつむく)」
るう「(ちょっと様子がおかしいと思う)」

79同理事長室
応接セットに、さくら、るう、咲苗。
さくら「国鉄を退職したの」
咲苗「親がどうしても辞めろって。国鉄に身元保証人を降りると書留を郵送したんです。女子は
親の同意がないと雇用の継続は難しいというので」
さくら「だから日本はダメなのよ。女には親権も提訴権もないのがこの国だから」
るう「これから咲苗ちゃん、どうするの?」
咲苗「実は結婚しろ、いわれてるんです。相手は鈴木商店の社員さんだそうで。でも気が進ま
なくて。それで、この目黒川女学館でお世話になれないかと」
さくら「分かったわ。生徒してでなく教員として来てください」
咲苗「でも、私は教員資格は持っていないんですが」
さくら「代用教員だったら資格はいらないわ。正式な資格を持った教員―つまり、訓導というこ
とであれば別だけど、このるうちゃんにも女学校本科に籍を置きながら、併設小学校の代用教
員もやってもらってるの。だから大丈夫」
るう「咲苗ちゃん、私と給食委員やろう!」
咲苗「給食委員?」
るう「目黒川女学館の小学校では、給食も出しているの。私が今、給食委員で献立とか考えて
るんだけど、それを一緒に咲苗ちゃんにやってほしいの」

80同教室
机の上に置かれたザルからパン、皿から握り飯をとっていく学童たち。
るう、咲苗、鍋から野菜汁を学童のお椀に注いでいく。
スーパー「小学校で貧しい児童に無料で昼食給与
     目黒川女学館付属特殊小学校の試(こころ)み
          パンと汁を二椀(わん)」
配り終わって、教壇に、るう、咲苗。
咲苗「それではいただきます」
学童「いただきます」で一斉に喫食開始。
笑って見ているるう、咲苗。

81走る汽車
スーパー「11月14日」

82御用列車の車中
大正天皇が座っている。その周囲に、みやび、犬養健・原敬・李垠らがいる。
大正天皇「この列車は揺れるのう。皇太子専用車よりも天皇車の揺れがひどいとはどういうこ
とか」
原「一生おそれおおいことでございます」
スーパー「内務大臣・鉄道院総裁 原敬」
大正天皇「これでは、せっかく、みやびが一緒に来てくれても、茶の一杯も入れてもらえないで
はないか」
みやび「お役にたてず申し訳しだいもありません」
大正天皇「女学校の理事長になったそうだが、どうか?」
みやび「おかげさまにて、それなる犬養様のご協力もありまして、なんとか経営致しております
る」
大正天皇「そうか。この犬養は、学習院で学友での。こやつとは、これで仲良くなった」
とふ菓子をとって、みやびに渡す。
みやび「(受け取り)おそれいりまする」
大正天皇「今、議会で、この犬養の父木堂とそれなる原が競り合っていてな。どちらが先に総
理大臣になるか、というところだそうだのう、原」
原「(ただただ恐縮して、頭を下げるのみ)」
大正天皇「わしとしては、この犬養が父親の後を継いで代議士になれば、明日にでも組閣の大
命を降下せしめるところだがな(高笑い)」
犬養「(ただただ恐縮して、頭を下げるのみ)」
大正天皇「みやびに紹介しておこう。朝鮮王族の李垠だ」
李垠、一礼。
スーパー「大韓帝国最後の皇太子・李垠」
みやび、答礼。
大正天皇「今、陸軍幼年学校に入っておってのう。朕が親王どもよりも賢いくらいじゃ。朕は気
に入っておってのう。山県や松方の爺がすすめる東宮の妃候補のいずれかを娶わせようと考
えておるくらいじゃ(高笑い)」

83川越駅・ホーム
汽車が入ってくる。
出迎えの地元有力者の中にいる山田夏輝。

84記録フィルム
大正期の陸軍大演習。

85栃木女子刑務所・正門
着物姿で風呂敷包みを持ったれいかが出てくる。

86目黒川女学館・教室
ピアノの前に座ったさくら。
その前にいる数人の学童。
るうもいる。
るう「さくらさん、本気ですか?この子たちに歌と舞踊を教えて、少女歌劇団を作ろうなんて」
さくら「私はいつも本気です」
るう「で、何を歌って踊るんです?唱歌ですか?」
さくら「ラグタイムで踊ります」
るう「ラグ・・・・なんですか?」
さくら「ラグタイム。今、アメリカで流行っている音楽です。今回は、スコット・ジョブリンが作った
『メイプル・リーフ・ラグ』をやります」
と同曲を弾き出す。
ラグタイムの軽快な響きに、しだいに魅了されていく、るう。

87同玄関
背広姿の男が入ってくる。
そこへ咲苗が来る。
「メイプル・リーフ・ラグ」続いていて。
咲苗「何か本校に御用でしょうか?」
島田「東京市視学の島田というものだが、授業内容を見せていただきたい」
咲苗「はあ」

88同教室
「メイプル・リーフ・ラグ」に合わせて、なぜか日本舞踊らしき動きを一列になってしている、るう
たち。
そこへ、咲苗が入ってくる。
咲苗「さくらさん、あのう」
さくら「(弾きながら)何の用?今、稽古中よ」
咲苗「東京市の視学の方が見えられましたが」
さくら、演奏を手を止める。
唐突に終わった感じ。
さくら「視学が」

89同廊下
バタバタと小走りで移動するイメージ。
目の前に島田が迫ってくる。
さくら、るう、咲苗が来る。
さくら「本校の主事に塩屋でございます」
島田「東京市の視学だが、授業内容を視察に来た」
さくら「本校につきましては、東京市にもご賛助いただいておりますし、元視学の浜幸次郎先生
にもご指導いただいておりまして、何ら問題はないと思いますが」
島田「それは、こちらで審査する。すぐに授業を」
さくら「では、この代用教員二名が、これより国語と算数の授業を始めますので、まずは小学校
から」

90同教室
咲苗が算数の授業中。
咲苗、三つに折った紙を見せている。
その紙には、二つの赤丸が描かれている。
咲苗「これは、いくつかな?」
学童A「二つ」
咲苗「じゃあ、これはいくつかな?」
とパッと紙を広げる。
学童B「六つ」
咲苗「じゃあ、これを式でいえる人」
学童C「2×3=6」
咲苗「正解」
廊下で見ているさくらにともなわれた島田、ニコリとする。

91別の教室
るうが国語の授業中。
るう、漢字の「菜」を書いた紙を持っている。
黒板には、「菜」を書き順が番書されている。
るう「今日は、野菜の『菜』という字を覚えるよ。黒板の書き順に従って、先生が空に指でなぞっ
て書くから、みんなも合わせて書くんだよ」
学童一同「ハーイ」
るう「じゃあ、最初のお約束、この漢字の字画はいくつかな?」
学童D「11」
るう「そう、11だよ。みんな、空で指を11回動かすんだよ。じゃあ、はじめよう」
と1,2、3といいながら、るうと学童が空に「菜」の字を書いていく。
廊下にさくらと島田。
さくら「あれを20回繰り返すのです」
るう「じゃあ、大体、覚えたね。それじゃ、実際に紙に書いてみようか」
学童たち、机の上に広げた紙に、すずりの墨をつけた筆で「菜」の字を書いていく。
るう、机の間を見回りながら、時折、間違いを正していく。
さくら「最後に紙に毛筆で書いてみることで確実に覚えるのです。漢字を覚えるのには、毛筆が
最適ですから」
島田「(大きく頷いて)感心、感心」

92同廊下
さくら「本校の教育内容について、大体、ご理解いただいたでしょうか?」
島田「白樺派は国定教科書を使わんから、けしからんと思っていたが、なかなか効果があるよ
うだね」
さくら「算数はこの秋よりはじめて九九、分数の計算、簡単な図形の概念、国語は基本的な読
み書きと漢字が平均400字程度覚えさせております」
島田「ほーそれは凄いね。それでは女学校本科を見せていただこうか?」
さくら「本科を」
島田「そうだ。それが、今回の視察の眼目だよ」

93同教室
女学校の通学生が一同に座っている。
るうも座っている。
教壇に、島田、さくら。
廊下から心配そうに咲苗が見ている。
島田「学力確認試験をはじめる。諸君に高等女学校生徒にふさわしい学力があるかどうか見
させていただく」
とカバンから試験用紙の束を出す。
さくら「ちょっとお待ちください。ここの本科生は、本格的に授業が始まってから、まだ半年も経
過していません。いきなりの試験では」
島田「高等女学校令に基づく正式な高等女学校としての認可を受けたくはないのか?今、文部
省が乱立する女学校の統廃合を進めているのは知っているだろう。宗教教育をしているのな
らともかく、目黒川女学館は宗教とは関係ないはず。だったら認可を受けたほうがいいんじゃ
ないのか?」
咲苗、教室に入ってきて。
咲苗「さくらさん、私も受けましょうか?」
さくら「いえ、あなたは教員扱いだから。こうなったら、純粋な本科生のるうちゃんをはじめとす
る生徒たちに受けてもらいましょう」
咲苗「で、でも、この子たちでは、まだ」
さくら「ダメでも各種学校になるだけよ。師範学校への進学などで不利にはなるけど、学校が続
けられないわけじゃないから(島田を見て)お願いします」
島田、試験用紙を配り始める。
るう、不安そうな表情。

94同理事長室
島田、応接セットで試験の採点をしている。

95同教室
不安そうにしている、さくら、咲苗、るう以下の生徒たち。
島田が答案用紙を持って入ってくる。
島田「(答案をさくらに渡し)ひどいな。本当に初歩段階しかできていない。これでは文部省に認
可ヨシ!とはいえないな」
さくら「(答案を見ながら、聞いている)」
島田「どうだ。いっそ閉校にするかね?付属小学校は完全に東京市立の特殊尋常小学校にす
れば問題なかろう。質はともなわない女学校は淘汰するのが文部省の方針だ」
生徒たち、顔を見合わせる。
さくら「いえ、目黒川女学館は各種学校として、女学校本科を続けて参ります」
島田「せめて修身だけでもしっかりやってくれたらな。ここの授業内容には修身は含まれていな
いそうだが」
さくら「基礎学力養成の途中ですので、そこまで手が回っていなかったのです」
島田「人手不足を言い訳にするのか?臣民教育を何と心得ておる」
さくら「(応えない)」
島田「あ〜あ〜せめて教育勅語を暗誦できる生徒がひとりでもいればな」
るう「(立ち上がり)私、いえます」
島田、さくら、るうを見る。
るう「私、いえます。先帝陛下より賜りし教育勅語を(と暗誦をはじめる)
朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニコヲ樹ツルコト深厚ナリ」
以下、教育勅語を暗誦する、るう、それを聞く、さくら、島田、咲苗、生徒たちを見せて。
るう、暗誦を終わる。
意外な表情で見ている島田。
島田「よかろう。この女学生のことも市に報告しよう。結果はあまり期待せんほうがいいな。失
敬する」
と帽子とカバンを持って出て行く。
それを見送る、さくら、咲苗。
立ち尽くす、るう。
スーパー「大正元年11月30日。
      目黒川女学館
     高等女学校令に基づく高等女学校として
     正式に認可される」

96馬車が走る
スーパー「12月1日 二個師団増設を拒否した西園寺内閣に抗議して、
     ときの上原勇作陸軍大臣」

97青山離宮・実景
現在の迎賓館。
馬車から見るような感じで、カメラを回していく。
スーパー「同日午前10時40分 単独で参内
     天皇に辞表を提出」

98テロップ
T「所謂、帷幄上奏事件である」

99青山離宮・執務室
大正天皇と桂太郎内大臣が立って話をしている。
大正天皇「上原がこんなものを持ってきたよ」
と辞表を渡す。
大正天皇「あとは憲法の規定に従って処理せよ」
と立ち去る。
入り口で一礼して見送るみやび。
大正天皇が出た後、みやび、桂のところへ行く。
みやび「内府様。山県公は、この後、お上より内閣・陸軍双方に和解を促す詔勅をお出しいた
だき、それを持って事態を収拾したいとのご希望でいらっしゃいます。この(と書状を出す)通り
に詔勅を出せるようにお取り計らいを」
桂、書状を受け取らず立ち去る。

100椿山荘・客間
後ろにみやびが立ったまま、
山県「何、桂が書状を受け取らなかったと」
みやび「はい」
山県「マズイな。直ちに陸軍大臣を引き受ける者はいないだろう」
みやび「軍部大臣は、現役の軍人、大・中将と決められております。軍部大臣現役制によって」
山県「西園寺の内閣は潰れる。それも陸軍の手によってな」

101遊女屋・渚の部屋
彩乃、渚の髪を結っている。
彩乃「へえー、いよいよ内閣が変わるのかってね。西園寺さんも陸軍に逃げられたりして散々
だね。西園寺さんが長くないことは西園寺(最初)から知れておりやす、とね」
渚「(声をたてて笑い出す)何よ、その冗談」
彩乃「総理大臣が誰になろうと、女は嫁に行く。幸せになれよ、渚」
渚「彩乃、ありがとう」

102洲崎遊郭の大通り
太夫姿の渚がゆったりとした足どりでいく。
稚児などが従う花魁道中である。
見物人の中に、さくら、彩乃、るう、咲苗がいる。
るう「渚ちゃんて、ただの遊女じゃなかったんだ」
彩乃「太夫といって会うのだって、段取りがいくつもあって、なかなか大変な格式の遊女だよ」
咲苗「太夫ともなると、ちゃんと引き祝いをしてからじゃないと遊女の世界を離れられないの」
さくら「財閥の御曹司に引かされて嫁になるそうだけど幸せになれるといいね」
ゆっくり進んでいく渚の道中。

103テロップ
T「12月5日 西園寺内閣総辞職」
T「12月17日 第三次桂太郎内閣成立」

104歌舞伎座・前
「第一回憲政擁護大会」の立て看板。
大勢の市民がたむろしている。
その中にみやびがいる。
みやび、ふと見ると、れいかが歩いているのが見える。
みやび「藤宮」
れいか「(見て)」
みやび「(かけよってきて)もう(刑務所から)出てこれたの?」
れいか「(目を伏せて)先帝崩御による特赦で」
みやび「そう、それはよかった。今、どこにいるの?」
れいか「鮫が橋とかの貧民街を転々としています」
みやび「なぜ渋谷の宮邸を訪ねてこなかったの?」
れいか「みやび様は権力の側の方ではないですか」
みやび「藤宮。まだ政治に興味があるのね。だから、ここに来たのね」
れいか、足早に去ってしまう。
見送るみやび。

105多摩川の鉄橋
電車が走る。

106車中
満員状態の中で、さくら、るうが車窓から初日の出を見ている。

107初日の出
スーパー「大正2年 正月」

108旧帝国議会議事堂・古写真
スーパー「第三十帝国議会開会するも
     桂内閣、詔勅により停会となす」

109新富座・前
「憲政擁護第二回大会」立て看板。
会場に入りきらない群衆がひしめいており、彼らは路面電車の軌道にもはみだしている。
電車が来るが、群衆に遮られ、停止。
中から、さくら、るうが降りてくる。
さくら、ちょっと前方に目を留めて。
るう、さくらの視線が向けられるほうを見る。
遠く女の子が演説しているのが見える。
羽織・袴姿に紫のリボンがチャーム・ポイントの川原せりなである。
せりな「桂内閣は、議会を15日間の停会に処しました。ここまでして、この内閣は何を守ろうと
しているのでしょうか?」
群衆の間に分け入って進むさくら、るう。
せりなの声「私たちは知っています。米価高騰のために、一日のご飯を減らしている庶民のこ
とを」
せりなの演説に耳を傾けている労働者、学生など。
せりなの声「私たちは知っています。貧困のため、学籍簿にも名前がない多くのこどもが学校
教育と無縁であることを」
さくら、るう、ようやく、せりなのところまで来る。
せりな「7年前の日比谷焼き打ち事件と同じように、私たちは立ちあがろうではありませんか。
いざ、日比谷へ」
演説終わって、その前から群衆が散る。
せりな、ふーっと一息。
さくらの声「せりなちゃん」
せりな、声の方へ向く。
さくらがいる。
さくら「お久しぶりね。東京に戻っていたのね」
せりな「さくらさん、お久しぶりです」
さくら「朝鮮へは渡らなかったの?」
せりな「はい。東京がこの騒ぎなので」
さくら「そう。やっぱり、せりなちゃんね」
せりな、さくらの隣のるうに目を留める。
さくら「あっ、この子は、るうちゃん。あの明治最終列車の折り返しで一緒に東京に来て、今は、
私が経営する目黒川女学館の生徒なの」
るう、一礼。
せりな「学校を経営してるんですか?」
さくら「一応、教員資格があるので。せりなちゃんも一度来てね。目黒村の目黒川沿いにある
女学校だから、すぐに分かるわ」
そこへ警笛。
ビックリして、るうが振り向くと、
警官「弁士注意!」
とこっちへ警官数名が駆けて来る。
せりな「ごめんなさい。私、官憲に追われてるんで」
と群衆の中に紛れ込んでしまう。
警官、さくら、るうの前を駆けていく。

110目黒川女学館・校庭
学童たちが兵式体操をしている。
その前で話をしているさくらと秋山真之。
さくら「桂首相が立憲同志会を結成しましたが、秋山様はどう思われます」
秋山「議会を停会している間に多数派工作をするつもりでしょうが、おそらく頭数百名も集まら
ないでしょう」
さくら「では、桂首相は解散・総選挙に打って出ると」
秋山「いや、怜悧なる桂首相は、却って辞職に出らるることでしょう」
さくら「その後は、やはり議会で圧倒的多数を誇る政友会―つまり西園寺様が、またお出にな
ると」
秋山「私もそのように思って、24日に財部次官に、海軍はあくまで中正の態度を保持するよう
に意見しました」
兵式体操をする学童たち。
さくら「この28日から文部省は、兵式体操を『教練』という名称に改めるそうです。こどもを戦争
に動員するみたいでイヤですね」

111議事堂・院内議場
傍聴席の後方にいる、さくら、るう。
スーパー「2月5日」
尾崎行雄が登壇している。
尾崎「常に玉座の陰に隠れて、政敵を狙撃するが如き挙動を執って居るのである。彼等は玉
座を以て胸壁となし、詔勅を以て弾丸に代えて政敵を倒さんとするものではないか」
るう「紫の袱紗があらわれるのでしょうか?」
さくら「(こたえず見ている)」
大岡議長「(起立し)詔勅がございますから、朗読致します。朕、帝国憲法第七条に依り2月5
日より9日迄5日間、帝国議会の停会を命ず」
直後、すさまじい拍手と罵声。
その中を退場のために歩いていくさくらとるう。
さくら「(議場へ振り向き)おそろしいことが起こるわ」

112内幸町道路
警官650名余と群衆数百人が対峙している。
その間を数騎の騎馬巡査が駒を進めている。
スーパー「2月10日」

113日比谷公園
歩くさくらとるう。
るう「どうして議会へ行くのですか?」
さくら「政友会が内閣不信任案を出すのよ。今の議会は政友会が多数だから、桂内閣が倒れ
るのは確実だから、その瞬間を見たいの
るう「さくらさんは、そうなれば世の中はよくなるとでも?」
さくら「たしかなことは分からない。でも、民衆が起ちあがりつつあることはたしかよ。それで世
の中が変わらなかったら、もう救いようがないわ」
るう「私には、政友会内閣になれば米の値段が安くなるとかしか思いつきませんが」
さくら「(笑う)るうちゃんらしいわね。でも、そういう即物的な考え方の方がよいかもしれない」
歩く二人の前方に、民衆たちの後姿が見えてくる。

114桂邸・前
馬車が止まる。
中から山本権兵衛が降りてくる。

115同客間
山本と桂。
山本「世上は、卿と山県公は新帝を挟み手て威福をほしいままにして、ついに天下の過機を惹
き起こせりと。よろしく高踏勇退して、速やかのその食を西園寺に譲るを可とせよ」
桂「予は之を辞するに躊躇するもに非るなり」

116議事堂前
政友会代議士が、馬車・人力車・徒歩などで登院してくる。
群衆から「白バラ軍、バンザイ」「シッカリ頼むぞう」の声が上がる。
その群衆の中に、せりながいる。
そして、少し離れたところに、れいかがいる。

117 同・正門
群衆の前に騎馬巡査が数騎。
騎馬巡査「払え」
数騎、一斉に群衆へ殺到。
群衆の中へ分け入る騎馬巡査。
倒れる者、血を流す者。

118日比谷公園・鉄柵
せりな、群衆とともに追われてくるが、鉄柵の前で石を拾い、騎馬巡査へ投げる。
それを見て、他の群衆も石や下駄を投げる。
石を投げるせりな。
そのとなりで石を投げるれいか。
せりな「(気づいて)れいかちゃん」
れいか「せりなちゃん」

119貴族院総理大臣室
大岡議長、桂首相、若槻蔵相が入ってくる。
大岡「衆議院議長としてではなく、閣下の同郷選出の議員として申しあげるが、切に閣下のご
考慮を願う」
桂「よろしい」
若槻「内閣総辞職ですか?」
桂「自分は辞職することにしたから、諸君もそのつもりで辞表を書いてもらいたい」
若槻「となると、とりあえず議会を停会にして、その間に手続きをしませんと」

120日比谷図書館前
立っている、さくら、るう。
男の声が響く「12日まで3日間の休会だ」「閥族打倒」「桂を出せ。裏門から逃げても追いかけ
るぞ」
再び群衆動き出す。
それに釣られて、さくら、るうも歩き出す。
そこへサーベルを持った警官が突撃してくる。
るう、危うく殴られそうになるが、すんでのところで他の人の手が受け止める。
受け止めたのは、れいかである。
さくら「れいかちゃん」
れいか、さくらにニヤっと笑って、サーベルを奪い、そのはずみで警官を倒す。
そこへ群衆が殺到し、袋叩きにする。
警官と群衆の乱闘。
警官、次々にサーベルを奪われ、帽子を投げ飛ばされる。
騎馬巡査が進んでくる。
そこへ石を投げる群衆。
馬がさおだちさる。
せりな「(石を投げ終えた後の姿勢で)それ、巡査の曲馬だあ」
るう「せりなちゃん」
集まってくる、さくら、るう、れいか、せりな。
ここではじめて四人が顔を合わせる。
できれば真上から写して。

121都新聞社前
せりな「それ!都新聞社へ石を!」
群衆、一斉に都新聞社へ投石。
次々と窓ガラスが割れていく。
れいか「焼き打ちよ」
屋内から火の手が上がる。
せりな「今度は国民新聞社よ」

122内幸町交差点
四人に率いられた群衆がわたって行く。

123国民新聞社前
次々と投石によって割られる窓ガラス。
副社長の阿部充家が拳銃を頭上へ発砲。
それを合図に、五人の社員が日本刀を抜いて社屋から飛び出てくる。
またたくまに、一人が切られてしまう。
拳銃を撃ちながら阿部も出てくる。
原源作が撃たれて即死。
乱雑に退却する群衆。
るう、ひとり残されて。
そこへ清水紋之助が日本刀で切りかかる。
るう、それを、とっさに着物の袖でくるむように受け止める。
「女の子が戦ってるぞ」の声が沸き起こり、後退した群衆が戻ってくる。
群衆に飲み込まれて、いったん見えなくなる、るうと清水。
群衆が過ぎ去ると、るうがひとりだけいる。
ボロボロになった袖。
そこへ高尾徳平が来る。
高尾「どこの女学生?」
るう「目黒川女学館」

124警視庁・一室
スーパー「警視総監・川上親晴」
川上「なんだと、女学館!東京女学館の生徒が暴徒にいるのか。まずいぞ。虎ノ門の東京女
学館校舎に立てこもられたら大事だ。旧工部学校の堅牢な建物だから容易には落とせない
ぞ」
幹部「いかがいたします?」
川上「すぐに警官隊を東京女学館へ向かわせい。すぐに東京女学館校舎を押さえるんじゃ」

125内幸町通り
警官隊があわてて駆けていく。

126国民新聞社前(夕方)
四人がいる。
るう「警官たちが大勢どっかへ行くわ」
さくら「何が起きたか分からないけど、とりあえず、ここで他へ動けるわ」
せりな「情報によると、報知新聞社・読売新聞社も陥落したそうよ」
れいか「まさに革命ね」
さくら「今、群衆は気まぐれに暴れてるだけ。でも、これに方向性を与えれば、日比谷焼き打ち
事件を越える大騒動にできるわ」
せりな「やりましょう。東京はもうすぐ闇の中。群衆を北と南の二方向に分けて暴れれば帝都を
かく乱できる」
れいか「私は北へ行く」
せりな「じゃあ、私は南へ」
さくら「るうちゃん。私たちはれいかちゃんと一緒に北へ」
るう「(頷く)」
せりな「じゃあ、みんな、革命後の東京で」
四人頷く。

127日没

128やまと新聞者前(夜)
アニメで同社の位置と北進集団のルートを示して。
れいか、さくら、るうが立っている背後から投石する群衆。
窓ガラスが割れていく。
社前の警官隊、投石に追い立てられている。

129新橋駅(夜)
アニメで同駅の位置と南進集団のルートを示して。
駅構内へ突入していく群衆。

130同待合室(夜)
せりなを先頭に勢いよく駆け抜けていく。

131芝口警察署前(夜)
ここもアニメで。
群衆、表門を叩き壊す。

132同屋内(夜)
窓ガラスが割れて、次々と群衆が投げてきた石が飛び込んでくる。
床に腰を下ろして震えている数名の警官。
警部補「(サーベルの柄に手をかけ)下がれ、斬るぞ」
二人の警官、震えていたが、意を決して抜刀、飛び出す。

133同前(夜)
せりな、先頭に立って駆け出す。
それに続く。
せりな「諸君、さあ勝利の進軍を続けましょう」
と夜空に指を突き出し、
せりな「北へ」
134炎
スーパー「東京府知事、軍隊に出動を要請」

135日比谷交差点(夜)
路面電車が走ってきて、止まる。
その前に群衆。
木村咲苗が降りてくる。
その前にれいか、さくら、るうがいる。
咲苗「みんな、どうしたの?」
さくら「革命やってるの」
咲苗「革命?」
他の乗客が次々と降りてくる。
れいか「悪いけど、この電車壊すよ」
咲苗「ええっ?」
れいか「(驚く)」
その背後から電車を叩き壊す音。

136ニ六新報社前(夜)
れいか、さくら、るう、咲苗。
投石、窓ガラス割れる音。
咲苗「なんで、私が大好きな電車まで破壊する必要があるのよ」
さくら「そこまでやらないと日本の政治は覚醒しないわ」

137上野公園前(夜)
さくらたちが群衆とともに歩いていく。
アニメで北進集団のルートを示して。

138上野警察署前(夜)
消灯した警察署前の四人と群衆。
れいか「憲政擁護」
さくら「閥族打破」
咲苗「官僚討伐」
るう「大正維新」
背後の群衆「バンザイ」三唱。
終わっても動きがない警察署。
れいか「それ」
群衆、警察署へ殺到。
群衆が入った後、しばらくして火の手が上がるのが見える。

139吾妻橋(夜)
アニメで北進集団のルート。
橋の上の警官隊。
それと対峙するさくらたち。
れいか、手を振る。
群衆、いっせいに警官隊へ突撃。
またくまに警官隊が蹴散らされる。
れいか「永代橋へ」

140湊橋(夜)
アニメで南進集団のルート。
橋の上で、群衆と警官隊の乱闘。
ここでも民衆の勝利。
せりな「永代橋へ」

141永代橋(朝)
橋の東側に、さくらたち北進集団。
橋の西側に、せりなたち南進集団。
それぞれが橋の中央へと歩いていくのをカットバックで。
中央で落ち合うふたつの集団。
先頭のせりなとれいかが手をとりあう。
そこへ大正二年二月十一日の朝日がさしこむ。
フェード・イン。
スーパー「2月11日 第三次桂内閣総辞職」
スーパー「2月20日、山本権兵衛内閣成立」

142目黒川女学館・理事長室
応接セットのさくらとるう。
るう「今回の騒動で、本校も有名になって。おかげで本科にこんなに願書が」
テーブルの上の封書の山。
さくら「入学試験が実施できるようになってよかったけど、それよりも嬉しいのは、付属小学校
生徒の学力が認めらたということ」
るう「府立女学校から入学の誘いが来てるんですよね」
さくら「でも、府立はまだまだ良いところの娘しか採らないといわれてるから、本校の子たちが
入ってやってけるのかどうか・・・・とりあえず何人か見学に行かせてみるけどね」
るう「(笑う)」

143目黒川沿いの道(夜)
台風由来の強風に桜の緑が揺れる。
その下を風にあおられつつ歩く、さくら、るう。
再び強風に揺れる桜の樹。
スーパー「8月27日。木曽駒が岳に登山中の長野県箕輪小学校の校長、生徒ら11名、天候
急変のため、遭難死」
スーパー「世にいう木曽駒が岳遭難事件起こる」

144目黒川女学館・理事長室
さくら、みやびと立ったまま対峙している。
みやび「白樺派の教員を追放するなんて。しかも私に理事長辞めろと」
さくら「木曽駒が岳の遭難は、白樺派の教員が提案した登山行事によって引き起こされたもの
だというもっぱらの見方よ」
みやび「登山開始時に八丈島沖に在った低気圧が急速に北上してきたんです。それは予想で
きない事態だったの。箕輪小学校の赤羽校長は、出発直前まで気象台に天候の確認をしてい
たの」
さくら「みやび様のいうことは分かるの。でも、世間はそうは見ないの。本校は東京市の支援も
受けてるから尚更なの」
みやび「白樺派の教育はどうするの?」
さくら「それは、るうちゃん、咲苗ちゃんが取得してるから大丈夫。続けるから安心して」
みやび「分かったわ」
さくら「理解してくれてありがとう」

145横須賀沖合
海霧の中から、戦艦「金剛」が姿を現す。
少し長めの時間で見せて。

146横須賀港
停泊中の「金剛」。
それを見学している、さくら、るう、咲苗、せりな、れいか、彩乃以下の目黒川女学館の生徒た
ち。
咲苗「これが私がイギリスにいたときに着工した軍艦よ」

147金剛・甲板
砲塔下にしつらえられたカフェ席で、ゆったりと紅茶を楽しむ咲苗とるう。
咲苗「午後のティータイムはいいね」
せりな「私、富山に帰ることにしたの」
さくら「どうして?」
せりな「親が結婚せえいうんで」
咲苗「へえ、私と同じだけど、家庭に納まれるの?」
せりな「主婦になっても運動は続けられるわ。いざとなったら、富山で米騒動起こしてやる」
れいか「相変わらず威勢がいいね」
さくら「そういうれいかちゃんは、先日の神田・和強楽堂での青鞜社主催の演説会でも大好評
だったようだけど、大正新代の新しい女としてはどうなの?」
れいか「実は、そのことで、先日、議会を傍聴したときに、大阪の代言人事務所に誘われて、
そこで働くことにしたの」
さくら「そう。じゃあ、東京を離れるわけね」
れいか「(頷く)」
彩乃「えー、かくなる我輩も暫く目黒川女学館から離れることに」
るう「彩乃さん、もしかしてシラミ取りがいやになったのでは?」
彩乃「いや、実はね。日露戦争で死んだ連れ合いとの間のこどもが十歳になっていてね、越谷
の実家に預けていたんだが、そろそろ引き取ろうと思ってね。そうなると、いろいろ忙しくてね」
るう「その子は女の子?」
彩乃「そうだよ」
るう「じゃあ、目黒川女学館の小学校に編入ですbね」
彩乃「よろしく頼むよ」
咲苗「あの明治最終列車で集まった人たちが分かれてしまうことになるんですね」
さくら「仕方ないよ。これもご時勢に移り変わりだからね」

ここから別れていくメンバーを一人一人写して。
退艦していく、せりな、れいか、彩乃、がそれぞれ一礼して去っていく様を写していく。

それを見送るさくら、るう、咲苗。
るう「みやびさん、どうしてるんでしょうか?」

148台湾島・遠望
洋上より。

149台湾・バナナ園
バナナの栽培状況を見て回る、みやび。

150目黒川女学館・教室。
バナナが一本。
生徒の声「先生、先生」
バナナを持っているるう、はっとする。
目の前に「星宮」の名札をした生徒がいる。
るう「ごめんなさい(と立ち上がる)」
目の前に、バナナも添えられた給食を前にした生徒たちがいる。
るう「いただきます」
一斉にバナナの皮を剥き始める生徒たち。
ドーンと噴火音、先行して。

151桜島・実景
噴火音続いていて。
スーパー「大正3年1月12日、桜島噴火」

152テロップ
T「シーメンス事件、起きる」
T「ドイツのシーメンス社による日本海軍高官への贈収賄事件」
T「海軍の高官、三井物産の社員、相次いで検察に逮捕される」

153木村邸・門前
父の義一が検察の係員に連行される。
それに追いすがる咲苗。
咲苗「父は、父は、何も悪いことをしていないんです」

154テロップ
T「山本内閣総辞職」
T「大正三年四月十六日 大隈内閣成立」

155目黒川女学館・理事長室
テーブルの上の辞表。
応接セットに、さくら、るう、咲苗。
うなだれている咲苗。
さくら「あなたが悪いわけではないけど、仕方ないわね」
咲苗「母が参ってしまっていて。幸い、イギリス時代の知人が鉄道関係の仕事を世話してくれる
ことになったので」
さくら「今までありがとう。あなたのおかげで、本校の小学校運営は軌道に乗ったわ」
るう「これで私たちだけになっちゃいましたね」

156あるカフェ
ラグタイムが鳴る店内。
さくらが入ってくる。
先に待っている岡野。
さくら「ごめんなさい」
岡野「いいえ、お忙しいところすみません」
さくら「(着席)今日はどのようなお話」
岡野「転勤のご挨拶に参りました」
さくら「転勤?」
岡野「このたび台湾の本店に転勤となりました」
さくら「(驚く)で、いつから?」
岡野「9月からですが、ご存知のように台湾は遠いので、8月末には日本を発たないといけま
せん」
さくら「そうですか(さびしそう)」
岡野「あのう・・・・もし、よかったら、私と一緒に台湾へ行っていただけませんか?」
さくら「えっ」
岡野「塩屋さんが目黒川女学館を経営するために全財産を処分されたことは聞いております。
台湾へ来てくだされば、塩屋さんひとりくらい私の稼ぎでなんとかなります。もし、教職をご希望
でしたら、台湾は山岳民族を中心にまだまだ教育が足りていない状況です。塩屋でしたら、いく
らでも機会はあるでしょう。私も夫として強力させていただきます。お考えいただけないでしょう
か?」
さくら「(顔を赤らめつつとまどっている)」

157目黒川女学館・教室
ピアノの前に座っているさくら。
るう「それがイギリスのセント・ポール女学校から送られてきた楽譜ですか」
さくら「(楽譜をめくりながら)セント・ポール女学校のホルスト先生が作曲した『七つの管弦楽
曲』の最初の部分だそうよ。全部で185小節ある長い曲だけど、戦争を主題にした曲だそうな
んで、けっこう壮大なものよ」
といきなり、ダッダーンと弾く。
るう、ビックリする。
さくら「こういう曲を弾きたい気分なのよ」
とまた弾き始める。
ピアノのみのイントロ「惑星」の「火星」である。

158第一次大戦の映像
オーストリア皇太子のセルビア訪問。
動員される各国の兵士など。
スーパー「6月28日 オーストリア皇太子、セルビアで暗殺」
スーパー「7月28日 オーストリア、セルビアに宣戦布告」
スーパー「8月1日  ドイツ、ロシアに宣戦布告」
スーパー「8月3日  ドイツ、フランスに宣戦布告」
スーパー「8月4日  イギリス、ドイツに宣戦布告」
最初、ピアノのみだった「火星」、しだいにオーケストラ編成へと演奏が変わっていく。
159テロップ
T「第一次世界大戦勃発」

160井上邸・広間
井上馨「欧州大戦は、大正新時代の天佑なり」

161目黒ビール工場
レンガ造りの建物。
新聞を持ったさくらが駆けていく。

162同・社長室
社長「なんですと?ビールを増産せよ、と?」
さくら「そうです(と号外を見せ)これは8月2日に出た号外ですが、8月2日に日本がロシアに
宣戦布告したという報道ですが、結果的に誤報でした。でも、これは日本も参戦するという証拠
です」
社長「しかし、今回は短期決戦で終わるという見方がもっぱらですが」
さくら「いえ、今回は関係する国の数が多すぎます。二国間で片がついても、別の国家間での
戦争は長くなるでしょう」
社長「しかし、なぜ、ビールの増産を?」
さくら「8月7日にイギリスが日本に、ドイツ仮装巡洋艦攻撃への強力を求めてきました。これ
は、ドイツのUボートによって、海上封鎖が行われることを示唆しています」
社長「だったら、余計、輸出ができなくなるじゃないですか」
さくら「ヨーロッパはダメでしょう。しかし、アメリカだったら大丈夫でしょう。大西洋はドイツの制
圧下におかれます。そうなると本場ドイツからの輸入をアメリカは断たれまます。そうなれば、
日本のビールの需要が高まるでしょう」
社長「分かりました。すぐ増産しましょう。情報ありがとうございます」
「火星」続いていて。

163首相官邸・廊下(夜)
加藤高明外相以下の外務官僚たちが急ぎ足で来る。
スーパー「外務大臣・加藤高明」

164同・執務室(夜)
ドアが開いていて、大隈首相の姿が見える。
ぐんぐん迫ってくるイメージ。
加藤以下、入ってくる。
加藤「総理。参戦をご決断ください。参戦すれば、行き詰まった議会・政党・陸軍への対策、つ
み上がった対外債務の問題は解決し、日本はシナ・南洋の利権を手に入れることができます。
総理、ご決断を。戦争こそが全ての解決策です」

165戦艦・金剛
スーパー「8月23日 日本、ドイツへ宣戦布告」
「火星」の演奏、終わる。

166古稀庵・客間
背後に、みやび、娘を連れた彩乃がいる中で、山県が立っている。
山県「藩閥も政党も陸海軍も弱くなった今、外務官僚が独走して、戦争への途を開いてしまっ
た。官僚独裁が戦争を始めた」

167塩屋邸・広間
るうが入ってくる。
麦わら帽子をかぶったさくらが、トランクを持って立っている。
るう「さくらさん、どこかへ旅行に出かけるんですか?」
さくら「私、結婚するの」
るう「結婚って、もしかして」
さくら「岡野さんと台湾へ行くの」
るう「目黒川女学館はどうするんです?」
さくら「来月から新しい校長と主事が来るわ。どちらも東京師範学校での教職経験者よ。合わ
せて府立学校からもたくさん教員が転籍してくるわ。だから、もう目黒川女学館は大丈夫」
るう「これから、ずっと目黒川女学館を続けるんじゃなかったんですか?貧困に負けない女の
子たちをつくるために」
さくら「るうちゃん。よいこと、聞いて。あなたは本科四年の課程を終えて、まずは目黒川女学
館を卒業して、その後、師範学校へ一年進んで、正式に訓導の資格を取るの。そして、目黒川
女学館の正式な先生になるの。それが、あなたに敷かれた道なのよ」
るう「そんなこといって、自分だけ消えてしまっていいんですか?」
さくら「私は、小さな幸せのために、大きな幸せをつくろうとしていただけなの。この戦争で日本
経済は大きく飛躍するわ。もう私の役目は終わったの」
とすっくと立ち上がる。 
るう「戦争に反対じゃなかったんですか、戦争をしてもいいんですか」
さくら、後姿を見せたまま、ふりかえらず、そのまま去っていく。

168目黒停車場前
新聞売りが威勢のよい声で「11月7日青島陥落」「鈴木商店、小麦・鉄の買占めで大儲け」な
どと鈴を鳴らしている。
その前を面白くない表情で通り過ぎていく、るう。

169目黒川女学館・正門前
登校する生徒たち。
その前で、るう、立ち止まり、目黒川沿いの桜の樹を見上げる。
スーパー「大正7年11月 第一次世界大戦終結」
スーパー「大正8年4月 吉川るう 目黒川女学館の訓導になる」
スーパー「大正12年9月 関東大震災 目黒川の貧民街焼失」
スーパー「大正15年3月 目黒川女学館付属特殊尋常小学校廃止」
スーパー「大正15年4月 吉川るう 目黒川女学館の主事になる」
以下、ED曲入り、スタッフ・キャストのクレジット。



※参考文献 「平和の失速(1)」児島襄 文春文庫