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わたしの王さま。
【2】
高台に聳え立つアスカンタ城。
周辺に高層建築物が無く、ひときわ目立つ建物だ。
アスカンタ王家はこの春、新たな家族を迎えた。
若き皇太子が、国内でも有力な貴族の一人娘と結婚したのである。
新妻の名はシセルといった。
小さな顔にぱっちりとした大きな瞳が輝いている。美しさと、品の良さ。それでいて高慢さなど微塵も感じさせない優しげな表情。たおやかな笑みを浮かべて佇む姿は、一輪の白い花を連想させる。
式から3ヶ月が経過していたが、新しい皇太子妃を迎えた城内は新鮮な潤いで満ちていた。
アスカンタ城の最上階、天井に宇宙が描かれた空間が、新婚夫婦の居室であった。
カナリア色のドレスを纏ったシセルは一人、室内で編み物に勤しんでいる。スライムベスの編みぐるみを作っているのだ。
この編み棒と毛糸のやりとりが、彼女の趣味だ。幼少時代にノウハウを教えてくれた彼女の母は、現在では墓標の下に眠っている。シセルが13の頃、流行病で他界したのだ。
「花嫁姿を誰よりも見せたかったのにね……」
手を止め、ふう、と息をついた。
ギィィ。
外の空気が流れてくる。
扉が開き、若い男性が入ってきた。
病的なまでに細い頬。それにピッタリな、もやしのようなひょろっとした身体。見事な金髪を、外巻きにカールしている。
シセルの夫、アスカンタ皇太子パヴァンであった。
「あら、お戻りになったのね。帝王学の講義だったのでしょう? どうでしたか?」
パヴァンは首を横に振り、ベッドに腰掛けた。
「どうもこうも。僕は人の上に立つのには向いていないようだ。いくら講師の腕が良くてもね」
金髪の若者は妻に背を向けるようにして横になってしまった。シセルはかけるべき台詞をあれこれと考えたが、結局何も言えなかった。
彼女はいつもこうだった。
夫にアドバイスしようとしても、うまく言葉を表現できずに脳内完結してしまう。
「疲れたでしょう。ゆっくり、お休みになってくださいね」
風邪をひかないよう夫に布団をかけると、妻は一人物思いにふけるのであった。
パヴァンはアスカンタ王の一人息子だった。気弱だが、優しい青年である。唯一の息子である以上、彼は王位を継承する義務を背負っている。
気の弱いパヴァンに、人の上に立つことなどできるだろうか。
新婚早々、皇太子妃は夫に関する悩みを抱えていたのである。
「(これはやはり、御義父様に相談するべきかしら……)」
いずれ王位を継承するパヴァンに資質が足りないことを、誰から教わることなく彼女自身が悟っていた。
アスカンタ国民の多くが持っている彼女のイメージは「おとなしく美しく優しい」というものである。よほど深く彼女を知る者以外は、そんな印象しか持たない。意見を口に出すことが極端に少ないせいである。
しかし彼女は、考えなしに黙って微笑んでいるだけの女性ではなかった。
夫の押しに弱い部分が気になりだしたのは、結婚式も滞りなく済ませ、宇宙天井の間を居室にしてから3日後のこと。部屋の棚に飾る布を買った時だった。
「この、世界樹の雫を使った世界樹布はどうかな? なんだか癒されそうでいいね」
「そうね。あとは、右下のプリズニャン柄もいいわね。かわいいわ」
購入前にカタログを端から端まで眺め、それぞれの意見を総合した結果、癒し草で染め上げた三日月模様の敷き布に決めた。
ところがいざ商人を呼ぶと「こちらの満月模様がよろしいですよ」という強い押しに負け、夫は満月柄の布を買ってしまったのである。
「だって、熱心に勧められたから、断れなくて」
とは、パヴァンの言い分である。商人からしてみれば、三日月よりも値段が高く儲かるために勧めたのだ。
せっかくふたりで選んだのに第三者からの勧めに簡単に従ってしまうなんて。
棚に満月を飾ると、シセルはパヴァンを責めはせず、その代わりに半日間口をきかなかった。
何故三日月にしなかったの。あれだけ考えて決めたじゃない。
そう怒ればよかっただろうに。
「けど、強く言っていいものかわからない。自分の意見を、強く主張するなんて……」
母以外の身内からは『女性は奥ゆかしく、己の考えを押し通したりしない。夫の言うことなすことに黙ってしたがうもの』と教わった。
シセルは頭の中では否定していたが、長年の教えは根強くこびりつき、実際目に見えて教訓を壊すまでには至れずじまいであった。だから彼女は理不尽さに怒ることがあると、黙りこくってしまうのである。
【3】へ
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