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ザ! 真如苑 その2

[0]続真如苑を語ろう 04/12/27 21:49 keo9Ossuwg
日産自動車が真如苑に、村山工場跡地の譲渡を発表譲渡するのは、
全敷地面積約140万平方メートル(約42万坪)
のうち南側の1,057,851平方メートル(約32万坪)で
譲渡額は739億円、譲渡益は約500億円を見込んでいる。

ここに、真如苑は、
東京の立川市に建設中の総合道場や、
大阪高槻市にある悠音精舎と比較しても、桁違いの世界最大級の巨大宗教施設を建設する 計画が現在進行中。

真如苑は、
「新興宗教」ではなく「真言密教」であると主張しています。
また、醍醐寺でも日本には、
「台密」「東密」「真如密」
の3密が存在すると正式に認めております
 真如苑は、1953年に真如苑として文部大臣から認定を受け、
現在は国内に総本部・本部・精舎が16カ所、国内支部34カ所、布教所数百箇所
海外には、 アメリカ・アジア・ヨーロッパなど五十数カ国に拠点を置く宗教法人。
更に昨年は「ブラジルのサンパウロ」に、今年は「台湾」に 支部が出来るなど世界的にも受け入れられている
[1]偽の気配 04/12/28 22:46 *OlYy.2JvQiK*keo9Ossuwg
前の板、終了扱いになってしまったんですね
情報交換の場は継続してほしいなぁと・・・
[2]地蔵 04/12/29 23:00 r6CmIrT3wT
おお。ついに復活しましたか。あれだけの内容が一瞬で吹っ飛んだかと
いう思いと、今の大地震や津波被害へのやりきれなさが奇妙に一致します。

今後とも、よろしくお願いします。
[3]講釈師 05/01/06 17:59 jlf4f4G4v0
こちらに居られましたか。
私は、過去レスを読んでいました。
以前は意味不明で読み飛ばしていましたが、
改めて、読み返しています。
昨日、マハーパリニッバーナスッタンタと理趣経 図解付を注文しました。
予定では寒修行前の日曜日ですのでよろしくお願いします。
[4]スロースタート・一般人 05/01/06 18:26 rlJ.taMiHS

名前を入れてるのに名前を入れろとか.. とにかく昨年からずっと書き込めませんでしたよ怒
管理人さんよ。

[5]一般人 05/01/06 18:34 rlJ.taMiHS

前スレ ザ! 真如苑。 
ザ! 真如苑。 (終了済)
より、絶賛継続中。  2004師走の法難、システムトラブルを越えて、勇猛心で突き進む、正しいスレッドです。
どんな苦難があろうとも、真理に向かう救済と浄化のスレッドです。

心ある常住の方々は、初心の方には分かり易い解説をお願い致します。

[6]一般人 05/01/06 18:47 rlJ.taMiHS

>ご利用のホスト( )は、何らかの理由により投稿規制対象ホストになっております。
>同じプロバイダやネットワーク的に近い場所からクラッキング等の犯罪行為が行われた場合などに、
>システム保護の為投稿規制の処置をとっています。
>心当たりのない場合は、利用規約を確認のうえサブミットボタンを押下して頂くことにより投稿することができます。

とのことで本年初書き込みさせて頂きました。 遅れましたが
明けましておめでとうございます。 みなさまくれぐれも健康第一で。
[7]偽の気配 05/01/06 21:51 KbyOJ9jG/6
以前よりもなんだか書き込むまでの手間隙が増えたような感じが・・(^^;
今妻は隣で寝る前のお祈りをしています・・・
今年も気長に取り組んで行こうと思いつつこちらにも挨拶にきました。
[8]講釈師 05/01/07 10:23 IC55479eIl
今年もお世話になります。よろしくお願いします。

早速で申し訳けないのですが、
弁財尊天供とは誰を供養しているのでしょうか。
病筮霊(苑では弁財天) 対比して、一般の弁財天(河川の神) とは違う。
でよろしいのでしょうか。
八卦見のぜいちくの筮と理解して良いのでしょうか。
明らかに、拝む対象は、広辞苑の弁財天のイラストとは違うと言っていました。
また、八大弁財尊天とは何なのでしょうか。
一如の道は あほらしくて読むのを辞めてしまいました。
妄想というか希望的こじつけの定義が多すぎて、
いちいちツッコミを入れていたら疲れました。(P350あたり)
よろしくお願いします。


[9]地蔵 05/01/08 16:24 gJGRvMsZ/6
おお、皆さん、お懐かしゅう!お元気ですか?
天部は普通密教(特に東密)だと尊崇の対象にならないというか、
仏部ー明王部とは祀り方が別らしいんですが。

苑の場合はまあ、集金イベントの一つなんでしょうね。
ところで、こういうところに伊藤さんの痕跡があったんで。

ttp://www.google.co.jp/search?q=cache:RQdCFBCKZFIJ:www.asahi-net.or.jp/~fv3a-situ/diary5.html+%E7%9C%9F%E5%A6%82%E8%8B%91%E3%80%80%E5%A4%A9&hl=ja
>むかし真如苑信者の友人といっしょに東京立川にある真如苑に
潜入した時、今は死んでしまったが、開祖の伊藤真乗(いとう・しんじょう、
1906〜1989)を目の前にした時、安っぽいなあと思ったものだった。彼が
彫るでっかい涅槃像をみて、やっぱりと思ったのだった。信者達は蟻の
ように動いていた。
僕の不始末を自分の責任だと言ってその友人は、尻拭いに走って灰を
撒いて清めたり奔走させてしまった。やっぱり蟻の世界だった。

・・という下りなんですが。大人の目で見ると、誰でもこういう風に
見えるんだろうなと。
[10]偽の気配 05/01/08 22:35 29eEVCbg/H
伊藤真乗も友司も、今の教祖も、やすっぽいですよね。
箱物や威厳あるものにこだわるその姿勢が何よりやすっぽい。
それに気づかないのは、信者ばかり・・
[11]講釈師 05/01/09 17:19 IC554CTFgo
法流血脈を相承するとはどういうことなのでしょうか。
大阿闍梨の位なのでしょうか。( まさか )
以前の過去スレで「 悟りを開いた人 」が居るか、居ないかがありましたが、
伊藤文明氏は真言宗醍醐寺の修行により一宗一派を開くことができる
大阿闍梨の位に成ったそうですが、 真如苑徒では過去に、
一宗一派を開ける位になった人はいますか。
広い心で、独立開業が出来るシステムに成っていますか。
狭い心で、独立できないシステムではないですか。
という事ではないでしょうか。

[12]講釈師 05/01/13 11:23 cyyPsmDPrF
時間がないので、再度書かせてもらいます。

「 他が為に、他が為に。」は良い言葉ですが、
近くの駅前の早朝掃除は、徳を積む為?。
いえいえ、霊位向上のポイントを稼ぐ為、自分の為です。
他が為に、他が為に。
ノルマである月1回の境内掃除をするのは自分のお仲間の為です。
身内のような「 なかよし倶楽部 」の為が、他が為に?。
「 なかよし倶楽部 」の身内の為以外に、ポイント獲得の為意外に、
何か、「 他が為に 」の行動をしておられますか。

忠誠心の発露の場である「 寒修行 」が近づいてきました。
今のところ設問が75を越えました。
お聞きするのは歓喜か大歓喜のお方です。
あのペンダントは、苑徒の証ですか、階級証ですか、それともお守りですか。

勧誘しやすい人、勧誘しにくい人の違いは何ですか。
熱心な学会員さんも勧誘しましたか。

娘さんも結婚を考えられた時、鑑定接心を勧めるのですか。
お相手が苑の方ならば、その方も鑑定接心を勧めるのですか。

等です。もし‥‥‥。
[13]講釈師 05/01/13 16:09 cyyPsmDPrF
結論です。

暇と善意とお金を持て余した、有閑マダムがどっぷり浸りそうな「 なかよし倶楽部 」です。
純粋にボランティア活動に打ち込めばよいものを、社会的地位や、社会貢献を擬似体験でき、
マルチ商法の上位者は下のものから、慕われ、相談もされ、「 私も、社会に貢献をしている 」と、
錯覚しています。
「 ままごと仏教 」を餌にして、死ぬまで、境内掃除とお金を貢がして、ボランティアを
しているつもりになっています。
擬似社会体験と、擬似ボランティアで自己陶酔しています。そりゃ居心地も良いでしょう。
でもそれで行き着く先が、仏教の「 悟り 」ではなく、八卦見と狐ツキの除霊じゃ続ける事は懐疑的になります。

すばらしい手品、マジシャンを「 超能力 」と言えばどうなるのでしょう。
すばらしい手品師が「 貴方もこの宗教を信仰すれば超能力者になれます 。」と謳えば、
どうなるのか分かりますか。
[14]地蔵 05/01/14 01:23 HV9AdB3yQs
講釈師さん、いつにも増して手厳しいですね。自己啓発なんかですと
最初から堂々と、「社会貢献や寄付などはめぐりめぐって自分の為になる。
いわば自己投資なのです」と言っちゃってますが。

こちらの方がよほど我欲に素直で、むしろ良い様に思えるのですが。

宗教というのでしょうか、お題目や教義で心酔の中、色々やられるのは
どうも偽善臭くて正視出来ないです。「歓喜=宗教的陶酔感=βエンドルフィン激しく
放出中」って見て取れちゃう。
[15]講釈師 05/01/14 11:39 IC5541QmQz
地蔵様よろしくお願いします。
「 手厳しいです」か‥‥‥‥。
誰の言葉か知りませんが、
「俺が俺がの我を捨てて、おかげおかげの、げで暮らせ 」
というのを最近知りました。
肝に銘じて、まだ銘じていないかな。

昨夜は遂にやってしまいました。
導き親とその配偶者( 非苑徒 )との四者会談をスッポかされました。
私には、想定外の出来事で、頭がパニクって、夜の10時の電話で罵詈雑言。
問答集が吹っ飛び、身内と明け方まで‥‥‥。
下衆の後知恵、後悔しきりです。

他の設問を列記します。
@ 苑徒の人間は謙譲語を知らない。話し相手を敬う日本語が出来ない。
A プルーフとは何ですか。どういう意味ですか。どこの国の言語ですか。
B「朝夕のおつとめ」における聖訓、あなたはこの出典をご存知ですか。
なぜ出典を知ろうと努力しないのですか。
C 大宇の創源・真如霊界とはどういう事ですか。
D 教祖さまが、あらゆる病原菌と会話して和合したので、3つの歩みを行えば、
難病奇病でも治る。 これは全くデタラメですか、それとも信じているのですか。
E 勧誘すれば徳が上がる新興宗教以外の仏教があれば、教えて下さい。
F 境内掃除をすれば徳が上がると言う仏教があれば、教えて下さい。
G 苑独自の用語では 「 徳が上がる 」とはどういう事ですか。
霊能者に一歩近ずく得点のことですか。
H 安息日とは何ですか。 労働奉仕に駆り出す日ですか。
I 本当に悪い因縁と言うものが存在するのですか。
存在するのであれば、施餓鬼供養をすれば本当に切れるのですか。
どちらか一方でも偽ならば、脅されているだけ( 損害賠償も可 )。
J 在家仏教である、というのを言い訳にして、占いを「 修行 」と言い替えて、
正月の暖かい部屋の中での集会を「 寒修行 」と言い換えています。
こういうのを「 修行 」と言い換えるのは,在家だから言ってもとあまりにも
お手軽すぎます。

等です。あ〜あです。
[16]偽の気配 05/01/14 12:57 phqd4Wm2uZ
講釈師さん、
心中察します。でも、急ぎすぎは禁物です。
私も今年は去年よりも気長に構えていくようにしています。
ゆっくりいきましょう。
[17]地蔵 05/01/14 18:05 HV9AdB3ygY
>>15 物凄いテンションですね。不動尊の業火もかくやとばかりの勢いです。
ただ、これらの質問を一度の浴びせられたらたまらんでしょうね。
相手方もひょっとして、そんな雰囲気を察知して逃げをかましたんじゃないでしょうか。

質問集そのものは「ものの○の塔」を連想してしまう箇所があって、自分的にはちょっと
微笑ましいです(不謹慎ですみません)。

年が明けて、何か余程の事態が起こったのでは、と推察いたしますが、
どうか時間をおいて、お怒りを鎮め、冷静になるまでお休み下さい。

熱くなってぶち壊しちゃった方が負けですから。
[18]講釈師 05/01/15 13:34 cyyPsgk8IJ
偽の気配様、地蔵様 ありがとうございます。
焦っているのですかね、早く決着を付けたいと。
ひょっとしたらぶち壊したのかも分かりません。
先方から詫びの電話を頂いたのにもかかわらず、
こちらが勝手に興奮して、「大宇の創源・真如霊界とはどういう意味ですか。」
と言ってしまいました。
でも歓喜の方は知らないの一点張り。
辞書にも載っていなくて、本当に意味が知りたくて、
「 霊能者に頼って、伊藤文明氏に直接聞いてください 。」と嫌味を言ってしまいました。
私にとって、「 宇 」とは「 八紘一宇 」の「 宇 」しか頭に出てこなくて、
辞書を引いても屋根や軒ぐらいしか載っていなくて、単純に宇宙の宇という発想はしなかったです。
寝ながらつらつら考えてみるに
「 大宇の創源 真如霊界 」とは、ひょっとして、
「 すべての宇宙を創りたもうた、みなもとは 、伊藤文明氏のご子息なるぞ 。」
「 これを信じろ。 」、「 信じます。 」という教えなのでしょうか。
密教ならばそれは、架空の想像上の大日如来であり、顕教ならば毘盧遮那佛( 奈良の大仏 )のはずです。
これで、「 伊藤文明=法身仏と定義 」 が解りました。 新興宗教 伊藤教のはずです。
しかし、「 八紘一宇 」よりもひどいスローガンです。
では、この世に伊藤一家が誕生する前の世界はどうなの、という理屈は置いといて、
八紘一宇のスローガンの下、軍国主義から太平洋戦争に突入し、日本国民の不幸を招いた様に、
「 大宇の創源 真如霊界 」をスローガンに掲げた真如苑は、
あの時の日本と同じような破滅の道を辿るでしょう。
[19]地蔵 05/01/15 20:20 qm36BpRiVr
八紘一宇ですか・・七生報国とかですね。今の十代にため息が出そうな
スローガンですが。大宇の創源 真如霊界あたりもいくら問い詰めたところで
「信じるか否かです」と言い出すに違いありません。

コレを言い出すと、所詮全てこの世の概念は法律や商売、生き方に至るまで
すべて人間の脳内幻想じゃないかということになってしまうのですが。
とりあえずそれ(例えばお金の概念など)に従って人は何らかの仕事をなしますから、有益なわけです。

実際、新興宗教のいう霊界はむろん異次元とかに実在するわけはなく、独特の宗教用語よりなる
虚弱な仮想世界にすぎません。しかもこの世界はやっかいなことに人々の精神世界を縛った上で様々に
貢物を要求しては蝕み続けます。あたかも当然であるかのようにその人や家族の人生をむしりとる様は
税金に酷似しながら、現実的には自己満足以外なんら得るものはありません。税金ですら公共サービスという
一応の見返りはあるというのに。

幻想は想像で楽しむ程度にコントロールするのが一番です。
私はボケ防止のために瞑想やイメージを膨らましたりします。密教的なこともします。
でも主は自分です。内省するのも自分。他人の意見に鱗を落としまくりながら進化を
目指しています。

みなさんはいかがですか?
[20]迷える 05/01/16 08:58 WR3/YtF68s
講釈師さま
人はひとりでは生きられない。人類は高い知能を持っているのと引き換えに生まれたとき
から他人の手を借りなければ、生きていけないのです。
同じ哺乳類でも、馬の子供などは生まれてすぐに立って歩くことができます。
人は生まれながらに他者に支えられて生きていくことになる。そして一生の間に味わう喜
びも、苦しみも人々のかかわりの中から生まれてくるものなのです。
そもそも自分が自分であるという意識も、他人の存在をなくしては生まれてこない。
人間はひとりで生きていけないから、他人が一体どのような考えをもっているのか興味、
感心が生まれる。
人を理解すること、そして自分自身を理解することで、人間関係のさまざまな摩擦などを
避けることも可能になる。
また、人間とはおおにして間違いや勘違いを起こすものです。
真如教徒も人間なのです。
今の貴方の設問に答えられる人は、少ないと思いますよ。
教徒であることは、一般の人たちとの差というものは、あるのだろうか?
教徒達は、実践をしているということです。
誰でも山登りをしたことがあると思います。一歩ずつ頂上を目指し一生懸命坂を登ります。
坂道が困難であれば途中で「もう登るのをやめようか」と思うこともありますが、頂上に
ついたときに得られる感動は、大きくなります。
この感動は、自分の足で歩いて登って初めてあじわう感動です。ゴンドラやヘリなどで
頂上についたとしても、同じ景色はみれたとしても自分の足で歩いて登った感動は
味わうことができません。
苑でも同じなのです。実際に体験しないと得られない感動、至高体験があるのです。
これは先ほどの山登りなどの例と同じで口や、頭で考えて説明のできるものでは
ないのです。
大切なことは、自分で目的を持ちそれを実行することなのです。
至高体験については、心理学者のマズローの言葉があります。それを引用、記載させて
いただくと「マズローは至高体験についてのアンケート調査を行い、多くの人が
至高体験を経験していること、そのことが自分の感情や欲求に素直に生きること
(自己実現)と関係していることをつきとめました。」
[21]イタチ 05/01/16 10:18 ZiYl4pqW5o
お久しぶりです。
新スレッド初ですが、あえて冷酷なレスをさせて頂きます。
>>20 迷える 様
「至高体験」分かりますよ。苦労して成し遂げた時、感動し、得る物があるでしょう。
しかし真如苑でのそれは何ですか?
まず宗教団体に入信し、勧誘という修行をし、多額のお布施を(自分の意思のように)支払い
教団内でのステータスを上げ、果てに霊能者となる事ですか?

以前、もしかしたらここで誰かが書いていたかもしれませんが
「やってみなければ分からない」感動体験、例えばあなたの仰る登山も
テレビ等で疑似体験し、その感動をほんの少しですが共有する事が出来ます。

真如苑の教義となっている修行は「お救け、歓喜、奉公」ですよね。
これら「三つの歩み」を実践し、霊能者になる姿を見て一般の人々が感動を共有する事が出来るでしょうか?

私には、教団への貢献の見返りに与えられる自己満足・集団内満足であるとしか理解出来ません。
疑似体験によって一般人が理解出来ない「やってみなければ分からない事」「至高体験」は先ずマインドコントロールありきのものであり
信者は心の隙間につけ込まれた被害者と言えると思います。
[22]イタチ 05/01/16 14:33 bVGeo8MUYM
すみません。ちょっと間違えたかなと反省しています。
マインドコントロールは本人は気付かないからこその物であり、常識的な理屈が通じなくなるからこその物だというのに・・・
ここの皆さんはそれを踏まえて、丁寧にカウンセラーとして信者さんに接しているのに申し訳ありません。
私は信者さんへの直接のレスはしない方が良いのかもしれません。
実生活でも客観的な分析と常識的な理論で信者を説得しようとして失敗したのにまたやってしまいました。
これが通用するなら世にカルト信者などいない筈ですものね。

以下独り言です。
「宗教は理屈ではない」を盾にマインドコントロールを施し従順な奴隷とするのは許される事なのか?
[23]一般人 05/01/16 21:48 6OopzM.mTb
イタチさんも新年早々お元気ですねw

>苑でも同じなのです。実際に体験しないと得られない感動、至高体験があるのです。
たしかに在りますよね。
それはわかりますがしかし「至高体験や霊位?w欲しさ」に、自分の勝手な思惑で人を騙して勧誘し、
カルトマインドコントロールを施すのは 感心しませんなあ。

>熱くなってぶち壊しちゃった方が負けですから。
まさにそうですよね。
相手の上の上を行って 詐欺的システムから救い出すのには「冷静な分析と対処」のみでしょう。
それをちゃんとすれば、似非宗教なぞ自己崩壊してしまう。
だから重要なのは このTHEBBSなどでの情報収集や、対処法を学ぶことなのですね。

1.その組織のエッセンスを抜き出し、それを蒸留結晶させ、定義をハッキリさせる。
2.元となる教え(仏教とか密教とかキリスト教とか)のエッセンスを抜き出し、それを蒸留結晶させ、定義をハッキリさせる。
3.カルトのエッセンスを抜き出し、それを蒸留結晶させ、定義をハッキリさせる。
4.他のカルト組織のエッセンスを抜き出し、それを蒸留結晶させ、定義をハッキリさせる。

そーしてこれらを比較検討すれば、「ああこれはいわゆるカルトであって、宗教詐欺なんだなあ」
と、解っちゃいますから。

[24]一般人 05/01/16 21:50 6OopzM.mTb
このスレには、これから真剣に組織と対峙しようとしている方々が数名いらっしゃったと思いますが、
わたしのばあい上記のことを踏まえ、根気良くメンバーに接触してます。
そして第一弾としては 組織の非仏教性および組織の欺瞞性を簡潔にまとめて晒してみたところ相手は、
「カルト眼」をして切れました。w そして逃げました。(退席)

で、第二弾としてはその反省を踏まえ、知恵を絞り「遠方で」逢いました。(退席させないため)
結果「尻切れ会話」にならずに 10〜20時間討論できました。

「籍だけで活動しないなら意味無いから辞めるよ」と言いましてそしたら案の定、
点数が下がることを恐れて(自分では菩薩行だと思い込んでいるが)
「経親や何とかさんにお世話になったんだから辞めるな」とか言い恩を売ってきましてw
勧誘時は不透明なこと言ってすんなり入信させておきながら、いざ辞めると言えば
「密教はそんな軽々しく辞めるものじゃない」って言われました。

ぜんぶ予想どおりの反応です。 だからこちらはそれに対処もできるわけです。
「修行に金が掛かりすぎ」と言えば「以前はそうだけど今は実質払っていないんだから」と。
「年会費¥2400は?」と言うと「苑は許してくださっている」とか言ってましたが
コヤツ(導き親)が自己の点数が下がることを恐れて「立て替えている」ことは
勉強熱心なw私にしてみればとっくに入手済みの情報なのです。

そして 宗教・カルト・詐欺 などについての情報を導き親に提示しました。
たとえば 前スレの297 とか見せたら、「初信はこう思うだろうね」とのこと。
ププッ。無知はオマエだろ とは言いませんでしたが
あるいは前スレ1024の浅見先生の言葉とか 釈迦の先祖供養についての村長への応えなどですね。

追い詰めることもできましたが、
でも結局そのMC状態を哀れに感じて、酷すぎる真実を突きつけて、バッサリ切ることはできづに、第二弾は終了。
次回はいよいよ核心に迫る。  かも?w

[25]一般人 05/01/16 21:51 6OopzM.mTb

まあ世の商売って多少の詐欺性はどこでも在りますが、カルト宗教は「やりすぎだっ」ってことです。
てゆうかまずは「真如苑は営利商売なんですよ」と、認めればいいと思うのですがw

※ 自己レス
>似非宗教なんか自己崩壊してしまう。
たとえばキリスト教なんかも 笑っちゃうほど矛盾抱えてますよねえ。
そしてそれをさらに営利的に歪めたのが「ものみの塔」ですね。

>「密教はそんな軽々しく辞めるものじゃない」って言われました。
そのくせ密教の成立の経緯さえもぜんぜん知らないのが苑人なのですね。

釈迦は「自業自得なのだから先祖供養は無効だ」と言いましたが
それを見て導き親は「一気には効果は出ないという意味だ」と述べました。w

とにかくそういう細かな調査努力が似非宗教対策には必須と思います。


[26]迷える 05/01/16 23:32 WR3/YtF68s
あなた達がよくいうマインドコントロールについて格差があると思い書籍から要約、抜擢
させて頂きました。
ある宗教団体がらみの事件によりマインドコントロールという言葉が広く知られるように
なりました。マインドコントロールによって、人の心は無意識の領域まで操られ犯罪も
平然と行われるようになる。そしていったんコントロールされてしまうとそこから抜け
出すのが非常にむずかしい。そういう恐ろしさもつのがマインドコントロールです。
マインドコントロールは基本的な信念や価値観、無意識のあり方まで変化させ、人に暗示を
掛けることにより自分の意図する方向に人を変えることです。
暗示とは、他のものから与えられた言葉や思想を受け入れ、それによって自らの考えや
意見、態度、行動が変化することをいいますが、ポイントは、他人の言葉や思想を論理的
な根拠なく無批判に受け入れてしまうこと。多くの場合、暗示を受けた人が自分の変化を
他人の働きかけのせいだと思わずに、自然にそうなったとおもいこんでいます。
マインドコントロールのテクニックは、次のようなものです
〇 眠らせない(睡眠剥奪) 長時間眠らないでいると意識がもうろうとして判断力が
落ち暗示に掛かりやすくなる
〇 自由時間を与えない  異常に過密なスケジュールを与えることで自由行動を束縛
  します。これにより肉体的な疲労も重なり判断力が低下し暗示が掛かりやすくなり
ます。
〇 ものを食べさせない(飢餓) 修行という名で断食が行われる場合があります。
  物を食べないと肉体的に強いストレスがかかり、生理的に血糖値が下がりもうろう
とした状態になり暗示がかかりやすくなります。
〇 外部からの刺激を与えない(感覚遮断) 人間は、五感からの刺激がないと被暗示性
  が高まることが実験で確かめられています。隔絶された部屋に世間の情報を一切入
らない状態ですごさせることも感覚遮断の効果をもたらします。
〇 薬物を使用する 幻覚剤や覚せい剤などの薬物により被暗示性は高まります。
  実際オームでは、幻覚剤などで神秘的な体験をさせ、マインドコントロールしやすい
  状態にしていたといわれています。
〇 集団心理を高める 道場などの空間に大勢の人を集め、同じ言葉を唱え、同じ行動を
  繰り返すことで集団心理に巻き込んでしまうのです。歓迎や賞賛によって仲間意識を
  強めることも重要なテクニックです。
以上のようなテクニックを駆使して暗示にかかりやすい状態にして言葉や思想を注入する
わけです。また人の意識を混乱させることも使われます。同じような行動をとっていても
教祖や先輩信者からあるときは否定、あるときは肯定と繰り返されると自分の判断に自信
をなくし、相手の言うがままにすればいいという依存心が強くなります。
巧妙に仕掛けられたマインドコントロールの罠は誰もがその罠にはまる可能性をもって
ます。
[27]イタチ 05/01/17 02:28 ZiYl41SnPY
こう来られるとレスしない訳にはいきませんね(笑)
マインドコントロールには種類も程度も様々な物があり、例えば商店でのタイムセール等も一種のマインドコントロールだそうです。
雰囲気に流され「今でなくては」と焦り、後で冷静になると無駄な物を買っていたと。
その方法、我に返るまでに要する時間、または専門的プロセスを踏まないと戻る事が出来ない物。
手法もその深さも様々です。

迷えるさんの挙げられた例は、誰の目にも明らかな犯罪集団を作る類いの物であり
これだけ社会の目が厳しくなった現代には通用しないもはや前時代的な物と言えます。
殺人等の犯罪を行わせる為に人格改造するのですから、それなりの強引な手法が必要です。
しかし単に人を集め、金を集めるためだけが目的なら、監禁や薬物等犯罪的手法を使わなくともコントロールは可能でしょう。
真如苑のシステムは全てが人集め金集めに繋がっている事はこの掲示板でも明らかになっています。
これらを読んでもその現実から目をそらし続ける事こそがマインドコントロールされている証拠と言えるのではないでしょうか。

マインドコントロールの定義については同意です。
>マインドコントロールは基本的な信念や価値観、無意識のあり方まで変化させ、人に暗示を
>掛けることにより自分の意図する方向に人を変えることです。
「お寺に行こう」と声をかけ、行ってみると入信申込書が必要だったり。
仕方なく書いて一度だけ施設に入ったら最後、勧誘した信者が会費を肩代わりして自分のノルマのために籍を残したり。
仏教教団を名乗りながら釈迦よりも教祖一家を大切にし、教祖一家の供養のために繰り返し金銭を納めたり。
これらの行為は非信者から見ると異常です。信者を多く集め、金銭をより多く教団に納める為に行動しています。
繰り返し見せられるビデオや信者の上下関係システムで教育し、これらの行為を当たり前と思わせて行く手法は
明らかにマインドコントロールと呼べるものだと思われます。
>同じような行動をとっていても教祖や先輩信者からあるときは否定、あるときは肯定と繰り返されると
>自分の判断に自信をなくし、相手の言うがままにすればいいという依存心が強くなります。
接心のシステムそのものの様に感じますが。
[28]偽の気配 05/01/17 09:54 qePsf7.ux/
迷えるさん

私が苑の法要やらなにやらのために、立川や近所にある精舎に行った時に感じたのは、

〇 集団心理を高める 道場などの空間に大勢の人を集め、同じ言葉を唱え、同じ行動を
  繰り返すことで集団心理に巻き込んでしまうのです。歓迎や賞賛によって仲間意識を
  強めることも重要なテクニックです。

でしたよ。独特のリズムに乗せたお経を、狭い道場の中に押し込めらた状態で聞くのはこれにあてはまるのでは?
ましてや、プルーフという名の下に、なにやら似たり寄ったりの「いかに伊藤真乗・友司はありがたいか」という話を
繰り返し聞かされたのは、迷えるさんが挙げたこの項目にぴったり当てはまります。
仏教だといいつつ、それにまつわる説話や法話がまるでなく、伊藤賞賛話をつづけるというのは
いかにもカルトですよね?同意いただけるのではないでしょうか?

いたちさん、おひさしぶりです。的確で鋭い指摘だと思います。
いつも参考にさせてもらってます。
相手は信じきっている人たちなので、手ごわいですが、コツコツと削っていく毎日なので・・(^^;
[29]講釈師 05/01/17 11:34 qocBIilLN9
迷える様 ありがとうございます。

「 なぜ、なぜ、なぜ 」と貴方様にはお聞きしたい事がありますが、
今日という日は、1月17日という日は辞めておきます。
神戸に近いこの街は、特別な日です。

昨日は京都の東寺に行ってきました。
[30]地蔵 05/01/17 18:42 hiw3aSdY.b
>>29 講釈師さん、私も関西人です。震災当時は名古屋で学生してました。
東寺の五大明王・菩薩・如来諸尊によろしくお伝え下さい。
[31]偽の気配 05/01/17 22:08 0n7.wVj4Xo
地蔵さん、講釈師さん
私も当時京都にいました。
まだ、あの日ニュースで見た神戸の様子を思い出すとつらくなります。
あれからもう10年なんですね・・
[32]立川流 05/01/17 22:16 8kvBPPTSBP
皆様 本年もよろしくお願いします。

私も昨年の暮れから導親とガタガタしておりました。
私を管理する親が真如苑まっすぐさんに変更されてしまったのです。
なんでも昨年の12月28日に御秘仏とされていました大日大聖不動明王が御開帳されると
いうことで苑独特のうんちく垂れ流してきたのです。
苑の不動明王は運慶作の一対の一つでもう一体は静岡のお寺で拝観料は取っていますが
誰にでも拝観できるようになっております。
そこのところを軽く突いてみたのですが話になりませんでした。
会話が成立しないのです。
挙句の果てに真言宗も否定してしまう導親に呆れてしまいました。
苑における僧位の高い導親でもこんなものですよ。


[33]講釈師 05/01/18 12:01 ..Lbc4G7Rp
立川流様 今年もよろしくお願いします。
ところで貴方様のお名前には、あちらの意味と、こちらの意味があったのですね。
最近、図解付を積読しまして、初めて知りました。洒落ていますね。
以前は、こちらの意味だけしか知らず、なるほどと、思いました。うらやましいです。

偽の気配様 私の家では仏壇は枕もとにありまして、もし朝に読誦したなら、
「 うるさい、睡眠を妨害するな。」と言って、枕ぐらい投げつけていたかも解りません。

地蔵様 東寺は観光客も少なく、五重の塔の曼荼羅も解説していただき、
良かったです。座、寝釈迦像もなかったです。
次回は奈良市周辺と計画しています。お勧めがあれば教えて下さい。

迷える様 小学校の校長先生の訓話のような例え話、ありがとうございます。
人は一人では生きていけない
⇒だから農業を大切に
⇒だから他の生き物を大切に
⇒だから他の国の人たちとも仲良く、ではなくて、
⇒だから他人の考えに興味が湧く、は???です。

ごくたまに、最近では滅多に聞かれないぐらいに、例え話の「 山登り 」がありますが、
私は、山岳部、社会人山岳会、ロッククライミング経験者です。
家族単位で強制的に連れて行かされる、「 ままごとハイキング 」なら別ですが、
「 山に登る 」という行動は、貴方の考えとはちょっと違います。
例え話に「 山登り 」を出すのは?です。

「 道端に咲く、名もなき草、花よ 」という詩に、
植物学者が怒って言いました。「 世の中に名前がない植物はない。」
というジョークが好きです。

良い方に向かっているのか、最悪に向かっているのか、今は解りません。
ただ、努力は惜しみなくと自分に言い聞かせています。
[34]一般人 05/01/18 22:12 dAx0x7Tfk1
[26]迷えるさんのMCの解説、なかなかいいと思います。

「眠らせない・自由時間を与えない・ものを食べさせない・集団心理を高める・歓迎や賞賛によって仲間意識を強める」
は、真如苑は多用してますが、

「外部からの刺激を与えない・薬物を使用する」
は、前時代的な物であり、先進カルトは使わない手段  ということでしょう。

苑が多用するものは他に
「好意性の原理・返報性の原理・同調性の原理・希少性の原理・権威の原理・恐怖の原理
一貫性の原理・選民思想・リインフォーメント」 などでしょうか。


[13]講釈師さんの「なかよし倶楽部」との皮肉はそのとおりなのですが、
信者さんらはそうは思っていないんだから効かないでしょうね。

※【人間とは成長する必要と願望】を持っているものだ。
【人間はいつも自分にとって最善のものを選ぶものだ】というのも、私の観察であり信念である。
(略)カルトがその人にどんなことをしたのかをわからせることさえできれば、
その人はほとんど必ず、自由になることを選ぶ。
「人々は自分のためいちばんよいと信じるものを選ぶ」からである。

そして[20]迷えるさんが山登りを苑信仰の譬えとして出されたのは、おそらく教書のP70〜のくだり
からだと思いますが、それについて言いたいのは、
登るのを頑張るのはいいけれど、「まずはそれがどんな山なのかを知った後に登るべきだろう」ということです。
もしかすると、 下山ルートの断たれた魔の山かも分からないですから。

[35]初心者 05/01/18 23:54 xp1Gpu11ac
先日知り合いに真如苑に入会させられました。
何の疑問もなく。。。
冷静に考えて調べてこの掲示板を発見し、読ませてもらいました。
脱会するのにはどういった手続きをしたらよいのでしょうか?
導き親に「やめた」と言うだけで脱会となるのでしょうか…。
籍みたいなのが後々残ってしまうのではないかと心配です。
教えてもらえませんでしょうか!
[36]初心者 05/01/18 23:54 xp1Gpu11ac
先日知り合いに真如苑に入会させられました。
何の疑問もなく。。。
冷静に考えて調べてこの掲示板を発見し、読ませてもらいました。
脱会するのにはどういった手続きをしたらよいのでしょうか?
導き親に「やめた」と言うだけで脱会となるのでしょうか…。
籍みたいなのが後々残ってしまうのではないかと心配です。
教えてもらえませんでしょうか!
[37]初心者 05/01/18 23:54 xp1Gpu11ac
先日知り合いに真如苑に入会させられました。
何の疑問もなく。。。
冷静に考えて調べてこの掲示板を発見し、読ませてもらいました。
脱会するのにはどういった手続きをしたらよいのでしょうか?
導き親に「やめた」と言うだけで脱会となるのでしょうか…。
籍みたいなのが後々残ってしまうのではないかと心配です。
教えてもらえませんでしょうか!
[38]地蔵 05/01/19 01:29 pXsdYLpnLo
おお。続々と皆さんお懐かしゅう!やはり年明けからバトルしてらしたんですね。
沈黙の長さがその大変さを物語ってます。今年もよろしくお願いします。

>>33 講釈師さん、涅槃像が無かったそうで。そりゃそうですよ。密教
(特に空海様の東密)の真髄は即身成仏にあり。涅槃に行ってから成仏しようぜなんて
言ってませんもん。密教モドキが正統と比較されるのは、酷と言うものでしょう。

奈良はのどかでいいです。東大寺は大仏の脇時(虚空蔵・如意輪観音)や四天王もビッグで
グレートです。興福寺・唐招提寺も捨てがたいですが、可能であれば6月6日に秋篠寺に
行ってみてください。国難を払う大元帥明王が開示されてますから。
調伏と戦勝の究極尊ですので・・。

>>35-37 導き親に言うだけで絶縁は出来ますが、その導き親がそのまま会費だけ立て替えて
自分の下にあり続けてるかのように装う事も考えられます。実害は殆ど無いですが、最寄の
事務所に一筆書きに行くのが確実でしょうね。
[39]講釈師 05/01/19 15:21 pXsdY5NnNW
一般人様 ありがとうございます。
さっそく今夜、P70〜を読ましていただきます。

地蔵様 ありがとうございます。
東大寺に拝観料を支払って入るというのは、小学校の遠足以来です。
興福寺、唐招提寺に触手が沸きました。
月末か、月初め辺りに予定を立ててみます。
私は煩悩の塊でして、中央競馬も捨てがたく‥‥‥。
でも、努力は惜しまずということで、よろしくお願いします。
[40]初心者 05/01/20 01:55 xp1Gpu11ac
地蔵さま
ありがとうございます。
一応事務所へ出向いて確実な方法をとるようにしたいと思います。
[41]講釈師 05/01/20 11:58 Ur17tI49j8
偽の気配様 ありがとうございます。

「 心中察します。でも、急ぎすぎは禁物です。」
肝に銘じます。
身内から妥協案が出てきましたが、私はそれさえ突っぱねようとしてました。
現在は保留中です。

「 でも、急ぎすぎは禁物です。」

私の「 怒りの心 」にブレーキをかけていただきありがとうございます。
「 詰め将棋 」の間違った「 詰ろ 」に突き進むところだったかも知れません。

もう少し時間をおいて、冷静に対処します。根が短気な性格なのです。
ありがとうございます。
[42]偽の気配 05/01/21 10:53 qePsf7.ux/
寒修行とやらがあるのですね。
字面からは想像できないような内容で
精舎内の部屋に押し込められて、経をきき、
さらにプルーフとやらのあり難い(よくもこれだけ同じ系統の話で教主をもちあげるものだと感心してしまいます)話を聞くのだと、
説明されました。
どこが”寒”修行?・・・といぶかしげに思ってしまうのですが。
行くだけ時間の無駄になると思うのですが、
突っぱねてしまう訳にも行かず、明日妻と出かけることになっています。
苑の行事というのはどれもこれも・・・だと思うのですが
信じている人には有難くうつっているんですかね・・・
不思議です。
実際のところどうなんでしょうか、この”寒修行”?
[43]地蔵 05/01/21 15:50 pXsdYLlDzM
あれは作業興奮(やってるうちにだんだん快感になる事。ホルモンの仕業)と
宗教的連帯感というか所属の悦びが結びついた、何とも厄介なシャブ漬け脳の
育成講座ですね。

苑はまともにやろうとすると本当に束縛だらけです。仕事があれば土日祝日全て
潰されます。この自分の時間(人生)が浪費されている現状を、快感ホルモン漬けの
脳は「ああ。自分はなんて素晴しい修行を自分にしてあげているんだろう」
と歪曲してしまいます。ついでに束縛される=指示がもらえる=自分で考えなくて良い
状態と所属欲求が得られてしまいます。

あんなすし詰めの、まるで「赤福餅」のような状態に人を拘束して
自分ら教祖一家の家族自慢VTRを垂れ流すだけで人の脳にこれだけ甚大な影響を与えちゃうわけです。
真如おそるべし。しかもなんて安上がりなんだ・・。
[44]一般人 05/01/22 14:07 BfsTXduG/b

ヒロシです・・・

親を新興宗教に入信させました・・・

ヒロシです・・・

[45]一般人 05/01/22 14:09 BfsTXduG/b

「真如苑行事予定」

毎月8日  弁才尊天(べざいそんてん)供養
毎月11日 正輪会

毎月15日 常楽会(じょうらくえ)
毎月19日 法翔会 真如教主様がお亡くなりになった日。
毎月20日 笠法護法善神(かさのりごほうぜんしん)供養

1月 1日 元旦会,4日 初回向

寒修行
・開白  1/20〜1/24   5:30〜
・中願  1/25〜1/28          1/25    お救け教化の日
                    1/27or28  全国一斉早朝奉仕
・結願  1/29〜 2/2  19:00〜
・満願  2/ 3     節分会

※ 南無真如一如大般涅槃経 「密厳院発露懺悔みつごんいんはつろざんげ」の文
(我等懺悔す〜南無慚ぎ懺悔無量所犯罪) 配布されます。

2月 15日 涅槃会

4月 8日 降誕会/潅仏会/花祭り/真導院様の生誕日
―如来性本  ―因果の理法―善因は善果を生み、悪因は悪果を生む。

10月 1日 クリーン多摩川 信徒会館前6:30まで
2日,3日 真澄寺別院 斎燈護摩法要

11月 3日,4日 一如まつり 10:30〜12:00位 法要後行事あり

12月 8日 成道会 お釈迦様が仏陀となられた日

古いデータです。どなたか内容・補足訂正お願いします。
寒修行って MCの手段として「疲れさせる」ものでは?
年の初めの決意を促すことと懺悔させる意味もあるようです。
あと涅槃経って多種あるそうですが 詳しい方、そのうち教えてください。

[46]講釈師 05/01/22 15:17 KM/JKUsCHb
私だけでしょうか?。

接心に行く事は、「 素直な人になる為 」でなく
「 上の人の言う事は、理解せず、盲目的に信じれるバカになる為 」と思うのは、

私だけでしょうか。

私は早朝の集会は単に 「 忠誠心の発露の場 」としか理解できていないです。

大般涅槃経の法顕本の、お手軽入門書は読みましたが、
入滅 3ヶ月の物語で、あまり‥‥‥という印象です。
今は、「『涅槃経』を読む ブッダ臨終の説法 」という、お手軽入門書を読んでいます。
何しろ、値段の安さが魅力でしたので、選びました。
私も教えて欲しいです。
[47]一般人2 05/01/23 16:17 Nvc7eKe8iL
私も4年前に入会しました。友達に誘われて軽い気持ちでした。その頃はめずらしくて言うがままにしていて、奉仕、接心と取り組んできました。確かに接心を受けて自分の直すべき所をあらためて教えてもらうことによって家族への接し方も感謝の心が芽生えてきました。しかし、それは当たり前のことで自分が変われば人も変わります。私自身一人でマイペースになにか安心できるものをと思いしているのですが、回りの方を見るとマインドコントロールされているのではと疑問に思います。
真如苑自体きらいではないけれど重荷に思う近頃です。かんぎも最初は真面目に言われたようにやっていましたが、段々かさみ負担になってきましたので、主な行事のときだけにしています。自分をしっかり持って回りに流されず、やっていくのであればいいかなと思いますね・
[48]立川流 05/01/23 20:44 8kvBPR0Pof
寒修行始まってたのですか?
知りませんでした。
導親から何の連絡もきてないし。

『修行は仏道の為になす善根の名なり』

『三つの歩みは伊藤家の為になす銭根の妙なり』


[49]試験です 05/01/23 22:38 *tpKRx/2tER0*6fRvGO99/O
>>43,45
テスト中
[50]講釈師 05/01/25 13:17 VLTz/D78Io
さあ、今日は 「 おたすけ強化日 」です。
今日勧誘すると、霊位向上のポイントが3倍になります。
「 高ポイント獲得を目指してガンバロー !!」 てか。
[51]自然 05/01/25 18:31 aEvisUg9vE
おたすけ強化の日ではないはずです。

それに、おたすけした人の数に比例して
霊位向上はできるものではありません。

自分のポイントを得ることばかり考えていて
真のおたすけができるはずがありません。

人に悲しい思いをさせて、そう簡単に霊位向上
できませんから、安心してください。

人に道に反していては、正しく教えは歩めませんよ。
どこにあっても真実は真実です。
[52]講釈師 05/01/25 19:10 VLTz/D78Io
「 今日はおたすけ強化の日 」ではない??。

反省。

「 人に悲しい思いをさせて 」
怒ってらっしゃるみたいだから 反省。

最後の二行は、もう少し解りやすく書いて頂いたなら、
もっと反省いたします。
[53]自然 05/01/25 19:49 aEvisUg9vE
 >>[52]

 「強化」ではなくて「教下」です。

 講釈師さん

 最後の2行はあなたに対して反省を
 促すものではありません。

 真如苑の教徒も人を悲しませ、
 人の道に反するようなことをしたならば、
 正しい道を歩んだことにはならない、ということです。

 私の書き込みで、不愉快にさせてしまっていたら
 申し訳ありません。
 
[54]講釈師 05/01/25 20:17 VLTz/D78Io
自然様 丁寧なご返答ありがとうございます。

強化=教化 私のいつもの早とちりです。
すみません。

でも強化より教化の方が、世間一般の、苑徒以外の人を見下すような
ニュアンスを含んでいるような気がするのですが‥‥‥。

不愉快にはなっていません。
おやすみなさい。
[55]自然 05/01/25 21:03 /I1WQO2W5D

>>54
 講釈師さん

 教下は、自分が導いた方に(つまりは苑教徒になるかと
 おもいますが)教えのお話をさせていただくことですから、
 決して、苑教徒以外の方を見下して教えることではありません。

 もちろん、導いた方を見下すと言う意味でもありません。
 教下はは、下化衆生の意かと思います。
 先ほども申しましたように、人を見下しているよう
 では、修行ではありませんから、菩提向上はありません。

 本当の教下にもなりません。
 教下は、とことん相手よりも下になっていく…
 相手の気持ちになって、お話させていただく。
 そこで初めて、気持ちも伝わるものです。

 長々と、申し訳ありません。
 では、おやすみなさい。


 
[56]やはり変だよ 05/01/25 23:12 TKXN.A7YTm
久しぶりだな。今年は、身内に真如教徒がいる人たちの苦労話でスタートしたが、今は真如教徒同士のワザトラシイ会話に変わったみたいだ。よく真如苑を、教学的に批判する人がいるが、無駄な事である。伊藤真乗氏はそんな事は考えてない。彼はただ儲かる事教団が大きくなる事しか考えてはない。立教して醍醐寺に修行に行ったのは、信者に箔を付けたいたが為。戦後醍醐寺から涅槃経を所依の経典にして独立したのはせっかく自分たちで集めた信者を本山に取られたくないため。自分が本山から立川から遠く離れた醍醐派の寺の住職に任命されたくない為なのです。彼は、損得で行動してるだけです。教主や教団は信者を仏教のど素人と思ってチャランポランな事を平気言っている。自分も辞めて自分で調べてから伊藤の野郎や教団が我々信者にいい加減な事を云っているのが、初めて判ったよ。
[57]やはり変だよ 05/01/25 23:16 TKXN.A7YTm
今は信者ではありません。元信者でした。ゴメン。
[58]知りたいこと 05/01/25 23:59 pFNBIztOx7
お金は一ヶ月、どれくらいかかるものなの?
最低金額と最高レベル金額と。

それから、ボランティア活動はどれくらい必要なのでしょうか。
時間的なものと、肉体的なレベル(疲労度みたいなもの)と。
どなたか、教えて下さい。
[59]いろは 05/01/26 05:27 MnGW4yg6b3
えーと、まず苑費が300円
次に歓喜(お布施)。これはいくらでもよいことになっている。
小銭をいくらかつつむ人から1万円程度を納めている人もいる。
なお、さまざまな誓約があり、自分で苑に誓約をすると毎月必ず1万円、
3万円など一定額を納めることになる。
お施餓鬼は一体につき500円。
お護摩をお願いするのは、一つの祈願につき500円。
特別お護摩は1万円。
だから大体、基本的にかかる金額は最低が300円+1円以上
最高は300円+3万円+500×α円+500×β円+1万円と考えていい。

奉仕活動については、まず毎週決まった曜日に朝の5時ごろに電車の駅周辺などを
清掃をする早朝奉仕がある。これは15分程度ごみを拾い集める。
最低月に1回程度はしたほうがよいということになっている。
そして2ヶ月に1回〜2回程度の苑でのご奉仕、これは1日4時間〜5時間程度。
あと部門別に分かれた奉仕活動があり、これも2ヶ月に1回〜2回程度、苑で奉仕活動
をする。時間も一日4時間〜5時間程度。また夜警のご奉仕は、寝泊りして夜間の苑の管理
をまかされるので、大体19時〜5時までの活動となる。
早朝奉仕に関して言えば、朝が苦手な人にはつらいかもしれない。が、15分程度の活動なので
肉体的にはつらいものではない。
苑の奉仕については、15分〜20分ごとに交替し、休憩をとることができ、
特に体を使うような仕事もないので、肉体的にはほとんど楽なものだ。
問題は精神的にそれがつらいかどうかということだろう。
本人が真如苑を信じているのならば、精神的な疲労はほとんどないだろうが
そうでない場合、やはり精神的疲労を感じストレスになってしまう。
[60]偽の気配 05/01/26 09:58 qePsf7.ux/
いろはさん、ありがとう。
やっぱり変ですよね、
こまごまとお金を取るシステムになっているのが明白です。
それでも、払い込むのは人の勝手・・という部分があるので
(身内に信者がいると、そうそう呑気なことも言っていられませんが・・)
よしとしても、「おたすけ」と称して、俗世間の言葉で言う「勧誘」をおこなうことが
3つの歩みの中に含まれていることが、ねずみ講的な性格を端緒にしめしているものだと思います。

自然さんは、割としっかりした信者さんのようですから、
この板の前の版で話題になっていた苑に対する疑問点についても
自然さん個人の見解を聞かせていただければ、と思います。
判で押したような、苑の言い回しでなく・・ね。
相手の気持ちになって教えをとく・・それはすばらしいですが
実態があまりにそれとかけ離れている点や、
聞かされる話の、なんとありがたみのないことが多いかを
信者の人は気づいていないのか、あるいは気づかないふりをしているのか。
よもや、みなが揃って騙しあいをしているわけではないと思うのですが実際のところどうですか?
仏教ならぬ伊藤教をそこまであがめる真の理由を是非とも書き込んでいただければ
嬉しいです。

[61]偽の気配 05/01/26 10:01 qePsf7.ux/
霊位向上・・って本家仏教にはそんな考え方あるんでしたっけ?

あまりに伊藤なにがしの独自の言葉遣いや用語が多くて、
わかりにくいのが真如苑の特徴ですよね

プルーフ・・・どういう意味だか知っていますか?(苑の人に質問)
語義とかけ離れた用法でもちいるのは、怪しい集団のなせる業だと思いますが。

[62]講釈師 05/01/26 16:14 qocBIilLSE
自然様 ありがとうございます。

苑徒の人は目的と手段を混同されているのではないでしょうか。
「 手段 」であるはずのことを「 目標 」に置き換えています。
私の考えでは、苑の教えはあえて錯誤を起こしやすく、ミスリードしていると
思えます。

自然様 貴方様の目的、目標は何ですか。
霊位向上ですか、教団の維持増大ですか、それとも苑の謳う「 常楽我浄 」の境地ですか。

教化 −(仏教語) 人々を教え導いて仏道に入らせること。
教下 − 広辞苑には記載されず。( 広辞苑がすべて正しいとも思いません )
おたすけ教化=真如苑に勧誘し、苑独自の教え を導いて、入信させること。

手持ち不如意につき「 漢和辞典 」「 仏教語辞典 」は持ち合わせていないです。
在家仏教徒であれば、上求菩提、下化衆生でお願いします。
[63]一般人 05/01/26 23:33 9suOp4A5AX
>[61]偽の気配さん
>霊位向上・・って本家仏教にはそんな考え方あるんでしたっけ?
仏教は霊魂の存在を認めませんから、本家仏教にはそんな考え方、無いですね。
宗教は本来、霊魂云々する物が多いですから、
そういうのを否定する「仏教」は、宗教とみなされない場合が多いです。

仏教では「阿羅漢」という境涯に達することが目的と言えますが、
そこに至る修行方法論としては、真如苑の説く方法とはかけ離れてます。


そして
苑教徒さんらの修行?の目的は、究極的には 「世の為人の為に成ること」じゃないでしょうか?
そうだとすれば、オウム信者の目的とまったく同じですね。w
[64]自然 05/01/27 02:09 /I1WQ2Omc7

返答が遅くなってしまって申し訳ありません。
>>56

 やはり変だよさん

 やはり変だよさんの言うように本当に「チャランポラン」
 なことを言っているのであれば、教学的にも批判できると
 思いますよ。

 貴方の文面から真実とは異なっているように思います。
 なにか根拠がございますか。
 教えをやめてから自分自身でどのようにお調べになったのでしょうか。
 それがもろもろの掲示板でしたら、本当に真実かどうか
 様々な方面から調べてみた方がよいと思います。


 
[65]自然 05/01/27 02:14 /I1WQ2Omc7
>>60
 偽りの気配さん

 >相手の気持ちになって教えをとく・・それはすばらしいですが
 >実態があまりにそれとかけ離れている…

  仏様の教えに沿い奉っていくことですから、頭で分っていても教義を
  即実行に移すと言うことはなかなか難しいものです。
出来ない人がいるのも当然かと思います。

 >仏教ならぬ…

  仏の道を人々に歩ませようと、自らの人生すべてを仏様に
  捧げた方の教えは仏教とはいえないのでしょうか。
  社会学、宗教学や、もちろん人によっていろいろな見方があると
  思いますが、私は、真如苑は仏教であると思っています。
  その姿を通して、仏様とはどのような方かを、
  身をもって教えて下さっているのだと思っております。

 >霊位向上…

  霊位向上についてですが、菩提向上という意味において同じかとおもいます。
  違うとしたら、真如苑独自のものということです。

 >プルーフ…

  外来語の意味をたがえて使うことは、「怪しい集団」ならずとも、
  日本においてよくあることだと思います。たとえば、「ナイーブ」等。

  プルーフとは教えを通しての体験談です。
  あくまでも私の個人的見解ですが、
  真如苑の場合は、教えを実践をした証という意味を込めて、
  そのように呼んでいるのではないでしょうか。


[66]自然 05/01/27 02:16 /I1WQ2Omc7
>>62
 講釈師さん
 >自然様 貴方様の目的、目標は何ですか。
 >霊位向上ですか、教団の維持増大ですか、
 >それとも苑の謳う「 常楽我浄 」の境地ですか。

  難しいですね。目的は変わってきているように思います。
  大きな目的は常楽我浄なのかも知れませんね。
  教団の維持増大でないことは確かです。

  今の時点の私の目標を言わせて頂きますと、
  自分の非を言われると感情的になることがあるので
  感情にとらわれずもっと心の器を広くして、
  どんな人の意見も、それがどんなに厳しくとも
  自分を磨く言葉として謙虚に素直に
  受け入れるようになりたいと思っています。

 >教化 −(仏教語) 人々を教え導いて仏道に入らせること。

  勉強不足で申し訳ありません。導いた方に対してのものばかりと思っておりました。
  教えて下さって、ありがとうございます。

 >おたすけ教化=真如苑に勧誘し、苑独自の教え を導いて、
 >入信させること。

  勧誘し入信させることだけが、おたすけではありません。
  み教えのお話をさせていただくこともおたすけだといただいております。

[67]自然 05/01/27 02:17 /I1WQ2Omc7
講釈師さん
 >苑徒の人は目的と手段を混同されているのではないでしょうか。
>「 手段 」であるはずのことを「 目標 」に置き換えています。

  手段を目標にしてしまうということは、本質を見失うと言うこと
  ですよね。手段を目標にしていても、いつかそこを気づけなければ
  いけませんね。気づかなければ本質にたどり着かないわけですから、
  菩提向上はないのだと思います。

 >私の考えでは、苑の教えはあえて錯誤を起こしやすく、
 >ミスリードしていると思えます。

  日常の生活においてもいえることですが
  言葉というものは、人によっても使い方が異なることがありますし、
  さらに、その意味の取り方・解釈は人の数だけあると思います。
  本に書いてあることを読むことだけが真如苑の教えではないのです。

  ですから、上求菩提・下化衆生は必要なのです。
  そして、そこには正しい法の流れが必要なのです。
  導き親さん、または経親さんに疑問を尋ねることが
  大事だと思います。事務局員さんでもよいとおもいます。

  それでももし信じられない場合は、仏教について他のお寺で
  納得するまで修行されることもよいかと思います。

[68]自然 05/01/27 02:18 /I1WQ2Omc7

  皆さんの質問に、なるべくお答えしたいのですが、
  定期的に質問に答えていく事はむずかしいようです。
  申し訳ないのですが、今日を最後とさせてください。

  ただ、頭ではこうかな…と思っていても、
  実際に体験してみると想像とは違うということがあり、
  やってみなければわからないことが沢山あるのです。

  そこを知っていただけたら、と思い今回投稿させて
  いただきました。
  みなさんの質問に十分に答えきれず、申し訳ありません。
  このような無礼をお許しください。

  皆さんへの返信に遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
  今日は本当に長くとなってしまったようです。

  まだまだ寒い日がつづくようですね。
  講釈師さんを始め、気の気配さん、ここにいらっしゃるみなさん方が
  日々お元気に過ごされることを祈っております。

  では、失礼致します。
[69]一般人 05/01/27 03:39 Wuyw.U2zLA
>人を見下しているようでは、修行ではありませんから、菩提向上はありません。
向上しようとしてらっしゃるんですね。真如苑は学校みたいなところなんですね。
で、その授業の一環に、「勧誘」があるんですね。
向上しようとすれば、組織が儲かる。オウム真理教も、同じシステムですね。霊位云々のシステムも似てます。

>「チャランポラン」なことを言っているのであれば、教学的にも批判できると思いますよ。
すでに教学の非仏教性は明らかになってます。たとえば
前スレ ザ! 真如苑。 
http://nun.nu/religion.ten.thebbs.jp/1082223823/500-599 の 591をご覧下さい。

[70]一般人 05/01/27 03:40 Wuyw.U2zLA
>仏の道を人々に歩ませようと、自らの人生すべてを仏様に捧げた方の教えは仏教とはいえないのでしょうか。
調査吟味させていただいた結果、
伊藤さんは、自らの人生すべてを詐欺に賭けた方だと 結論が出ました。
あなたも是非、調査吟味 していただきたい。

※ プルーフ [proof<ラ probare(試す,調べる)]
[1] 証拠.証明.
[2] 校正刷り.
[3] アルコール飲料のアルコール含有量を示す単位.

プルーフ=体験談=[1] 証拠.証明. ということなんでしょう。

>目的は教団の維持増大でないことは確かです。
教団の目的は、教団の維持増大のようです。

>み教えのお話をさせていただくこともおたすけだ
伊藤さんの説法によれば、「お救けとは入信させることに他ならない」だそうです。 P147参照。

>正しい法の流れが必要
流れてません。取りあえず、苑は「仏教風の非仏教組織」と言えると思います。

>このような無礼をお許しください。
許します。

>ここにいらっしゃるみなさん方が日々お元気に過ごされることを祈っております。
ありがとうございました。お元気で。


[71]なんだかな。 05/01/27 10:00 FIBj9Zu6Cd
自然さん、言いっぱなし・・・。
断定ばっかりで論拠もないし。特に見るべきものはないかな・・。
やはり洗脳ってダメだな。コミュニケーション能力が無くなる。

CDやMDに吹き込んだ教義をエンドレスでリピートしてるだけの人生って
楽しい?
[72]講釈師 05/01/27 11:46 Koq7462PDy
自然様 丁寧なる御返答ありがとうございます。

在家の仏教集団=謙虚に素直に受け入れるような人になる、なりたい人々。

やはり、ここで会話が成り立たないのでしょう。
お教えいただきありがとうございます。

自然様の追い求められている「 青い鳥 」は意外と近くにいるものです。
ゆめゆめ変なノルマに束縛されることなく、目標を達成される事を祈念します。

読書離れが叫ばれていますが(関係ないか)、本とは良いものです。
前門の虎、後門の狼、ではなく、先人の知恵が詰まっています。
苑の岡持ち宗教本ではない、他の仏教の本も読んでみて下さい。

いつの日か再見、再見。 お元気で。
[73]偽の気配 05/01/27 12:19 AgsgP5IzjR
自然さん、なぜ答えるのが難しいのでしょう?
あなたが心のそこから伊藤教を正しいと信じ、
それを伝えることが修行につながるとおっしゃるのならば、
無抵抗な人を騙すように引き釣りこむのではなく、
真っ向から疑問点を指摘してくるような人(ここで意見を述べているような人たち)を
説き伏せることぐらい、あきらめずにできないのですか?
真如の教えってその程度のものだっていうことなんですねぇ・・・

正しい法の流れ、が、修行半ばの未熟な導き親や、経親、はては事務局員に
ゆだねられているというのは、なんともお粗末に思えますよ。

正しい・・それは伊藤を信じること、貢こと、というだけなんでしょうね、
苑の教えって。
[74]偽の気配 05/01/28 16:27 AgsgP5IzjR
自然さんがいみじくもいっていました。
「私は、真如苑は仏教であると思っています。」

でも、あえていいたい。
あなたは、苑の教えを仏教だといって人に勧めているのです。
だったら、どこが仏教なのか、という問いかけに対して答える義務があるのです。
私は思っています・・という返事じゃ、誰も納得しませんよ。
人を騙しても、「私はそれが正しいことだと思っていたので悪くありません」
そんな言い訳が世間一般に通用しますか?
あなた一人が穴倉にこもるかのようにして、信じていくのであれば、
私はそう思ってますから〜という無責任なことをおっしゃってもかまいません。
ですが、あなた方が「お救け」という勧誘をする以上は、
一個人としての責任のもとに、きちんと説明しなければなりません。
説明できぬのならば、人に勧めるのはおやめなさい。

伊藤なにがしのどこを見れば、仏の姿がみえてくるのでしょう?
自己の欲をたくみに組織化したのではないですか?
語り継がれている釈尊の姿とはえらいちがいですね。

いろいろあって、苑に対して不愉快な気持ちが膨らんでいます。
[75]なんだかな。 05/01/28 17:16 QHRvKPErv1
>>74 >人を騙しても、「私はそれが正しいことだと思っていたので悪くありません」
イタリアマフィアのドン・カポネが逮捕だか死刑になる前に言った有名なセリフですね。
かの極悪人は本気でそう思ってたみたいですが。。この板の宗教人も同じ位、本気で言ってるんでしょう。

[76]イタチ 05/01/29 04:21 BQ/Bn5HIrg
カポネも極悪三昧の一方で慈善事業も行い、彼に感謝する人々もいたそうですね。
いや、深い意味はありませんが。

言葉遣いは謙りながら、言っている内容は何度も見飽きた金太郎飴の押しつけ。
過去ログでさんざん語られた真如苑独自の仏教解釈を繰り返すばかり。
そして言うだけ言ってさようなら。これも典型的。
自信満々に演説をしても、「質問は一回しか受け付けません」で去って行っては
反論に答えられる根拠を持っていないと見なされて当然です。
「私の言っている事は正しいのだから、いくら反論されても言い返す必要も無い」という真如苑信者独特の高慢な態度。

>ただ、頭ではこうかな…と思っていても、
>実際に体験してみると想像とは違うということがあり、
>やってみなければわからないことが沢山あるのです。
何をどう思っていた事がやってみたらどうだったのか、非常に興味がありますが答えては頂けないのでしょうか?
単にやってみなければ分からないというのは信用出来ない怪しげな勧誘文句でしかありません。

>それがもろもろの掲示板でしたら、本当に真実かどうか
>様々な方面から調べてみた方がよいと思います。
私も最初は、こんなに悪い評判ばかり・・・これは信者の言う通り嫌がらせのでっちあげなのか?と思っていましたよ。
しかし真如苑信者との付き合いの中で、ネット上で語られている話がことごとく証明されていきました。
付き合いが長く深くなる程、噂通りの真如苑信者の姿を現してゆくのはなんともやるせない気持ちにさせられました。
信者本人の言動が、噂が真実であった事を証明してくれましたよ。

因縁。確かに仏教用語です。しかしそれは宗教と言うより科学的と言うか道徳的と言うか。
非常に現実的な、簡単に言えば自業自得ということであったり、全ての物事は原因があって結果があると言う事です。
ですので真如苑信者は、信者である故に因縁を持ちます。
誤った仏教解釈論を語る事で人間関係に悪影響を及ぼす事もあるでしょう。
勧誘によって人間関係が壊れる事もあるでしょう。
原因があり結果がある。原因を知り、取り除けば解決出来る。
自分が誤った事をしている事に気付くには正しい知識教養と柔軟な発想が必要です。
霊能を売りにした偽仏教教団が「うちでなければ因縁は切れない」と言うのには失笑です。
家族と本音で話せる関係を保ったり、友人と信頼関係を深めたり、時によってはカウンセラー等と時間をかけて話をする事で自分の欠点を知ったり。
仏教はもちろん幅広い分野の正確な知識を身につけ、物事の判断をより正しく出来るようにする事で悪い因縁は切れるでしょう。
本人に内緒で家族入信させてしまうような関係では、そういった環境は作れないでしょうがね。
たった一つの隠し事が、嘘を生み、嘘を重ね、因縁として家族関係を悪くして行く。
修行の内容や金銭的負担の実態を隠して友人を勧誘し、友人が調べた事によって事実が判明し信用を失う。これも因縁。自業自得。
答えは以外と近くにあったりするんですよね。
先祖の因縁?現実的なものは信じます。そして現実的な因縁は現実的な解消法法がある筈です。
[77]偽の気配 05/01/29 09:19 .idyL1XEla
いたちさん、まったくもって同感です。
身内は・・フィーリングで正しいと感じたから・・
という理由をもって信じているようなので
教義の矛盾点や、組織の持つ問題点を指摘してもなかなか目を開いてくれません。
苑の洗脳システム恐るべし、と改めて痛感しているところです。
私のほうは知れば知るほど、というか、
知ろうとしても、苑の行事に参加しても苑の教えの何たるかに触れる機会はほとんどなく、
ひたすら、伊藤何がしのありがたいことよ、というお題目を聞かされるばかり。
辟易しています。
ここでくじけてはいかん、と思うのですが、
行事に参加するその時間がもったいなくてしかたない、というのが嘘偽りのない気持ちです。
それならば、仏教の本を読むなり、まともなお寺を訪ね歩いて話を聞いたり、街角でボランティアに参加したり・・
そう言ったことのほうが有益なのに。
集まって、自らの教祖をヨイショする話を聞いて、自らが満足するというのは、
いかにも自己満足的です。言っていることとは裏腹に、
うちにしか向いていないそのありようは、陳腐です。
とはいえ、そればかりを指摘しても、身内をかたくなにさせるだけで・・
どうとりくんでいけばいいものやら・・・
[78]一般人2 05/01/29 16:34 dp6AUL9/Hk
私もイタチさん、偽の気配さんと似た意見です。今この教えを続けようかどうしようかと迷ってきます。忙しい中のご奉仕活動、接心、もしオタスケなるものをしたら、その方のお世話が一生ついてまわり、重荷すぎます。自分が清められ?よくなることで回りの人にもよくしてあげられる点では入ってよかったなと思いますけれど、それはただの自分の心がけ次第で、当たり前のことですよね。人間として当たり前のことが出来ない人、気がついてない人にはよいのではないでしょうか。教徒の方たちは、会座に出れば、すべてが変わるよ。勧めてくれますが、霊位を向上するためには、大阪,東京と行き、お救け何人と決められており、何かを犠牲にしてまでやるほど魅力は感じてないのです。このような掲示板に載せことも私と同じことを感じている人がいたのだと思い、おもいっきて書き込みました。今思うことは、毎日を家族といっしょに楽しく笑って暮らせていけたらご先祖様も喜ばれると思っています。
[79]自然 05/01/29 23:30 CS31hOj0La
みなさん、こんばんは。
偽りの気配さん、イタチさんのおっしゃるとおり、
自分の責任を丸逃げしてしまったことを懺悔申し上げます。
一度書き込んだ以上、その責任を果たす事が大事ということですよね。

実は、私は学生で、勉強が本分でございます。ご承知のとおり社会的に、
時間を惜しんで勉強をやらなければならない立場でございます。
それ故、書き込めない日も多いので、定期的に書き込む事が難しいと
申し上げました。

さらに、真如苑において修行させて頂いている一教徒にすぎず、
20代前半、バイト意外社会経験のない若輩物である私ですので、
至らぬところがたくさんございます。それにもかかわらず、
その姿が、すべて真如苑と誤解されてしまうのではないかという
不安がございました。

また言葉のもつ性質上、どの様にも解釈できてしまい、
私の書き込んだ事が、背ひれ尾ひれをつけて、真如苑に関する
とんでもない憶測が膨らんできてしまうのではないかと思いました。

 そのようなことから、これ以上書き続けると言うことに不安を
感じまして、今日まで…としたのです。
このようなことになるのでは、と思って書き込みを控えていたの
ですが、この前は、このまま真如苑を悪いものと誤解されていたのでは
悲しいなと思い、つい、投稿してしまいました。

まず、前回は、若輩者でありながら、ああだこうだと
と皆さん方に申し上げたことは、高慢な態度でございました。
その点についても、さらに懺悔申し上げます。申し訳ありませんでした。

 今後につきましては、至らない私、ということを、皆さん方に
知っていただいた上で、なるべく、質問にお答えさせていただき
たいと思っています。
 また、私は、皆さんが他のおっしゃる仏教を全て知り尽くしていると
いうことはございませんので、こちらから、質問させていただく
こともあると思いますが、その点もご理解いただきますよう
お願い申し上げます。今後とも、よろしくお願いします。

[80]自然 05/01/29 23:53 *c.qSH.lqN6r*CS31hOj0La

自然であることを証明するため、
今後はクリプトノモトを入れておきます。
[81]自然 05/01/30 00:54 *c.qSH.lqN6r*CS31hOj0La
イタチさん
>何をどう思っていた事がやってみたらどうだったのか、
>非常に興味がありますが答えては頂けないのでしょうか?


 私は昔、神経性の腸炎だと思うのですが、
おなかがとても痛くなる事がたびたびありました。
「何かあったら仏様を祈りなさい。」といただいていたので、
腹痛のたびに「仏様、痛いです。助けてください。」と
祈っていたのです。しかし、いっこうにおさまりません。
 教えの歩みが深まると、ご利益を求めるのは、本当の
信心ではないと知りました。そしてその後だったんでしょうね。
また同じようにおなかが痛くなりました。そのときもはじめは
助けて…と祈りそうになったんですけど、これはご利益なんだ
と思ったわけです。そして、「仏様にお任せすると言う事が
本当だな…」と思い、さらに「教えを歩むことの
腹決め、覚悟が出来てないんじゃないか…」というふうに深めたのです。
そのとき、あれほど痛かった痛みがスーッと消えて
いったんですよね。不思議でした…

※これは、病院に行く必要はない…ということをいっているのでは
 ありませんよ。また、これは、全ての人がこうすればよくなるという
 ものでもなく、私自身に限ったことです。
 あくまでも、病院にいった後にすべきことだとご理解ください。
 苑においても、人として為すべきとこはつくした後で
 それでもだめなときに教えに、とちゃんと注意を頂いております。

私は、祈り=お願いと思ってたのですが、祈りとはそういうことじゃ
ないのだ…と初めて思ったのです。
教えがあるからこそ、至った境涯でした。
いまでも一つのことについて勘違いしていることはあるだろう…
と思っています。
はき違い、物事の解釈を間違えば、それだけ長く迷うことになる。
だからこそ、謙虚にこれで合ってますかと聞くこと(上苦菩提)
は大事だと思うのです。
 
[82]ガッツ 05/01/30 01:43 6kbNspd9CQ

「新興宗教の嘘」

「生命を受けたものは、いずれ死が訪れる。全ての物に、全ての人に。それは仕方のないこと、当然のこと」
というような「因果律」を知る(悟り)ことで、→ 苦を滅する。

唯一の生きる望みであった子供を亡くしたキサー・ゴータミーに対して
釈迦はそのような真理の一端を垣間見せることで、無料で 幸福への道を指し示しました。
そしてそれは釈迦の法の汎用性も示しました。

身内を亡くした人に対して、すぐさま「人間皆死ぬのだから仕方ない」という真理を語るのではなく、
巧みな導きで、さっぱり神通力ではないが、神通力のようなすごい効果を上げる 彼の非凡さがうかがえる一説です。

上座部仏教は僧院に篭ってしまい堕落して行脚しなかったなどと非難されますが、
じつのところ上記のような、釈迦の稀有な才能や、あまりの崇高さに感服してしまったのではないでしょうか?
編纂の労苦も手伝って、いじけて篭ってしまったのかもw
そして大乗はそれを克服するのではなく、「仏法そのものを変えてしまった」とも捉えられることは、そのまま残念です。

「対機説法」「応病与薬」

ゴータミーに対して釈迦は「・・すれば生き返らせよう」という「嘘」
を言ったわけですが、この嘘ははたして是でしょうか非でしょうか。 新興宗教の嘘とは、趣が違います。

[83]偽の気配 05/01/30 09:16 .idyL1XEla
人は何か苦しいこと、つらいことを体験したときに、
なぜそれが自分なのか、どうしてわが身にそういうことが起こるのか、と
疑念・不満をもちます。
他の人は大丈夫なのにどうして自分だけ?・・と。
そのとき、何かに責任転嫁できれば、気持ちが楽になります。
また、その苦しみや辛さが理不尽なものではないのだと、自らに言い聞かせることで
耐える精神力を保っていこうとします。
その転嫁先、あるいは理由付けに宗教を選ぶ、ということはよくあることです。

自然さんは、真如苑の教えによって神経性の腸炎
(病気に関しては、医師に見てもらったほうがいいと思いますよ)
の痛みが治まったと解釈されているようですが、
(1)単に時間経過によって病状が治まった
(2)歩みという思考を伴わない単調作業をつづけることによって
神経性の症状がおさまった
などといったような可能性もあります。一目散に苑の教えが正しいから、
伊藤なにがしのおかげで痛みが治まったのだと考えるのは、早計です。

今学生さんであるとのことですが、どの分野の学をつんでいるにしても、
文系理系を問わずに、物事の背後に潜む普遍の法則をあきらかにしていこうとするのがサイエンスです。
サイエンスの手法を学ぶ学生さんであるのならばなおさらのこと、
苑の教えだけに目をむけて、仏教のなんたるかについて原典に近いものに当たることもせず
盲目的に信じるというのは、お粗末です。
辛口コメントですが、個人批判をしているのではないですよ。

真如苑の教えとされるものの中には、
確かにいいことも書かれている部分があると思います。
ただ、それが本当に真如苑の教え独自のものなのか、
あなたが今後生きていく上で真如苑の教えを第一としてやっていくにふさわしいものであるのか、
は、きちんと吟味する必要があると思います。
なぜなら、真如苑の教えに忠実であろうとするのであれば、
やがて(或いはすでに)第三者を勧誘することになるからです。
[84]偽の気配 05/01/30 09:30 .idyL1XEla
真如苑の教えは、ここの前の板でも再三指摘されていたみたいに
よいとこどりをめざしたつぎはぎだらけのもので、
そこに伊藤なにがしの家族美化と集金システムの正当化がもりこまれている、
ようなものにみることもできます。

今日の取り組み、の言葉、由来はどこにあるのか。
これはなかなか含蓄のあることが書いてありますよね
真如苑独自のものですか?それとも・・借り物ですか?
調べて見られたことはありますか?
その取り組みの言葉について真如苑ではどういうように説明していますか?

もう一つ。
>謙虚にこれで合ってますかと聞くこと(上苦菩提)は大事だと思うのです。

私も、自分がわからないことについて謙虚に尋ねられる姿勢というのは大切だと思います。
ですが、それで正しい回答をえられるのだ、というようには考えていません。
人にとって正しいと思われる生き方や考え方が必ずしも自分にとって正しいものとは限らないからです。
それも、サイエンスに携わっておられるのならば、再考されるほうが良い部分だと思います。

私もまだまだ未熟者で仏教について勉強し始めたばかりですが、
釈尊自身は、自分で悩み苦しむことを是としていたように思います。

真如苑の人は、一如の道、でしたっけ、
伊藤解釈仏教だけではなく、さまざまな先人の仏教論についても
学んでみてはどうですか?
難しくはないはずです。
[85]一般人 05/01/30 13:41 2bqpLzWY44
そうですね。自然さんは頭脳が優秀そうだし、是非本来の仏教を学ばれることをお勧めします。
過去スレも読んでみてください。 お互いがんばりましょう。w

[86]自然 05/01/30 13:44 *c.qSH.lqN6r*CS31hQsHR4
みなさん。こんにちは。

>>82

ガッツさん
>ゴータミーに対して釈迦は「・・すれば生き返らせよう」という「嘘」
>を言ったわけですが、この嘘ははたして是でしょうか非でしょうか。

仏様は、「死人を出したことのない家からケシの実を持ってきなさい。
そうすれば、生き返らせよう。」とおっしゃたという説話ですよね。
ケシの実だったかどうかは、おぼえていないのですが…
 なにはともあれ、誰でも人は死ぬ=死人を出したことのない家はない。
ということを仏様は、ご存知でおっしゃったわけですから、
嘘でないともいえますが…嘘かどうかの問題ではありませんよね。

その人々を助けようという仏様の行いが本質にあるべきなのに
その法を無視して、神通力をふりかざすことのみによって人々を救える…
という新興宗教とは、趣が違うということを、おっしゃているのでしょうか。
そうであれば、私はガッツさんと、同じ意見です。
力のみをふりかざし人を集める団体は全く仏教とは違うものだと思います。

わたしが、
>>81で述べた体験は、真実です。
確かに、スーッと痛みが引くと言うのは、
なんらかの原因があると思います。それは否定しません。
病院にいって検査をしてもらって結構だと思います。
しかし、法を知るために仏様が下さったものだと思うことによって、
仏様の法はなんたるかを深めさせていただいた事象だとわたしは思うのです。

しかし、この私のたとえ話は、複雑すぎますね…
そんな不思議な事があるわけない…といわれても仕方ありません。

私は、言葉の履き違えが往々にしてあるということを申し上げたかった
のですが、事例が適切ではなかったですね。
申し訳ありません。


[87]自然 05/01/30 13:59 *c.qSH.lqN6r*CS31hQsHR4
 偽りの気配さん、一般人さん

 皆さんのお話をきかせていただいて、真如苑の本でない仏教の
本をよんだり、他の教団やお寺では、どのような説法をなさっているのか、
勉強しようと思っていました。ありがとうございます。

 お経の由来であるとか、しっかりと学びたいと思っております。

 ただ…私は真如苑以外の仏教と接点がないというわけでなく、
NHK教育などで放送される仏教の番組等よく拝見するのですが、
違和感は感じないのですよね。
 ああ、そういうふうに、この高僧のかたは深めてらっしゃるのだ
すばらしいな…と感じたり、します。
 真如苑と他のお寺と本質において、かわらないように思うのは、
そのためです。

 とにかく、もっと勉強したいとおもっております。
 至りませんがよろしくお願いします。

 
[88]講釈師 05/01/30 14:33 QHRvKhAJO1
自然様 お帰りなさい。

熱烈歓迎です。
私は少し書き過ぎたかなと思い、しばらくは贖罪の意味で、自粛しようと考えていたところです。

その節は、すみませんでした。
[89]自然 05/01/30 14:48 *c.qSH.lqN6r*CS31hQsHR4

それから、
>>84において 偽りの気配さんがおっしゃてくださったこと、
わたしの為を思って意見してくださったこと、感謝しております。
真剣に心配してくださっているのだとありがたくて、涙が出そうです。
偽りの気配さんは、ご家族の方のことを、このようにも心配なさって
いるのですね
ぜひ、納得されるまで、真如苑はいかなる団体か、吟味ください。

 
[90]自然 05/01/30 15:11 *c.qSH.lqN6r*CS31hQsHR4
>>88
講釈師さん、おひさしぶりです。

講釈師さんの気持ちは、よくわかります。

今の世の中、沢山の新興宗教がはびこり、
問題を起こす教団も多々あります。
ご家族を守るためにも、疑うことは、大事だと思うのです。
しかし、あまりに疑いすぎて、学ぶ機を失ってはもったいないのでは
ないかと思いました。
カルトでないかを、私の書き込みや
様々な機関をとおして(他宗教でもよいかと思います。)
自分の目で確かめて頂きたいと思います。

お気持ちを煩わせてしまってこちらが申し訳なく思います。
若輩者ですので、言葉足らずのところもあるかと思いますが、
今後ともよろしくお願いします。
[91]講釈師 05/01/30 16:55 QHRvKhAJO1
苑徒の立川詣では一体何なのですか。
単なる物見遊山でこちら関西から行っているのでしょうか。
それとも年1回の努力目標でしょうか。
あるいは霊位向上の年1回は最低ノルマなのでしょうか。

教えて下さい。
お願いします。
[92]一般人 05/01/30 21:48 2bqpLbvING
信者さんにばかり頼るのも何なんで、横レスですが失礼します。
>苑徒の立川詣では一体何なのですか。
「参拝するだけで浄まる」と、教団は言ってます。
実際入信しただけで凄いご利益が貰える人も ごく稀には居ます。
そして参座する際は、ご法前に近ければ近いほど、浄まるらしいです。

[93]自然 05/01/30 23:47 *c.qSH.lqN6r*ZaG2RCalDG
>>91

講釈師さん、一般人さん、こんばんは。

立川には、真如苑の総本部、総本山真如苑の燈檠山 真澄寺
がございます。真如苑の発祥の地ですね。
ですので、総本部に帰苑させていただくことは尊いこととされます。
他のお寺では、どうなのかはわかりませんが、総本山に
帰らせていただくことは、同様に尊く、清まっていくと
言われるのではないでしょうか。

霊位向上のノルマではないと思います…
ただ、教えの中で霊位または僧階を頂いていこうとする覚悟を
もったのであれば、総本山に帰る事はあたりまえのことでは
ないでしょうか。ですので、そういった、段階になれば、
資格として、総本部に年に数回帰苑することは、必要になると思います。

他のお寺であっても、総本山に行ったことのない人に、お寺を
まかせる僧侶にはさせないと思います。
[94]初信者 05/01/31 01:30 U5sCZGdPfj
皆さんお元気でしたか?
地蔵様、講釈師様、偽の気配様、もう会えないのかと(ハウルさん居ない)と
思っていましたよ。議論は活発ですね。また、色々教えて頂きますよう、
今後とも宜しくお願い致しますm(−−)m
[95]講釈師 05/01/31 10:31 QHRvKhAJYp
初信者様 お久しぶりです。
苑の教えは男尊女卑で女性は組し易いと考えています( いまどきではない)。
良き妻、良き母、良き宗教家だそうです。( いつから自称宗教家になったの?)

一般人様 自然様ありがとうございます。
身内の導き親、経親に対して、怒りの心がますます湧いてきました。
今、会えば刃傷沙汰になるかも知れないと(そんな馬鹿な、私はいたって気の小さい人間です)
時間を置いての会談という事で落ち着いています。
他人に新興宗教を勧誘するというのは‥‥‥。

私自身のテンションの問題かも知れません。
自然様の最後2行は?ですが、テンションを下げます。

また、疑問があれば質問をさせていただきます。
ありがとうございました。
[96]偽の気配 05/01/31 12:58 AgsgP5IzjR
こういうのを見つけました。 http://nun.nu/enlighten.fc2web.com/bukkyouseiten.htm

苑がカルトかどうか、ということに関しては、「カルト」とされるものの定義に機械的に照らし合わせていけば、
おのずから答えは出ていると思いますよ、自然さん。
http://nun.nu/www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/1847/shukyotocult.html

仏教番組に触れられる機会があるとか、そこに苑の教えと違和感を感じませんでしたか・・・(++?
私は苑の集まりに何度か赴きましたが、いちどたりとも、なるほど、有難いお話を聞けた・・と感銘をえたことはありません。
なにより、釈尊の教えなり何なりを基にした説話のようなものが語られる機会がほとんどなく、ひたすら「伊藤ありがたし」に終始しているのにはあいた口がふさがりませんでした。

講釈師さん、こんにちは。
ずいぶん苦労があるみたいですね。根を同じくする悩みを抱える者として心中察します。私も、身内の導き親や経親に当る人物に対しては怒りの気持ちもありますが
(どうしてこういうものに引きずり込んだのか、という点において)彼らも、正しいと信じ込まされている、ある意味では被害者ですよね。
被害者が被害者を生むという、ねずみ講のシステムですから、怒りの矛先を直接導き親や経親にあててしまうと、本来糾弾されるべき伊藤一派を喜ばせるだけになってしまうような気がします。

今の継主とやらが、なにをどこまで把握しているのか知りませんがひと悶着あったあとで、苑のシステムをついでいるのですから、純粋な宗教家ではない、といって、あながち間違いではないと思います。
伊藤真乗、友司両氏に関しては、よくわかりませんが、初期の頃には確かに宗教家であったのかもしれません。
ですが、なくなった我が子をダシに教団を維持していこうという姿勢そのものが私欲にまみれた姿勢であると、私は思います。
友司という人には、人徳もあったのかもしれませんし、なんらかの力があったのかもしれませんが、その能力を団体の発展のために利用した、という時点で、やはり私欲にまみれたのだと思います。
真乗という人物については、写真を見ると胡散臭げ、再婚問題を含めた一族泥沼問題の発端となったあたりをみると大阿闇梨という位をえたにしてはあまりにお粗末。易学を通してえていたテクニックで、場当たり的にうまくごまかしを続けていただけの人物であるようにも思えます。
私には、かの人物が残したとされる書をよんでみても、まったく心の琴線にふれてきませんでした。

話がそれましたが・・でも、どう対処していくかは、本当に悩ましいですよね(>講釈師さん)
[97]自然 05/01/31 18:18 *c.qSH.lqN6r*ZaG2Rg/irD
初心者さん、はじめまして。
若輩者ですが、どうぞよろしくお願いします。

講釈師さん、偽りの気配さん 皆さんこんばんは。
本日もよろしくお願いいたします。

 
>>96

 偽りの気配さんがご紹介下さったサイトを拝見させていただきました。
 私は長年真如苑で教えを学ばせていただいておりますが、
 上記サイトにおけるカルトのような待遇は受けたことはございません。
 私は苑の中において、疑問をよく吐き出しますが、、
 真剣にじっくり納得いくまで答えてくださいますよ。

 もし講釈師さんや、偽りの気配さんが先のサイトにおいて、真如苑は
 この部分でカルトだと思ったら、その点を教えていただけない
 でしょうか。


>それから、苑でのお話は仏教説話の話もなく、開祖者の話ばかりで
 有りがたく聞けたためしがない…ということですが、

 仏教説話なら、苑で頻繁とはいわずとも、よく聞きますし、
 最近は、チューラパンタカのお話を聞きませんか?
 機関誌や、一如の道の中にも取り上げられていますよ。
 完全に、仏様から離れているとはいえないと思います。

 講釈師さんや、偽りの気配さんにとって、
 仏教のありがたいお話とは、仏教説話や、お寺のお坊さんが
 してくださるようなありがたい心に染み入るお話なのですね。

 それを期待されて真如苑にいらっしゃったのだと思います。
 ところが、来てみたら、開祖の話ばかり…
 仏教といいながら、仏様のお話もでてこない。
 世俗的なうわさもあるようだし…私利私欲をむさぼる宗教ではないか
 どうもあやしい。こんな怪しい宗教に入れた導き親は悪いやつだ…
 と思われたのではないかとお察しします。 
[98]自然 05/01/31 18:19 *c.qSH.lqN6r*ZaG2Rg/irD
 まず、世俗的なうわさに関してですが、私の耳にも入っております。
 教主さまは、汚い問題を放っておいては、法に汚いものが流れて
 しまうと判断して、実の娘にもかかわらず問題を起こした方々を
 破門されたと聞きました。
 その結果、最終的には現苑主の継主様がお継ぎになったのですから、
 それだけで継主様が純粋な宗教家でない、または、この教えが
 正しい教えでないとの根拠にはならないと思います。

 それから、仏教なのに、仏教説話も話しにでてこない、開祖の
 話ばかり…という点について。

 仏様の道を歩むときに、仏様の生きていた時とは、時代背景も文化も
 風土も違うわけですから仏教説話、お経典だけでは、仏様の歩みを
 現代生活において実践させていただくことは、通常難しいと思います。
  そこで、仏様の教えを現代にそくしてかみ砕いて教えてくださる方が
 必要となります。それが、弘法大師さまや、親鸞上人でいらっしゃった
 のではないかと思うのです。
  真如苑では、開祖者である教主様が、仏教をかみ砕いて教えてくだ
 さるのです。一宗一派を開いた以上、真言宗や、浄土真宗とは違った
 教え方となるのは当然の事と言えます。その違いが、偽りの気配さんや
 講釈師さんの考える違いなのだと思います。
  
[99]自然 05/01/31 18:24 *c.qSH.lqN6r*ZaG2Rg/irD
 私の経験からで申し訳ないのですが、
 あれほど修羅場であった家庭が温かくなり、
 人と仲良く出来なかった私が、自らを見返る事ができる
 ようになり、いまでは、感謝で生活させていただけるのは、
 真如苑で教えを学ばせていただいたからに他なりません。

 また、真如苑で学ばせていただいたからこそ、足りないながらも
 他のお寺のお坊さんのおっしゃる仏教用語の意味がわかりますし、
 なるほど…と思うこともあるのです。方法は違えど本質は同じだな
 とやはり感じます。
 そして、何より、教主様が法流血脈を相承されていることが、仏様の
 道を歩ませていただけているという証だと思います。

 以上のことから偽りの気配さんや講釈師さんの導き親さんは、
 本当に皆さんにこの教えで幸せになってもらいたいと思って、
 お導きなさったのだと思います。ですので、
 もし不満な点があるなら、よく話し合っていただきたいと思うのです。


 有りがたく聞けるも聞けないも、信じる信じないの問題ですので、
 あとは、偽りの気配さんや皆さんがたのお気持ち次第です。
 信仰ばかりは開祖者を信じなければ成立しませんから。

 信じるべきかの判断は、真如苑の開祖者本人やその教義、
 真如苑のシステム、導き親の態度等などで判断していただきたいと
 思います。

  また長々となってしまいました。
  コミュニケーションができないと言われても仕方ありませんね。
  至りませんが、今後ともよろしくお願いいたします。
[100]講釈師 05/01/31 19:35 QHRvKhAJYp
偽の気配様
三つの歩みを行えば自由に空を飛べる( 例えとして )、虫と会話ができる( 真偽はまだ不明です )。
「 これを信じろ。 」
「 信じます。」
信じなければ霊能者には成れません。
接心なるものを通じて、これらの戯言を信じる馬鹿に成るのを恐れています。

伊藤文明氏が仏教の良い所どりをしたように、
苑徒の人も霊位向上を放棄して、真如苑の良い所どりをしてくれれば、と思います。

自然様 老婆心ながら一言、進言させて頂きます。
ここはある種、おおやけの場です。
苑徒、元苑徒、苑徒以外( 私と偽の気配様だけか )の人がいます。
つまり、お仲間だけであれば通じる隠語や誤った解釈のできる言葉は慎みましょう。
接心、大歓喜、等苑独自の言葉で、置き換えられない言葉なら良いのでしょうが、
「 帰苑 」はどうでしょうか。

貴方様にとって伊藤文明氏やその一家は完全無欠の絶対服従の神ですか。

@ 苑徒の人間は謙譲語を知らない。話し相手を敬う日本語が出来ない。

自然様 貴方様はこれが理解できますか。

[101]偽の気配 05/01/31 21:50 .idyL1XEla
講釈師様

>三つの歩みを行えば自由に空を飛べる( 例えとして )、
>虫と会話ができる( 真偽はまだ不明です )。

う、嘘のような話ですね。あまりに滑稽で。まじめにそんなことを言う人たちがいるのだ・・と驚きです。
どっかの教祖が「空中浮揚」してましたが、信じると飛べる、というのは何か共通するものがあるのでしょうか。
私よりもひどい人たちに接していらっしゃるようですね。
接心ですか・・受けられるのですか?
私の妻は何度か受けているようです。(−−;
そういう点では、一度霊能者たる人物が何をかいわんや、聞いてみたい気もしますが。
気乗りはしないです。

自然さん、
まず、釈尊の言葉を記したとされる原典にちかいものをしっかり読んでください。
和訳されたものも手に入ると思います。まだ、きちんと読んでいらっしゃらないように思えます。
また、再三いいますが、苑の全てをけなしているのではありません。
継ぎはぎだらけなのが幸いして、仏教的な部分については、「いいことをいっている」と思えるからです。
それは、苑の教えが良い、ということにはつながりません。

世俗的な噂に関しても、教主が語っているのと、巷で言われているのとではずいぶんちがっていますね。
あくまでも、長女次女が悪いとする教主側は、自らの再婚問題に関わる醜聞については教徒に語っていないようですし。

それから、逆説的ですが、今の教主が純粋な宗教家であるという客観的な事実もありませんよ。
なにゆえ、今の教主が跡を継いだのですか?苑では教主となるべくきちんとした規定がありますか?
伊藤家のものでなくてはならない?というぐらいかな?

また、実際に苑内の「親」との関係でずいぶんいろいろな問題がおこっているのはなぜでしょう?
システム的な問題だと思いませんか?

苑の教えが何を目指すものなのか、仏教であるならば、おそらくは悟りを開く境地に至るよう自らを顧みる事ではないかと思うのですが
苑のシステムはそれに即しているものでしょうか。

私はまだ私の質問にきちんと答えられる苑の方にあっていません。
質問に答えられないで、ただ歩みを行えばいい、とだけしか言えない人が
新しく人を勧誘していくそのシステムは、欠陥システムだと私は思います。
もっとも、目的が勧誘すること自体にあるのであれば、それを放置している苑のやり方もうなづけますけど。

長くて大変ですが、この板の前の版にも目を通してみてください。単なる批判だけではなく、きちんと疑問点などが挙げられています。
ザ! 真如苑。[0-1038]
[102]偽の気配 05/01/31 22:04 .idyL1XEla
>真如苑はこの部分でカルトだと思ったら、その点を教えていただけない
 でしょうか。

私が思うのは、
1)カルトは服従を強いる。
2)カルトは信仰的な求めを搾取する。
3)カルトは問いや自立した批判的な思考をさせない。
4)カルトは信者を「カルトの中でのよい自分」と「過去の悪い自分」に分裂させる。
5)カルトの改宗は、一個人のアイデンティティに顧慮することない外的力に、知らないうちに投降してしまう。
6)カルトは金銭を、目的として、また権力を手に入れ、リーダーたちの利己的な目的を果たすための手段としてみなす。
7)カルトはしばしば、物理的あるいは法的脅迫で批判する人々を脅す。
8)カルトは家族、家庭を敵と見なす。
9)カルトはほとんど情報を与えないまま、即断するように求める。

で当てはまると思います。
もっとも過激にというわけではないですから、すでに信じてしまった方には見えないかもしれませんが。
とりわけ、3,4,5,6,7は、まさしくあてはまる、と思いましたよ。
[103]地蔵 05/01/31 22:51 *zOqUdptaYLH*NgDEIU98bE
自然さん、早速皆さんの熱い歓迎(?)を受けてますね。ここに居られる方は
殆どが貴方様の先輩か、当事者であらせられますから、苑で日なたの子猫のように
仮初の幸福感に包まれていては、ズダボロに論破されて泣く泣く自己に向き合うか、
憤然と坐をけって逃げ出すか・・みたいになりませんように・・。
現役の信者さんで、今までの人は「もういいですっ。私は好きで信じて(はまって)
るんだから、ほっといてよ!」と中々向き合ってくださいませんでしたので。

本当は突っかかりたいわけじゃないんです。皆さんもう前スレで相当論破の実績を積まれてますし。
実はあなたに実情や家族の心情を聞いて分かっていただきたいのだと。
のんきにいいことしてる気分で同類を増やしましょうなんてめでたい組織じゃないですよ、と
根拠と実害を以ってあなたの深奥に訴えたいのだと。

そういうことなんです。あなたを責めてるのではなく、そういう組織に手を貸そうとしてる
んですよ、いいんですか、ときいてるんです。

組織の是非は前スレをよく読んでください。その上で反論(勇気があれば)くだされば私もお話しましょう。
貴方は純粋で素直な方なようですから、真実に目をそむけることなく
事実を受け入れてくださるでしょう。

実際世の中は大なり小なり宗教を小さくしたような嘘ばかりです。
何故なら商売はそこから出発しているからです。利益を乗せるとはその分を客に払わせるということ。
ここで目を覚まされれば、世のいかなる嘘にも冷静に対処できるでしょう。
[104]立川流 05/01/31 23:26 T51FMCpoEu
地蔵さん 申し訳ありません。
一言言わせてもらいます。

自然さん 初めまして。
ご質問よろしいでしょうか。

涅槃経の何処に法流血脈の流れが顕されているのですか?

[105]一般人 05/01/31 23:47 I0BiYVDHpP
ちょっと失礼。1度にそんなに訊かれても、自然さんが過労になっちゃうんじゃないですか?
普通に困っちゃうと思うのですが。w
[106]一般人 05/02/01 00:16 2bqpLzjHYf
急いでレスする必要もないと思います。
ゆっくりでも、自分を含めておのおのが、真実に向かうことが大事と思います。
[107]ベニ花一番 05/02/01 05:01 *45tjnmKS4tU*X29yZL6amW
なるほど
[108]偽の気配 05/02/01 07:48 .idyL1XEla
そうですね、自然さんを質問攻めにしようという意図ではないので。
「答えなければ・・・」というようにプレッシャーとして思わないでくださいね。

自然さん、まじめに考えている方だと思うので、
苑内から見た苑のありようと、
外から見た苑のありようを、
あるいは、苑のいう「仏教」と、仏教と、を比べつつ見ていこうというように
意識されているだけでも、素敵なことだと思います。
苑の教えを信じるにしても、そうでないにしても。


[109]自然 05/02/01 15:39 *c.qSH.lqN6r*ZaG2Ryntg9
みなさん、こんにちは。

>>100 講釈師さん、

ただでさえ聞くのもいやなのに、真如苑独自のことばを
使ってしまって、申し訳ありません。
ここでは、使わないようにして、使わなければならない時は、
「」で閉じます。ご気分を害してしまって本当に申し訳ないです。

>苑徒の人間は謙譲語を知らない。話し相手を敬う日本語が出来ない。

 これを私が理解できるか、ということでしたが、
 これは私自身の事でしょうか。
 そうでしたら、苑の教徒すべてがそうなのでなく、
 私自身が悪いのです。勉強いたします。
 本当にもうしわけありません。

>三つの歩みを行えば自由に空を飛べる( 例えとして )、
>虫と会話ができる( 真偽はまだ不明です )。

 このような話を私は聞いた事がありません。
 三つの歩みをしても、通常無理だと思います。
 これは、こんなことを言われても、信じるべきでない
 という喩えだと思うのですが、そのようなことを言われていたら、
 私も、続けていないと思います。

[110]講釈師 05/02/01 16:24 FIBj941XC8
自然様 すみませんでした。

これは私が経親に対する問答集の一部でして、ついつい引っ張り出してしまいました。
貴方様は未だ社会に出ておられず、まして真如苑の事など友達や、部外者に、
話す機会もない人に対して発する言葉ではないと、反省しています。

「 教祖さまが、あらゆる病原菌と会話して和合したので、3つの歩みを行えば、
難病奇病でも治る。」 や、
接心での霊能者の言葉で、
「お花畑が見える、光が見える、天界の光景である。」 等、
これも真偽の程は不明です。

私もこの2ヶ月で集めた情報の真偽を確認したいのですが、いまだ経親とは接見禁止の
身ですので未確認です。

ですので私も反省します。失礼しました。
[111]自然 05/02/01 17:09 *c.qSH.lqN6r*ZaG2Ryntg9
>>101 偽りの気配さん
>釈尊の言葉を記したとされる原典にちかいものをしっかり読んでください。
>きちんと読んでいらっしゃらないように思えます。

 偽りの気配さんが、
>>96でご紹介くださったサイトでよろしいですか。
 原点にちかいものはどこで手に入れられるのでしょう。
 偽りの気配さんが仏教を学んだご本でこれだけ読めば良いと言うものが
 ありましたら教えていただきたいです。
 何分学生ですので買うのが難しい場合もありますが…努力します。
 また、私が、どのあたりをきちんと読んでないとお考えですか。
 その部分も含めて教えていただければ、しっかりと読みたいと思います。

>今の教主が純粋な宗教家であるという客観的な事実もありませんよ。
>なにゆえ、今の教主が跡を継いだのですか?苑では教主となるべくきちんとした
>規定がありますか?伊藤家のものでなくてはならない?

 今の「苑主」が不純な宗教家であるという客観的な事実もないですよ。
 また、後継ぎの問題ですが、これは、継がせるものとつぐもの以外
 立ち入れない問題です。後継ぎの決定権は、「苑主」本人にしか
 ないといわれております。他のお寺では、違うのですか?

>実際に苑内の「親」との関係でずいぶんいろいろな問題がおこっている
>のはなぜでしょう?システム的な問題だと思いませんか?
>苑の教えが何を目指すものなのか、仏教であるならば、おそらくは悟りを
>開く境地に至るよう自らを顧みる事ではないかと思うのですが
>苑のシステムはそれに即しているものでしょうか。

 まだ、書き込みの全てを見ていないので、どのような問題を前提にして
 おっしゃっているのかわかりませんが、いずれにしろ、システムは
 使いようによっては良い物にもなるし、悪いようにもなる物だと思い
 ます。一部の教徒がそれを悪いように使うことは悲しいことです。
 教団も、社会的に悪いことをしたと認められる教徒に対しては、
 その方が重要な立場にいたらもちろん、その立場から、退いて
 いただきますし、説得の上、それでもだめなら、破門にしていると
 聞いた事があります。
 また、悟りを開こうとしている人は自分が開けないことを
 教団のシステムのせいにはしないと思います。(真如苑に限らず)
 システムの問題だといったら切りがないのではないでしょうか。


[112]自然 05/02/01 17:27 *c.qSH.lqN6r*ZaG2Ryntg9
>>102 偽りの気配さん
>3)カルトは問いや自立した批判的な思考をさせない。
>4)カルトは信者を「カルトの中でのよい自分」と「過去の悪い自分」に分裂させる。
>5)カルトの改宗は、一個人のアイデンティティに顧慮することない外的力に、知らないうちに投降してしまう。
>6)カルトは金銭を、目的として、また権力を手に入れ、リーダーたちの利己的な目的を果たすための手段としてみなす。
>7)カルトはしばしば、物理的あるいは法的脅迫で批判する人々を脅す。
>とりわけ、3,4,5,6,7は、まさしくあてはまる、と思いましたよ。

 ということですが、どのあたりがどうあてはまるのですか。
 真如苑をカルトではないかと疑ってここへいらっしゃった方のためにも、
 項目に対し、一つ一つお答えいただければ、良き判断の一つと
 なるかと思いますし、偽りの気配さんの疑問に関して、私も何かお役に立てるかと思います。

>>108
>「答えなければ・・・」というようにプレッシャーとして思わないでくださいね。

 お心遣い、ありがとうございます。言葉づかいで皆さん方のお気持ちを
 傷つけてしまう部分が多々あるようで、申し訳なく思っております。
 今後ともご指導のほどよろしくお願いします。

[113]自然 05/02/01 18:01 *c.qSH.lqN6r*ZaG2Ryntg9
>>103 はじめまして。地蔵さん

>組織の是非は前スレをよく読んでください。

 非常に長かったので、まだ全てを読んでいませんでした。
 なるべく早く読み終わろうと思います。すみません。

>実際世の中は大なり小なり宗教を小さくしたような嘘ばかりです。

 地蔵さん、ご忠告ありがとうございます。
 私も、真実は何かを求めております。しかし、それは、
 社会から眼を背いて盲目になることではないと思っています。
 反社会的なものは、私も許せません。今後ともよろしくお願いします。
[114]偽の気配 05/02/01 18:03 AgsgP5IzjR
自然さん

>また、悟りを開こうとしている人は自分が開けないことを
>教団のシステムのせいにはしないと思います。(真如苑に限らず)
>システムの問題だといったら切りがないのではないでしょうか。

システムは使いようによる、というのは真実だと思いますが、
どうにもならない欠陥システムもあります。
もともとそのシステムを作り上げた者がどのような思想にもとづいていたのか、
によっては、どうしようもない場合もあると思います。

悟り・・・に関しては、自然さんはどうかわかりませんが、
あなたのスジ親さんや導き親さん、あるいは周囲にいる苑の信者さんに、「あなたは真如苑の教えを信じることで何をめざしているのか、なぜ真如苑の教えを信じているのか」
と、ただ何も理由を言わずに問いかけてみてください。
そして、できればどのような返事が返ってきたかを教えていただければ、
苑に対する見解を深めていく中でとても役立ちます。

ただ、何か悪いこと、思うようにいかない場合には、
「歩みがたりないからだ」と、苑ではいわれませんか?あるいは、「先祖の因縁が・・」「知り合いの因縁が・・」「断ち切るためには、徳をつみなさい、そのためには歩みを」
といわれませんか?

いずれにしても、勉強の時間を逼迫しない程度に、ぜひ一度過去の議論に眼を通してみてくださいね。
今までにも、ずいぶんと本質的な議論がなされてきているのです。

信じ続けるにせよなんにせよ、自分がひたすら信じ込んでいる時にこそ、ふと立ち止まって考え直してみることが大切になってくると思います。
それは、生活していくうえのいろいろな面であてはまる・・と自戒の念もこめて。


[115]自然 05/02/01 18:18 *c.qSH.lqN6r*ZaG2Ryntg9
>>104 立川流さん はじめまして。よろしくお願いします。

>涅槃経の何処に法流血脈の流れが顕されているのですか?

 法流血脈について、東密の法流を受け継いだ証であると聞いております。
 密教についても勉強中なので、深いことはまだわかりません。
 しかし、涅槃経は、法流血脈の流れに乗って受け継がれたお経の
 の一つです。従いまして、涅槃経の中に、法流血脈の事が書かれている
 のではなく、真言宗醍醐寺で修行をして、東密の流れ、血脈を受け継いだ
 真如苑の「教主」が涅槃経を紐解いたということです。
 
[116]自然 05/02/01 18:25 *c.qSH.lqN6r*ZaG2Ryntg9
>>106 一般人さん
 お心遣い本当にありがとうございます。
 正直なところ、あまりにたくさんの質問に驚きましたが、
 一般人さん書き込みに勇気付けられ、なるべく
 皆さんのお気持ちになるべくお答えしたいと思いました。
 至りませんが、今後ともよろしくお願いします。
 
[117]立川流 05/02/01 21:40 T51FMqWrsm
自然さん ご苦労さまです。

全然答えになっていませんでしたが
自然さんの直向な姿勢に感心させられました。

涅槃経に関しては真言密教を勉強しても何も解決しません。
真言密教は大日如来の教えとそれに基づく修道の実践となります。
真言密教は顕教(大乗、小乗)をしのぐ教えですから・・・。
では何故真乗氏は真言密教より劣る涅槃経を所依の経典にしたのでしょうか?
天台宗においては法華円経の一部として位置づけされております。
天台密教の修道理念は久遠実成の仏である釈迦牟尼仏の教えとその実践になります。
台密を勉強していけば涅槃経の位置づけが理解できるのではないかと思われます。

涅槃経を紐解いた件ですが
弘法大師空海が『性霊集』『理趣経開題』『秘密曼荼羅十住心論』
覚鑁上人が『釈摩訶衍論指事』『真言宗即身成仏義章』『五輪九字明秘密釈』『真言浄菩提心私記』
いづれも真言密教の大御所とされる両大師が涅槃(経)について残されたものです。

[118]偽の気配 05/02/02 08:10 .idyL1XEla
自然さん、
何を読むべきかは、自分でさがしてくださいね。
人から与えられた情報であっては、ご自身が納得していけないと思います。
学生さんということで、あえて。
[119]地蔵 05/02/02 22:45 ij7w6a0R2K
>>自然さん 申し遅れました。初めまして。
皆さんが挙げられたタイトルは、全て偉大なる先達が残してくれた『原典』
です。ジュンク堂や紀伊国屋など大きな書店の宗教・精神コーナーにそれらを
解説したものがあります。(性霊集なんか特にそう)それらを立ち読みして、
これはいいというものは、いっそ図書館でリクエスト(取り寄せ)してもらっちゃいましょう。
一週間後とか時間はとられますが、全て「タダ」で読めちゃいます。

その前にネットで、amazon や、セブン&ワイなんかで検索して、本の表紙など
アタリをつけておくと本屋でも見つけるのが楽です。

複数の本を読み比べた上で改めて原典を読むと、これがまた新発見がありますし、
一歩深い、自分なりの解釈ができます。蛇足ですが、特に空海和尚の「般若心教」の
解釈はすばらしい。天才の脳はああなってるのねと唸るばかりです。
[120]地蔵 05/02/02 22:46 ij7w6a0R2K
ぐお、まちごうたー!心教→心経 です。申し訳ない。
[121]一般人 05/02/02 22:52 WssrdkZtNo
偽の気配さんは 何をもって仏教理解されましたか?
[122]一般人 05/02/02 22:56 WssrdkZtNo
あと地蔵さんは地蔵。さんからなんで句点取っちゃったんですか?付いてた方が好きです。
[123]一般人 05/02/02 23:22 2bqpLzXxF4
すいません121は誤爆ということで。
早わかり本とかも理解には手っ取り早いのですが
浅いというか緩いですね。 私は それに加え三枝氏および水野氏著書です。
空海の「般若心教」の解釈 は興味ありますね。

[124]偽の気配 05/02/03 00:16 .idyL1XEla
そうですね、ネットで調べたり、
本屋でいろいろ眺めたり・・結構買いました・・(^^;
それがいいのかどうかは別にして、
買って見てう~んとうなりながら、読んでみたものの一部をあげると
「般若心経」を読む
ダライ・ラマの仏教入門―心は死を超えて存続する
ブッダのことば―スッタニパータ
私だけの仏教―あなただけの仏教入門
ブッダの真理のことば・感興のことば
ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経
などです。まだ勉強中です。
仏教とは違いますが、以前にもかいたのですが、
感覚的には「聖なる予言」が私にはしっくりきました。
生き物の力・・みたいなものでしょうか。
[125]一般人 05/02/03 01:57 I0BiYhsyxC
偽の気配さんありがとうございます。
大分重なるものはありますが完読していないのも多いです。w
私は宗教全般およびニューエイジ系も少し。 神々の指紋の暴露本とか大川くんの永遠の法とかも。w
ブルータスの新興宗教特集も入手。P33では逮捕前の麻原と中沢新一が談笑。
「聖なる予言」は大ベストセラーで良くできていて当時衝撃を受けましたが 現在では捉え方は変わりました。

わたし的にはやはりオールラウンドで接触した点としての情報が、
線で結びつく時に一種の快感がありますね。
結論を言いますと、釈迦だけは、やはりナイスな奴だと思っています。


[126]偽の気配 05/02/03 07:59 .idyL1XEla
一般人さん、神々の指紋は読みましたが、暴露本はまだです。
大川くんは読んでないなぁ・・
聖なる予言も、全体として丸のまま信じれる・・というものではないですが、
西洋的発想で自然をとらえていた人にとっては、自然との関わり方という点で新鮮な見方にみえたんではないか・・と想像しています。
どちらかというと、アジア的な感じの発想では?
[127]お帰りなさいっていうのが気持ち悪 05/02/03 15:16 OFTtr5xgI1
宗教はなぜ家庭を壊すんですか?
真如苑の道徳観や死者に対する概念や観念は、特に非難しません
また社会にとっても悪いともいいません
秩序を保っていく上で宗教が倫理や道徳を教え広めてゆく大切な役割をになっているのはあたりまえのことです
国教がない日本にはちょうど良いんじゃないか、くらい評価もします
けれどなんでそれが直視すべき家庭や現実の問題から離れていくようになってしまうんですか

真如苑で語られている良い部分はごくごく当たり前のことでしかないですし、世界宗教の多くに共通する普遍的な部分を語っているように感じました
普通に信仰している分には咎める事も害悪だともいいません。
心の弱さに対し支えや自信とするために、人の繋がり、善意でできているつながりボランティア活動とおなじで仲間や友達を作るのも悪いことだとはおもいません。
本当はスポーツクラブなど活き活きと生きている付き合いの中で支えとなる仲間を作って欲しいし。人生教訓はテレビでも本でも語られてるじゃないですか

何かにつけて祈っていれば救われるとか力が足りないから修行すればなんとかなるとか
本人にカルト的な問題があるとしか思えません
真如苑自体は悪ではないとおもいます。けれど降りかかる現実問題からの逃げ口にしかなっていません
たとえそれで優れた人格、他人や社会にとって有益な徳を身につけたとしても、自分自身の家庭家族を壊してしまっては人として失格ではないでしょうか
現実を見失って幸せになれるとはおもいません
うちは精神科や心療内科にも相談しました
なぜ精神科医は宗教に関してちゃんと意見しないんですか

先祖や仏様、神様にいい子と誉めてもらいたいのはわかるんですが
接心ってなんですか?迷惑です。

本当に迷惑です。
ちゃんと現実の社会で修行してください、ちゃんと現実の身の回りの問題について考えているのか
もうなに考えてるかわかりません。真如苑はなにを吹き込んだんですか?

これじゃ精神科で安定剤もらって言い訳にしてるのとかわりありません

乱文すみません、もう真如苑の言い訳はたくさんです


ここに書く意味もなかったんですがつらくて書いてしまいました もう手放しの笑顔が戻ることは無いです

家族はバラバラ、未来は仏様の中と信じているようです、目を覚まして欲しい
[128]地蔵。 05/02/03 23:07 *aEuPz5iukmi*NgDEIdfMru
>>127 心中お察しします。。精神科医が何か言う・・そうですね。
実際かなり難しい。それは最早治療とかではなく、ご本人の人格
(と化した)一部を否定する事にも繋がることもあり、反って悪化させてしまう
可能性もあります。言い訳がましいですが、国や政治屋のお得意先なため、
かつての銀行並みの保護をしているせいで、オウム以降も一向に被害が減らないのだと思ってます。
・・前にも少し言ったことがあるんですが、これは本当に総力戦です。
まずはご家族が少し冷静になっていただいて、充電なさって下さい。

ここには貴方と同じ立場の方が日々戦っておられます。前スレになりますが、
宜しければ11-12月ごろからご覧になってみてください。

>>122 そうですか。なんとなくモー娘。みたいで気に入ってたんですが
ちょっとマンネリかな、と。リクエスト頂いたんで復活させます。はい。
[129]偽の気配 05/02/03 23:27 .idyL1XEC.
お帰りなさいっていうのが気持ち悪 さん。
こんばんは。
地蔵さんがおっしゃっているみたいに、長い闘いを覚悟しなくてはなりません。
うちもそうです。
真如苑の教え、最初のあたりはよいだけに、手ごわいと思います。
あまり思いつめすぎずに、少しずつ対処していくようにしていきましょう。
一気に攻めよせるのは逆効果なのです。
[130]ガッツ 05/02/04 18:26 *X7vo5V37Fu3*6kbNs8LWvM

新興宗教・被害家族の方々に贈ります。

良い事を言いつつ結果的に家庭を壊している新興宗教。
であるから「我々は家庭を壊しているわけではありません」という言い訳が成り立つ。
もちろん信者側にはそんな意識はない。
実践(支払い)しなければ 結果家族が不幸となるあるいは自己にも不幸が降ると言われているから
むしろ家族のため、あるいは生存本能を刺激されて操られているだけ。
しかもその実践には麗しき定義付けがされているから邪まな優越感と使命感で廻りを下に見て驀進するようになる。

「家庭を破壊する」のはカルトの手口であることはもはや解明されていて
信仰の弊害と見られるその事象は カルト教義を精神に、より深く食い込ませる効果を持つ。
そして言うまでもなく廻りからの「迫害」とはキリスト教にもみられるように教勢拡大のための不可欠な要素である。

問題を解決する方法はたった1つ。 知ることだ。

[131]地蔵。 05/02/04 22:01 SS3OPS7PAF
こういう状況だと自然さんなんかは物が言いにくいかもしれません。
しかしこれも苑が現実に引き起こしている業そのものです。
耳をふさがず、目を閉じず、見てみぬふりをせず、しっかりと感じて下さい。

あなたがのほほんと(失礼)苑で悦にいっている間、残された家族がこういう思い
でいることも多々あるということなんです。

[132]初信者 05/02/05 01:15 U5sCZblJUL
地蔵様、お久しぶりです。
先日、接心に行ってしまいました。しかし、それなりの御霊言でした。
しかし、自分がしばらく心離れているのは、おみとうしの様でしたから

変なところでおかしい
様な、信じなければいけない事実もつき付けられます。
また御報告いたします。

[133]一般人 05/02/05 15:15 2bqpL2SKex
96偽の気配さんが教えてくれたHPに良いフレーズがありました。

周りの雰囲気に同調する、親切にされたらお返しをしたくなる、
一度体験すると、自分が選択した結果を肯定したくなる、希少価値の高いものに魅力を感じるなど、
人間に自然に備わった習性を利用して、相手を自分のペースに引き込んでいます。
社会心理学の分野ではこれらの、人が他者にどう影響力を与えるかという観点から研究がなされてきました。
マインド・コントロールはこの社会心理学を巧みに利用し、
相手に違和感を与えないようにしながら、確実に相手を操作=コントロールする方法を編み出しています。

カルトの定義にはいろいろありますが、これはMCについての解析です。
密かにMCを施し搾取するのが カルトと言えるでしょう。

[134]一般人 05/02/05 15:16 2bqpL2SKex
大川さんについては http://nun.nu/www2.synapse.ne.jp/y-maeda/67.htm
このような恐ろしいデタラメを述べてらっしゃいます。 まあどこも50歩100歩なのですが
それなのに 中沢氏など日本の宗教学者は当時 誰一人オウムの非仏教性を揚げませんでした。
「空」ではなく「真我」を説くオウムは あきらかに仏教ではない と、ある学者は言いますがそのとおりで
大乗仏教の時点ですでに逆仏教と化したと言えるかも?しれません。

ブルータスP133「そんな時、友達から「太陽の法」を贈られました。
読むと「心を正しく持てば悪霊は来ない」と書かれ、悪霊に愛で対決するとあった。
そして愛が理論的に説明されていた。これこそ物質科学と心の科学のリンクだと思いました。
宗教というより自己の精神を高めていく、心のライフスタイルという意識で入会しました」景山民夫

↑ これは部外者のわたしから見ても説得力はあるのだが・・ww
笑えるその組織実態はこちら 
http://nun.nu/odin.prohosting.com/~koufuku/

説法に説得力あるのは当然で、人を集める意図です。
私としましては広く浅くではないですがやはりオールラウンドな視点というものが大事との考えで
真如苑も一時は体験して、MCされて
その後にまっさらな眼で見て実態を掴みましたしそれはやはり「無我の立ち位置」であると考えています。

営利のシステム。 103地蔵さんの意見と重なりますが簡単に言うと
利益をあげるには 他から奪うか、客を獲得し永続的リピーターとし、経費を削減することであり
さらにはそれが合法的で免税であれば、言うことはないだろう。となります。

[135]一般人 05/02/05 15:18 2bqpL2SKex

「因縁にお任せする」

>99何より、教主様が法流血脈を相承されていることが、仏様の道を歩ませていただけているという証
これはとても仏教とは呼べない思慮と言えます。
「権威主義」は釈迦は完全否定してます。 仏教は権威主義などから解き放つ教えです。
そもそも何かを崇拝するってことが非仏教的行為です。

>81「仏様にお任せすると言う事が本当だな…」
「仏様にお任せする」というのは??ですね。 鎌倉仏教の悪影響でしょうか。

仏教とは 「法前仏後」であり、釈迦が居ようが居まいが「法」はあらかじめ存在していて、ゆえに「常住」です。
まあニュートンが万有引力(法)を見つけたような感じでしょうか。 万有引力もまた常住です。
仏の精神もまた常住だが 仏はとっくに入滅して骨だけ残る。
「仏様にお任せする」ではなく「因縁(法)にお任せする」と言えばいいのです。

[136]一般人2 05/02/05 16:04 GbarMINedB
そうそう初信者さんが感じているように接心にいくと見透かされていると感じることよくあり、不思議だなと思います。今、真如苑から身をひくべきか否か、しかし自分勝手ながら守ってもらいたいとは思うし、宗教のための時間をさいていることにストレスがたまるのも事実なんですよね。何をするにも経親にご報告,相談とあまり会ったことの無い人には導き親よりもずっと話しにくいですし、いやですね。こんなグループ活動が負担になります。ことしは流されず、しっかり見極めて、負担の方が大きいと感じたなら、やめようとおもいます。
[137]地蔵。 05/02/06 22:12 5g1ed4j.mZ
見透かされて・・ですか。案外そういう「不信に揺れてる」状態は言外に
相手に伝わりますから、導き親たちなどがそれを敏感に察知して上司に報告し、
それがさも「御零言」で摩訶不思議に言い当てたぞ、と芝居仕立てで
演出してくれただけのような気がします。電話とかだけでもそういうのは
わかりますからね。ちょっと観察力のある者なら十分わかる範囲だと思いますよ。

むしろそういう「オカルトを信じやすい」自分の弱さに注意すべきだと思います。

そういう人は存外意外性に弱く、ちょっと新鮮な驚きに出会うと、すぐ信用して
どうでもいいものを買ってしまったりしやすい・・つまりカモ・・傾向がありますから。

騙され続けの人生になりませんよう!
[138]立川流 05/02/06 23:28 PlerfG7r5y
地蔵さん

自然さんの書き込みを読んでみても所詮苑からの情報に過ぎず
教相とはかけ離れたものであって単なる洗脳ですよね。

伊藤真乗が集約した三つの歩みも所詮事相とは言えないし。

苑の教学をもって伝統仏教との差別化を論じて頂ける真如苑信徒は皆無なのでしょうね。
[139]地蔵。 05/02/07 12:13 t9FLbQtg.K
立川さん
今のところは その通りでしょうね。というか論じようにも、私は導き親に
密教として(身口意の三密すらないので)の疑問を論じようとしたのですが
「難しい事は(事相や真言宗としての教義の解釈など)出家にお任せして、
私達(在家?)は三つの歩みを実践するのが大事だから」と言われ、大前提をあっさりと
丸投げして、ただただ増殖に励めとする利権団体なんだとわかっちゃいましたから・・。

確かに真言宗を知りたいと思ってこういうところに近づく人はいないでしょうからね。
私も印の一つも学べるかと下心があったんですが。アホでした。

救われたい人が大部分を構成してるからでしょうね。印がどうの、お経がどうのなんて
どうでもいいんでしょう。「だって在家だもん」って言い切られちゃいましたから。

だから教学や事相を説明できなくてもいいんだ、いやむしろ出来なくて当たり前だと
なりますね。

問題は家族がはまってしまって危機に瀕している方々の日常です。
[140]講釈師 05/02/07 13:13 F5eJSzCsgb
立川流様 地蔵様。
いくら苑徒の人に教学を言っても無理だと思います。

「 悟りを開くには 」 = 六波羅蜜の修行
「 謙虚に素直に馬鹿になりたい 」=3つの歩み+接心+立川詣+伊藤家崇拝

ですので、釈尊や涅槃経を持ち出しても聞く耳を持たないのだと思われます。
八卦見+狐ツキの除霊+馬鹿の霊能者に聞いても同じだと思われます。
「 大宇の創源 真如霊界 」にしても、難しい経文ではないし、英語でもないのに、
意味もわからず唱えているだけ。
ただ、伊藤文明氏の軌跡だけを憶えているだけ。

「 なかよし倶楽部 」で「 ままごと仏教 」を餌に「 お手軽修行 」では、
会話は成り立たないのでしょう。

自然様
チューラパンタカの説話を検索で読まして頂きました。
苑での説話は境内掃除の動機付けで終わっていませんか。
名前の札を荷っていた=食用のミョウガまでの話がありましたか。
パソコン環境が整っているのだから一歩も二歩も先の知識を得てください。

[141]立川流 05/02/07 21:29 PlerfG7rzL
地蔵さん

>私も印の一つも学べるかと下心があったんですが・・・

在家では金剛合掌で充分ですよね。
私も普賢菩薩印や外縛印など授かりましたが
使い道がありませんので・・・・。


講釈師さん

私が現在愛読しているのが
『秘密事相の解説』 田中海応

在家とは無縁の世界ですが
とても勉強になりますよ。
[142]地蔵。 05/02/07 23:22 .9O5L9Wr0S
むー。ちょっと飛ばしすぎましたか。自然さん、また来てくださいね・・。
[143]一般人 05/02/08 21:50 FesgWDDWkX
袋叩きはダメですよ袋叩きは。
もちろん気持ちは分かりますが皮肉るとかじゃなくて
淡々と普通に真実を述べたいものです。ただ
>139「難しい事は(事相や真言宗としての教義の解釈など)出家にお任せして、
>私達(在家?)は三つの歩みを実践するのが大事だから」と言われ、大前提をあっさりと丸投げして、
>ただただ増殖に励め
の部分は溜息ですね。w

>私が現在愛読しているのが『秘密事相の解説』 田中海応
羨ましい。博識な皆様、チラッとでもその内容ご紹介頂ければより有益なスレとなりましょう。


[144]立川流 05/02/09 21:35 PlerfG7rmN
>チラッとでもその内容ご紹介頂ければより有益なスレとなりましょう。

『秘密事相の解説』

目 次 概 要

一部、事相入門 事相と教相・・・法とは何ぞや・・・血脈相承・・・四度概説・・・標幟概説・・・修法種類・・・両部曼荼羅・・・色について・・・念珠について・・・供養の語義・・・五眼について・・・加持祈祷の語義・・・梵讃・・・聖教について
二部、十八道行法 十八道の意義・・・十八道の目的・・・十八道の本書・・・修法の組織・・・十八道次第
三部、金胎両部 金剛界行法・・・胎蔵界行法
四部、護摩 修行するまで・・・行法
五部、灌頂 灌頂の由来・・・灌頂の名義・・・灌頂の種類・・・灌頂史観・・・三摩耶戒・・・密教の戒律・・・灌頂に於ける印可・・・ 灌頂作法顕探義記・・・初金後胎と初胎後金・・・檀荘図・・・結縁灌頂並作法・・・受明灌頂並作法・・・伝法灌頂並作法 ・・・庭儀灌頂・・・灌頂の功徳灌頂・・・灌頂用諸真言句義釈・・・地図と敷曼荼羅・・・宝冠について・・・瓶について・・・ 五宝・五薬・五香・五穀の表示・・・大阿供養法
六部、伝法院流中性院流 伝法院流・・・中性院流

講釈師さん
たくさんの本を読まれているいるみたいですがどうでしょうか?

自然さん
真如苑という狭い枠の中での知識、情報に偏らずに
もっと広い視野を持って自己の信仰を見出せるようお祈り申し上げます。

合掌
[145]講釈師 05/02/10 12:28 HfUO0Gp/
立川流様
イスラームや新約聖書、旧約聖書のダイジェスト版を読む程度でとてもとてもです。

昨日は旧暦の正月=月齢が0でして、月の満ち欠けが農耕民族に多大な影響を及ぼしています。
というか、昨夜は興奮して、深夜までニュース番組をハシゴしてました。
スポーツという代理戦争で鬱積を晴らすような民族意識が中庸で適度だと思われます。

こちら関西では、「 阿含の星祭り 」のCMがバンバン流れています。
昔、お世話になったリハビリの先生に阿含宗に勧誘されかけました。
その当時ならどうでしょう。
もちろんパソコンもなく、どこで情報を仕入れたのでしょう。
口コミだけが頼りだったのでしょうか。
[146]初信者 05/02/11 01:53 RAh9c2zQle
講釈師様、お久しぶりです。講釈師様はすごいですね!仏事の事にどんどんと
知識を深められていらっしゃるようで、とても自分では付いて行ける速度
ではありません。
これも、自分が在住で経親さんとか、導き親と接触とか教義が無いせいですね。だと、
自分は認識します。
自分の立場は、真如苑についていくらでも自分なりの考えで付き合っていける
のだから!そんな処で様子見てます。
良きにし、悪しきにし(悪は考え難い、皆さんに突っ込まれそうですけど
個人の信心に合う方も居る)色々、頭と心でみき分けて行こうとおもいます。
もしかしたら、初信者返上なるかも・・・!嘘です。悩んでますm(−−)m

[147]初信者 05/02/11 02:32 V5pP36ZzPk
講釈師様、お久しぶりです。講釈師様はすごいですね!仏事の事にどんどんと
知識を深められていらっしゃるようで、とても自分では付いて行ける速度
ではありません。
これも、自分が在住で経親さんとか、導き親と接触とか教義が無いせいですね。だと、
自分は認識します。
自分の立場は、真如苑についていくらでも自分なりの考えで付き合っていける
のだから!そんな処で様子見てます。
良きにし、悪しきにし(悪は考え難い、皆さんに突っ込まれそうですけど
個人の信心に合う方も居る)色々、頭と心でみき分けて行こうとおもいます。
もしかしたら、初信者返上なるかも・・・!嘘です。悩んでますm(−−)m

[148]初信者 05/02/11 02:49 V5pP3xFowR
二回も出してしまいました。ごめんなさい。
[149]下品。 05/02/11 12:58 3a68DgyutX
はじめまして 入信から10年目を数える真如教徒でございます。
真如苑のある暮らしを一生懸命に過ごしてまいりましたが、最近になって突然 自我に目覚めたというか入信以前の自分にもどってしまったのです。

きっかけは ひとつに、入信当時 疑問に思っていた答えが 真如苑の10年間の中にではなく この掲示板にあったということでしょうか。

振り返ると 真如苑の教徒である私共夫婦は、暮らしの中に教えがありながらも 常に崩壊しておりました。

真如苑の教えがすべてと信じた哀れな家族でございます。

これから家族の眼を開けなければなりませんが、出来るかどうか。
[150]地蔵。 05/02/11 17:15 F5eJSQOAqi
はじめまして、下品。さま。
>振り返ると 真如苑の教徒である私共夫婦は、暮らしの中に教えが
ありながらも 常に崩壊しておりました。

この辺りの洞察が素晴しいと思う反面、一体何があったのか、
非常に気になるところです。おそらく崩壊とまで言われるからには
仲良い家族関係とは言えない状態なんでしょう。

その辺りを指摘しつつ家族にも目を覚ましていただくよう促す形になると
思いますが、どうかあせらず、説教や自分の体験談一辺倒に偏りませんよう!

僭越ながら一言申し上げます。

>>148 初信者さん、お久しぶりです。お元気そうで。
講釈師さん、「一目でわかる真言密教」だか、薄いんですがビジュアルで
「吽字義」とかまで解説してる、なかなかいいのがありました!皆さんにも
お勧めです。自分はその時荷物が多かったので買わなかったのをすごい後悔中です。
ブックサービスを使うか・。

[151]疑問視 05/02/11 17:41 EkqdEzbEKP
下品さま。わたしも疑問におもいながら籍をおいている者です。いいと思うところは家族にたいして感謝することに改めて気がつけた。主人をもっと大切にする。などです。いくら歩んでても家族のことそっちのけで、取り組みをして家事全般をおこたるなどしていたらやる意味ないです。いま自分がどんな状況にいるかを把握して、元の自分たちに真如苑に頼らず、もどっていったらいいのでは。初心に帰ってもういちど見つめなおし、なにが崩壊の原因なのかをさぐることですよ。一度には無理ですが、ひとつずつ、やってみてください。人を変えようと思ったら自分がかわればいいんですよ。必ず、変わりますよ。

[152]下品。 05/02/11 21:50 YXYWVcPV5c
はじめまして、地蔵。さま お心使い有難うございます。

私の家内は、長く真如苑の信仰を持つ一家の人でありました。 私の入信は家内の母によるもので婚約中でした。 承諾を得ることのない一方的な行為に人間同士として疑問に思ったものです。

今思うと、この不信感を拭いきれずに今日に至った生活は壊れて当然でしょうし、案の定 子供たちの存在だけが家族のかたちを整えてくれています。

はじめまして、疑問視さま お心使い有難うございます。

「行うは難し」ですが 取り組んでいきます。
[153]153 05/02/11 23:21 JH24wkOU24
最近私も疑問に思いはじめた信者の一人です。あのうひとつ質問してもよろしいでしょうか。
ペーパー信者とは何でしょうか。また、この人は月会費だけ支払って接心は受けていないのでしょうか。
お願いいたします。
[154]154 05/02/11 23:27 JH24wkOU24
脱会したいです。どのようにしたら良いでしょうか。本当に悩んでいます。
是非詳しくお願いいたします。また、脱会するとたたりとかあるのでしょうか。
怖いです。
[155]悩み姫 05/02/12 00:03 JH24wkOU24
こんばんは。いつも三つのあゆみのことを接心で言われています。
私はお助けが出来ません。なぜなら相手にお金を出してもらうことに抵抗を感じるからです。
なぜ仏道にお金が絡むのでしょうか。お布施なのに毎回毎回要求されます。私の知り合いにかんぎのためにパートをしたり
してお金を作っています。かんぎおごまは集金システムと言われていますが、これも月1.2ぐらいに回ってきます。
あまり詳しく分からないままにお金を払っています。それとたいして何も頑張っていないときに『両童子さまが喜んでいらっしゃいますよ」
といわれたり認められるために頑張っても「かんぎおたすけご奉仕」といわれへこんでいます。
やはりお金目当てなのでしょうか。私にはこれといった体験談がなく相手を導く説得力がありません。
でもすじ親さんはおたすけ・おたすけといいます。おたすけができなかったらかんぎでもいいといわれますが、そのすじでお金の集金到達目標などあるのでしょうか。
私はもうやめたい気分です・・・・・・
[156]一般人 05/02/12 01:21 QOKjhT2.Il
立川流サン概要提示ありがとうございます。^^

真如苑には元来利他的な方も多いと思います。
そしてそれだけに、その清浄な人の心を欲で釣って歪めてしまう真如苑は許せないわけです。
信者の方々には、組織の言う利他=教団貢献じゃなくて、自分が思う利他行為を行って欲しいですね。
じつは単に営利的に利用されてるだけなんですよ。

それと 接心の的中性に驚く前に、いろいろ調べてみましょうね。
組織は「上求菩提」によって個人事情を収集し、接心に反映させているという意見もありますが、
たとえば
導き親に嘘情報流したり、すでに結果が分かってることなどを尋ねたりして、「まず疑って験してみること」ですね。

そもそも組織や信者の様態をみても
中身は仏教とはかけ離れた、明らかに危険な新興宗教なのですから、疑わないことの方が不自然なのですが。
もちろん信じる(現実からの甘美な逃避)のも自由ですが その前にカルトおよびMCを学ぶべきでしょう。

ちなみに真如苑には確かに霊力みたいなものは在ると思いますが、ただしそれは「悪い霊力」だと思います。


149下品。さん 初めまして。
>入信当時 疑問に思っていた答えが 真如苑の10年間の中にではなく この掲示板にあったということ
よろしければどのフレーズに感銘を受けられたのか、教えていただけないでしょうか。

153さん 初めまして。
>ペーパー信者とは何でしょうか。
籍だけ信者でしょう。会費を払わなければ、親会員が肩代わりして支払うシステムになっています。
>脱会するとたたりとかあるのでしょうか。怖いです。
あると思えばあるし、無いと思えば無いッス。 辞めるとむしろ、仏眼がどんどん開きます。

155悩み姫さん 初めまして。
>お金の集金到達目標などあるのでしょうか。
営利企業ですからあるでしょうね。そもそも「お金集め」が教団のスローガンですし。
わたくし久々に経親にTELした際、「とにかく献金しなさい」って言われましたw はあ。


[157]悩み姫 05/02/12 07:03 JH24wkOU24
一般人さんおはようございます。回答ありがとうございます。なんだかとってもうれしいです。この間の接心の時に隣の人が「あなたのご先祖様に足の悪い方がいらっしゃいます・・」
とか何とか言っていました。すると受けていた人は『はい、今私は片足が悪いです」といいました。すると霊能者は『だから貴方が今足が悪いのです」といいました。でもそのひと足が悪いのにちゃんと正座していたのが不思議でした。
時たま接心の内容があたる時があるのですがこれはどう解釈すればいいのでしょうか。わたしは本来あまりすじ親さんにはぺらぺら話をするほうではないので、内容を知っているとは思えません。なので時々当る接心にすごいと思っていました。これはどのようなことでしょうか。やっぱりあたるのかな。
それとまだ気になることがあります。「ぼうけいのご先祖様に・・・された方がいらっしゃいます。この方のおせがきを」という内容でした。なのでせっせとおせがきをさせていただいたのですが七回してあげないとだめといわれ今ではとても多くのかたのおせがきをしています。もう大変です。これからもきっと増えるのでしょうね。ほんとかいな。ってかんじです。
[158]158 05/02/12 08:42 JH24wkOU24
最近考えることがあります。自分が助かりたいためには相手を導かないといけないですと言われて、お助けばかりいわれます。いいお寺があるといって勧誘して名前を書いてもらうともう会員なのですか。相手があたしやめると
いったら、退会届を書かすのですか、また、5人集めるためにその人を退会させずに籍だけ残して会費は自分持ちというのは変です。私の周りにもいます。何か信じられなくなりました。これならおじちゃんおばあちゃんが眠っているお寺に行ってお布施してきたほうがいい感じかな。とにかく会費なんておかしいですよ。宗教サークルみたい。私は思います。病気で募金されている人にカンパしたほうがいいかなって。その人が手術に成功して元気になった姿をテレビで見ると人助けに少しでも役に立ったなんて思います。
[159]下品。 05/02/12 09:48 .Dyh8dmvV/
はじめまして、一般人さま。

>どのフレーズに・・・・
どなたのどのフレーズかは曖昧ですが、奥様が真如教徒になっていまい その導き親に対してくやしい思いを綴っている方のご意見が私には印象的でした。

私が取り組んでいる真如苑は、確実に人を苦しめていると知りました。

私の場合「お釈迦様の教えだから」と言われたのですが、真如苑の10年間に それらしき教えがありませんでした。
私の浅い知識にも 仏陀は理論派の人と認識しておりますが真如苑には それがありません。
それもそのはず 霊界、霊能を説くためには、仏陀の理路整然は退けられなくてはならないからです。

かの困っているご主人さまの苦悩を知った時、やはりこの教団は仏教とは関係のない「団体」なのかと思った次第です。
[160]講釈師 05/02/12 12:01 nhy.NwHVWr
かの困っているご主人(私?)です。
真顔で戯言を「 信じる、信じれるように成りたい。」と言われたときは、
さすがに接心をこのまま続けるのは危険と感じました。

「 個人崇拝 」「 現世利益 」「 奇跡信仰 」が新興宗教の売りです。
確かに、勧誘をしなければ新興宗教は成り立ちませんが、
もし一人が5〜6人を勧誘し続ければ10代で日本の人口を突破します。
責任感と少しの想像力があれば、宗教の勧誘なぞは出来ません。

接心とは、良く当たる「 占い 」なのでしょう。
しかし、その代償が一生続く境内掃除や献金ならば費用対効果からも疑問です。
「 当たるも八卦、当たらぬも八卦 」と鷹揚に構えられれば良いのでは。
決して明日の天変地異は占いでは予言できません。

今の事象は原因があり結果とするならば、決して先祖の誤った信仰ではないはずです。
奈良の女児誘拐殺人や愛知の乳児殺人を「 先祖の‥‥‥ 。」と
言い切れる、考えるだけでも恐ろしいです。( 例えに出してすみません。)

苑の奴隷となるよりも、生み育ててくれた親の下僕になられる方が‥‥‥。
[161]通りすがりの者 05/02/12 19:39 yhcgYZY6Ap
はじめまして、皆様。
実は、隣人から真如苑に誘われたので、真如苑について調べようと思いネットサーフィンしていたところ、この掲示板にたどり着きました。
さっそく皆様に質問があります。
@「年会費2000円だけで十分」と言われたが、実際にはもっと「お布施」とかを支払わなければならないのではないでしょうか?
A仮に入会したとしたら、脱会するのは難しいのではないでしょうか?
B私には教義が理解できません。皆様には理解できますか?
Cどうして創価学会と対立しているのでしょうか? また、入会したら私生活で創価学会との争いに巻き込まれるのではないでしょうか?
たくさん質問してすみませんm(_ _)m
[162]通りすがりの者 05/02/12 19:45 yhcgYZY6Ap
すいません。もう1つ質問があります。
Dもし私が入会しなければ隣人は罰せられるのでしょうか? また、私の自宅に信者が押しかけてくることはないでしょうか?(隣人なのでたぶん住所はばれるの思うのですが)
[163]一般人 05/02/12 21:53 xcJcovJ0Od
161通りすがりの者さん はじめまして。
>@「年会費2000円だけで十分」
年会費は2400円くらい。他に修行費がいろいろかかります。年間数十万用意すればとりあえずOKです。
>A仮に入会したとしたら、脱会するのは難しいのではないでしょうか?
たぶん事務局行って信者ナンバーを提示して脱退届けを提出すればOKです。
ただし侮辱されたりとか、精神的な被害は覚悟してください。
>B私には教義が理解できません。皆様には理解できますか?
過去レスを見て下さい。
>Cどうして創価学会と対立しているのでしょうか?
>また、入会したら私生活で創価学会との争いに巻き込まれるのではないでしょうか?
創生期から創価との確執はあったみたいです。ライバル団体だから敵視してますが、大事にはならんでしょう。
>Dもし私が入会しなければ隣人は罰せられるのでしょうか?
>また、私の自宅に信者が押しかけてくることはないでしょうか?
隣人さんは昇格したいから勧誘してくるので、放っときましょう。
洗脳されたら自分の家を集会場にしてしまうようになります。 速めに除菌しましょう。


[164]一般人 05/02/12 21:58 FesgWDDWdv
あのですね、とりあえずみなさん他教団の実態をご覧下さい。
134でもご紹介させていただきましたがほとんど同じッス。教団の目的も同じッス。
とりあえずこちらのサイトをご紹介させていただきます。
カルト宗教とは? 
http://nun.nu/ww4.tiki.ne.jp/~enkoji/sinkousyuukyou.html

接心については懐かしい思い出がありますねえ。
157悩み姫さん「あなたのご先祖様に足の悪い方がいらっしゃいます・・」 これ私の時もありましたよー。
足が悪い人が多く入信するのか 教主の息子の因縁が移って悪くなってしまうのか知りませんが。
>時々当る接心にすごいと思っていました。
よく当てる悪質な占い師なんて多いですから。
それ以前に、悪霊界が動いてたとえば健康な人に呪い掛けて入信させ、「払えば治りますよ」と言ってるかも。
もちろんそんな霊的仕掛けは私の予想ですが、
救済なのか、じつは仕掛けられた霊的商法なのか、見分けることが大事ではないでしょうか。

>おせがきをさせていただいたのですが七回してあげないとだめといわれ
七回も払わないと効果が無いのはそれだけ真如霊力が弱いということでしょうね。
私はそもそもご利益欲しくないから払う動機もありません。
しかも我が家系の先祖はあの世で楽しくやっていますし私が先祖になっても子孫を不幸にしないです。
供養はしますが挨拶みたいなものです。 とにかく心の問題なのですからこれからは一銭も払わないで貯金しましょう。

>158さん
>自分が助かりたいためには相手を導かないといけないですと
「ご利益欲しい人は勧誘しなさい」という典型的ご利益信心新興宗教ですね。
>名前を書いてもらうともう会員なのですか。
たしか本部だと地下1階の窓口でしたか。そこで入信申し込み書にサインですね。
>会費なんておかしいですよ。
それはしょうがないと思いますけどw
どうしても勧誘対象は限られますから幽霊会員による水増し納金も重要な集金法なのでしょう。


[165]一般人 05/02/12 21:59 FesgWDDWdv
>159下品。さんありがとうございます。
>霊界、霊能を説くためには、仏陀の理路整然は退けられなくてはならないからです。
そのとおりですね。

「宗教」

たとえば両童子が霊界から守ってくれるとかアッラーに従えば実体としての天国に行けて
そこには凄くおいしいお酒があって飲み放題だとかキリストの復活を信じさえすれば永遠の命が貰えるとか
の妄想的な教義に固執、信奉する のが「宗教」と言えます。
「これを信じろ」「信じます」 信じなければ成立しないのが信仰です。

反して「仏教」とは 固執ではなく解脱、信奉というより覚醒・理解を目指すものなので、
妄想的な性質はとても少なく、縁起論による宗教風「哲学」と言い切ってよいかと思います。
(実際仏教には古今東西の哲学理論と合致する部分は枚挙に暇がなく、宗教と合致する部分は少ない)

しかしながら、ではなぜ大乗仏教はドグマに固執する、信じる性質を多分に保有するのか??
そのことについて大阿闍梨である真乗さんは、知ってか知らずか 語られてはいないようですね。

あと、異論反論大歓迎です。ので皆さんぜひぜひ指摘ご教授下さいね。よろしく。


[166]166 05/02/12 23:23 3XmXvJu0ZJ
接しんの裏舞台が知りたいです。
[167]167 05/02/13 00:09 xWl5Bvaci3
なら霊能者になりなされ。
[168]Valentine 05/02/13 00:41 *VoX/LweYnYR*X7JNHTC5OG
立川にナンパでもしにいくかな。
[169]166 05/02/13 08:30 3XmXvKFZ7C
霊能者になるためには50人勧誘しなければならないのですか。接しんマニュアルの内容を教えてください。お願い致します。
[170]200 05/02/13 16:35 3XmXvovhaH
私、とうとう退会いたしました。長年参坐しておりましたが疑問が疑問を呼び、見切りをつけるために苑を去りました。今ではマインドコントロールも解除され一からの出発ですが、因縁まみれの世の中で人間らしく生きていきます。今思えば、変な感じのお経から始まり体験談のプループ、すばらしい教えと諭され足を運んだ大阪精舎・悠音精舎はお金がかかり過ぎと思い客観的に教主は儲かっているなーと思いました。私が払った歓喜も熱心な信者さんのようには多額には払えませんが苑内の植木の一部くらいにはなっていると思います。私が決心した理由はやはりついていけないからです。家族を巻き込むことにとても抵抗がありました。家族は私のすることに口を出しませんが理解してくれる姿に有難さを感じながら、これでいいのかなーと思いながらご奉仕・寒修行・接心・お助けを重ねていきました。しかしもう何十年も前でしょうか、私が学生の時に○○○ディという週間情報雑誌に後継者問題で家庭内騒動が取りだされているのを見ていて宗教家もだだの人間、と思っておりましたがどういうわけかそこに入団することになり興味本位でした。しかし私の求める本当の幸せはそこにはありませんでした。なぜならばこれ以上進むと家族がばらばらになると感じたからです。家族の者がこの教えを信じ始めようとしたからです。ふつう信者なら大喜びですが、私は逆に大変だと思いました。金まみれの宗教に家族には関わってほしくないからです。和合といいながら教主さんのご家庭はばらばら。仏の力でもだめってことですよね。人間イイコトもあれば悪いこともある。捨てる神あれば、拾う神がある。病気になれば神仏に頼ることなく人間のお医者サンにまかせて見ればいいし。
対人関係ならば、おごまにたよらず相手のいいところを見つけて接すれば必ずあいても変化すると思います。わたしもお金(おごま・おせがき)払えば何とかなると思いましたが、ぜんぜん相手は変わりませんでした。二分の一の確立でうまくいけばおかげで、いかなかったら徳が足らないと言われる、それがいやでした。それに教主さんは以前普通のサラリーマンってうのがまゆつばもん。子供の時から神童だった方が神秘的だったな。でもこれからは先祖供養もよそで続けます。お金はとっても大事ですよ。わたしは宝くじを時々買います。当たりませんがそのお金は別に損したとは思いませんが、苑の建物を見ると?????と思います。
それと地方の苑の人数を見ていても少なくて、すばらしい教えなら口コミでもっと人が鈴なりになってもいいと思うのは私だけでしょうか。
[171]T.T 05/02/13 17:49 fXUr8Yjnja
はじめまして。私は通りすがりの一般人ですが、真如苑のことについて話が
聞きたくて投稿しました。私も宗教をしていますが、真如苑のことについて
簡単に教えていただきますか?よろしくお願いします。
[172]M2Bの英雄 05/02/13 18:52 *el.snqs1Pv6*bD6orgnzD8
>>171 君は「宗教で家を建てた」人でしょ?
[173]通りすがりの者 05/02/13 23:41 7erlpB9h.k
>一般人さん
非常に丁寧に答えていただきありがとうございました。
もとから入会する気はありませんでしたが、このスレを見てその気持ちがいっそう強まりました。
隣人にはきっぱりと断るつもりです。
[174]講釈師 05/02/14 16:52 F5eJSzCsp2
接心についての講釈師なりの考察
すばらしい手品を見て、「 それがどうした。」とひねくれた人間に成るのも、どうかと思いますが、
あまりに素直すぎて、「 超能力だ。」と信じてしまうのも、どうかと思います。
Mr.マリックの手品を「 絶対にネタを見破ってやろう。」と構えるのも、「 おいしい客 」に思えます。

言葉では簡単に「 現在 」「 過去 」「 未来 」と表現できますが、
個人の過去、現在の環境を「 知る、知っている 」という事と、未来を「 知る 」という事には、
天と地ほどの差がある、というよりも全然「 次元 」が違います。

「 貴方は10才の時、両親が離婚しましたね。」 ⇒ピンポン 正解。
「 貴方は15才の時、交通事故に遭いましたね。」⇒ピンポン 正解。
「 貴方の親戚に、障害者の方が居ますね。」 ⇒ピンポン 正解。
心の中で拍手を送りましょう。
だからどうなの?。
貴方の過去、現在の環境を知っている = 貴方の未来が解る、イコールには絶対になりません。
自分の過去、現在の環境をもっとも詳しく知っているのは自分自身です。

歳を重ねる毎に、可能な選択肢がどんどん狭まり、漠然とではありますが将来が見えて来ます。
それが貴方の、私の未来です。
努力をすれば、将来の選択肢は広まりますが、奇跡は起きません。
しごく当たり前の事です。

その昔、私が中学生の頃、「 メビウスの帯 」− なぜ裏表がないのかを一晩考えて、
クラスの前で発表しましたが、級友はあまり納得しなかったのを思い出しました。
未だまとまっていないですが、今日現在の考察でした。
[175]偽の気配 05/02/15 22:12 AolL.j4HcM
お久しぶりです。

講釈師さんのおっしゃるとおりですね。
それに、悟りの境地にいたること=人の未来が見えること、ではないと思います。

真如の教えは、一見よさげにみえることがあるかもしれませんし
耳障りのいい言葉や、人のよさそうな人たちを眼にすることが多いかと思います。
多くは、悪意を持っている人ではないと思いますが、
信じるあまり、盲目になってしまって、自ら考えることを放棄してしまっているように思います。
これも、真如の「教え」の「おかげ」なのでしょう。
伊藤家を擁護していくのでなければ、冷静に見つめなおしてみることが大切だと感じます。

「伊藤家の食卓」は役に立ちますが、「伊藤家の宗教」はいただけません。


[176]地蔵。 05/02/16 00:28 .9O5LG4pXC
>>152 そうでしたか・・。想像するに入信が婚約の条件みたいな雰囲気もあったと思います。
四面楚歌状態にお感じかもしれませんが、どうかこの板でいろいろすっきりさせて下さい。

ところでHNの下品。=下品上生とかから来てますか?阿弥陀の極楽往生九品の。
いや、だったら深いな〜っと思いまして。
[177]下品。 05/02/16 08:44 8t49Ps.rgZ
地蔵。さま
そう言われると 婚約の条件だったのでしょうね。 鑑定接心に取り組んだことを後に知らされましたが、当時 何も知らない私は、生涯の連れ合いを他人に決定してもらうのかと ハニワ顔になりましたが。

しかし そんなスタートから10年たった今、この板に辿り着いて、いろいろとすっきりさせてもらいながら 世間の人々の中へソフトランデイングしていく私の姿を 霊能者といえども また真如霊界といえども知る術がなかったのでしょうね。

HNの下品。ですが なんにも深くないんです、恐縮でございます。

私は、人を傷つけたことも 悲しませたことも ありますし、さらに訳のわからない「 団体 」に参加して他所さまに迷惑を及ぼしてきました。
このような者の死に際して来迎はけっしてありませんし、 九品印の最低ランクの下品下生に間違いがございませんので HNを下品。といたしました。
[178]講釈師 05/02/16 12:15 AoqiOcD63L
下品。様 貴方様の不思議に思っていたHNの意味がわかりました。
おかげで「 下品下生 」より検索を架けて良心的なコラムを発見しました。
ありがとうございました。

偽の気配様 お久しぶりです。
「 保証人の判をつくな。」
「 私の遺骨は、空から撒いてくれ(私の入るお墓はないので)。」
「 真如苑とは縁を切ってくれ。」
と洒落が半分、本気が半分で遺言を言い渡しています。
履行するかどうかは知る術はないですが、一定の足かせにはなるでしょう。

まだまだ寒いですが、春が近づいてきました。
プロ野球のチケットも売り出され、開幕戦に行ってきます。
これもPC−ネットのおかげです。
[179]下品。 05/02/16 17:23 jEz.GtoKbT
講釈師さま はじめまして。

つい数日前まで 私は真如教徒でございました。 私が、あなたさまに近い生活環境にあったなら 奥様を真如苑に導いたのは私だったのかもしれません。
加害者側の人間に映っていることを承知しております。 ですから今まで講釈師さまへ ひとことも書けませんでした。
そこへお礼を言われては ひとたまりもございません。

一日も早く、幸せなご家庭に戻られますことを願ってやみません。
非常に月並みでございますけれど どうかご挨拶にかえさせて下さい。

                  失礼致します。 
[180]講釈師 05/02/16 20:22 AoqiOcD63L
下品様。 私は「 打たれ弱い 」ので恐縮します。
教えていただく事も多々有りますので、こちらからもよろしくお願いします。

私は「 信教の自由も認めない、了見の狭い人間 」と思われたくないので、
この板で情報を仕入れています。
私の身内の導き親、経親は「 人として申し開きが出来ない事 」を私に対して、
行ったので、強気になれるのです。
もしこれが原因で身内と縁が切れたのなら、怒鳴り込みに行く覚悟は出来ています。

世の中には「 へんな理屈を振りかざして 」怒鳴る人、そういう人も居る、
と考えて宗教の勧誘をして欲しいのです。

この街は学会員さんも多数住んで居られます。
葬儀も参加しましたが「 友人葬 」で支部長?さんが読経を詠んでいました。
私は決して入会はしませんが、ある種「 お仲間 」が居て羨ましくも思いました。
こちらに火の粉さえ飛んでこなければ、どうぞご勝手に、というスタンスです。
[181]一般人 05/02/22 01:35 xWui7qsK7h
あんまりスレと関係ないかもですが・・・
最近ハナゲが凄いんですよ。 このまえ新記録で、1.3mm!のゴウモウでした。
ハナゲの因縁かな。。


[182]地蔵。 05/02/22 09:48 8.KuIq/XRm
>>181 花粉か何かで反応して、かも知れません。私も関係ない話でアレですが、
名古屋、静岡、岐阜のそれぞれで、太くなったり急に伸びたりしました。
面白いのは、各県で伸びる部位が奥だったり手前だけだったりと、明らかに
反応するところが違うということです。山奥だった岐阜は寒いせいか、すごい早さでした。
[183]下品。 05/02/23 20:20 68oB8c9GTG
たくさんの真如青年が、この板を見ていますので 近況を報告したいと思います。
教えから去ったことを数名の方々に知らせる必要がありましたが 昨日、経親のPCに「真如苑に疑問をもって 教えをストップした」と、連絡しました。それに対してまだ何もありませんが。
私の経親について少し書いておきます。

私の経は、苑の中では歴史が古い方で現在の経親は、苑のいうところの教えの二代目で継承経親になります。 現在霊能に座っておりまして、青年の頃の写真が、小さくですが「一如の道」に載っています。
総本部の事務局でお仕えする霊能者をご主人にもっておりまして、学生の頃から真如苑ひとすじに生きてきた人です。

私の自宅は、毎月 家庭集会の開催場所になっておりまして、そして私の導き親の所属 数十名を近い将来 私が受け持って、経立てをすることになっておりましたので 今、迷って墜ちて行く私の行動が 経、全体として非常にマズイということを認識しているわけです。

この板を見ている真如青年の方、「毒が入るから見ないように」と言われているでしょうが、私への経親からのアクション等を次回、記したいと思います。

それと、今さら引き返すことが出来ない教徒の方はたくさんいますね。
私の導き親はまもなく70才になろうとしています、真実を告げるよりもいっそこのまま人生 終わったほうが幸せかもしれないと考えています。

真如青年の方、 地蔵。さま、一般人さま、講釈師さま、その他たくさんの方のレスを読んで 自身を取り戻してほしいと思っています。
[184]偽の気配 05/02/24 11:22 v0wBjR8T1o
教えに疑問をもったとき、
スジの方からの説明が、理に叶ったものであれば、まだしも・・という気がしますが。
それにしても、「毒が入るから見ないように・・・」というのは
なんですねぇ・・・
国民を搾取する独裁某国のような姿勢を
苑はつらぬいているのですね。
[185]地蔵。 05/02/24 15:59 2Lm.beT0Fc
>>183 由緒正しい血筋というか、本家本元の筋ですね。RPGでいう大ボス
ですね。(神仏で言うと金剛薩睡?)その経親さんがこの板を見て、貴方に
どのような「言い訳(書き方キツイかな・・)」をしてくださるのか
伺いたいです。

教義の脆弱さを「聖人の如く穏やかな言葉遣いで」煙に巻いていただいても
いいんですが、現実にこうして苦しまれているご家族に対していかな言を持つのか
という部分が核心です。

ちなみに私の導き親(歓喜。間もなく大歓喜)は「家族(私の場合、妻)が入信してない場合で、
このようなこと(新興宗教への帰依と参加)に反対な場合、一刻も早くアナタ(=私)が
救ってあげなければならない。さもないと彼女の先祖や貴方達の子孫を含め、業が蓄積して
不幸になる」と再三言ってました。

確かにその通りかも。要するに「いっそ洗脳した方が家族も苦しまなくてすむわよ」ということ
なんでしょう。しかし仏陀がこれ聞いたら泣くだろうな・・「やっぱ説かなきゃよかった」って。
[186]講釈師 05/02/25 12:00 pCH77gcqGn
皆様にお聞きしたい事があります。

1才や3才で死んだガキを「 神や仏と崇め奉る」という行為はどうなのでしょう。

「代受苦」と、妄想?願望?により伊藤文明氏が定義したから。
伊藤文明氏の男の直系子息だから嫡子だから( ふる )。
これ以外の動機は思い浮かびません。

@ 末端の苑徒の人は本当にこんな事を信じているのでしょうか。
A 付和雷同で、信じている振りをしている。
B 霊位向上の為に、信じようと努力している。

とりあえず、まともな人間のする事ではないです。

苑を知らない人間に説得できる説明をお願いします。
[187]下品。 05/02/26 16:38 HD6T1oOq7V
経親からは、今のところ携帯にメールが ひとつ届いたにとどまっています。
「狭い視野での判断は時には、自分を窮地に落としうる事があります。教えに触れる前の自分がそうであったように。」のあと、人生が終わるまで教えに生かされる喜びと感謝が綴ってありました。

「システムと三つの歩み、教義に疑問をもって教えを辞めた」への返事でしたが。

経親には、この板の存在や もろもろの質問を問うつもりはありません。
それには以下の理由があるからです・・・・。

真如苑は、この世の中を「娑婆(サ−ハの漢訳)」と教え、忍土(耐え忍ぶ)の世界といい 苦悲が尽きない としています。
人間は、仏性の周りに貪り、怒り、愚かの鎧をまとって生まれてくる、それを精進(三つの歩み)によって鎧を剥いでゆき、苦しみのこの世の中にあっても「歓喜世界」に生きることが出来るとして それが目標になっています。

苦しみや悲しみにあった時でも、仏さまから頂いた「必ず越えられる修行」として感謝だと言い、越えられなければ「祈りが足りない」とされる。
真如苑や自分への非難、中傷等も 有り難い修行であり、自分を磨くチャンスと捉える。
真如教徒は、身に起こる全ての事柄にこれをあてはめます。

ですから私は、経親にあえて問いませんでした。

真如教徒は、この板のたくさんの質問に対して皆さんを納得させる事は出来ませんし 真如苑は答えを持っていません。

「未だ解らざるを 解らせんが為に」の迷言があるので、世間の人々を未だ解らない哀れな衆生として、 救いたいなどと過去レスのようなことになっています。 つまり教徒的には、祈りが足りなくて参加できないのと 修行のチャンスだけど手に負えないからです。そして「未だ解らない衆生」と片付けます。

青年教徒の方の中には、この板がきっかけで疑問をもっても、接心修行に不思議を感じていて踏ん切りがつかない方も多いんじゃないかと思いますが・・・・。
まだうまく書けないんですけど、真言と空海和尚と雑密や密教なんかのあれこが非常に関係ありと思っているんですが、頭の中で混乱してまして、整理してからまた書きたいと思っています。
[188]地蔵。 05/02/26 20:26 L58HgEJs4I
下品(げほん)。様、ありがとうございます。でも貴方様の経親は
そんじょそこらの金バッジ(怖)とは違いますから、余計に伺って欲しい
気がしまして。何と言っても最高位ですから。まあ袈裟を着るとか何とか
更に序列はあるんでしょうが、「万分の一」の困難を満行し、身内が更に
「霊能+事務局員」ですよね。

この人らでさえ答えられないというなら、自分らが行っている行為に対し、
その結果引き起こされている事態に責任持って対処できる者は苑内に皆無
と言う証明になりませんか?皆修行中の半人前だから、誰も家族が不幸になろうが
無視してかまわないし、内輪で自慰してればいいということ・・?

それって、学生(例えです。現役の方ゴメン)ですよ、子供ですから責任取りませんよ
犯罪OKよ・・という次元じゃ・・。

現役の信者の方でこれを見ても血圧急上昇しないかた、だれか反論とか
ありましたらどぞ・・。
[189]下品。 05/02/26 21:55 pXda62gbyt
地蔵。さま
責任の所在、真如苑にあること間違いがありません。
身内を守っているとされても仕方ありませんが、経親ご夫婦に問うのは愚問です。
代表ではありません。ただ信じてひたすら行ってる人に過ぎません。

地蔵さまの望みを叶えるには、苑主に叉は四天王的先生方に問うしかないと考えます。
苑では霊能者が最高位ではありませんし、全ての事務局員が代表でもない、窓口にすぎません。(しかしこの板に近寄ることすら許可を求めざるをえないのではないか・・・でも誰に。真如苑を動かしているのは一体何ものだろうかと疑問がありますが・・・・苑主以下、諸先生方すら、もしかしたら神輿上かも・・・・)

私も、これでは完全なモノが何もないではないかと改めて・・・・。

元真如苑の教徒として せめて出来ることは何かと思うとき、まだ信仰の浅い青年教徒に警笛を鳴らす一端を担えたらとレスが役に立つ事を願っているくらいです。
[190]地蔵。 05/02/26 23:59 Qtzkv/ztIf
下品様、早速のお答え、ありがとうございます。
>愚問です。ただ信じてひたすら行ってる人に過ぎません
そこまで言い切りますか。。仮にも霊能への道(=苦行)がどれほど大変か、
どれほど教えと教義を刷り込まれなければならないか、その一端を見聞き
している自分としては、そのお答えに動揺すら覚えます。

あそこまで(殆ど青年〜中年まで全ての人生といってもいい時間)教団に
心身注いでも、その程度の答え一つ持ち得ませんか。(これほど簡単で明らか
ですのに)

それだと、そんな修行は全て無意味ですよね。そこまでやってそれですもの。
・・ああ。とうとう言ってしまいました・・。うすうすそんな予感はしてたんですが。
でも「霊能者」ですよ?接心とかやってバリバリ下を指導して来られてる人なわけで。

繰り返しでくどいですが
>ただ信じてひたすら行ってる人に過ぎません

ひたすらやってる上級幹部の人が代表でなくてなんでしょう。
こういう「本物」の方こそ代表と言っていいと思いますよ。

これではマイナスな方で確信してしまいます・・。
それもまた止むなしかもしれませんが、なお反論して「何を言うか!
この不調法者めが!」と言って下さるチャレンジャー、お待ちしてます。
[191]地蔵。 05/02/27 00:02 Qtzkv/ztIf
ああいけない、ダラダラと私の駄文で流してしまうところでした。
講釈師さんのご質問にもどうかよろしくレス下さいまし!
[192]講釈師 05/02/27 14:39 lyEzqj3DrI
極論ですが、自ら「 宗祖」「教祖 」と、名乗る人間は
「 妄想癖 」「 虚言癖 」がありそうです。

合コンで異性の気を引く為に、
「 俺は釈迦チャンの連れやねん。」
「 空海チャンもダチやねん 。」と
と平気で言う、平気で嘘もつける人は100人の中には1人ぐらい居ます。
大半の人は相手にしませんが、中には瞳を輝かして、「素敵!、今度紹介して!。」
と引っかかる人も広い世の中には居ます。
世の中の人々は引っかかった人に「 可愛そう。」 「哀れ。」な眼で観ています。

下品。様 地蔵。様 とレベルが違い過ぎますが許してください。
[193]下品。 05/02/27 22:09 .AJ1oK0QDb
講釈師さま 私、関係ないかもですが・・・・。抜苦代受のことで。

結婚後、家内の実家に行った時 両童子さまの写真を見せられまして、家内の母である導き親は、説明しながら嗚咽を漏らて最後に大泣きしたんです。(あとでわかったんですけど、女性教徒 特に専業主婦の方ほとんどみなさんおんなじなんです) 世間にいたわたしは ひいてしまって、帰りの車中で家内に「君の母さんダイジョブ?」って聞いたら ムッとされまして・・・・なぜだ?と その時の私。

真如苑では 両童子さまは、聖域で 尊くて尊くて、それ以上の言葉なんかないのっていうくらい尊くて、語る時に涙が出ないはずがないってほどの存在です。
まずこれを疑わずに「ハイ」なんです。 すると先へ進めます。

両童子さまの抜苦代受(そのメカニズムはご存じですよね)は真如苑の根幹ですから、疑ったら真如教徒は勤まりません。


講釈師さま、ここからは間抜けで哀れな自分自身について書きます。
真如苑での長い信仰歴をもつ一家と結ばれた私は、腹をくくりました。自分さえ我慢してこれを行えば きっと新しく出来た家族と仲良くやっていけると。 10年程まえにそう思って 流されました、それを選びました。
疑問に蓋をして、迷いは無いと言い聞かして真如苑の言うがままに行うほどに世間から遠ざかりました。

仰るとおりです、私は抜苦代受を信じました まともな人間ではありません。

そして今、家内とのバトルが始まりました。
[194]一般人 05/02/27 23:37 Kp9GO7gRvm
下品。さんのすばらしいレスが続きますね。

教徒さんは、抜苦代受してくれる両童子に大感謝しているのですね。
では抜苦代受とは 苦:災難を除くことでしょうか。ならばご利益そのものですが。
そしてそれを根拠もなく信じるということですね。 そしてどうすれば抜苦代受してもらえるのでしょうか。

>家内とのバトルが始まりました。
とにかく喧嘩になったら負けです。 「外堀から埋めるのがベスト」と思います。

「詐欺やマルチや宗教およびカルト」を知った上で それらを羅列し、比較検討すれば
いきり立たずとも 真如苑がそのうちどれに当てはまるのか
という事実が自動的に浮かび上がるわけですが、しかしながらそこに至るには長い道のりですね。
失礼ですが下品。さん、上記情報を得られてらっしゃいますか?

得られていないとするなら、奥さんへの説得力ある主張は困難だと思われます。
また、皆さんはどういった切り口で対処すべきだと思われますか?


[195]講釈師 05/02/28 15:20 Eavd8Hoh7t
下品。様 一般人様
私は頭の回転が少し鈍いので、時間をかけて思うところを書きます。

今は、「 から家族や親友を守る法 」を「 検索 」をかけてサイトを見てください。
トップで、出てきます。

私は正月、1月1日に大きなのをやりました。
こちらから、謝りました。
ブライドや見得よりも大事なものは有ります。
[196]迷える 05/02/28 21:11 /4UyDVEhrU
なぜそんなに批判ばかりするのかな?
批判の中からは、何も得るものが生まれてこないと思いますが?自分だったらどうする
という前向きの意見はないものですかね。
真如苑で行っている行事や行動は、一般の男性ならば理解にくるしみます。
私などは、3ヶ月もしないうちから違和感がありました。
あなたたちの思っている事、いやそれ以上に不愉快な気分でした。
何で写真に向かって拝まなくてはいけないのか。
仏壇なんかに手を合わせたことなどもほとんどない者が。
読経にしてもわけのわからんサンスクリット語などで読むのはまだしも、
何で教主の家族が読経に出てくるのか?
家庭集会にしても「近所のおばさんの井戸端会議じゃないか あることないこと話して
いてどこに意義があるのか、ただ居るだけでもつまらん早く終わらんか」と思っていた
くらいです。

しかし何でこんな変な宗教とも新興宗教ともわからんのに大勢の人が集まるんだろうか?
接心修行も必ずしも当てずっぽうでもないようだし、どこに誰が来るのかわからないのに
すべての信者の経歴を覚えるのも無理を感じる。やはり何か自分の理解を超えたものが
あるのか。
と思い自分なりに仏教や心理学の本まで読みあさった。だが真如霊能についての書物は、
見つからない。
そんなとき霊能者との対話する機会が部会であった。
それまで、仏教のことや疑問に思うことすべてを導き親や、経親に聞いたのだが返って
くる返事は、いつも同じ「そんなむずかしいことは、わかりません。とにかく実践ある
のみですよ。実践すればわかるのですよ。」との一点張りです。
回りくどい話をしていてもいかんと思い霊能者には、直接「真如霊能は、存在するの
ですか」との質問、霊能者は「あります。それはあなたの心ですよ。」
私は、教主さまや、その家族のことが出てくるのであれば本当に霊能があっても
「ああそんなもんやな」で終わっていた。しかし自分の心といわれては納得するしかない。
苑でいう修行?は、自分の心の価値観を見出すことにあるのでは
本当の自分というものを見つけることができれば、心自体寛大になり、すべてのものを
包む心になり(仏教で言うところの慈悲というべきか)こんなつまらん問題で悩んでいる
自分があほらしくなります。要するに、それに気づくきっかけが苑で得られたということ。
[197]一般人 05/02/28 21:50 PQW/DuZA/5
迷えるさん再登場ありがとうございます。
過去レスでも、大変仏教も理解してらっしゃるし、伺いたいことも多くあるので、
また後ほどよろしく。

>批判の中からは、何も得るものが生まれてこないと思いますが?自分だったらどうする
批判と肯定が揃えば、良い議論が生まれると思います。肯定してください。

>しかし何でこんな変な宗教とも新興宗教ともわからんのに大勢の人が集まるんだろうか?
創価の方がもっと多いですが。

>接心修行も必ずしも当てずっぽうでもないようだし、どこに誰が来るのかわからないのに
>すべての信者の経歴を覚えるのも無理を感じる。やはり何か自分の理解を超えたものがあるのか。
理解を超えた不思議現象であっても、それが仏意か邪霊力かを見極めることが大事と思います。

>要するに、それに気づくきっかけが苑で得られたということ。
創価でもオウムでも気付けるようです。 是非見比べてみてください。


[198]一般人 05/02/28 21:50 PQW/DuZA/5
講釈師さん、サイト提示ありがとうございます。

>知った情報を勝ち誇ったように相手に伝えても、効果はありません。
>その人自身が、教団組織の問題性について気づかなくては

>本人に対し、愛と優しさを示すこと

>多くの信者を集め、組織を維持しているその団体は、それだけの魅力があり、

>少しぐらい準備して、対話に臨んでも、簡単には効果が上がらない


私の場合の対処法は 
>>23-24 に書きましたがもう少しで成功するかも。^^
1.他教団のおかしさや詐欺の手口を揚げたりすれば 素直に認めるんですよ。MCされてても。
2.で、それと全く同じ要素を真如苑も確実に保有している
3.そしてそれは偶然ではなく、邪まな者が邪まな目的のために邪まな手口を敷いたのだから
4.詐欺師=池田=伊藤=麻原 なのである。

という流れで私は対処します。
導入部が真如苑への正面攻撃でないぶん、双方友好的に楽しく、「謎解き」ができます。

思うまま書き込んでしまう私です。下品。さんや、現信者の方々が心を痛めていないことを祈ります。
共に真理に向かいたいだけです。


[199]イタチ 05/02/28 22:06 1F7Enod1Xt
時間がないので手短に。

迷えるさん。
あなたはそれで良かったかもしれません。しかし、現実に苦しんでいる人がいる現実があります。
私は自分を守るため途中で逃げ出しましたが、例えばここで下品。さんを納得させる事があなたは出来るのですか?

そして、「真如霊界はあなたの心にある」
聞き捨てなりませんよ。真如苑の根本を覆す考え方ではないのですか?
真如霊界に両童子さまがいて、彼らからの霊言を霊能者が媒介し、死後はその真如霊界に赴けるのではないのですか?
伝統仏教を謳わないなら、新興宗教としてそういう信仰があってもいいと思いますよ。
しかしそれがあなたの心の中と言われては、霊能者の意味は?そして死後はどうなるの?勝手にそう思ってろって事?

自分の心の価値観を見出すなら、伝統仏教を装うという「嘘」のある教団に一生を捧げるよりも
健全な方法がいくらでもあると思います。

霊能者はあなたの突っ込んだ質問に答えられず(下品。さんの言う通り教団に答は無いのでしょう。虚構の塊なのですから)
苦し紛れに「あなたの心の中」と言ったのか、はたまた困ったらそう答えるようマニュアルがあるのか。
そんなところではないのでしょうか。

また後でゆっくり書きに来ます。
[200]一般人 05/02/28 22:24 y46aqUBMWb
なあ〜るほど。鋭いですね。おみそれ。
[201]迷える 05/03/01 00:19 /4UyDVEhrU
私の言った心の価値観と言うのに、きずくことができれば、別に創価でも新興宗教でも
オウムでも良いと思います。
なぜならば心の真実というものを理解できれば、どこにいて何をしていようということは
問題ではないのです。
心というものを考える場合、自分の目で見えることのできる体や手足は、どこにあるのか
と問われたとき「これは、私の手である」と答えることができる
では「あなたの心はどこにあるのですか?」と問われたときあなたは、どう答えますか?
自分の体の中にあると答えますか?
もう一つ価値観について
人間が病気やけがによって、大きなハンディを受けたときの心の変化についてまず最初は、
自分の身の上に起きた出来事に対して、すべての束縛から開放された気分になる。仕事や
世間のもろもろに付き合わなくてもいいのだから
次ぎにくるのは否認することこんな病気は、突然なったのだからですぐに直るのでは、
と否定することです。
第3段階は現実を否定しきれなく反発する。 必ず障害が残るということを認めなければ
ならないと、自分の運命を受け入れず反発することである。
何で他人でなく自分なんだ。今まで見ようとしない自分がはっきりと見えてくると
今までの価値観を変えなくてはならないことに気が付く
ここでの価値観とは自分はこの世の中では役に立っているとか、若くて仕事ができやつ
がいいとかそれによって金儲けをするやつが偉いとか言うこと
このような面が深まると解決の努力という段階になる。
その努力とは、現状を自分の運命として受け入れ、人生論や生き方の問題について考え
新しいより高い価値観に転換することができるのであること。
このような例えで恐縮ですが心のありかたを参考にして欲しい。
[202]イタチ 05/03/01 00:59 1F7Enod1Xt
先程は突如沸き起こった怒りにも似た感情に任せて勢いで書き込んでしまったため少々説明不足でした。
そして下品。さん、挨拶もせず勝手にお名前をお借りし、失礼しました。
かなりの所まで歩まれて苑を去る決心をされた勇気に感服し、尊敬致します。

>私は自分を守るため途中で逃げ出しましたが
というのは、私が信仰をやめたという意味ではありません。
私も下品。さんと同様、「自分が我慢すれば・・・」と考えた時期がありました。
しかしやはり自分で利権集金集団と結論の出てしまった教団の信者になる事はできず
妻となる彼女が信仰を続ける事を容認出来るか?というところで考える事にしました。
長い結婚生活を想像し、心の奥底に決して相容れぬ部分がある生活を送る事は出来るのか?
私の答えはNoでした。
彼女に私の考える真如苑の問題点を提示した上で「脱会しないなら結婚は出来ない。」とはっきり伝えました。
この宣言の前に、私もマインドコントロールやカルト宗教について勉強しました。
そこで得られたのは
「相手の信仰を否定せず、理解を示した上でゆっくりと一緒に問題点を挙げ、自分で問題を感じられるように」
という一般人さんも書かれている手法でした。
そこで私は、本当に悪質なマインドコントロールに嵌っているなら清く諦めようと考えたのです。
冷たいと感じられるかもしれませんが、まだ結婚していない相手にそれほどの労力と時間をかける事は出来ない。
あくまで常識的な話として正面から問題点を指摘し、それで聞く耳を持たず非信者には通用しない教団の理論で返して来るなら
見事にマインドコントロールされた哀れな女として、関係を絶とうと。
これが先程書いた「自分を守るため途中で逃げ出した」の真意です。

宗教と結婚の問題と言っても、例えば外国人の異性と交際し、結婚したいと思ったが
その国は聞いた事も無い宗教が主流で、日本人にはちょっと理解し難い習慣があるとしましょう。
それでも、好きで交際しているならその習慣も含めて相手を受け入れられると思うのです。
しかし真如苑はどうでしょう。
日本人の多くがライトな仏教徒である事を利用し、「お寺」という言葉をねじ曲げて使います。
「釈迦の教えを分かりやすく噛み砕いた教え」と言いながら、実際にはすべての修行は教団貢献に直結し
ほんの小さな飴(自分が変われた・世の為に貢献したという自己満足)の為に日々鞭打たれるような生活です。
しかもその鞭の痛みさえ快感に変えるようなマインドコントロールを施されて。
その国では当たり前となっている伝統的な宗教を受け入れるのと、伝統宗教を利用して巨大ビジネス構造を完成させた
嘘の塊を信じ続けることを容認するのは全く違う質の物であると思うのです。
[203]イタチ 05/03/01 01:37 1F7Enod1Xt
迷えるさん。
>私の言った心の価値観と言うのに、きずくことができれば、別に創価でも新興宗教でもオウムでも良いと思います。

その考えが如何に危険か分かりますか?
自分さえ良ければ、世界に名だたるカルト、オウムでも創価でもいいんですか?勝手すぎませんか?
真如苑の信者さんは皆こんなに自分勝手なんですか?
こんな大前提があっては、その後の主張は申し訳ありませんが読む気にもなれません。
そして十代の頃、大事故で植物人間の可能性もある状態から医者も驚く奇跡的な回復で日常生活に復帰し
障害を残している事を誰にも言わず人並み以上に働いている私には何の事やら。
私は自分が命を取り留めたのは、当時学生で、自分で決めた将来に向けて歩き出した矢先で
何としても回復して学校に戻り夢を叶えたいという気持ちの強さと、家族・友人の愛だったと信じています。
私はその自分に誇りを持っていますし、家族・友人の愛は何より強いと言う事を信じています。宗教は不要です。
こんな人間もいる事を覚えておいて下さい。

私の主張の根本は以前にも書いたように、宗教の振りをしながら実際は人集め金集め目的の団体が蔓延る事への懸念です。
「その団体の存在によって建築等の雇用が生まれ、それで生活している人もいるのだからいいではないか」
という主張もあるでしょうが、数多のインチキ宗教団体に流れる天文学的な金額の金銭が健全に日本の資本主義社会に流通すれば
当然別の形で健全な企業等が建築等の雇用を生む訳で、そのような世の中になってほしいと考えます。
暴力団もインチキ宗教も、弱者を食い物にする商売は無くならないのでしょうが。
もちろん金銭的な面だけではなく、このような団体に貢献する一生を選んでしまった為に
素直で疑う事を知らない人々が傍から見ると哀れな、自分だけ充実気分の人生を送ってしまう事から救いたい。
そして自分が出来る事として、その欺瞞の構造を知ってしまった真如苑に対して警戒を呼びかけているのです。
[204]イタチ 05/03/01 01:41 1F7Enod1Xt
まだまだ書きたい事は沢山あるのですが、今日はここまでで休ませて頂きます。
しばらく来ていないようですが、私の問いに答えてくれた自然さんにもレスしたい事があるのですが
また明日以降にします。
[205]迷える 05/03/01 21:06 /4UyDVEhrU
障害者の方にあえて言いたいことがあります。
私は、今仕事の付き合い上、全盲の方と接しています。全盲だといってもその人は、
とても明るく芯がしかりとしており常に前向きに考える人でした。
人間的に非常にできた人です。
1年くらいは、お互い気をつかいつつ何とか付き合ってきましたが、だんだん気まずい
雰囲気になり、私自身、仕事の事だから適当にこなしていけばいいという考えでしたが、
あまりに良くしてくれますので、気まずい雰囲気の原因を突き止めようと思いました。
私は、彼女と接するときになるべく普通にしていたのですが、やはり障害者を扱うという
意識や態度が出ていたと思われます。
また彼女自身にも障害者だからという慢心の心が伺えるのです。つまり障害者だから
これくらいは許されるという、世間に対する暗黙の了解と言うもの甘えがあるのでは。
もちろん私には、彼女の悩み、苦しみ、などは、わかりません。だからこのようなことは、
本当は、自分の心にしまっておき、表面的な付き合いでもよいと思っていたのですが、
これからもずーと付き合うんだし、少しでも改善できるのであればしたいという思いから
彼女と話し合いをしました。
彼女の答えは非常にあっさり(前向きなのかな)「そう言うこともあるのかな気がついた
ことどんどんいってください」とのこと、なんか私の悩みなんか彼女の足元にも及ば
ないのかな
今では彼女との関係は、何でも言いえる仲間という感じかな。もちろん障害などは、
彼女からは、微塵も感じませんし私自体も障害者という感じでなく、ただちょっと目が
不自由なだけな人と思っています。
「この間まで私、白杖をもって歩くのがいやだったの。障害というのを隠したかった。
でも今は、白杖って便利なんですよ。この杖を持って立っているといろんな人が
「どうしました。」って声かけてくださる。ちっとも困らないわ」
このレスを書くにあたり彼女の了解を得ました。
[206]イタチ 05/03/02 00:39 1F7Entf5bu
迷えるさん。
障害者に言いたい事があるという事は、ここでは私の事でしょうか?
だとすれば、私に何を言いたいのか全く伝わりません。
推察するなら「あなたは自己中心的で人の気持ちを考えない人だ」とでも?
そして「そう言われていると思うのは自分の心を映す鏡だ」と?
私の事をどう思って頂いても構いませんが、私の書き込みに対する真如苑信者としての意見・反論は無いのでしょうか?
[207]イタチ 05/03/02 00:41 1F7Entf5bu
さて、書きたい事は溜まっていたのですが、多忙と、自然さんにプレッシャーをかけすぎてもいけないという思いから
書き込むタイミングを失っておりました。

まずは自然さん、遅くなりましたがお答えありがとうございます。
病気の痛みですか。「やってみたら想像と違った事」の例としては意外なお答えでした。
これは偽の気配さんが仰っているように単に時間の経過だったり
思考を伴わない単純作業によって収まったという考えに同意です。
私も「病は気から」はある程度信じる方でして、医療行為で原因を特定出来ない事が
心理的なことで解決出来るケースはあると思います。
特に神経性胃炎という事で、多くの場合検査によって原因を特定出来ない痛みを
「まぁ神経性のものでしょう」と医師が判断するケースが多いですから。
この話しのついでに言いますと、現代の医療はかなり高度になっていますがまだまだ完全ではないですよね。
本当に完全になってしまって治らない病気が無くなり、ますます高齢化が進むのも考えものですが
そういう話しではなく、医師による病名や治癒の可能性などの判断も完全ではないという事です。
つまり、医師に「あと半年しか生きられない」と宣告されても、それが正しいとは限らないという事です。
治癒不能に見えても、現在の医療レベルでは分からないだけで、治る可能性のある要素が見えていないだけという事もあると思います。
何が言いたいかというと、宗教団体の言う「奇蹟」にはこういったケースも含まれている筈で
信仰の有る無しに関わらずその人は治癒したのだろうという事です。
もちろん、信仰によって気持ちが前向きになり、それによって身体の自己治癒能力が高まる事は否定しません。
問題は、日本ではそういった時に目を輝かせて待っているのは宗教の振りをした教団貢献を強いる悪徳教団が多いという事です。
[208]イタチ 05/03/02 00:45 1F7Entf5bu
「マインドコントロールとは何か」という本を読んでいます。
まだ読み始めたばかりなのですが、のっけから真如苑に当てはまる破壊的カルトの定義が出てきましたので引用します。
------------------------------------------------------------
それぞれの破壊的カルトの真の活動目的が何なのか、はっきりと見えないことが多い。
それは組織のトップ・リーダー、あるいは一部のメンバーしか知りえないことであったりする。
しかし、彼らの実際の活動の様子やその活動から生み出された事象から推察する限り
どんなに信教の自由を尊重して偏見的推察を排除しても、表向きの目的とは全く異なる目的があるように思えてならない。
少なくとも、組織のトップや一部の幹部には別の目的があると考えないと、彼らの活動は納得のいく論理的な説明がつかないのである。

その目的は、経済的利益を上げることでだったり、政治的かつ社会的支配者になることであったり
あるいは何か国家や社会に対する恨みをはらそうとしている場合があるかもしれない。
私には、破壊的カルトは、そうしたごく一部の人の真の目的を、偽りと表向きの目標のために集まった純粋な人々で装い
宗教、企業、共同体、結社、治療集団などど類される集団として組織されているとみえる。
あるいは、場合によっては、組織の発展の中途において、いつしか反社会的に関与する組織に変貌させて
「裏の顔」を持つに至った場合もあるのかもしれない。
------------------------------------------------------------
私は、伊藤氏が立川で地元の人向けに細々とやっていた時はきっと純粋に人の為に活動していたのだろうと思います。
しかしいつからか、自らが望んだか、外部から何らかの力が働いたかで、表の顔と裏の目的を持つ団体に変貌していったと考えています。
現在は、醍醐寺との援助交際で得た権威を利用して人と金を集め、選挙の票と建築関連等の企業への利権のために活動する団体にしか見えません。
再び引用です。
------------------------------------------------------------
破壊的カルトは、無論、表向きには入・脱会は個人の自由であると主張する。(中略)
もしあるメンバーが、何らかの事由によりその集団にとどまる魅力を失って離脱したいと思っても、身体的、精神的、あるいは社会的に
離脱していくのが困難な状況が形成されている。
(身体的な拘束は真如苑には当てはまらないと思うので中略)
精神面において、破壊的カルトのメンバーは、その集団内だけが安全な場所であり、集団の外部に出る事は身の破滅につながるというように
神経症的な恐怖感を植え付けられている場合も多い。
入会においても、メンバーになって活動しなければ、自分や家族、果てには人類の破滅しかないと信じさせてしまい
入会だけがそれから逃れる事の出来る唯一のものと信じさせる事がある。
------------------------------------------------------------
真如苑の因縁論は正にこれですね。
よく言われる例えですが、真如苑に「因縁をつけられている」という感じです。信者と肩が触れたら「入らなきゃ不幸になるぞ」と。

典型的な、しかしそう見せない為に金で買った権威を利用する、特に巧妙な破壊的カルトであると言えます。
[209]イタチ 05/03/02 00:50 1F7Entf5bu
多くの真如青年がこの掲示板を見られているとの事ですので、彼らに向けたメッセージを。
実は以下は以前他の掲示板でカルト全般について私が書いた文なのですが、加筆訂正し再掲します。

信仰を始めてしまった以上、金銭・時間を費やした以上
そして自らも友人に「怪しい宗教じゃないから」と言って勧誘をしてしまった立場上
引き返せない、やめたら今迄やって来た自分を否定する事になり友人をも騙してしまった自分を認める事になってしまう。

誰でも自分が騙されたと認めたくないから、キャッチセールスで高価な絵を買わされた人は
販売員の台詞を思い返し「これは本当に価値のある物なんだ」と自分に言い聞かせて納得しようとするし
訪問販売で法外な値段の浄水器や布団を買わされた人も同じく。
「ちょっと高すぎるかな。騙されたのか?」という気持ちを「凄い効果がある筈なんだ」と自分に言い聞かせて押さえ込む。
買い物なら一度支払って終わりだし、次からは少し警戒するようになるでしょう。

しかしカルト宗教は・・・
周囲に「素晴らしい教えを歩んでいる」等と宣言してしまったら、それを撤回するのは難しい。
ネット等で自分の教団の悪質な実態の告発を見て、その内容に思い当たる節があっても
自分を守る為に必死に「これは嘘なんだ。対抗勢力の陰謀なんだ。自分の選んだ道は正しいんだ。」と思い込もうとし
そのストレスは、信者同士で「私たちは正しいんだよね」と傷を舐めあったり
教祖から「君たちは選べばれし者・・・」等と言われて落ち着かせるしかない。
そして教団の教えなら何でも疑う事無く信じ込む事でしか自分を正当化出来なくなる。
これがカルトによる「思考停止状態」。

更にはちょっとした幸運な事等を「教えのお陰で」と思い込み
事故があっても「お陰でこの程度の怪我で済んだ」と、必死にその宗教の効果を見いだそうとする。
そのねじ曲がった体験談は教団内で「ありがたい話」として発表し喝采を受ける事によってまた、自分の正当性を確認する。
こうして長い年月を経て、最初は自分を騙そうとしていたのがいつしか心底から「教え」中心の人格に変貌してしまう。
[210]イタチ 05/03/02 00:54 1F7Entf5bu
いわば自分で自分を洗脳する自己洗脳とでも言うべきか。
自分を正当化し心を守ろうとする心理を巧みに利用して金儲け等の目的を達成しようとする悪人(教祖)が蔓延っているという事です。
「宗教バカ」になる前に、少しでも疑いの心があるうちに、様々な情報に耳を傾け
自分が騙されていた事を認め、勧誘した友人にも全てを話し、共に脱会する勇気を持ってもらいたい。
宗教に入る目的が、自分を省み成長する事であるなら、これ程の体験は無いでしょう。
騙された自分を認める勇気を持てた事は、今後の人生に確実に役立つ糧となるでしょう。
そして、金と権力欲にまみれた俗世に嫌気がさして宗教を求めたのなら
自分の属した教団の教祖がその悪質な俗物の最たる物であった事に気付けた事は
どうすれば世の中が良くなるのかという課題に一つの道を見いだせる筈です。

真如苑は本当に巧妙です。
伝統仏教教団を謳うための権威付けはどこよりも周到に用意されていて、仏教知識が無ければ騙されるのも無理も無い。
そして同僚や上司、はたまた恋人まで、断りにくい関係の中で「形だけ・・・」と思っていたのがいつしかMCされていたり。
私だって、もし仕事上の断りにくい関係の方から誘われていたならどうなっていたかわかりません。
騙されたあなたが悪い訳ではないんです。法律と人の心の隙を突いたあまりにも巧妙な詐欺に騙されてしまったんです。
疑問を持てるうちに、常識的な思考能力が残っているうちに、自分を騙す事をやめ、教団を去りましょう。
あなたの信仰が原因で疎遠になってしまった友人にも全てを告白すれば、以前よりも強固な友情が生まれる筈です。
勇気を持ちましょう。
[211]イタチ 05/03/02 00:56 1F7Entf5bu
この一ヶ月程少しずつ書きためたテキストを一気に編集して書き込んでしまいました。
長々と失礼しました。
[212]偽の気配 05/03/02 08:30 SmIXbc7mnx
いたちさん、鋭い、本質をついた書き込みだと思います。
苑の実情と照らし合わせると、いかに当てはまるのかが良くわかりますよね。

迷えるさん、私もあなたが言う、「オウムでも創価でも・・」という部分には違和感を感じます。
結果よければ全てよし、というのはおかしくないでしょうか?
多分、おっしゃりたいこと、というのはわかる気がしますが、
だとしても、ちょっといただけません。

全てが正しいもの、というのは、なかなかないでしょうし、見つけ出していくのも難しい。
でも、反するもの、というのは、第三者的な眼を持ち続けていさえすれば
結構見分けられるものです。渦中にいるときにはみえなくなる、という欠点はありますが。
だからこそ周りの意見を聞く姿勢を持ち続けなければならないのだと思います。
苑はそれをはばんでいますよね。そこも問題の一つです。

身内の信者問題に関しては、いろいろ思うところはありますが、
走りすぎず、説き伏せようとせず、ゆっくりと向かい合っています。
とはいえやっぱり難しい・・・
[213]迷える 05/03/02 20:06 /4UyDVEhrU
イタチさん長い解説文熟読玩味させていただきました。
あなたの信仰に対する考え、マインドコントロールの説明、真にもってそのとおりだと
思います。
しかし、マインドコントロールの説明をそのまま真如苑に当てはめるには、ちょっと
無理があるのでは?これがオームならそのままOKですが。
ここにきている人たちは、苑に何らかの関係がある人たちだと思いますが
本当に入信するときに強制的に騙されて入信したのですか?
苑で強制的に高額のお金をせびられたのですか?
脱退するときに脅しを言われなかなかやめさせられなかったのですか?
そのような事実があれば、私も即、脱退します。
あなたたちは、すぐにマインドコントロールとか信仰宗教とかで誤った情報に洗脳されて
いるのでないのですか。確かに苑のシステムには、不備もありますが。
どなたか納得のいく説明をお願いしたい。

人間の心なんて弱いものです。特に年ともに何かにすがって生きていかないと
生きられないのでは、
それが宗教でありまた他の何者でもいいのではと思います。
でも、その人達を踏みにじるような行為はどうかと思う。
人間は、知ることがすべてでなく、知らないほうが幸せなばあいがあります。

為の気配さん「オームでも、創価でも」の意味を追加説明させていただくと
人間の価値観とは何だろう?
少し前までは、知識があって経験豊かな人とか言われていましたが、今は、
若くてバリバリ仕事のできる人、それともお金儲けの上手な人ですか
そんな世間一般の価値観よりたいせつなことがあると思うのです。
それを見出す事ができるのなら、どんなきっかけでもいいのではないのでしょうか。
[214]一般人 05/03/02 21:22 Kp9GOdktIV
迷えるさんの台詞
>私の言った心の価値観と言うのに、きずくことができれば、別に創価でもオウムでも良いと思います。

別に創価でもオウムでも真如苑でも自由に信仰すればいいんです。
ただ 真如教徒さんは「気付きたい」そうですが、そのオマケとして地下鉄とかで毒を撒き散らすのはやめて下さい。
そんなに地下鉄とかで毒を撒きたいのなら、その豊富な資金力で私設地下鉄を造ってそこで撒けばよい。

「あなた方が気付く」その過程で出る毒を、なぜ第三者が蒙らねばならないのか。
富士山登頂が夢でそれに果敢に挑戦するも自由であります。
しかしその道中で、何合目だか知りませんが他人を騙したりゴミを捨てたりするのでは
山頂にいかに立派な物を建てようと、信者本人がいくら本当の山登りの妙味を味わおうと、慈悲どころかヨゴレです。

私の導き親は、自分の信仰を否定されまいとして
『オウムでも何でも一生懸命修行してそして気付けばそれが1つの「悟り」なのだからそれでいいんだ。
すべては自分が決めることだ』と言いました。
なるほど。と思いましたが ということは新興宗教信者である彼にもまた、過ちに気付く時が訪れるのでしょうか?
そして 自分の趣向で、自分で決めた教団の修行をして結果社会的害悪を生じさせた場合、
被害者に謝罪すればそれで済むと思っているのでしょうか。

元オウム信者のHTさんは、教団の疑問符が付く実態に対して
「そこで立ち止まって考えるということをしなかった・・」と後に悔いています。
真如教徒の皆さんは いつ間違いに気付き、懺悔するのですか。

[215]一般人 05/03/02 21:22 Kp9GOdktIV
イタチさん。
>「相手の信仰を否定せず、理解を示した上でゆっくりと一緒に問題点を挙げ、自分で問題を感じられるように」
私は、問題のある信仰なら理解もしないし否定しますよ。
ただ、
>三つの歩みを行えば自由に空を飛べる
>1才や3才で死んだガキを「神や仏と崇め奉る」という行為はどうなのでしょう
>よいとこどりをめざしたつぎはぎだらけのもの
といった批判?はしません。だって信仰形態は自由だし。 嘘や騙しが悪いのですよ。

悪質な組織を批判するのに強く糾弾する必要もないです。
普通に「こうこうこうだから悪質に決定です」って言います。(そのとき相手の自尊心を壊さないように)
そして「本人が考えざるを得ないような質問をする」べきと、ハッサン氏も言ってました。

>自分の選んだ道は正しいんだ。」と思い込もうとし
認知不協和理論ですね。 まず行動させることによって思考をコントロールする技です。

※ 相手の自尊心を壊さないように
騙されたのはキミだけじゃないから安心しなよw。死ぬまで貢がされる人も居るんだぜ。
まあ少々授業料の高い勉強だったと思えばいいいさ。 これを期にほんとうの仏教でも学んでみれば?

[216]一般人 05/03/02 21:23 Kp9GOdktIV
イタチさんのマインドコントロールの説明はそのまま真如苑にもオームにもそのままOKですね。
私は入信するときに騙されての入信でしたね。 詐欺的に、マズイ部分は隠す勧誘。

強制的に入信させたり高額のお金をせびられるカルトって知りませんね。オウムも自主的入信・献金です。
脱退するときに脅しを言われるのは殆んどのカルトが有する性質です。
そのような事実があっても、
篤信者さんは洗脳されてるので「誤った情報だ」と否定してしまい、辞められないでしょう。

そして 苑のシステムに誠意がないのは、偶然ではないと思われます。
>どなたか納得のいく説明をお願いしたい。
まず過去レスお読みください。見つからない場合は私が捜して示しますので。

>その人達を踏みにじるような行為はどうかと思う。
カルトメンバーは罪人なので、妥当な罰を拒否する権利はないです。
>知らないほうが幸せなばあいがあります。
幸せで居るために真実を知りたくないなら それも自由です。


[217]イタチ 05/03/03 01:07 hSQ9RaYFDX
一般人さん。
ちょっと誤解を招いてしまったかもしれません。
私が「理解を示し」と書いたのは、カルトも宗教の形を取っている以上、信者はその教えに魅力を感じているわけで
素直故にその表向きの綺麗な「教え」を疑わず信じてしまっています。
彼らが非信者に語る表面上の「教え」は仏教諸派や他の宗教から抜粋した物で、常識的で道徳的です。
そして信者さんはそれぞれの心の傷や隙間をその教えで埋めているので、それを否定することは出来ません。
ですのでその部分には理解を示します。
問題は、非信者には語らないその「教え」の根底に、明らかに非仏教である要素が核となっているのに
権威付けだけを頼りに伝統仏教教団を謳う欺瞞や、教えを実践した先にある教団利益直結の構造です。

つまり私が言いたかったのは、信者さんから「なぜその教えに魅力を感じるのか」を聞き、表面上の教えに魅力がある事は認め
その上で、その教えを実践する事によって何が起こるのか、誰がほくそ笑んでいるのかという
現実を伝え問題を感じてもらう、という手法です。

きっと根本的には一般人さんと仰る手法と同じかと思うのですが、私ももっと勉強を進めていきたいと思います。
[218]イタチ 05/03/03 01:11 hSQ9RaYFDX
そして迷えるさん。
マインドコントロールは、本人が気付かないからこそですよ。
他人から見たら信じられない額を献金していても、本人がそう感じない、自ら望んでの行動にさせる事がMCです。
ですから「強制的に高額のお金をせびられ」ることは無くとも、結果として同じ事が起こっています。
自分の意志としてやった事ですから、当然現役信者は「強制的に高額のお金をせびられた」等とは言いませんし
目が覚めて脱会した元信者も、当時は自分の意志でやった事ですから同様です。
ですので「強制的に高額のお金をせびられた」という証言を取る事は出来ません。
しかし精神(マインド)を制御(コントロール)し、お金を出させている事は事実です。

「脱退するときに脅しを言われなかなかやめさせられなかった」事も、創価で良く言われる囲い込みのような事は無いでしょう。
しかし本人が脱会を決意するに至る過程で、導き親・経親との関係、そして何より自分が導いた子への責任といった事で
脱会を躊躇させる事は事実です。私の知っている信者も一時は脱会に傾きましたがこれによって踏み切れず戻ってしまいました。
これも本人の意思として、自分の中の葛藤としての問題ですので表面化しません。209-210の書き込みに書いた通りです。

それに以前にも書いたように、現代の先進カルトは何事にも力ずくな方法は取りません。
そんな事をしていたら、迷えるさんが言う通り教団の欺瞞に気付き皆やめてしまいます。
信者にも、対外的にも怪しまれない為に何重もの策が練られているのです。

>あなたたちは、すぐにマインドコントロールとか信仰宗教とかで誤った情報に洗脳されているのでないのですか。
先にも書いた通り、MCは本人は気付きません。そしてあなたの書き込みは明らかに MCされている事が伺えます。
この掲示板の前スレッドの頃からのログを読んでも問題と感じない事こそが教団の言いなりの思考回路が出来上がっているという事です。
非信者が読めば、金銭援助によって得た権威付けを利用して伝統仏教教団を装い、人と金を集める利権集金団体である事は明らかです。
しかし教団によって思考をコントロールされた状態では、それらの情報を受け入れる事は出来ません。
そして私の書いたMCの認識に同意してくれたにもかかわらず、それを真如苑には当てはまらないと考えています。
インチキな新興宗教に嵌っている人ほど「創価やオウムはひどいね。でもうちだけは違う」と言うのです。
そう信じ込む為の最後の砦である醍醐寺による権威付けが金銭によって買われた物である事は既に何度も語られています。
MCされていないと言うなら、諸々の情報から目を逸らさず現実と向き合って下さい。
「苑を批判する言動をする物は、邪宗に洗脳されている」という苑側の主張にあなたがコントロールされている事に気付いて下さい。
[219]イタチ 05/03/03 01:26 hSQ9RaYFDX
話は戻ってしまいますが霊能者の「真如霊界はあなたの心にある」がどうしても気になります。
確か「苑に納める金は霊界への貯金」であり、現世で消費するより後々自分の為になるという考え方があるのですよね。
しかし「真如霊界はあなたの心にある」のでは、お金はどこへ行ってしまうのでしょう。
自分で支払った金額を計算しておいて、死後の世界では自分だけの世界でその金額を持っている「つもり」で生活しろとでも言うのでしょうか。
ふざけているのではありません。「死後の世界がある」と仮定してのお話です。
それなら現金を残しておいて棺桶なり墓なりに入れてもらった方がまだ理にかなうと思いますが。

・・・これは霊能者さん、かなりの問題発言だと思いますよ。
霊能とはいえ修行中だから?ふざけないで下さい。迷えるさんの人生を大きく左右していますよ。
こういった事からも真如苑の教えに中身が無い事、信者の素朴な疑問に答える根拠が無く
権威付けだけに頼っている事が明らかだと思うのです。
[220]イタチ 05/03/03 01:58 hSQ9RaYFDX
先程と内容がダブってしまいますが、何度も語られているように破壊的カルトの特徴として
「外部からの情報を遮断する」というのがあります。
「毒が入るから見ないように」と教団側から指導されている事実。
そして真如苑を批判する私達こそが何者かに洗脳されていると語る迷えるさん。
これが現実です。

迷えるさん、自然さん、
>>209-210は人ごとではなく、あなた達へのメッセージでもあります。
「そうだよねぇ。そんな教団に嵌ったら大変だよね」ではないんです。
繰り返しますがインチキ宗教信者ほど「うちは本物」と信じ込んでいるのですから。
[221]偽の気配 05/03/03 07:33 SmIXbc7mnx
迷えるさん、

もっともらしいことをかかれていますが、やはり、客観的に見るとおかしいですよ。
>人間の心なんて弱いものです。:それは確かにそうだと思います。人にどう見られているかを気にする人ほど特にそうでしょう。
>特に年ともに何かにすがって生きていかないと・・・:自らのよりどころを見出せないまま齢を重ねてしまうと、特にそうなんでしょうね。
>それが宗教でありまた他の何者でもいいのではと思います。:一見もっともらしいのですが、これは違っていると思います。すがれるのであれば、他のなにものでもよい、たとえそれが悪魔のささやきでも、ですか?自己矛盾においちいっていませんか?
>でも、その人達を踏みにじるような行為はどうかと思う。:迷えるさんがどう思うのかは勝手ですが、見てみぬふりをすることは、時として視ていないよりも罪深い。
>人間は、知ることがすべてでなく、知らないほうが幸せなばあいがあります。:詭弁です。知らないほうが幸せである。無知であれば幸せである。国粋主義に陥ったときもそうでした。釈迦の教えは、けして楽をしろ、というものではないはずです。真如苑という仏教もどきのまがい物にすがったせいでか、物事の本質をみる辛さから、そのことの大切さをないがしろにした発言だと思います。言い換えれば、無責任であるだけでなく、非常に自己中心的な傲慢な意見です。
>人間の価値観・・・世間一般の価値観よりたいせつなことがあると思うのです。:世間一般の価値観とはなんでしょうか?人の数ほど、とはいいませんが、昨今のように価値観が多様化してきている世の中、さまざまな価値観があってしかるべく、ということは、あえていまさら語るべくものでもありません。それを口にすること事態、迷えるさん自身が(或いは信者の人が)必要以上に規制の価値観にとらわれている証ではないですか?
>それを見出す事ができるのなら、どんなきっかけでもいいのではないのでしょうか。:価値観をみいだすためなら、何を犠牲にしてもいいとおっしゃる?自らの価値観を得るためであれば、小学校に押し込んで、教師を刺し殺してもかまわない?或いは、一家5人を惨殺してもかまわない?自爆して果てて貿易センタービルもろとも多くの人を殺してもかまわない?
それがきっかけであれば、それで許される。そういいたいのですか?傲慢ですね。人を巻き添えにせず(つまり、苑のような団体行動をとることなく)一人苦行にでも励んでください。そのほうがよっぽどすばらしい。
苑は、周囲との関係を良くすることを説くそうですが、それはあくまでも皆一緒に真如苑という底なしの井戸にとびこんで空を見上げる蛙になって、井の中の蛙同士なかよくしましょう、というちんけな教えでしかありません。
勝手にそうすればいい、と思うときもありますが、実際に身内が蛙にかえられたのではたまりません。信じる人の勝手でしょ、という傲慢なことはいいません。それがこの板に書き込んでいる人たちに共通した思いでしょう。
迷えるさんが、もっともらしく語ったことがいかに傲慢であるか、それに気づいてほしいものです。
[222]時次郎 05/03/03 08:24 5GgVJXZix6
 最近、真如苑の信者になりました。紹介されたのではなく、押しかけですが。
私の経親の方は、一切強制はしません。「おかしいと思ったら、会費を更新しなければいいよ、
自分の眼で確かめてください」といわれました。質問してもいないのに、悩みに的確に答えてくれます。それでいて痛いところは突きません。
信徒としてより、一般人として常識的な方で、人間としての優しさがあります。
 教義も密教、霊能、坐禅、自己啓発と、戦中から昭和30年代までに
これだけ現代的な理論を整備してしまうのは驚くほかはありません。
 私が気に入っているのは浄化の力があることと、お布施が安いこと。
お金をかけたい人はかければよいし、かけたくない、かけられない人はそれでOK。
 信頼できる、パワーのある密教のお寺、というのがいまの感想です。
やはり経親さんによって真如苑に対する感想は違ってくるのかも知れませんね。
[223]偽の気配 05/03/03 09:25 UyeilDjPHS
時次郎さん、
その親さんに、真如苑の教えを実践して目指すところは何なのか、
たずねてみてください。
密教、仏教である、という苑の主張とその実態とがあっているのかどうか。
[224]時次郎 05/03/03 10:12 5GgVJXZix6
 それは個人個人の悩みの解決であるわけでしょう。私の親さんは教えということを言わないわけです。
まず帰苑したり法要に出たりして祈りを深める、その後は早朝奉仕なり、お助けなり、できるところからやっていく。
といわれました。最終的にはお釈迦様の智慧を悟ることだといわれましたが、一気に詰め込みすぎて早期に脱会するよりは
細く長く続けていくほうがよいとも言われました。
 私の親さんは入信しても長期に渡って真如苑を疑っていたそうで私にも信じなさいとは言わないんですよ。
ただ人生を通じて続けていきなさいといわれました。
 ここは道徳的な実践をしなさいとは言われないんですね。それよりも、和合しなさいということを言われます。
いまは禅の円相、融通無碍ということに繋がっているのかなと思います。
 新興宗教なので、伝統仏教とは違いますよ。ですから伝統仏教のほうが優れている、と思われる方は
邪教の真如苑を捨てて、そちらへ行かれたらよろしいわけです。
 ただ真言宗のお坊さんでも、禅の修行、天台、浄土の長所を導入したい、と思っている方はいらっしゃると思います。
怨親平等に和合していく精神がとりあえずの教えだとは考えています。できませんけど。
[225]偽の気配 05/03/03 11:05 UyeilDjPHS
時次郎さん、

苑そのものが、新興宗教ではない、伝統仏教にのっとったものだ、といっているのです。
きちんと苑の述べていることを読んでみてくださいね。

のっとっている割には、勝手な解釈があまりにおおい、胡散臭い宗教に見えますけどね。
教えを説かずに、ただ実践しなさい、というのも一見人徳ある対応に移るのかもしれませんが
ずいぶんといい加減な態度ですね。
実践、というのは「帰苑したり法要に出たりして祈りを深める、その後は早朝奉仕なり、お助けなり、」
なのすね。
もちろん、信者が”帰苑し”て”法要に出”て、互いの話を聞いて自己満足的に納得していく分には別にかまいません。
好きなようになさってください。
早朝奉仕、って掃除ですよね?どうぞ掃除してください、それ自体はわるいことではありません。
だけど、おたすけ?大きなおせわじゃないですか?
どんな教えかも解けずに、人を勧誘するというその姿勢自体が、いま問題にされているのです。
あなたは、真如苑の教えがどういうものであるのか、きちんと人に解くことができるのですか?
ある人を勧誘した結果、その人の周りの人に不快な思いをさせることだってあるのです。
その責任をとれますか?そういう覚悟があるのですか?
それは人それぞれのことだから、とだんまりを決め込むつもりですか?
無責任で傲慢だ、というのはそういう態度をさしていっているのです。
苑が進める実践とは、要するに会員を増やして会費収入をふやすこと。
あとは、「仲良し会」で満足できるように、やんわりいいくるめることだけです。
細く長くつづける=本人には少しずつ会費を納めてもらって、熱心に勧誘
してもらうことによって金弦をひろげていく。
[226]時次郎 05/03/03 13:40 5GgVJXZix6
おお、偽の気配さん、無責任で傲慢だというご意見、見事な責任転嫁ですね。
あなたこそ何かの立派な勧誘員になれますよ。地獄の脅しで他人を動かす。常套手段です。
あなたのやっていることがまさにそれ。ご自分の人生はご自分で責任を持ってください。
 人生で悩み迷っているから入信したんです。
釈迦の教えなんか新人に一口に説明できるわけないでしょう。
お助けは強制しません。でも教えを説かないところがいいところです。好きなようにさせていただきます。
 伝統か新興かに関しては、伝統宗教の力を持った(本格派の)新興宗教と考えています。
ただ偽の気配さんのような見方もできるでしょうね。それは自由です。
 周囲の人に不快な思いをさせることは気をつけなければなりませんが、
それが偏見によるものである場合にはそんなことを入っていたら何もできないと思います。
 紋切型の思考法では真如苑は批判できませんよ。
[227]一般人 05/03/03 15:33 C4Xls/mP5W
>脱会を躊躇させる事は事実です。
私のケースは 
>>24にあります。

>知らないほうが幸せなばあいがあります。
釈迦的でない意見ですね。

時次郎さんはじめまして。
>戦中から昭和30年代までにこれだけ現代的な理論を整備してしまうのは驚く
どのカルトも、凄い部分はあるんですよ、だから信者が増えるんです。
ちなみに麻原の説法を聞いたことありますか? もっと驚きますよ。

>浄化の力があることと、お布施が安い
安いですか? そもそもお金をかけられない人は救われない教えですが。。
浄化の力は無いですよ。わたくし篤信導き親を長年見てますけど、教義と裏腹に懺悔も無いし。

>邪教の真如苑
ジャキョウってゆうか、醜い宗教ですよね。
まるで釈迦的じゃないのに「お釈迦様の智慧を悟ることが目的」とか言うし。

偽の気配さんがどこで「地獄の脅しで他人を動かす」ことをしたんですか?よく分かりませんが。
>紋切型の思考法では真如苑は批判できませんよ。
すでにMCを施行するカルトとしての真如苑は 隅々まで解析完了していると思いますが。
何型だか知りませんが、前スレからある私の意見はいかがでしょうか。 十二分な訂正なり反論なりをどうぞ。

[228]偽の気配 05/03/03 15:39 UyeilDjPHS
時次郎さん。

あなたの信じるようにされるがいいでしょう。
釈迦の教えを一口で説明はできないでしょうね、確かに。
では伊藤の教えは?
説明できないのか、しないのか、あるいは説明しようがないのか。
教えをとかないところがいい、
だからこの宗教は信じられる、などといっているようでは、
まだまだあなたはあまちゃんです。
再三いっているように、あなたが何に悩み何を信じてもそれは自由です。
あなたの人生に関わるつもりは毛ほどもありません。
地獄の脅しで他人を動かす?ははは、ユーモアがあるのか、はたまた盲目なのか。
あきれてものもいえません。
せめて、おたすけと称した勧誘に手を染められないよう、願うばかりです。
自分のみをどう処せようと、それこそどうぞご随意に。
聞こえのいい言葉だけに踊らされている今のあなたにはむりでしょうが、
一度、この板と、そしてこの板の前の版 
ザ! 真如苑。[0-1038]
を読んでみてはいかがですか?
紋切り型の思考がどちらなのか、じっくりかんがえてみることですね。
[229]偽の気配 05/03/03 17:11 UyeilDjPHS
時次郎さん

それから、言い忘れましたが
私自身身内の誘いで苑の信者ということになっています。
法要やらなにやらにもでましたし、伊藤なにがしのかいたものにも眼を通しています。
まったく実態を知らずに書き込んでいるわけではありませんので、あしからず。
[230]時次郎 05/03/03 17:38 5GgVJXZix6
   一般人さんへ
 はじめまして。お答えいただきありがとうございます。
どんなカルトにも凄い部分がある・・これは理解できます。
でも真如苑には凄い部分があるからオウムと同質・・ちょっと短絡ですね。
 一般人さんのような文章の書き方ってご自分で論理的だと思われていますか?
ちょっと非論理的のような気がするんですけれども・・そのような方の結論を
信じろといわれても・・
   偽の気配さんへ
 釈迦の教えを一口には説明できないでしょうね。って納得されてますけど、
おたすけの際には教えを理解し、説明できない態度は問題だ、とされたのはあなたですよ。
 教えを説かないところがいいんです。だから信じられるというのが甘ちゃんねえ・・
初詣で有名な川崎大師、永平寺などにいって「私に教義を明解に説明してください、
納得できたら信じます」と言う人がいるのでしょうか。予想される答えは「僧侶の私でも
その答え(釈迦の内証)を求めて修行中なのだ」というところでしょう。
自分に都合のよい教義の説明でポンと入会する方が甘ちゃんのような気がしますけど・・
 興味があれば入信するし、なければ近寄らないこと。修験密教の山岳修行中にも死ぬ方は
いらっしゃるんですよ。それを横目で見ながら続ける人もいるし、辞める人もいる・・
 仕事でも何でもそうでしょう。あきれてものがいえないのならもう言わないでください。
伊藤の教えは「社会に和合し、真如に一如していく」ことなのです。この言葉がわからない、
この言葉は実践できない、でもこの言葉を指標にして行こうと思うから入信したのです。
 私に言わせればおふたりの論調の方が完全に洗脳カルトモードです。
でもそれもひとつの考えですからね。楽しく読ませていただいておりますよ。
[231]偽の気配 05/03/03 18:02 UyeilDjPHS
時次郎さん、まぁ、ご自身が後悔なさらないようにしてください。
一般人さんも私も、別にあなたの人生に関わろうと思って口をはさんだわけではないです。
(そうですよね、一般人さん)
あなたが、良かれと思って信じている真如の教え。
ずっとこの板の前からのレスも「楽しく読んでいる」そうですから、
そこで挙げられてきた数々の項目について、
伊藤教擁護派新派としてのあなたの見解をしめしていただければ、
議論もできるでしょう。

あきれてものがいえない、といったのは、地獄の脅しで云々というあなたの言葉です。
どの辺りが地獄なのか、真如の教えとやらに、欺瞞を感じる身としてはよくわからんのですよ。

でも、「言葉の意味がわからない、でも指標にしていこうと思う」
たいした心がけです。
[232]時次郎 05/03/03 18:26 5GgVJXZix6
お褒めに預かり、恐縮です(^^)
冗談はさておき、偽の気配さんも誘ってくれたご家族の「気持ち」を
考えて苑を見直してみてはいかがですか?
 たしかに長い歴史の上で世間から「汚点」と見られる点はあったかもしれません。
しかし宗教は北朝鮮のように教祖個人を崇拝するのではなく、教祖が目指したものを
会員信者も目指して近づいていこう、というのが現実はどうあれ、建前なんですね。
 それでもどうしてもこのカルト宗教はけしからん、と思えば脱会されればよいし、
真如苑って新興宗教というより宗教臭さを払った本格的なお寺なんだなと思えば、
もちろんおたすけなんかせず、初詣、お彼岸、苦悩のあったとき、心を落ち着けたいときに
帰苑すればいいのです。もちろん、ご家族を含めた導き親、経親さんは「接心、清掃、勧誘」
というかもしれませんが、それはひとまずおいといて、ご自分に必要な心の何かがこの真如苑に
よって得られそうかどうか、もう一度冷静に検討してみてはいかがですか。
ご家族との付き合いで籍だけ入れているだけでも全くいいじゃないですか。
偽の気配さんが真如苑とご縁をもてたことはまことにすばらしいことだと思いますよ。
 無責任で傲慢で、金さえ集めりゃいいくるめ・・ぶっちゃけそういう側面はあるでしょう。
でも真如苑をそんな眼で眺めている偽の気配さん、しんどくないですか?
 深層意識に何かの不安、過去への疑念が溜まっているのではないですか?
ご家族とのお付き合いで結構です、たまには真如苑に遊びに来てくださいね。
 ありがとうございました。
[233]時次郎 05/03/03 19:31 5GgVJXZix6
 少し言葉が足りないのかもしれませんが・・
真如苑は伝統密教のすばらしさを充分認識継承しながらも
宗派格式教義の固定化によって釈迦の真意が庶民から
遠のいている、だからそれをもっと近く親しくわかりやすい
ものにしようと真言天台の統合、剃髪や昔の習俗の現代化、
道徳よりも浄化や霊能を中心とした教義などの改良を密教
分野にとどまらずあらゆる精神科学から整備しなおかつ
本来の密教の法力は本家顔負けの本格派で法要を行うという
形式を作り上げました。これは伝統仏教や既存宗教では
救われない人を救うためのものであり、それがための弊害や
試行錯誤も現在に至るまで少なからずあると思います。
 しかし仏教に何かを求める人は真如苑は良いと感じる霊気が
確かに道場には満ちておりそれが関心のない人には困惑の元に
なっていることもあるでしょう。新信者のわたしにいえることは
「普通の寺は仏教を尊敬する人が行く、真如苑は仏教を好きな人が行く」
これだけです。でもこれが真言宗の教義よりもなぜ空海個人が人気が
あるのか、そのヒントになっていると個人的には思っています・・
 立派な精舎が建つほどお布施を集めるのですから、当然大きなお金が
動いています。勧誘の過程では必ず拒否する人、初期中期で脱落する人
などが出るでしょう。その人たちから見れば「真如苑は欺瞞の教えで
金だけ集めといて、こちらへの応対は無責任で傲慢だ」と映るのでしょう。
 あまり言いたくないのですが・・川崎大師や浅草寺のようなお護摩札、
真如苑の道場のようなものや場所からは仏様の霊気が出ているんですね。
ですから、真如苑の曼荼羅や有名寺のお護摩札に合掌し頭を下げ、ご真言を
唱えることでその霊気が頂けてしまうんですよ。私自身この事実を最近に
なるまで知りませんでした。知っている人には当然のことなんですが・・
 ですからこの結果、信心が増し、知恵がさえ、運が開けてくるんです。
あ〜、越法犯しているみたいで言いたくなかったですね、余計なことを
すいません・・これを常識に照らして「無責任で傲慢」と見るかどうかは
それこそ各人の自由です。
[234]迷える 05/03/03 22:32 /4UyDVEhrU
真如苑についての私の見解はあなたたちより客観的です。
私は、真如霊能と接心修行に興味があるだけで苑のシステムや教義には、感心ありません。
苑に身をおいているのには、そのからくりを追求するためです。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」の心境です。
時次郎さんとは、少し違います。
もちろん外部からの苑に対する批判等も積極的に受け止めますが、苑の教徒だから
カルトだ!マインドコントロールされて救いようがないとか、挙句の果てには、カルトの
信者は、罪人なので妥当な罰を拒否する権利ないですとは、人間的欠落を感じます。
カルトの信者こそ被害者で最も救わなくてはいけない人達です。
結局自分のそぐわないものや違和感のあるものに対して集団で攻撃的態度をとるという行為は、いじめや集団リンチと同じ事。
もっと事実に基づき客観的に判断して欲しい

美しいものを見て素直に美しいと感じられる心
自分に素直になれる心が大事ではないのかなと思います。
後は時次郎さん よろしく
[235]ハウルの弟子 05/03/04 09:20 ZM1yeM3YRB
今日は雪ですね今朝ここを見つけました。2があったなんて知りませんでした。
淡々とした歩みでしたが 8年近く籍をおき
11/27に最後の接心を受けて それ以来もう苑には行っていません。
導き親は言います。
「今は深まる前の大事な時期かもしれない。先日あなたのことが接心で
示されたよ。所属の中に反発してきてる人がいるでしょうがその方のはなしを黙って聞いてあげてくださいって」
そもそも私がある日突然苑に行かなくなったのはこの導き親のある一言でした
初めて東京在住の家庭集会に出たときに その報告をしたら「それは筋親さんに報告したの?法流は上からだから電話してね」
そして その家庭集会ですごくいいお話をしてくれた霊能者の方の話をしたら
「その人がすごいわけではなくて 誰がそこでお話していたとしても
あなたにとってはその日の家庭集会への参加はあなたのためになたってことだよ
その人を個人的に尊敬する気持ちとか そういうのは違う」わたしはその彼女の一言で一気にさめてしまいました
あれから実にいろんなことがありましたよ。まず家庭集会の担当の方からの電話で ご奉仕どうですか?とのこと
その方へはすべて話して もう行く気持ちはないと伝えたらものすごく驚きました。「その導き親さんはおかしいし
その筋親さんの考え方もおかしい。在住の家庭集会は親に恵まれない
信者の集まりだから ここでなんでも聞いて教えてもらったらいいのに」その後 寒修行の担当の方からも電話がありました
寒修行中のご奉仕のことでした。さああんばろう!って意気込みだったわたしの突然の豹変に周りはとまどったようせすが
結局そのときも「導き親さんにもいろんな人がいるからね わたし達は教主さまと両同時様をおがめばいいのだから気にしないで
是非寒修行へは来てくださいね」と言いました。
さらにその後 2年ほど会っていなかった仕事仲間の方で苑の信者の方からも偶然電話がありました。
「立川に引っ越したからこっちに来るときは会おう!」って。この人にだけは やめたことは話してません。何故なら
是非このひとには会って 何故苑でがんばるのかを聞きたかったからです導き親の 反発という言葉は疑問です
反発ではなく 疑問も不信も抱えることなく自然にやめただけなのですか彼女はそれからもときどき電話をよこしますが
私を連れ戻そうとする力はありません 説得力もありません
もっと苑のことを必死に教えてくれてひきとめるはずと思うのにただ「元気?」と聞くだけです
今度わたしのことで相談接心をいただく予定らしいです。
たぶんそれは私恩ためではなく自分のためにもっと書きたいことがあるので後にしますね


[236]ハウルの弟子 05/03/04 09:32 ZM1yeM3YRB
改行がうまくできなくて 読みにくくてすみません。
宗教は 必要なものだと思います。
むずかしいことを 勉強する必要はないと思うのです
信じることができなくなったときそれでも知りたければ 勉強すればいいけれど
信じている人にとっては難しいことはどうでもよく
自分の心が楽になるのであれば いいのだと思います
だから 何かこちらが質問したときに 信じている人ほど答えられないのではないでしょうか
わたしも心のよりどころは欲しいですが それは苑ではなかった。
上の人の言われるままに 疑問も答えてもらえないままにお金だけを払えば
それで救われる そういうあまっちょろい実践が自分にはあわなかったのと
まず人間的に尊敬できない 導き親と筋親 こことの壁はどうすることもできませんでした
実の子供と離縁したり 亡くしたり そういうことが
幸せだとは思えなく.....この疑問も誰も答えてはくれませんでした。
やめてからは逆に自分に責任を持てるようになりました。
わたしの所属は2人いますが ひとりは続けています。
接心がとてもありがたいからだということです
それは 確かにわたしもすごいと思ったものでしたが
でも もしかしたら 自分自身ともっと会話をすることで
自分で気付いていけるようになれるのではないかと
最近は思うのです。
[237]一般人 05/03/04 10:37 PQW/DuZA4F
ハウルさんおはようございます。お元気でしたか〜。
本日は大雪。早朝奉仕も大変でしょうね。
でもそのポイント報告しないと霊位が上がらないというのもおかしいな。結局は会座だと言われそうだが。
何でもお見通しらしいが 仮に仏陀が身分を隠して帰苑したらどうなることやらw

>233あらゆる精神科学から整備し
>なおかつ本来の密教の法力は本家顔負けの本格派で法要を行うという形式を作り上げました。
>これは伝統仏教や既存宗教では救われない人を救うためのものであり、

まるで創価会員のような意見。 ま、組織自体似てますが。
>本家顔負けの本格派で法要を行う
のですか。 本家って釈迦サンガですか? そもそも「形式」はお金でいくらでも整えることができます。

>あらゆる精神科学から整備し
興味深いですね。 集団力学とかのことですか?教えてください。


[238]講釈師 05/03/04 11:59 L58Hg1Kdr9
時次郎様 よろしくお願いします。

「 仏様の霊気が出ているんですね。
ご真言を唱えることでその霊気が頂けてしまうんですよ。
知っている人には当然のことなんですが・ 」

すみません、私は知りませんでした。
[239]一般人 05/03/04 12:20 PQW/DVDL/W
いえいえ許しますよ。w 私も知りませんでした。
[240]偽の気配 05/03/04 12:33 UyeilDjPHS
時次郎さん、苑になじみやすい人ですね〜

私ですか?ぜんぜん疲れません。
苑をそういう眼でみているのではなく、苑の「客観的」「事実」を「視る」とそう見えるんです。

[241]地蔵。 05/03/04 12:55 eV8MwEEUn/
ちょっと見に来なかったら、物凄い熱気ですね!新進気鋭、ホカホカの湯気芳しい
時次郎さんの登場で板が必要以上に活性化してますね。

時次郎さん初めまして。新人と仰りながら、教団パンフより素晴しいカキコをありがとうございます。
皆さん親切心が昂じすぎて、スズメバチの襲来に必殺「布団蒸し」を繰り出す
ミツバチ軍団の如くで、ちょっと凄過ぎです。一気呵成は双方に実りが少ないです。
何せ1200を超える問答を経た我々ですから・・。迎撃しちゃだめですよ。

時次郎さん、今はもう新しい刺激や苑の人(特に導き親)の人当たりの良さ、細やかな気遣いに
この春入学の新一年生の如く幸せな気分でしょう。掃除などは禅の「心を清める」作用を応用してますし
家族的つながりは「居場所の提供」として最適です。私のように「本質追求型」でなければ
すごく幸せな時間でしょう。ですが、徐々に「自分と世間の違い=格差」を感じるよう誘導されるかもしれません。
自分=聖で、世間一般人=救うべき業の深き俗人と言う構図が内に生じ、勧誘したくなったら要チェックです。
どこもそうですが、団体・集団を維持し、繁栄するには金と労働力が必要であり、それは人体で言う食物と細胞です。
今言っても受け入れてもらえないかもしれませんが、上位の者ほど「組織維持の為に」貴方に親切なのかもしれないという
考えを頭の隅においといていただけませんか?
[242]地蔵。 05/03/04 13:13 eV8MwEEUn/
連投すみません。長くなっちゃったもんで・・。しかも見にくい。申し訳ない。
迷えるさん、微妙な立場に身をおいておられるのですね。教義に関心無くて
オカルトの仕組みに関心おありで修行中とは・・以前の私と酷似してます。
どのような成果がありましたか??ぜひお聞かせ下さい!!

それとMCや金ですが、「強制的じゃないからよかろう」というお考えに見えたんですが、
これは逆で、むしろΩの失敗を「学習」し、「ソフト路線でいく」ように進化した
教団であると思います。強引な事をした結果、周囲や当事者から猛烈な反発を買い、
たちまち衆目に晒されて「あそこは危ない」とのレッテルを貼られ、組織が瓦解した例は
数多くあります。ある関西系大物芸能人の暴行は、彼の(政治家転進)人生に致命傷を与えました。
ヤ○ギシの会もそうですね。特に今は劇的に発展したネット社会ですから、尚更警戒していることと
思います。「破壊的カルト」はちょっとそぐわないかな。「魂までしゃぶりつくしカルト=たまシャブ」
でしょうか。。

ハウルさん、お元気でしたか?こちらも昼だというに真っ暗です。寒いです。
これからも暖かいカキコ、よろしくです!
[243]ハウルの弟子 05/03/04 18:42 m43/TWO2
地蔵様 おひさしぶりです年末には復活していたのにわたしは気がつきませんで
さみしい想いをしていました。
時次郎さま....苑におしかけたのは何がきっかけだったのですか?
わたしが苑に入信したのは特にすごくつらいことがあったとか苦しんでいたとかではなかったのですが
苑にはいってからは 自分の身に起こることすべてを霊的なもの結びつけて考えられて
しまうためと 何か答えをださなければいけないとき 必ず接心や導き親や
筋親への報告と なんだか自分で自分の力で乗り越えていっている感覚を失ってしまいました。
あきらめや反省ばかりが身につき 本当に理不尽な想いをしても
人へまっすぐ伝えられず 我慢して自分の修行とうけとめる
いい人でいなければいけない でも ほとんどの人がそうあるべきと教えられるから
そう演じているようにしか見えなくなってきました
自分の幸せのために.....すべては自分のために 偽善者でいるだけ
よく プルーフで さんざん親を苦しめたけど 入信して目がさめて
心を入れ替えたら救われたとか 人生でシ七転八倒した人の話がよくされますよね
どうしてそこまでになるまでに自分で懺悔できなかったの?
とことん落ちるまで信心を持たなかったの?いつもそう思ってました
なにかあってからでは遅い だから徳を積むのだとよく言われました
大難を小難にするためには今から信心の徳を積むこの言葉はとても負のオーラで包まれていませんか?
何もかも悪いことだらけではない人生なのにどうも因縁 懺悔という言葉で信心をあおる
導き親さんがはつらつとして明るく元気な人だったら 尊敬できたでしょうが
私より若いのに地味で現実離れしていて さらに筋親さんもとてもあこがれて尊敬できるタイプの人ではありませんでした
親しくもしていないのに 何から何までつつぬけにされていてすごく嫌な感じをうけました そういうことを我慢していたので
やっぱりやめてみて おかしかったことに気付きましたよ
小さな頃祖母が大慈会という仏教の信仰をしており お経はずっとあげていました
お経をあげているといろんなことが頭を巡り 自分でふと感じたことを信じて
大人になりました。会費はありますが それ以外にお金は全くかからない
そういう宗教団体でした お経をあげればあげるほど 自分の気持ちが研ぎ澄まされて
おのずと答えがみつかる。そういう子供時代をすごしていたのに
何故 苑に浮気してしまったのかわかりません
ただ自分にはお経は必要です 今はこの教団の頃のお経本を取り出して
おがむことがあります。自分自身の修行で自分自身と会話ができること
そんなささいなことしかできませんが、先祖供養も大事であると思うので

[244]時次郎 05/03/04 18:44 keuXMzup
皆さん、私には過分なご意見、いろいろありがとうございます。
 まず私は入信初心者なのでたらたら書いたことは私個人の所感です。
真如苑の実体とは何の関係もありません。また仏教についての意見も
何の正当性も根拠もありません。ただ、初詣でお坊さんが「お護摩札に
朝晩挨拶をしましょう、仏様に祈り、お力を受け取る、それが加持」と
いう意味のお話をしていたので、「仏様の霊気」ということを私が思い
ついたわけです。ただ、このことが当然の人も結構いるらしい・・ですが
グラフにしろ、データで示せ、具体的な日時は?!と聞かれても答えられ
ません。その意味からは私の説明はかなり妄想に近いものです。
 私の入信の動機は自己の霊魂、浄化・清めです。先祖供養の施餓鬼も
他所ではもっと費用がかかるのではないでしょうか。それもどこどこより
幾ら安いみたいなことはわかりません。カキコへの感想は迷えるさんが
立場が違うも私の真意を理解してくださりほっとしたのと、地蔵さんの
241の注意事項はとても興味深いと思いました。これも頼りない私見ですが、
真如苑の教義のトピックに迫っていると思います(そんなのがあるのか
どうかは別にして)。ただ地蔵さんの意見立場に同調するということでは
ありません、念のため。一般人、偽の気配、ハウルの弟子さんもお答え
ありがとうございます。まだ接心は受けていませんが、「りぶらい」の
ように真如苑をどのようにとるかは各自の自由なわけですものね。偽の
気配さんのように現象面を追う方、私は苑の霊の働きを「妄想」した上で
入信しているわけです。でもここまで掲示板でしゃべること自体、完全な
不良信徒の証です。親様に霊視されたら当然注意されるでしょうね。
[245]ハウルの弟子 05/03/04 20:48 ZM1yeM3YRB
そうですね
こういった掲示板は見ないようにとわたしも言われましたよ
でも 正直でいいと思います。
不良ではないと思います
信じる信徒はきっとこんな書き込みには一喜一憂しないんだと思います
ただ ここに来ているみなさんは本当にいろんな知識をお持ちで
信徒の方からいただけなかった答えをわかりやすく述べてくれたり
ただくだらない批判だけを書き込むのではないことが
過去の書き込みをみたらわかります
接心の結果を是非教えてくださいね
そしてあなたがどう感じたかも とても興味があります
[246]週刊実話 05/03/04 21:37 d8W3qN0RUp
昨日発売号に真如苑の記事が載っている。読み応えあるよ。来週号にも続きが掲載される。
[247]ハウルの弟子 05/03/04 22:19 ZM1yeM3YRB
この辺じゃあ週刊誌はすぐ売切れてしまいます!
どんなこと書いてあるのですか?
[248]一般人 05/03/04 22:41 PQW/DiMXKi
217イタチさんありがとうございます同意です。普通にそのマジック・メカニズムを述べれば良い。思います。
怒りたくもなりますが、その必要もありません。

>「魂までしゃぶりつくしカルト=たまシャブ」でしょうか。。
幸福の科学の真の恐ろしさは、お金を取られることより心を買収されることだと思います。
http://nun.nu/odin.prohosting.com/~koufuku/koe8.htm

[249]時次郎 05/03/05 03:15 5GgVJXZix6
週刊実話立ち読みしてきましたよー。真如苑・芸能信者と一族内紛みたいなタイトル
(いい加減です)。上巻の本誌では芸能人と教義の概容について触れています。高橋恵子
夫妻、沢口靖子、石橋貴明(初耳!!)、故小森和子、松本伊代、大場久美子など。で、苑に
よって救われた人と、島田陽子のように借金つくってしまった人を対照的に挙げている。
 私としてはおばちゃまの感想と同じ。浄化されたモダンなお寺です。
教義は「常楽我浄」ですが、この言葉は世間は無常・苦・無我・穢土であると
いう認識の対極、つまり実相をさとった境地のことですが、私は意味が
わかりませんので「常楽我浄」を「真如に一如する」といいかえているのです。
具体的には法要で言われた「社会と和合する」ことをとりあえずの目標とします。
 ハウルさんへ 真如苑に入信した動機ですが、霊魂の防衛、霊魂の浄化、霊魂の開運の
ためです。余り悟りを開くことには興味がありません。それは人生が不幸になるから。
その話は後日に譲りますが、真如苑は日産の跡地を買収し、戦後無敵の天才的株屋の御殿を接収。
堤義明に箱根プリンスホテルまでヘリコプター連れて行かれた沢口靖子は帝王堤に部屋のドアを
40分間ノックされ続けたという(週刊現代)。有楽町駅の地下道を歩くと、キヨスクの「堤ついに逮捕」
という見出しと芸術座のお登勢のポスターが対照的に見えてしまう。もちろん以上は私の雑感
であり、何の正当性もありません。ただ、苑の金権体質を指摘される方が多いのに対し、私
個人は真如苑って金権を超越したパワーがあるんだなとは思っています。堤やホリエモンの
パワーって凄いと思うもの。ライオンズや西武線、ホリエモンは嫌いじゃないです。
なんか内容がまとまりません。続きはまたの機会に。
[250]イタチ 05/03/05 12:09 8oWYP8R59O
時次郎さん。
勧誘ではなく押し掛けで信者となり、しかも真如苑は新興宗教という認識を持った一風変わった立場からのご意見
興味深く読ませて頂いております。
私が気になるのは、あなたの認識は恐らく多くの一般信者さん達とは違うといことです。
そしてそれは教団の戦略によるものです。

私の知っている信者は、「新興宗教はイヤだけど、苑は醍醐寺が〜だから本物で、怪しくないんだ」
と言っていました。
そしてこう考えている信者さんは多いようです。そりゃそうです。教団がそう刷り込んでいるのだから。
でも矛盾していると思いませんか?
権威で体裁を整えれば、中身がどんなに怪しくてもいいんですか?
(怪しいというのは、実態が人集め・金集め主義であるという事です)

何もやましい事が無いなら、新興宗教団体として堂々としていればいいと思うのです。
そういう教団はきっと沢山あると思います。
信教の自由があるのだから、何かを信じる事によって自分を支えたい人もいるわけだから
妙な人格を作り出したりしない限り好きな事を信じていればいいと思うのです。

真如霊界があって、両童子さまからの御霊言を頂いて、死後は真如霊界へ。別にいいと思いますよ。
では何故、わざわざ醍醐寺の力を借りて「正統な密教」を謳ったり、信者も「新興宗教ではない」と言うのでしょう?
やはり世の中、新興宗教団体に対する(心理的な)抵抗があります。
でもその中で、独自な教義を持った団体が多数有り、その教義に惹かれる人が集まり
単に「新しい」小規模な宗教として成り立っているのでしょう。
そういったところでは、教団も信者も新興宗教の自覚がありますが、何一つやましいところが無いのだから
「新興宗教ですよ。だから何?」といったところでしょう。
[251]イタチ 05/03/05 12:11 8oWYP8R59O
では真如苑は?
「素晴らしい教えだから広めたい」を大義名分に、権威を借りて「伝統」を謳い、偏見を無くそうと必死です。
そして法要やプルーフ等の集会・親子関係・接心等で語られるのは人集め金集めに繋がる事ばかり。
(上で御霊言も別にいいじゃないかと書きましたが、その内容が結局教団貢献に繋がるのはいただけません。)
教えに自信があるなら新興宗教でいいじゃないですか。
素直な人達をコントロールして更に人を集めなくてもいいじゃないですか。
何故?
やましい事があるから、権威を借りて「怪しくないですよ」と主張する必要がある。
本当の目的は金集めだから、人集めが大切な実践であると教えに盛り込む。(人数が多い事も教団の信頼獲得につながりますね)

こういう嘘・偽りがある以上、例え霊の浄化(?私には理解出来ませんが)等の力があろうとも
私はこういう団体を宗教団体と認めたくありません。
非課税の宗教団体である以上、金儲け主義は許せません。
それならば「株式会社真如式霊能力開発センター」でも名乗ってもらいたいものです。
しかし既に教祖一家の金儲けではなく、建築等諸々の業界とグルになった巨大ビジネスですし
政治家も絡んでいますから、利権を失いたくない人たちによってこの構造は守られて行くのでしょう。

週刊実話、私も読みました。今回は私には既知の情報ばかりという感じでしたが
(特定の教団にこんなにも詳しくなっている自分が嫌になりましたが(笑))
次号は「最近の不可解な(?でしたっけ)動き」について語られるそうで、非常に楽しみにしています。
[252]一般人 05/03/05 12:41 vrHec/m2yr
そのとおり。
そもそも伝統仏教が「ウチは伝統仏教です」と言ったのを聞いたことがない。
「ウチは伝統仏教です」と言うのは 偏見を無くそうと必死な姿。

さらにいえば営利教団貢献も問題無し。その目的がほんとうの浄化であるならば。
ならば詐欺的MCも必要とされず 批判も無に近いはず。

[253]イタチ 05/03/05 12:47 8oWYPoPQXQ
迷えるさん。

>真如苑についての私の見解はあなたたちより客観的です。

客観的に考えましょう。真如霊能には真如霊界が不可欠ですよね。
あなたはご自分で真如霊界に疑問を持ち、霊能者に尋ねた答えが「それはあなたの心」で
それで納得するしかなくなったと書きました。
私は以前にも書いたように、新興宗教伊藤教としてなら真如霊界・両童子・真如霊能を信じる宗教があっていいと考えています。
様々な権威付けにより伝統仏教を謳う騙しについては置いておいて
「真如霊界に両童子さまがいて、そのお力が〜」が中心となっているのだから、その霊界があなたの心と言われては
宗教の成り立つ根本が崩れてしまうと思うのです。
独自の教義を持つ新興宗教団体なのだから
「霊界の存在等理屈では証明出来ませんが、存在します。接心で御霊言を頂いているでしょう?日々お力に守られているでしょう?」
と徹底すべきではないですか?
多くの信者さんはそれを信じているわけですが、迷えるさんは霊能者を問いつめてしまった。
その時霊能者は徹底してその存在を肯定すべきではないでしょうか?
そしてそうしたらきっと迷えるさんは「やっぱりそんなもんか。そのへんの新興宗教だ」となって退会していたのでしょう。
それを防ぐ為に「あなたの心」と言ってはぐらかす事で、「真如の教えは深い」と考えさせる手法なのではないでしょうか?

前にも書いたように真如霊界が自分の心であるなら、両童子さまも自分の心の中ですか。接心における霊能者はそれを映す鏡と。
なるほど、自分を見つめる仏教としてのうまい理屈付けがなされているわけですね。
単なるはぐらかしではなく、迷えるさんのような方への対処法として確立されている受け答えなのかもしれません。
しかし、信者の数だけ両童子さまはいるの?「真如霊界への貯金」は?信者の序列に従って流れて来るという「お力」は?
すべて自分の中?う〜ん。深いですね。仏教ですね(笑)でもそうなると霊能は不要で、一般的な仏教修行でよさそうですがね。
それならば金銭は自分のもとに持ったままで、心の修行と死後への備えが出来そうです。
つまり実体が無いから、つぎはぎだから、その場しのぎだから、矛盾が出る。
しかし矛盾を信者に考えさせる事で「終わりの無い修行」として終身貢献させ続ける。凄い事を考えたものです。
ストレスを与える事もマインドコントロールのコツだそうですから・・・

あなたはご自分で「納得するしかない」と書いていますが、これは既に客観視の立場ではないのではないでしょうか?
実はこの「納得するしかない」という台詞は私の知っている信者からも聞いた事があります。
(信じないわけにはいかないくなった、というニュアンスでした)。正に「マジックに引っかかった」と感じてしまうのですが・・・

>私は、真如霊能と接心修行に興味があるだけで苑のシステムや教義には、感心ありません。
>苑に身をおいているのには、そのからくりを追求するためです。
>「虎穴に入らずんば虎子を得ず」の心境です。
その姿勢は興味深いのですが、既にミイラがミイラになっているように見受けられます。
からくりを追求するならば、あなたが納得された真如霊界の在り方と教書に書かれている真如霊界の定義の相違を解明しないと
真如霊能には迫れないのではないですか?
そして教書の内容と、先の霊能者の発言、あなたの意見を綜合して分析すると「すべてはまやかし」という答えが出てしまうのですが。
[254]イタチ 05/03/05 12:50 8oWYPoPQXQ
すみません。↑の下から4行目、正しくは「ミイラ取りがミイラになっている」です。
失礼しました。
[255]時次郎 05/03/05 20:53 5GgVJXZix6
う〜ん・・寝ぼけた頭でよくわからないのですが、
昭和11年 立照閣(伊東教祖は修行中)、
昭和13年 立川不動尊教会に改称・・真言宗醍醐派に所属
昭和14年 醍醐寺で恵印灌頂
昭和16年 金胎両部伝法灌頂
昭和20年 終戦の宗派復活に伴い、真言宗を離脱、
     既成宗教に所属しない単独教団の体制に
     ・・かくて、教説にも、修行にも、布教にも、
     既成真言宗の教義教説に束縛されることなく
     独自の地歩を築き固める基盤が確立した
昭和23年 まこと教団に改称
昭和26年 真如苑に改称

      
[256]時次郎 05/03/05 20:54 5GgVJXZix6
 皆さんのほうが詳しいでしょ。伝統宗教と袂を分かち
新興宗教になったとはっきり書いてある。でも、教団の前身や
教祖の修行は伝統真言宗を正当に継承したものであり、教団の
中身が真言宗亜流や外道というのではなく、むしろこれが本来の
密教の真面目だという意気込みとそれなりの根拠をこめて真如苑が
できているわけでしょ。それが「真如密」という言葉にも表れている。
新興宗教だからといって誠意のない気持ちで拝まずにに、仏教に
対する厳粛な気持ちを持って活動してくれよというので「うちは
(中身・本質・内実は)伝統仏教だ」と言われているのだと私は思います。
 本来仏教は釈迦も空海も霊魂を否定し霊能を退けます。ですから
釈迦の内証と真如霊能、これがどのように両立するのか不安半分、
興味津々でした。でも説明を聞いた限りでは、ふたりの亡き童子と
弁才天、稲荷神は真如苑仏教の守護神であり、真如霊界とは彼らと
故教祖夫妻が創る、真如苑の守護霊力の源泉であり象徴。真如苑精神
の故郷みたいなものと私個人は捉えています。これも初帰苑したときの
説明ですが、立正佼成会その他の団体も一時期「神人養成プラン」という
のを立てて、団体生え抜きの心ある霊能者を創ろうと試みた。だがその
計画のほとんどが狐憑きのような、奇声を発したり身体をくねらせたり
倒れたりする奇矯じみた言動を生み出すだけに終わったという。一方
真如苑はそうした異常な霊動がもともと少なかったのが、伊東教祖の死後、
ほとんど無くなったという。苑の古い信者にも真如霊界の存在を疑う人も
結構いたが、この事実を目の当たりにして態度を改めたという。こんな大意。
 何度も言うけど、金集め、人集めはどこの伝統宗教でもやってるでしょ。
問題は教義や秘法に実効力があるのかないのかです。あとその結果が邪霊
悪霊のものでないかどうか。この点があるから私は浄化効果という点を重く
見ているわけです。心や霊が救われたなんて目には見えないところ。それを
はじめっから教祖会員一丸となって金集め・人集めしてると決めつける。
 そんな言い方したら普通の会員さんの中には怖くなってやめたくなる人も
いるでしょう。ほら、地獄の脅しで他人の行動を操作しようとしているじゃないか。
営業トークでは常套手段だが、他人が自分の意志で入会しているのをなぜ
尊重できないんだ。現会員の奴だっているじゃないか。真如霊界に見えない
ところで守ってもらっているかも知れないのに本当に失礼だよ。まあ法律には
抵触しない自由の権利のうちだからね、どんどんおやんなさい。
 私は気が短いんです!だから真如苑に入りました。(反省・・)
[257]一般人 05/03/05 22:08 y46aqQ5nVt
>釈迦の教えなんか新人に一口に説明できるわけないでしょう。
すべては原因があって結果がある。よく目の前の現象を見定めて認識せよ。祈っても解決しないぜ。
ご利益求めるから辛くなるのさ。 誰だって老いて死ぬ。思うがままにならぬのは当たりまえだよ。
そんな当たりまえの理屈を悟れば楽になる。 相互理解して慈愛でつながろう。

あたりまえのことをあたりまえに説くのが釈迦だす。

[258]一般人 05/03/05 22:10 y46aqQ5nVt
>お助けは強制しません。
おいおいそれがまだ接心も受けていない新参者のせりふかよ。w
あと ・・と私個人は捉えています。なんて言うけどそんな私見述べられても困る。
どうせなら経親や事務局員に直接聞いて書けば?
そうすればキミを通して継主と直接話ができるって事だし話しが早い。

>教義や秘法に実効力があるのかないのか。あとその結果が邪霊悪霊のものでないかどうか。
仏教には秘法なんて存在しない。
悪魔の囁きかどうかは苑の教義には「欲と脅し」が見られるから仏教の清浄さはさっぱり無く感じるね。

まあ信仰は自由だから詐欺的勧誘で誘い、払わねば不幸になるぞ!なんて毒を撒くなら私設地下鉄でやってくれ
とお願いしておく。

[259]イタチ 05/03/05 22:26 1F7EntAYUr
時次郎さん、きっとご自分で情報を集めて納得されてから入信したあなたには理解出来ないでしょうが
先程書いたようにあなたの認識が特殊なんですよ。
多くの信者さんは、仏教知識も宗教知識も無い状態で「お寺に行こう」「新興宗教じゃないから」
と言われて勧誘されている実態があります。
そして入信してからその成り立ちや教祖崇拝の実態を知り、「新興宗教じゃないの?」となるのですが
導き親等からの説明や法要等での醍醐寺からのゲスト登場により言いくるめられ
半信半疑に納得させられる構造のようですよ。
新興宗教が悪いと言っているのではありません。
しかし「新興宗教ではない」を勧誘の常套句に使わせているのは事実なのです。
何故嘘をつかせるか、が問題なのです。

地獄の脅しで他人の行動を操作ねぇ・・・
私はあくまで常識的な言葉を使って、実態を伝えるのみです。
勧誘の際に「そのままでは救われない」
自分の意志で退会しようとすれば「因縁まみれで不幸になる。○○さんはやめてこうなった」
という話が溢れる真如苑と、どちらが地獄の脅しで他人の行動を操作しているでしょうか。
さらには断り辛い人間関係を利用して勧誘します。
私は見ず知らずの人々に常識的な言葉で警戒を呼びかけています。信じるも信じないも自由。嫌なら読まなければいい。
会社の上司や大事な取引先の方から勧誘されたら無視出来ますか?
あなたは出来るかもしれませんが、それが難しい立場・性格の方も多くいるのですよ。
私と勧誘者、どちらが「脅し」に近いでしょうかね?

あなたのように純粋に自分の意志で入信している人は本当に稀であるという事を忘れないで頂きたい。
あなたの理論はほとんどの真如苑信者には当てはまらないのです。
[260]偽の気配 05/03/06 08:59 SmIXbc7mCM
>立派な精舎が建つほどお布施を集めるのですから
これは真如苑の実態をみると逆でしょう?
必要以上に立派な精舎を建てるために、お布施を集めているのです。
接心(これも苑独自の勝手なもので、こんな霊的なものは仏教にはそぐいません。)を受けた人たちは、
やれ因縁だ何だ、といわれ、それを断ち切るには護摩をたかねば、お払いしてもらわなければ・・・
という気持ちになるのです(そうなるように、あらかじめ誘導されているんです)
というのも、接心をうけるまでになんどか法要などにでなければいけませんよね?そこで繰り返し話される中身のない話は、しかし、無意識のうちの誘導には役立っているようです。まじめな人であればあるほどね。
これは、オブラートに包んだ地獄の脅し。脅しって、言葉荒くするものだけではない、ということを学ぶべきです。
入りたての信者さんが思い描いているほど、甘くやさしい団体でないですよ、苑は。
外側は甘くできてますけど。会員は金集めに加担している意識はないでしょう、そうさせているのが伊藤の巧みなところです。
でも知らなからといって全て許されるわけではありません。
ましてや、ことの是非を疑っているにせよ、ここにきて教団から聞かされている「事実」とちがう「現実」もありそうだ、ということを知った上では
雰囲気がよいから、教義などどうでもいいんだ・・自分さえ心地よければ・・というような、子供っぽい発言をするのではなく、人としての責任というものを自覚してほしいと思いますね。
旧オウム、現アーレフのHPでもみてみたらいかがですか?本質的に、苑と似たようなことをかいてますよ。

[261]時次郎 05/03/06 20:05 5GgVJXZix6
>そうすればキミを通して継主と直接話ができるって事だし話しが早い。
一般人さんは釈迦の境地に達しているみたいだから直接談判してみたらいかがですか?
>仏教には秘法なんて存在しない。
秘密の教義と修法、という意味もあり密教と呼んでいるのだと思います・・
もっと偉い人の意見じゃないと信用できませんよね。失礼しました。
>私と勧誘者、どちらが「脅し」に近いでしょうかね?
現に救われた人もいる以上、あなたの言うことは一部がすべてと強引に決め付けて
言っていると思いますけど・・真如苑に対する江川紹子みたいでかっこいいですね。
>これも苑独自の勝手なもので、こんな霊的なものは仏教にはそぐいません
だから新興宗教にしたって言ってるでしょ。
>旧オウムのHPでもみてみたらいかがですか?本質的に、苑と似たようなことをかいてますよ
ああそうですか。きっとオウムは昭和11年以前に立教して伊藤がその教義をぱくったんでしょうね。
はあはあはあはあ(喘いじゃうよ)なるほど。うん。
>子供っぽい発言をするのではなく、人としての責任というものを自覚してほしいと思いますね。
そうですね、皆さんのご意見からはオトナの体臭とフェロモンが発散してますものね。(冗談です)
そのくせ狭量っていうか思い込み中心で生きられて・・本当に幸せそうですね。こちらは非常に疲れます・・
楽しいご意見、まことにありがとうございました。真如苑がすばらしい宗教であることがよく理解できました!
補足ですが、私個人としては相手の気持ちに逆らった強引な勧誘はNGだとは思います。
現にある諸々のトラブル、それ自体が決してよいといっているのではありません。
おたすけの仕方は日々検討改善し、また明らかにおかしいな、自分には合わないなと思ったら
脱会する勇気も必要です。これは間違いありません。しかし、だからといってイコール真如苑の
内実がカネまみれの詐欺師集団というイメージを持ち、それを周囲に喧伝活動することもまた
偏った、他人の自由を侵害する行為だと思います。イタチさんは論点を
「勧誘の際に嘘がある」「退会の意志があるのにやめられない」といったように絞られた方が
よろしいかと思いました。私自身は親さんにやめたかったらいつでもどうぞといわれています。
これは親さん自身がおたすけ際のバッシングを痛感していることと、私の迷いを霊視してのこと。
それと真如苑は紹介制なので、勧誘された人は「ご縁がある」と考えているのでしょうね。
おっと、また継主さまに確認せず思い付きを言ってしまいました・・失敬失敬。
[262]寄り道 05/03/06 20:26 zjY4l7If0I
お助けして会費だけ自分が払っている人結構いますね。これおかしいと思わないのでしょうか。因縁が清められるからと言って自腹きるなんて。結構お金持ちなんですね。導き親さんは自分が入信したときは苦しくて助けてほしくて5人勧誘したのに、自分がよくなりたいと思ってはいけない欲を捨てろと言われました。ポイントが減るので止める仲間に対してやめると○○病になるかもとほかの人の名前を出しました。ほんとに入信する前と入ってからは違いました。
[263]寄り道 05/03/06 20:32 zjY4l7If0I
私何年か前に止めましたが、あっさり止めさせていただけました。文句などありませんでした
[264]一般人 05/03/06 22:34 Kp9GOxtqUv

寄り道さん>苦しくて助けてほしくて5人勧誘したのに、
美味しい話しには毒があるって事でしょう。 罠ですよ〜。
私なんかはもともとご利益欲しくないし そもそも開運・ご利益のためにする信仰など邪まだと思ってますから。

「霊や占いおよびそのカラクリに関与しようとする」態度は 明らかに仏教的なものではないですね。
※ ヴァッチャよ、[世界は常住かどうか、霊魂と身体とは一体であるかどうか、
人は死後にもなお存するかどうか、などのような種類の問い]に対する見解は、独断に陥っているものであり、
見惑の林に迷い込み、見取の結縛にとらわれているのである。
それは、苦をともない、悩みをともない、破滅をともない、厭離、離欲、滅尽、寂静、智通、正覚、涅槃に役立たない。

>美しいものを見て素直に美しいと感じられる心
美しいものは美しい。「見せ掛けの美辞麗句」にコントロールされないように生きたいですね。

[265]迷える 05/03/06 22:43 /4UyDVEhrU
イタチさん ちょっと遅れましたが、あなたの意見ありがたく拝見させていただきました。
まず、あなたたちの言われる新興宗教の問題ですが、確かにあなたの言われる通りだと
思います。真如苑は、仏教というにはあまりにも新興宗教的な要素が多いのです。
真如苑は、時次郎さんが書き込みされたように、昭和十一年頃から活動をはじめて
いるです。この時代というのは、私の聞いた話(年配の方々)から想像しまして、
今の時代とかなり違いいろんな規制が、あったと思われます。当時超能力(念写や千里眼)
についての事柄に対し、インチキだと非難されていた時代です。そんな中であえて仏教の
継承をしたほうが無難では?
ちなみに同じ時期に立正佼成会も「仏教の会」として発足しています、創価学会でもこれより
少し前ですが学術研究会として発足しています。

真如霊能についての霊能者の話にも少しニアンスが違います。
霊能者との話は、いろんなことを話しながら最終的に「真如霊能はあるのですか?」
と聞いたのですその結果の話なのです。決して、マニアルとか追い詰められて答えたとは、
思われません。真如霊能のあるないは、苑でのいちばん大切なところです。そんな
ところをいいかげんに答えるはずはありえません。

接心修行について少し気になることがあります。
苑の接心修業はミーデアムの霊能鏡に自己の心を写し、因縁のままに生かされる自分の
心を正しく立て替えるとある。
唯識思想という考え方にも同じような鏡について触れられている部分がある。引用すると
仏は心の深層から汚れすべて払拭されて、全く清らかに磨ききった鏡のような状態に
なった人です。ですから、彼の心中にはありのままの存在が写しだされてくるのです。
この「ありのままの存在」を「真如」といい、それを月にたとえて真如の月といいます。
一点の曇もなくなった仏の心、すなわち鏡の中に真如の月がその全貌をあらわすのです。

また、この鏡のことよく似かよった考えが深層心理で有名なユングの分析心理学で
見られます。
彼は無意識の中の影、影の投影と投影の引き戻しという考え方でこの考えが鏡に共通する
ところがある。
簡単に説明するとこの影というのは、自分の中に認めたくない不愉快で陰険な面、人格
否定的な部分、人間の本性の持つ劣等感で無価値な原始的な側面なのである。
要するに自分が「こうありたくない」と思うようなことであり、自分から目をそむけて
いる部分である。
その影を自分以外の他者に投げかける。つまり投影することによって、自分は口を拭う
のである。そして自分では見たくないマイナスの面を自分がそれを投影した相手の人に
見てその人を理由もなく毛嫌いすることになる。
ここで大事なことは、その影の存在を自覚して投影の引き戻しを行うこと
皆さんには、このようなことはご存知だと思われますが、あえて
簡単に省略してしまったが真如苑の接心修行に少しでも解明、触れることができれば
幸いだと感じます。
[266]迷える 05/03/06 22:43 /4UyDVEhrU
ああ それから自我の捨てることのできない人は、自分の思うままに生きたほうが
よろしいかと
あまりストレスをためると癌になりますよ。
[267]地蔵。 05/03/06 23:23 Eavd83VRTr
週刊実話、今日やっと読んできました。中々上手くまとめてありますね。
次が楽しみ。

さて、時次郎さん、槍ぶすまの如きハードな展開ですが、どうか
勘気なさいませぬよう。苑には薬も毒もあるさと割り切っておられるようですし、
「藁にもすがる思い」ではなく、「魂の浄化」ゲット目指しての御活動のようです
から、ひょっとしたらその内、他の信者さんと自分の積極的(?)スタンスの間に
違和感を覚えるかもしれません。(私も何だか浮いてるなーって感じが常にありました。
だって次に何するんだろうとうきうきしてましたし)

しかし珍しいというか、懐かしいフレーズですね。時次郎さんは若い方なのかな。
「魂の浄化」「霊的進化(開運や防衛などスキル獲得含む?)」等は私からすると
古くは70-80年代の(雑誌)ムーを代表とするオカルトブームを思い出しちゃうんですよ。
いや。懐かしい。その頃GLAって(今もありますが)団体が面白い事言い出したりとか、
アニメでイデオンが暴走したりとか、もうとにかく子供心にも熱く魂を語っちゃう時代(とき、と読む!)
でした。で、爛熟してΩが一気に流れを収束させてしまうのですが・・。

オカルトはともかくとして、時次郎さんの心を正し、世の流れ(運気)に上手く乗って生きていこう、という
ポジティブな姿勢は素晴しいと思います。ですから、早く内省を身に付けて「内なる導きの声」を見出して
下さい。その心眼で苑を見た時に貴方に映し出される真実が、この板でなお迷う多くの人の
道標と成ると思います。

[268]ハウルの弟子 05/03/07 00:00 ZM1yeM3YRB
今朝 エホバの方がみえました
玄関にしとやかに女性がふたり立っていました。
エホバの人って言われなくてもわかったのですが
扉を開けました 「人に何かしてあげられる人の方がしてもらう人より
幸せなのです そうおもいませんか?私達の神エホバはすべて与えて
与えて与えつくした尊いかたなのです」
といきなり言われました。ここ数日 まさに人に頼られるばかりで
何故わたしはいつも人に何かしてあげてばかりで見返りがないんだろう...
って思っていたときだったので この言葉は心を綺麗にあらってくれました
これと同じような体験が接心でした
心に愚痴がたまってくると 霊能者の方にはそれがすぐにわかってしまう。
不足な気持ちでいるときはそれが必ず示されて 反省させられたものでした
でも また世間に出れば 「なぜ?わたしの愚痴なんてたいしたことないじゃん?」
もっと回りの人は自分勝手じゃん?」って不公平な気持ちに戻ってしまいます
そういうことの繰り返しでした。
そしていつか自分も誰のことも許せる菩薩になれるのか?って考えたものでした
苑に行かなくなった今も そんな人になりたいと思う気持ちには変わりません
ところで どんな宗教もそうですが 何故女性が多いのでしょうか?
男性より時間があまっているからなのでしょうか?
いえ男性のように仕事に打ち込めない そのパワーを宗教にむけているのでしょうか?
もしも暇じゃなかったら きっとやらないしやれない
宗教とキャッチセールスに年配の女性がはまるのは
自分の存在感や 生きがいを他に見つけられないからなのではないかと
思うのです。何かの能力がなくてもお金と時間をつこめば
自分は誰かに認めてもらえるし 仲間もできるし.....
人はなにかの群に属していないと不安なのだと言います
そうして自分を見失うだけのような気がして仕方ありません

[269]時次郎 05/03/07 08:18 5GgVJXZix6
 今度は皆さん急にハイレベルの話題になって・・お手柔らかに願いますよ。
まず迷えるさんの真如霊能、月輪・鏡のお話、本当に参考になりました。
真言密教と霊能がうまくブレンドされているように思えました(私の感想)。
一般人さん、よく仏典を読まれて釈迦の思想についてご自分で省察されるその態度、
実にすばらしいと思います(本当ですよ)。
でも、世間の一般人は、特にカルマのきつい人は、一般人さんみたく仏教に関心をもち、
思索できない人も多いであろう、これも仏教の考えでありますね。
私みたいなそういう人に「さあ〜、今日から八正道でがんばろう!」といっても
マジでできないんです。下手すると意志を出してもできない。深層意識に
びっちりとカルマが食い込んでいるわけです。じゃあどうするか。
浄化された霊能で「洗脳して」身口意に(霊力で強制的に!)仏教的に正しいカルマを行わせて
しまうわけです。善業がつめるかどうかは別にして、少なくとも悪いカルマは残らない。
これも私見なのであしからず。でもこの方法はどうしようもない私には合っていると思っています。
もちろん苑のカモにされるリスクはあります。だからそこは博打です。
 ハウルさん、エホバの人のいうとおりです。少なくともハウルさんが周囲から信頼される方だということは
間違いない(マチガイナイ、って創価なんだよな〜)。真摯な一般人さんが読んでいるように、釈迦は愛欲を
捨てることを説きました。でも後世の人はそれができません。大乗仏教というものを創って愛欲を
「利用して」仏教を広めていったのです。その結実が密教なのです。菩提心・・迷えるさんの解説した月輪・
鏡・真如。大悲(カルナ)・・・ハウルさんの指摘された女性に代表される無我・無償の愛。そして方便・・・
この掲示板の議論の的になっている真如苑のあの手この手、嘘、欺瞞、オカルトありの「勧誘テクニック」。
迷えるさん、一般人さんの求める心、菩提心がハウルさんの大悲を通じて、真如苑の賛否両論のPR活動
となって、哀れな時次郎くんに救いの手が差し伸べられる・・これで胎蔵曼荼羅ができちゃう。
密教では釈迦ですら曼荼羅の一部です。地蔵さん、私は真如一如を唱えて内なる声が聞こえる
ことがありますよ。
[270]時次郎 05/03/07 08:59 5GgVJXZix6
 バカ話ついでに私の恥ずかしい過去をカミングアウトしてしまいましょう。
絶頂期の法の華三法行に行きました。質問に片っ端から答えて福永法源が
眼を丸くしてました。でも、あそこって教祖幹部信者全員が「所詮宗教なんて
金集めさ!」と考えているわけです。バブル絶頂期、私もそう考えていました。
明らかにおかしいと知りながら、書店では福永の本が平積みにされていました。
宗教心のかけらもない福永に私は共感しました。こいつは全く信じられない奴
だけど、言動は正しい!と思っていました。今でもそんなに悪い奴とは思って
いません。ニュースや週刊誌では高級車、億ション、女性関係を批判して
いましたが、そのこと自体、何がそんなに悪いのかいまだによくわかりません。
警察は「法の華は宗教法人でありながら、ご利益などの事実がない」ということで
福永を逮捕したのだと思います。警察OBも就職してたのに、トホホ・・です。
 その後厄年など信ぜずにお祓いをせず、怪我で手術をしました。その時占い師に
「川崎大師に行け」と言われました。また醍醐派の修験僧が霊視占いでよく見てる。
質問や説明をしなくていいのにぶったまげました。それから川崎大師に頻繁に通い、
何度かご利益を得て、真言宗や空海を信頼したわけです。大蔵出版の仏教講座32
秘蔵宝鑰・心経秘鍵を買いました。が、全くわからない。これは強い意志と瞑想の
深まりがないと理解できないんだと思いました。それから10年ですね。今でも
よくわかっていませんけど。仏教に対する核は前述の空海とジドゥ・クリシュナ
ムルティですね。これもはじめはちんぷんかんぷんでしたが、特に日本のような
右翼が強い国の問題点をずばり突いています。人はある価値観に基づき思考を
するのですが、価値意識が強いほど当然その思考は紋切型(機械的)になり、
当人はその殻に縛られてしまう、という内容のように思います。ですから、まま
ならぬ半分、思い通り半分のこの世で生きていくためには、どうしてもこの自分の
思考の型、価値の型の外側と「和合」しなくてはならないわけです。いままでのスレで
お判りのように、子供っぽい私はそれができません。その他の事情もありますが、
まあ大筋はそのような経緯で真如苑に入信させていただきました。即身成仏とは
地獄に落ちても私の全心身は真如の月と寸分違わない、さらにそれは真如苑である
とかないとか、そういうことに関係なく万物すべてがそうだ、さらに「人」の文字の
喩えのように敵味方なくお互いが実は仏さまとして支えあっているんだというのが
密教の教えだと思っています。ただ人生にはいろいろと折衷すべき問題があり、
そこに苑のお力をお借りしたく思っているわけです。
 本当に恥ずかしいね。
[271]時次郎 05/03/07 09:31 5GgVJXZix6
 だらだらとすいません。
クリシュナムルティの本は「私は何も信じない」「自我の変容」がオススメ。
本題から外れすぎてごめんなさい。誰か軌道修正してね。
[272]偽の気配 05/03/07 10:13 UyeilDjPHS
時次郎さんは、かなり勉強された上のことみたいですね。
本質追求型ではない、とのことでしたが、
いずれにしても、苑の内実なり、実際の修行(?)を通して感じたことなどをまた書き込んでください。
苑内とは違った意見があることにじかに触れ合うことができるので、
この板での議論をつづけていれば、多少なりともカモにはされにくくなるのでは?
肯定するにしても否定するにしても中立的であるにしても、言葉にして書き表すことで自らの考え方そのものも客観視することもできますから。なによりも、みなが考えるきっかけになりますし。

私は、本質的にどうなのか、ということに重きを置いて物事をみてしまいます。それが悪いことだとは思いません。それを人におしつけるものではありませんが、しかし、表面的なものだけにとらわれず本質を見極めようとすることは必要なことだと考えます。
それは、迷えるさんがいった、美しいものを美しいと素直に言えるようになるためにも必要なことだと。
苑の修行でなくとも、生きる、ということの尊さ(大袈裟かな?)、生命のもつ力に触れ合う機会があれば、人にも自分にもやさしくなれる(けして甘やかす、という意味ではなくて)。勿論、実際には言っているほど自分に厳しくなれないところ、甘えてしまうところなどはありますけど。
苑にいって、話をきいて、この程度のものでしかないのならば、あえてそれを信じる価値はない、そう感じました。
その感覚をうちやぶるようなものに出会えば、苑に対する見方もかわるかもしれませんが、おそらく無理です。
[273]時次郎 05/03/07 13:35 5GgVJXZix6
 偽の気配さん、ありがとうございます。
繰り返しますが、仏教というものは価値観=思考法=紋切型を
越えるものでなくてはなりません。そのために「真如苑右翼」に
なってはまさにミイラとりがミイラになる、の喩えどおりです。
 真如苑の仏さまが霊媒者(ミーデアム)を通じて、霊言を
出してくるようなので、霊媒者の心の曇り、受け手の心の曇りに
よってひっかけがあったり、正しいお告げがあったりするそうです。
 表面の言葉にこだわらず、皆さんの真意をよく汲んで苑の活動に
少しずつ参加していこうと思います。本当にありがとう。
[274]時次郎 05/03/07 13:57 5GgVJXZix6
 偽の気配さん、ひとつだけ、ごめんなさい。
「生命力」といいますが、これは注意が必要。
私は西野流呼吸法にも2年くらい通ったことが
ありますが(バカみたい・・)、生命力を実体として
捉えると、「私個人は」障害者やアルツハイマーに
なると考えています。お気を悪くした方、本当に
ごめんなさい。周囲から突出したある特別なパワー
ゾーンの想定、それは自我(エゴ)なんですね。
生命でなく生命原理、宇宙でなく宇宙原理、太陽
でなく太陽原理(大日如来)、これらは同じものですが
それと瞑想によって一致すれば我はとれ、弱者に
親切になれ、偽の気配さん言われた自分を慈しむこと
(ハウルさん、これが大事ですよ)も自然にでき、
マーフィーの潜在意識の本の真意もわかって、安全な
願望実現ができる、と考えているのです。ただし
堕ちない程度にね。私見ばかりで失礼しました。
[275]777 05/03/07 17:10 EpLsyQ55ws
道を間違えないで下さい
[276]777 05/03/07 17:27 EpLsy9IMza
今日週間実話読んできました。借金女優達は進む道を間違えましたか。鑑定してもらっているはずなのに。私も間違えた一人です。熱心でしたが、元統一教会の広告塔の人がある日突然目がさめました。と言われましたがまさにそうでした。うすうす気が付いていましたが、きっかけが無いと目をさます事が出来ないかも。いい方に進めばいいですね。
[277]偽の気配 05/03/07 18:23 UyeilDjPHS
生命力というとなんだか胡散臭げになりますね・・言葉足らずだったかもしれません。
生命力で何かをなおしてしまおう〜といったような意味で使われるものを連想されたのだろう、と思いますが、
寧ろ、あるものをあるがままに受け入れる力、というような意味です。
なので、生命の力・・と書いたのですが。
多くの生命の存在を意識すると、自分自身もたくさんの生命のなかのひとつにすぎないのだ、と感じます。抽象的すぎるかな・・・
[278]ハウルの弟子 05/03/07 22:14 ZM1yeM3YRB
週間実話はみつかりませんでした
探して読むほどのものではないですか?
[279]一般人 05/03/08 13:27 u7GuCp.1aD
真如苑では天台をどう認識しているのでしょうか。

[280]感想文。 05/03/09 11:42 6X5tXViKIR
仏教系であれ、その他宗教系であれ、
自分やその人生をより良くするための道具の一つとして
宗教を使いなさい、ってのなら信仰も可能ですが、
その実、その宗教のために自分の人生が道具にされる
仕組みになっている所は信用なりませんな。

信者の方も非信者の方も一度「メサイア・コンプレックス」
という言葉で検索してみて下さい。
熱烈な信者の方の心理状態がわかると思います。
縁在って、調べもの中にお邪魔しました。
[281]2 05/03/09 17:21 /7Xb16MnBN
真如苑うざい
[282]777 05/03/09 18:39 8YeKfRuXLa
疑問があったり、自分自身はこう思うと意見を言うと「世間ボウ」(世間の人の言葉)に惑わせられないでと自分の考えを取り去られます。これってマインドコントロールですよね。私が求める宗教は人の言葉もありがたく聞けるようなものを求めています。あと旅行先のサービスエリアでルンルン気分の時、筋親さんのような人が「それはリブライだからちゃんとあなたが言ってあげないといけないのよ」って私もいつか耳にした言葉が飛び込んできました。しっかり管理させているなかわいそうに、と思いました。もし疑問に思ったあの時、世間の人の話を聞かないでと言われなかったらまだ苑にいたかも。
[283]山ん高 05/03/09 21:02 15q010k0YU
>>280 http://nun.nu/yukitachi.cool.ne.jp/column/c012messiahcomplex.html
なんかいいサイトですよね。まるで苑を想定して書いてるかのようです。
宜しければ皆さんも一度ご覧になってください。
[284]偽の気配 05/03/10 23:32 Y4p7.ageWO
>>280 納得できます。
[285]ハッシュ 05/03/13 17:33 15q01goqk/
接心で未来が見えるのならば、今度いつ東京に大地震が来ますか。何月何日に?未来を教えてもらえるなんて適当な事を言わないでください。
[286]下品。 05/03/13 17:37 ttnonEd0oN
手前勝手ですが、みなさんに親しみを感じて敬称を「さん」にします。

一般人さん、ありがとう。 ただいま勉強中です。にしても私にキッカケをあたえたこの2枚の板、これを編纂すると「一如の道」のより良き理解の為の解説の書としてはベストセラー間違い無しですね。家内の洗脳を解く為には欠かせない掲示板です。
生涯金銭と労働を運び続けながら、三つの歩みへと追い立てられる毎日を繰り返す終わりの無いスパイラルから解かれた私は、ブラッドサーキュレーションも手伝って、我ながらなんともいい表情をしています。
家内にはまず、初転法輪の如くでしょうか、私の晴れやかな顔をみてもらっています。

仰るとおりだと感じています。これから長い年月がかかると覚悟をしています。 ですが必ず取り戻します、私の最終兵器は家内への愛です。

イタチさん、初めまして。私のHNなどはどうぞ使い回して下さい。
尊敬ですか・・・・値しません。いっそ笑って下さったほうが楽になれます。

私は、いままで自分自身の判断にずいぶん自信を持って生きてきました。
十代の頃に家族が離散して一人っきりでしたが、二十代半ばで会社を立ち上げて経験を重ねながら自分なりに将来を見据えていました、どんな時も自分の判断のみが頼りでした。
しかし焦がれていた家族が出来たらこのザマです、他人事と思っていた新興宗教の洗脳にハマって 気がついたら十年。長いレッスンです、笑えます。
[287]287 05/03/13 18:54 .ZJ7fkir9x
そして真如苑がミサイルを発射していると言う罠。
http://nun.nu/popolog.com/
http://nun.nu/kiri.jblog.org/
[288]時次郎 05/03/14 03:29 AgZlTZld.w
 皆さん、和気藹々アイとしてるところ、すんません。疫病神です。
>教祖のなかには、端から見ても、「メサイア・コンプレックス」に
突き動かされていると感じられる人もいます。
 立教前、伊藤教主は奥さんと交互に「おたすけなんかに専念したら
明日の米にも困ってしまう!」と霊言に逆らおうとした。だからこれは
真如苑に関しては当てはまらない。
>新興宗教に入信する場面・・まずはその教団を訪れることから始まります。
教団はもちろん大歓迎・・そしてその人が何を求めているかなどを熱心に
聞き出します。集団療法や心理療法の手法を使って、
その人が開放感を得られるようにし向けます。
 私の場合は違いました。「嘘か本当か、自分の眼でじっくりと確かめて下さい。
嘘だと思ったら、会費が切れたら退会扱いとなります。私は入信しても
しばらくは疑っていた」どう見ても集金活動戦略に血道をあげてる奴の言葉
・・に聞こえるのはあんたたちだけだよ。
>新興宗教の教義は既成宗教の教義を都合のいいようにつぎはぎにして
作られています。したがってどうしても矛盾だらけになってしまうのです。
 一見矛盾しているように見えて、実は整合性がとれていたりします。
但し、瞑想や祈りが深まらないとこれは解り辛いですよ。理解は修行後、まずは信仰から。
>それなのに、自分が信仰している宗教に、たくさんの人を入信させよう
とするわけです。
 地蔵さんが真如苑信者は消極的と書いてたでしょ。週刊実話の小森のおばちゃまの
コメントにも「束縛の少ない、気持ちの静まるお寺」という内容が書いてある。
 どこが真如苑を想定して書いてあるのだろう?
 嘘も千回言えば本当になる・・お前は大作の手先か?
>信仰によって救われたという確かな実感が得られたような人は
勧誘活動自体が必要なくなるはずです。救われたいと感じている
ような人たちが、惹きつけられてやってくると考えられるからです。
 真如苑はまさにこの通りです。だけど、自分から調べて入信する私のような
ものは特殊なタイプなんでしょう?ですから、ベテラン信者の方中心にこれはと
思う人に目をかけて地道な勧誘活動を行っているわけです。
>多少は神経症的心理による問題があったとしても、それをうまく
乗り越えることができれば、神経症的な不安や苦痛から解放される
可能性が高いのです。
 苑では特に若い人にこの手の体験談が非常に多いです。それでいいじゃん。
>私は、いままで自分自身の判断にずいぶん自信を持って生きてきました。
 自分自身の判断に責任を持つ、自身を持って断行する、これは確かに大切なことであり、
なかなかできることではありません。ただ、真如苑は30年、40年先駆けている宗教です。
奥さんの信仰はそっとしといてあげたらいかがですか。
いまはカモにされている・・と思われていてもお仕事のピンチを救って
いただけるかもしれませんよ。
[289]感想文。 05/03/14 08:11 6X5tXFu517
気になってまた覗きに来ました。
>>下品。様
初めまして。苦悩しながらも真摯に奥様と
向かい合おうとされる下品。様に感銘を受けている次第です。
難しいことに、奥様から救ってほしいと手を差し伸ばす時しか
その手を握るチャンスは無いと思います。
でも、その時が来たときには迷わずその手をつかんで
離さないようにして下さいね。
その時に下品。様が力強く、揺らがぬようにあるために
まずはゆっくりと養生なさって下さい。
その苦悩がいつか報われて、笑い話となる日が来ることを
お祈り致します。
なんか偉そうな物言いですが、ご容赦下さいませ。
>>山ん高様
>>偽の気配様
「これかー!」と膝を打つのに十分なものでした。
多分どこの新興宗教のトピックに紹介しても
「うちのことだ」と言われる人はいると思います。
>>時次郎様
あなたはあなたの道を進めばいい。
でも、無断でコピーや転載をするような
マナーの無い人から言われてもねえ。
説得力に欠けますよ。
あんまりエキサイトしてると信用なくなりますよ。
[290]偽の気配 05/03/14 10:09 mynxzNDT83
時次郎さん、エキサイトしてますね。ミサイル云々というのは眉唾ですし、実際に誰もレスしていませんから、まぁときにはそういう書き込みもあるということで。
メサイアコンプレックスについては、
>立教前、伊藤教主は奥さんと交互に「おたすけなんかに専念したら
>明日の米にも困ってしまう!」と霊言に逆らおうとした。
真如苑以前の伊藤氏はまだまともだったということでしょう?
立教以後、その方針が転換してはいませんか?
なによりも、メサイアコンプレックスをうまく利用されているのではないか、という指摘だと思いますよ。
時次郎さんの周りの苑の人をじっくり観察してみてはどうでしょう?
30年、40年たっているとはいえ、2代目なぜその人が次いだのだか良くわからない形で結局は伊藤の実の娘が継いだ、にすぎません。
その際にも、いろいろとどたばたがあったのは確かなようで、けして霊験あらたかだとか、人物的に優れている、修行によって悟りを開いたから、などという理由で継いだのではないのです。
肉親で継いでいく、さらにその基幹となるべくところに、教主伊藤の子供二人をたてている:これでは、伊藤をあがめよ、という北朝鮮も真っ青な宗教だといわれても、きちんと反論できないんじゃないですか?
信じることによって見返りを求める、という姿勢そのものは、釈尊の言葉に反すると思いますが。苑では、釈尊よりも伊藤尊し、のようですから、それもやむなしですか。
それよりも、無意識なのか意識してなのか「障害者」や「アルツハイマー」に偏見的な見解をもっていらっしゃるようで、そのことも気になります。
[291]時次郎 05/03/14 15:18 AgZlTZld.w
>あんまりエキサイトしてると信用なくなりますよ。
 私は基本的に苑反対派の皆さまの「説得力」なるものを
全く信用しておりません。
>時次郎さんの周りの苑の人をじっくり観察してみてはどうでしょう?
 その人はその人の道を歩めばよろしいのです。
自分の帰苑した限りでは、私も含めて皆さん自分の悩みの答えを瞑想して
仏さまに問うといった形で、おたすけにエキサイトしている人にはまだ
お目にかかったことはありません。いたって普通です。
>肉親で継いでいく、さらにその基幹となるべくところに、
教主伊藤の子供二人をたてている
 このふたりは不動明王の両童子になぞらえて苑創立の犠牲になって
亡くなられた。信者の間で霊験譚は数え切れない。もともと霊言に
よって立教しているので世襲でもよいのでは?特に問題もないし。
>北朝鮮も真っ青な宗教だといわれても、きちんと反論できないんじゃないですか?
 オウムとか北朝鮮とかすぐそういう風に飛躍するところが全然わからない。
だからエキサイトもするし、皆さんの何人かの対話は少人数の自作自演じゃないかと
勘繰りたくなってくる。どのみち説得力ないけどね。
>信じることによって見返りを求める、という姿勢そのものは、
釈尊の言葉に反すると思いますが。
 釈迦仏教と密教は違います。密教は釈迦が否定していた呪術を
とりいれたものだからご利益信仰です。でもどこの密教寺院でも
釈迦を崇拝してますよ。こういう基本的なところを突っ込むから
信用できない。まあ反対のための反対だからそれもやむなし。
>それよりも無意識なのか意識してなのか「障害者」や
「アルツハイマー」に偏見的な見解をもっていらっしゃる
 意識的にある共通の原因(心因)があるのではと考えています。
つまり、「生命力」や「人間性」みたいなことを右翼的に強調されすぎた
方たちなのでは・・と。テレビのドキュメンタリーなんか見ていると
当然ですが、健康なときはスポーツやイデオロギー的に優秀だった方が
多いと感じたものですから。でも不謹慎ですね。すいません。
当然この見解に関しては入信以前からずっと持ち続けてきたもので、
真如苑とは一切関係ありません。ただ、私はよくいわれている右翼的な
信念一途で健康もカネも人の和も思いのままというのは嘘である、
信用できない、それも30年40年スパンで、と考えているのです。
逆に短期だったら右翼的念力でオーケーだ、ともいえます。

 
[292]偽の気配 05/03/14 22:32 Y4p7.agel/
犠牲になってなくなられた・・・ですか。はまってますね。幼い子供が亡くなったのは、教団なにがしの設立やら維持のために駆け回ったため子供への気配りが十分できなかったからでは?親のエゴで子を死に追いやっただけではないのですかねぇ。供養したいという気持ちはわかるにしても、それを後の後まで飯の種にするようなやり方は、あこぎとしか思えません。
アルツハイマーについては、なぜそういう症状が出るのか、科学的な解明がすすみつつあります。精神論的なところにもっていくのは、旧ナチスと会い通じるものがある危険な思想ですね。多いと感じた、ではなく、統計的に多いかどうかを検証して、それできちんと有意な差が出るのであれば初めて客観的にイデオロギー的に優秀だった人がアルツハイマーにかかりやすい、といえるのです。
客観的なものの見方とはどういうものをいうのか、それをきちんと知っていないと、いいカモにされますよ。
時次郎さんは、自分がどう思うかばかりが優先しすぎて、物事の本質を見ていないように思えます。
メサイアコンプレックスの項にも書かれていたように、それ自体が悪いことである、とはいっていませんよね。
そういう気質があることを知ること、そして新興宗教の中にはそれにつけこむものがあることを、自覚しましょう、というメッセージであったと私は受け取りましたが。
苑に対する、いわゆる批判に対して、主観的にこう思う、ああ思うというだけではなく、客観的な事実を挙げて説明してもらわないと、納得できる人はいないと思います。
主観的にそう信じる、という盲目的な人を除いては。とはいっても、たぶんわかってもらえないんでしょうね。
[293]時次郎 05/03/14 23:13 AgZlTZld.w
客観的に科学的に証明されてなければすべて迷信です・・
中国共産党みたいなコメントですね。
 神社やお寺に初詣に行く人、お守りやお札を祀る人、
全部迷信です。
 「納得できる人はいない」という断定的な言い方をされて
いますが、なぜ真如苑には大勢の信徒がいるのでしょう。
>新興宗教の中には・・自覚しましょう
 ですから真如苑には当てはまらないと申し上げているのです。
 私はナチスは悪魔的ではあるが、ユダヤ人こそ危険な人種であると
思っています。
 「物事の本質」「客観的」そしてついでに論理的、これらの要素は
偽の気配さんには認められません。というか気配どころでなくあなた
偽以前の存在ですよ。偽ならもう少しうまくやってください。
 アルツハイマーに関しては自分のエネルギーだけで人生を
生きられないという私の中の例です。宗教的動機です。
 統計とっているうちに人生終わっちゃいますよ。
一生学校行ってなさい。あ、そうそう、国語から習ったほうがいいですよ。
[294]偽の気配 05/03/14 23:30 Y4p7.agel/
時次郎さん、かわいそうな人ですね。
[295]続真如苑を語ろう 05/03/14 23:36 5btmUAKh/B
偽の気配さん、
時次郎さんは新入り信者ではありません。 あなたはただ教団に釣られて踊らされているだけです。
批判派諸氏の数名は、もう初めから気付いていますよ。


[296]時次郎 05/03/14 23:37 AgZlTZld.w
 時次郎さんがかわいそうな統計データを示してね。
そうじゃないと誰も納得しないヨン。
 思い込みと事実のすり替え。本当に創価っぽいな。
[297]時次郎 05/03/14 23:45 AgZlTZld.w
 続語ろうさんへ
 私はバリバリの新入りです。残念でした。(証拠は見せませーん)
信者は掲示板の閲覧も禁止されているって別の方が言ってるんですよ。
だから洗脳操作もあなたの思い込み、創作童話です。残念!
[298]イタチ 05/03/15 02:32 QO2Vu6T3PM
では釣られましょうか。
バリバリの新入りさんの演説よりも、下品。さん、地蔵さん、一般人さんの経験談の方が説得力がありますよ。
[299]講釈師 05/03/15 11:53 YVMfGJBK0V
----我れ神仏を尊んで神仏を恃(たの)まず----

宮本武蔵の遺文とされる「独行道」にある、
武蔵、開悟の境地だということです。
剣豪 武蔵ならばの言葉ともいえますが、
現代では科学の知識やネットという武器を手に入れました。

「 信じるものは救われる。」のか
「 信じるものは騙される。」のか。

1995年3月20日、あの日からも10年が経ちました。
それでも未だ「 アーレフ 」に入信する若者が居る。
広い日本、色々な人が居るのも事実です。

あの時からの世の中の変化は「 情報発信の開放 」なのでしょう。
マスコミが牛耳っていた情報の秘匿が開放されつつあります。
どうぞ、何が事実なのか「 新しい武器 」を使って探究して下さい。
[300]下品。 05/03/15 18:42 AbEF7q8eZX
感想文。さん、初めまして。

選択した道を突き進んで失敗し、過去を取り返そうと新しい暮らしを始めた。いわば私は、自業自得と切り捨てられてしかるべき存在です。

此処だからでしょうか、末席を汚しながらもですが プライバシーや恥までも晒して私が体感した真実を伝えたいのは、同じ経にいた二十歳前後の純真な青年教徒たちの存在があります。

家族の中では、孤軍奮闘中で 表情は晴れやかなるも心は荒廃して乾いているのでしょう。
感想文さん。のメッセージを繰り返し読むほどに沁みてきます。自業自得の私にも 暖かいものを下さるのかと。

家内が助けてと その手を私に差し出す・・・そんな時が来てほしいな。
[301]一般人 05/03/15 22:24 5btmUIVAkw
悪質なカルトだと解ったら、たとえ脅されようとも脱退しましょう。
そしてそれを周囲に喧伝活動することもまた、宇宙を救う尊い行為だと思います。

>あえて仏教の継承をしたほうが無難では?
無難?なるほどそういう理由で得度したわけですか教主さんは。

そして285ハッシュさんの提言は単なる「カラカイ」に終わります。
接心は人生の指針となるべきもので当てものでも予言でもないのです。
そして「超能力」は日本の新興宗教には欠かせません。
信者たちはその現象に驚かされるのですが それも教団により予定されたシナリオです。


>我ながらなんともいい表情をしています。>私の最終兵器は家内への愛です。
すばらしいですね。 羨ましいです。w

MCの解除は、険悪になったり紆余曲折でしょうが私の場合は友好的に成功できるかもしれません。
今現在は「本当の仏教ってこういうんだよ。 いい教えだろ?」という感じで
「相手の好奇心を刺激」して釣って(これはカルトが悪用※する手口ですが私はそれを逆手にとっています)
それにつづけて苑の非仏教性、カルト性、詐欺性 を挙げていくわけですが、
そのときはやはり険悪になったりします。 そしたらちょっと核心から離れて、私が慕う宮崎駿の話をしたり。
(じつは彼の作品ではよく破壊的カルト手口や邪まな教祖が示唆されるのです。彼は、人類の光と闇を抉る作家です)

[302]一般人 05/03/15 22:26 5btmUIVAkw
あと他カルトとの明らかな類似性を挙げていくことも不可欠。それはもう読みきれないくらいの本が売られてますが
たとえば「私たちはなぜ法の華を信じたのか」なんてのもありました。

「1千万人の心をつかんだ秘密」というのも読みました。 おいしいところを抜き出しますと、
P149
・・だから折伏(勧誘)に成功しえない場合でも、こうしたマイナスの暗示効果を与えるのでなくて、
相手にすこしでもよりよい暗示効果を与えるような、いい方法はないものだろうか。
そのためには、直接的折伏に邁進するかわりに、学会員が、魅力ある人間として社会人として振舞い、
生きた見本を示し、一般の人々を感化していくことのほうが効果的だと私はみる。
「あの人はりっぱな人だ、尊敬できる人だ。本人はあまりいわないが創価学会員だってね」・・・
直接に折伏するのでなく、結果として折伏するやり方である。

そしてWEB上でもこんなすばらしい同志が居ます。
家族を新興宗教から守ろう 
http://nun.nu/www.geocities.co.jp/Technopolis/9575/
・一度に献金したら、いくら鈍感な私でもわかるが、毎月1万数千円づつ出し続けていたため、
・この人の体が少しでもよくなればいいと思って入信した
・『地上天国』や『切断した指が再び生えてきた話』、『手から金粉がわき出した話』など、
・これから先、私と登志子と子供の家族の生活が崩れかねない恐怖を感じた。
・『献金したくなる』、『しなければいけない』と感ずるような心理操作が事前に行われた結果として信者が献金を行う
・神の力であると思わせ、より強固に信者の心を縛り操っていくのは、詐欺師の手口と同様
・「徳を積めば(献金すれば)病気は治る」
・国連とのつながり、皇室とのつながり、著名人とのつながり等を盛んに持ち出し、
・新興宗教の多くは、宗教法人として税金の納税義務も免除されており、金銭の出納内容は闇の中同然
・『荘厳な神殿の建設は、万単位の新たな信者を生む効果がある』
・金をたくさん出した者は危険なときに命が助かるが、金を出さなかった者は命が助からないのだ。
・その金の出し方は中途半端であってはならない。『精一杯』献金しないといけないのだ。

だそうです。はあ。 とりあえずゆっくり行きましょう。
知識を得ずに見切り発車すると跳ね返されますよ。 いずれにせよ一朝一夕に成るものではないんですから。
そして組織以外のほんとうの友人を沢山つくりましょうよ。
下品。さんはある日フッと目覚めたんですよね。
「あの雲に乗っていけば万事OK」と、天空の城ラピュタみたいに真如雲に突入し、
ある日フッと雲上に出てみたら「あれ?なんかスッキリー」みたいな感じでしょうか。
そんなユーモラスなあなたに「アゴなしゲンとオレ物語」というたのしい漫画を勧めてみます。

[303]一般人 05/03/15 22:26 5btmUIVAkw

299講釈師さん、 「信じる者は、騙され、救われる」のだと思われます。
騙されている信者さんたちは、「救われている」と、騙されているのでしょう。
どんな災難に遭おうとも、「大難が小難に」と思わされ、入信していなければ実は「大難が無難」だったりして。w

前にも言ったけど「真如邪霊が事故に遭わせて、金を払えば少し解消される」仕組みだと思いますが。
んで更なる感謝のお布施を払わせる という仕組みじゃないでしょうか。

[304]一般人 05/03/15 22:27 5btmUIVAkw
>大乗仏教というものを創って愛欲を「利用して」仏教を広めていったのです。その結実が密教なのです。
そのとおりですね。でもそこはチリュウインでは教えないでしょう。

おそらく今までも多く 目覚めた人=仏陀は存在するだろうが
釈迦のキャパシティはその中ではるかに突出していたのだろう。
仏教は「反宗教」として出現したが、天才釈迦が亡くなると共にその本質は維持されず失われてゆき、
1000年後には結局仏教は宗教に飲み込まれてしまった。

本来の仏教から乖離した「新興宗教である」ということは信者さんも認めているようですが
私は多くの欺瞞的要素
たとえばあるお寺だと供養料いくらとか明示されてるのに真如苑の場合経費とかを事前に知らされない、
そしてその上限もないこと、や、マルチ的(大乗的)構造、欲を煽り罪で突っ突く精進?その他の内実、
そしてそのシステムから生まれる弊害に対しての全く誠意の無い対応、を見るに 極醜悪だと結論付けます。

信者さんが精神学などにより裏打ちされた魅惑の教えに納得することで組織に荷担するのはわかりますが
信じているから騙されていると思わない、のも当然です。

そういえば以前会合に出席した際、ある幹部?のおっさんが満面ニコニコして
「この教えは絶対に間違いないから云々」してましたがその説明は1つもありませんでした。w
思い込みでもいいけど根拠くらい示せよないい大人が。

>必要以上に立派な精舎を建てるために、お布施を集めているのです。
これは残念ながら批判としては力を持ちません。精舎増殖=救済拡大 という風に切り返されます。

※ 経費の上限もない真如苑
納金1万円以上は無料にすればよい。たとえば
時給¥1000で10h以上献身すればそれ以降は護摩施餓鬼接心料などすべて無料とする。
賢い真如苑がそれをしないのは 金儲けが目的だから。
西川勢二企画部長(当時)によれば
「お布施の金額までは管理されてません・今後もその考えはありません」とのこと。 なるほどそう来ますか。


[305]感想文。 05/03/16 09:36 6X5tXlWaOk
下品。様
レスを拝見して、大変恐縮しております。
自業自得。そう、下品。様は自らを責めておられるようですが、
こんなものの見方はどうでしょうか。
釈迦は死に瀕する程の苦行の末、スジャータの差し出したミルクで
命を拾って悟りを開いたとかいう逸話があったと思うのですが。
でも、その時釈迦が「こんなになっても真理が見つからないとは
私の選択は間違いだった」と自分を責めていたら、
あの悟りはなかったものと考えます。
下品。様の選択はさしづめ「苦行」だったのではないでしょうか。
それが間違った選択ゆえの苦しみだったかもしれないけど
自分には必要な過程であったと受け入れる覚悟さえあれば、
苦しんだ末の結論は自分の宝につながるものだと私は思います。
自業自得って悪い意味にしか使われないですけど、
自分の宝だって自業自得によるものだと思います。
[306]地蔵。 05/03/16 20:25 YVMfGbVgX3
人間って一つの事に夢中になってると、それはとてもとても気持ちがいいんですな。
で、それをやめろだのなんだのけなされた日には腹も立つし、余計やめるもんかって
感じです。

ウチの甥っ子、姪っ子が5つ6つの軍団なんですが、本に夢中だったりTVに夢中だったり
するんですが、それを止めさせてご飯にしようとすると、もう怒りまくります。

いや卑近な例で申し訳ない。それが信条や生き方、思想となった日にはもう。

解決の糸口はTVや本・お菓子以上に素晴しいもの=あなたはあなたであることが一番すばらしいよって
いう思い、心から心配しているぞ、っていう愛情がしっかり伝わることかと思います。

否定だけだと、程なく「ふんっ。いいもん。もういらない」と席を立たれちゃいました。
伯父さん悲しい。

既に不断の行の如く実践為されておられる事でしょうけど。。
それに時次郎さんがイガ栗状態なのも、何だかもったいない状況です。
時次郎さん特有の「偏り」具合がいい感じを醸す場合もあるだろうに。
それが「霊障・業よ!」みたいな片付け方を苑でされてないかとか、いらん想像をしてしまいます。

まとまりなくてすみません。
[307]偽の気配 05/03/18 07:26 Y4p7.agel/
一般人さん、
http://nun.nu/www.geocities.co.jp/Technopolis/9575/ みました。
団体のところを置き換えてみても、
やってる中身は「おどろくほど」一致しますね。
[308]下品。 05/03/18 13:03 4zrWjz0bbK
不勉強、未経験であるが故に 偏りがちな私の認識を早速正して頂きました。
感想文。さん、どうもすいません。 必要な過程であったと受け入れて建設的にことを進めていきます。

地蔵。さん、ご自身のあれこれもあるでしょうに 初めての事に右往左往している下品の姿がわかるのでしょうね。 わざわざ私のレベルに下りてきて、なんとも解りやすい例えをもって教示下さる。 本当に有り難い。

地蔵。さんの言葉を勝手にお借りしますが(すいません)、鱗を落としまくりながら進化を目指す。は、ここの皆さんの生きた言葉にハッとして眼から鱗の 私の姿を正確に捉えていると。

一人では、何も成せないとつくづく思いました。
[309]妻が苑者 05/03/18 14:27 cgKLRQv4ff
突然にすいません。
私の妻は真如苑の信者です。
特に具体的な実害があったという認識はないので今は帰苑や集会等の送り迎え程度の協力はしています。
ただ真如苑(宗教)というものの性質や実態が私には良くわからないのでこの先のことが心配です。
最近生活のリズムが苑のスケジュールに偏ってきつつあり、生活の一部であるはず(私の主観です)の宗教が
真ん中に座ろうとしています。娘が小さい今はまだ良いのですが大きくなるにつれその生活がまかり通る事は
避けたいと思っています。娘のナチュラルカラーが真如苑っていうのはどうかなと・・・。

学問としての真如苑はおもしろいと思います。仏陀の涅槃教や他宗教との接触、社会との交流など
実際の現状はどうであれ建前上あるものは現代社会においても美談ではないでしょうか。(どこも同じかな?)
しかし悪までもそれは道徳上優れているということで、そこまでで止めておけば良いではないでしょうか。
そこに物事の真理とか霊能者の接心による導きとかが加わってくるから、めんどくさい事になってくる。
私が見ている限り、信者の大半は後者のことを「触れたい」或いは「目指して」苑に帰苑しているのではないでしょうか。
それこそが真如苑の真髄があると思っているのではないでしょうか。
私は社会道徳上で良いとされているものに触れるのは良いことだと思いますが、神秘的云々は自己責任において自分達で
解決していくもので、相談接心とかお札とかに頼るのはどうかと思います。
そういった観点から、妻を脱会とまでは言わないがちょっとスタンスを変えてほしいと願っています。
ここに登場する人はこの手の話の有識者と思い、なにか良いアドバイスがあれば教えて頂きたいと思います。

[310]講釈師 05/03/19 10:31 /1WgcqaOym
妻が苑者様、はじめまして。
身内が苑徒−被害者の会、そのAです。

「 素直に、謙虚に成りたい。」と言うのであれば良いのですが、
ついでに、「 伊藤一家には盲目的に服従せよ 」がもれなく付いてきます。
「 接心 」なるものを通じて「 苑の奴隷−馬鹿 」に成るのを恐れます。
万障繰り合わせて、境内掃除に喜々として行くのは、私には理解不能で、
現在、考察中です。(私はボランティアと思い早朝の送迎をしていました。)

霊位向上を放棄されれば良いのでしょうが、それが可能なのでしょうか。
純真なお子様が、偏った価値観で育てられるのはどうなのでしょう。

私は、今の時代、ネット環境、この掲示板に出会えた事を感謝しています。
[311]妻が苑者 05/03/19 16:33 z7ngMQ7e2l
講釈師様、お返事ありがとうございます。

私は以前結婚前に将来の妻がやっている宗教ってなんだろうと思い「潜入信者」をしてました。
確かに「伊藤家の人々」に対してカリスマ的な何か異質なものを感じていました。
しかしだからといって常に最敬礼を要する人々かは疑問です。なぜなら「伊藤家の人々」より
自身が置かれている立場から見渡せる範囲で尊敬や感謝すべき人々がいるはずからです。

ところで「霊位向上」とは何なのでしょうか?何を目指しているのでしょう?
「伊藤家の人々」でしょうか?「仏陀」でしょうか?「良き人物」でしょうか?
さっぱり理解できません。でも私が理解しないかぎり始まりませんから前向きに考えて
みたいと思います。

これからもご助言宜しくお願いします。
[312]講釈師 05/03/19 20:02 /1WgcqaOym
妻が苑者様、私が返事をして良いものかどうか窮するところですが、
書かせてもらいます。

「 霊格の向上をはかる 」と公式のホームページに記載しています。
「 めざせ、ホームヘルパー2級 」と同じで、
「 めざせ 歓喜(という苑だけに通じる霊格)」だと思われます。
そして浸れば浸るほど、手段が目的となって「悟りの境地 」ではなく、
単に、霊位向上のみに お布施、勧誘、掃除に主眼が置かれるのでしょう。

「 豚もオダテれば木に登る。」と言いますが、
甘い言葉も用意しています。
在家仏教徒、自称 宗教家や、占いを修行と言い替えたりもしています。

10〜20年をかけ1000万円を使い
最終目標は「 霊能者 」らしいのですが、八卦見と狐ツキの除霊師です。
手品教室に入ったほうが余程、有意義だと思われます。

私は真如苑という新興宗教の存在を知ったのが昨秋でして、
色々と書き込んでいますが、間違いを指摘されていない所をみると、
ある程度、的を得ているのかなと勝手に思っている超新参者です。
[313]下品。 05/03/19 22:07 X4Uy70Q8pH
「十年一昔」といいますが。
今年は、さまざまな出来事の節目にあたっているようで 十年単位の区切りに合う例が多いですね。

日露戦争終結百年。昭和改元八十年、戦後六十年、自民党結成五十年、ベトナム戦争終結三十年、プラザ合意二十年、そして阪神大震災、地下鉄サリン事件から十年。

「地下鉄サリン事件」。 事件当時、痛切に思いました「師をたがえると大変な事になる」と。
そしてそんな時、私の場合 師と仰ぐのは誰だろうか・・・。その頃読んでいた本の著者 大正大学教授、故増谷文雄先生かなと。 先生の著書によって仏陀をずいぶん身近に感じていました。
思えば 入信用紙に名を書かれていたのも ちょうどその頃でしたか。

それから数年後、真如苑の機関誌で 未入信の方に見せてはならないと言われている「歓喜世界」の 非常に古いバックナンバーを十数冊手に入れることができました。
そこには、六歳で霊能を開いて 教徒にご霊言を降ろす「豆ミーデイアム」と呼ばれていた次女、孔子さんの大活躍の様子が毎号に載っています。 後に「みなさん、教主はボケが始まりました」、「何をいうか!」と開祖と大ゲンカするんですが・・・・。
戻ります。 驚いたのは、寄稿文を連載されていたのが 天台の今東光先生と前述の増谷文雄先生でした。
真如苑の機関誌上であるにも関わらず、真如苑や霊能を一切語らない両先生の仏教随想は素晴らしく、心の何処かに未だ納得しきれない慌ただしい信仰暮らしを続けるなか、真如教徒であることを忘れて貪るように読んでいました。
こんなこともあって 十年過ごしてしまいました。私もある意味、師をたがえたようです。

真如苑には、真実が少し混ぜてあります。 疑問を抱いてもすべてを否定しきれない、縋りつける真実。 その中に仏陀の理論、理趣経の一部、覚鑁のガチリンなどがある。

今年、真如苑を去った私も入信から十年の節目。 家族を取り戻す節目の年にしたいと思っているこの頃です。

相変わらず まとまりなくてすみません。
[314]地蔵。 05/03/20 01:33 QLYsqHOlfB
>天台の今東光先生
マジですか!!どのような内容か、かいつまんでお知らせ願えませんか?

・・すみません、興奮してしまい、つい・・。
[315]一般人 05/03/20 02:13 Ri6QFd0rRh
下品。さん
>プライバシーや恥までも晒して私が体感した真実を伝えたいのは、
>同じ経にいた二十歳前後の純真な青年教徒たちの存在があります。
これぞ慈悲です。

>「みなさん、教主はボケが始まりました」
そんなことまで。
これではカルト経営者として失格です。マサコさんに継がせた教主の判断は正しかったようです。

孔子さんの大活躍の様子、そして両先生の仏教随想、大まかに教えていただければ嬉しいです。

[316]こねこ 05/03/20 05:51 skkMWinL/n
はじめまして。こねこと申します。
グーグルでこちらを見つけて、初めて書き込みさせていただきます。

実は私は、真如苑の脱会者です。
私が入信していたのはずいぶん前のことで、1990年の夏から約半年間、
まだ20歳の時の話です。留学中で、海外での入信でした。
どうしても納得がいかず、おかしいと思って、半年後に脱会を決意した
のですが、それから会費切れになるまで様々な形でかけられたプレッ
シャーと戦うのが大変でした。

情報不足のまま、信者だった友人に誘われて入信し、やはり情報不足の
まま、自分の判断で脱会したわけですが(当時は今のように手軽にイン
ターネットで情報収集、という時代ではなかったので)、この掲示板に
来てみて、同じように脱会した方、またいろいろ調べておられて納得の
いかない方が書き込みされているのを見て、驚いたと同時に少し嬉しく
なりました。

ご迷惑でなければ、私もここで体験談を少しずつ語らせていただいても
よろしいでしょうか?きっと愚にもつかないことや、若気の至りとお思い
になることがたくさんあると思いますが、私が当時何がおかしいと思い、
プレッシャーをはねのけてまでの脱会に至ったのか、書きながら少しずつ
整理してみたいと思っています。

新参者ですが、どうぞよろしくお願い致します。
[317]下品。 05/03/20 12:43 J.1BqoH38M
昭和50年、春号から 故 今東光先生の「懺悔行」と題された随筆のほんの一部ですが。

私の所属する天台宗の開祖伝教(でんぎょう)大師(最澄)といふ御方は、亡くなられる時に弟子どもを沈頭に置いて御遺言をなさいました。それを宗徒は御遺告と申し伝えて居ります。
私は十九歳の若さで願文を草されて比叡に籠られ、山林仏法を開かれた宗祖の燃えるような文章で綴られた願文にも心を打たれるのでありますが、御臨終にのぞんでの御遺言の中に、 お前達は過ちを冒した児童(小僧)を折檻して鞭打ってくれるな。頼むぞよと仰せられて居りますが、私はその条(くだり)に読み及びます毎に涙が頬を伝ふのであります。
まさに末世の山法師たる私は幾度か鞭打たれべき所業を繰り返して居るのに拘はらず、いまだ以て山の高僧学匠から鞭打たれないのは御遺言のおかげではありますまいか。

ほんの一部で申し訳ありませんが・・・・。

思いましたのは、真如教徒の 結果的には自身の霊位向上の為の「ナデナデ教化」とは遥かに違う次元の、「私は死んでゆくけど どうかあの子たちを叱らないでおくれよ」の言葉に抱かれて道を遵法していける感謝を先生は綴られていました。
[318]下品。 05/03/20 14:01 J.1BqoH38M
すみません。あつこさんの字を間違えておりました、孜子さんでした。こんなことだから教徒が勤まらなかったんですね。
でも精舎内で孜子さんの話は一切タブーでしたが・・・・。

主に「会座」後の結びとして、開祖と共に<孜子さまのお話し>として当時活躍されています。
「会座」は、最も重きをおく真如苑の修行で 結びは今、亡き開祖のご親教と苑主のご瑞教になっています。
実質的に初代の青年会会長であったということも併せて開祖はずいぶんと信頼を寄せていたことが伺えます。

しかし後、開祖がお年を召して体調が優れずふせっていた頃に 青年会で孜子さんの例の発言があったそうです。
開祖が回復されてから、その事についてのご親教をビデオにて拝聴したことがあります。
白髪を振り乱し、壇上を拳で何度も叩き、涙を浮かべながら「私は弟子に牢獄にブチ込まれましたが、教徒を裏切ったことは一度もありません」と。 そしてその中で 教団で初めて「一闡提」を説き、次女を名指ししました。
このご親教は私の脳裏に焼き付いています、忘れられないものです。
どうにも私には、この時の開祖に嘘が見えない 現在の真如苑とは何かが違うように思えるのです。

真実一人を救う誓願に発足した教団は、いつからか金銭、利権欲と他者の破滅もいとわない善悪のたがが外れた人格をもった何者かによって走らされているように思えてならないのです。
[319]下品。 05/03/20 16:21 9nwjP/3msm
こねこさん、初めまして 下品(げぼん)と申します。
体験談などをぜひお聞かせ願えませんか。

生まれた頃から、或いは幼児期から親によって帰苑を重ねているたくさんの子供たちがいます。
物心ついても 親が言うから、喜ぶからと さらに重ねていきます。
その子たちは、小学4年から接心の修行が始まって その後ご霊言に蹂躙されて暮らしてゆくことになります。
私事ですが、私の子供たちも例外ではありません。

この板を見ている青年教徒の方々に、立ち止まって考えてもらえたらと。
宜しくお願いします。
[320]カーネル 05/03/20 22:21 suC3loSL95
こねこさん、初めまして。以前この板に助けてもらった者です。
私もこねこさんと同様、苑を脱退しようとしていた時に導き親を始め
多くの人に引き止められました。
MCされかかっていた心と、やっぱり何か変だという心との葛藤でかなり
混乱していました。今は苑とはきっぱり切り離した所で暮らしています
が、苑に関する情報収集は私なりに続けています。
その中の一つとしてこの板を読むのが日課になっております。
こねこさんの苑との関わり方について、自分と近いものを感じました
ので是非体験を語って頂ければと思いました。
私が言うべき事ではないかもしれませんが、ここに書き込むことで
こねこさんの心の整理の一助になっていくことと思います。
よろしくお願い致します。
 地蔵。さま、皆様お久しぶりです。2へと繋がっていた事大変嬉しく
思います。
地蔵。さまのいつも鋭いながらも暖かい書き込みに感動しつつ、
これからも読ませて頂こうと思っています。
[321]地蔵。 05/03/20 22:40 QLYsqN7BKc
下品さん、ありがとうございました。そうでしたか、バブルが弾けた後ぐらいの
頃、丁度件のΩが動き出していた頃そのようなことが・・。

今東光師のお話、本当にありがとうございます。素晴しいお話ですね。
やはりお聞きしてよかった・・。

>カーネルさん、お久です!お元気でしたか。復活おめでとうございます。
色々あったかと思いますが、どうかこの板でもよろしくお願いします。

>こねこさん 初めまして。ここは多くの経験者が集い支えあう場です。
貴方様の素晴しいお話を、どうかぜひ皆さんにもお聞かせ下さい!
よろしくお願いします。
[322]一般人 05/03/20 22:47 Syp76sq9nq
下品。さんありがとうございました。詳細なレスは、後ほど新ためてさせて欲しいです。

偽の気配さん、302は秀明会のサイトでしたが「朝起き会」って知ってますか?
あれ「宗教じゃない」と自称する組織なんですがそれも苑とかなり似ていて面白いですよ。
どちらも私のような寝坊助には向きませんし。w

ところで 週間実話 真如苑その2 読み逃しました。どなたか観ましたか?
ハウルさん、その1は新しい情報は見られませんでしたよ。
[323]一般人 05/03/20 23:40 q9Zs2urj9w
突然ですが私も釈尊の言葉に感動したことが多くあります。

*「修行僧たちよ。お前たちは師を尊崇するが故にたずねないということがあるかもしれない。
修行僧たちよ。仲間が仲間に(たずねるように)たずねなさい。」

*「アーナンダよ、それはこのことを考えてみてもわかるではないか。
人々は、わたしを善き友とすることによって、老いねばならぬ身にして老いより自由になることができる。
病まねばならぬ身にして病いより自由になることができる。
また、死なねばならぬ人間でありながら、死より自由になることができる。
アーナンダよ、このことを考えても、善き友をもち、善き仲間のなかにあるということが、
この道のすべてであるという意味がわかるではないか」

高みから教えを説くのではなく、
師弟関係ではなく、けして崇拝ではなく、共に求道する仲間として、善き友として 釈尊は居たのです。
そして「自灯明法灯明」と言い、
移ろい行く万象の中で、自らと法を拠り所とせよと。


[324]こねこ 05/03/21 08:44 skkMWv2vdP
下品。さま、カーネルさま、地蔵。さま
早速、暖かいレスをありがとうございます。

正直なところ、真如苑での出来事は私にとって大きなトラウマに
なってしまっているため、今まで滅多に人に話したことがありま
せんでした。また、話しても真如苑という団体の実態を知らない
人にはわからないだろうなと思って、頓珍漢な反応をされるより
は黙っていたということもあります。
この間に過去ログを少し読ませていただいたのですが(まだ全部
は読破できていません…少しずつ頑張ります)、この板には苑の
実態をよくご存知の方が多く、また非常によく勉強されている方
が多いので、私の体験と思っていることをきちんと受け止め、
疑問も解決していただけるのではないかと思っています。
皆さま、よろしくお願い致します。

この板は、苑の青年教徒の方も見ていらっしゃるのですね。
まず、私自身が実際に体験したことと、その時どう感じたかを、
誇張せずに書いてみようと思います。
長くなると思いますので、今日はまず入信までの経緯を書きたいと
思います。いっぺんにまとめて書く時間がなかなか取れないので
毎日少しずつ書く形になることをお許しください。

私は高校を卒業してすぐ、音楽の勉強をするために親元を離れて、
外国に出ました。最初こそ語学学校や大学入試準備コースに通って、
必要な助けを受けて楽しく過ごしていたものの、何せ初めての独り
暮らし、更に言葉の不自由な外国でしたから、やがていろいろな
問題にぶつかるようになりました。
そんな中で同郷の留学生と知り合い、いろいろと話を聞いてもらっ
たり、助けてもらうようになりました。この人が後の導き親になる
人なのですが、キリスト教の聖書研究会で知り合ってクリスチャン
だと聞いていたので、そのことに何の疑いも持っていませんでした。

外国生活をはじめて約1年、大学入試に2回失敗し、下宿の大家
さんともトラブルが起こって、なんだか八方塞がりのように感じて
いた時に、「実は、僕はキリスト教の洗礼も受けているけれど、
仏教にも帰依してるんだ。教会関係の仕事をしているから隠して
いたんだけれど。」とこの人に打ち明けられました。「君が苦しん
でいるのを黙って見ていることが出来なくなった。僕が帰依して
いる仏教、真如苑なら助けになると思うのだけれど、入信しないか」
と。
[325]こねこ 05/03/21 08:46 skkMWv2vdP
キリスト教圏の国の文化を学ぶきっかけになればと思い、また
お世話になっていた日本人の先生がクリスチャンだったことも
あって、当時キリスト教の聖書研究会に定期的に出席していた
のですが、そこに出席しているクリスチャンの「洗礼を受けた
私たちは救われていて幸せ」というお決まりの台詞に、「洗礼を
受けていない人たちはかわいそう、早く救われてね」という言外
の本音を感じて、すっかり行くのが嫌になっていたのもちょうど
この頃でした。私のそんな心理を、無論この人が知っていたこと
は言うまでもありません。

もちろん、入信前にいろいろと真如苑に関する説明を求めました
し、家庭集会にも連れて行ってもらって、他の人の話も聞きました。
それで真言密教であること等、一通りのことはわかったのですが、
肝心の教えの内容になると「これは密教だから、入信しないと
教えられない」という風に言われ、答えてもらえなかったことを
覚えています。
今ならこの時点でおかしいと思うのでしょうが、その時は個人的
な行き詰まりの状況、クリスチャンに対する不満といろいろなもの
が鬱積していたのと、誘ってくれた人が今まで隠していたことを
「私のために」打ち明けてくれたことが嬉しく、そこに信頼できる
ものを感じて、とにかく教えを知るために入信することにしたの
です。また、実家が真言宗だったので、その系統ならあまり変な
ものではないだろうと思っての入信でした。(この時は、真言宗
にもいろいろな派があるなんて知りませんでしたし、そこから
派生した真如苑が特殊な存在だとも当然知らなかったわけです。
外国なので本で調べることも出来ず、1990年のことなので今みたい
にインターネットで情報収集などすることもできませんでした。
だから今思えば、ひたすら導き親さんに信頼しての入信だった
わけですね。)

入信した時、日本の経親さんから電話で「この教えには、一番
必要な時に結ばれるようになっているのですよ。だから大丈夫。
大変な時期でしょうが、頑張ってね」と言われたのを覚えています。
経親さんは、確か霊能者だったと記憶しているのですが…少し記憶
があやふやです。結局一度もお会いすることがなかったので、今は
もう名前すら覚えていません。

(今日のところはここまでにしておきます。続きは明日。)
[326]マック 05/03/21 12:00 Gl19Kd.Cxg
しかし真如苑って新興宗教なのにいろんな方がいらっしゃいますね。医者もいれば教授もいらっしゃいます。会社の社長さんに君もどうかねなんて言われると行かなくてはならないのだろうかと思うと根が深くなりますね。でもどこかの団体に属してないと心配なだけじゃないの?私はそんなのうざい、わずらわしい、めんどくさいので
さっさとやめました。20年ぐらい潜入していました。ルポも書けます。やめたわけは新興宗教だったから。ひとつの家族を崇拝するのって・・・・みんなマジでお金払ってるのかな。でもやめない人はそれなりにはまってるんだからしあわせだろうね。家族も大変だね。私も朝早くからいろんな修行しました。かんぎかんぎといわれせっせっとお金はらいましたよ。いつかここだと言う時に霊界で使ってくださる。なんて言われてね。でも使ってもらえませんでした。そのとき騙された。と実感しました。○○で助けてもらいたかったのに。徳が足らないと一言でした。20年やっててだよ。私と同じ思いの人いると思うけどな。それとあとまこと教団の時のうわさ子供の時親が親戚と話してた。思い出したよ。仏道に使える人のすることじゃないよ。
[327]こねこ 05/03/22 22:04 skkMWMIwQc
さて、今日は入信中の時期の出来事を書こうと思って来たの
ですが、20年選手?のマックさんが書き込まれているのを見て、
半年ごときしか入信していなかった私が何か書いても意味がある
のかな、とちょっと思ってしまいました。でも、私個人の体験は
固有の体験なので、続けて書くことにしますね。

入信してすぐに、電車で2時間ぐらいで行ける大きな街の家庭
集会に霊能者が来るというので、導き親さんと一緒に行きました。
私の1週間後に入信した人も一緒でした。余談ですがこの人も
同じキリスト教の聖書研究会に出ていた人で、当時の聖書研究会が
いかにクリスチャン以外にとって居づらい場所であったかがわかる
と思います。
初めて実際に霊能者の姿を見たわけですが、正直なところ印象は
「ただの冴えないおじさん」でした。(口が悪くて失礼!)話も
今となっては全く覚えていないほど印象のうすいものでした。
事前に導き親さんと話して決めていたお施餓鬼とお護摩を、規定の
金額を払ってお願いし、短く私の個人的な状況を話してアドバイス
ももらいました。導き親さんに「今言われたことをよく考えてみて
ね」と言われたのですが、ちっともピンと来ませんでした。何の
悩みにでも当てはまりそうな、当り障りのないことを2つ3つ言わ
れただけのように記憶しています。話に聞く「霊能者のすごさ」は
全く実感できなかったわけですが、何せ接心の場ではなく普通の
家庭集会でしたし、そんなものなのかなと何となく思っていました。

その後で、1ヶ月ほど日本に里帰りしました。両親に教えのことを
話していなかったのですが、経親さんから電話がかかってきて、
実家のある街の精舎の情報を教えてくれたり、郵便が届いたりしま
した。何とか上手く切り抜けていたのですが、衣服の中にバッジを
つけていたのを母に見られたのがきっかけで問い詰められて、とう
とう話すことになってしまいました。母は「変な宗教に入って…」
とショックでパニックになり、家はあっという間に修羅場になりま
した。私はすぐに導き親さんと連絡を取って状況を説明し、実家へ
の電話と郵便を止めてもらいました。また、母のあまりの取り乱し
ようについ「やめるから」と嘘をついてしまったのですが、これが
嘘であることは両親にも見抜かれていたみたいです。
[328]こねこ 05/03/22 22:06 skkMWMIwQc
父は母よりは冷静で、檀家になっている真言宗のお寺の住職に、
真如苑について問い合わせたそうです。住職の返事は「真言宗には
正統と認められているいくつかの派があって、その中の醍醐派から
出てきたのが真如苑である。醍醐派では認めていると思うが、真言
宗全体としては正統なものとは認めていない。ただ、悪いものでは
ないと思う」ということだったそうです。
この返事を聞いて母も少し冷静になり、両親は頭ごなしに脱会を
勧めるのではなく、もう少し様子をみようということになったよう
です。

日本にいる間はそんなわけで中断したのですが、一応朝夕欠かさず
読経をし、きちんと祈って日課を過ごしていました。集会にも毎回
出席し、ビデオや機関紙でいろいろと勉強しました。
集会は当時、海外駐在員の若い苑徒のご夫婦宅で行なわれていたの
ですが、私たちの更にもう1週間あとに入信した留学生がいたり、
もう一組、小乗位を取得している若いご夫婦がやはり海外赴任で
来られたので一気に盛り上がり、とても勢いがありました。
特にその新しく入信した留学生は、入信直後に大きな救いを頂いた
とのことで、集会に来るたびに毎回、感謝とこの教えのすごさを
興奮してしゃべりまくっているような状態でした。
私は、といえば、私の日常生活の方には何の救いも変化もなく、
この人の救いの話が自分には全く縁のない、遠い世界の話のように
聞こえていました。同じように読経して日課を過ごしているのに、
自分はそのカケラすら体験していないわけですから、正直に言って
ものすごく違和感がありました。なんだか、一人だけついていけて
いないような気分でした。
そのことを導き親さんに話したら「入信してすぐに救いをもらえる
かどうかは人によって違うし、今は興奮してしゃべっている彼女
だって、この先山あり谷ありの時期を通るんだから、黙って見守っ
ていればいいんだよ」と言われました。それはそうかもしれません
が、そうはいってみても私自身が何も実感できていないという事実
には変わりありません。

集会のたびに毎回見せられる日本の法要のビデオも、やはり何だか
遠い世界のものに感じられました。事実、その場にいないわけだ
から仕方ないのかもしれませんが、その場にいてもどこまで何を
感じられたことやら…。
[329]こねこ 05/03/22 22:21 skkMWMIwQc
特に、集った人々が涙を流しながら「教主さま、ありがとうござい
ます!」「真聰さま、ありがとうございます!」と声をはりあげて
叫ぶシーンなどは、その場にいたら間違いなく引いてしまっただ
ろうと思います。導き親さんの説明では、「あれは感謝のあまり、
勝手に声が出てしまうんだって。僕も最初見たとき引いたけどね」
ということでしたが、何だか異様な、狂信に近いものを感じて
ショックを受けたものでした。また、機関紙に毎回掲載される
「救いの体験記」、これもある種のパターンがあるように感じられ
ました。「信じて祈り、(お護摩・お施餓鬼を通して)お力を頂き、
救われました。だからこの教えはすばらしい」というものです。
まぁ、印刷物に載るようなこの辺のパターンはどこの宗教でも同じ、
と言えるかもしれませんが、いずれにせよ、私本人には全く縁の
ない「救いの体験記」だったことは事実です。

霊能者といえば、一度この家庭集会にも布教担当の霊能者が来た
ことがありました。まだ若手のこの人のほうが、上に書いた霊能者
のおじさんよりも、インパクトの強い人でした。非常にさばさばと
した明るい人で、「集会出席の回数などの条件をクリアしないと、
接心を受ける資格がないのはなぜですか」などという私の質問にも
「それは、苑の用語や教えについて全く知らないと、接心に出ても
ご霊言で言われたことの意味がわからなくて困るからですよ。予備
知識をもってもらうためで、別に新しく来た人を差別しているわけ
じゃないですよ」と、明解に答えていました。導き親さんや小乗位
を持っているご夫婦より、はるかに発言が明解だったので、これも
修行の結果なのかなぁ、とちょっと思ったことは事実です。

(そろそろ時間がなくなってきたので今日はここまでにして、明日
はいよいよ脱会にいたる経緯を書きます。)
[330]こねこ 05/03/25 00:14 skkMW/HCj8
すみません、忙しくて2日あいてしまいましたが、続きを書き
ます。

脱会にいたる経緯を語る前に、一つ重要な前提を忘れていました。
真如苑に入信する前は、私は何か特定の宗教を信じてはいなかった
のですが、「神」=自分を守ってくれる大きな力の存在は感じて
いた、ということです。もちろん、「何となく」というレベルの
感じ方で、信仰と言えるようなものではなかったのですが。
導き親さんにその話をした時、「その信仰は捨てなくてもいいし、
捨てなくても真如苑の教えと矛盾することはない。真如苑は全ての
宗教を否定しないから」と言われたのですが、この私が感じている
「神」と、真如苑の教えとはどうしても両立しないものでした。
私の感じている「自分を守ってくれる大きな力」は、入信する前
からあったものでしたし、入信した後もその力に関しては何一つ
変化がないのですから、それが「教主さま」や「両童子さま」の力
だ、と言われても納得が行くわけがありません。真如苑の教えを
聞く限り、釈尊からは直接力が来る事はないようなので、私が感じ
ている力が「神」ではなくて「仏」から直接来ているということも
ありえないようです。また、この板を見ている多くの皆さまが
ご存知の通り、真如苑でも「神」ということを言いますが、この
神は「教えを守る」神であるようで、どうも私が感じているものと
は違うようでした。
自分の実感と違うものを信じろ、と言われても、それはなかなか
出来るものではありません。私が集会の中で、一人ついていけない
ような気分になっていたのには、このことが関係していたのだと
思います。

自分の実感と、集会で語られることとの相容れなさから、教えに
対する疑問がピークに達していた頃(入信してから約4ヶ月頃)
に、私は一度周りの声と切り離して自分を見つめたくなって、
一人で6日間ほど旅行に出かけました。その旅行中に、入信する
前から感じていた大きな力が、相変わらず自分を守ってくれて
いることを実感しました。(要するに、それだけいろいろトラ
ブルがあった旅行だったんですが〔汗〕)それで、何だかほっと
したのと同時に、やはり真如苑の教えと私の実感とは全く相容れ
ないことを再確認して帰ってきたのですが、その直後に導き親
さんが身体を壊して、もしかすると学業を断念して帰国しなく
てはならないかもしれない、ということを聞かされました。
[331]こねこ 05/03/25 00:25 skkMW/HCj8
導き親さんが、どれだけ自分の学業に打ち込んでいたかを知って
いて、さらにどれだけ熱心に祈り、修行しているか知っていた私
には非常にショックで、「なぜ?」という思いでいっぱいでした。
真如苑の霊界からの力が本物であるなら、なぜこんなに熱心な人
にこんなことが起こるんだろう…と。
とっさに私が、導き親さんのために救いを求めて祈った先はもち
ろん「教主さま」でも「み仏さま」でもなく、「神様!」でした。
この時に、私の気持ちの整理がついたのだろうと思います。
導き親さんの病状は少し持ち直し、休学はしたものの学業は断念
せず、様子を見ようという感じになりました。が、この出来事を
通して、私の心は完全に真如苑を離れ、以後読経などの修行は
一切しなくなりました。ただ、身体を壊している導き親さんに
そのことを言い出せず、集会にはずっと出席していました。

12月に入って、集会のメンバーが全員条件をクリアしたので、
年末年始の休みを使って、隣の国にある精舎(当時はそこが一番
近かったのです)へ全員で行き、接心を受けて来よう!という
案が出てきました。前にも書いたように、集会は盛り上がって
いましたから、この「全員で!」に力が入り、導き親さんも体調
を整えて、相談接心を受けようと頑張っていました。私は…この
勢いに押されかけたものの、やはり行く気には全くなれません
でした。受験や旅費の問題等を理由に断ろうとしたのですが、
「全員で!」と盛り上がっている他のメンバーが納得するわけも
なく、何度も一緒に行こうと誘われました。導き親さんももちろん、
接心を受けたことのない私になんとしてでも受けさせようと、旅費
を自分が負担してでも…と申し出てきて、説得しようとしました。
でも、なぜか直感的に「行ってはいけない」と思った私は、必死で
断りつづけ、とうとう集会のメンバーは私を除いて全員で精舎に
出かけました。

年が明け、精舎から帰ってきたメンバーの一人に会ってものすごく
驚きました。…というのも、彼女の表情が以前と全く変わっていた
からです。この人は私と同時期に入信し、今回初めて接心を受けた
人でした。自分が自分でないような、何かにとりつかれたような
目をしていたのです。冗談抜きで、背筋に寒気が走りました。
以後、私は脱会を決意し、受験を理由に家庭集会にも行かなくなり
ました。ただ、受験前に面倒なことはしたくなかったので、脱会を
言い出すのは受験後にすることにしました。

(明日は、脱会を言い出してからのことについて書きます。)
[332]地蔵。 05/03/26 19:23 QLYsqVfhr6
こねこさん、ありがとうございます。また、皆さんすみません、とうとう書いてしまいました。
(固唾を呑んで見守っておられたでしょうに)

>自分が自分でないような、何かにとりつかれたような
目をしていたのです。冗談抜きで、背筋に寒気が走りました。

これです。まあ脳内麻薬全開なんですが、コンサートとか劇団四季の
ライオンキングを見た後の私もこんな感じです(笑)。目がランランと
して、周りは間違いなく引きますな。アトロピンでも目に差したの?
ってくらいでかい猫目状態。MCの完成です。

私の場合、実は高校時代に先輩に大阪の新興宗教の大集会につれていかれたので
それが免疫というか、今の職の原体験になってます。そこの教祖が信者の方へふわっと手を
振ると、信者は催眠術のようにぐにゃぐにゃと崩れ落ちたり、ビクンビクン痙攣したり
するんです。それも教祖からすごく離れた距離で。演技ではありえない激しさでした。
この時に「心酔する事の異常さ、恐ろしさ」を実感し、釈尊の中道ってすごいなー、と
思い直したものでした。ちなみにそこは「トイレを磨くと良縁・開運。心もきれいになるよ」
とか、至極まともなことを言ってたんですが。

で、それを目の当たりにした新米の何割かは(すごい!霊力と言うか奇跡ってあるんだ!)とか
価値転換(崩壊?)しちゃって信者の仲間入りをするわけです。まだΩの発生前でしたし。

異常・異形なことを見せられて、なお自分を保つには、こねこさんのようにより強い実感(護られている
・世界と繋がっている)こと、理性的判断を下す思考訓練(「何故?」という学校の勉強。)の経験を
生かすことが大切かな、と思うのです。前者はオカルト的じゃなくて、親や先祖、世界、空気、地球への
感謝がそれに当たると思います。

長々とすみません。こねこさん、続きをよろしくお願いします!
[333]こねこ 05/03/26 21:04 skkMWiDQi8
地蔵。さま、コメントありがとうございます。
ずっと独白していていいんだろうか?と思い始めていたところ
だったので、ホッとしました。

この「とりつかれたような目」に関して、私も後に考えたことが
あって、地蔵。さまを始めとするこの板の常連の方と意見交換を
すると非常にためになりそうで楽しみなのですが、まずは当時
あったことだけを書き終えてしまうことにします。

受験が終わり、合否の通知はまだ公には出ていませんでしたが、
師事したい教授からの情報によると大丈夫とのことでした。
(この辺、音楽系はちょっと他の科と違っていて、受験生が
似たりよったりのレベルだった場合、最終的には主科の教授が
その学生について責任を持つと言うかどうかで入学が決まるの
です。)導き親さんの体調ももうだいぶ良くなっていたので、
受験の結果報告がてら会って、脱会の意思を伝えました。
導き親さんは少し面食らった様子で、「何かおかしいとは思っ
てたんだ」と言ったあとで、「どうして?」とたずねました。
なんと答えたらいいか一瞬迷ったのですが、「私が信じている
神様と、真如苑の教えとが合わないから、これ以上は続けられ
ない」というように答えました。導き親さんにはどうにも全く
説得力のない理由だったと思うのですが、当時の私にはそれ以上
説明のしようもありませんでした。しかし、並々ならぬ(?)
決意だということだけは伝わったらしく、導き親さんは妙な顔を
して黙ってしまって、その時はそれで終わりました。

事態が動いたのはその後でした。大学から「不合格」の通知が
手元に届いたのです。もちろん私は動揺して、すぐに教授と連絡
を取りました。教授も驚いて、即座に大学側との交渉に入って
くれたのですが、すぐには解決しませんでした。
そして、導き親さんや他の集会のメンバーは、当然この知らせを
私の脱会宣言と結び付けました。「教主さまのお力で合格して
おきながら、教えをないがしろにするようなことをするからこう
いう事態になったんだ」と直接的間接的に言われ、苑にとどまる
ように再三再四勧められました。
確かにあまりにもタイミング良くこんな事態が起こったので、私
自身も混乱しました。ちょうど会費切れも目前に迫っていたので、
決断を先延ばしにすることも出来ません。いろいろな考えが頭を
よぎったのですが、あの「とりつかれたような目」のインパクト
が私にはあまりにも強すぎました。
[334]こねこ 05/03/26 21:28 skkMWiDQi8
「例え、この事態が私の脱会のせいで起こった出来事であって、
大学で勉強することを断念しなくてはならなくなったとしても、
真如苑には戻らない」と心に決めて、会費切れの日を迎えました。
もちろん大学で勉強したくて、そのために今まで頑張ってきたの
ですから、それを引き換えにするような決断をすることは断腸の
思いだったのですが、それでもこれは譲ってはいけない、と思えた
のです。

大学の方の問題が解決するまで2週間かかりましたが、この
2週間はそんなこんなで本当に辛い2週間でした。入学手続き
締め切りの前日になって、大学から合格通知とともに手続き用の
書類が送られてきました。
後から聞いた話ですが、大学側の経済的な事情があって、事務の
側で教授陣に何の相談もなしに数名の合格者を落としたらしいの
ですが、落とされた中に私も入っていたため、不合格通知を受け
取るハメとなったらしいです。その2週間、教授陣と事務との間
で相当に粘り強い話し合いが続けられて、ようやく解決に至った
ということでした。

「脱会するかどうかは置いておいても、一度家庭集会に顔を出し
たら?」という導き親さんの執拗な説得には負けて、問題解決の
直後に一度だけ顔を出しました。そこではっきりと「今日が最後
のつもりです。いろいろお世話になりました。」と挨拶して、
苑を去りました。

実際に当時あった出来事はここまでです。その後、私は仏教や
新宗教についての本を読んで勉強し、他方で心理学の方にも首を
突っ込んで、そこで学んだことを当時あったことと照らし合わせ、
真如苑および宗教の問題点について考え続けてきました。
そこで得た結論や知識で導き親さんと対決!?したり、という
後日談はあるのですが、それは追々また書いていくことにします。

まずはここまで私の体験談を読んでいただき、ありがとうござい
ました。
[335]一般人 05/03/27 00:53 AfC2uiyfi5

とてもすばらしい書き込みでした。ありがとうございました。


[336]一般人 05/03/28 14:26 ZgARZB1OiG
>328入信直後に大きな救いを頂いた人
たしかに稀にいらっしゃいますね。 私が聞いたのは

初めは立川駅から本部まで、1時間ほどもかかった 足の悪いおばあさんが
不可思議にも どんどん治癒へと向かい、 初接心の時にはもう、スタスタ歩いてた。
というもの。
(当時私はMCされ中でしたので、フ〜ン。と、聞いてましたが)

プラシーボだか何だか、中にはそういう方もいらっしゃいますが、
一般社会でも 奇蹟はしょっちゅう起きてますし、
そういったご利益話しに釣られて 一体どれほどの方が、どれほどのお金を注ぎ込んでいるのか。

藁を掴むのなら、私は他を勧めます。
[337]一般人 05/03/28 14:27 ZgARZB1OiG
「信じて祈り、(お護摩・お施餓鬼を通して)お力を頂き、救われました。だからこの教えはすばらしい」
やはり典型的ご利益宗教ですね。
信じること、祈ること、ご利益をもらうこと、それは仏教とはかけ離れてますし
「歩めば願わずともご利益が貰える」という お粗末な言い訳も用意されています。
[338]偽の気配 05/03/28 17:25 ahgBSInQsH
"歩む"ことに"勧誘"(苑のいうところの「お救け」)が含まれているあたりも胡散臭いですね。
[339]下品。 05/03/28 22:05 32aDIOrlGM
こねこさん、ありがとうございます。

トラウマは、今はどうですか、大分良くなったでしょうか。
未だ苦い思い出として残っているでしょうか。

書き込みを頂いてですが。 菩提寺が真言宗ということ。
家内の実家がまさにそれで 毎月お願いしている訳なんですが。 仏壇の中に仏陀が寝かされているのがどうしたって見えてしまいますね。

私の導き親は以前、この剃髪のお坊さまに聞いたそうです。
「真如苑を知ってるか」「伊藤真乗を知っているか」と。
お坊さまの答えはこうです。
「どちらも知っています」
導き親の感想は 我が意を得たりと、「真如苑を知らない真言宗があるわけない」「真言宗で教主さまを知らない坊さんはモグリだ」。
そして「涅槃像さまの写真入れておいても何もいわないよ、正しい教えだってわかってるからでしょ」。

その頃、洗脳が完了した人がどういうものか知りませんでしたので、一般的な感想として 「お坊さまは、内政干渉はしないということでしょう」と独り言を呟いておりました。

>「この教えは一番必要な時に・・・」の経親のセリフですが、現在大勢いる経親の伝家の宝刀なのでしょうね。
すべての教徒もれなくに用意されているようです。 私の経親も眼をランランとさせて慈悲を添えて言うセリフです。 縦の線と教えられる中で、こねこさんは、よくこれを振り切られましたね。

>布教担当の霊能者。 これの取り扱いは少々難しいでしょうか。
この場合は、修行の結果というよりも単に場数を踏んでいるのでしょう。 取り扱いが難しいと申しましたのは、密教修行者だというところです。
当時、こねこさんが日本国内にいらしたのなら、この布教担当に会う頻度も増したかと思われます、かえって海外で良かったのかもと私個人は感じました。

後日談等もまたお聞かせ下さい、宜しくお願いします。
[340]こねこ 05/03/29 04:05 n0jnipJLm/
皆さま、いろいろコメントありがとうございます。
一息ついたところで、皆さまのコメントにお答えする形で、私の考えや
疑問などをこれから書いていきたいと思います。

何せ、こんな形で接心も受けずにとっとと逃げ出した?私より、皆さまの
方がずっと苑のことにお詳しいと思いますので、私が間違って認識して
いるところがありましたら、どんどん訂正していただけたらありがたい
です。
あと、大変申し訳ないのですが、過去ログをまだ全部読み終わっていま
せんので、もし内容が重複いたしましたら申し訳ありません。その際も
ご指摘ください。

>地蔵。さま
>これです。(中略)MCの完成です。

まさしくそれを感じてゾッとしました。特に同時期に入信し、家庭集会
等への出席回数も同じ、唯一の違いが精舎へ行って接心を受けたかどう
かだったわけですから、ショックが大きかったのだと思います。

当時の私は、「接心」というものがいわゆるMCそのものなのだと
勝手に判断したのですが、実際のところどうなのでしょうか。どんな
ことが行なわれているのか、またそれだけでMCにかかるという類の
ものなのか、どなたか体験した方、お教えいただけませんか。
今、冷静になって考えてみると、接心そのものではなく、精舎での他の
体験がMCの完成に繋がったとも考えられますよね。また、同時期に
入信した人と私とでは個人差がありますから、彼女が特別にMCにかか
りやすいタイプだった可能性もあると思われます。

>そこの教祖が信者の方へふわっと手を振ると、信者は催眠術のように
>ぐにゃぐにゃと崩れ落ちたり、ビクンビクン痙攣したりするんです。

これは、新興宗教でなくても、例えばキリスト教カリスマ派なんかでも
ありますね。(まぁ、この派はキリスト教とはいえ新しく出てきた派
ですが。)こういうのは、一つの宗教に限ったことではないので

>(すごい!霊力と言うか奇跡ってあるんだ!)とか価値転換(崩壊?)
>しちゃって信者の仲間入りをする

のは、やはり早まった行動といえると思います。
[341]こねこ 05/03/29 05:22 n0jnipJLm/
>異常・異形なことを見せられて、なお自分を保つには、こねこさんの
>ようにより強い実感(護られている・世界と繋がっている)こと、理性的
>判断を下す思考訓練(「何故?」という学校の勉強。)の経験を生かす
>ことが大切かな、と思うのです。前者はオカルト的じゃなくて、親や
>先祖、世界、空気、地球への感謝がそれに当たると思います。

この部分、とても納得いたしました。

今になって、私の体験から思うのは、「自分の実感を大切にすること」
がとても重要だということです。人間は往々にして自分の心の実感をごま
かし、自分で自分に嘘をついて生きているために、その生き方に対する
警告としてさまざまな身体症状や、心の病の症状が出てくるということは
心理学の方でも指摘されて久しいですよね。
真如苑の修行が、自分の心が何を感じているかを自覚させ、それに真剣に
取り組むものなのであれば、心理療法的手法なのでOKだと思うのですが、
教えを取り込んで自分に言い訳をし、心の実感をもっと見えなくするもの
なのであれば頂けませんし、根本的な解決にはそもそもならないと思い
ます。

>一般人さま
>一般社会でも 奇蹟はしょっちゅう起きてますし、

そこは重要ですよね。「奇蹟は絶対に起こらない」と思っている人ほど、
奇蹟のようなものを見せられると、価値観崩壊を起こして極端から
極端へ走ってしまう傾向があるように思います。

宗教団体に限らず、何かの団体に所属するとそれだけでひょっこり病気
が治ったりするということはよくあるみたいですね。「何かの枠に収ま
る」ことで、精神的に一時的に安定して身体症状が収まるのであろうと
心理学の方では分析されているようですが。

>「歩めば願わずともご利益が貰える」という お粗末な言い訳も用意
>されています。

私の記憶もだいぶあいまいになっているのですが、ご利益を目的に修行
してはいけないが、修行すればお力がもらえるというような、そんな話
でしたでしょうか?間違えていたら訂正をお願い致します。
[342]こねこ 05/03/29 06:17 n0jnipJLm/
>偽の気配さま
>"歩む"ことに"勧誘"(苑のいうところの「お救け」)が含まれている
>あたりも胡散臭いですね。

入信していた当時にすでに私が疑問に思ったことの一つに、なぜ霊位を
上げるのに「おたすけ」の数のノルマがあるのだろうということがあり
ました。それに対する答えは、「修行して自分が変わることによって
それを見ている他の人をも納得させ、この教えに繋げることが出来る
から。」というようなことだったと記憶しています。(この辺も私より
もっと明確にご存知の方がいらっしゃいましたらご訂正ください。)

>下品。さま
>トラウマは、今はどうですか、大分良くなったでしょうか。
>未だ苦い思い出として残っているでしょうか。

ご心配ありがとうございます。
人間は自分のことが一番見えないとよく言われますが、私も自分の
トラウマが真如苑に関係しているのは知っているものの、正確には
どこにあるのか、よく理解していないようです。
今までの体験談は意外にすんなりと書けてしまったので、苦い思い出
ではあるものの、もう私の中では整理済みということだと思います。
もしこの先、皆さまと苑に関する対話をしていく中で、何か上手く説明
できない部分が出て来たり、感情的になったりする場面が出てきたら、
そこが多分未整理でトラウマになっている部分だと思うので、受け止める
覚悟をしております。

下品。さまの奥様のご実家も真言宗なのですね。

>お坊さまの答えはこうです。
>「どちらも知っています」

「どのように」知っているかが実は問題なのでしょうね。
私の菩提寺の住職もそうでしたが、非常に慎重に言葉を選んで答えて
おられる印象を受けました。滅多なことを口にされないところが、
さすがはきちんと修行されたお坊さまだと感じます。
[343]こねこ 05/03/29 06:24 n0jnipJLm/
>「この教えは一番必要な時に・・・」の経親のセリフですが、現在大勢
>いる経親の伝家の宝刀なのでしょうね。すべての教徒もれなくに用意
>されているようです。

なんと、そうだったのですね。確かに教えについて知ろうと思って入信
したばかりの人間を、頑張ろうという気にさせてくれる台詞ではあると
思います。ただ、他の宗教でも同じようなことを言うらしいですね。

私の場合、海外にいて経とのつながりが薄かったことが、いい方向へ
働いたのかもしれません。おそらく霊能者である経親さんは、導き親さん
よりは私を説得する技術を心得ていたことでしょう。

>布教担当の霊能者。 これの取り扱いは少々難しいでしょうか。

私はこの辺になってくるともう全くわからないのですが、布教担当の
霊能者は他の霊能者と何が違うのでしょうか。そのために何か特別な
修行をしたり、教育を受けたりするのでしょうか。もしご存知でしたら、
詳しく教えていただけたらありがたいです。


長々と書いてしまってすみませんが、もう一つだけ質問をしても
よろしいでしょうか。
私が入信していた当時は、確か伊藤家の三女と四女の二人が苑を引き
継ぎ、「表裏一体」(でしたっけ?2人で力を合わせてというような
ニュアンスだったと思うのですが)と称していたと記憶しているの
ですが、今回ホームページを見に行ったら、三女が「苑主」となって
おり、四女の姿は見当たりませんでした。この間に何かあったので
しょうか?ご存知の方、お教えいただけたら幸いです。
[344]イタチ 05/03/29 10:34 OSWGB7e30N
こねこさん、はじめまして。
とても詳細なレポートありがとうございます。
私は以前も書いたのですが’、事故で死にかけた時に奇跡的に通常生活が送れるまでに回復したのは
自分の「生きて夢を叶えたい」という気持ちと、家族・友人の愛の力だったと信じています。
こう書くと青臭い話みたいですが本心です。きっとこの体験が、こねこさんの「護られている」と
同じように、「こちらを信じなさい」と押し付ける宗教に抵抗を感じさせるのだと思います。
私はここでは数少ない、入信経験の無い者ですが、こねこさんの疑問に少しは役立つかもしれない
話があるのを思い出しました。
私が知っている信者さんは、入信前は「宗教嫌い」だったそうです。そして上司に苑に連れて行か
れてからもしばらくは新興宗教臭さに嫌気がさしながらも上司に逆らえず渋々通っていたそうです。
それが、初めて接心を受けた時のオカルト体験によって「信じ無いわけにいかなくなった」と。
オカルトというのは言い過ぎかもしれませんが、霊能者に触れられた筈は無いのに、腕を掴まれた
感覚がして、接心終了後に目を開けると腕にアザのような跡がついていたとか。
そして今では自分の後輩を中心にお救け数人、イベントや奉仕には欠かさず参加の立派なMC完成です。
自称宗教嫌いでも、「信じ無いわけにいかなくなった」なんてことで方針転換じゃ、なんだかな、です。
この体験以来、彼女にとって「不思議な力のある本物の宗教」になってしまい、今までうさん臭く感じ
たもの全てが説得力のある本物に感じられるようになったそうです。
そして「新興宗教は皆インチキで怪しいけど、真如苑だけは違う」と。もう何も言えませんね。
きっと、こねこさんの文中の彼女も、このような接心の体験が目が変わる程のMCのきっかけになったのか
な思いました。
MCの恐ろしさ・・・、洗脳というのは力ずくで短期間のうちに特定の思想をねじ込む物で逆に解けやすい。
しかしMCはゆっくりと時間をかけて、あたかも自分自身で選択したかのよう感じさせながら指示通りの道
へ歩かせる。自分で判断して正しいと思った事をしているわけだから、その信念は他人がどうこう言っても
変わらない。真如苑のMCも、まずはゆっくりと予備知識を段階を経て刷り込みながら、ある程度のところ
で接心を受けさせ、「信じるしか無い」インパクトを与え、ほらやっぱり正しかったでしょう?と
「自分で判断」させる。本当に良く出来ていると思います。恐ろしいです。

ああ、年度末で時間が無いのに思わず長々と書いてしまいました。まとまり無いですがとりあえず失礼。
[345]下品。 05/03/29 12:00 P4lA5MojHo
こねこさん、
真如苑全体を掌握しつつ 現在、離れている方がもしも存在するのであれば、ぜひお話を伺いたいというのが 私の今の心境です。
つい先日 去ったばかりの私は、整理というものが出来ていませんし 洗脳がすべて解除されたわけではないことも私自身が感じているものですから、私もまた みなさんから、ご意見を頂戴して 少しづつ離れながらそして客観視できる方向へ修正しているのが現状です。

布教担当の霊能者。もちろん私は全てを知りません、見聞きして知ったことですが。
国内外に短期的に派遣される霊能者の認識でよいと思います。(言語が変わる依処には海外布教担当が配されているようです)
総本部以外の精舎や支部、布教所の教えのズレなどを修正しながら、各依処の現状なども把握するといった役割であるようです。
コンビニを定期的に巡回する 地区マネージャーみたいなものといえばわかりやすいでしょうか。

真如苑では、誰でも霊能が開けるとして それが開祖の弟子になること、正法護持になるのだとしていますが、霊能者になるということ、99%の教徒は無理でしょう。(いいや必ずなると教徒は言いますが)
その1%ほどの中から選りすぐったエリートが布教担当の霊能者でミスター真如苑だといえると思います。

このミスター達は修行を重ねていって僧階を上げていくようです。修行内容は、真言密教ですから語ることは越法三昧として御法度です、個人的に密教の体系を把握したいと思いまして、私なりに勉強しているところです。

布教担当の霊能者とは 何度か会う機会があったり ご自宅にお邪魔したことがあるんですが、家庭集会で初めて会った時に「○○さん(わたし)は、人生の中でずっと疑問に思っていることをこの教えで知ろうとしていますね」と、 私自身がまとめていない心の内を言われて、この人 何者なんだろうと思った事がありました、このインパクトはなんぞやと。
私にインパクトを与えたこのセリフもまた多くの方々に当てはまるのでしょうね。

伊藤家の人々については また後ほどレスさせて下さい。
[346]下品。 05/03/29 12:45 /E/z7AzX.L
イタチさん、有益なレスをいつも有難うございます。

MCと洗脳とは別物、そうでしたか。私は相変わらず無知。
[347]こねこ 05/03/30 06:02 n0jni3QUIn
イタチさま、下品。さま、大変参考になるコメントをありがとうござい
ます。

時間がないので一つだけ。他のことへはまた後ほどゆっくりコメント
させていただきます。

>下品。さま
>個人的に密教の体系を把握したいと思いまして、私なりに勉強している
>ところです。

講談社現代新書の「密教ー悟りとほとけへの道」という本(頼富本宏著)
はもうお読みになりましたでしょうか?私も真如苑脱会後に、密教に
ついて正しい知識を得るためにお世話になった本です。コンパクトで
ありながら、きちんと体系をまとめてある密教入門書ですので、どなた
にでもお薦めできます。
[348]ハウルの弟子 05/03/30 10:22 16dY5mBXz4
是非密教について教えてください
「語ってはいけないから...」と何度も導き親さんにききました
そこで話はおわっちゃいますよね
何故語ってはいけないのですか?

私もつい最近脱会したものです
8年やっていました
昨年度末のここを見つけて その頃は「迷える」という
ハンドルネームで相談していました
11/27を最後に苑には行っていません
すっかり決別の意思があったため ここへは2ヶ月ほど来ませんでした
迷っている頃は毎日来ていましたが もう決心がつくと
来る必要がなくなったわけです。
今ももうすっかり苑に戻る気持ちはありません。
やめてから いろんなことがありました
自分にとっては前向きな話がたくさん舞い込みました。
今までなんでもかんでも接心に決断を頼っていた自分とは違って
自分自身で考えることができるようになりました。
宗教家としての観点でしか物事を処理できなかった自分が
多方面からいろんな状況を判断していけるようになりました
生きていくことに対して強くなりました
世間煩にまみれた人間を差別することも
かえってどんな罪不深い人のことも
普通に生きている同種の人間として見てあげられるようになりました
話をきいてあげられるようになりました
何かに困っている人を知れば すぐお助けお助けで
その人の問題の真髄より 入会させることで必死になるようなことが
いかに偽善的なものであるか気がつきました
その人の話をなにもかも聞いてあげることではなく
まずは苑に入信させる
弱った人は宗教にだってすがりたい気持ちにもなりますよね
そこにつけこむ
やさしい言葉をかけさえすれば 人は自分を受け入れてくれたと
思うから。
[349]一般人 05/03/31 07:10 uYWU74Kmzl
密教に関しては 立川流さんと地蔵。さんがお詳しいと思いますが、
私も好きですけど 仏教とは思ってませんね。

教義は秘密ではなく、容易に説明できますし、 実際近くの書店に行けば情報が溢れています。
教主は釈迦ではなく大日如来で、釈迦はその化身に過ぎないとされる、典型的「宗教」です。

梵我一如(真理との同一化)やご利益がその目的ですが、
これは釈迦的ではありません。 同一化も何も、仏教は「無我」をその主軸とするからです。
[350]ABC 05/03/31 18:14 PNawtqIVT6
「カルト組織」とは、現在では「破壊的カルト」として認識されている。
(それは必ずしも 宗教組織という形態を採らないが)
神道や仏教やキリスト教などの「伝統宗教」の権威を利用し、それを意図的に湾曲させたものがカルト教義である。
よってそれは従来の教えよりも「魅力的」であり、同時に「効果が大きい」と謳われる。
反面その副作用も指摘され、 依存症や強迫観念に悩む者が多く発生している。

カルトはマルチ商法や詐欺の手口を集積させて、結果人の脳を破壊し、組織に貢献させるロボットにしてしまう。
その手法を称して「カルト・マインドコントロール」という。
その活動は以下の三つの実践に集約される。

A:集金 B:新たなメンバーの勧誘 C:グループの維持

そして「それらを半端なく全うせねば永遠の命が貰えない」などと脅す。
「カルト・マインドコントロール」を仕掛けられたメンバーにとって、組織外で生命を維持することは
ほとんど不可能に近い。


その醜悪さは、つまり「聖なる神仏を装い、その実中身は詐欺の集積である」ところにある。
それに比べれば 一般の営利組織が持つ詐欺性は、
「カルト・マインドコントロール」よりもはるかに清らかだと言えるだろう。

カルトは 一般社会や政界など あらゆるところにその菌糸を食い込ませその病巣とし、
また法律も熟知しているので 追い詰めることは困難を極める。
その実態を晒し啓蒙し続けることこそが 社会健全化の一歩と成り得るだろう。

「ご利益や利他や悟り」という 「カルトの美しい罠」に気を付けよう。
カルトとは、我々自身の心の闇と、欲望が生んだ、汚物なのである。
[351]地蔵。 05/03/31 20:36 HfaW0bhSl1
>一般人さん そうですねー。仏教と言うには随分飛躍発展しちゃってますしね・・。
釈尊は、まず寂滅して、徹底的に己を観察するよう指導されていたように思います。
密教はいつの間にか「まず(真言を一心に唱えるなど、行そのもので小さな己を捨てて)
観想せよ、イメージせよ」ですし。釈尊は言語的(当たり前ですが)、空海和尚はビジョン的
に伝えようとするものですよね。我々の言う仏教そのものも、かなり
中国ナイズドされたものを受け取ってますし・・古い表現で言うと密教は「新人類」でしょうね。
在来仏教からして。カテゴリーからして能力開発系ですよ。

>ABCさん、初めまして。
>カルトとは、我々自身の心の闇と、欲望が生んだ、汚物なのである。

汚物も微生物とかでリサイクルできれば地球のためになるんですけどね・・。
カルトのいけないところは、必ず多数の悲惨な犠牲者が生じ、多くの場合
修復不能なほど重篤なダメージを与えておきながら、いとも簡単に消滅してしまう
事がままあると言う事実です。本当に救われない。というか、当事者は逮捕されて
おしまいとかそんなんです。まるで社会保険庁とかです。誰も失ったお金や莫大な
時間、人間関係を返してはくれません。。
[352]下品。 05/03/31 22:24 epGcLoh0UM
>こねこさん、どうもご親切に。 お知らせ下さった本、これから読んでみたいと思います。
目下の関心なんですが、海和尚が「両部不二」を論理付けた展開が知りたいなあと。 でも そもそも私は、華厳学を理解してからでないと とも思ったりしてます。

あっ、スレから外れました すいません。
[353]地蔵。 05/04/01 12:54 z7wmU6arIm
>>352 私もちょっとだけ。両部はいうなれば青銅器と鉄器みたいなものです。
成立も錬度も違うけど同時に入ったみたいな。実質的に統合されたのは恵果和尚
だったと思いますが。
[354]下品。 05/04/01 17:18 32aDIZtZGY
>>353 地蔵。さん、
>青銅器と鉄器みたいなもの。
なるほど、そうなんですね。
>実質的に統合されたのは恵果和尚・・。
それぞれを前後して授けられた恵果和尚は、「両部は実はひとつなのだ」として実質的に統合されていたと思うんですけど、これを論理化するというか 著述するまでには至らなかったんじゃないかな とも思うんです。
門人一千人といわれる恵果和尚ですけど、両経を授けたのは主座の門弟 義明と海和尚だけで、門人のなかに俊秀が出れば金剛頂経経のほうをゆずっていたそうですから。

スレから外れてるかなと思いつつも ちょっとだけすいませんでした。
[355]下品。 05/04/01 17:23 32aDIZtZGY
>>354誤字でした。「金剛頂経系」でした、失礼しました。
[356]こねこ 05/04/01 21:26 n0jniW/XN7
この板はいろいろ勉強されている方ばかりでとてもためになります。
僭越ながら下品。さまに本をご紹介した手前、私も大急ぎで本を読み
直しているところです。だいぶ忘れてしまっていたので、とても
勉強になっております。

>イタチさま
>私は以前も書いたのですが、事故で死にかけた時に奇跡的に通常生活が
>送れるまでに回復したのは自分の「生きて夢を叶えたい」という気持ちと、
>家族・友人の愛の力だったと信じています。こう書くと青臭い話みたい
>ですが本心です。

青臭い話なんかではなく、これこそが本物のような気がします。
自分の気持ちと周りの方々との暖かい繋がり、「霊」とか「神」とか
いう前に本当に大切なことで、見落とされがちなことだと思います。
この辺はヨーロッパ言語にはない、日本語の「気」の概念と繋がって
いるようで、実は少し興味を持っています。
ご回復を支えてくださる方々が周りにいらして本当に良かったですね。

>きっとこの体験が、こねこさんの「護られている」と 同じように、
>「こちらを信じなさい」と押し付ける宗教に抵抗を感じさせるのだと
>思います。

自分に強い実感があると、それと矛盾するものは、信じろといっても
やはり受け入れられるものではないのだなぁと、この文を読んで改めて
思いました。

>私はここでは数少ない、入信経験の無い者ですが、こねこさんの疑問に
>少しは役立つかもしれない話があるのを思い出しました。

知人の方の体験談、ありがとうございます。とても参考になりました。
MCの仕上げとしての接心ですか…。やはり恐ろしいものを感じますね。

にしても、全ての人がそんなオカルト体験(?)もしくは、信じざるを
得なくなるようなインパクトの体験をするものなのでしょうか。ぜひ、
接心を実際に体験した複数の方からお話を伺いたいものです。

>自称宗教嫌いでも、「信じ無いわけにいかなくなった」なんてことで
>方針転換じゃ、なんだかな、です。

この辺は、実は私の導き親さんの体験談と似ているところがあります。
[357]こねこ 05/04/01 22:08 n0jniW/XN7
導き親さんの場合は宗教嫌いというか、キリスト教徒だったわけですが、
いろいろな人生の問題をきっかけに親しい人に勧められ、半信半疑で苑に
通っていたのだそうですが、ちょうどそのころ事業に失敗したお父さまが
自殺しに家を出て、行方がわからなくなってしまったのだそうです。
藁にもすがる思いで祈祷をお願いして間もなく、ふらふら歩いていた
お父さまの前に、お坊さまが現れて毅然とした口調で警告され、突然我に
返って電話してきたとか。その体験で、「信じざるを得なくなった」と
言っていました。

そんなの別に真如苑と関係なく、たまたま通りすがりのお坊さまだった
かもしれないじゃない、と思ったひねくれ者の私はMC失敗例になっ
ちゃった、ってことでしょうかね。(多少の皮肉をこめて)

>しかしMCはゆっくりと時間をかけて、あたかも自分自身で選択したかの
>よう感じさせながら指示通りの道へ歩かせる。自分で判断して正しいと
>思った事をしているわけだから、その信念は他人がどうこう言っても
>変わらない。

最近、「MC」と「布教(もしくは宣教)」との違い、ひいては「教育」
との違いについて考えています。
私は実は苑脱会後、数年を経てキリスト教徒になり、今に至るのですが、
伝統宗教であるキリスト教徒の中にも、「MCされている信徒」と「そう
でない信徒」がいるように感じています。伝統宗教であればいいものなの
だから、MCの技術を使って宣教してもいいのか?というと、それは絶対
に違うでしょう。その辺を一部の日本のキリスト教会が「信仰のタイプ」
という便利な言葉で片付けようとしていることに、私は大きな疑問を
感じています。
何か思いっきりスレから外れてしまいましたが、そんな疑問を持ってMC
タイプの信徒と対立してしまう自分に、苑での体験が影響していることを
感じ取り、それを整理する必要性を感じてこの板にお邪魔したわけなん
です。長々と個人的なことを説明してすみません。

イタチさま、またお時間のあるときにいろいろと教えて下さい。
よろしくお願い致します。

>下品。さま
布教担当の霊能者に関する情報、ありがとうございます。
「霊能者のエリート」という言葉が、私の覚えている布教担当霊能者の
イメージにまさしくピッタリで、ものすごく納得がいきました。
[358]こねこ 05/04/01 22:37 n0jniW/XN7
>私にインパクトを与えたこのセリフもまた多くの方々に当てはまるの
>でしょうね。

言われてみるとそうかもしれません。苑への入信動機は、もちろん個々の
ケースで違うと思いますが、ある程度のパターンに分類は出来るだろうと
思います。そのパターンごとにいくつかのセリフを用意して使い分ければ、
全ての人にそれなりのインパクトを与えることが可能ですよね。

>伊藤家の人々については また後ほどレスさせて下さい。

ありがとうございます。お時間のあるときにお願い致します。

>ハウルの弟子さま
>是非密教について教えてください

下品。さまにご紹介した本をコンパクトにまとめて、ここにアップする
だけの能力が私にあればよいのですが、それは全く無理ですので、他の
詳しい方々にお願いしたいと思います。
ご紹介した本を、私が最初に読んだ時にまず気づいたのは

>「語ってはいけないから...」と何度も導き親さんにききました
>そこで話はおわっちゃいますよね
>何故語ってはいけないのですか?

この「密教だから語ってはいけない」というのは、嘘だということでした。

もちろん、密教は自分の内面の体験を重要視いたしますから、それを言葉
にして語るのは難しいことではあるし、不可能だといえるとは思います。
しかし、教えの内容についてや、修行の方法について語ってはいけないと
いう話はどこにも出てきませんし、事実この本には修行の内容などが記さ
れています。

脱会後、その話を導き親さんにしたら、とても不機嫌な顔をして黙って
しまいました。MCにかけられている人に直球勝負はとてもまずい、と
いう失敗例の一つとしてあげておきます。

すみません、時間がなくなったので、続きはまた後日。
[359]地蔵。 05/04/02 01:04 z7wmU6arIm
おお。充実してますね。皆さん四月です!寒いですが四月です!
こねこさん、>その話を導き親さんにしたら、とても不機嫌な顔をして黙って
しまいました。

直球と言うか、長ヤリでぷすりと貫通させてしまった手ごたえでは?
その方は痛いところをずばり突かれたのです。実はその方に限らず
苑に熱心な方ほど、密教の目指す深奥を全く知らないと言えると思います。
逆説的ですが、もし密教(特に弘法大師直輸入の真言密教)の教義や
行法、思想に通じていれば、苑の主張全てがジョークに感じるはずだからです。
(ただし、異を敢えて知りながら入信中の人は例外とさせて頂きます)

また、苑どっぷりの信者さんがわざわざ他宗教(本家/元祖?)の看板を熱心に
調べて質問してくるなんてことはありえませんので、その意味でも想定外だったでしょう。
ただ、この「密教だから語ってはいけない」、これ、私も言われてるんです。不思議ですね。
MCマニュアルに載ってるんでしょうか?

実を言うと「語ってはいけない」というのは、ある程度本当なんです。
密教は本当に師子相乗が基本で、正式に入門した人以外にその秘密を
公開するのは「越法の罪」に(仏から?)問われるそうです。

実際、現役の密教僧(しかもかなり高僧の方)数人と皆で掲示板でやりとり
させて頂いたことがありますが、行の詳細など、本以上のことをお伺いする事はやんわりと
諭されましたw

口伝が基本ですので、本にあることは本当に公開OKな部分だけです。
阿闍梨(キリスト教でいう、司教・大司教)のかたでも、他流の行法が必要とあらば
そこへ弟子入りし、何年もかけて一から習得されるそうです。凄いですね。

でも、こねこさんのその人はまだ負けを認めて黙ってるだけ良い方ですよ。
私の導き親なんて、私が入信間もない頃、本当に苑の実態を何も知らなかったので
「真言系の行法らしきことは(何も)無いんですね。」って言ったら、「それは顕教でしょう!?」
って言われましたもん。密教ですって。しかもアンタんとこの親玉やんっ!ってツッコミは
もちろん心の奥深くしまいました。歓喜位ともなると、この程度の無知なんて平気です。
堂々たるものです。嘘や矛盾をどんどん自分で見えなくしちゃうので、これが
悲劇の種となるんですね・・。
[360]一般人 05/04/02 01:25 PNawtD8BIb
みなさんレスありがとうございます。
>342なぜ霊位を上げるのに「おたすけ」の数のノルマがあるのだろう
「まず他を渡す」−つまり彼岸へと自分がまず渡って救われるのではなく
他の幸せを願い、入信させることにより自らが救われる というのが苑勧誘ノルマの存在意義であるようです。
これは本来の仏教とは・・似ているようで似てません。

>344初めて接心を受けた時のオカルト体験によって「信じ無いわけにいかなくなった」
私は、接心に限らず、いろんなオカルト体験が在りましたよ。 単なる妄想かはわかりません。
(たぶん真如電波が出ているのだと思われますw)
接心によりズバリ見抜かれるとたしかに驚きますが、デタラメも在りましたね。
験す方法はいくらでも在ります。
そして「それが仮に本当の霊的事象だとすると」それを請け負っている「霊」は、聖なのか邪なのか。

信者の皆さん、是非疑問を持って 真如苑と対峙してみてください。
釈迦もそれを勧めています。

[361]一般人 05/04/02 01:27 PNawtD8BIb
いま導き親と話したんですが、誰でもそうなんですが生きることは辛いです。
そのMCを解こうと長期戦なんですが、
それはその心の拠り所を奪うことになるので、こちらも辛いです。
そしてその両者の悲しみは、組織の詐欺的営利行為の弊害なわけです。

[362]一般人 05/04/02 01:28 PNawtD8BIb

・教祖死んでもまだ続く骨肉相食む真如苑四姉妹 週刊文春 1990.8.16 23合併 P42〜44

一年前の暴行事件について、真如苑側の見解を紹介しておこう。
「二人は、門扉の敷居につまずいて、折り重なるように倒れました。
当日居合わせた信者さんに事情を聴取したり、ビデオでも確認しましたが、信者による暴行は一切ありませんでした」
(略)「勝手に倒れた」、長女・伊藤映子さん(57)は全身打撲で通院治療二週間、
次女・鈴木孜子(あつこ)さん(50)は頭部打撲、頸椎捻挫、腹部打撲などで安静入院2週間
という診断が下されていた。

すぐにも再婚したかった父親の意向に反対した次女は勘当になり、
同じく反対した三女と四女は家出。

四十四年に再婚披露宴を強行した父親に対して、教団を出た三人は「声明書」を出して、
父親の教団の私物化を批判したこともあった。

映子さんが懐かしさで四女一家が乗っているベンツの窓を叩くと、志づ子さんの夫が運転するベンツは、
急発進して走り去ってしまった。

あまりの仕打ちに、映子さんは、
かつて教団の仕事が忙しかった母親に代わって、志づ子さんのオシメを替えたり、
おんぶしてお守りした昔を思い出し、情けなくなって涙したという。


[363]一般人 05/04/02 01:29 PNawtD8BIb
>「真言系の行法らしきことは(何も)無いんですね。」って言ったら、「それは顕教でしょう!?」
歓喜位でそれですか。 爆死
[364]イタチ 05/04/02 02:20 OnjVFRys5y
下品。さん
私も勉強を始めたばかりですので恐縮です。
マインドコントロールから目を覚まし、未だその支配が残っている事を自覚されている・・・
こう言っては失礼ですが、大変興味深く書き込みを読ませて頂いています。
ここで客観的な意見を読む事が、完全に支配から脱する助けになればと思います。

こねこさん
分かって頂けて嬉しいです。もう少し詳しく書きますね。

私は退院後、休学していた学校に戻り、卒業後、紆余曲折はありながらも夢だった職業に就き
現在その職で人並み以上には稼いでいるつもりです。学校では先生方に「あいつは事故の後変わった」と言われていました。
入院で遅れをとった以上に「どうせ死んでたかもしれないんだから、生き残った以上は自分の道をとことんやろう」という
気持ちで必死に勉強しました。そして結果を出せた自分には誇りを持っています。
同じ事を苑信者(以前付き合っていた彼女です)に話した時の反応・・・
「それは自我が強くて、自己中心的な考えで良くない。生かされてている事を感謝しなくてはいけない」
ではその感謝の対象は?「仏様」・・・もちろん真如霊界の〜でしょう。それはまぁ宗教ですから何でも良いんですが。
しかし信者のこの考え方に、真如苑の表面の美しい教えと教団貢献の為にコントロールする実態のギャップが
見事に現れていると思うのです。
真如苑では利他を説き、人の為にと。また家族を大切にと。ごもっともです。
そして仏教の修行で自分を磨くのだと。とても結構な事です。
しかし、私のような経験をした後で、死の淵から這い上がり夢を叶えた自分に誇りを持ち、家族や友に感謝する事は間違いですか?
望まない事故によって得られたある種の悟り・・・自分の気持ちを強く持つ事の大切さや
支えてくれた人に感謝する事の大切さを一生忘れる事の出来ない気持ちとして心に刻み込んでくれたと感じるのは・・・
このようなケースで真如苑信者は、生き延びたのは自分の気持ちの強さでも家族友人の支えでもなく「苑のお陰」なのでしょう。
さて、これが真に「自分を磨く仏教修行」「家族に感謝する心」でしょうか?
格好のプルーフのネタとなり、また、自らの信心を深める結果となるだけで、人生の修行としての格好の機会を失っているのではないでしょうか?
家族友人に感謝するよりも、「お陰で助かりました」と一生教団に貢献を続け、勧誘のネタとして用いる。
これが人生の修行、感謝の心でしょうか?
「自我を滅し、仏様に感謝」という大義名分で自分に誇りをもたせず、苑のお陰とするのは一生服従させ、献金を引き出すための方便では?
「家族を大切に」と説きながら、奇跡の生還があれば家族を差し置いて何より苑のお陰になってしまうのは・・・

まだ続きを書きたいのですが、今日はこれで休ませて頂きます。
[365]地蔵。 05/04/02 10:36 yM75d63v9a
>>361 それはその心の拠り所を奪うことになるので、こちらも辛いです。
そしてその両者の悲しみは、組織の詐欺的営利行為の弊害なわけです

そうなんですよね。悲しみの深さは体質と同じで、同程度のダメージでも
すぐに立ち上がれる雑草な人もいれば、十年以上経ってようよう忘れられる方もいる。
特に真面目で真摯な方ほど崩れた時のダメージは大きいです。変な例えですが、ペイ
オフ解禁→貯金を複数の銀行に、みたいに、心のよりどころ・人生の楽しみは広く
たくさん分散させておくのが、良い意味での将来の危機管理(?)なのかもしれませんね。

>>362 そう、昔の苑って結構武闘派ですよね。リンチ事件とか(シンジョー逮捕。)
>>363 はい。そんなもんどころか、苑以外は邪宗ってことで、教義その他一切関心ないっす。
変な所だけ、オリジナルのインド仏教時代を体現してますね。

>>364 お疲れ様でした。わたしもその通りと感じる事多々でした。
要するに信者に自我が芽生え、「自主的に」発露する良心や、世間に適合してうまく生きてい
こうとする「(自然な)意思」は苑にとっては目障りな「障害因子」でしかないんですよ。

何故なら、第一に、こういう人の善意は苑の外・社会に向けられるので、苑には、一銭の銭にも
なりませんから、苑に感謝しない考えは厳しく戒めるようプログラムされていること。
第二に、(苑の御力によらず)自分でうまくやっていけるなら苑(の教え)など不要ですので、
その内に関係を切られてしまう事が多々予測される。更には他の信者に波及し、学習される恐れがある。

こういう人の意思や考えは苑のMCを破却する不動の業火なのですが、苑や経にしてみればボディを侵食する
恐るべきウィルスに感じるでしょう。ですからその人離脱後の経に残る信者に感染せぬよう、治療(MC強化)が
必須となります。即ち、その人を隔離すべき重篤な伝染病患者扱いするのです。センダイ(漢字は難しいです。)と
呼ぶようです。物凄い差別語です。意味は・・デビルマン(TV版)。一族の裏切り者、堕天使(悪魔)、外道、忘八者・・
でしょうか。善意一つで組織のからくりが見えてきます。まあ商売って大なり小なりMCですけど。
[366]イタチ 05/04/02 12:13 OSWGBtvxy7
続きを書く前に・・・

地蔵さん
ありがとうございます。私が漠然と考えていた事をズバリ文章にしてもらった感じです。
これで私の書き込みも説得力を持てるかなと思い嬉しいです。
そして
>まあ商売って大なり小なりMCですけど。
これも最近気になっているテーマです。
例えば、社会人向けの学校教育業界なんか典型的だと思うんです。
「これからはこのスキルを身につけなければ・・・」と、自分では必要と思っていなかった事を「必要かも」と思わせ
押し売りではなく、いつしか「自分で判断して」入学を決める。入学すれば「この資格を取れば出世できる」という雰囲気。
途中挫折しそうになれば「いいんですか?出世のチャンスを逃しますよ」的な引き止め。
すべての「営業」とはこんなもんでしょう。それを自分にとって本当に必要か判断する事の繰り返しが自由競争の資本主義社会だと思います。
しかしMCの一種であるかもしれないそれら営業は「その商品(サービス)についてだけのもの」であり
人の根本的な価値観や生き方全体をとやかく言うものではなく、一生の服従を目的とするカルト教団の用いるものとは根本的に違いますよね。
そして通常の営業では、商品名や商品の効能を知らしめる「宣伝」が大きな役割を持っていますし
商品の内容をなるべく詳細に知ってもらう事が重要であり、詳細を隠すならば裏のある悪徳商売と見なされて当然です。
商品を分解してネット上に写真を公開されても良いし、公共の場で何を言われても良いきちんとした商品(サービス)を提供します。
消費者に思想統制・言論統制は無く、販売側は「ネットは嘘ばかりだから見るな。ましてや書くな」などとは言いません。
これを真如苑に当てはめると・・・?
「商売もMC」がカルト擁護に悪用されないよう、一言書かせて頂きました。
[367]地蔵。 05/04/02 20:31 jxgztm/fTP
イタチさん、こちらこそありがとうございます。
私は漠然と、新興宗教(カルト含む)=「粗利100%の美味し過ぎる
究極の商売」として捉えてました。利潤追求が商売の目的と言う意味では
的外れではないと思います。実際元締めである教主は、その身が
破滅するまで止めようとはしませんし。。 しかし、

>「商売もMC」がカルト擁護に悪用されないよう、一言書かせて頂きました。
ありがとうございます。そういう捉え方も出来ますよね。

商売は、その商品やサービスを手にとってもらうために「夢(虚構・誇張)」を
必ず少し商品に混ぜます。夢をどれほど感じさせるかは程度によりますが、
余程悪質なもので無い限り許容され、時には流行を生み出す元ともなります。
この「夢」を見させる行為がMCの一種とも考えられなくも無い、と。

程度によると書きましたが、苑の場合は総じてこの「夢・虚構の程度」が極端に肥大してます。
霊界がどうの、童子の霊がどうのと、聞き様によっては妄想といっていいレベルかもしれません。

商品の提供情報(夢・虚構)もさることながら、購買者・ユーザー側の思考・判断といった
商売上不可侵の領域を、はなから平気でズカズカ腐食するのが、健全な商業との決定的差異であることを
改めて強調したいと思います。蛇足ながら、この領域を侵してユーザーを判奴隷化し、上層部の肥大のみ
利益を享受する犯罪的組織に、(悪徳)マルチ・ネズミ講があります。布団商法なんてのもありましたね。
アメリカでは力こそ正義、利益こそ神、騙される奴は弱者で、強者の滋養になるのは当然という考えがまかり通るので
巨大なマルチが合法ですね。その勢いが強すぎて日本でもグレーゾーンのままです。

皆がんばろう。

[368]こねこ 05/04/04 23:54 n0jni3VeK8
皆さま、レスありがとうございます。

>地蔵。さま、無知な私の発言を訂正して下さってありがとうござい
ますm(__)m
ちょうど本で「如来秘密」(すでにさとりを開き、それを人々に説く
はずの仏・如来が、あえてさとりのすべてを説かずに一部を隠しておく
こと)について読んだところで、これは発言を訂正しないといけないな
と思っていたところでした。

>実を言うと「語ってはいけない」というのは、ある程度本当なんです。
>密教は本当に師子相乗が基本で、正式に入門した人以外にその秘密を
>公開するのは「越法の罪」に(仏から?)問われるそうです。

なるほど、勉強になります。
ただ、これは真如苑的にいう「語ってはいけない」とだいぶ内容が違う
ように思うのですが…気のせいでしょうか。

>口伝が基本ですので、本にあることは本当に公開OKな部分だけです。
>阿闍梨(キリスト教でいう、司教・大司教)のかたでも、他流の行法が
>必要とあらばそこへ弟子入りし、何年もかけて一から習得されるそう
>です。凄いですね。

これは本当に凄いですね。頭が下がります。

>直球と言うか、長ヤリでぷすりと貫通させてしまった手ごたえでは?
>その方は痛いところをずばり突かれたのです。

何だか、非常に的確に表現して頂いて、私の問題点がわかったような
気がします。きっと私は苑徒に限らず、MCタイプの信徒を長ヤリで
ぶすぶす突き刺すので、対立してしまうんですね…__;

>でも、こねこさんのその人はまだ負けを認めて黙ってるだけ良い方ですよ。

恥を忍んで(!?)失敗談を公開いたしますと、私が「大般涅槃経」は
大乗経典に所属する経典で、釈迦の死後すぐに書かれたものではない
とか、いろいろと矛盾を突っ込むものですから、しまいには導き親さんに
「人が一生懸命信仰しているのだから、あれこれ言うのはやめてくれ!」
と強い口調で言われてしまいました。
[369]こねこ 05/04/04 23:55 n0jni3VeK8
なので

>私の導き親なんて、私が入信間もない頃、本当に苑の実態を何も知らな
>かったので「真言系の行法らしきことは(何も)無いんですね。」って
>言ったら、「それは顕教でしょう!?」って言われましたもん。密教です
>って。しかもアンタんとこの親玉やんっ!ってツッコミはもちろん心の
>奥深くしまいました。

おかしなことを言われても「心の奥深くしまう」ことも大切だと、この
地蔵。さまの文章を読んでつくづく思うわけです…。

>歓喜位ともなると、この程度の無知なんて平気です。
>堂々たるものです。嘘や矛盾をどんどん自分で見えなくしちゃうので、
>これが悲劇の種となるんですね・・。

平信徒(←?位のない真とのことです)でなくて歓喜位の方なんですか?
私の導き親さんは平信徒だったので知らなかった可能性もあると思って
いたのですが、どうやらそういうことではないようですね。

レスの順番が前後いたしましたが、先日の続きを。

>ハウルの弟子さま
最近脱会された方とのこと、何だか親しみが湧きました。
過去ログに目を通していて「迷える」さまのお名前を見ていたので、
余計にそう思うのかもしれません。改めてよろしくお願い致しますm(__)m

ハウルの弟子さまのコメント、とても印象深かったのですが、特に

>何かに困っている人を知れば すぐお助けお助けで
>その人の問題の真髄より 入会させることで必死になるようなことが
>いかに偽善的なものであるか気がつきました

の部分。真如苑も見事にそうですが、キリスト教徒にもそのように「洗礼
を受けさせるのに熱心な」人達がいて、その辺りが私の大きな疑問となっ
ているのです。信仰熱心な人ほどそういう傾向があるのですが、たとえ
困っている人を入信させたとしても、結局その人の問題の根は解決せずに
残ったままなので、あとになっていろいろと問題が出てくるわけです。

というようなことを書くと、それは「修行が足りない」「信仰が足りない」
「祈りが足りない」などという反論がそこここから出てきそうですが、
[370]こねこ 05/04/05 00:19 n0jni3VeK8
それがどの宗教であっても、問題の真髄を見極めないまま入信させておいて、
こういう反論をすること自体がそもそも「無責任」で、ひいては神や仏の
名を汚す行為なのではないかと最近思っています。

おっと失礼、また長ヤリを振り回してしまいましたm(__)m

>今ももうすっかり苑に戻る気持ちはありません。
>やめてから いろんなことがありました
>自分にとっては前向きな話がたくさん舞い込みました。

これもすごく苑をやめて間もなくの私の状況と似ている気がします。
私の場合、やめてから長い時間がたっていますが、「やめてよかった」
と今でも心から思っています。


※一つ誤字訂正、369のところで一箇所「信徒」の文字変換が間違っていま
した。書き込んでから気づきました。すみませんm(__)m


>一般人さま
>「まず他を渡す」−つまり彼岸へと自分がまず渡って救われるのではなく
>他の幸せを願い、入信させることにより自らが救われる というのが苑
>勧誘ノルマの存在意義であるようです。

なるほど、そういえばそんな話を聞いたことがあるようなかすかな記憶
が…。

>これは本来の仏教とは・・似ているようで似てません。

似てませんよね__;

>私は、接心に限らず、いろんなオカルト体験が在りましたよ。

おお@_@そうなんですか。

>接心によりズバリ見抜かれるとたしかに驚きますが、デタラメも在り
>ましたね。

ハズレもありなんですね^^;
[371]こねこ 05/04/05 01:25 n0jni3VeK8
外れた場合って、苑側からのフォローはあるんでしょうか。霊能者の
言っていることがわからないのは修行が足りないから、とか言われたり
しませんか?
実は、私が初めて霊能者とお会いした時にもらった「アドバイス」、
それが全然ピンと来ないと導き親さんに話したら、まさに「修行が足り
ない」と言わんばかりの口調で返された記憶があるんですが。

>そのMCを解こうと長期戦なんですが、
>それはその心の拠り所を奪うことになるので、こちらも辛いです。

その辛さ、よくわかります。
私は上のような経緯(368)で、導き親さんのMCを解くのに見事に失敗
しているのですが、その導き親さんの反応がとても辛くて、以来苑の話を
避けるようになってしまいました。
本当に導き親さんのためを思うなら、それではいけないのでしょうが…。

362の情報、ありがとうございます。
この記事、まさしく私が入信している最中の日付なんですが、この件に
関しては家庭集会でも、何ひとつ話題にのぼっていませんでしたね。
三女と四女への教団引継ぎは、スムーズに行ったものだとばかり思って
いました。
にしても、敷居につまづいて倒れただけのわりには、ずいぶんな怪我です
ね…__;もうちょっとマシなフォローは出来なかったんでしょうか(苦笑)

>イタチさま
詳しいお話をありがとうございます。

>しかし、私のような経験をした後で、死の淵から這い上がり夢を叶えた
>自分に誇りを持ち、家族や友に感謝する事は間違いですか?
>望まない事故によって得られたある種の悟り・・・自分の気持ちを強く
>持つ事の大切さや、支えてくれた人に感謝する事の大切さを一生忘れる
>事の出来ない気持ちとして心に刻み込んでくれたと感じるのは・・・

間違いだなんてとんでもない話ですよね。本当に素晴らしいことだと
思います。
[372]こねこ 05/04/05 02:16 n0jni3VeK8
>このようなケースで真如苑信者は、生き延びたのは自分の気持ちの強さ
>でも家族友人の支えでもなく「苑のお陰」なのでしょう。

不条理な目にあった人間が、その体験に何かの「意味」を持たせることに
よって、その「不条理さ」を乗り越える…そのために、宗教は大きな力を
発揮するのは本当だと思います。例えばキリスト教では「神は決して
あなたを耐えられない試練に遭わせることはない」という聖書の言葉を
よく引用しますが、逆境に陥り、それを乗り越えようとする時に、この
言葉がどれだけ大きな支えとなるかはキリスト教徒でなくても容易に想像
がつくのではないでしょうか。
他の宗教でも同じだと思いますし、別に宗教でなくてもよく、人間は「意味
を持たせるための物語」を必要としている…という表現を、とある心理学者
の本で読んで「ああ、なるほど!」と思った覚えがあります。

苑の「物語」が、信徒が自分自身で逆境と向き合って、それを乗り越える
ための支えとなっているのなら、それはそれで信仰の自由ですからいいの
だと思うのです。が、その「物語」がすべての人に通用すると思って押し
付けるようになってくると、人と自分は違うという一番大切なところを
見落としているので、当然ながら問題が生じてきます。
更に、私には苑の教えが「自分自身で逆境と向き合う」助けをしている
ようにはあまり思えないのです。事実、解決法は「接心」「お施餓鬼」
「お護摩」「歓喜」といった感じで、苑に頼る内容があまりにも多すぎる
のではないでしょうか。だからこそ解決した時に、本当は他の要因があった
のかもしれなくても「苑のおかげ」=「苑が解決のすべて」になり、MCを
強める結果になっていると思うのです。

まあ、この辺の「間違った感謝」はキリスト教でもたまにあるので、苑のこと
ばかりを槍玉にはあげられません。年末のスマトラ島沖地震の後でおそろしく
宣教熱心なクリスチャンの知人が「あの地域に住んでいなかったことを神様に
感謝しなくちゃね」と言っているのを聞いて、本気で殴ってやりたくなったのです
が、間違った感謝もここまで来ると苑より低レベルじゃないかと本気で思います__;
地蔵。さまの書かれていた
>苑に熱心な方ほど、密教の目指す深奥を全く知らないと言えると思います。
はキリスト教にもそっくりそのまま当てはまると言わざるを得ません。

ところで、イタチさまと地蔵。さまの「商売って大なり小なりMC」に関する
やりとり、興味深く拝見させて頂きました。MCの手法について、その許容
範囲を考えるいい例になっていると思います。

さて、長々と連投してしまいすみません。今日のところはこの辺で。
[373]いちしんじゃ 05/04/06 13:35 O1bVckvPB2
こんにちは。
いろいろ思うところあって書かせていただきます。

>私には苑の教えが「自分自身で逆境と向き合う」助けをしている
ようにはあまり思えないのです。

そうでしょうか。。。?私がいただいた接心では、自分の一番不得意としているところをずばり指摘され、それを直していくように、といわれました。
人によってはなんでもないことでも、自分にとってはとてもつらかったり苦しい事ってありますよね。
それをやらなきゃいけない、と言われ、今もそれに取り組んでいる最中です。
確かに、おせがきやおごまなんかもそういったことの手助けにはなりますが、決定打ではないように思います。
結局は苑に入っていようがいまいが、関係のないことです。自分でどうにかしなきゃいけないことだと思います。

大きな接心もそうですが、結局、自分が実行しなければ、いただいたご霊言も役には立たないと思います。

教えに結ばれて良かったと思うのは、そういう自分の、どうしたら治るのか分からない欠点やつらい状況を客観的に観て伝えてもらえ、どう対処するのが近道かを教えてくれること、
また、そういった壁を乗り越えるときに、バカみたいに見えるでしょうが「信じる」という行為が非常に大きな支えになり力になるのです。

「信じるものは救われる」って私は信じてます。
だって、つらいとき、どうやってその状況を越えていったらいいんでしょう?
スマトラの被害に遭った人たちは、何を信じていったら良いんでしょう?
苦しい立場の人たちには、心の底から深く信じる何かが、必ず必要だと思いますよ。
結局そういう「救い」を求める人のために宗教があるんじゃないでしょうか。

ここの板は、真如苑に誘って欲しくないのにしつこく誘われて困ってる、という人たちや、その被害に遭われた方たちの意見が主に書かれてると思うので、
ちょっと話題が違っているかもしれませんが、書かせてもらいました。
失礼しました。

[374]一般人 05/04/06 17:53 PNawtD8BTg
>キリスト教徒にもそのように「洗礼を受けさせるのに熱心な」人達がいて

わたくしは実は基督教についても批判的立場です。 というより反宗教です。
もちろん それなりの根拠があります。

>例えばキリスト教では「神は決してあなたを耐えられない試練に遭わせることはない」
>宣教熱心なクリスチャンの知人が「あの地域に住んでいなかったことを神様に感謝しなくちゃね」

まったく苑人と同じですね。以前にも書きましたが、真如苑は 容は仏教中身は基督教です。
そして元々の仏教は 「反宗教の教え」だと思われますので、基督教に似るわけがありません。

基督教・イスラム教・ヒンズー教・大乗仏教・真如苑 ≠ 釈迦仏教。

たとえば原始の宗教は、神に生贄を捧げたりして その代わりに残された我々は救ってくれよ。
という 甘いご都合ご利益信仰や、単なる拠り所だったでしょう。
真如苑も、イスラム教も 〜すればご利益もらえる という構造です。
4大「宗教」の1つとして仏教がありますが、それは「大乗仏教」を指すのだと思われます。

>それを乗り越えるための支えとなっているのなら、
>それはそれで信仰の自由ですからいいのだと思うのです。

支えなしでは生きて行けないように「依存させる」のが 奴隷化のコツです。
[375]一般人 05/04/06 17:54 PNawtD8BTg
>自分の一番不得意としているところをずばり指摘され
自己改善や懺悔が 新興カルトの特質ですからね。

>「信じるものは救われる」って私は信じてます。
いわゆるキリスト教的概念ですね。仏教的ではないです。

>ここの板は、真如苑に誘って欲しくないのにしつこく誘われて困ってる、という人たちや、
>その被害に遭われた方たちの意見が主に書かれてると思うので、
違います。
ここは 真如苑の秘密の手口を みんなで楽しく暴いて差上げよう、というスレです。

マインドコントロールされていれば その自覚はもちろん在りません。
マインドコントロールから解放されたい方は、カルトおよびマインドコントロールを知りましょう。

[376]イタチ 05/04/06 18:02 OSWGB1jyBO
また突然忙しくなって書けませんでした。今度こそ続きを書きます。

前出の彼女には、十代の頃二度の妊娠中絶経験がありました。話を聞くと相手の男が随分ひどいのですが
それでも自分の責任として心の重荷を引きずっていました。そしてそれが、真如苑に嵌るきっかけでもあったのです。
先日書いた接心でのオカルト体験は、その水子の霊との接触だったようです。それで「信じない訳にいかなくなった」と。
ずっと気に病んでいた水子の供養が出来る。この教えを歩み、人様の為に行動する事で罪滅ぼしをしよう。
そういう気持ちがあったそうです。真如苑には中絶経験のある女性信者が多いという噂を聞いた事がありますが
幼くして亡くなった両童子さまを信仰対象とするこの教えですから、あながち間違っていないかもしれません。
話がそれましたが、まぁ供養するのは良いと思いますよ。しかし、です。
彼女は一度目は母親に報告しましたが、二度目は報告できなかったそうです。母にショックを与えたくなく、言えなかったと。
これは以後ずっと秘密となっています。ある意味、ここに一つ目の嘘があります。
そして真如苑に入信する際、導き親に促されるまま家族欄というところに記入します。これが家族入信として勝手に信者にする事だとは
後で知ったそうです。しかしそれを知った後も、家族に報告はしていません。そこを私が突っ込むと「別に怪しい宗教じゃないし」と。
怪しい宗教でないならなおさら、事実を伝えれば良いと思うのですが隠しています。
「自分がやっている宗教の紹介も兼ねて、家族も信者になっているんだから法要にでも連れて行ったら」と言うと「いや、それは・・・」と。
自分の入信当時の体験上、教祖崇拝新興宗教の印象を与える事はよく分かっているのです。「こんなの辞めなさい」と言われそうな事を。
そして駄目押し。家族とは「基本的に仲が悪い」そうです。挨拶はきちんと交わすものの、あまり腹を割った話をしないと。
さて、美しい教えに照らしてこの現状は如何でしょうか?
他人の家族の事情に顔を突っ込むのもなんですが、隠し事に嘘に嘘を重ね、「家族仲が悪い」という人に美しい教えを説かれたくありません。
本当に「家族を大切にする」教えを歩んでいるのならば、わざわざ家族に隠し事を増やすようなことにはならないのでは?
私は、自分が悪いわけではないのだからまず全てを母親に話し辛い気持ちを分かち合う事によって
彼女自身も楽になれるし、母親も娘の妙なよそよそしさを感じずにその後の人生を応援していけるのではと思うのです。
母親ですからきっと勘付いていると思います。でもあえて問い詰めないのでしょう。
[377]イタチ 05/04/06 18:02 OSWGB1jyBO
それを真如苑によって「この教えを歩めば〜」と言われても。「お力が流れて、それが母親への懺悔になる」と言われても・・・
一つ目の嘘を隠し、勝手に信者にしている事も隠し、根本的な解決よりも苑によっての解決を望んでいる。
彼女は言いました。「これは終わる事の無い修行」と。それはそうでしょう。根本的な解決方法をとらず、苑にだけ貢献し続ける道を選んだのですから。
これも地蔵さんの仰っていたように「根本的な解決をされては苑にとって一銭にもならない」という事なのでしょう。
一般的な精神医療機関等であれば、なるべく早く根本的な解決が出来る方法を探り、解決の暁には「おめでとう」と卒業するかと思います。
しかし真如苑の商売はそうではありませんね。悩みのある人を捕まえて、「この道を歩めば〜」で引き入れ、根本的な解決はさせないまま
一生を捧げさせるシステムが出来上がっているように思えます。
私は以前にも書いた通り、家族にも友人にも到底嘘などつけない人間になりました。
一つ嘘をつけば、それを隠すためにまた一つ・・・と無限に重なって行くのは周知の通りです。
嘘も方便と言いますが、お互い知らない方が幸せな事ももちろんあると思います。それによってお互いが本当に楽でいられるなら。
しかし全てを話し、気持ちを共有することで根本的な解決を探れるケースも多々あると思うのです。真如苑はこれを勧めず、生涯貢献の種にしている。
きっと接心等でも、「全てを話して腹を割って話し合えば解決出来るでしょう」などとは決して言わないのでしょう。あくまで推測ですが。
それよりも護摩を〜、お力が〜、なのでしょう。
彼女はよく「苑で知り合った友達とは、不思議と何でも話せる」と言っていました。この恐ろしさ、分かりますか?
家族に重大な隠し事をし、それがそもそもの心の苦しみの元種だというのに、それをさておき外で傷を舐め合うばかり。
そして「こういう仲間と出会えて苑は素晴らしい」・・・只の逃避にしか感じないのは私だけですか?
その逃避の場所を一生与え続ける事で苑は儲かる。
本人は「教えを歩む事で、今まで解決のしようがなかった問題を前に進める事が出来る。親にもいつか伝わる」と。
こうして文章にするために整理してみると、何とも言えない悲しさを感じます。でも本人「だけ」は前向きな「つもり」なんでしょう。
「間違っていても、それで本人の気が楽になるなら」そういう問題ではないですよね。本当に罪作りだと思います。
[378]イタチ 05/04/06 18:03 OSWGB1jyBO
>地蔵さん
地蔵さんの仰る「商売とMC」はそんなに深い次元の話だったのですね。とても勉強になりました。
でも、そうなってくると余計に、一般的に許容されている範囲の心理操作的な事柄にはMCという言葉を用いない方がいいのかな、とも思いました。
もちろん地蔵さんも、「似た心理的手法を用いている」という意味で例えとして仰ったのだと思います。

>こねこさん
ちょっと前の書き込みへのレスですが、接心によるオカルト体験だけでなく、何かを言い当てられたとか、以前信者の方が書き込んでいたように
霊能者との接心以外での会話の一言だったり、何かしらが「そういうことだったのか」として苑の全てを受け入れるきっかけとして
人それぞれにあるようです。

いちしんじゃさんの書き込みは・・・
私は「そう思い込まされる事の恐ろしさ」を考えているので、直接この書き込みにコメントする気にはなりません(笑)
私の今回の書き込みを理解してもらえるならそれが答えな訳ですが。
[379]いちしんじゃ 05/04/06 18:42 O1bVckvPB2
こんにちは。コメントに返事して下さった方、どうもありがとうございます。

>いちしんじゃさんの書き込みは・・・
私は「そう思い込まされる事の恐ろしさ」を考えているので、直接この書き込みにコメントする気にはなりません(笑)
私の今回の書き込みを理解してもらえるならそれが答えな訳ですが。

笑われてしまいましたか。。。私なりにですが、真面目に書いたんですがね。
そりゃ、洗脳されててすいませんでした。

>>自分の一番不得意としているところをずばり指摘され
自己改善や懺悔が 新興カルトの特質ですからね。

そうなんですか。

>>「信じるものは救われる」って私は信じてます。
いわゆるキリスト教的概念ですね。仏教的ではないです。

仏教でなくても、素敵だ、と思うものを覚えているだけです。

なんだか、どんな発言をしても、真如苑の信者、というフィルターを通してでしか発言を聞いてもらえないような気がします。
どうやら場違いなようです。失礼いたしました。


[380]イタチ 05/04/06 19:15 OSWGBDCzU7
信者というフィルター・・・
「こんな人もいるんだ」と驚かせてくれるならまだしも、微笑ましいくらいに純粋な典型的な信者さんの発言ですからね。
こちらがフィルターをかけているのではなく、ご自分が他の信者さん達と同じお面を被っている事に気付いてもらいたいものです。
[381]講釈師 05/04/06 19:27 FATzomznHq
いちしんじゃ様 はじめまして。

真如苑は良い教えなのでしょう。
でも、私は 「 費用対効果 」から疑問です。
金銭はもちろんですが、精神的服従もです。

ローマ法王が亡くなりました。
後継者が日本人、アジア人でなければ、そう関心はないのでしょう。
この国の総理も弔問外交には参加しないようです。

東本願寺 真宗大谷派のゴタゴタもありました。
「大谷家を『生き仏』とあがめるゆがんだ信仰の形はなくなった。」
ある信徒の方の感想ですが、苑徒の人はどう感じるのでしょう。
[382]こねこ 05/04/06 19:32 n0jniU7cmb
いちしんじゃさま、コメントありがとうございます。
特に接心に関して思っていることを伝えていただき、嬉しく思いました。

>私がいただいた接心では、自分の一番不得意としているところをずばり
>指摘され、それを直していくように、といわれました。

私は自分は接心を受けず、331に書いた体験によって脱会した者なので、いちしんじゃさまの書かれた
ような接心のアドバイス的な側面を知らないのです。なので貴重なご意見、ありがとうございます。

>確かに、おせがきやおごまなんかもそういったことの手助けにはなります
>が、決定打ではないように思います。
>結局は苑に入っていようがいまいが、関係のないことです。自分でどうにか
>しなきゃいけないことだと思います。

あくまでも接心でいただくのはアドバイスで、それを活かしてなんとかするのは自分次第という
ことでしょうか。そうであれば確かに、別に苑に入っていようがいまいが、関係のないことに
なりますね。納得できます。

問題はそのアドバイスのやり方が、問題の根本的な解決につながっているのかどうかという点で、
私はそのことにも興味を持っています。
実を言うと、今日では熟練した心理カウンセラーであればあるほど、相談に来た人の欠点をズバリ
指摘し、それを直すように指導するということはしないのです。そうではなく、問題点に自分で
気がつき、自分で解決策を見つける助けをする、という方法を取ります。というのは、問題点を
指摘し、解決策を与えるという方法は心理カウンセラーに対する依存心を高めることになっても、
問題の根本的な解決にはならないことが、臨床例から明らかになっているからです。
その辺のところで、苑の接心でのアドバイスが、気づくという面でも解決法を見つけるという面
でも、どこまで本人が自分自身と向き合い、自分で解決していく、いわば自立を促すものになって
いるのかが、私には非常に興味深いところなのです。もしよろしければ、実際に苑につながって
いらっしゃるいちしんじゃさまのご意見をお聞かせください。

>また、そういった壁を乗り越えるときに、バカみたいに見えるでしょうが
>「信じる」という行為が非常に大きな支えになり力になるのです。

>苦しい立場の人たちには、心の底から深く信じる何かが、必ず必要だと思いますよ。

372でも書きましたが、私はこれは全くその通りだと思います。
イタチさま(勝手に引き合いに出してすみませんm(__)m)のお話を読んでも、ご自分の可能性を「深く
信じる」ということ、またご家族やご友人がイタチさまの可能性を「深く信じて」暖かく支えてくだ
さったこと、それが大きな力を発揮して、現在のように夢を叶えるに至ったわけですよね。

お礼の書き込みが長くなってすみません。
[383]地蔵。 05/04/06 19:55 yM75detklx
うはー。凄い密度ですね、皆さん。お久しぶりです。
>>368 こねこ様
ただ、これは真如苑的にいう「語ってはいけない」とだいぶ内容が違う
ように思うのですが…気のせいでしょうか。

はい、全く以ってその通りです。密教は「あなたは叡智の一端を知った。
かつ、これは正しく学んだ上で正しく伝えるべき教えである。中途半端に
余人に伝えて歪められてはならない。故にみだりに明かさぬ秘密の教えとす」
る立場をとります。一方、苑はぶっちゃけ「何だか(かなりMCされて、完璧にはまってる私ですら心のどこかで
かすかに変だなと思うほど、いい加減な教理なので)良くわかんない。説明できないから
とりあえず」秘密なんですよ。「説明できないくらい(笑)素晴しい教え」だから
と言いたいのでしょうが・・。源氏物語か、アンタは。というツッコミを・・(以下略)

>実は、私が初めて霊能者とお会いした時にもらった「アドバイス」、
それが全然ピンと来ないと導き親さんに話したら、まさに「修行が足り
ない」と言わんばかりの口調で・・
・・私はもうウキウキしながら、最初で最後の接心を受けたんですが、そうですね・・。
導き親が私の個人情報や実家の様子などを事前にたっぷり上げてたせいか、結構
まとも(!?)過ぎて拍子抜けしましたね。更に、私がスゴク期待してるのを見て導き親
もビビッたのでしょう。何度も「最初の(接心)は、大きくというか、大雑把な事を
言われるかもしれない」とか予防線を張ってましたよw
(そりゃそうだ。データのみで語れる事何ざ知れてるわな)と思った私も底意地悪いですね。
結果は「貴方(地蔵)には大変素晴しいご先祖様が(背後に?)憑いておられます。
貴方が運が良く、今に至れるのもそのためですよ。感謝しなくてはいけませんよ」(多分原文ママ)
・・そりゃそうです。私の血肉も性格も、獲得した知識も、人生の選択もみーんな私の体内に息づく累代の先祖DNAが
その時々に発動した結果でございますゆえ。(直接的には家族の教育の賜物がおおきいですが。)

長くなってしまいました。もうちょっと書きたい・・。
[384]地蔵。 05/04/06 19:58 yM75detklx
連投すみません。
少し話を変えて、
家族が強固な信者の方で、家庭崩壊を起こしそうな勢いの方に・・

@まず、こちらが信者の誠実さや敬虔さ、ほか、苑特有の善人でいいところを、本人や苑関係者など具体例を挙げて、
「認める」事から始める。相手を受け入れるのが対話の第一歩かと。

A苑の「教え」を(ダイジェストで)信者に語ってもらう。長くなるようなら複数回に分ける。
何度か繰り返すと、お互いに信頼関係が築けてよい。
(話し合う場を確立させるのだ。)

Bなるべく口を挟まず、出来れば語られた内容をどんどんノートやホワイトボードに端的に書き出す。
この文字・図解の情報を基にすれば、口でのやり取りよりもはるかに冷静で良い結果を生み出せる。

Cノート・ボードを基にわかろうとする立場から、質問と言う形で矛盾点を「徐々に」つまびらかにし
ていく。くれぐれも「矛盾してるじゃないか」「マルチ/カルトじゃないか!」
「ほれみろ、お前は騙されてるんだよ」等と娘の彼氏を疑うお父さんの如く攻めるのではなく、
一緒に考えようよ、ほら、説明してよ。自分で言ってて何かおかしいと思わない?・・と
「気づき」を促せれば最高だと思います。八合目まで来たかと。

D「気づき」=ウイルススキャン+ファイルの修正です。重篤な場合は失われし社会的データが
甚大ですから、ご家族の愛情と訓戒という、本人の魂の強化が不可欠です。

皆さんには自明の事かもしれませんが、自分なりに段々と話していく指針を考えてみました。
未熟な対応かも分かりませんが、建設的なご意見を頂ければ幸いです。。
[385]迷える 05/04/07 00:25 jYtAJXzm96
皆さんの言われていることに何か違和感を覚えて書き込みしました。
やはり自己中心的でものに執着しすぎていると思われますが
非常に「自我」の強いままで「悟り」とか「至高体験」を行うと危険ではないのですか
過去に「自分は神」だと錯覚し大量虐殺や破壊行為がたくさんあります。最近では
オウムやカルト教団など。個人においても「神が人殺しをしろ」と言ったと妄想して実際
行ってしまった例など痛ましく、悲しい出来事がたくさんあります。

いちしんじゃさんの考えは、私は賛成できます。「人を信じられると言うことはすばらしい!」
たとえだまされてもだます人間にはなりたくないです。
私達にはさまざまな欲望があります。もちろんそれがなければ生きてゆけません。
これが欲しいあのようにしたいと思うから生きる勇気も湧いてきます。しかし欲望が
こうじてそれが執着になると、そこに苦しみが生じてきます。ときにはそれは罪悪感をも
招くことになります。

私達の欲望にはおもに物欲、性欲、名誉欲があります。すばらしい家に住みたい。
そのためにはお金が欲しいともがきます。あの人が好きでたまらないと苦しみ悩みます。
早く部長になりたいと地位にあこがれます。
いずれもそれらが実体として存在すると考えているのです。考えるだけなら良いのですが
そのように考えてものに執着してしまうところに問題が生じます。
他人や自分を苦しめるエゴ心(我執)をなくしてものごとを観察してみるとそこには
違った世界が見えてきます。そして「他者があって自己がある」という理に気づきます。
この理を仏教では「縁起の理」とよびます。縁起とは「因縁生起」の略で「此があれば
彼があり、此がなければ彼がない、此が生ずれば彼が生ずる、此が滅すれば彼が滅する。」
と言う理です。この「縁起の理」は物理、心理、倫理などすべての理を包括するいちばん
深いところにある理であると言える。
もちろん縁起の考え方は仏教の根本的思想を示し仏教教理の土台である。
経典には釈尊自身が「私の悟った縁起の法は、甚深微妙にして一般の人々の知り難く
悟り難いものである」と言っている。
[386]迷える 05/04/07 00:26 jYtAJXzm96
この「縁起の理」を少し現代風に考えると、たとえば、かなり混雑した電車の中で私が
席に座ることができたとする。この場合、座れた理由を考えるとき私の周りに
たくさんの立ってくれている人がいるから私は座ることができたと言う考えかたの事実と、
たまたま私が乗ったときには席が空いていたのでそこに座っただけだと言う事実
前者も事実、後者も事実、でも結果は一緒。両者の事実認識の違いは何でしょう
それは一つのありようをどのように見るか、その見方が相違しているのです。
まず後者の場合は、自分と前に立っている人との両者を関係的に見るのでなく、ただ
自分は座れて良かったと思って座っているのです。そこには、無意識であるにしても
エゴの心が働いています。これに対して前者の場合は、相手が立ち、自分は座っている
と言う現象の背後にある法則、すなわち「理」にまで目を凝らし、その人と自分とを
関係的に見て「あなたに立って頂いているのだから私は座ることができました。」と言う
事実に気がついたのです。このように洞察力を増して事実を事実として見てみましょう。
するとエゴ心に色ずけされた視覚だけでない別のものの見方ができます。
本当に私達は「自分が生きている」のではなく「生かされている」のです

百枚あまりの皿を並べて、その上にホークやスプーンを置く作業をしていたときです
あるシスターから「あなたはなにを考えてしていますか」と質問されました。私は
「何も考えていません」と答えたものの、実際は「つまらないなあ」と思いながらしていた
のです。
するとそのお方が「あなたは一枚の皿を置くとき、この皿で召し上がる方がお幸せで
あるように、と思って置いたらどうですか」とおっしゃったのです。私は同じ仕事を面白
くするのもつまらなくするのも、みんな私なのだときがつきました。‥‥ある手記より
[387]迷える 05/04/07 00:27 jYtAJXzm96
私は仕事に関しても「縁起の理」を考えることにしています。
仕事をしていると思うといやな仕事や、つらい仕事がくると何で「私がしなくてはならないのか」と腹が立ちます。
しかし、仕事はしているので「私のためにさせてもらっている。」と思って仕事をすると
つらい仕事もつらくなくなる。またこの仕事をすることにより会社の人たちの役に
たっているのだと考えると、つまらない仕事やつらい仕事も自分で進んで笑顔でする
ことができる。
「縁起の理」はどんなところでもすべてのものに対して当てはめることができます。
大切なことはこの「理」に気づくことなのです。そして心の中「でありがとう」と感謝
しましょう。
この「理」に気づけば人を憎むことによって生じる苦しみをなくす方法が見出すことが
でき、私達の生き方も大きく変わるでしょう。

私達はものごとを実体的にとらえて、自分は自分、他人は他人であると自他の区別して
自分が先に席を取ったのだから座るのは当然だと座ってしまいます。
そうではなくて、すべては関係なのだと考えていくと信仰や信念さらには倫理などが
なくても正しく生きていくことができる。
最近の日本人の振る舞いには、目を覆いたくなるようなものがたくさんあります。
毎日新聞やテレビをにぎわしています。道路上には、タバコの吸殻や空き缶が目立ちます。
オレオレ詐欺のように平気で人をだます。
以前外国人が目を見張った日本人の礼儀正しさ、柔和さ、謙虚さはどこにいって
しまったのだろうか。
このようになった原因として、たとえば、家庭内のしつけの欠如や、大学入試を目的と
した偏差値重視の教育制度のありかた、ものの豊かさだけを尺度にした戦後の価値観
などが挙げることができるがこれらはあくまでも「縁」であり、本当の「印」ではない
根本的な原因は何でしょうか。それは一方的に情報として与えられた、そしてあまりにも
過度な、ときには間違った自由主義、個人尊重主義、個人的人格に翻弄され、一人ひとり
の人間が「自分とはいったいなんなのか」という問いかけを忘れてしまったことにあると
確信する。
自分とはなにか、他人とはなにか、この己といういのちはなにかという生きる上で
一番大切な問題が置き去りにされてきたのです。

[388]一般人 05/04/07 00:47 uYWU7KRzub
>365
>変な所だけ、オリジナルのインド仏教時代を体現してますね。
パーリ語読授ですか。容だけの本物気取りが哀しみを誘いますね。

>苑に感謝しない考えは厳しく戒めるようプログラムされていること。
いやはや。 容は仏教風。構造は天皇制。教義はキリスト教。

>(苑の御力によらず)自分でうまくやっていけるなら苑(の教え)など不要ですので、
商売で言えば「リピーターにする」ことが重要ですので カルトは「心身全てを依存」させようとするわけですね。
そこで仕掛けられるのが、上救菩提であり 因縁論による生命の拘束であり
多忙にすることによる世間からの隔離であり 霊的上下関係(経)による根本支配です。

>366イタチさん
世の有益良品には「※効果は個人差があります」との注意書きが添えられている場合が多いですね。
宗教カルトは狡猾なので
「信じるのは自由・あとは自己責任」との言い訳を用意し、凄い効能を宣言する割に、保証しません。
ダメだこりゃ。


[389]一般人 05/04/07 00:47 uYWU7KRzub
>384ノート・ボードを基に
>一緒に考えようよ、ほら、説明してよ。自分で言ってて何かおかしいと思わない?・・と
「至極論理的な議論」という事ですね。 そうすればカルト信仰は自己崩壊します。
[390]一般人 05/04/07 00:53 9BNZpeycQf

第一回/璽光尊事件の不幸な幕開け

ここに一葉の写真がある。昭和二十二年早春、雪の金沢。そこには六十九連勝記録をもつ元横綱双葉山、
そして囲碁の天才呉清源らが写っている。
手を合わせ、体を揺らし、深刻な面持ちのなかにもほのかな期待の笑みがうかがえる。
ある程度の年代の方ならすぐわかるはずである。

璽光尊事件――それは敗戦まもない頃、神示に基づき、女性教祖の璽光尊率いる教団・璽宇が
世直しを掲げて独自の内閣構想を打ち出し、「元号」を霊寿と改め、天皇や皇族、そしてマッカーサーに
自らの「皇居参内」を命じ、やがて金沢に「遷都」し、そこで県警を相手に大立回りを演じた事件である。
彼女は金沢で天変地異の預言を喧伝して私造紙幣を発行し、人々に少なからぬ影響を与えていた。
そして数十名の警察隊による急襲と乱闘の末、璽光尊をはじめとする教団幹部は身柄を拘束された。
璽光尊は精神鑑定により誇大妄想症と診断され釈放。 双葉山、続いて呉清源は教団を去った。

「われ未だ木鶏たりえず」との名言で知られる大横綱・双葉山は、一方熱烈な法華信者としても知られた。
夫人は新興宗教真如苑の篤信信者であり、
被・マインドコントロールという、夫の二の舞を踏んでいることは悲しい事実である。


[391]いちしんじゃ 05/04/07 01:24 O1bVckvPB2
お返事を下さった方々、どうもありがとうございます。

こねこさまへ。
>もしよろしければ、実際に苑につながって
いらっしゃるいちしんじゃさまのご意見をお聞かせください。

私が「ズバリ」という言葉を使ったため、上手く伝えることが出来ていませんでした。
ズバリ、というよりも、気付きのヒントを与えられる、と言う感じでした。
その時々によりますが、私が例にあげた接心では、霊能者の方の声を聞きながら、
とうとう言われてしまったか、もう逃げられないな。。。と自分自身気付くところがあったので「ズバリ」と書きました。
語弊がありましたね、すみません。。。

また、その壁を乗り越えるためのアドバイスも同時にいただきました。
アドバイス自体はちんぷんかんぷんで、訳が分からないのですが、
実践をしていくと、そういうことだったのか、と思うところがあります。
具体的な例を挙げたい気持ちもあるのですが、
自分の心の中を安易に板に載せてしまうのはちょっと抵抗がありますので伏せさせていただきます。

接心も、その時々によって、気付きのヒントのようなときもありますし、
○○は絶対にしてはいけない、と非常に強く言われたこともありますし、
ご先祖様云々と言うこともありますし、本当に様々です。
いただいたご霊言を実践していないと、翌月、また同じ事を言われることもありました。
(元来ものすごい怠け者なので、3ヶ月同じご霊言をいただいたことがあります。。。)
また、いただいたご霊言が、何年も経ってからわかる、ということもありました。

ご霊言をいただくことで精神的に成長したか、といわれると、自分では分からないのですが
周囲からは明るくなった、人付き合いが上手になったといわれます。
これがマインドコントロールの結果か分かりませんが、以前よりずっと気楽に毎日を過ごしています。

こねこ様、ご参考になったでしょうか。。。?
[392]こねこ 05/04/07 17:33 21bl0RiWru
わぁ、すごくたくさんの書き込みですね!
いろいろ興味深いテーマが出ているので、どの話題にコメントしようか迷うところです。

まずは、自分のコメントに誤解を招く表現があったので訂正を。
皆さまの方がよくご存知だと思うので、訂正の必要もないかもしれませんが、
間違った情報をお伝えしないように、書いておきます。

>368の
>私が「大般涅槃経」は
>大乗経典に所属する経典で、釈迦の死後すぐに書かれたものではない
>とか、いろいろと矛盾を突っ込むものですから、

↑「大般涅槃経」についてなんですが、私がこれをネタに導き親さんに突っ込んだ
ことは事実なんですが、突っ込んだ当時の私の知識の方が中途半端だったことが
あとでわかりました。

実際には「大般涅槃経」には、初期経典から大乗経典まで数種類あるのだそうです。
大乗の大般涅槃経は初期のものとあらすじは同じですが、その意図するところが
全く違うので要注意とのこと。初期の大般涅槃経が釈迦の生前の姿をほぼ忠実に
伝えるものである、ということに関しては、学者の間でも異論がないそうです。
余談ですが、第一線の研究者であられる中村元氏の手による、初期大般涅槃経の
日本語訳が、岩波文庫から「ブッダ最後の旅」というタイトルで出版されています。
大般涅槃経についてきちんと知りたい苑徒の方に、ぜひ一度読んでみて頂きたいお勧めの
本です。

で、私自身は、伊藤真乗氏がひも解いたとされているのは、内容的にも大乗の大般涅槃経
の方ではないかと思っているのですが、もし正確なことをご存知の方がいらっしゃいまし
たら教えて下さい。

ひとまず、訂正まで。
[393]講釈師 05/04/07 17:42 hLtyNN/vP0
こちら、関西のローカルニュースでは、
聖神中央教会の教主さまが強制わいせつで逮捕されたというのが、
どの番組もトップで報道されています。

− カルト教団 −
− マインドコントロール −
− 新興宗教の教主 = 絶対服従 −

等の言葉が飛び交っています。
どうしても私も含めて、一般の人は新興宗教のイメージは同じです。

「 なぜ、オウム真理教が教訓にならないのか。」
みんなが疑問に思っています。

「 この教団だけは違う。」
と信じ込んでいるのでしょうか。
詐欺の手口とまったく同じです。

日本国の学校教育の問題の様な気がします。
[394]こねこ 05/04/07 18:54 21bl0RiWru
まず、>391のいちしんじゃさまのコメントからいきますね。
接心について、詳しく教えてくださりありがとうございました。
とても参考になりました。

接心と一口に言っても、そこでなされる問題の指摘の仕方はそのときによって
違うということなのですね。
どういう風に指摘の仕方を使い分けているのか知りたいところなんですが、
これはさすがに霊能者(もしくは霊?)でないとわからないでしょうね…。
いちしんじゃさまは、いつもその指摘が的を得ていると感じますか?それとも
指摘自体がちんぷんかんぷんなこともあるのでしょうか。

また、アドバイスについて「それ自体はちんぷんかんぷんで、訳がわからない」
とのことですが、これは「何を行なっていいのかわからない」という意味で
ちんぷんかんぷんなのか、「なぜこれを行なうと問題の解決になるのかわから
ない」という意味でちんぷんかんぷんなのか、いろいろな意味に取れてしまい
ますので、もう少し詳しく教えていただけないでしょうか。もちろん、板に
載せていい範囲で構いませんので、よろしくお願い致します。

また、とても初歩的な質問なのですが
1.接心でいただける「ご霊言」というのは、基本的に「問題点の指摘とその
解決のためのアドバイス」という内容だけなのでしょうか?それとも、他にも
何か言われることがありますか?
2.いただいた「ご霊言」について、導き親さんや経親さん、または他の苑徒の
方々などと、詳しく話をすることがありますか?(特にちんぷんかんぷんだった
場合など)

こまこまと質問ばかりしてすみません。あくまでも差し支えのない範囲で構い
ませんので、お願い致します。
[395]下品。 05/04/07 21:18 wEx6D18mKm
みなさん お忙しいところすいません。
聞いてもらえますか、先日 経親から電話がありました。

「○○日にご奉仕してもらえないかしら」

どうやらメールだけでは要領を得なかったのか、もしくは そろそろ迷いも過ぎた頃だろう的な 開口一番でした。

「真如苑を辞めたと伝えたはずですが」と私。

「所属はどうするの? 無責任ねえ!」の言葉につい言ってしまいました。
「調べることも確認することもせずに真如苑の言うがままに 純仏教だ 釈尊の教えだと導くことこそが無責任なのではないのですか?」。

経親は、しばらく黙りました。そして
「なんとか○○日、ご奉仕してもらえないかしら 誰もいないのよ お願い」
「辞めたと言ったはずです」

またしばらく黙ったあと
「戻ったら連絡下さい」。

なんだかなあです。
[396]一般人 05/04/07 22:50 qya9JGw6Q2
>誰もいないのよ お願い
「救けてください」というわけですか・・・ 救けてあげればいいじゃないですか。

ただ私なら 日給2万ほど頂きますが(交通費・税別)。
[397]地蔵。 05/04/08 08:59 hLtyN/3/DB
>>395 「辞めたと言ったはずです」
冷静で、しかもお優しい言葉ですね。自分なら「どこまでも厚かましいやっちゃなあ(奴よのう)。苑って。」
とボソっとつぶやいちゃいます。多分。
[398]講釈師 05/04/08 13:46 DtXI69lkRr
下品。様 私の所は今年の始めに、経親に「 新興宗教を他人に勧誘するという事は‥‥。」
と電話口で怒鳴った為、少なくとも私の在宅中には電話はなくなりました。
横の繋がりがないのか、ビデオ鑑賞会なるものの電話がありましたが。

電話つながりで書かせてもらいます。
実家の親の元に「 日本テレコム 」 「 株式会社ネクサス 」 「おとくライン」
という文書が郵送されてきました。

詐欺 悪徳商法 で検索したら出てくるは、出てくるはです。
キャンセルするのにこちらの個人情報を伝えてくれと、言われ、また揉めました。
[399]下品。 05/04/08 19:13 LZPfo4GsOr
>一般人さん。
そうですね、経親をこの世間に逆お救けって手もあるんですけど 私はそれほど暇なわけじゃないし。
過去のご奉仕を時給 日給に換算すると私の場合なかなかの金額です。
さらに諸経費ですもんね。 私もスゴイけど真如苑はもっとスゴイ。

>地蔵。さん。
ひと月ほど前に経親がインフルエンザで寝込んでいたんですね。回復にさしかかった頃 電話がきたんです、今後の経の運営について話したいといった事で。
まずは健康を取り戻してからにしたらどうですかと言ったんです。
すると、何もしないで寝てると 考えるのは所属のことばかりなのよと言います、私なんか専業主婦でなんにもしてないから真如苑取ったらなんにもないのよ・・・と。     なんだか哀れです。

>講釈師さん。
以前 今年の始めにおおきいのをやりましたと書かれてましたけど、そうだったんですか。
経親は さぞかしビビリまくったでしょう。 だけどやっぱり、修行と受け止めてコリないんでしょうね。

突然ですけど、関西のほうでは5月8日が「花まつり」なんですね。今日知ったんですけど。
お釈迦さまのご生誕を祝うそうで・・・・。
日本人て クリストの誕生日は盛大に祝いますけど、お釈迦さまのは お寺さんだけがしてますね。
神様が いっぱいいる日本人の無節操ですかね。 でも無節操も節操のひとつかなと思ったら、なんだか自在でいいなあとも思えます。
どちらが善悪かの宗教戦争で殺戮にまで及んでたりしますよね、善悪にとらわれない いっぱい神様がいる日本人の自由を中道とは言いませんけど けして悪くもないかなって。

そういえば最近また例の教団のひとりに極刑が確定しましたね。 信教の「自由」を認めるこの国ですけど、他人を不幸にする信教の自由は やはり私も認められません。

以上は つぶやきでした。
[400]プロテスタント 05/04/08 23:57 UkYLslcYAI
私は、以前真如苑に入信して、すじおやとうまくいかなくてやめました。理由はすじおやさんの再婚相手に、すじおやさんとの電話の会話などやめさせられ、たぶん嫉妬からでしょうね。
元々、すじおやさんに誘われたのに、再婚相手の人の導き子にさせられました。新しい後輩よりも、自分達の事ばかり考えてるこの人達についてゆくべきではないなあと思い、今は何も連絡していません。結局真如の人は、女の人は、やさしげでもプライドが高い。結婚運が悪いですね。いつもなんだかんだいって年がら年中家庭の事でもめてる。まして密教っぽくそういった事は人に弱味をみせたくないのか打ち明けようとしない人が多い。最近、学会のおばちゃん連中が好きだ。あの人達はまず積極的で元気がいい。きっぷもいいし、不倫なんかもしらーっとしてやってのけちゃう。でも私がものすごく大変な危機におちいった時、がらっとドアをあけて「何があったんだ」と心配してくれたのは学会人だったな。結局、真如をやめてすぐにプロテスタント教会に入信したから学会には入らないと思うけど。どんな宗教やっても良い人は良いし、悪いやつは悪い。ただそれだけかな。うちのそばで、早朝奉仕やって、
奉仕中に車に敷かれて2人のおばさんがL商会の前で死んだ事。それを私が誰に聞いても、その運命については誰も口を閉ざして何も言ってくれなかった。数年前の話し。この教団は気取ってるだけで何も都合の悪い事は言えないんだな、と思った。私は一切この教団は未練がない。
[401]プロテスタント 05/04/08 23:59 UkYLslcYAI
私は、以前真如苑に入信して、すじおやとうまくいかなくてやめました。理由はすじおやさんの再婚相手に、すじおやさんとの電話の会話などやめさせられ、たぶん嫉妬からでしょうね。
元々、すじおやさんに誘われたのに、再婚相手の人の導き子にさせられました。新しい後輩よりも、自分達の事ばかり考えてるこの人達についてゆくべきではないなあと思い、今は何も連絡していません。結局真如の人は、女の人は、やさしげでもプライドが高い。結婚運が悪いですね。いつもなんだかんだいって年がら年中家庭の事でもめてる。まして密教っぽくそういった事は人に弱味をみせたくないのか打ち明けようとしない人が多い。最近、学会のおばちゃん連中が好きだ。あの人達はまず積極的で元気がいい。きっぷもいいし、不倫なんかもしらーっとしてやってのけちゃう。でも私がものすごく大変な危機におちいった時、がらっとドアをあけて「何があったんだ」と心配してくれたのは学会人だったな。結局、真如をやめてすぐにプロテスタント教会に入信したから学会には入らないと思うけど。どんな宗教やっても良い人は良いし、悪いやつは悪い。ただそれだけかな。うちのそばで、早朝奉仕やって、
奉仕中に車に敷かれて2人のおばさんがL商会の前で死んだ事。それを私が誰に聞いても、その運命については誰も口を閉ざして何も言ってくれなかった。数年前の話し。この教団は気取ってるだけで何も都合の悪い事は言えないんだな、と思った。私は一切この教団は未練がない。
[402]いちしんじゃ 05/04/09 04:47 aIGGfwfvVv
こねこさま、みなさま、こんにちは。

>いちしんじゃさまは、いつもその指摘が的を得ていると感じますか?それとも
指摘自体がちんぷんかんぷんなこともあるのでしょうか。

自分自身の心のあり様を示されたような場合は、納得。。。、と思うことが非常に多いです。
というより、そういったことに関しては、全て思い当たる節があったとおもいます。
未来の事を示された場合は、その場ではなんとも言い難いですが、後からこのことだったのか、と分かります。未だに分からないものもいくつかですが、あります。

苑では、その時、その人に必要な言葉が示されると言われています。
パターンとして何パターンある、という風に分けられるものではなく、他の教徒の方々がいただいているご霊言も、その人その人によって、本当に様々です。

アドバイスについてですが
>「それ自体はちんぷんかんぷんで、訳がわからない」
というのは、「なぜこれを行なうと問題の解決になるのかわから
ない」と言うことです。
ただ、これも、ちんぷんかんぷんだと思うときもありますし、そうでない時もあります。初めて間もない頃は、ちんぷんかんぷんが多かったです。

質問1についてですが、「その時、その人に必要な言葉が示される」ので、一概に「問題点の指摘とその解決のためのアドバイス」と言うわけではなく、様々なパターンがあります。

質問2については、導き親に話します。「導く」「親」なので、教えの先輩として、いただいたご霊言を実践するためにどうしたらいいのか、間違いのない解釈の仕方をアドバイスする、と受け止めています。


具体的なことをあげると誤解を招きやすい、言葉での説明だけでは非常に解りづらい、という部分が多くありますので、雲を掴むような説明になってしまいましたが、少しはご理解の役に立てれば、と思います。

では。。。
[403]一般人 05/04/09 15:22 qya9JsaYTC
>391いちしんじゃさん
接心はまったくのインチキではないと思われます。時々自分自身の心のあり様をズバリ言われますし。
でもデタラメも多いので、真贋を調べたい方は、私が方法を伝授しますよ。w

>とうとう言われてしまったか、もう逃げられないな。。。
これについては マインド・コントロール(5)  コンバージョン

ttp://66.102.7.104/search?q=cache:zQM6Bqs-oYoJ:www2.saganet.ne.jp/yasuki/mind/mind5.htm+%E3%80%8C%E8%87%AA%E5%88%86%E3%81%AE%E5%BF%83%E3%81%AE%E4%B8%AD%E3%81%AB%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88%E3%81%AE%E6%8C%87%E6%91%98%E3%81%99%E3%82%8B%E5%AB%8C%E3%81%AA%E9%83%A8%E5%88%86%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%82%92%E3%80%81%E5%BF%83%E3%81%AE%E5%BA%95%E3%81%8B%E3%82%89%E8%AA%8D%E3%82%81%E3%81%9F%E3%81%A8%E3%81%8D%E3%81%A0%E3%80%8D&hl=ja&lr=lang_ja%20target=nw

をご覧ください。 ま、「逃げられなくするのが彼らの目的」ですからねえ。

>また、いただいたご霊言が、何年も経ってからわかる、ということもありました。
これほどに、信者の魂を拘束するのは見事です。

[404]地蔵。 05/04/09 17:29 ghahhXBfOb
一般人さん、為になる情報をいつもありがとうございます。
>接心はまったくのインチキではないと思われます。時々自分自身の心のあり様をズバリ言われますし。

これなんですが・・苑の人って深読みと言うか、自己分析大好きですよね。
何てこと無い文句を聖句に昇華して「ああやっぱり」と自分の内面の上書きを
繰り返してるだけでは? と感じる人が導き親を含め、多々おられたんですよ、私の場合。

血液型占いとか一時期再流行しましたが、あれを「あー、当たってるぅー♪」
っていうのと近いものが。そりゃそうでしょう。当たりそうな事を散りばめてるんですから。

インチキというよりは、よく考えて練ってあるマニュアルがあるんでしょうね。
[405]下品。 05/04/10 11:25 vjriVmLJCo
いちしんじゃさん、初めまして。
私の 接心修行についてのあれこれを聞いてほしいなあと思いまして、かなりおおまかにですけど。

初信の場合だと
「あなたが この教えに結ばれて喜んでいるご先祖さまがいらっしゃいますよー」か「徳の高いご先祖さまがいらっしゃいますよー」
だいたいコレでOKですね。

初信を過ぎると三つの歩みを促しはじめますね
「両童子さまがボクたちの出来ないことをと おっしゃっていますよー出来るところから させて頂きましょう、まず早朝奉仕から始めてはどうですかー」(早朝奉仕は 仕事人でも、お金が無くても出来るので真如教徒のイントロにはちょうどいいです)

もう少し進んでくると
「三つの歩みはどうですかーご奉仕、歓喜と重ねてお救けへとつなげてゆくのですよー」など 三つの歩みへの実践をこんこんとご霊言下さいます。

そうしながらさらに進むと
「護法善神さまへの感謝が足りませんよー」、「両童子さまへの感謝が・・・」「こんなご先祖が、あんなご先祖が示されてますよー」などなどのご霊言によって毎月お金に懺悔と感謝を添えて提出します。(これらが どこまで増えるかは見当がつきません)
こんなのが ちりばめられていって。
その後、智流院や会座へと促すご霊言になっていきます。

智流院のバッジには そんなご霊言、教師バッジには あんなご霊言で  入信当初から「祈りですよー思惟ですよー」を叩き込まれてるので このくらいになると何を言ってもダイジョブ、教徒がひたすら考えるわけですから。

時には、「あなたは ずいぶん苦労をしてきましたね、でももう大丈夫ですよー」とか「ここまで貫いたあなたではありませんかー」、「双親さま両童子さまが あなたを見守っていらっしゃいますよー」など、どなたにでもサックリはまるご霊言もたくさんあります。

今この時期は、どの教徒にも 総合道場落慶と教主ご生誕百年に向けてにからめたご霊言が多いでしょう。

こういったのが一生涯つづくわけです。
接心修行って だいたいこんな感じではありませんかね、どうですか?
[406]地蔵。 05/04/10 22:49 ghahhG0zvY
>>405 下品。さん、
>初信の場合だと
「あなたが この教えに結ばれて喜んでいるご先祖さまがいらっしゃいますよー」か「徳の高いご先祖さまがいらっしゃいますよー」

・・うわ。。一字一句同じですよ、私の場合と。当時の雰囲気をリアルに思い出してしまいました。。
[407]ハウルの弟子 05/04/11 01:08 vFi5si8QqX
わたしももうやめて5ヶ月になりますが導き親さんはとても親切に今もメールはくださいます
今日が何の日でどんな法要があるのか...ただ迷っているだけだと思っているかもしれませんが
わたしの中ではもう終わっていて彼女がもし本当に苑の素晴らしさを説明できるとしたら
きっとこの5ヶ月もの間 こんな状態のわたしをほっておかないはずじゃないのかなって
思ってきました。ひきとめる方法がきっとわからないのか
そっとしておくことが効果的とおもっているのかわかりませんがわたしは もっと力強い何かでひき戻してくれたなら
戻れた気もするのです結局 何故苑がいいのかなんてちゃんと説明でききないからだと
思います。広い宇宙の歴史を思うとき 人間なんてちっぽけであっという間に
寿命はきてしまう。もっと大きく もっとダイナミックに自分の力で物事を決めて
生きていきたい。そう思うと接心のために並んで何時間も待ってたった5分のために
休みの大半を使って.......円を作ってちっぽけな大人がちっぽけな大人にああだこうだと
霊言だかなんだか言われて その通りですと涙を流して.....怖いです その光景は 苑以外の人に見せられないものですよ
そして示された「頭の病気で亡くなった方の霊」とか「胸の病気で亡くなった方の霊」とか示された全ての霊にお施餓鬼をして帰る
それから   わたしは導き親も筋親も遠方で
特別な行事のときに集める施餓鬼の用紙は各自で書くのではなく
まず一番下の所属が書き次にその上の導き親そして最後に筋親に渡るよう郵便でやり取りしていました
今思えば 必ず下のものから書き込んでいたのです。示された霊は全て書き込んでいた導き親さんはいったいそのたびに
何万円使っていたのでしょうか?わたしは見栄はりじゃあないから 全部なんて書いていませんでした
お金がいくらあっても足りないじゃあないですか?先に書かせることの意味はたぶんなるべくたくさん書かないといけないんじゃあないか?
って思わせるためだと思いましたお金がないから...と言えば
「お金に執着すると別なところで出金することが起こるよ」と言われました
なんだか今冷静にかんがえたら マインドコントロールはされていなかったつもりですが
お金をそこでたくさん使えば救われるって思っている人はたくさんいるはずですよ
他にすることなんて一般信者にはなかったわけですから....
そんな生易しい修行で救われるはずはありませんよね


[408]地蔵。 05/04/11 08:43 hLtyNKH4/z
>>407 ハウルさん
>お金がいくらあっても足りないじゃあないですか?
はい・・。私は「いくらでもいい」と言われたので、「じゃ今月は良い
です(=0円)」ってスナオに言ったら、それはそれはお説教されましたね。
のび太のママですかってくらい。でも、もうどうしても勿体無くて・・
500円だけ払おうとしたらあれは何かセットなんですよね。サギだ・・。

今週の週刊現代に「ホリエモンが色目!?真如苑の巨大資産」という
刺激的なタイトルが踊っているようです。読みに行かねば・・。
私の1000円2000円もそこに吸い上げられちゃってますからっ(マジで残念)
[409]一般人 05/04/11 21:22 D/wv7uHiAr
>「いくらでもいい」と言われたので、「じゃ今月は良いです(=0円)」ってスナオに言ったら、
>それはそれはお説教されましたね。

はあ〜〜〜〜〜。

>500円だけ払おうとしたらあれは何かセットなんですよね。サギだ・・。
護法善神なんとかでしたっけ。 私も1000→2000円にさせられましたよ。オレのバカ!w
ご利益のオプション(金持ちに成るだの運が開けるだの先祖が救われるだの病気が治るだの)
も多いけど集金のオプションも多いよ。


[410]客観的信者? 05/04/12 11:48 c8fSV0.YHa
皆様はじめましてっ!
ここ、真如苑を叩くスレじゃなくて語るスレですよね・・・?

私は信者ですが、「教主さまのおかげ」とか「真如苑のおかげ」とか思ったことがないんですよ。
私が体験した真如苑は決して堅苦しいものではなかったです。
真如苑て信者さんの数多いじゃないですか、
私たちも人間ですから色んな人がいるんだと思います。
伝え方(口調だったり、言いまわしだったり)だって色々だとおもうんです。
真面目に信仰してる人に限って「あれ?それはちょっと納得しにくいなー」って意見が多いんです。
階段でたとえるなら、私たちは階段の1段目から知りたいのに、
階段の上のほうから教えを述べているんだとおもうんですね。
だから1段目から知りたい私たちには伝わりにくいと解釈してるんです。
なので伝え方で感じ取ることも様々だとおもいますよ。
私は身近なところからと教えられたので納得することができました。
真如苑では「足元の実践」といってまず家庭内や職場、
身の回りのことをしっかりさせるように教えてるはずなのですが、
間違った方向で熱心に信仰してしまうと、
身の回りをおろそかにして真如苑重視になってしまう人もいるのでは?

更に「抜けることを止められる」っていうのもありませんね。
私のまわりでは「それは個人の自由だし、やめたければ別にいいんじゃない?」といった感じ。
あとは三つの歩み、これも個人の自由。
していったほうがいいんじゃない?とは言われるものの強制ではないんですよね。
「お助け」も私が教えてもらったのは、
「お助け」=「入信」ではなくて「人の力になる努力をすること」なんですって。

そんな感じでまだまだ興味はあるし、
「他が為の行い」って根本とされている考え方も好きなので
今のところ真如苑を抜けようとは思っていません。

※あくまで私個人が体験した真如苑の感想です。
話の腰を折ってしまってすみません。
[411]下品。 05/04/12 17:28 BPAckozg7J
>>406地蔵。さん
そうなんです、この2つは 初めての接心の方、どなたにでも 一切の個人情報ぬきにサックリはまるんです。
真如苑て不思議ですね。
[412]偽の気配 05/04/12 18:17 M9RH5F12qj
もともと伊藤は易からはじまっているのでしたよね?
[413]偽の気配 05/04/12 18:22 M9RH5F12qj
そのあたりは人心のつかみ方はうまいのでしょう。でもそれは、占師としてのテクニックでしかないと思います。
[414]偽の気配 05/04/12 18:29 M9RH5F12qj
「接心」という名の下で「霊能者」がもっともらしいことを語って、
信者が「ほぉ〜これはすごい、こんなことを言い当てられた!」と思うのは、
基本的には「黙って座ればぴたりと当る」の世界と同じで、
その上更に、事前に「信者」情報を得ることができるのですから、信憑性がどうなのかはいわずもがなだと客観的には思えますが。
種明かししないところが、苑のミソなんでしょうね。
[415]一般人 05/04/12 23:31 xlQVUuz/cg
>399私なんか専業主婦でなんにもしてないから真如苑取ったらなんにもないのよ・・・と。
なんという可哀相な経親さん・・

みんなで、騙されている事実を教えてあげて、救ってあげましょう。

>410ここ、真如苑を叩くスレじゃなくて語るスレですよね・・・?
客観視するスレです。

>「教主さまのおかげ」
って教団がしつこく言ってますね。

>「あれ?それはちょっと納得しにくいなー」って意見が多いんです。
真如苑の霊言は「デタラメ」が多いですからね。

>真如苑重視になってしまう人もいるのでは?
いますね大勢。

>「抜けることを止められる」っていうのもありませんね。
「抜けたら不幸になる」と教主や信者が言ってますね。

>三つの歩み、これも個人の自由。強制ではない
破壊的カルトの常套句ですね。

>「お助け」=「入信」ではなくて「人の力になる努力をすること」なんですって。
違います。 教書のP147には『勧誘こそ利他』と書き記してあります。しっかり読授を。

>「他が為の行い」
破壊的カルトの常套句ですね。
[410]客観的信者? さんはもっと客観視した方がいいと思います。
少なくとも現スレ、できれば過去スレも読んで下さい。その後に書き込んでください。

中国での反日運動による 日本人の被害について
中国政府は「日本の所為だ」という声明を出しましたが まったく的外れ。
お子ちゃまか。 言い分が苑とクリソツ。


[416]一般人 05/04/12 23:37 8ZcJqRhish
>233初期中期で脱落する人などが出るでしょう。
カルトでは、元メンバーは必ず蔑視されます。
統一協会では「落ちた者」、オウム真理教では「下向者」、エホバの証人では「背教者」と 名称付けて呼ばれます。
その手口に気付いて辞めた人より、ずっと騙されている方が偉いのです。w

その仕組みや「数々の脅し」が、深層意識に影響し、何らかの強迫観念や、離脱への懸念につながるのでしょう。

ちなみに私が苑に「疑問を持ったきっかけ」は、この硬直した構造であり、つまりそれは
『破壊的カルトには出口がない』という事です。

[417]下品。 05/04/13 21:08 wEx6DZ3cc/
>>413>>414 偽の気配さん、そういえばご挨拶もまだでした。長く真如教徒を続けた私ですが、どうぞよろしくお願いします。

そうですね、家伝の占い(病筮鈔)があって そこからスタートしています。
はげしく飛びますが その後、両部の伝法灌頂を畢ったとしています。
ですが、ご霊言というものは占いであると、霊能者とは易者であると。
占いとか陰陽といえば雑密に入るんでしょうか、そんな正密のカケラに教徒は、蹂躙されているのでしょうか。だとしたら、いよいよ私は 最悪です。

以前、イタチさんに コントロールから脱しきれていないとレスしましたが、自分自身が思いもよらず いまだ開祖の一切すべてを虚構だとは受け入れ難いもう一人の私がいるのです、MCとは こういうことなのでしょうか。

「取り組んだ全てが無駄だったのだ」、これを受け入れる潔さが私には欠けているのです。
[418]地蔵。 05/04/14 00:30 TJaGhS/jyR
雑密というのは、空海和尚が持ち込んだ密教以前の奴だ、と説明されてる
本が多いようですが、どうもそうとも言い切れないようで。これは空海さん
のかなり後になって諸派乱立した際に、互いに他から際立たせるために出てきた
考えみたいです。

空海和尚自身は、最重要な金胎の両部に関わる典籍以外をまとめてそう呼んでいた
ようですが、後代になって、不動法の一部など、かなり重要な経典にも拘らず
雑密扱いされてるものもありますし。

えー。長々とすみません。占いや陰陽道は密教のマジカルな面に通底しますが、
密教そのものとは別個の存在です。悟りや即身成仏という目標もないですし。

で、そんな怪しげなもんをベースで、どうやって人を導こうと言うのかを考えると・・
自然とロクでもない結果が待ってる事がわかろうというものですが。。
[419]偽の気配 05/04/14 07:20 KbyOJ9jGxD
下品。さん、こんにちは。

そうですね、霊能者と語っている人全てが偽だとはいいません。
伊藤友司でしたっけ?その人となりはしりませんが、
その人には何か力があったようですよね。だからこそ、初期の名のない宗教団体にでも人が集まったのだと思います。
ですが、だからといって、いまの苑の霊能者全てが、そういった力をもっている、という保証はどこにもないのです。
ちょっとしたしぐさや、表情、会話の中から、その人が何に悩んでいるのか、をしるテクニックというものがある、ということは念頭に入れておくべきだと思います。

昔ユリゲラーなど超能力者が現れて、あれやこれやととりあげられました。
ところが、その後、Mrマリックやドロンズなどが、
超能力のなせる業だ、といわれていたことが、マジック(種のあるもの)でできるのだ、ということを示しましたよね?

不思議なものを見たとき、人知を超えた力の存在にむすびつけたくなる、という心の動きはわかりますが
それはあまりに安易です。これは「霊能」にも当てはまると思います。
仮にそういった力があるとしても、それは苑のいうような修行で得られる力だとは思えません。
プロセスを通して身につくもの、それはテクニックです。
苑の多くの霊能者は、そういったテクニックを得て、霊能者をかたる似非だと、私は思います。
[420]下品。 05/04/14 21:43 cr81yv1waM
>>418 地蔵。さん、正しい雑密の解釈をありがとうございます。

海和尚が伯父に三教指帰を叩き付けて山林僧になってから掻き集めたあれこれが雑密に類いするものと勝手に思っていました。

>>419 偽の気配さん、ありがとうございます。 仰ることわかります。

真如苑を延々と刷り込まれた教徒は、現象界にいながら 霊能者を介して霊界と繋がれる錯角につねに陥っています。 亡くした大切な人に想いを伝えられると。
ところが霊能者は、そんなことは お構いなしに あらゆる先祖を降ろし続けるのです。

真如苑には「三つの宝」という言葉があります、「真如霊能」「抜苦代受」「大般涅槃経」。
この中の「真如霊能」が真如苑の核です、これをなんとか・・・しなければと思っています。
[421]偽の気配 05/04/15 15:29 M9RH5F12qj
苑に小さな子供を連れて行くことって普通にあることですか?
子供にとって、どうなんでしょう・・・
[422]地蔵。 05/04/15 17:26 1YubP46Wdg
私の導き親は娘さん(当時小学生。今は中学生)を説得しては参加させていたようですが、
娘さんも自我が確立しつつあるようで、「本格的に(苑に)通わせるにはどうしたら
よいものか」と悩んでいましたよ。そこは導き親の母をも信者にしてしまっているから
娘さんも大変だと思います。娘さんは信仰を目の当たりにして、それ程に打ち込んでも
ちっとも幸せにならず、家族は分裂(離婚)し、経済的にはむしろ苦しくなっている現実に
気づいてるんでしょうね。私も彼女とは面識があるので分かります。いつも何かに耐えている
ような健気な感じでした。

彼女はこれからどうなるのか。結婚とかも口出しされるでしょう。
それもオカルチックに。残された手段は義絶しかないのか・・。
彼女の息災を祈らずにはおれません。
[423]偽の気配 05/04/15 18:05 M9RH5F12qj
子供が生まれたあとのことをめぐって少し言い争ってしまいました。
・親が信じるのは自由だけれど、子供にそれを押し付けるのはいけない。
・苑の法要などに、物心つかない子供をつれていくのは反対
といった話をしてしまったのです。
より悪いカルト宗教にはまるよりは、真如苑のほうがまし・・という考え方もできるのですが、
とはいえ、どこまでつかるかによっては、苑でも問題がある・・と思うのですが。

ちゃんと精舎にいくようにしないと向上しないから・・・
というつれあいの言葉に、いったい何をもとめて苑にいっているのだろう、と改めて疑問に思うと同時に
難しさをしみじみと実感しています。

こと、自分だけのことであれば、苑にいくぐらいであれば、本物の真言宗にふれるような機会をつくって・・と解決策はいくらでもあるのですが。
安易な教え(奥がない)だけに、苑の教えはすっとうけいれやすいのですね。

ため息・・
[424]一般人 05/04/16 17:07 qya9JrC8VE

真如苑の実態を知ってしまった者にとって、家族など、身近にその症例があるだけで 大問題ですね。
とりあえず参考になるかどうか ↓。
*元エホバの証人研究生の夫として 
http://nun.nu/homepage2.nifty.com/ichikawakita/witness/ha.html

>417「取り組んだ全てが無駄だったのだ」、これを受け入れる潔さが私には欠けているのです。
それは自然ですよ。
釈迦はそんなあなたを褒めると思いますよ。「自身と真摯に向き合っている」のですからね。


>359私の導き親なんて、私が入信間もない頃、本当に苑の実態を何も知らなかったので
>「真言系の行法らしきことは(何も)無いんですね。」って言ったら、「それは顕教でしょう!?」って

じつはわたくしも、苑人だった頃、その程度でしたよ〜。w
まあ何にも知らなかったですから。
だってあそこ(苑)ったら 献金とか勧誘の仕方しか教えてくれないんですもの。
あと「合掌の仕方」とか。そんなのどうでもいいっつーの 激怒
本当の仏教は、真如苑のそれとは違うので、意図して教えないのでしょう。


[425]名無し希望 05/04/16 21:59 9TZpzO.awB
>>421さん
私の母親が信者でしたので、昔は連れてかれてました。
小さいころはただついて行ってるという感じでした。
小学生にもなると、自分には必要無いな?的な事を思ってきたので
だんだん行かなくなりました。
最近は、何かの行事には少しついていく(お参りみたいなノリで)
ぐらいになりましたね。
[426]講釈師 05/04/17 14:37 3zkRHUixps
こちら関西では毎日のように聖神中央教会の続報が流れています。

教主さまの無理な資金調達を指示。

10数名の幹部の離反。

離反幹部が教主さまのあら探し。

「そういえば昔に、婦女子の暴行の訴えがあったな。」と思い出す。

警察に相談して、教主さま逮捕。⇒ 代表権剥奪。

めでたしめでたし。

という流れですが(新聞を読んでの感想 )、なにが一件落着なのか。
上の者には絶対服従という、膠着した宗教団体はこんなものなのでしょう。
義憤を感じているのは私だけでしょうか。

真如苑という新興宗教もこんなものだと私は思ってます、
[427]一般人 05/04/17 16:12 1d0XQ444eq

突然ですが 竹島問題とかどう思います?
韓国人の方々完全にMCされちゃってますよ。w
国際法的にも日本の領土なのに
国内問題や戦後処理の問題と絡めて 竹島問題をスケープゴートにしてるんです。
(これにはGHQが絡んでるのですが、
http://nun.nu/www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/
これじゃ韓国さん、北と変わらないじゃないですか。
それが事実らしいんですが、 と言いつつ私らも小泉にMCされてるような・・w

ま利権のためなら何でもありってことですなあ。アメリカもアポロ写真捏造したり先の戦争も然り。

「聖神中央教会創設者 女児性的暴行容疑で逮捕」

「牧師の言葉に従えば祝福を受ける」、  苑流に言えば「組織の言葉に従えばお力を貰える」か。
「弱者を救済するはずの宗教が弱者を食い物にする・・信じられないことだ」
と古館イチローは言うが、それが世間の認識レベルか。

この事件により多くの信者が自らの誤りを認め、離脱したが
ある女性信者は「先生(永田容疑者)を信じています」と語った。
やはり 脳の髄まで侵された者は 離脱は不可能。

金保容疑者「信じる者は救われる」「信じなければ救われない」だそうです。
「苦言ていしても無視して懺悔しない」のも「真如苑」と同じですね。
懺悔を促す教え、教祖が色狂いなところ等、驚くほど酷似です。

信者は「騙されている」のだから、「騙されていないと思う」のも 当然ですね。

[428]講釈師 05/04/17 18:26 3zkRHUixps
一般人様 お言葉ですがこの掲示板では扱わないほうが良いテーマだと思います。
それでなくても、中国ではネットでデモを扇動しているみたいですから。

ここ日本には歴史的経緯からの在日の方が多数おられます。
尖閣諸島や竹島問題は、国家間の問題であり、個人が介入すべきではないと考えてます。
ニュースではトップ扱いをして、マスコミが反中国、反韓国を煽っている様です。
とかく隣人、隣りの国とは仲が悪いというのは昔からです。

単なる領土問題であれば、人の住めない島ですが、ほん数十年前に作ったルール、
「 排他的経済水域 」のルールがあるからいけないと思います。
あと50〜100年すれば欧州のEUの様なものがアジアにも出来るでしょう。
そうなれば領土や排他的経済水域も意味がなくなるのでしょう。
[429]偽の気配 05/04/20 18:59 phqd4Wm2uZ
既出かもしれませんが、
先日講談社学術文庫の「『涅槃経』を読む ブッダ臨終の説」を見かけたので
購入して読んでいます。
まだ読み出したところですが、よさげです。
[430]下品。 05/04/21 10:33 jQNnTxpm3A
同じ経の中の優等生と 辞めたあともメールの やり取りしてるんですが。
その中で日常会話をまぜながら 互いの苑への考え方や 疑問点なんかにも答えを いっしょに探そう的 なことをしてまして・・・。

どうしたんですか?何があったんですか?と私が辞めてからも話の場を持ち続けてくれることに 有り難さを感じているところです。
この優等生のMCを解くことができたら、経に甚大な影響を与えることができるし、 3才から17年間 歩んでるそのご子息をも解放できるので 急がないで慎重に行ってるところなんです。

以前、このスレにある質問に答えてもらおうとしたんですが 悲しいかな やはり答えを持っていないんです。 教主さまが好きだ で締めくくりです、ただ思いつきが口に出て 周りを混乱させてばかりの経親と違って マトモに話ができるだけ救いでもあったりしてます。
[431]偽の気配 05/04/21 16:13 phqd4Wm2uZ
苑の人は否定しますが、苑の教えの本質は仏教に根ざすものとはいいがたいです。
下品。さん、
私も同じような空しさを、妻との苑をめぐる会話の終わりにいつも感じます・・
[432]地蔵。 05/04/21 17:21 mFP9/glxyX
最近ふと思うのです。釈尊って、実際はどんなことを悟ったのかなと。
どんな風に説法とかされたんだろうと。

経典が漢字変換された時点で、それはもう中国人の頭で書かれてます。
これはもう原典を原語で読んで雰囲気を掴むぐらいしかないのかなと。

多分釈尊の教えは、自らの体験や瞑想(多分ヨーガ)に基づくものでしょう。
例えを多用した素朴で真っ当な心のあり方を示されたと思います。
ましてや、真如霊界がどうのとありもしない空虚な事を語られたとは思えません。
(童子が生贄になることで・・なんて論外でしょう。)

それを言ってしまうとじゃー密教はなんだよって話になってしまいますが。
結論的には(大日如来を規定しなければ)釈尊の神秘体験を追体験、再現しようとする試みだと
言って差し支えないかと思います。多分にマジカルですが。
[433]下品。 05/04/21 21:01 TlR2XC/JgV
>>431 偽の気配さん。
私がいた経もそうなんですが、苑全体としても 奥様だけが歩んでる場合が非常に多いです。
そのご主人方は、まったく反対だったり 送迎だけはしていたりといった感じです。 私の経にもたくさんいました。

家庭集会などで 導き親或いは、経親が教化と称して そういった女性教徒に指導するわけですが。
どの人にも言うことは決まっています。
「ご主人が歩むまでの過程が あなたの修行なのだ」と。
この修行は、「み仏から頂いた 必ず越えられる尊い修行なのだ」と言います。
ご主人が 未だ歩まないのは、「祈りの無さ」「三つの歩みへの取り組みの足り無さ」「相手は鏡なのだから自身を見返ってご主人にお仕えしなさい」、こういったことをいうわけです。
指導され続けた女性教徒は、常に自分が足りないと自身を責め続けて 内面を模索しながら苦しんで 接心で打開しようとさらに帰苑を重ねて・・・。 その結果 ご主人が歩まない限り、夫婦仲は不安定になるし 家庭も崩壊に向かうでしょう。
百歩譲って ご主人が帰苑したらしめたもので、苑が書いたシナリオどおりでしょうか。

私の家内の場合は、一時期は ホッとしたものの 私の行動によっておもいがけないことになりましたので いまや苑のみに寄り掛かって暮らしていけないことを少し自覚しはじめた様子です。
何よりも家庭が大切だ と意見が一致していることが唯一の光りなのかもしれません。

奥様に 君は 何も足りないことは無いと伝えてあげて下さい。
もと教徒の私が言うことではないかもしれませんが、偽の気配さん、がんばって下さい。
[434]偽の気配 05/04/22 07:16 29eEV/Zq5t
先日もかきこみましたが、
講談社学術文庫の「『涅槃経』を読む ブッダ臨終の説」を読んでいます。
まだ半ばですが、釈尊がどのように問いたのか、といったことを中心に書かれています。
とはいえ、理解するのは難しい部分もありますが・・
[435]講釈師 05/04/22 13:32 rAJLyFVG19
下品様。部外者にとっては貴重な情報を提供して頂きありがとうございます。
私の身内に確認をしたいところですが、あまり追い詰めると、
「 窮鼠 猫を噛む 」の例えを実感しています。

ペンダントをはずし、涅槃像の写真かイラストは仏壇から撤去しましたが、
まだまだ根本は?です。

気長に、気長にと自分自身に言い聞かせている現在です。
[436]偽の気配 05/04/22 14:37 phqd4Wm2uZ
下品。様

ありがとうございます。
先日お寺(真言宗)の僧の方にちょっと話を聞く機会があったのですが、
もっと悪いところよりはまし(=真如苑)だと思って気長にとりくんではどうか、
醍醐寺に行くなど、本来的なものを見たり話を聞いたりするのはどうか、
といったようなアドバイス(?)を頂きました。
何より、気長に、というのが一番なのかもしれませんね・・
[437]下品。 05/04/22 17:27 BYx1xZRACD
>>435 講釈師さん
はい、気長にですね。
私も 結論を急がないで取り組んでいきます。今後ともよろしくです。

>>436 偽の気配さん
お坊さまからアドバイス頂けるなんて羨ましいです。

家内が苑を続ける動機が 供養なので、夫婦揃って 菩提寺の真言のお寺に相談しようかなと 最近思っていたんです。
真如苑のことも「本物の宗門の方」から家内が何かひとつでも聞けたらと思いまして。
[438]講釈師 05/04/23 13:23 IC554CVZgF
今日、関西版の毎日新聞に 「 月輪 初公開 」という記事が写真つきで載っています。
京都 宇治市の平等院で阿弥陀如来坐像の胎内に収められていた月輪と蓮台だそうです。
直径 30cmで、呪文が梵字で書かれているそうです。

私は、漠然と月輪とは、経文の様な、名称とばかり思っていましたが、
固有名詞とは知りませんでした。(へぇー、へぇー、へぇー)
勝手な早とちりで、曼荼羅のようなものと解釈しました。
[439]ハウルの弟子 05/04/24 23:07 PgsCw0OuBd
3月で1年の苑会費が切れたのでもう脱会できたと喜んでいる矢先
導き親さんから電話がありました 「その後元気?」
苑をやめてから 何かがぱっと明るくなったように身辺が変わり始めた
私でした。導き親さんは 元気でいられてないんじゃないか
大丈夫か 心配になったといいました。
さらに 「私が足りなかったばかりに 本当に尊い教えなので
あなたのような人を続けられなくしたのはわたしの責任
本当にごめんなさい。あなたのご先祖みんながさぞかし哀しがっていると思うの」
と....なんで私をそんな不幸な人のように見るの?そう言いたくなりましたが
「元気だよ 先祖供養は続けるし 何も真如苑でなければ供養できないわけじゃ
ないし あなたが責任感じることはないよ。もう苑会費も切れてそのままだよ
戻る気もないから」と答えました。すると
「納入用紙を送ってくれたら わたしが払ってなんとかつないでおいてもいい?」
というではありませんか。」たった2400円を払いたくないって言っている
そういう問題じゃあないのに.....すかさず言いました
「それ おかしくない?お金の問題じゃあないでしょ?あなたの自己満足じゃない?
何か私がやめたことで自分にばちが当たるのが怖いとでも?
むしろ わたしはあなたが心配だよ わたしはね 今幸せなの、尊い教え
って言うけど 何が?どんな風に?説明してくれない?」
結局彼女は説明しませんでした。この会話ひとつとっただけでも
苑はおかしいとわかりませんか?MCされている奥様方にこの話をきかせて
あげてください。わたしも7年やっていた主婦です
女性の弱みにつけこむ宗教なんですよ
[440]ハウルの弟子 05/04/24 23:18 PgsCw0OuBd
追伸

彼女の「元気?」という言葉の裏に元気じゃないに決まってる
何か問題でもかかえていたら また引き戻せるのに...とでも言いたい
ような空気を感じました。苑では 因縁が手をかえ品を変え
いろんな事象をそのひとに与えるそうです。
苑にいながらも不幸なことにぶちあたっても決して嘆かない
全て自分が足りなかったと思わせるのです。そこまで自分をいじめてどうするのでしょう?
1度しかない人生を一つの固執した考えで縛られて それに気がつかないとしたら
親のそういう姿を見ている子供達はかわいそうではありませんか?
自分の努力や力だけではどうにもならないことはどうにもならないなりに
認めて あるがままの人生を楽しく生きたいと思いませんか?
いつかいつか幸せになれる いつか金持ちになれる いつか因縁が切れる
そういうふうに先の先ばかり見て徳を積むとか 今は我慢でがんばる時期
とか一生言われ続けるのです・早く目を覚ましてほしいです
なにか心のよりどころが欲しかったり 先祖の供養をしたいのなら
自分の家に総経妙を祭って拝むこともできます。
自分の先祖が亡くなった日にちをつづった過去帳というものを
作ることもできます。
教主さまをおがむのではなく 自分の先祖を拝めばいいんです
[441]偽の気配 05/04/26 18:24 phqd4Wm2uZ
ハウルの弟子さま

貴重な体験談ありがとうございます。

信じ込んでる妻に話をしても、なかなか、持っていきようが難しいのが現状です。
教祖伊藤家に南無と唱えるその可笑しさを指摘しても、なかなか受け入れられないようで、
あまりにいうと、家庭内でひそかに信仰・・・というようになっても断裂状態をうむばかりなので、
今はそばで見て居て、時折話をする程度に抑えています。

おっしゃるとおり、自分を卑下して、すぐに「自らがいたらぬせいだ」「苑の歩みがたらないせいだ」
ともっていってしまう思考回路、どうにかして絶つことができるようにもっていきたいのですが。


先にあげた涅槃教の解釈本をよんでみても、
伊藤がいっているような形のものが出てくる、ということ自体、とても不思議に思えます。
勿論、原本を読んでいないからだ、といわれる恐れはありますが。

[442]ハウルの弟子 05/04/26 21:43 OpXJufBmoF
伊藤が言っているようなものが出てくるとはどういったことですか?

奥様はおいくつですか?苑の行事は毎度熱心に出ているのですか?
一方的にやめるように指摘するのではなくご自身も勉強なさっているというのは
素晴らしいと思います。
先日うちの両親がずっと信じてやっている宗教の役員法要に呼ばれて
行ってきました。両親が私が生まれる前からやっているもので
わたhしは小さい頃は手をあわせていました。苑をやめて
やはり先祖供養はやりたくて せめてもと 何年かぶりにでかけてみました。
小さい頃 何故かお経をあげるといろんな考えが頭に浮かんできて
迷っていることや 悩んでいること 解決できていました。
苑では接心によって考えますよねいろんなこと
でもそこでは(南無妙法蓮華経なんですが)お経をあげるという行為が
自身を磨いてくれる
お布施も何もありません。ただ久しぶりに行って思ったのは
体験談を聞いてがっかりしたことです
苑と何も変わらない。やはり自分を責めてせめて
結局因縁なんて切れていないのに 長年信仰したことも後悔することなく
自分の修行だと言い続けそして死んでいく
そんな体験談にがっかりして母に言いましたすると
「ああいう人は徳がないだけ 私達はとにかくお経をあげさせていただくだけでも
ありがたいことに いろんなことが救われているんだよ」と言いました
本当に今母達は幸せそうではあります。昔はもっと苦労していました
なんでもそうだけど信じるならとことん信じるしかないんですよね
もしかしたら自分の努力で切り開いたものでも 教主様のおかげ
そう思ってしまうかもしれませんね
夫婦仲が良くなっても ご主人が理解してくれても
すべて教主さま両童子様のおかげ
そう考えるのでしょうね
なんだか生きている人間の考えることはなんの意味のないことのように
思えてしまいますよね
[443]一般人 05/04/26 23:09 gbx3UzewMn
イタチさんの>>376-377 の書き込みは、外部の方々への分かり易い処方箋になると思いました。
[444]一般人 05/04/26 23:11 GoRGEoUS
>265苑の接心修業は因縁のままに生かされる自分の心を正しく立て替える
?? すべては因縁に依るので、釈迦もまた、因縁の下に生かされる存在ですね。

>ああ それから自我の捨てることのできない人は、
佼成会でもよく「我を捨てなさい」と言いますね。
P158 自己を空しうし、その空っぽになった器をグル(麻原)の意思とエネルギーで満たさねばならない・・
要するに精神をそっくり入れ替える施術なのですが、ゆえにカルトメンバーの場合、

結局「無我に至るどころかドグマに執われて」しまいます。よって
>ありのままの存在
を知覚することもできず、「カルトの色眼鏡越し」に思い込み中心ですべてを見ることになります。
そしてその現実からの乖離が大きな症状となって現れるとき、 家族や恋人は悲しみ、社会的被害となります。

※ 立正佼成会でも占い、霊視鑑定などの教団初期の教えは方便なんだそうです。
方便と言えば聞こえがいいですが、つまりは嘘をついていたということです。
(真如苑の法要に、佼成会の幹部か誰かが参座してましたね)

[445]一般人 05/04/26 23:13 gbx3UzewMn
>386「自分が生きている」のではなく「生かされている」のです
こんなこと釈迦は言いましたっけ。いかにもカルト的な台詞ですな。
正しくは
「互いに相依相関の関係にあること−つまり縁を認識せよ」というのが釈迦のメッセージでしょう。
で、それを自覚したなら、他を助ければ、助けて貰える(だろう)と釈迦は言いました。
「信じれば、必ず救われる」などという、宗教的断言ではありません。

>387自分が先に席を取ったのだから座るのは当然だと座ってしまいます。
当然でしょうね。
この場合「席を取った」のが因で、果が「座れた」です。

縁起とは「因縁生起」の略で
「此があれば彼があり、此がなければ彼がない、此が生ずれば彼が生ずる、此が滅すれば彼が滅する」
という理です。

縁起の考え方は仏教の根本的思想を示し仏教教理の土台である。
「縁起の理」はどんなところでも「すべてのものに対して」当てはめることができます。

つまり
「キリストの復活を信じれば永遠の命を貰える」とか「霊界の童子が苦を抜いてくれる」とか
「アッラーに従えば実体としての天国に行けてそこには凄くおいしいお酒があって飲み放題だ」
とか 「伊藤家を絶対崇拝して信じて祈って感謝して懺悔して金を払って勧誘すれば救われる」・・
などといった、信者にしか該当しない、

それを信じなければ成立しないような「信仰」は、「縁起の理法に非ず」 と言えるでしょう。


[446]一般人 05/04/26 23:14 gbx3UzewMn

補足:
そして釈迦の言う「一切」とは 「人間の、五感で知覚出来得る事象や心の作用」に限られており、

「先祖が苦しんでいるなどの確認不可能な霊言」や「献金や懺悔すれば病が癒える」などという
形而上学的見解(空想的ことがら)に依るのは、(宗教、当時で言えばバラモン教の特質であり)

「人が欲を吹き消し、寂静に至る仏教の目的にとって、 何ら有意義でない」として 退けました。


[447]偽の気配 05/04/28 17:41 qePsf7.ux/
ハウルの弟子さま

442>伊藤が言っているようなものが出てくる、とはどういったことですか

伊藤教の教義もろもろです。
二人の子供の扱いであるとか、
「因縁」として苑がいっているものの内容だとか、
「接心」なるもの、
あるいは、「3つの歩み」で徳をつむ・・でしたっけ?

その本に示されている内容・解釈からすると、そういったものにつなげていくのは難しく感じます。
だからといって、その「涅槃教の解釈本」の解釈が、非常に特殊で、異端なものだとは思えません。
それは、他の書などで感じられるような釈尊の考えといったものを踏襲しているように感じます。
涅槃経そのものの由来であるとか、編纂された時期による解釈の変化などについても触れられていて
偏り過ぎない知識を得る一端としては、良書だと思います。

伊藤真乗の自伝かな、タイトルは覚えていませんが、妻が持っていたものを読んで見ましたが、
なんとも・・・という感じを受けました。
自らを神格化、というか優れた能力者としていこうとする記述が随所に見られます。
著名な人も、冒頭に寄稿されていますが、なんだかなぁ・・というのが実感です。

後ほどもっときちんと書き込みます。

[448]ハウルの弟子 05/04/29 00:15 dBMo7caadt
偽りの気配さま
 お返事ありがとうございます ゆっくりお願いします楽しみにしています
 なるべく簡単な言葉でお願いします....笑

こんな折 必然なのかなんなのか
とても身近な友人が 突然「真如苑って知ってる?友達のお母さんが
なんだかはまってて その子悩んでるんだ〜」ってメールがきたのです
なんで なんで!!ですかさず
「実はねわたしもやってたんだけど....やめた
  ひとことでは説明できないんだけど...その子と話したいな」って
答えました 簡単に誹謗中傷したってだめだとおもったから
現在のそのお母さんて人の状況を聞いてからだとおもったわけだけど
娘さんが見てて怪しい...って最近感じるらしいのです
この掲示板を教えようかと想います


[449]講釈師 05/04/29 17:44 qocBIJdhPY
またしても関西で大きな事故が起きてしまいました。
そこには、106人のドラマがあります。
犠牲者が出て,初めて安全システムが前進します。
現在の交通網の利便性は、亡くなられた方々の犠牲の上に成り立っているのでしょう。
貴方でなければ、誰かが犠牲になります。
こういうのを、代受苦 と言うのでしょう。

それにしても、あまりにも犠牲者数が大きすぎます。

ご冥福をお祈りいたします。
[450]アマゴ 05/05/01 01:15 *48r/kR9vNYK*5Upj/iqWnd
家族が真如苑にハマっています。
どうしたら良いかご意見等お願いします。
<
http://nun.nu/earth.prohosting.com/itou/>
[451]偽の気配 05/05/01 08:36 0n7.wcyCgW
アマゴさん、はじめまして。
苑のMCもなかなか強固で、手ごわいです。
でも、仏教である、というのはまったくの間違いで、
仏教の要素で表面を着飾った「伊藤教」がその実態だと思います。
[452]アマゴ 05/05/01 12:27 *ZLkUhozOAMq*5Upj/iqWnd
偽の気配さん、はじめまして。レスありがとうございます。

苑についていろいろ研究していくと私の結論も仏教は関係ない。
という事になりました。宗教とか経典の事も少しですが勉強しましたが、
最終的にカルトとかMCとかの心理学系の本の方がよくあてはまっていました。

私はもうすぐ50歳で妻は46歳。昔桜田淳子とかが統一協会に入った
事とか、オウムの事件とか、そういったものを批判的にみてきた世代
ですので、妻自身自分を客観的にみれるようにすれば分かって貰えるかも
知れません。長女の方が説得は難しいかもしれませんが妻が目を醒ませば
何とかなるのではと思っています。
精神科カウンセリングのお医者さんにでも近々相談してみようと思います。
[453]仮面信者 05/05/01 12:34 MnGW4yg6ex
はじめまして。私は10代の頃に母親に家族入信させられました。
初めの頃は霊能者の存在や接心というものに魅かれ、また家庭集会など
で出会う人々の優しさに触れ、良い宗教だし真面目に取り組んでみよう
と思っていました。
しかし最近思うのは、真如苑に入って以来、何一つ救われたことはない
ということです。
私は若い頃から重篤な神経症をわずらっていました。
まるで地獄の中を一人歩いているような心境で毎日を過ごしている中、
接心で霊能者に言われた言葉は、「今は幸せで楽しいことばかりでしょうが、
しっかりと精進していくのですよ」というものでした。結局霊能者には何も見えて
なかったのでしょう。
今でも毎月接心を受けているのですが、2,3人前の信者さん達に言ったのと
全く同じ霊言を繰り返し発している霊能者の方もいます。本当に霊能者は
人の心の奥が見えているのかと疑問を感じざるを得ません。

真如苑について思うのは、これは地域社会での友愛コミュニティとして機能
しているに過ぎないのではないかということです。真如苑に入れば、たくさんの
友人ができる、信仰を通して自分の悩みを親身に聞いてくれる人たちがいる。
会社や家庭の中で良い人間関係がもてない人たちにとっては、そこに訪れれば
期待していた人と人との友好的な関係が築ける。宗教コミュニティにとって、
他人を傷つける言動はしてはならないという暗黙のルールがあるから。

「お力」があると言われるけれど、真如教徒であろうと救われない人は救われない。
真如教徒でも重い病気を抱えている人が大勢いる。その中で2,3人の人たちが病気
が治る場合があるかもしれない。真如苑の人たちは、それはお力ですよと言うだろう。
しかし病気が治らない人のほうが圧倒的に多い。
何か幸運なことが起こると、それはすべて「お力」が働いていると真如教徒の人たちは答える。
「お力」が流れない人のほうが多いにもかかわらず。
要するに、真如苑に入っていようが、入っていまいが、何かの困難なことを抱えている人たち
がそれを克服するのは確率的に変わらないのではないのかと疑問に思うのです。

真如苑の言う、救いというのは幻想だという思いを払拭することはできない。


[454]地蔵。 05/05/02 16:18 hiw3akXHXu
仮面信者さん始めまして。
>真如苑の言う、救いというのは幻想だという思いを払拭することはできない。

そうですね。救われたという思いが自身の心を癒す事はありますが、
それは納得した、腑に落ちたという状態であり、自分自身で行っていることです。
しかし一方で、外からの条件付けを書き込まれてしまっても、同様の感覚が生じます。
脳は基本的に「学習しよう、進化しよう、その為には情報を取り込もう」と
しますから。

情報の取捨選択をせずに脳への通行を許し続けると、仮面さんが仰るとおりの巨大な幻想世界を
生きることになります。自分ではなく(使うべき)情報が主人と化してしまいます。
仏弟子ならぬ奴僕・奴隷の誕生です。キリスト教の高弟を使徒といい、神の下僕と表現
する事がありますが、意訳した当時の日本の先人達は、彼等砂漠系アングロサクソン一神教
の本質を実に正確に見抜いていたと私は思います。
[455]偽の気配 05/05/02 18:55 qePsf7.ux/
救う・救われる

苦しいこととかつらいことがあったときに、それを理不尽なものだと考えますよね。
どうして自分が?なぜ自分が?
その「どうして」「なぜ」に回答を求めようとした時に、
「あなたの先祖の因縁が・・・」といった形で"回答"を与え、
「その因縁を解きほぐすには、苑の教えに従って、お布施をし、勧誘をしなさい」
という"解決策"をあたえるのが、真如苑という組織なのではないでしょうか。

でも、その"回答"なり"解決策"というのは、
私が自分なりに仏教関連の書を読んで感じた限りにおいては、ですが
釈尊の言葉とはちがっているように思います。
釈尊のいう「因縁」とは、苑がいうような「現世での悩みの原因は、あなたの先祖のせいだ」
という短絡的な意味合いではないと考えます。その悩みを解決するための方策は、
苑がいうような、「お布施」「勧誘」を通して「苑」「伊藤家」につくすことによって「救われる」といったような
安っぽいものでもありません。

仏教本来の教えは、生きる、ということの本質を自ら見返すことにあるのではないか、
と感じています。生きる、ということにおいては、身分の別などあろうはずもなく、
また、生きるための糧をうるためには他の生命に依存せねばならず、
その意味で生かされているのであって、自らがそこに在るのはあらゆることに依存しているのだ、ということにつながっていくのではないでしょうか。

よりどころとなるものは、伊藤家ではありません。
[456]仮面信者 05/05/02 22:13 MnGW4yg6ex
地蔵さん 偽の気配さん ご返信ありがとうございます。

真如苑で行われる法要では、プルーフというものがあり、毎回一人の信者さんが自分がこの教えに結ばれてどう救われたかを告白します。

プルーフの内容というのはだいたいにおいて
重い病気や家庭不和、経済的困窮などで苦しんでいるときに、「この教えは運命が変わるから」と入信を勧められ信者になったという入信動機を話した後、先祖から受け継ぐ「因縁」を切ることが幸せになる道だと諭され、お助け、歓喜、ご奉仕の三つの歩みをがんばった。
しかし、その話の結論は、病気が治ったなどという現実的な解決ではなく、多くは、地蔵さんの仰るとおり、真如苑の示す世界観の中で自分の居場所を見つけたというようなものです。不幸な境遇であっても自分自身によって心の平安を得るというものではないのです。

偽の気配さんの仰る、「仏教本来の教えは、生きる、ということの本質を自ら見返すことにあるのではないか、と感じています。」という言葉には、はっとさせられました。
私はもう一度、自分の生き方を考え直さなければなりません。
[457]偽の気配 05/05/05 15:16 0n7.wcyCgW
引用

中村元訳 「ブッダの真理の言葉・感興のことば」
183 すべて悪しきことを成さず、善いことを行い、自己の心を清めることーこれが諸々の仏の教えである。

185 罵らず、害わず、戒律に関して己を守り、食事に関して適当な量を知り、淋しいところに一人臥し、座し、心に関することに勤め励む。ーこれが諸々の仏の教えである。

[458]偽の気配 05/05/05 15:20 0n7.wcyCgW
田上太秀氏の「仏陀のいいたかったこと」を続いて読んでいます。
真如苑の教えが仏教だ、と苑にいわれるがままに何気に信じている人には、お勧めの一冊です。少なくとも、苑内部(教主も含んで)で作られた苑を擁護するために曲解した仏教ではなく、学者としての視点からみて仏陀の教えの本質とはなにか、ということに迫っています。それが全てとは言いませんが、一解釈としてでも、触れておくべきだと思います。特に、真如苑の教えが仏教だ、という人は。
[459]一般人 05/05/06 14:29 BfsTX3qTpA
392こねこさんの
「涅槃経」についての観点は 私も調査中です。

>大乗の大般涅槃経は初期のものとあらすじは同じですが、その意図するところが全く違うので要注意
大乗の仏説には 紛い物が多いようですね。

真如苑は ※「差別思想や非仏教的思想」が在る 大乗涅槃経を信奉している
ということで間違いはない模様。(教書P41参考)


真如苑の謳う「救済」とは、所謂「病貧争に関するご利益を多分に含む」のは明らかですが
釈迦仏教においては 病気が治ったなどという現象的な解決ではなく、「お力」はナッシングです。
釈迦仏教においては 生・老・病・死 などの苦は、まったく消去されません。自己により解決されるべきものです。
たとえ不幸な境遇であっても 自分自身と法によって心の寂静を得るというものです。
さらに言うなれば 信じることで救われるものでもなく
むしろその「信」は修行に入る前段階に必要とされるべき物で「捨て去るべき物である」と説かれます。

一切皆苦といい絶望に発する悲観でありますが、それは出発点に過ぎず、解き放たれ常楽我浄に至るわけですが、
そのプロセスおよび要素および到達点が、伊藤教と仏教ではまったく異なっています。

たとえば釈迦仏教は諸法無我を説き固定した実体を認めませんが、
いわずもがな新興カルトは 霊界・神通・如来常住などを認め信じるという、
「固執し解き放たれない・逆の様相」を呈します。


なぜならばそれが コントロールするために「必要」だからです。
そしてたとえ 苑の因縁切りという解決策が、短絡的な意味合いで安っぽい物でも、
よりどころとなるものが伊藤家であっても、何ら問題は在りません。
問題は 「仏教の振りをしてマインドコントロールして騙すこと」です。

ちなみに仏教的に言えば、先祖供養は外道です。
供養否定ではないですが、「供養が足りないから子孫に不幸が降る」などの「迷い」から目覚めるのが「悟り」です。

>>454
仏教が釈迦教ではなく仏教と呼ばれるのは
けして誰々の下僕ではなく「目覚めた自己に依る教え」だからですね。

[460]地蔵。 05/05/06 19:53 bLoXVUSzYA
お久しぶりです。ゴールデンウイーク前後に色々悲しい事がたくさんありましたが、皆様は息災でしたか?

>先祖供養は外道です
そうですね。どっちかというと中国の風水(フーチー。コパのはコパ流家相学ともいうべきモノ。)の陰宅から始まって、朝鮮の儒教祭祀を経て日本に輸入された宗教祭祀の末裔ではないかと僕は捉えてます。
十三仏なんてもう、すごく習合しちゃってますよね。すっごい不自然。
仏像好きとしてはオールスターが一度に見れてお得な気分ですけど。
[461]仮面信者 05/05/07 08:02 MnGW4yg6ex

みなさんの書き込みを読むと、自分がいかに仏教に無知であったかを痛感させられます。
昨日は霊能感謝祭という法要に行って来ました。私が苑に行かないと、熱心な信者である母がヒステリックになるのです。重い腰を上げて行かざるをえませんでした。
あまねくに救いを渡す霊能・・という言葉を聞くと、一体何人の人が救われたというんだと内心、反感を持ってしまいます。

私も仏教を少しづつでも自分で勉強しようと思います。
もうそろそろ、聖なる嘘に彩られた「み教え」の神話から目覚めるときだと思っています。

[462]偽の気配 05/05/07 08:52 0n7.wcyCgW
霊能・・それこそが、伊藤教が仏教でない端的なものですよね?

釈尊は、「人身は確かに五蘊という五つの要素で構成されている。それら要素自体が永遠不滅の原理ではなく、故にそれらから構成されている人身にどうして霊魂や神の分身が宿るだろうか。五蘊が、因縁となって人身は生成する。」として霊魂は存在しない「無我説」を唱えていますよね?また、行き過ぎを注意し、バランスの大切さを説いている、と。

自らの教団に信者を入れる、という邪念にとらわれた立場ではなく、客観的に読み臥そうとする立場から「釈尊の教えとは」ということにアプローチした書に触れれば触れるほど、伊藤は、自分の都合のいいように仏教を改竄したのだとしか思えません。

仮面信者さんだけが経験されていることではないと確信しますが、熱心な信者さんになればなるほど、自らのスジに当たる人が苑にいかない、というようなことになると、ヒステリックになったり、或いは自らが会費を立て替えてまでとどめようとする姿をみれば、苑の教えが本質的には「仏教」=「仏陀(目覚めた人)になるための釈尊がといた教え」を伝えるものでなく、苑の中での地位向上欲を刺激する「仲良し地域会」を形成するためのものであり、それをおしすすめる苑の幹部あるいは教祖は、組織の悪しき部分をしりながらもそれを容認している、或いは積極的にそれを進めている確信犯です。JR西日本の幹部と一緒で,組織の患部ですね。まじめな人をあざむいている。
[463]一般人 05/05/07 21:09 jmUDqFAdPY
ところで「観音様」って何なんでしょかね。知りませんが。「マリア様」とダブりますが。
ウチの近くに巨大なのがあるんですが、ウザイです。w 動くのなら面白いけど。

「先祖供養」は当時中国で無理矢理くっ付けられちゃいました。
「神仏習合」も「廃仏毀釈」も、それ以前に日本での仏教普及も「政府の要請」であります。
「政治という観点から」宗教を観ることも、カルトMC解除の救けと 成り得ます。
そうすれば「日本伝統仏教の正体」も浮き出るでしょう。

450アマゴさん初めまして。>どうしたら良いかご意見等お願いします。
逆にここまでで、どの意見が有効かを伺いたいです。

[464]アマゴ 05/05/08 03:19 *ZLkUhozOAMq*s/m1333DXq
一般人さんはじめまして。皆さん、こんにちは、突然450からの参加ですが、今後ともよろしくお願い申し上げます。

皆さん宗教の事を凄く勉強されていて敬服しております。
私は過去のこの板のスレを全部ではありませんが読ませていただきましたが、大変勉強になり私一人が苑に立ち向かっているのではなく勇気をいただいて感謝しています。

どの意見が有効かとか何とも勉強不足で判断はしかねますが、私の妻の場合は、霊脳者(エセ)に、山の土地の魑魅魍魎の因縁(私の父親が持っていたもので、そこは今私の兄が相続していますが、相続時の書類作成登記を私がしました。その為魑魅魍魎がこちらに来た。)、そのことを騙し・脅しに使われて、それを苑が因縁切りしてくれたいうことになっていますので、やはりそういう脅しと救いのマインド・コントロールから醒めさす。ということが大事のように思うようになりました。
(土地の件は、「接心」の時に占い師の話術で引き出されたようです。土地といっても評価額で150万円程度のちっぽけなものなんですが・・。)

以前、創価学会の人と議論した事があります。反対意見を言うと必ずその答えが用意されていて判で押したように同じ答えが返ってきます。
苑も同じで「まこと教団のリンチ事件(有罪)」の事を話しても答えが用意されていますし、方法は分かりませんがとにかく醒めさす事が大事のようです。心理学の本などでは、反対意見を言うと必ず相手は身構えますから対決は駄目みたいです。

醒めてからですが、教義の中には、万人が納得できる道徳的なものも有る反面ウソだらけなので、どれが正しくてどれが間違っていてとか説明しなくても、全部取りあえず目覚めさせてリセットしてから、本人が苑外で取捨選択するしかないように思います。

如何にMCから解放するか。ですがこれから考えます。
今日、西田公昭氏の「マインド・コントロールとはなにか」という本を買いました。まだ少ししか読んでいませんが、洗脳の手法の過程の中に「告白の儀式」というのを発見しました。説明の中に(以下抜粋)「各個人の性格や経験を全面的に告白させることが、情動的なカタルシス効果を与える。また自白が、狂騒的「一体」感と、自白した仲間とのこの上なく激しい親密感を作り出す。」と書かれていました。これは、仮面信者さんが456で指摘された「プルーフ」という苑の儀式と思われます。
その他にも「宗教的な破壊的カルトでは、教祖の神聖を説くためにさまざまな作り話を作り上げる。」とも書かれています。結構、苑に当てはまります。

近々、スティ−ヴン・ハッサンの「マインド・コントロ−ルの恐怖」も来ます。その他、偽の気配さんが紹介されてました「涅槃経を読む」も買いました。

余談ですが、マリア様で思い出しました。マリア様は処女だったのにキリストを産んだというのも変ですね・・。(笑)
[465]地蔵。 05/05/08 08:31 HHzPClXfvL
>余談ですが、マリア様で思い出しました。マリア様は処女だったのにキリストを産んだというのも・・・

むかーしムーという雑誌だったかに「2千年前に体外受精のバイテクがっ」とか書いてあって吹き出した記憶が・・。想像や推論を膨らますのは夢があっていいですが、それを積み重ねると妄想を真実だと脳が信じ始めます。MCと同じ原理で、脳はイメージ(虚像)と現実からの情報の区別が出来ませんから。多くのオカルト教祖や信者が陥ってる状態がこれです。「目を覚ませ」というのはあながち比喩ではないですね。

悲しい事に、彼等は夢の世界の住人ですから・・。
[466]仮面信者 05/05/08 10:23 3DSRU1sTE1
おはようございます。
ちょっと話題からそれますが
以前に「寂聴 般若心経」中公文庫 という本を読んだことがあります。瀬戸内寂聴さんが般若心経をやさしく解説するという内容の本です。印象的だったのは、因縁についての解説で、寂聴さんによると、因縁とは過去世での業や先祖の業が現在の子孫に悪い報いを及ぼすというのではなく、ただ原因となる元があってそれを育てる縁があり、そして果を結ぶというこの世界の法則なのであって、それ以上の形而上学的な意味はないのだというようなことを書かれていたことでした。
こう現実的に考えると、真如苑の霊能で示される先祖の因縁というのが、真言密教にある教えなのか、あるいは霊能という力が見せているもの(虚像?)なのか・・・

寂聴さんの出家の準備をしてくれたのは今東光さんでした。その今東光さんがその後、伊藤教主との親交を深め、真如教徒となったというのは、なんというアイロニーでしょう・・・


[467]偽の気配 05/05/08 14:41 .idyLOe275
仮面信者さん、

先にあげた田上氏の「仏陀のいいたかったこと」のなかでも
本来釈尊がいった因縁=縁起とは「事象の全てが因りて起こること」である、とかかれています。釈尊は、霊の存在自体を肯定していません。ましてや、先祖の霊が災いを及ぼすなどというようなことは、言わずもがなです。それは、霊感商法をおこなう悪徳業者のもちいるロジックであり、伊藤教もまたしかりです。
大乗仏教が出来上がってくる過程で、釈尊その人の教え似なかったものが付け加わっていた様子が、田上氏の著書を読むとわかります。
自らを、霊能を持つもの、他の人とは違う選ばれし者であったかのようにしている伊藤真乗は、欲から脱し切れなかった世俗の人に過ぎず、釈尊の教えを踏まえたうえで広く知らしめる・・・などというようなことができる人物だとは、とても思えません。もし、かの御仁が、仏陀=心理に目覚めた人であったのであれば、わが子をいつまでも崇め奉るような教団はつくらなかったでしょうし、なにより自分自身や妻にむかって「南無」ととなえさせるような経文を作るような、おごったことはしなかったでしょう。
[468]偽の気配 05/05/08 14:47 .idyLOe275
仏教である、そう自らのことをいう真如苑は、それ自体すでに虚偽にみちています。その教えに真理があるとは、とても思えません。学べば学ぶほど、伊藤教の胡散臭さが鼻につきます。
[469]下品。 05/05/08 19:00 kiMd8J/80B
昨年 夏、仕事絡みでひと月程 兵庫県に滞在しておりました。
うだる暑さの中、共に働き 知り合った神戸や尼崎の人々と 毎夜、居酒屋で旬を肴に のどに流し込んだ冷えたビールのなんとうまかったことか・・・。

107人の命を奪った列車事故は4月25日、継主の誕生日か。
「人類、地球、宇宙を救う」教団は、応現祭でも 過去の例によってそれをも憐れみの表情をもって募金呼びかけにつかうか。それでさらに潤うか。

そして誕生日パーテイーで また楽しく歳をとったのか 真砂子。
[470]イタチ 05/05/09 00:04 BQ/Bn5HIRG
仏教じゃ

 儲からないの

  真如円


真砂子
[471]イタチ 05/05/09 00:16 BQ/Bn5HIRG
今FM J-WAVEに、日本の悪しき構造を外国人ジャーナリストの見地から暴く
ベンジャミン・フルフォード氏が出演しています。
私は彼の著作がとても好きで愛読しています。
政・官・業・ヤクザの癒着と、それを報道しないマスコミによって成り立つ日本を見事に斬ってくれています。
彼の本の中で直接政治に関与する宗教団体として創価学会にも言及されているのですが
直接触れられていなくても真如苑のような大きな経済力を持つ団体が
日本の悪しき構造の中でどういう役割を果たしているか知るヒントが沢山出てきます。
私が真如苑を知った時にすぐにうさん臭さを感じたのは彼の本を読んでいたからかもしれません。
マスコミで報道されない悪は世の中に沢山あるのです。
[472]憎いです。 05/05/09 00:57 *LAEzVpu8aqB*zcb9SCbGv9
初投稿です。よろしくお願いいたします。
今日真如苑が原因で彼女と別れました。
5月5日のイベント(なんてイベントか忘れましたが)に誘われ、
そこで以前から彼女が通っていたお寺というのは新興宗教だということが分かりました。
真如苑が何者か分からなかったので、急いでインターネットで検索し、
この掲示板を見つけ、その内容に愕然としました。
仮面信者さんのように、彼女は母親に無理やり通わされていたので、
熱心に勉強したりすることもなく教えも良く分かっていない状態でしたが、
接心を何回か受けていて、そこで悩んでいることを言い当てられ、
改善も出来たことから(この掲示板を見るとインチキであることが分かりますが)、
漠然と損はしない宗教と思うようになっていました。
私も自分なりに真如苑を調べ、明らかに怪しいと感じたので、
必死に彼女を説得しました。
全否定したことに最初は抵抗していましたが、
この掲示板や他のHPを見せながら説得していくと、
もともと熱心な信者ではなかったので分かってくれました。
彼女から今後も新興宗教を背負って行くことは嫌だとはっきり言ってくれました。
しかし、母親がかなり信仰しており、またかなり強制力も強いので
(かなりヒステリックでもあります)、そこがネックですぐにやめることは出来ないと言われました。
私も真如苑ごと彼女を受け止めることは出来ないと言っていましたし、
彼女も迷惑を掛けるとの事で、けじめがつくまで別れることになりました。
今、彼女は母親を説得できるようになるため、危険ですが真如苑の教えを深く勉強しようとしています。
私もバックアップしていきたいと思っています。
ここで、皆さんにお願いなのですが、元信者の方でここの矛盾に気づき脱会したとか、
ここの矛盾を突いてMCを解いたなどありましたら、教えていただけないでしょうか?
彼女自身、お寺に行っておかしなところを見つけてくると言っているのですが、
うまく丸め込まれそうで心配しています。
あと、彼女自身、母親をみても全然お金をかけていないと言っているのですが、
実際はどのようになっているのですか?
いろいろみると、やはりお金がかかると書いてあるのですが、
彼女の家はそんなに払っていないとそこだけは頑なに言っているのです。
今は払わないけど、ある段階で取られるなどあれば教えてください。
[473]元信者119 05/05/09 06:19 mRQDg.6QDt
掲示板初めて拝見。列車事故についての記述があったので、参考までに過去に苑内で言われていたことについて。
信楽鉄道事故: 真如苑信者の一団が事故地点手前の駅で集団で降りることができ、事故を回避できた。
日航機事故: 何人もの信者が飛行機に乗る直前になって急な用事が
でき、事故機をキャンセルし乗らずに助かった。
要するに、真如苑の信者であればこのような事故を回避できますよ、ということです。 日航機事故など、キャンセル待ちで乗った客が亡くなっているので苑では公表を避け、信者間だけで内々の情報とするように、ということでした。
今度の悲惨なJR事故ではどうなのでしょうか。 真如苑の大阪精舎
が結構近い距離にあるので、乗り合わせて犠牲になられた信者はいないのでしょうか。 ぜひ、内部から情報が欲しいものです。 ただ、もしいたとして、真如苑の説明は、多くの方が亡くなったので、霊界に行く道案内をするためです、となるはずですが。 阪神淡路大震災で何人もの信者が亡くなりましたが、しばらくの期間をおいてからこのような説明がなされました。
真如苑に入ると因縁が切れ、助かります(苑用語では救かります)よ
ということですが、インチキです。因縁を切ってもらうにはかなりの金がかかり(切れないことが殆ど)、護法善神に脅され続ける毎日が待ってます。
[474]仮面信者 05/05/09 10:20 3DSRU1sTE1
偽の気配さんの書き込み、とても勉強になります。
偽の気配さんの読まれている「仏陀のいいたかったこと」はぜひ読まなければと思います。
[472]の憎いです。さん、私の母は苑に毎月3万円以上は使っていますよ。それに特別な法要の日には、また別の歓喜(お布施)が要求されます。また特別なお護摩には10万円もかかるものもあります。
熱心な信者であればあるほど、毎月苑に使うお金は多額になっていきます。

真如教徒ではない人が書いた真如苑関連の本は意外と多く出版されています。
社会学者が社会学的に真如苑を研究した書「霊能のリアリティへ 真如苑 社会学に入る」秋庭裕 川端亮
宗教にそれほど関心の無かったジャーナリストによる真如苑ルポタージュ「真如苑 祈りの世紀へ」本多順子
伊藤教主の妻である摂受院の伝記「かっぽう着の法母」桜井秀勲

真如苑について深く知ろうとするなら、これらの本を読んでみるのもいいかもしれません。しかし、問題なのは、これらの本は真如苑という団体について好意的に書かれているということです。
母がこれらの本は全部買っているのですが、私自身は読もうとして、どれも中途でほうり出してしまいました。
真如苑の矛盾を検証するためには、これらの本を読む他に、本当の仏教とはどんなものなのかを知る必要がありますよね。偽の気配さんの読まれている「仏陀のいいたかったこと」とか、中村元さんの著書などをまずはじめに読むほうが良いと思います。

私が真如苑の矛盾を感じるのは「お助け」という行為です。「お助け」とはご承知のとおり勧誘のことですが、真如苑では三つの歩みの一つとして「お助け」をしなければならないと熱心に説きます。「お助け」という利他行に励むことによって自らの因縁が切れ運命が変わるからと。しかし、もしある信者が「お助け」しようとしている相手にこう言われたらどうでしょう。「あなたは自分が救われたいから私をお助けするのですか?」
利他行であるはずの「お助け」には自己救済への願望という利己的動機が隠されています。さらに問題なのは、多くの信者たちが、そのことに無自覚であるということです。

[475]偽の気配 05/05/09 11:09 AgsgP5IzjR
私も「おたすけ」という名の下に勧誘をすすめさせる苑のやり方には欺瞞的なものを感じます。

仮面信者さんがかいていらっしゃるように、
「真如苑では三つの歩みの一つとして「お助け」をしなければならないと熱心に説きます。「お助け」という利他行に励むことによって自らの因縁が切れ運命が変わるからと」
でも、釈尊の言葉をきちんと理解すれば、因縁はけして切れる者ではない、ということがわかるはずです。

私たち生き物が現世に存在していることは、それは種々もろもろの要因があってのことで、そういった衆縁の事象があってはじめて、私という存在があるのだ、というのが「因縁」の意味です。利他行をどれだけつもうと、私という存在が衆縁の事象から切り離されることはありません。真如苑の教えの根幹が虚構なのです。

憎いです。さん、はじめまして。私も妻が苑の信者で、私自身も今は仮面信者の身です。それは、妻に苑のもつ欺瞞点へ目を向けさせることを目的としています。既に体験されていると思うのですが、まじめな信者さんほど、MCにはまってしまっていて、目を覚まさせるのが難しいです。苑がコミュニティとなってしまっているから、の一言に尽きると思うのですが。でも、間違いなく、小額づつであれ、集金をするための仕組みになっています。見栄えにこだわる苑の姿勢、護摩法要の様子なども、芝居がかって陳腐に見えるほどでしたが、とにかく庶民からはとりあえずは薄くでも恒常的に集金する、そしてはまればはまるほどどんどん巻き上げる、よくできたシステムです。

ウイルスの生き様でも、過激に宿主を痛めつける者は自らも滅んでしまいます。ちょうどオウムがそうであったかのように。しかし、うまく宿主になじんだウイルスは、活かさず殺さず、宿主から搾取しつづけるのです。それが真如苑の姿とダブります。確かに、過激な行為には出ていませんが、それが真に仏教の教えを広めるための組織だという苑の主張は、とてもじゃないですが、受け入れられるものではありません。

苑の信者になると、善意で害毒を撒き散らす存在になってしまうのです。そこが困った点です・・
[476]怒ってます 05/05/09 14:10 BZNLEmihGx
憎いさんへ
私の彼女も母親が信者であったことから幼少のころより信者となっており
いまではかなりMCされている状態です。真如苑はこれまでに社会との摩擦を起こして失敗してきた新興宗教をよく研究して集金システムを作っているなという印象です。マインドコントロールや仏教についてもかなりの量の本を読みましたが、マインドコントロールをとくためにはやはり与えられた人格ではなく自分の人格で考える手助けをしてあげることに尽きるようです。。
私は高槻の精舎にもいき強烈な嫌悪感を感じました。が彼女を救い出すには自分も勉強しあいてを知らなければと思いせっしんを受けるところまではやってやろうかと思います。お互いがんばりましょう。
[477]地蔵。 05/05/09 22:45 6gRGIbEjkz
憎いです さん、元信者119さん、怒ってます、さんはじめまして。

偽さんをはじめ私達は本気で長いときをかけてでも頑張っていこうと
している人たちの集まりですから、どうかお互い情報交換、意見交換していきましょう。

>>475 ウイルスの生き様でも、過激に宿主を痛めつける者は自らも・・

医療系・生物系の私はこの一節ではっとしてしまいました。どっちかというとこの絶妙な振る舞いをする生き物は「寄生虫」です!そのものやん、という感じです。ウイルスはもうちょっと機械的というか、マトリクスの世界に近く、プログラムに従って自分のコピーを宿主の細胞を流用して大量生産し、最後は宿主の細胞を食い破って飛散しようとする・・はっきりいって宿主のことなんて何も考えてないです。虫より虫的といいますか・・。

それはともかく、寄生といえば金銭面(家庭の財産)と精神面(時に家族へも累が及ぶ。精神汚染と言い換えてもいいかも)の両方に渡り、受難者は栄養を吸い上げられ続けます。

今回はちょっと例えがえげつなかったかな・・。信じてるからほっといてという人は、今の自分の状態に気をつけてみてくださいね。
[478]偽の気配 05/05/09 23:13 .idyLOe275
地蔵。さん、同系列系なんですね。私も生物系です。

うちの連れ合いは、まだまだ目覚めてくれるまでは遠いです・・
朝晩、お経を唱えています。それ自体は別にいいのですが、苑のお経は、南無・・と死んだ伊藤の息子、伊藤夫婦に唱えるのです。それがどうにも・・でも、今はおとなしく聞いています・・・
[479]憎いです。 05/05/10 00:12 *DhjGdADtSt8*zcb9SCbGv9
皆さん、コメントありがとうございます。
いろいろアドバイスをいただきましたが、ここに来る前に彼女と話し、
完全に別れようと結論に達してしまいました。
彼女はまだ初期段階なので、母親は無理としても、
彼女自身はすぐに何とかなるかと思ったのですが、
初期段階だけにお金を払うとか、熱心に勧誘するとか、
そういったところを見ていなく、教えも良く分からない状態なので、
逆に説得が難しく感じました。この掲示板を見せたのですが、
どんな人が書き込んでいるのか分からないから信用できないと言うし、
私がいろいろ話しても、『一度接心を受けてから言って』みたいに言われ、
埒があきませんでした。
この前は前向きに(おかしなところを見つけるため)
真如苑の勉強をすると言ってくれたのですが、今日は全然違う人みたいでした。
『私も逆の立場であれば、同じことをする』と、
私の説得に納得しているし、言う事もよく分かると言うのですが、
どうにも話が前に進みませんでした。
しかし、今回、本当に別れようと決めたのは、説得することが嫌になったのではなく、
いろいろ議論しているうちに、根本的な価値観が違うと気づいたからです。
真如苑が価値観を変えているかも知れませんが・・・。
最後に、この先絶対に真如苑の正体が出てくるときが来るから、
それをしっかり見極めれる目を持ち続けてくれと言って別れました。
長年戦っている方には無責任に思われるでしょうね。
正直、今でも彼女の将来が心配で仕方ないです。
情けないことですが、この先どこかで彼女が気づいてくれることを、
ただ祈っています。
コメントいただいた方、本当にありがとうございました。
真如苑が本当に憎いです。
[480]偽の気配 05/05/10 09:10 AgsgP5IzjR
憎いです。さん。お気持ち察します。
価値観は、苑の教えに縛られていると、ずいぶんと世俗のものとは違ってきてしまいます。それは、私自身も妻との会話の中で感じました。
苑の勉強をする、といっても、中から得られる情報での勉強では、結局何の役にも立ちません。できれば、彼女と一緒にいてあげてほしかった気がします。
苑はコミュニティを提供しますし、その中での人間関係は表面的には円満です。(実際には、いろいろあるようですが)すくなくとも、あからさまに意見する人はなく、すべからく伊藤ありがたしで結束しているからです。耳に痛い言葉に対しては、聞く耳すらもちません。永年信じている人だったらなおさらのこと難しいかもしれません。一端、心地よい者に触れてしまうと、そこからは脱しがたくなるからです。巧みなことに、自らも勧誘をとおして、新信者に対して「責任」者のような立場にたつこと、それによる充足感のようなもの(苑という社会に参画しているのだ、という満足感)を与えているのです。伊藤は、仏教者というよりも、そういった商才にもにた才覚はあったのだろう、と私は思います。ただ、多くの人を欺き騙し、その周囲の人を不幸にしているという点で、糾弾されるべき人物だと思います。

真言宗のお寺のお坊さんに相談したことがあるのですが、より酷い宗教にはまるよりはまだまし、という考えで、気長に接して挙げてください、といわれました。あからさまにはおっしゃりませんでしたが、「実際に醍醐寺に行って本物の教えにふれてみるのはどうか」と勧められたことから察して、苑のやり方についてはおかしな点を感じていらっしゃるようでした。空海の教えがどうなのか、まだ勉強不足でよく知りませんが、釈尊の教えがどういうものであったのかは、もろもろの著に目を通すことで、おぼろげに見えてきた気がしています。(勿論、そんなに簡単にわかる者ではないと思いますが)そういったものになんとか接する機会をつくっていくことで、伊藤教の胡散臭さに気づいてもらえればいいのですが・・

[481]仮面信者 05/05/10 13:38 3DSRU1sTE1

伊藤教主は醍醐寺で修行し、恵印灌頂、金台両部伝法灌頂を受けたことから、醍醐寺とは今でも親交が深いのです。醍醐寺には真如仏塔が建立されています。醍醐寺を訪れて真如教徒ですと言うと、丁重にもてなされるそうです。醍醐寺の官長も大事な苑の法要には必ず列席されます。醍醐寺で高い地位にある方が涙をこらえながら、伊藤教主との交友や思い出を切々と語った法要も聞いたことがあります。
ですから、醍醐寺に行っても、真如苑の批判や矛盾を聞くことはできないでしょう。
私は伊藤教主自身にではなく、もはや巨大な組織団体となっていしまった真如苑に疑問や反感を持っています。
宗教団体というのは、どんなに優れた資質を持った宗教家が開いても、時間がたてば世俗化し、ときに堕落し、個人の不幸を助長さえしかねないものとなるのではないのかと思うのです。

なんだか半分、真如苑擁護の書き込みみたいになってしまいましたが、苑への反感は依然として強く抱いていることには変わりありません。
前の書き込みで、偽の気配さんから、因縁の本当の意味を教わり、だから因縁というものは切れるということは無いのだという言葉に、大げさかもしれませんが、目から鱗がおちるような思いをしました。
真如苑の教える真言密教と大般涅槃経と霊能が一体となった教えに対してどう向き合っていくべきなのか。私も先日、田上太秀氏の「ブッダの言いたかったこと」「ブッダの人生哲学」「涅槃経を読む」を購入しました。

[482]下品。 05/05/10 14:05 lsqJwdQfWH
>>480 >できれば、彼女と一緒にいてあげてほしかった気がします。
     私も同感です。

教徒すべてを「信者」として同一には考えられません、パーソナルな それぞれですから。
その人を取り戻せるとしたら、それは身近な人間の弛まない努力しかないのではないでしょうか。

我が家の場合は、私がサジを投げて 家内を見放したら 生涯目覚めることは出来ないと思います。
[483]もう少し頑張って 05/05/10 17:14 V9PRdnASTM
憎いですさん
はじめまして
私も下品さんと同じ考えでもう少し頑張って欲しいです。
私は2年半付き合っていた女性と結婚をあきらめて別れてしまいました。今ではすごく後悔しています。彼女に気づかせてあげられるのは自分しかいなかったのではと思っています。あの時、なぜ、あきらめてしまったのか後悔の毎日です。
ほんと素直な人間を食い物にする。憎いですさんと同じ気持ちです。
いま、彼女はお寺の人の勧めでお見合いをして真如苑の人と付き合っているそうです。彼女は、もうやめることはないでしょ。
半年たったいまでも、本を読んだり、皆様方の書き込みが気になります。
あきらめた人間が言うのは説得力がないでね。もう少し頑張ってほしいです。
[484]地蔵。 05/05/10 23:40 FIBj9.3YyE
彼女はともかく、説得を続けるならば遠からず彼女の母親との全面対決となるでしょう。他人同士(特に両家の親同士)というだけで何かと気を使う事が多い上に、さらに奥さん(←未来。)の母親の人格の根幹を否定していく覚悟が必要です。ここの皆さんはそれを日々闘っておいでです。

私としても、もし関わっていく人生を選択されるのであれば、是非ソフトランディングされることを願っておりました。

ただ、これは本当におおごとです。裁判と同じくらい大変なエネルギーと時間を要求されますよね。時に疲弊しきってしまうかもしれません。
家族であるなら、絆ゆえに、愛ゆえに頑張れます。しかし、悲壮な使命感だけで一緒になられたなら、その後、遅々として進まぬ事態にすっかり冷めてしまって、あとは・・ということもあるでしょう。

実は私は個人的には今回のように、良く考えた上でのNOという選択をする勇気もありかな、と感じています。本当に半端じゃないですし、共倒れも心痛みます。。

偽さん、>私も生物系です おお。そうでしたか!すいません。専門は生物というよりヒトで、生物系というのは大好きな(趣味的)ジャンルでした。いうなれば、「ネコ&実のなる植物系」です・・。お答えくださったのにこんなんですみません。
[485]怒ってます 05/05/11 01:28 BZNLEmihGx
やっぱり膨大なエネルギーが必要なことはかんじていますし覚悟はしています。彼女の家族との対決は気が重いですけども。。。まあでもいつか彼女は割ってくれるだろうとおもっています。何年かかろうが説得するつもりですし。もうちょっとはいりこんで接心とやらは一度受けてやろうと思います。
しかしながら苑のやり方はフットインザドアテクニックをうまく使ってますねぇ
[486]偽の気配 05/05/11 07:57 .idyLOe26U
客観的になればいろいろ見えると思うんですが、それが難しいんですね、MCをうけてしまっていると。批判的なことを言われると、わがことのように拒絶という態度にかわってしまう・・つい、あれがおかしい、これがおかしい、ここはちがう・・と苑の矛盾追求をしてしまうのですが、それがかえって信じている人の心を閉ざしてしまうようです。ホントにエネルギーの要る作業です。

地蔵さん。ネコ&実のなる植物系ですか、ますます近いのかも・・私は、食べれる植物を守る小さな生物系です。でも、生態学なんてのをしっていると、因縁というか縁起という形で、釈尊が言い表そうとしたものがすっと入ってくるような気がするのは気のせいでしょうか・・
[487]仮面信者 05/05/11 12:51 3DSRU1sTE1
自分の大切な人をどう説得して苑から離れてもらうかという問題に関しては、私は他のみなさんのように、たいしたコメントはできません。
私の場合、対象となるのは母なのですが、休日のほとんどは苑でのご奉仕、家庭集会、智流院と呼ばれる苑での仏教勉強会にと奔走しています。こういった真如苑での活動は、母にとってストレスフルなものでなく、父を亡くして以来、唯一の生きがいのようなものになっています。ですから、私が無理に母に苑から離れるように言うならば、かえって母の心にとても強い苦痛を与えることになってしまうでしょう。

信者さんの中には、よく奥さんは熱心に真如苑に行っているけれど、旦那さんは「俺は信仰なんて全く興味ない」と苑に関してはノータッチという夫婦関係のケースが多くみられます。母の経親さんの家庭がそうでした。そうした関係でもとても良い夫婦関係が築かれているようです。

これ以上は、だからこうしたら・・とか何かのコメントをすることはできませんが・・・

[488]講釈師 05/05/11 13:38 Koq741GKBx
仮面信者様 よろしくお願いします。

ひと昔前ならば、口コミ程度でしか情報が集まらず、
マスコミも名誉毀損を危惧してか、取り上げる筈もなく、書籍もないので、
「 新興宗教にハマって困ったもんだ。」で済ましていました。

−−水ぶくれ真如苑 急成長の秘密と欺瞞の構図−−1987年発刊 現在 絶版

しかし、ここ数年で世の中は変わり、虚構、トイレの落書き、妄想、願望 等なんでもありの情報の洪水になりました。
以前ならマスコミが牛耳っていた秘匿の情報も、検索すれば、犯罪を犯した未成年者の住所氏名や、ボカシのない斎藤さんのパスポートも見ることが出来ます。

10年超の信者さんの家族はその環境になかった為、仕方なく黙認してきましたが、現在は違います。
良いのか悪いのか、行動する前にネットで調べるという、それこそライフスタイルが変わりました。
[489]憎いです。 05/05/12 00:57 *LAEzVpu8aqB*zcb9SCbGv9
みなさんの言うように、もう少し長い目で見て私が彼女を救ってあげるべきでは?
と自問自答を繰り返していました。
自分が逃げているようで・・・
でも、結局、地蔵さんなどが言うように、一番の問題は彼女の母親でした。
これから結婚して子供を育てるとき、彼女の母親の影響はほんとに大きです。
彼女を説得できても、母親まで説得しないと、私も私の両親も心配で仕方ないのです。
そして、全く他人の私が彼女の母親を説得することは不可能に近いと感じました。
まず彼女を説得して、次に彼女と一緒に母親にと思ったりもしましたが、
気が遠くなるくらい大変なことだと思いました。
また、彼女を無理やり母親から引き離そうかとも思いましたが、
彼女はそんなことを望んでいないことも分かりました。
無責任と思われそうですが、彼女の生活は、
外部の私が思うほど不幸ではないのかなと思うようになりました。
彼女の家系は早死が多くまた、離婚も多いとのことで、
すごく因縁を感じているようです。
真如苑に救われている部分もあるのかもしれません。たとえ、嘘でも。
都合のよい解釈と言われるかもしれませんが、きっぱり別れることで、
真如苑を信仰することが悪い影響を及ぼすと分かってもらいたかったのです。
教えとは全く別の次元ですが。。。
あと、前も言いましたが、この問題で議論するようになってから、
価値観の違いを感じるようになったことも別れの原因です。
こんなこと言っている私ですが、今でも本当に正しかったか自問自答を繰り返しています・・・
[490]仮面信者 05/05/12 09:01 3DSRU1sTE1

こういう話を聞いたことがあります。
ある日本の仏教徒が、さる高名な仏教のお坊さんを訪ねにインドに行った。そのお坊さんの寺院にはたくさんの仏教を信奉する人々が集まっていた。しかし、そういった人々をよく見ると、多くの人々が他宗教の神々の像を胸に大事に抱えている。
そこで、日本からはるばるやってきた仏教徒はその高名なお坊さんに尋ねた。「どうして他宗教の神々への偶像礼拝をやめさせないのですか?」
すると、そのお坊さんはやさしく微笑んでこう答えた。「彼らにはそれが必要なのです。幼児が玩具を必要とするように。」

[491]偽の気配 05/05/12 18:46 AgsgP5IzjR
憎いです。さん、
その時々の判断は、自分の中では最良の判断であったのだと信じて、がんばりましょう。かく言う私も、あれでよかったんだろうか・・と思い悩むことがあるので、大きなことは言えませんが。
彼女さんとは、縁があれば、また復縁することもありえます。

彼女さんは、家系に離婚者が多く早死にが多い、ということについて、何らかの原因を見つけすがりたかった、そこに真如苑が入り込んだ、ということなのですね。苑はその説明に、あなたの先祖に悪い人が居てその因縁(平たく古来風にいえば、祟り)をつかったのでしょう。でも、それがまったく客観的でもないばかりか、仏教的でもない、ということに気づけるかどうかは、冷たい言い方かもしれませんが、彼女あるいはその母親さん自身の問題です。離婚の原因はわかりませんが、死因が美病気にあるとするならば、遺伝的に病気になりやすい家系なのかもしれません。だとすると、例えば生活習慣に注意することで発症を押えられるかもしれませんが、遺伝的にもちあわせている(かもしれない)病気の因子は取り除くことはできません。その意味では、例え原因がわかったとしても「因縁」はなくせないのです。苑の言い方では、幻想を抱かせてしまいます。もっともそれが狙いなのでしょうが。

どうして自分たちだけがこのような目にあうのだろうか、それは不公平だ・・という思いが強くなって、その原因をどこかに求めたくなるのは人の常だと思います。そこに付け込むやり方は、まったくもって許されるべきではありません。

とはいえ、それが誤った支えであっても、急にその支えをのぞいてしまうという荒療治は避けたほうが懸命なのかもしれません。

いずれにしても、その出会いがよきものであったのならば、ふたたび交錯することもあるでしょうし、あるいはそれ以上によいものが今後互いに訪れるのかもしれません。

苑への対応については、デリケートな部分が多く、難しいです。

私ごとですが、子ができた時に、妻は苑に連れて行きたがる、私は少なくとも物心がついて自身で判断できるまでそのようなものにふれさしたくない、そういったやり取りが待ち構えています。これもまた強行に振舞いすぎるわけにも行かず、難しいです・・同じような状況に対面されている方、どのように対処されているのでしょうか・・・
[492]下品。 05/05/13 11:34 vbPtrct3/T
それぞれが違った方向を向いている両親の間にいる子は、けして幸せとはいえませんね。 私の家庭が それですが。

子を思う時、目的を急ぎたくなります。 「今日は のんのさんだ!」といって、法要後の昼食を楽しみに無邪気に喜んで手をひかれてゆく。
子供達には何の問題も無く、問題なのは私共 夫婦です。
互いが正しい同一の方向に向くことが、子どもを幸せに出来ると思っています。

真実に触れることなく、惰性もまぜながら続けた真如暮らしから まず最初に目覚めたのは私でした。 次は家内の番です。

押したり引いたりと、なかなか進捗が見えない日常を繰り返しながらも その目的に向かい結果を出せた時、子どもの問題は自然と無くなっているのだと思います。
夫婦揃って教徒だった 我が家を例にあげてすみません。
[493]地蔵。 05/05/13 21:29 Koq74LuJCa
皆さんの御意見に全く以って同意です。

例えは悪いですが、患者さんの臓器の奥深くに浸潤した癌細胞を
力づくで根絶しようとしても中々上手くいきません。むしろ
その人の「生きようとする力」=免疫その他全てを含む総合力 を
高めつつ、注意深く観察しながら時機を見てたたみかける。
押しては引き、引いては押す。

もう一つ例えるなら、深刻な虫歯治療でしょうか。いきなり悪い部分を全部削ったはいいが、その方の心にぽっかり大穴をあけてしまってさあどうしようでは、ちょっとまずいですよね。。マジでプロのカウンセリングやコーチングの指導を受けるか、相談した方がいいですが、そういうサポートの重要性の認識が、日本はまだまだ遅れてますよね。

最後になりますが、偽さん、ますますもって御同輩ですね。ご意見に対しては前々からシンパシーを多々覚えておりました。
[494]下品。 05/05/15 17:44 BLNEJxd2n.
仮面信者さん、初めまして。
>>487 >とても良い夫婦関係が築かれているようです。
    そうなんですか?
>>488講釈師さんに重なりますが、MCとマルチを混ぜた迷惑以上犯罪未満の「真如苑」は現在 周知の事実です。
であるのに、「とても良い夫婦関係」なのですか?
私思いますに、連れ合いの洗脳過程をただ傍観しているのか、手に負えないからあきらめているのか、「幸せそうにしてるから 取りあえず放っとくか」なのか、家庭の波風を嫌って黙認している、のいずれかではありませんか?
教徒だった私は、「真如苑」をまったく知らない訳ではありません。

苑で言うところの「片輪」の教徒が、私の周りには少なくありませんでした。
「諍いが絶えない、崩壊しかけている」、その渦中にあって そんな悲痛な表情をしていては、経の親 或いは導き子の親として 教化どころか「お救け」もままならないでしょう。
「この教えは誰でも幸せになれる」。ままならない家庭を持つ自分、それを跳ね返す嬉々とした笑顔とランランとした眼差しが出来て はじめて教団が望む真如教徒でしょう。
「いつまでたっても家族がバラバラ」、それすらも修行であり 感謝なのですから。
私には、成す術が見当たらず、ただ立ち尽くす ご主人方が思い浮かんで仕方がありません。

>>488 講釈師さん、
三土修平著「水ぶくれ真如苑-急成長の秘密と欺瞞の構図」
今、なんとか手にしたい一冊です。
[495]講釈師 05/05/16 18:01 QHRvKS/8Fr
下品。様
貴方様の自治体の図書館のネット検索機能をご確認ください。
少し大きな自治体であれば存在すると思います。
[496]ハウルの弟子 05/05/17 02:29 4qabBpVuQe
ここは男性が多いのでしょうか?
わたしはたまにしかのぞいていないのですが
あまり女性の書き込みないですよね
彼女や奥さんや彼女の母親が....って悩んでいらっしゃる
男性が多いのでしょうか?
どこの宗教団体もほとんどが女性によって支えられていませんか?
圧倒的に女性の方が多いですよね?
それは何故なのでしょう
男性のように一生をささげる仕事にめぐまれない
何か打ち込むことがみつけられない
子育てによって打ち切られたキャリアももう取り戻すことができない
でも人は何かに必死になりたいんですよね
人より幸せになりたいお金もちになりたい
それが自分自身の力ではもう勝ち取ることは無理って気がついてる
だから宗教へ走る
努力しなくても 天から幸せが降ってくると思ってる
回りの人もみんな同じ気持ちだからって
居心地の良い苑で本当は心ではとんでもないこと考えていても
そんな自分を隠して苑ではいい人のふりをする
現在の自分を正当化するそのために宗教に走る気がします
わたしが苑をやめたのは
回りの女性に魅力を全然感じなかったからです
苑に尊敬できる人がいなかった
思い切ってやめてみました
何か気付くかともおもい...
でも今のほうが幸せですよ
苑につぎこむ時間とお金があったら 自分を磨くために
なにかに夢中になったほうが 生きがいをみつけられると思います
苑にかぎらず 創価学会 エホバなど知り合いはいますが
見ていてかわいそうです
女性として素敵なひとはあまいません
何故なら女を棄てているからです


[497]偽の気配 05/05/17 11:57 ut1wFlJyGK
ハウルの弟子さん、
傾向とすると男性のほうが多いようですね。
苑の集まりに行くと、男性も女性も目に付きますが、それでも女性のほうが若干多いように思います。私の妻がそうなのですが、理屈ではなく、感覚的に受け入れられるから・・という信じかたをするんです。
すべての女性がそうだとはいいませんが、「そもそも釈迦はそんなことをいっていない・・・」といったように、「そもそも論」を展開して、苑の矛盾をどうこう指摘する、というのは男性に多いのではないでしょうか。もちろん、しっかりはまっている男性もたくさんいらっしゃるようですから、一概には言えませんが。(プルーフなるものを述べていたのは男性が多かったです、私が見たときには)
MCする団体、それは真如苑に限らずですが、そこでは、羊型行動様式の人をうまくとりこむ仕組みができているんでしょうね。
信者になってそこで活動することで、ある意味でのいきがい・やりがいのようなものを見出してしまっているというご指摘は正しいのだと思います。
本当はもっと別のところに見つけていくほうが、自分にとっても、周りにとっても、より素晴らしいと思うのですが。実生活でそれを見つけるというのは、とても大変なことです。つらいし、苦しいし、回りにもなかなかわかってもらえないケースが多いです。ところが真如苑では、内部に居る限り、そして迎合している限り、批判は受けないし、ラクだし、ぬるま湯にどっぷりつかれるのです。ぬるま湯につかっていることを内心自覚しながらも、それを打ち消したいという心の動きが、御奉仕という作業によって見事に昇華されるようにできているのです。伊藤は、確かに見事に作り上げたものです。それを受け継いでいる今の継主は自身の考えをしっかり述べる責任があるはずですが、それを求めるのは無理でしょうね。すべてを承知の上で、家族をばらばらにしてまで継いでいるのですから。
あ、すいません・・なんだか、ぐちっぽくなってしまいました・・・
[498]下品。 05/05/17 13:50 YXYWV6esyS
ちょうど寒修行が終わったころに脱真如苑宣言をしてから、ここ2ヶ月程 家内の活動状況を 沈黙しながらそれとなく観察していたのですが。
先日 今まで自宅で見なかった風景、家内が教書を読んでいる姿を見て つい堪えきれなくなり「少し話をしよう」と切り出して 向かい合いました。
そして 私の現在の真如苑観を聞いてもらいました。

幾分 説得ぎみになってしまいましたが、しかしそれは・・・
片や確認しようのない、計りようがない、眼に見ることも出来ない、ありもしない世界観を長期に渡って心身に身に付けさせられて、それこそが探し求めていた「真実」と決定してしまった人が相手ですから、話し合うといった形には なかなかなりようがありません。

こういったことの繰り返しは、頑な心の炎に油を注いで さらに洗脳を煽ることになるのかもしれません。
しかし私達人間の暮らしは、機械的な流れ作業ではなく 日々さまざまな出来事に心を反映させて 昨日とは違った今日を過ごしてゆくものですから、私は その暮らしの積み重ねのなかで必ず 疑問を持つきっかけが生まれると願い、ただ黙ってそばにいることだって けして無駄ではないと信じて、「目覚めてくれる」この目的に向かう努力を続けるだけなのです。

疑問を持つきっかけを与えることが出来さえすればと・・・。
[499]下品。 05/05/17 14:02 xv3hAc/MvQ
>>495 講釈師さん、
   ご親切にありがとうございます。
絶版・・・今後 刷ることもないようですね、・・・。
[500]下品。 05/05/17 15:17 SlZkD0kAgM
数日前に、世間から見ると少し変わった風景を目にしたので。
義母でもある導き親のことなんですが、
彼女は現在70歳で4姉妹の長女、遠方で暮らす二人の妹が数年ぶりに来ることになって姉妹全員が揃いました。それぞれが信仰?を持っていることを最近 聞かされまして 上から、
真如苑、幸福の科学、生長の家、エホバの証人。(姉妹はそれぞれ 独身が二人、ご主人が反対 二人です)

正直驚きました。この人たちは なんなんだと。
この高齢の4姉妹がリビングで談笑しているさまは、カルト教団4ヶ国首脳会談です。

家内を取り巻く 空気というか、家系というか、何か大きな壁が立ちはだかったような気がしました。

どうやら 常軌を逸した渦のなかに私はいるようです。
[501]地蔵。 05/05/17 16:40 K1fuSSgMXq
>>500 お、下品。さん、500のキリ番じゃないですか。って言おうとして指が止まってしまいました。

魔界の四大実力者じゃないですが、真如を除く三大がキリスト系ですか。生長の家は残念ながら良く存じませんが(何かおっちゃんみたいな人が箱舟でハーレム?みたいな悪意に満ちた記事を昔見たような・・)、そうそうたる面子ですね。ここに創価が加わったら完璧と言うかえらいことに・・?

ひょっとすると信仰で快感を得やすい環境に育ってしまった方々なのでしょうか?それにしても姉妹バラバラなのも不思議です。

こうなったら、反対(多分苦労されている)のご主人達と固い同盟を結び、建設的な対応策を練るのもよいかもしれません。一人孤軍奮闘は疲れますし・・。

脳というのは、かくも不可思議ですね。。
[502]アマゴ 05/05/18 00:32 *ZLkUhozOAMq*2tIOp/jo1q
下品さん。お察しします。
私の妻の母親は苑にはハマっていませんが、どこかの占いさんで呪縛を取って貰ったとか助けて貰ったとか良く言います。血筋は怖いですね。私の子供も受け継がないか不安で一杯です。恋は盲目といいますがそこまで先を読んでいたら妻と一緒になっていなかったかも知れません。

講釈師さん お尋ねします。
三土修平著「水ぶくれ真如苑-急成長の秘密と欺瞞の構図」は1987年出版ですがそれから約18年経っています。
1.今の苑はその内容から洗脳の手口等パワーアップしているのでしょうか?
2.どんどん作り話を増やしているのでしょうか?
3.体制なんかも変化していますか?
その他気がついた所等またお手透きの時にカキコお願いします。

まだ読んでいませんが是非探そうと思っています。
[503]普通の主婦 05/05/18 09:44 yhcgYq8dlW
 初めて参加します。私は3年目の信者です。いろんな信者の方がいるんだなぁと思いました。信者の方も脱会した方も自分の道を一生懸命生きようとしている事に変わりはありませんよね。
 私はもうすぐ40歳になりますが、いろいろあって、これから先死ぬまでの人生は、清らかな心で、家族やまわりの人を助ける日々を送っていきたいと思っています。ただ、やはり自我が強くて、ついつい感情にまかせた行動をとってしまいます。自分のいいところはそのままに、自分の欠点を少しでも変えていくための努力を支えてくれるのが、私にとっての宗教です。自分の考え癖を変えるのは、本当に大変ですから。
 宗教は自分に何かよいことをしてもらうために入るものではなく、困難を自分の力で乗り越えていく、たくましい心を育てるための修行の場だと思います。
 人生はいつ終わるかわかりません。去年亡くなった義母は、私の夫に「私の子供で生まれてきてくれてありがとう」という手紙を残して逝きました。命の期限を知っていましたから。
 勝気でしっかりものの義母でしたが、最後の気持ちはそんな清らかな思いでした。
 今日一日をそんなきれいな気持ちで生き、自分に縁がある人を大切にしていきたいと思うとき、やはり、「我」を捨てて「空」を知る心の修行が大切だと実感しています。
 真如苑はそんな心の修行ができるところだと思いますよ。
 これから学校で用事があるので、この辺で終わります。


 
[504]講釈師 05/05/18 12:10 g9VruxMdLp
アマゴ様 よろしくお願いします。
そのAです。

図書館はしごく便利なものですが、難点が一つ有ります。
それは、返却しなければならないと言う事です。
私は度々返却が遅れるので督促のハガキが来て、ペナルティー常習者です。
もう少し時間を下さい。
それと、私は苑徒ではありませんので、接心や集会に行った事がありません。


普通の主婦様 よろしくお願いします。
被害者の会 そのA ですので少し、キツメに書かせてもらいます。
「 宗教は修行の場 」なのか、「 人生は修行の場 」かどちらなのでしょう。
意味がまったく違ってきます。
困難を乗り切る術が「 占い 」や、「 現金の拠出 」では?です。
会員集め、金集めに、躍起になっている新興宗教じゃ正論とは思えません。
[505]一般人 05/05/18 12:16 52Z/mqIZha
>>493地蔵。さんの提言『押しては引き、引いては押す』はまさに的を射ています。
そのためには、知りましょう。

503普通の主婦さんは
真如苑のカルト性や非仏教性がところ狭しと並んでいる 前スレと現スレをお読みになったのでしょうか。
そして、「真如苑の主婦」とは、「普通の主婦」ではありません。「カルトの主婦」です。
(ちょっと話が逸れますが、先ほど10分ほど前、エホバのカルトの主婦さんが御見えになりました)

>「我」を捨てて「空」を知る心
は、
>>444でも述べましたが 真如教徒である限り、「未来永劫」得ることはできません。

[506]一般人 05/05/18 12:17 52Z/mqIZha
>自分のいいところはそのままに、自分の欠点を少しでも変えていくための努力を支えてくれるのが、
>私にとっての宗教です。

[507]一般人 05/05/18 12:18 52Z/mqIZha

第九回 自分探し志向と新宗教

前回、オウム世代の共通点として、男性のばあいはオカルト志向があると述べた。
では女性のばあいはどうであろうか。もし単純化が許されれば、それは自分探し志向といえると筆者は考えている。
筆者が面談した二十九歳のオウム真理教の女性信者は入信の理由を「人生の虚しさ」と表現していた。
特に不幸というわけではないが、まわりは結婚していくし、昔みたいにちやほやされなくなるし、仕事はつまらない。
そのようななかで常に何か目標を持ちたいと思ってきたが、それが何だかわからなかったと彼女は話す。
そして出会ったのがオウムだった。

こうした話は何もオウムに限ったことではなく、虚しさ、漠然とした不安、人生の意味を見出だせない
といった理由は新宗教の入信動機として決して珍しくない。
自分の存在が何だかわからず、本当の自分を追い求め悪戦苦闘する姿がそこには見え隠れしている。

統計によれば、青少年の約三割が自分が「嫌い」または「やや嫌い」と答え、
筆者が教鞭をとる看護専門学校でも、アンケートで 「人間はずるい、きたない」といった否定的な人間観
を示す学生が毎年だいたい三割程度いる。

こうした自分や人間そのものに対するある種の嫌気をバネに、「本当の自分」「もう一人の自分」の探求や
潜在能力の開発についての関心が高まってきた。わずか数日間で魅力的になれるという自己啓発セミナー、
潜在能力や多重人格に関する書籍の人気、女性誌を中心とした簡単な心理分析とその処方箋の特集、
女優のような格好をしてプロの写真家が撮影してくれる変身写真館など、
自分探し志向の諸現象はバブル期より目につきはじめ、現在も続いている。

そもそも宗教はこうした自分探しに応えることを得意としてきた。
その中でもオウム真理教をはじめとする最近の新宗教はそれをわかりやすい形で、
時には短期間かつ安直な方法で可能にすると約束し、人々の心をとらえてきた。

「オウムで救われた」と、今もこの教団を離れえない信者がいる理由の一つはここにある。


[508]一般人 05/05/18 12:19 52Z/mqIZha
多くのカルト信者さんらは単なるご利益目的だけでなく
カルマを浄化しようとか、他を救済しようという純な思いからの入信も多いようです。
よって醜悪なカルト組織は おおかた利他的なメンバーで占められます。

(手記P238より)
「はじめから殺人を肯定する教団と知ってオウム真理教に入信した信者は、おそらく1人もいなかったはずだ。
実行犯とされる人たちもみな、自己の変革、他者の救済、理想世界への移行、
そうしたイメージを持ってオウムの門をくぐったはずである。
その先に待ち受けたていたものを、彼らは想像すらできなかったに違いない。」

そして教団のシステムは 確かな精神学に裏打ちされしかも実際に効果があることから、信者の信念をより強固にします。

注意すべきは「善い教えに1%でも故意的な改変が加えられれば、たちまち悪質な思想に変貌させられる
可能性が生まれること」であり、
仏教の場合は「八正道→六波羅蜜への改変」の時点で コマーシャリズムに特化したと言えるだろう。

[509]偽の気配 05/05/18 12:35 ut1wFlJyGK
普通の主婦さん、

私はあなたの書いておられることに、大筋は共感できます。たぶん、それは私だけではないと思いますよ。

「宗教は自分に何かよいことをしてもらうために入るものではなく、困難を自分の力で乗り越えていく、たくましい心を育てるための修行の場だと思います」「今日一日をそんなきれいな気持ちで生き、自分に縁がある人を大切にしていきたいと思うとき、やはり、「我」を捨てて「空」を知る心の修行が大切だと実感しています」「真如苑はそんな心の修行ができるところだと思いますよ。」

釈尊の言葉をそのままに、といっても原本を読むだけの力は私たちにはありませんから、解釈本をよむことになるのですが、少なくとも自身が宗教団体を経営している人の書いたものは、原意をきちんと汲んでいるとは限りません。真如苑の書物、一如の道でしたっけ?それを読むのもよいですが、ひろく仏教の教えに触れてみるという機会を持つことをお勧めします。

真如苑の教えに従っていては、"「空」を知る”ことはできません。なぜなら、なにをしようにも、目に見えない形でノルマが課せられてくるからです。おたすけ、何人とか、具体的に数字が挙げられていないにしても、勧誘しましょう、というのはいわれますよね。例えば、苑の中で学びの場をもとめて、知リュウ院(名前を忘れてしまいました)にはいろうとすると、おたすけ何人などというノルマが課せられます。また、内部で学んでみても、上がって行くためには同様にノルマが課せられると聞きます。これって、「空」を知ることにつながるとおもいますか?

普通の主婦さん、ご存知ですか?
仏教でいう因縁とはなにか、そして真如苑を信じることの最終的な目標がなにか。そういったことを、一度、正流の仏教と比べてみてください。

悟りを開くこと、仏陀になる道をさぐること、それはたやすいことではないと思います。修行途上のものが他者を勧誘し、その「すじおや」になるというシステムが、本当に悟りを開くためのものなのか、それとも集金システムのためのものなのか、考えてみる心のゆとりは持つほうがいいと思います。もろもろのことは苦難があろうとも自ら考えた上で自身で判断されるべきであって、他人から言われたことを鵜呑みにするだけでは、自身の鍛錬にはなりません。我を捨てる、ということは、そういうことではありません。苑は居心地が良いでしょうが、だからといって正しい教えを解いているところとは限りません。何が正しくて、何が間違っているのか、それは広く物事を見聞きすることなくしては判断することはできません。もし真剣に、伊藤真乗がといた教えを理解しようとされるのであれば、一如の道以外にも目を向け心を開く必要があります。

生意気なことをかいていますが、ただ、普通の主婦さんが苑の教えに従う限り、ゆくゆくは周りの人にも影響を及ぼすことですから、あえてかかせていただきました。私自身、身内(信者)に対しても同じことを話しています。

きちんと考える、くさいことにも目を向けてことの真偽を確かめる、目をつぶって心の平穏を求めるのではなく、きちんと物事を見聞きした上でも心の平穏をたもてるようにしていく、それが釈尊の教えに沿うことだと私は思います。
[510]一般人 05/05/18 13:17 3od0VrwzLv
必殺「布団蒸し」w
[511]アマゴ 05/05/18 14:40 *ZLkUhozOAMq*FHViHPv1cm
講釈師さん お返事ありがとうございます。
>それと、私は苑徒ではありませんので、接心や集会に行った事がありません。
大変失礼をいたしました。苑徒だと思っていたのではなく、その本と今の苑との内容の差がどのぐらい隔たっているのかを知りたかったのです。図書館で探して全ページをコンビニででもコピーしようと思います。私も苑には行ったことが有りませんし、全く行く気も有りません。ましてや苑にお金をびた一文使うつもりもありません。

普通の主婦さん
あなたの自己向上意欲は素晴らしいと思いますよ!日々修行をされて清らかな心を磨いておられる姿は大変良いものです。
ただ、修行の場として苑を選んだ事が残念でなりません。例えば、あなたは他の新興宗教(統一協会・エホバ・創価学会等々)の信者をどんな目で見ていますか?同じ目でご自身をご覧になっては如何でしょうか?あなたが「教主さま」「両童子さま」と拝んでる姿をですよ。
[512]普通の主婦 05/05/18 17:19 yhcgYq8dlW
このような場は初めてなので、緊張しますが、よろしくお願いします。
講釈師さん、人生が修行の場だと私は思います。「人事を尽くして天命をまつ」という言葉がありますが、毎日、人事を尽くして生きていきたいです。なかなか毎日反省ばかりですが。
 現代の名僧が語る「生きるよろこび」高瀬広居著で紹介された僧の方々も、ゆるぎない自己を求めて死ぬまで修行だと語っていました。
今日より明日と、毎日一歩ずつでも努力することが大切だと思っています。その努力を支えるのが宗教だというのが私の考えです。

一般人さん、過去のものは全部ではありませんが読みました。
なんだかせつなくなりました。宗教は誰かを不幸にしたり、因縁をもちだしておどしたりしてはいけないと思います。真如苑でもそれはいけないこととされているはずです。でも、いろんな人がいるから・・・。
 因縁の因とは先祖から代々受け継いできた「性癖」「考え癖」ということで、それがさまざまな縁と結びついて、「果」という現象を生むと、私は思うのですがどうでしょう?自分が考え癖を変えることで
周囲に及ぼす果が変わる(運命が変わる)と私は思って努力しています。
 一般人さんや講釈師さんは仏教に詳しいですね。仏教の考え方に共感されているのですか?何か仏教的な修行をされたことはありますか?伊藤氏が醍醐寺で厳しい修行をされたことについてはどのように思っていらっしゃいますか?

 あ、別に挑発的に聞いているわけではなく、素朴な疑問ですが。なんか、何を書いても怒られそうで・・・。

 お金のことですが、私はお布施はずっと500円でした。それなのに1500円のランチとかよく行っていました。でも、今は布施はむさぼりの心をとるための波羅蜜行だと気づいたので、1000円しています。ランチはめったにいかず、その時間は子供のおやつなどを作っています。どっちもわずかなお金ですが、わたし的にはただなんとなく500円払っていたころより、今のほうが布施行になっていると思います。本当はもう少し増やさないと行にはならないと思っていますが。
護摩は前は「家内安全」とか書いていましたが、今は今日一日一生懸命生きれば、あとはおまかせだと思えるのでしていません。お施餓鬼は亡くなった身内の供養のためにお彼岸の時、1500円ほどしています。霊の存在を信じているので。
 そんなこと聞いてないよと言われそうですが、お金をとることが目的のように書かれていたので、あくまでも個人の行として行うもので強制されるものではないと思ったので。
[513]講釈師 05/05/18 19:32 g9VruxMdLp
普通の主婦様
丁寧なご返事ありがとうございます。

アマゴ様
>それと、私は苑徒ではありませんので、接心や集会に行った事がありません。
と言う事は、私は現在と比較しようにも比較できないのです。
私の頭の中にあるのはある種、虚構であり、バーチャルなのです。
真実を見つけ出そうとすると苑徒になるより他はありません。
経親に確認をしたところでそれが真実かどうかは解りません。
電話口では、「 智流院に入る、卒業には勧誘者数は関係ありません。」と言われました。
[514]偽の気配 05/05/18 23:26 AolL.PA8bu
講釈師様
私は妻から信者になるように頼まれたときに、智流院に入るためにはお救けした人数が足らないからお願い・・といわれました。その後、苑を語るこのスレ(もしかしたら前の版だったかもしれませんが)でも、院に入るときのこと、入った後何を学んでいるのか、そのときのノルマのようなもの、について、語られたことがあったと記憶しています。表立ってはノルマとしていないのでしょうが、暗黙の了解のような形できめられているのではないでしょうか。ちょうど、接心をうけるにはなんどか帰苑してからではいけない、というように

[515]アマゴ 05/05/19 01:45 *ZLkUhozOAMq*2tIOp/jo1q
伊藤教はやはり集金システムなんですね。

512の普通の主婦さん曰く、「あくまでも個人の行として行うもので強制されるものではない。」と断ってはいるものの、「わたし的にはただなんとなく500円払っていたころより、今の(1000円支払っている)ほうが布施行になっていると思います。本当はもう少し増やさないと行にはならないと思っていますが。」という風に暗にというか雰囲気的にお金を沢山したほうが行になって良い。とうまく教え込まれているのです。

根本的に行はお金なんです。そりゃ伊藤的には沢山お金を集めた方が歓喜ですよ。

講釈師さん
色々お返事有り難うございます。
[516]普通の主婦 05/05/19 11:31 ghkvWO3GvP
アマゴさん、偽の気配さん、お返事を見ずに昨日の分を書いてしまって、ちぐはぐになりすみません。ちょっとパソコンは苦手で。

お返事ありがとうございました。ご忠告どおり視野を広くして常に真実を求めていくよう努力します。

私はお釈迦様やイエス様は、私たちの生きる宇宙の法則に気づいた方だと思うのです。だから、教えの原点を知りたいとは常に思っています。なので、一如の道も読みますが、他の仏教の本もそれ以外の本も読みます。
柳澤桂子という生科学者が書いた本には、「私たちの体は原子の集合体で、原子で満ちている宇宙から見ると、ちょっと密度が濃いところが物体や私たち生命体である。宇宙的にみると「我」などないので、「我」に執着するより、宇宙に溶け込んでいる存在であるという「空」の感覚をもつことが心の安らぎにつながると。」いうようなことが書いてありました。つまり、「我」への執着を断てば、「空」の感覚を実感できるということをお釈迦様は悟ったのです。

お釈迦様はその「我」への執着を取るために、波羅蜜の行を残されたのだと、現時点では理解しています。その中の布施は自分のむさぼりの心をとっていくための行だと思うと書きました。
いろいろ形をかえて原点が見えづらくなっている仏教ですが、布施行というのは原点からあるそうです。本当は仏道者は托鉢だけで生きていくような暮らしをすることが望ましいそうですが。なかなか凡人にはできません。でも、自分の生活を見返って、節約したお金を他人のために使うという心がけをもつことが、「我」への執着を断つ行だと思うのです。キリスト教にも献金がありますよね。真如苑への布施は社会的な奉仕事業や他の修行者のためにという気持ちでしています。

「空」の実感は真如苑でいう「常楽我浄」の境涯で、これは波羅蜜行を実際にやってみることで会得するものだなぁと、最近思います。
考えているだけの時にはわからなかったから。

アマゴさんは仏教で自分を磨こうと思っている方ですか?もしそうなら布施というのは大切な行です。真如苑でなくてもいいですから、寄付などの形で、どこかに継続的に自分のお金をお布施する事をお薦めします。お金を出す時に考えるさまざまな事が、きっと自分を磨くと思います。
それと、開祖を拝むのは、浄土真宗が親鸞を、日蓮宗が日蓮を拝む気持ちと似てます。
 航空技師という花形の職を捨て、真言密教のお寺で厳しい修行を積んで、生涯仏像を刻みながら宗教家として生きた開祖を、人として尊敬しているからです。地道な行です。地位や名誉やお金が目標では乗り越えられないと思います。厳冬の水行ひとつやったことのない私には、開祖を批判できません。二人の愛息を亡くしてもなお求め続けた道とはなんだったのか、純粋に知りたいと思います。

偽の気配さん、奥様の事を心配していらっしゃるのですね。
奥様は「何のために宗教をやるのか」をまず自分に問いかけるのが大切だと私は思います。夫をそんなに不安にさせては本末転倒です。一番身近な人との和合なしには、どんな修行もむなしいです。私もそこは心していきたいと思います。


[517]講釈師 05/05/19 12:05 .9O5LS5c45
普通の主婦様 よろしくお願いします、

現役の苑徒の方にお聞きしたいのですが、
「 抜苦代受 」とはどういう意味、概念かを教えていただけないでしょうか。
どうやら私は漢字が似ている「 代受苦 」と勘違いしていたようです。
こういう考えは仏教−釈尊からの概念なのでしょうか。
それとも伊藤文明氏の都合よく作り上げた「 妄想 」なのでしょうか。
苑の3つの宝だそうです。
[518]普通の主婦 05/05/19 16:34 ghkvWO3GvP
講釈師さま、私より下品さんの方が詳しいとは思いますが。
 抜苦代受は両童子さまが亡くなったあと示された力だと思います。
長男が亡くなったあと真如霊界を開き、次男が亡くなった後、信者の中で病気が治ったり、事業が回復したりするいろいろと不思議な現象が現れ、霊能者も数多く現れたそうです。霊言のなかで、両童子さまが霊界から、道を正しく歩もうとする信者の因縁的な苦しみを変わりに受けてくださるということが示されたようです。
 抜苦代受の働きで大難が小難になると、苑では言われています。
霊の存在を信じない人には妄想に思えるかもしれませんが、霊能力を持っている方は、どうでしょう。伊藤開祖の奥様である苑主は霊能者でしたから、本当に次男の友一さんを感応したのかもしれませんね。
 霊の存在は信じているけど、霊能力のない私は、そんなこともあるのかも・・・。という受け取り方です。でも一度だけ、本当に感謝した経験はあります。
 
[519]偽の気配 05/05/19 16:43 ut1wFlJyGK
伊藤の子供たちは、現世への執着が強いからなのか何なのか知りませんが、成仏しきれずにいるということですね。霊としてでもとどまり続けるというのは、かわいそうな子供たちです。まして、それを自らの教団の格付けに使うのが親であった伊藤真乗・友司であり、いまでは妹までもがそうなのです・・・

普通の主婦さん、不思議を説明するのに霊を使うというやり方は、すでに仏教ではありません。どうぞ、今一度冷静に苑の教えをみなおしてみてはいかがでしょうか。早ければ傷も浅くてすみますから。
[520]講釈師 05/05/19 18:48 .9O5LS5c45
普通の主婦様 お教え頂きありがとうございます。

普通の人からは、やはり仏教ではなく、幻想に感謝をして、
お金を貢いでいるとしか思えないのです。

一歩下がって、ご自身を眺めてみてください。
どうぞ1500円のランチを食べて下さい。
貴重な時間と、お金をご自身の為にお使いください。

貴方様の親のペンダントの色の違いを理解してください。
ハマル程、新興宗教はお金が掛ります。
[521]下品。 05/05/19 18:49 8t49P807UX
>>518 普通の主婦さん、初めまして。
名指しされたようですので少しだけ。

>>517 講釈師さんは、現真如教徒の口から「真如苑」を聞きたいのです。
そして たくさんの方が、現在真っ最中の方と お話がしたいと思っているはずですから、どうか お時間の許す限り「真如苑」を語り合いましょう。
と言いますのは、ピンポンダッシュ的な教徒の方ばかりでしたから。
[522]一般人 05/05/19 23:24 hgQcrzO3Cy

ま516主婦さんの意見は普通の苑人の意見ですよ。
問題は、彼女がこれから このスレを読んだりカルトについて学ぶかどうか。
知ろうとするならばその、伊藤教主が仕掛けたマインドコントロールから逃れ得るでしょうし、
結局は本人次第。

500下品。さん >上から 真如苑、幸福の科学、生長の家、エホバの証人。
そうですか。
結局その構造はみな同じですがね。 美味しすぎる宗教ビジネスは、何時廃れるのでしょうか。

[523]一般人 05/05/19 23:25 hgQcrzO3Cy
>>364「それは自我が強くて、自己中心的な考えで良くない。生かされてている事を感謝しなくてはいけない」
>>371まさに「修行が足りない」と言わんばかりの口調で返された

これはカルトに特徴的な「縦構造」が生み出す「虐待」です。 エホバが顕著ですが
これも人の「支配欲」を満たす、カルトの定番要素です。
結局、そのように知らず知らずの内に、身近な者が、変わっていってしまうのはやりきれないですね。
私も同様のことを経験してますし、
事件性は無いにしろ、後になって調べるまで、それが「カルト特有の資質」だとも分からなかったし。

接心ではたしかに尊いようなことを言われますね。
でも たとえばその人が
安易に新興宗教に騙されてしまう、自己客観視ができない、ような人であれば
その点は言わずもがな至らない点でしょうが、「指摘されません」よ。
だって本人がそれを悟っちゃったら、無我の境地を知り、MCから目覚めちゃうかも分かりませんから。。

>>379仏教でなくても、素敵だ、と思うものを覚えているだけです。
素敵なことは良いことです。
カルトは素敵だからこそ、こんなに儲かるのです。是非過去スレから読んでみて下さい。

[524]アマゴ 05/05/20 01:12 *ZLkUhozOAMq*2tIOp/jo1q
皆さんすみません。少し遡って>>516 普通の主婦さん にお答えします。

普通の主婦さん
はて?浄土真宗は親鸞を、日蓮宗は日蓮を拝んでるのでしょうか?
私は、個人を神格化して拝むのは宗教ではないと考えています。
日蓮や親鸞が教えを説いたのであれば宗教ではないのでしょうか?

仏陀は教えを説いた。その教えを聞いた弟子が〇〇経とかを書き残したのです。
経典の冒頭部分は仏説阿弥陀経とかで始まるのをご存じですか?この仏説というのが仏陀が
かくのごとき言ったの意味でそれがこの阿弥陀経である。という前置きで経典(教え)が始まるのです。
仏陀は経典を書き残してはいません。全て弟子達がこのように教えを書き残したものです。

新興宗教ではその教えを解釈した人が神格化されて拝まれているのです。
日蓮個人を神格化して拝んでる所も新興宗教にあります。それも宗教ではありません。
個人を神格化すると、例えは悪いですが、将軍様マンセー!と拝む姿になりませんか?
先日逮捕された聖神中央教会の牧師もまた然りです。

普通の主婦さんは苑の中での情報を鵜呑みにしてはいないでしょうか?
お布施というのは大切な行だとおっしゃいますが、行とはそういう意味ではありません。
修行の行とは険しい山に一人登って何かを悟り、叶わなければ何度も何度も登り、または滝に打たれたり
するものです。そういった事ができなければ、一人瞑想したりすることです。
お金を払って行ができるという考えは捨てて下さい。

私にお布施や寄付を薦められても面食らうばかりです。どこかに寄付やお布施をするというのは行ではなくて、
お金があればその人たちに食料や医薬等物資が届き病気から救われる。という一時しのぎで、寄付をした本人には
自己満足でしかありません。
本当に手を差し伸べるのならば、一時しのぎではなく自活できるように教えてあげる。例えば野菜の種を渡して
育て方と種の取り方を教えるということが大事なんです。

文明の修行についても苑内では美化されているようですね。
大本営発表の情報は注意が必要です。病気が治った話も注意です。たまたまそういう人たちが居て、それを大きく
取りあげて宣伝をし、助からなかった人は信心が浅かったとかで切り捨てて発表しない情報操作が行われ易いのです。
苑内部では北朝鮮の国内での報道と同じなんです。

>>450 に私のウェブページのURLがあります。是非ご意見をいただきたいです。私についてもお分かり頂けると思います。

余談です。つい直前までに皆様が使われた言葉ですが、似て非なるものですね。ダジャレ上手なんですね。
「抜苦代受」≠「代受苦」、「帰苑」≠「帰依」、「導師」≠「童子さま」。
うまく言葉を生み出してMCしています。
[525]普通の主婦 05/05/20 15:56 yhcgY0Y6t9
下品さん、ご挨拶もせずにお名前を借りてごめんなさい。お返事もありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。

 昨日、ザ真如苑2の以前のものを全部読んで見ました。5時間くらいかかったので、夜は頭ががんがん痛かったです。日ごろあまりパソコン画面を見ないので。でも。みなさんのいろんな思いがリアルに伝わってきたし、とても勉強になりました。
 みなさんの意見を読んで、私の中でもだいぶ考えが整理されてきたように思います。

 霊能は仏教にはありませんよね。確かに。真如苑の霊能は、開祖が自信の宗教生活から得た「真如教学」を理解する助けとして存在するものだそうです。「一切の衆生を救いたい」という仏の心と同じ境涯に、自分の心を高めていくために、霊界(真如霊界)から示される道しるべということでしょうか。仏性を磨くために霊能の助けを借りることかな?
大はつ涅槃経には「善男子、われ久しくこの大涅槃に住して種々神通変化を示現す」という箇所があるようですが。
 真如苑の霊能はお伺い的な占いではなく、人の心を仏性へ導くための苑独特のものということです。
 心理的にいうと「不可思議な力」、仏教的に言うなら「如来性」、科学的にいうなら「宇宙を支配する大エネルギー体」から力が流れていて、真如苑では、両童子が私たちに近い所にいて、その力を受け取って伝えているということでしょうか。
 真如苑の霊能者は接心の場でしか霊能を感じないそうです。相手と対峙したときに視覚的に浮かぶイメージを言葉で表現するようですから、霊能者の能力によって微妙に解釈の仕方が変わるということはあるのではないかと思います。霊能者も常に自分を磨かないと相手を迷わせると、苑でも忠告しています。あと、接心を受ける人の心の状態でも見えたり見えなかったりするようです。
 ちなみに私は先祖へのお施餓鬼や護摩を言われたことはないんです。

 霊ってなんでしょうか?これが信じられないと、先祖の魂も両童子の働きも開祖の常住も信じられないですよね。
 人は死ぬと無になるんでしょうか?私なりの漠然としたイメージはあるのですがそれはまたの機会にします。

アマゴさん、ウェブページ拝見しました。事情もしらずに書いてしまい申し訳ありません。アマゴさんが家族を大切に思っている気持ちが伝わるといいですね。奥様は真如苑に入信してからとその前とではどう変わったのですか?
 真如苑では家族の和合が修行の第一歩だと教えています。奥様の病気は現在どのようですか?わたしも軽い神経症になったことがありますし、今も時々不安なときがあります。そんなとき真如苑で心を立て替えることができました。家族も大切ですが、自分が自分をコントロールできないときは、別の心の支えも必要でした。真如苑をやめるかやめないかと迫るのではなく、お金や法要に出る日などに条件をつけて見守るほうが、奥様の心は落ち着くと思うのですが。

なぜ開祖を拝むのか
 私は神として拝んでいるわけではないんです。尊敬する気持ちを込めて頭を下げています。そうではない方もいるかもしれませんが。
醍醐寺での修行は厳しいものだったようです。たぶん比叡山とは資格の取り方がちがうのだと思います。でも、開祖の書いた本に当時の醍醐寺座主の寄稿がのっていますが、開祖の修行の様子は「修行者の態度は常にかくあるべき。よく範とせよ」と大僧正が他に伝えるほどのものだったそうです。これはほんの一例ですが、私は開祖が歩んできた道を、「すごいなぁ」と思います。私にはできないから。アマゴさんにはできますか?
 布施について
布施は仏教の行です。滝行はどうでしょうか?わかりませんが開祖は20数年間高尾山の滝行を続けたそうです。
 寄付について
自己満足だからしないというのはどうでしょうか?私も昔はそんなこと言っていましたが。でもそれは違うと気づきました。種を渡して作り方を教えられる人はわずかです。それぞれができる事を少しずつでも長期間続けるのが寄付による援助だと思うのですが。
あ、でも別にアマゴさんに強制しているわけではなく、布施行の実感が、そうすることでわかってもらえるかなと思ったから、書きました。
 現苑主の茶髪について
私もはじめはそう思いましたが、苑主は世間的な幸せは全て捨てて、苑のために生きています。茶髪くらいいいじゃないかと、今では思います。苑で得たお金で豪遊しているわけではないのですから。

カルトについて
 世界仏教会議などに出るくらいですからカルトではないと思いますよ。ヨーロッパなどカルトの規制に厳しい国にも支部があります。
ただ、真如苑に接した人に、そんなふうに思わせる体制には問題があると思います。せっかくのいい部分が伝わらないから。

 
[526]地蔵。 05/05/20 17:37 t9FLbAQ2zo
普通の主婦さん、初めまして。ちょっとの間にいい感じで濃厚なやり取りをかわしておられるようで、スレもドキドキしながら読まずにすみました。

>「抜苦代受」≠「代受苦」・・おお、何と言うこと。私のHNの本誓をヘンな事に使いまわさないでもらいたいものですね。プンプンw

>>525 霊とは何でしょうか・・についてですが、とりあえず判断を保留する事をおすすめします。霊がいる、霊体験をした、霊能力が・・云々を追及しだすと、それに付随したオカルト情報がわんさと寄ってきて、ご自身の目と耳、及び判断力を著しく低下させられること120%間違いないからです。これが小中学生の怪談・ホラーミステリー好きレベルならまだいいのですが、大人となると金銭がらみの上、本人の価値観まで侵食しますので、「(とりあえず、霊なんか)いない」としてみてください。そうすると・・・たちまち大人の目が戻ってきます。「我を捨てる」など、必要に応じて造作もなく出来るはずです。大人ですから。
さらに苑を、霊はいないと仮定した目で見てください。ありがたい500円の供養料が、ワンコイン巨大構造物建造代徴収&マサコ嬢のクルマ・タバコ代と化して吸い上げられている経済構造が、貴方にも必ず見えてくるはずです。いや、主婦の鋭い金銭感覚が見させてしまうに違いありません。

繰り返しになりますが、霊に関することはあくまで個人的体験としてとどめておく事をすすめます。思い出や不思議な体験、結構じゃないですか。ですが、世の霊能者の精神的貧者ぶりを見てください。オカルトはシャーマニズム(霊憑依)に通じ、無謀なる無意識へのダイブです。その果てには正気(俗世と彼等は言う。)を失った狂気と金への執着(まともな職には就けませんし、就きませんのでw)があるばかりです。皮肉ですね。
[527]偽の気配 05/05/20 18:03 ut1wFlJyGK
布施を行うこと自体は悪いとは言いません。確かにそれは仏教の行でもありますから。

しかし、ちょっと考えて下さい。
苑の場合は、悪い先祖や過去の因縁をたつための修行として歓喜というなの布施(財施)をもとめているのです。
よく考えてくださいね。
たとえそこで、苑が「額の多少はといません」といったにしても、既に布施行からは外れた形になっていませんか?

温かい心をもっているのなら、金ぴか精舎の建設や土地買収、継主の髪染め代やらに使われるのをわかっていながら苑にお金をいれるより、活きたお金の使い方はいっぱいあります。

それになにより、布施行といいつつ、その中の財施をクローズアップしている苑のありようを、しっかりみつめなおしていくこと、事象をみきわめていくことこそが、自らの修行にもなりませんか?

伊藤家の人々と釈尊との違い、あまりにかけ離れすぎて比較するのが馬鹿馬鹿しいですが、見直してみましょうよ。そうすれば、伊藤がいかに似非であるか、俗世に縛られているのかが、よくよくわかります。
[528]アマゴ 05/05/21 03:00 *ZLkUhozOAMq*2tIOp/jo1q
地蔵さん
「抜苦代受」≠「代受苦」の件、大変お気の毒です。地蔵さんは、とばっちりを受けた被害者ですね。
厭な思いをさせまして大変申し訳ございません。

普通の主婦さん
あなたの文章の書き方で大変几帳面で真面目で賢く優しく純粋な方だと感じております。
ウェブページにおいで下さったとの事有り難うございます。今日少し進展が有りまして追記いたしました。

>真如苑をやめるかやめないかと迫るのではなく、お金や法要に出る日などに条件をつけて見守るほうが、奥様の心は落ち着くと思うのですが
そうですねそれも一つの方法ですね。ただ、行けば心は落ち着くかもしれませんが深みに入っていくのが心配です。
長く行けば行くほど抜けられないように思います。もし条件付きで行かすならば客観視を義務づけたいです。
私が妻を支えていなかったからこういうことになりました。仕事ばかりしていて家を妻に任せっきりにしていたのも反省しています。
私は将来的には絶対に苑から抜けて欲しいと思っています。それは、他人である普通の主婦さんあなたに対してもそう思っています。

>真如苑では家族の和合が修行の第一歩だと教えています。
その通りです。私は苑には絶対入りませんから、妻がその教えを実践するには苑外に出るしか有りません。
私はその矛盾を抱えた妻を支えていきます。その点、統一協会ならば反対する人はサタンですから家庭崩壊となります。

普通の主婦さんは賢い方だから客観視ができるでしょう。
客観視はまず疑問を持つことから始まります。先ず苑内での情報に疑問を持って下さい。何かのセールスが来た時に少し下がって考えるように。
それから、それに対して検証してみて下さい。裁判官になるのです。裁判官は片方の話を鵜呑みにしてはいけません。
開祖の書いた本に書いていることが本当かどうかお考えください。読んですぐに「すごいなぁ」とは思わないようにしましょう。
学校の教科書を読む時はそれで良かったのです。皆そういう教育を受けてきています。多分あなたは優等生だったと思います。
決して疑り深い猜疑心の強い人になるのではないですよ。見極めが大事なんです。

・確かにあなたのおっしゃる通りお布施は仏教の行です。私の言いたいことはお布施はお金だけではないという事です。
「布施行」について苑外で調べてみて下さい。

・人は何故茶髪にするのでしょうか?自分を可愛く見せる為、若く見せる為、異性を誘う為、美しく見せる為、格好良く見せる為・・・?
茶髪にする心理を考えてみて下さい。その心理は大僧正がすることでしょうか?

・「宇宙を支配する大エネルギー体」から来る力って何でしょうか?何故死んだ人(童子)がそれを受け取り伝えることができるのでしょうか?
宇宙から来るものを霊が受け取るという理屈は正当かどうか考えてみて下さい。
[529]地蔵。 05/05/21 11:13 F5eJSSFAXp
>>528 アマゴさん、ありがとうございます。あれはおわかりかとおもいますが苑に対してです。厭な思いというか、ちょっと待てやオイ、という感じでw

普通の主婦さん、貴方はある意味、皆の希望の光なんです。
ですからみなさん、一生懸命メッセージを伝えようとしています。
どうか集中砲火とお感じになられませんように、伏してお願いします。
貴方に何かが伝わりますように・・。
[530]偽の気配 05/05/21 17:30 AolL.PA8bu
布施とは・・
http://nun.nu/www.bukkyoclub.com/index.html

[531]講釈師 05/05/22 12:56 t9FLbJoytO
P148を抜粋します。

− − 初心者の内は「抜苦代受が頂ける。金銭的にもプラスになる。」

− − と言って期待を抱かせておいて、ある程度洗脳が進んで、

− − 「 この教えは身を犠牲にしてでも従うに値する尊い教えだ。」

− − という信念を抱かせることに成功したら、その段階で徐々に本当のコストを

− − 教えてゆこうとする方針らしい。 − − −

これが事実ならば、初心のうちは投資の段階で、歓喜の誓約から資金の回収が始まるようです。
途中で脱会した人、熱心でない人は、「 安上がりな新興宗教 」になるのですが、
どっぷり浸ればそれこそ「 貧乏人は創価へ、金持ちだけが真如苑に 」となります。
[532]一般人 05/05/22 15:13 xWl5Bw23So

>「抜苦代受」≠「代受苦」・・おお、何と言うこと。
>私のHNの本誓をヘンな事に使いまわさないでもらいたいものですね。プンプンw
>「抜苦代受」≠「代受苦」の件、大変お気の毒です。地蔵さんは、とばっちりを受けた被害者ですね。

意味不明w

そして「金髪だからどうだ」という話もありますが、
だからといって宇宙を救えないかといえばそんなことないしねえw

[533]一般人 05/05/22 15:15 xWl5Bw23So
ご利益という餌で釣って入信させ、その後に菩提心に目覚めさせる、
という構造を、教主自身がP148で宣言しています。 歪んでいます。

>>77フィーリングで正しいと感じたから
美味しい宗教商品を目の当たりにしたカルトメンバーの「おなじみの台詞」ですね。
罠に美味しい餌はつきものです。 まんまと掛らないようにお気をつけ下さい。

狭い視野での判断は時には、自分を窮地に落としうる事があります。
カルトや詐欺にその人生を絡め摂られたり、そんな窮地をも、自らの滋養として行きたいものですね。

>真如苑や自分への非難、中傷等も 有り難い修行であり、自分を磨くチャンスと捉える。
自分を磨くチャンスと、捉えないでしょ。
世間の人々を「未だ解らない哀れな衆生」として偉そうに下に見ている限り、向上は無理。

>前747辞めたらきっといろんなことが起こってくるって やっぱり脅されました
>185不幸になる」と再三言ってました。
恐い宗教ですね。

>185仏陀がこれ聞いたら泣くだろうな・・「やっぱ説かなきゃよかった」って。
多分真如苑をシカトすると思いますよ。ぜんぜん仏教でもなんでもないし。

[534]一般人 05/05/22 15:17 xWl5Bw23So

>>512普通の主婦さん、レスが遅れてすいません。
いや、ですから「普通の主婦」じゃないんですけど・・w
2回も言わせないで下さい。そして過去スレも、ちゃんと読んでから、発言してもらいたいものです。

>宗教は誰かを不幸にしたり、因縁をもちだしておどしたりしてはいけないと思います。
そうですね。苑の構造としては、
解凍→変革→再凍結というカルトの常套手段により 感化懺悔→実践→盲信猛信
へと導くことで ガポガポ儲かる仕組みに成っています。
搾取するため醜悪な罠を仕掛けたのは「教主伊藤」であり、一如の道にはその手口が多く隠されています。

>伊藤氏が醍醐寺で厳しい修行をされたことについてはどのように思っていらっしゃいますか?
そうなのですか。
でも仏教徒であるならば、「そんな概念から解き放たれることが大事」だと知っているはずですから、
「どうでもいいこと」だと知っているはずですから、
「伊藤氏が醍醐寺で厳しい修行をしようがしまいが」どのようにも思うことはないはずでしょう。

[535]一般人 05/05/22 15:18 xWl5Bw23So
>因縁の因とは先祖から代々受け継いできた「性癖」「考え癖」ということで、
>それがさまざまな縁と結びついて、「果」という現象を生むと、私は思うのですが
なかなかちゃんと学んでますね。それが真如密の要諦で間違い在りません。
真如教徒としては合格ですが、仏教徒としては失格です。
なぜならば真如苑は、仏教風似非仏教組織、つまり「似非仏教」だからです。
尊い釈迦の教えを「我欲を満たすため曲げて汚した」のは伊藤です。

>>444の繰り返しになりますが言うなれば、
真如教徒の頭脳は「真如色」に染められており、釈迦の言うのは「無色透明であれ」ということですから
ぜんぜん違うのです。
あとは真如苑を暴くキーワードとしては「無記」「如来蔵思想は非仏教」「密教の成立過程」「格義仏教」
あたりでしょうか。
そして統一教会も知ってください。クリソツですから。

「無一物」という言葉があります。
「仏に会えば仏を殺せ、祖に会えば祖を殺せ。仏にも何物にも囚われず縛られず、ただあるがままに己を生きること」
これは「空」にも繋がる概念です。

[536]一般人 05/05/22 15:19 xWl5Bw23So
>ご存知ですか?仏教でいう因縁とはなにか、
教書P334にはっきりと「因縁の恐ろしさ」とあります。
因縁とは「原因」であり、それ以上でも以下でもありません。
釈迦は「原因を知り得れば解決できるよ」と、あたりまえのことを言っただけなのですが、
仏教系新興カルトは「我が教団に貢献しないと解決できないよ」と言い、支払わせるのです。
おもしろいですね。

>他人から言われたことを鵜呑みにするだけでは、自身の鍛錬にはなりません。
※11 348
自分にとって何をするのが最善のことか、
自分よりも自分以外の人のほうがよく知っていると信じるようになると、その人は本当に危険である。

[537]一般人 05/05/22 15:21 xWl5Bw23So

>お釈迦様やイエス様は、私たちの生きる宇宙の法則に気づいた方だと思うのです。
2人を知らずに想像で同列に並べないで下さい。ぜんぜん違います。

>偽の気配さん、奥様の事を心配していらっしゃるのですね。
嫁がカルトに嵌ったら普通は心配ですよ。

>霊ってなんでしょうか?
非仏教徒の発言です。 その問いは、悟りとは何の関係も無いので仏道には存在しないわけです。

>「すごいなぁ」と思います。
統一教会員も文鮮明氏を「すごいなぁ」と思っています。

>苑で得たお金で豪遊しているわけではないのですから。
文鮮明氏も豪遊しているわけではないです。

[538]一般人 05/05/22 15:22 xWl5Bw23So

>世界仏教会議などに出るくらいですからカルトではないと思いますよ。
>ヨーロッパなどカルトの規制に厳しい国にも支部があります。
仏教徒であるならば、「そんな概念から解き放たれることが大事だと知っているはず」ですから、

「ヨーロッパなどカルトの規制に厳しい国にも支部がああろうがなかろうが」
どのようにも思うことはないでしょう。
あなたのその「権威主義」は、非仏教的思考と言えます。 あなたは釈迦弟子ではなく伊藤の弟子なのです。

[539]一般人 05/05/22 17:24 xcJcoOSZYg
「カルトかどうか」ていうのは
醍醐寺で厳しい修行をしたか、規制に厳しい国にも支部があるか、
ローマ法王と握手したかどうか、高橋恵子が信者かどうか、与党かどうか、正しいかどうか、金髪か、

とは関係ないです。「カルト要素が溢れんばかりかどうか」 、それが正しいカルトの見方でありますw
さらにいえば
福永法源さんも「ローマ法王と握手」してますし、「カルトは正しい」のです。
もちろんその「正しさ」は、正しくは『偽善』と呼ばれるべきものなのですが。

もはや真如苑は暴かれました。嘘と矛盾と非仏教性は溢れ過ぎています。
教主の材欲色欲については、いずれアップします。
盲信は自由なので、どうぞ精進?がんばってください。


ではなぜ真如苑がこれほどまでに仏教を汚し、湾曲せしめたのか。
そのわけはそれこそ各自がご自由にご考察ください。
[540]一般人 05/05/22 17:25 xcJcoOSZYg
--------------------------------------------------------------------
比丘らよ、次の四大教法を説くから、よく聞いて憶えておくがよい。
比丘らよ、ある比丘が「私はこのことを世尊から親しく聞き、直接に教わっ
た。だからこれは正しい法であり、正しい律である。これは師(仏)の教え
である」というかもしれない。その場合に比丘らよ、かの比丘のいうことを
そのまま喜んで受け取ってはならない。またただちにこれを排斥してはなら
ない。直ちに賛成も反対もする事無く、その辞句をよく理解し、経と照合し、
律を参照するべきである。経や律に参照して、もしそれが経や律に合致して
いないならば「これは確かにかの世尊の言葉ではなくして、この比丘が間違
って受け取っていたのである」という結論が得られるであろう。その場合に
はその説は捨て去られるべきである。
しかし経や律に参照してみて、もしそれが経や律に正しく合致しているなら
ば、「これは確かにかの世尊の言葉であって、この比丘は正しく受け取って
いたのである」という結論が得られるであろう。これが第一の大経法である。
--------------------------------------------------------------------
[541]アマゴ 05/05/22 22:30 *ZLkUhozOAMq*2tIOp/jo1q
地蔵さん
勘違いなどしておりませんのでご安心下さい。お気遣い下さってありがとうございます。

普通の主婦さん
1つ質問にお答えするのを忘れていました。
>奥様は真如苑に入信してからとその前とではどう変わったのですか?
の件ですが、苑に行くようになってからは明るくなりました。家で教主さま童子さまと言うようにもなりました。
だから、目が醒めて欲しいと願っているのです。あなたにもこの私の気持ちが伝われば嬉しいです。何度も言いますが客観的によく考えて下さい。
私があなたを説得したところで利益が有る訳ではないのですから。

一般人さん
大変申し訳ございません。私も前スレを全て読んでいる訳でもなく、また全て覚えている訳でもなく好き勝手を
書かせていただき恥ずかしく思っております。どうぞご容赦下さいますようお願い申し上げます。
[542]真魚 05/05/22 22:53 D-uSHbF
正論ブチまけるだけか?人相手に、伝える工夫ないのかよ 一般人。
[543]カレラ 05/05/22 23:44 DNaMlsg1TA
真如苑、行ってるけど個人的には辛い
長い間正座、まぁ、座席とかあるけど・・眠いし・・・orz
真如教主の偉さがわからない俺は全然ダメ

産まれた時からずっと連れられてしね・・・
しんどくないですか?まぁそれが修行なんだろうけど

ちなみに行ってるのは、悠音精舎
でかい広い

なんだかんだ言いながら行ってるわけですが、皆さんが行き始めたきっかけが知りたいです
[544]地蔵。 05/05/22 23:58 .9O5Lyu/aA
>>542 うーん。仰りたい事はわかりますが、ここは2ちゃんではありません。なるべく言葉を選んでくださいね。折角、空海和尚の幼名を名乗られるほどの博識でらっしゃるのですし。。

一般人さんのご指摘は、正直私を始め、他の方も同じ様に心の中で突っ込みを入れた内容の総ざらいであるように思います。

かなり厳しい書き方とお感じになるかもしれませんが、背後にあるものを浮き彫りにすると、それまでのごまかしが鮮明になりますから。

これら全てを主婦さんが受け入れられることは、少し無理かもしれません。(実際私も、折りを見てちょいちょいと指摘させて頂こうと思っていました。)が、できればどうか一度読んでオシマイではなく、折りに触れて見返していただきたいのです。

ここに指摘されていることを意識されれば、間違いなく主婦さんは、漠然としたモヤモヤ(ケムに巻かれた状態。それで幸せな人は・・・)が晴れ、「見る目を持ったヒト」と進化されます。

始めは抵抗があるでしょうが、どうか正面から見てみてください。
火のないところに煙は立たないのです。被害なきところに不満や批判は出ません。問題があるからこその指摘ですから。
[545]アマゴ 05/05/23 00:29 *ZLkUhozOAMq*2tIOp/jo1q
確かに2ちゃんねるはひどいですね。あそこでまともな話は出来ませんね。

妻から聞いたことを皆さんに報告です。
「苑で毎月3万円とか布施をしている人も居てるんやろ?」と聞きましたら「そんなどころか、ひと山(土地)布施した人とか、ポーンと1千万円寄付した人とか居るよ。」という返事でした。幸い私の家庭は私が財布を握っていますので助かっています。将来私が死んだ後、寄付されたらたまりませんから絶対抜けさせます。
[546]アマゴ 05/05/23 00:40 *ZLkUhozOAMq*2tIOp/jo1q
カレラさん初めまして!
>>543 真如教主の偉さがわからない俺は全然ダメ
いえいえ、全然ダメではありません!あなたは正しい目を持っています。
世間一般から見れば真如教主の偉さがわからないのが正しいのです。どうぞ自信を持って下さい。あなたの方が教主より偉いのです。
[547]アマゴ 05/05/23 00:40 *ZLkUhozOAMq*2tIOp/jo1q
カレラさん初めまして!
>>543 真如教主の偉さがわからない俺は全然ダメ
いえいえ、全然ダメではありません!あなたは正しい目を持っています。
世間一般から見れば真如教主の偉さがわからないのが正しいのです。どうぞ自信を持って下さい。あなたの方が教主より偉いのです。
[548]アマゴ 05/05/23 00:52 *ZLkUhozOAMq*2tIOp/jo1q
すみませんダブリまして・・。
>>543行き始めたきっかけ
妻が苑に行きだしたのは誰かに誘われてでした。
[549]講釈師 05/05/24 12:58 UzcyLdyewR
P207より

− − 「 人類を救い、地球を救い、はてしない宇宙までをも救う真如の み教え。」

− − などというスローガンを信者に唱えさせ、

− − 「 この教えは、仏教という一宗教の枠を超えた究極の宗教である。」

− − という印象を与えようと努めているようである。

− − 理性の欠落した信者の熱狂はかき立てられるのかも知れないが

− − 歯止めを失ってネズミ講と化してゆく教団の末期症状である。 − − −

「 大宇の創源 真如霊界 」とはこれなのでしょう。
理性を失えば「 振り込め詐欺 」にも引っかかるし、
霊感商法にも騙されます。
一歩下がって、冷静な判断を。
「 今日中に振り込め。」という金銭のやり取りは、世の中には存在しません。
頂く方は、必ず待ちます。
[550]講釈師 05/05/25 11:16 nhy.NsVLZO
P58より

− − だいたい日本人の多くは占いめいたことがけっこう好きである。

− − 宗教を求める場合にも、高邁な教えと座禅や念仏のような行だけでは飽き足りず、

− − 個別問題の霊感術的解決を同時に要求したがる。

− − 真如苑の場合は教団自体が占い的霊感術を堂々と活動の中心にすえる事で、

− − 信者の要求を全面的に満たし、教団一本槍ですべての事が済むように計らってくれている。

私は占いには興味がないので、テレビ局が血液型占いを自粛しているのは当然と思ってます。
でも若い女の子が近くに居ると 「 ××型の人はしかっりしているようで、内心は淋しがりやサンですね。」
とすべての血液型を当てはめています。
[551]普通の主婦 05/05/25 14:35 suAOqsA/UC
ご無沙汰していました。地蔵さん、偽の気配さん、アマゴさん、一般人さん、お返事ありがとうございました。過去のスレ(これは何の略でしょう??)もまたまた5時間くらいかけて読みました。暇な主婦といわれそうですが。紹介された布施のページにも行って見ました。
ここ数日、この場に参加することで自分の中のモヤモヤした部分が、かなり整理されてきたように思います。「自分で考える」という原点に戻れたように思うのです。「自分勝手に」、「自分の都合のいいように」という意味ではありません。真如苑がいい宗教か、悪い宗教かという極端な考え方ではなく、疑問に思ったことを、自分の考えに固執せずに、いろんな角度から見直し、考えてみるということが大切なんだと、目が覚めた思いです。
 真如苑に批判的なみなさんは、私に教えてくれたように、そういうフェアな視点で真如苑を調べた上で、批判しているのかな?という疑問もでてきました。
 @なぜ、天台宗の今東光氏など、仏教的な修行をつんだ人が、伊藤教主と懇意にしていたのか?(お金をもらった、裏がある)
等身大の伊藤教主とはどんな人物だったのか?
 A醍醐寺で大あじゃりになるための修行は、出世欲や金欲が動機で乗り切れるような内容のものなのか?(きっと修行はうそだ)
 Bもし、修行がうそなら醍醐寺に真如密のお堂が建っているのはなぜなのか? これもお金なのか、醍醐派はお金で動くほど堕落しているのか?
 Cなぜ自分をおがませるようにしたのか?伊藤教主がさせたのか?信者が求めたのか?
 D真如苑はいつからお金がかかるところになったのか?伊藤教主がしくんだのか?それはいつからどのように?
 などなど真如苑でおかしい!と感じた疑問をいろんな角度から検証してみたのでしょうか?皆さんを批判しているのではなく、素朴な疑問です。
目が覚めた思いをもう少し具体的に書きます。

宗教は、自分が望む生き方を実現していくための「助け」であること、「宗教のために生きる」のではないということが、自分の中で、はっきりしました。
「困難や不幸の全くない人生などない」ということも思いました。
人は、最期の時まで困難はいろいろ起こるもので、それを乗り越えながら心を磨くことが、一生懸命生きるということなんですね。困難はあってあたりまえという前提にたつと、宗教にまるごとよりかかる気持ちはかなり薄くなります。ただ、困難を「前向きに」乗り越えていくために、人によっては宗教はとても大きな助けとなるとは思います。あくまでも「助け」で、在家の生活を選ぶ以上、実生活が生きていく場所ではないかと。

[552]普通の主婦 05/05/25 14:35 suAOqsA/UC
これからの私の信徒生活
お施餓鬼
 命日、お彼岸、接心で示されたときにだけお施餓鬼をする。
 真如苑では、施餓鬼とは、先祖や諸霊にむける施主の祈りで、遠い過去の自分(先祖からつながる自分)をみつめ、自分を思惟する機会だと教えています。お金をかけることではなく、そんな機会にしたいと思います。
 施餓鬼はお釈迦様の時代からあって、真言密教にはその方法が正しく伝わってきているので正しい施餓鬼になると、真如苑では言われていますが、他の宗派の施餓鬼や施餓鬼そのものについても見識を広げていきたいと思います。
 先祖が一生懸命生き抜いて、子孫に命をつなげてくれたことに感謝することが大切で、私たちが私たちの番を一生懸命生きていくことが先祖の供養になると、今は思います。
お布施
 今の状況でいくらなら自分の行になるのか、真剣に考えてみます。
 ユニセフや足なが基金など、直接寄付したいところもあるので、そちらも布施になるという意識で考えてみます。
 財施以外の和顔施や身布施など人に施す行いの大切さは苑でもよく教えられています。財施をクローズアップするのは、むさぼりの心をとるには(本人が心を込めてやるなら)、財施は効果的な行であるからだとは思います。
ただ、真如苑の問題は、経親が「たくさん布施すると徳が積める」と
プレッシャーをかけることです。実際、歓喜委員(5000円、10000円)というシステムもありますが、苑の考え方は「貧者の一灯、富者の万灯」で、精一杯の気持ちが修行になるという事だと思います。
 でも、施主のほとんどは「徳を積まないと悪い因縁に呑み込まれてしまう」という怖さや、「悪いことがあった時に、その徳で救ってもらう」というご利益心が深層心理にあると思います。
 もし、経親さんからそのようなことを言われたら、反論してみたいとおもいます。
 真如苑で集まったお金は、いろんな方面への寄付や精舎の維持、管理、建設に使われます。(苑主の髪染め代はわずかなお金です)。
 寄付 私個人がいろん方面へ寄付するのは無理なので助かります。
 精舎 真如苑で救われた人も多くいる以上、精舎は必要な場所では    ないかと思います。
おたすけ
 教えとされる大はつ涅槃経をいろんな書物で勉強してみます。
 真如苑のことを語るときは、自分が思う等身大の真如苑を話すようにします。開祖や両童子を拝んでいる新興宗教だということも、最初にきちんと伝えるようにします。
 おたすけは勧誘ではなく、布教であり、個人の行だという認識で行っています。だからノルマにしてはいけないと思います。
生涯で一人しかおたすけできなくても、心をこめた結果なら布教であり、利他行であると思います。
 仏教で身、口、意を清めるという考え方があるそうですが、真如苑ではおたすけは利他行でもありますが、口をきよめる行だともいわれています。
 相手の身になって悩みを聞き、真如苑の話をするとき、考えて考えて言葉をだすからです。他人に伝えるとき自分の欠点(浅い知識、謙虚さがないなど)がよくわかり、自分を見返る行にもなります。
ただ、真如苑でなくては解決できないという意識は、おかげさまでなくなりました。
接心、会座
 禅定だという認識で取り組みます。自分を思惟する深い祈りの場です。伝統的な禅も経験してみようと思います。
 接心での霊言は信じるしかない世界ですし、真如苑の魅力でもあるんですよね。
 占いとは違って、聖人が歩むような正道(心の修行になるような生き方)が、実生活でおくれるよう、わかりやすい言葉で語られます。
 どっちにもとれるあいまいな言葉ではなく、かなりずばっと具体的に言われます。経親からの事前の情報で言葉を用意しておくなんて不可能です。私がいつどこで接心をうけるかわからないですから。
 個人的な接心もありますが、これからは受けない方針でいきたいと思っています。

真如苑的には中途半端な、こんな私が、これからどんな信徒生活を送っていくのか、機会があったらまたみなさんに聞いていただきたいと思います。
 とりあえず、経親さんはかなりショックを受けるでしょう。

「一即一切、一切即一の自分」になれるよう、知識だけでなく、行うことで自分を磨いていきたいと思います。
[553]講釈師 05/05/25 16:04 nhy.NsVLZO
まじめな普通の主婦様 お疲れ様でした。
ご苦労様です。

Aですが、真言宗で大阿闍梨位のかたは大勢いますよ。
「 空海以来の最速で 」という修飾語が一大事であれば、
カールルイスは空海どころか有史以来の最速で100mを走りました。
[554]下品。 05/05/25 19:52 SlZkDRlT4j
横レスすみません。

ところで主婦さん、ぜひお聞きしたいことがありまして。
貴女さまのご主人は、どういったスタンスなのでしょうか?
そして もしお子さんが お有りでしたら「真如苑」と どう関わっていますか?
差し支えない範囲でお聞かせ下さい。
[555]普通の主婦 05/05/26 08:38 GoRGEoUS
下品さま。
主人は黙って見守っているという感じです。土日はなるべく法要に行かず、家族で過ごすようにしています。全てにおいてそうなのですが、普段の生活が大きく変わらない限り、私のやっていることは静観するのが、出会ったころからの主人のスタンスです。

子供は小学生です。大祭が休みの日にかかった時は連れて行っていました。強制はしませんが、苑に連れて行く機会を徐々に増やしていこうと思っていました。でも、このサイトに来てからは、本人の考えを尊重したいと思いました。「真如苑はお母さんがやっている宗教」ということでいいかな、と。教主さまって?お釈迦様って?という質問もありますが、これからは私の考えを押し付けるような言い方はやめようと思います。

講釈師さま
今、読み返すとほんとすごいいきおいで書いていますよね。
こういうところが私の欠点なんですよねぇ・・・。
[556]講釈師 05/05/26 13:42 nhy.NK0vEA
障害霊 P84より

− − 真如苑では、およそいったん信者になった者が真如苑に疑問を持って退会したいと言い出した場合、
− − 必ず、その人を正しい教えから引き離そうとする「 障害霊 」なるものが存在すると想定する。
− − これは「 教義 」と言ってよい。− −

マルチ商法の上位の者はさらにその上位の者より締め付けがあります。
苑では「 あなたの歩みが足りないからだ。」となり「 私の歩みが足りないから 」となります。
その結果、導き親は接心を受けさせられ、施餓、護摩の現金拠出や新たな勧誘になるようです。
どっちみち、組織としては末端信者の退会は想定内で、もっと励めとなるようです。
[557]下品。 05/05/26 21:08 mmqlxLft2L
>>555 主婦さん、ご返信ありがとうございます。

レスを拝見して、小学生のお子さんに対しての貴女の対応が変わったことで この板の存在は「真如苑」ある限り、意味があることを再認識しました。
私も教徒経験がわずかにでもあるので、教徒である貴女の視線に立つことは難しくありません、仰ることがわかります。
ですが、貴女の変化は やはり嬉しいです。

お子さんへの対応の変化が嬉しいというのは、「真如苑」が ことのほか青年教徒に手厚いからです、ご承知でしょうが。 これは末々まで未来永劫に伝え続ける必要が教団にはあるからです。生まれたその時から教えに繋げることで「真如苑」は終わらないのです。

立ち止まると潰えてしまう、教団を存続させ続けなければならない理由が、仏教、宗教とは関係が無いことを貴女は そろそろ気が付いているのではありませんか?

なにはともあれ、話し合いの場をこれからもよろしくお願いします。
[558]講釈師 05/05/27 13:30 pCH77X8Ct3
プルーフ P78

− − 真如苑でも信者の体験発表がしばしば行われる。

− − 「 真如苑の教えを信じて歩んだ結果、これだけ救われた。」といった発表である。、

− − しかし、何度か聞いてみると、だいたい決まった一つのパターンがあることがわかってくる。

− − 「 最初一度、『抜苦代受』で救われたあと、『歩み』を怠ったため懲罰的な苦しみを経験し、

− − 再び『歩ん』で救われ、そのうちまた甘えて『歩み』がゆるんだ結果『 因縁 』が芽生えてきて苦しみ、

− − 今度こそ思い切って経親になる『 立願 』を立てて歩み直したところ、こんなに救われた。」というような、

− − 二転、三転ぐらい「歩み」と「苦しみ」が交互に現れているのが決まったパターンなのである。

− − こういう体験談を聞いて「なるほど、教えを歩むのは厳しいことなのだな。自分も、抜苦代受に

− − 甘えることなく、今日のプルーフの人に負けないようにしっかり歩もう 」と決意を新たにするのが

− − 「 期待される信者像 」なのである。− − −

「 親の因果が子に報い,さあ可哀想なが、この子でござい。」
江戸の見世物 「 ロクロ首 」の口上ですが、興業主としては秀逸なキャッチコピーです。
今の時代、まだこのような土着風習が残っているとは‥‥‥。
DNAには余地がないし、仏教でもないし、大久保清の子,松本智津夫の子、死刑執行の官吏、‥‥‥。
差別を生む温床です。
[559]講釈師 05/05/29 15:22 0O.uqCQLIK
上求菩提 P89

− − 「 自分より上位の人に対して疑問や不満を訴えるのは口業にはなりませんが。

− − 自分と同等の横の人に向かって、『 教えのあの部分はおかしい 』などと疑いを撒き散らすのは、

− − み仏様に逆らう口業を犯すことになりますから、してはなりません。教えについての不満はすべて、

− − 上求菩提しなさい。」というものである。

− − 教団の指導方針に対する疑問や、「 歓喜 」や「お施餓鬼料 」の取られすぎについての疑問は、

− − たいがいの信者は感じているのだが、これを集会の場などで、ヨコの関係にある信者どうしで、

− − 語り合うことは強く戒められている。

− − 信者がやむを得ず導き親に不満を訴えれば「子は親の鏡 」によって、そういう不満をこそ

− − 自分自身の反省の糧にしなければなぬと教えられているから、絶対に不満に同調する事はしない。

− − そういう不満に対する教団の常套の模範解答を必死に捜し出してきて、疑問を打ち消そうとする。

− − 疑問を打ち消す作業こそが、自分自身の心を磨き、教えを身に付ける修行であると信じ込んでいる。

− − そんな下に向かってすまし顔をする導き親でも、内心を正直に吐露させてみれば不満だらけの場合が多い。

− − 導き親が、自身の導き親に向かって上求菩提している現場を盗み見すればわかる。

− − 現場が隠されていて、見えないようにされているだけである。− −

「 上求菩提 」これもまた、本来の仏教用語と違う意味で、真如苑の独自の
意味で使われています。
他では、使わないように注意しましょう、恥をかきます。
[560]講釈師 05/05/30 11:14 Fxi5F0PqfE
− − − 孫氏の兵法より − − −
彼を知り己を知らば百戦あやうからず。
彼を知らず己を知らば、一勝一敗。
彼を知らず、己を知らざれば、戦うごとにかならずあやうし。

孫氏は敵の情報を知る事は大事ですと言っていますが、
自分の性格、欠点も自覚する事が大事とも言っています。
私自身はそんなに短気な性格とは知りませんでした( ウスウスは知ってましたが )。
[561]続真如苑を語ろう 05/05/31 12:52 1wsTRW22Co
独り語りか・・
[562]講釈師 05/05/31 13:20 7ZvZ2RPoqf
一人語り #6 気にせずにどうぞ

P104 抜苦代受の後にくるもの
− − 自分の下位に立つ所属を増やすことが、自分自身の救われにつながると説かれているから、

− − 真如苑の信者は、やみくもに親類縁者その他に勧誘の手を伸ばし、「 この教えに入れば救われますよ 、

− − 素晴らしいですよ。」と甘い言葉をささやき続けるのである。

− − 甘言の内容は「 接心が受けられて何でも答えてくれる。そして抜苦代受がいただける。

− − だからありがたい。素晴らしい。」ということに尽きる。

− − 問題なのはつぎのステップである。

− − 入信してひと月かふた月ぐらいすると、「 抜苦代受は真の救いではない 」という教団の

− − 「 つぎの手口 」を打ち明けられる。

− − 「 人は自分自身の積んだ徳によって救われる。抜苦代受は、そうした徳を積める条件を整備するために、

− − 因縁の芽生えをご霊界によって一時的に預かってもらうものである。

− − 抜苦代受に浴して肉体的にも経済的にも楽になっている間にせっせと徳積みに励んでこそ、

− − 真に因縁が切れて、救われる状態に達するのである。

− − この理をわきまえず、抜苦代受に浴したままでノホホンとしているならば、

− − 抜苦代受の力は潮が引くように去ってしまい、人は再び不幸な状態に戻ってしまう。」のである。

甘言で勧誘しておきながら、後になって「 実はお前も、勧誘しなければ、元の不幸になるぞ 」と
脅され、勧誘に走りまわされざるをえなくなる。
なんだか「 不幸の手紙 」「 チェーンメール 」の宗教版のようで、悪質です。

前スレッドで 孔子,孟子、荘氏,老子、孫子 − − − 変換ミスでした。
ソフトバンクのオーナーではないです。
[563]続真如苑を語ろう 05/05/31 14:20 1wsTRmoQ30
はあ。
[564]ハウルノ弟子 05/05/31 18:05 IIeBH3Fsyy
真如苑に限らず 自分のためにみんな宗教に頼るのです
間違いないです
幸せになりたい 今よりお金持ちになりたい
人より裕福になりたい
自分だけの力では勝ち取れない思ったとき
宗教がなんとかしてくれるって思うのです
そうじゃありませんか?
その証拠に はまる人はみななぜか性格が似ていく
個性がなくなる
周りと同じになっていく 自分が周りと同じに感じると
安心する
でも世間にでてみれば 自分と違う人はもっともっとたくさんいる
もっと生き生き生きてるひと
もっと幸せそうな人
そういう人を見て 自分は自分の力で 自分変えていくほうが
幸せなのに
同じようになっていく苑の中で安心して
世間を見ないようになっていく
不幸そうなひとを みると
偽善的な感情がすぐ働いて
あなたのためにわたしもがんばるから
といい 勧誘する

「お帰りなさい」はとても異様な光景ですよね
自分の家が帰る家なはずなのに....

伊藤家が家族離散になっているのがいい例ではないですか?
なぜわが子を失って幸せなのでしょう
世のため人のためになるなら わが子も犠牲にするのでしょうか?
ここが根本的に違ってると思います
誰がなにを言って私を引き止めても
わが子をうしなったことを不幸と決して言わない 教主夫妻の
開いたこの教えはおかしいです


[565]普通の主婦 05/06/01 11:13 k69aBkxISB
ハウルさん、教主夫妻も子供を失った当時は、もがき苦しんだと思いますよ。
醍醐寺で修行中に起こった出来事だったから、「仏意とは・・・何なのか・・・」と悩み、苦しんだと聞いています(これも嘘なのでしょうか?)子供の死のすぐあとから高尾山での滝行を始めたそうです。いろんな後悔、迷い、これからの道を探す葛藤、その時の気持ち、少しわかるような気がします。
 「人が自分の力で強く生きていくために、変わりやすい自分の心を拠り所とせず、仏の智慧を灯台とすれば、どんな苦も乗り越えていける」と信じたから、宗教活動を続けたのだと思いますよ。

教主夫妻も亡くなり、教団も大きくなりすぎて、コミュニティの中で自分を見失っている人が多いですよね。確かに。私もまさにそんな状態になりかけていましたから。

最近、原始仏教に関する本をいくつか読んでいるんですが、釈迦の最初の教えはとてもシンプルなのに、仏教も経典が増えるとわかりづらくなりますよね。いろんな人の経験や思いがそこに追加されてくるから。そのうち権力や呪術なんかに利用されたりして。原始から貫かれている本筋を、仏教でも真如苑でも見極めたいと思う今日この頃です。

講釈師さん、毎日読んでますよ。ところで教書っていつ頃出来たのでしょうか?
確かに指摘されるような光景はよく目にしますね。教徒は、因縁切りや徳積みは家族のためになるからという気持ちの方がほとんどですよね。因縁を切るより、いつどうなるかわからない人生だから、今日一日を家族や人が喜ぶことに使った方が、結果的に因縁は切れるかもしれませんね。ただ、そう思っていても、「今日も出来なかった」という不完全燃焼の毎日が続くのが、凡夫の愚かで弱い部分です。

話は変わりますが、神や霊魂の存在を否定した仏教が、六道の輪廻を言っているのは、どう解釈したらいいのでしょう??

[566]講釈師 05/06/01 12:47 Fxi5FBAn3W
普通の主婦様 ありがとうございます。
もうそろそろ、ネタも切れてきました。
年表を少し。
昭和十一年二月−−−会社を退職 立照閣のカンバンを掲げる
昭和十一年六月−−−智文死去
昭和十三年十月−−−醍醐派の僧侶の指導により立川に真言宗醍醐派立川不動尊教会にカンバン変更
昭和十四年十月−−−醍醐寺で入門過程の恵印灌頂をもらう
昭和十六年三月−−−醍醐寺より金胎両部伝法灌頂をもらう
昭和二十七年七月−−友一死去

我流の修行中に長男の死去のようです。
[567]偽の気配 05/06/01 13:16 v0wBjR8T1o
普通の主婦さん

伊藤真乗・友司夫妻も、子供を失った当時はかなしんだでしょうね。それは同意します。もし、その時点ですらまったく悲しまなかったとしたら、既に生命そのものへの悟りを開いていたのか、あるいはとんでもない畜生か、のどちらかですからね。
ただ、子供が亡くなった原因をつくったのは、幼子に十分気を配ることをせず、教団事業に奔走していたから、ではないでしょうか。二人も死なせているのです。その後悔が、亡くなった子供を聖人君子であるかのようにあがめたてまつる真如苑という教団母体を生み出す原動力になったのではないかと思います。それは、悲しみを乗り越えるために、ある意味必要なプロセスであったのかもしれませんが、それを自らの栄位栄達に(結果的にせよ)利用するそのやり方というのは、とてもじゃないですが、人格者のなすべき業とは思えません。
もし仮に、伊藤夫妻がわが子の死に思いをはせ、残された子供たちへ愛情をもってせっしていたのであれば、家族がちりじりばらばらになるような事態に陥ったでしょうか?真如苑という宗教を信じることがすなわち家族をばらばらにしていく、という性をせおったものだということを、教祖家族のありようは暗に示していませんか?

仏の知恵・・それではあまりに他力です。釈尊のといた教えを今一度読み返してみる必要が、とりわけ真如苑信者にはあると思います。与えられたもの(苑の教えにせよ、一如の道という怪しげな本にせよ)で満足して、それで自らが救われていく、というのは大きな間違いです。自らの苦をのりこえることだけが、釈尊のといた教えではないと思います。


たしかに、伊藤夫妻が死去したのちに教団が大きくなりすぎたために、組織がゆがみ膨れた部分もあるでしょう。とはいえ、その後を継いだのは伊藤の娘です。親から継いだ教団のゆがみをただす責任があるはずです。そのゆがみがみえないほどの愚鈍な継主であれば、話はべつですが。また、仮に継主が組織をただすことができないほどに肥大化しているのであれば、そのような組織が新たに信者を勧誘すること自体が問題ですよね?

>話は変わりますが、神や霊魂の存在を否定した仏教が、六道の輪廻を言っているのは、どう解釈したらいいのでしょう??

輪廻とはいえ、今ある自分がそのまま輪廻するわけではありません。西欧で言われるところのリーンカーネーションとは、その点で異なっているのだと思います。後者であれば、霊魂の存在がうかがわれますが、前者だと霊魂は必要ありません。また、絶対的な存在としての神も必要ありません。

昼休みがすぎてしまったので、また後ほど・・

[568]偽の気配 05/06/01 13:18 v0wBjR8T1o
ちょっと文章がわかりにくかったですね・・すみません。また落ち着いて書き込みます。
[569]佐助 05/06/01 15:10 *bjfc0dSpQPD*f/FY.7E6PR
皆さんはじめまして。佐助と申します。
真如苑の信者です。祖母が信仰しています。私は、今は訳あってお参りしていません。
匿名であるネットの掲示板で、たまに真如苑の批判を見つけます。真如苑は悪い面ももちろんあるので批判は全くかまわないのですが、批判される方に1つ質問したい事があります。
写真・氏名・住所・年齢・性別などを公表し、投稿者が特定できる状態でも全く同じ発言ができますか。自分の発言は全て真実であると責任を持てますか。以前匿名で真如苑の批判をされる方がいまして調べましたら、他宗批判で有名な宗派の方でした。

信者である私が真如苑に疑問を持つ事が1つあります。それは「おたすけ」です。おたすけは勧誘ですが、これをする事によって救われると言う事には疑問を持っています。真如苑に何年も通い、よく理解してから勧誘するのならわかります。ですが、信仰の浅い私に「おたすけ(勧誘)しなさい。」と言われる事があります。これは無責任でおかしいと反対しています。
一般の方が、「新興宗教=危ない」と考える事は自然です。TVでは事件(悪い面)だけがニュースとして取り上げられるからです。
結局のところ、新興宗教を含めた様々な問題の根本的な原因は、伝統仏教が社会からひきこもっている事あると私は考えています。
[570]佐助 05/06/01 16:01 f/FY.7E6PR
最初に断っておきますが、教えについて議論するつもりはありません。水掛け論になる可能性が高いからです。
匿名性を利用して意味もなく何でも否定したり、新興宗教のイメージだけで発言されたり、嘘を投稿する事はやめていただきたいと思います。利用規約に違反していないとしても法に触れる恐れもあります(名誉毀損など)。
[571]講釈師 05/06/01 16:37 Fxi5FBAn3W
少なくとも、この掲示板は善意で成立っています。
子供のケンカの様に、「 名前をなのれ 」と言って、
名前をなのって、どうするの、何をしたいの。

「 私は死んで,生まれ変わっても『今の配偶者』ともう一度結婚します。」
「それだけ愛しているからですか?。」
「だって、生まれ変る事を信じていないから。」
−−−−−ジョーク、ジョーク。

存在しない霊界に施餓、護摩等で脅されて、金品を搾取すれば、損害賠償、恐喝罪になります。
[572]佐助 05/06/01 17:16 f/FY.7E6PR
>>存在しない霊界に施餓、護摩等で脅されて、金品を搾取すれば、
>>損害賠償、恐喝罪になります。
真如苑の事と言いたいわけですよね。あなたや家族が脅されたのですか。よかったら教えてもらえませんか。いつの話でしょうか。
[573]佐助 05/06/01 17:58 f/FY.7E6PR
>>569,570,572
無視してください。水掛け論になってしまうと思います(脅しがあった・なかったなど)。そもそも、投稿は真偽判断は閲覧者の自己責任ですよね。すみませんでした。

自分としては、こちら(ザ・掲示板)で宗教関係を勉強させてもらいたいと思っています。佐助をよろしくお願いいたします。


[574]偽の気配 05/06/01 18:15 v0wBjR8T1o
佐助さんへ

伝統仏教が引きこもっているのではないと考えます。
自ら悟りを開かんとして門戸をたたくというのが本筋ですから。

それに引き換え新興仏教は、教えを広める、という形で利鞘を求するがために、積極的に勧誘するのでしょう。

もう一点
例えどのような状況であっても、苑に対する意見・見解はかわりません。苑内での経親にあたる人にも同じように意見をしますが、きちんと説明・説得される方にはまだ出会いません。ですが、ここで名前を名乗ることを求める意図は理解できません。それは、苑に反する不逞の輩としてどこぞの宗教集団のように襲いかかるぞ、という威嚇のための発言であると考えれば筋はとおりますが。佐助さんの意図はなんでしょう?

講釈師さんがおっしゃっているように、この板は善意で議論がなりたっています。よその掲示板では、議論にならないようなちゃかした意見がおおいところもありますが、ここは違うと思います。

多かれ少なかれ、家族なり知り合いなりが真如苑という教えに染まっているのを見過ごしてよいものかどうなのか、それを真剣に考える場所です。

佐助さんご自身も感じていらっしゃる疑問点のようなものが苑にはいくつもあります。

真如苑は即座に破壊的な行動にうつるカルト教団ではないようですが(私の抱いた感じです)、だからといって、鵜呑みにできるほどに良い教えだとも思えません。また、何人もの人が苑のことを何もを知らないで書き込んでいるのではありません。それは、この板をさかのぼって最初から読んでみればわかることだと思いますよ。

>一般の方が、「新興宗教=危ない」と考える事は自然です。TVでは事件(悪い面)だけがニュースとして取り上げられるからです

苑の信者が(熱心な信者であればあるほど)、苑は新興宗教ではない、良い教えだ、と考えることは自然です。なぜならば、苑の中では都合の悪いことはすべて法難として詳細を語らず、苑の教えを信じない人のことはさげすさみ、苑内で同じような意見しかいわない人とだけ語り合うからです。

[575]地蔵。 05/06/01 18:31 2Lm.bQTZkZ
佐助さん、始めまして。いきなりですが、
>写真・氏名・住所・年齢・性別などを公表し、投稿者が特定できる状態でも全く同じ発言ができますか。

この挑発的な発言はいかがなものかと思います。発言に責任を持てと仰りたいように思いますが、では実際に貴方が行ったらどうなるか、考えてみてください。まず間違いなく、何千何万、何十万と言う心無い中傷、悪意、嫌がらせが殺到します。電話、fax、ストーカー、投石、或いは子供の通う学校へのおかしな脅迫電話など、凡そありとあらゆるウンカが湧いてきます。それでも名を名乗れと仰いますか?

それとも、そういう事態を見越して、「殺されるだけの覚悟もないのに、わが苑を中傷するな」と仰っておられるのでしょうか。でしたら貴方は少なくとも良識ある人ではないように思われます。戦地向きの方でしょう。すくなくとも利他行と証する宗教人ではないですね。。

憶測でものを言って申し訳ないです。が、乗せられて公表される方が万一でもいてはいけないとおもい、敢えて書かせて頂きました。
[576]佐助 05/06/01 18:51 f/FY.7E6PR
偽の気配さん、地蔵さん返事ありがとうございます。
573を見てください。このトピックでの私の最終結論になります。
お2人に返事していただいて無視するわけにはいきません。最後にお伝えさせていただきました。


[577]一般人 05/06/02 00:21 OkSFHf4eZs

>お布施というのは大切な行だとおっしゃいますが、行とはそういう意味ではありません。
>修行の行とは険しい山に一人登って何かを悟り、叶わなければ何度も何度も登り、または滝に打たれたり
>するものです。そういった事ができなければ、一人瞑想したりすることです。
>お金を払って行ができるという考えは捨てて下さい。

違います。
大乗仏教(といっても多岐にわたりますが)では、「行とはまず献金」です。
ちなみに釈迦仏教の行とは献金ではなく 一人瞑想したりすること(思惟)です。
滝に打たれたりするのは何の行かは知りません〜。w

ちなみにカルト要素である「無償労働」ですが、これも結局献金ですよ。
貰えるべきものを貰わないのですから。

[578]一般人 05/06/02 00:22 OkSFHf4eZs
>552施餓鬼はお釈迦様の時代からあって、真言密教にはその方法が正しく伝わってきているので
>正しい施餓鬼になる
と、真如苑では言われている。のですか。違いますね。


当時の印度には在りません。真乗さんはそれを知らなかったのでしょう。
そして護摩は、元々ヒンズー教のものでしたが意図的に大乗仏教に取り込まれました。w
「何故意図的に取り込まれた」のかはどうぞ信者さん、または批判者さん、どなたでもご説明ください。

>お布施 今の状況でいくらなら自分の行になるのか、真剣に考えてみます。
献金はやはり「精一杯」の額が望ましいですよ。だから700億もポンと出せるのです。

>真如苑で集まったお金は、いろんな方面への寄付や精舎の維持、管理、建設に使われます。
いずれにしろ、伊藤家の取り分は「月数百万」は下りません。 羨ましいw

>苑主の髪染め代はわずかなお金です
「わずかだから」いいのですかね。
ただ教義としては、見栄えを美しくみせることはむしろ 相手をたぶらかす黒い心の現れ
と定義されてますので(P76) この真砂子さんの黒い態度はどうでしょかね。
ちなみに高橋恵子さんも、教えどおりに、家庭集会などでは化粧っけ無いですが。

>どっちにもとれるあいまいな言葉ではなく、かなりずばっと具体的に言われます。
>経親からの事前の情報で言葉を用意しておくなんて不可能です。
>私がいつどこで接心をうけるかわからないですから。
ああたしかに偶にはかなり ずばっと具体的に言われますよねえ。
ただ言われるその内容は、仏教的とは言えないですが。
そしてそれを「お金儲けに使う」のは如何でしょうか。無償にすればよいのにw

[579]一般人 05/06/02 00:29 OkSFHf4exu
>565変わりやすい自分の心を拠り所とせず、仏の智慧を灯台とすれば、どんな苦も乗り越えていける」
ただ仏教と真如密は、とても違うのですがw。 仏の権威を借りているだけです。

>神や霊魂の存在を否定した仏教が、六道の輪廻を言っているのは、どう解釈したらいいのでしょう??
仏陀の真説は、現在でも特定は困難です。
スッタニパータでさえも、「地獄を説く」釈迦らしからぬ言説が見られるのです。
ですから仏典に触れる際は、自ら整合性を求めることが必要であり、「鵜呑み」は勘違いの元です。
なんでしたら>六道の輪廻
を説く釈迦の言説を挙げてみてください。 恐らく大乗が勝手に付け加えた部分と思われます。


佐助さんは、正直な意見を述べられたのでしょう。
この掲示板が善意で成り立っているのかどうか、そんなことは私は知りません。
でも少なくとも 前スレッドからの私の意見に限れば素直な吐露ですし、他にもすばらしい意見があるので
見てみてください。1vs1の対話も受けますし、返事も責任持ちますが。

長男次男の夭逝は、双親にしてみれば悲しかったでしょうが
しかし「教書やら法要やらで涙ながらに悲しみだの功績だのを語りまくる」のは
明らかに非仏教ですね。 諸行無常を説くのが仏教なのですからね。 それについては呆れ果ててこれ以上言う気も無いですが。

あと、どなたとは言いませんが、「批判の論点」についてもわたくしここのところ
同意できない部分が多いです。
「根拠を添えない誹謗」は力を持ちません。
私は真如苑に、非仏教性から端を発する邪悪なカルト的資質を多く見るから、その点を批判するだけです。
その際には、 仏教じゃない気がする・・とか 怪しげだ・・とか どうせ献金だろ・・とか、
いかんとも根拠を提示できない誹謗ならば、 むしろ要らんです。
ではたとえば 真如教と真理教がどのようにクリソツか?という観点で見比べると、

・救済を謳う・密教・超能力指向→霊的ステージの設置・運が開けてくる・やってみなければ分からない
・教団の対応に誠意がみられない・自己を空しうし、そこにグルの意志を満たす=自己の意思の滅却
・善良な信者が多い・強引な勧誘は全く無い・奇蹟が多い・情報統制・教団以外の情報の蔑視 など。


となります。 佐助さん、このような吟味はいかがでしょうか。
※フィリップ・G・ジンバルド−博士の、「破壊的カルトの八つの特徴」も参考になります。

佐助さん、主婦さん、仏教を知るにつれ、どんどん「事が明らかになる」でしょう。
私も信者の頃はさっぱり知り得ませんでしたが、その後の研鑚(と言うほどのものではないですが)
により、仏教理解の助けに成れるかもしれませんよ。

[580]一般人 05/06/02 00:30 OkSFHf4exu
あっまた鼻毛の新記録か? 1.5mmですた。。
[581]職務乱用 05/06/02 00:31 /nvkdZFHGs
創価学会…頼む勧誘しないでくれ…普通に暮らしたい…それは世間一般では洗脳と言うんだ…頼むそっちが普通に気づいてくれ…た・の・む
[582]講釈師 05/06/02 13:56 pCH77VYCT2
返却時期が近づいてきましたので、読み返しています。

仏教は、人である事の最大の苦しみ 「 生老病死 」の四苦が有ると説いています。
釈尊は四苦を受け入れる境地に達する事を本道に据えています。
真如苑ではこの四苦を施餓鬼や護摩、三つの歩みで取り除こうとしています。
根本が違うようで如何なものでしょう。
私の解釈が間違っています?。
[583]下品。 05/06/02 16:14 jEz.GhBRqw
>>582 講釈師さん、そろそろ返却なんですね。レスを読ませて頂いてました。
おかげさまで 大まかにですが、書の内容知ることができました。ありがとうございます。
暇をみてはネットのや、街の古本屋なんかで探していますが・・・。
ぜひ家内に読んでほしいと思っています。
自らページをめくっていくうちに必ず 真如苑に対して「?」が生まれるはずですから。

ところで「苑歌カレンダー」をご存じですか?
教義のあれこれを 皆に覚えやすくと教主が歌にしたと言われているものなんですが。
「常楽」、「楽我」、「我浄」の三種があって それぞれに31首づつ詠まれています。
1月に「常楽」、2月に「楽我」3月に「我浄」となって、4月からまた「常楽」と 1年間を繰り返していきます。
今日は6月2日ですから、「我浄」の2日で「教法を学ぶにいとまなしという 人こそ暇に学ばざるなり」が真如教徒の本日の苑歌になるわけです。
日めくりの大きいタイプのを我が家の居間に掛けて使用しています。

私が苑を去ってからも家内の手によって めくられていたんですが、前回の話し合いの日を境に「苑歌カレンダー」の日めくりが止まったままなんです。

ささいな事なんですが、私には何だか少し光りが差し込んだような気がして つい書いてしまいました。
[584]普通の主婦 05/06/02 16:32 aFfukjqz9w
いろいろとお答えありがとうございます。
そっかー、輪廻もお釈迦様の言葉ではないかもしれないのですね。当時のインドでは輪廻転生の考え方があたりまえで、釈迦もそれは認めていたというようなことが本に書いてあったから。
 スッタニパータにも「妄執を友としている人は輪廻を超えることはできない」「心の静まった修行僧は生を繰り返す輪廻を超える」という言葉があるそうなので、ただ、釈迦は死後を案じるより、現世で解脱をを得ることが大切だと説いたそうですが。
偽の気配さんがおっしゃるように、「輪廻は個人の再生ではない」とも別の本にありました。そうなるとチベット仏教はちょっと間違っているような気もしますよね。八万四千の法門があるといわれる仏教ですから、輪廻ひとつとっても、私ごときが浅い知識でとらえようとしても無理かもしれませんね。わかった時にはあの世にいるかも。

偽の気配さんん、仏の智慧を頂くのは「他力」なんですが、それを実生活で行うのは「自力」で、行っているうちに悩んでいたことにとらわれなくなってきて、すがすがしくきよらかな気持ちを感じることが「救い」なのかなと思うのですが。

教主は晩年の再婚問題(家族離散の原因)の時には、たぶんふつうの人だったのだと思います。この問題は入信当初から納得できませんでしたが、ご利益信心をやめようと思った時(最近です)から、人間としての等身大の教主に興味がわきました。教主が「悪」で、それに気づき誤りを正す自分は「善」という立場では、本質は見えてこないのではないかと思いました。真如苑には入信してから家族円満になった信者も多くいます。そういう良い力があるのも確かなんですよね・・・。苑は離れていった信者を「おちた」などといわず、なぜ離れたのかを思惟すべきです。
中途半端ですが、子供が帰ってきたのでまたにします。


[585]偽の気配 05/06/03 09:58 v0wBjR8T1o
私は、真如苑が自らを仏教だと名乗るのではなく、正々堂々と「伊藤信奉教」であるとありていのままをつまびらかにするべきだと思います。仏教だ、といわれて安心する人がいるのは事実ですから。

個々人としてみた場合、伊藤真乗が悪であったとは誰も言っていないと思います。しかし、彼は宗教法人を起こした時点で、あるいは教祖として多くの信者を抱える組織の長になった時点で、単なる個人ではなくなっているのです。そういった意味では、彼が「善」であるとはいえません。また、その誤りを正す自分が「善」であるという立場をとっているつもりはありません。誤りと思しきことを指摘し、考える必要があるといっているだけです。いかなる組織においても、組織の長たるものは、組織の問題に対しての責任を負うものです。

苑に入信して家族円満になった信者というのは、家族そろって苑の信者になったケースがほとんどではないですか?苑の教えが正しいのだと思い込むことで、(1)不都合なこと・思い通りに行かないこと・不幸なことなどがあった場合には、自らの「因縁」が悪いせいだから、苑にせっせと貢ぎましょう・・と、家族みなが思い込めば、表層上では家庭内円満になりそうですね。(2)幸せなこと・思い通りに物事が進んだときには、「苑の教えのおかげ」だからと、さらに苑に貢ぎこみ、ありがたやありがたやと、「伊藤家」をたたえていけば、これもやはり表層上では家庭内円満ですね。でも、そのような「家庭円満」の中で、本質的なことを夫婦なり家族なりで真剣に話し合うことはできているのでしょうか。教えを盲信していると、究極的な答えは常にさだまってしまっていませんか。冷静に考えれば、それが「仏の智慧を頂く」ことにつながっているのか否か、おのずからわかることかと思います。確かに、悩み事すべての回答が用意されていれば、悩みにとらわれることはなくなると感じることができるかもしれません。ただ、それが本当に悩みにとらわれない境地に至ったことと同義なのか、については、私は否定的に思います。

>苑は離れていった信者を「おちた」などといわず、なぜ離れたのかを思惟すべきです

ここに、苑のありようが示されていると思います。苑は、いまの形をとるかぎり、信者が離れていく理由を思惟することはないでしょう。それよりも、あたらしく信者をふやすことに専念するのではないですか?信者をやめたものがスジに出た場合には、経親がずいぶんとあわてるようですね。でなければ、スジの子に当る人たちの会費を自らが負担していこう、という気質はうまれません。なにに固執しているのでしょう。なにが信者にそういった固執をうませているのでしょう。
[586]偽の気配 05/06/03 10:01 v0wBjR8T1o
普通の主婦さんみたいに、うちの奥さんも少し苑について考え始めてくれるといいのですが・・(辞めるかどうか、ということ以前に、苑の教えはどうか、仏教ではどうなのか、といったことについて・・)
[587]講釈師 05/06/04 09:56 2Lm.biHT42
     第二章 伊藤ファミリーと真如苑の歴史
  四月八日は何の日か?
 仏教国と言うわりには、お釈迦様の事蹟があまり国民の常識となっていないわが国であるが、
 少なくとも「四月八日は何の日か?」という質問にだけは、たいがいの人が正しく答えられるで
あろう。「花まつり」と言おうと、もう少し固苦しく「仏生会」とか「漕仏会」とか言おうと自
 由だが、要するに「お釈迦様のお誕生日」である。ところが、世の中はおかしなもので、仏教教
 団と称しながら、その教団の内部において「四月八日は何の日か?」という問題に対して、前の
 ように答えたのでは合格にならない奇妙な教団があるのだ。その名は真如苑!
 では、真如苑での正解は何か?「真導院様のお誕生日」というのが正解である。「真導院様」
とはいったい誰のことか? それは、この教団を作った伊藤真乗の次男友一のことである。彼
 は昭和十二年四月八日に生まれ、昭和二十七年七月二日に死去したが、その戒名の院号が「真導
 院」なのである。
 つまり、同じ四月八日でも、教祖の次男の誕生日であることのほうが、お釈迦様の誕生日であ
ることよりも優先されるのが、この教団なのである。ことほどさよう、この教団は伊籐ファミ
リーそれ自体と不可分に結びついた教団なのだ。前に紹介した毎日新聞記者の横山真佳氏は、真
 如苑の教義を紹介するにあたって、次のように書いている。
「新しい宗教の教理には、たいてい教祖と呼ばれる人達の直接的な生活体験が色濃く反映してい
 る。しかし真如苑にあっては、たんに教主の経験の反映にとどまらず、教主の家族一人一人の生
 と死、その喜びと悲しみがまるごと教理にとりこまれている感さえある。一家の生活史がそのま
 ま教団史であり、すなわち教理形成史ともなっているのだ」(新宗教の世界皿』一一〇頁)
 真如苑本部、支部、精舎などの多くには 「伊藤真乗」という教主個人名が表札として掲げられており
建物の外壁には教団のシンボルマークである「輪宝章」と
ともに、伊藤家の家紋である下がり藤の紋が付けられている。伊藤家は、茶道の千家、華道の池
坊家などに類する一種の「家元」なのである。
 この・きわめて日本的な家元宗教とでもいうべきものが、「仏教のあらゆる法門を摂受する最
高の法門であ有る 」と自認し、いわば「総合仏教」を自負していることに、外部の多くの人は奇異
の感を抱かずにはいられないであろう。
[588]普通の主婦 05/06/06 13:16 hSQ9RLQrjN
偽の気配さんお返事ありがとうございます。

 確かに家族で信者のお宅は苑に頼ることで心の平安を得ているかもしれませんが、貢ぐ事で解決するとも思っていないと思います。問題解決のために苑で心を立て直すことはあると思いますが。
「自我を捨てて思いやりの心に徹することで問題の解決にあたりなさい」というメッセージを苑は伝えていると思います。これは仏教の教えでもあると思います。くじけそうなときにこの心に常に戻るために信者は苑に帰っています。ただ、スジ親さんはやはりすぐに「因縁」に結びつけるようですね。
 「因縁をきよめる」ことに固執しているから、他人の会費を払うということもできるのだと思います。
 ここは仏教と違いますが、先祖の善因縁で徳があったからこの教えと結ばれ、私の代で悪因縁をたちきることで子供や子孫によい因縁を残すと、私はよくスジ親さんから言われます。(接心では言われたことはありませんが)
 私も最近大きな災難があったので、「こんなことが二度と子供や夫に起こりませんように!」と思い、「因縁切り」というフレーズに弱くなっていました。
 何度も書いたように、今は、「災難はまたくるかもしれないけど、そのとき後悔しないように毎日の生活を清く正しく送っていく」とふっきれたので、気持ちが軽くなりました。
 教主夫妻や両童子の見習いたい部分や、教えの良い部分を生活に生かし、自分を取り戻しながら苑生活を送ってみようという気持ちになりました。
「自分をとりもどした」ら、家族や友人の後ろに常に見えていた真如苑がなくなり、夫を子供を友人をそのまま丸ごと感じられるようになりました。信心が深い時は世の中の全てがきよらかに見えて、心が洗われるような感じだったんです。でも今はきよらかで生き生きしてみえる感じです。
 真如霊界だけが救いの道ではないと思えたら、入信だけに固執しなくても、仏の智慧を実生活に生かして他人の力になることで、「仏の救いを他に渡す」ことになるのではないかと思い始めています。
スジ親さんにもしこの話をしたら、「それは自分本位な解釈だ」と言われそうですが。

私、兄弟や親の分も勝手に入信届けを書きました。(苑では必ず本人の了解を得ることとされています)すじ親から、会座に参座することで因縁をきよめられるからということでした。私の中では、かなり抵抗があったのですが、災難の後だったので、「私の徳で相手を救う」「因縁が噴出してきてるから」「みんな真如霊界に入れるから」「土台になる覚悟」というフレーズに私なりの覚悟をきめ、無心に歩んでみようという気になったのですね。
 無心で歩んで得るものもたくさんありましたが、親兄弟の勝手な入信は、やはり間違っています。
さっそく脱会の手続きをしようと思います。ただ、やはりすじ親さんには事前に報告しないと、悲しむでしょう。彼女は私をだましているわけではなく、因縁切りを純粋に信じて、私のために助言してるから。
すじ親さんも自分の親のことでいろいろ悲しい思いをしてきた方で、教主夫妻は、彼女の人生で純粋に信じられ、絶対に自分を裏切らない初めての人だと思います。心の支えなんですね。そんな彼女を攻める気持ちにはなんとなくなれないから、複雑です。

偽の気配さん、奥様は仏教の教えをよりどころにして苑に通っているのでしょうか?それなら、仏教について勉強することで自分は取り戻せると思いますが、もし霊界の存在を信じているのなら、仏教への理解と同時に、霊界の考え方の視野を広げていくことで、真如苑的な「因縁」の束縛から自由になれるのではないかなと思います。見えない世界ですから正解はありませんが。
 
[589]一般人 05/06/07 00:08 vrHect5wy.
アマゴさんは長女さん奥さん義母さんの「救出」に成功しそうとのこと。
偉大な成果です。 新興宗教(真如苑)にハマった妻と子 ttp://earth.prohosting.com/itou/
(経緯は削除されたようですがもったいないので勝手にも復活希望)
失礼を承知で言わせていただくならば、「感情的でなく柔らかに、普通に理路整然と要点を」告げられますよう。
ベルリンの壁が崩れるまでにはいろんな試行があったのでしょう。
カルトの壁を、少しずつ、崩していきましょう。

そしてすいませんスレ違いなんですが、※気になった「登校拒否」についてですが
世にはいろんな人生が在りますね。
しかし社会で「何らかの形で歯車と成らねば飢え死にする」のは1つの真理だと思います。
「どんな道でも良いから今なら時間はあるのだから」と、「この世の弱肉強食の絶対真理」
をお子さんに提示しやる気を出させる。 おせっかいですが私ならそんな風な対処するかも。

カルト問題にしろ登校拒否にしろ、 「飽食日本」の弊害でしょう。

[590]講釈師 05/06/08 19:46 XACuKeOSKZ
特に、真如苑の霊能者の場合、「真如苑の教義」という信念体系が映し出した映像を霊眼で見
ている場合が多いように思われる。例えば、真如苑の霊能者は、「このみ教えにまだ結ばれてい
ない人も含めて、世界中のすべての人が、教主様と摂受院様によって慈愛のまなざしでお守りい
ただいているありさまが、はっきり見える 」などと言うが、こういうのは明らかに「信念体系の
映像 」である。
これとは別に、霊能者の霊眼自体は真如苑以外の霊能者でも見るのと同じものを見ているけれ
ど、彼が真如苑の霊能者であるがゆえに、教義に沿った解釈を付け加えるという場合も多いよう
である。
こういうふうにして、「ご霊言」の結論自体は、常に「教団に奉仕しろ、『 歓喜 』をしろ、教主
様にお施餓鬼をお願いしろ、あなた自身の霊位向上が必要だ 」といった、変わりばえしないもの
になってゆくわけだ。
霊能者自身は、こうして霊能によって真如苑のために働くことが、自己の因縁切りのためにも
かけがえのない徳積みになっていると信じているわけだ。「霊能によるお仕え」とか「霊能者になっ
て教主様にご恩返しをLとかいったことがしぱしば語られるのは、こうした「霊能の功徳」とい
う思想に基づいてのことである。だが、広い社会全体の見地から見た場合、真如苑の霊能者とし
て活躍することは、はたして本人が思っているほど功徳になるだろうか?  「ご霊言」の中に含
まれている多少の真理によって相手に信頼感を抱かせておいて、頼ってくる相手の関心を結局は
「サァお救けしなさい、『歓喜』しなさい」という「教団への奉仕」の水路に流し込んでしまう
というのは、考えてみれぱずいぶん罪なことではないだろうか?
たとえ「因縁解明」に多少の真理が含まれていることによって人助けの功徳があるとしても、
人に不安を与えて組織目的に盲従させた罪業は、後の世に発現せずにはおかないだろう。
そのとき、彼らは、どういう不安にさいなまされる生涯を与えられるのであろうか?
しっかり見守りたい興味あるテーマではある!
[591]偽の気配 05/06/09 08:35 SmIXbc7mRY
普通の主婦さん

そうですね、夫婦できちんと向かい合って、頭ごなしに否定するのではなく、いろいろ話していこうと思います。

主婦さんの書き込み、「すじ親さんも自分の親のことでいろいろ悲しい思いをしてきた方で、教主夫妻は、彼女の人生で純粋に信じられ、絶対に自分を裏切らない初めての人だと思います。心の支えなんですね。」をよんで、ふと思いました。

苑は、教主であった伊藤が眼に見えた不幸(子供を亡くす)があったからこそ、持っているのだろうと。不幸感の共有。「伊藤も二人も子供を亡くしたにもかかわらずに、がんばっている。だから私もみならってがんばろう」そういった共感部分があるのじゃないでしょうか?だから、とりわけ女性が苑にはまりやすい。勿論男性信者もかなりいることは知っています。不幸の共有は、男性の場合にもあてはまる心情だと思いますが、やはり子供が・・というところで、とりわけ友司への共感が深いのだというのもうなづける気がします。

同じような体験を共有すること、それ自体はよいと思います。それなくしては、人は心の痛みをおさえていけないから。しかし、それを逆手にとって、商魂たくましくしている伊藤教そのものに対しては、私は怒りを覚えます。伊藤夫妻に見習いたいところ、それがどういったところなのか私には想像もできませんが、不幸を乗り越えてきた、というのは確かなのでしょう。しかし、私自身が見習うのであれば、「自らそのことを宣伝して同だ私たちはこんなに不幸だったのだけれども、この宗教を信じて献金すればすくわれるのだよ」などというような人物ではなく、もっと普通に一生懸命暮らして苦しみや不幸と向かい会っている人を見習いたいと思います。真如苑に帰苑するようなことはけしてしないでしょう。


[592]講釈師 05/06/11 20:00 u4yLw/41Gr
真如苑では、人は導きの子孫をたくさん作ってはじめて救われると説
.く。教団内で与えられるさまざまな資格も、みな、導きの子孫の世帯数が要件として掲げられて
いる。例えぱ、智流院に入って真如苑の教義を深く学ぶためには、五世帯以上の導きの子が必要
である。「大乗の会座」に参座するためには、十世帯以上の導きの子が必要である。
もしも、入信した人全員が順調にこうした上級信者への道を進みえているとしたらどうだろ
う?  当然のことながら、教団の信者数はものすごい幾何級数で増加して、やがては日本の人口
全部を呑み込んでまだ飽き足りないという状態になってしまうはずだ。そんなことはむろん現実
には起こるはずがない。だから、信者全員がこうした上級信者への道を進みうるなどということ
は、端的に言って、ありえないことなのだ。そうした中で、たまたまネズミ算的に「所属」を増
やすことのできた例外的成功者だけが、教団の指導者にのし上がり、「正しく歩めばみんな自分
のようになれる」との「教え」を、十年一日のごとく下部に向かって説き続けるのである。当然
のことながら、このような例外的成功者が説く「教え」は、大多数の者にとっては不可能な、あ
りえないことを「できる」と言っているにすぎない。
  二年、三年と努力してみても、導きの子孫がせいぜい二世帯か三世帯ぐらいしか作れず、指導
者に言われる通りにはとうていできない、という人が多い。それらの人々が自分が幸福になれな
いことを嘆くと、指導者は「あなたの努力が足りないからだ」と冷たく突き放すだけである。結 局、こした人々の多くは、不当に高額の金を教団に注ぎ込んだことを後悔しつつ、淋しく真如
苑赤を、辞めてゆかざるをえない。
入信者のうち大多数が実際上歩めないに決まっている路線を設定しておきながら、その路線を
唯一の真実の救われへの道であるかのように言いくるめようとするのは、また何とあつかましい
欺瞞であろうか!
[593]偽の気配 05/06/12 15:01 UyeilDjPHS
まさしく「ねずみ講」そのものですね、真如苑のやりくちは。壷をかわすのではなく、お布施としてあれやこれやで搾取する。伊藤もうまくかんがえたものです。しかし、いつかは破綻するでしょうね。破綻の際に新たな手口でもかんがえるのでしょうかねぇ、伊藤家の人たちは。
[594]偽の気配 05/06/12 15:02 UyeilDjPHS
それこそ、「ばちあたり」な行為です。釈尊の教えを汚している。
[595]普通の主婦 05/06/13 11:10 Dz75Y9ceG.
講釈師さん、「霊能者が真如苑の信者であるから教義に沿った解釈をつけている」というのは、確かにそうかもしれませんね。なんだか納得できました。霊能者は「芽が出て枯れたけど水をあげるとどんどん繁殖していった」というような映像を解釈して霊言をだしているそうですから、真如苑以外の霊能者がみれば別の解釈をするかもしれませんね。
でも、全てを三つの歩みやお施餓鬼に結びつけているわけではないと思いますよ。私、まだ一人もおたすけしていないのですが、接心でそのことについて言われたことは一度もないんですよね。どこで接心を受けても毎回日常生活のことで同じ事を言われます。
「おたすけ」と言われたら、他人のために身を粉にして働き、「歓喜」と言われたら、お金に執着せず他人に施し、「お施餓鬼」と言われたら、先祖に心を向けて供養をするなど、真如苑とは別の解釈で試しに精進してみるというのはどうかな・・・。その次の接心ではなんと言われるでしょう。
講釈師さんが言われるように、接心は不思議と「因縁解明に多少の真理が含まれている」ので、霊言を生活に生かせればよりよい生活の助けにはなると思うのですが。ただ、霊言はすじ親に必ず報告することになっているので、上記のような勝手な解釈による精進は実現不可能かも・・・。
最近、私は中途半端な信者だなぁと思います。理想の自分になりたい、自分を変えたいときに信心は強い原動力になると過去の経験からわかるのですが。自分の殻をやぶれるから・・・。
でも、宗教が生まれる以前からある「この世とあの世の真理」を全てわかっている人なんて、お釈迦様を含め一人もいないんですよね、きっと。だから、真如苑で言われていることが全て正しいということもないような気がしてきました。
教主夫妻もあの世に逝かれて初めてわかったこともたくさんあるでしょうね・・・。

「大乗会」の会座はおたすけは3世帯のはずですが。勤労者や在宅介護者などは1世帯です。以前はこのような資格は設けてなくて、どなたでも参座できたようです。
[596]一般人 05/06/15 00:39 vrHeccg.tC
先の書き込みについて、反省しています。 アマゴさんはじめ皆さん、すみません。


一言、組織の精進に至るその前に、「やってから知る」のではなく「やる前に知る」ことが大事です。
それに飲み込まれちゃ、駄目です。
[597]講釈師 05/06/15 12:50 Z67RN8oyPU
「信者になること」と「歩む」こととのあいだには、大きな隔たりがあることを前提とした記述
がいたるところに見うけられ、「歩み」はじめた信者をただ入信しているだけの信者と区別して
呼ぷための「一如教徒」という専門用語が存在
するほどである。
むろん教団では、ひとつの理想として、「お
救けした導きの子はなるべく全員歩ませてあげ
ましょう」と常々指導はしている。しかし、こ
のようなことが理想として語られるということ
自体、「お救けすること」と「歩むこと」とが
実態において甚だしく乖離していることの証拠
と言えよう。


[598]迷える 05/06/15 23:21 /4UyDVEhrU
普通の主婦さんはじめまして
皆さん久しぶりです。
私は今まで苑に対しては教義に関心なく仏教の教えのみ追求し接心とか霊能者の言動に
ひかれて今まできたしだいです。
教義の中にある「三つのあゆみ」においても、「おたすけ」これは苦手だしあまりやりた
くない。まして本当に真如苑の良さがわからないのに変なことをいって、馬鹿にされる
のもいやだし、また、歓喜についても「自分のできるだけすればよいから」と言われ、
いつも「今日はピンチだからこれくらいで我慢してください」とか奉仕なら「時間の都合
がつけば少しくらいはできるかな」と言う程度で教義に乗り気でありませんでした。
しかし、仏教の根本や心のありかたを勉強していく途中、やはりそれは自己中心的な考
えであり、自己満足に他ならない。と思うようになりもう一度原点に戻り考える必要性を
感じました。
やはり一番の問題点は、「おたすけ」の問題だと思います。
私の私的な意見を言わせて頂くと「おたすけ」は、やはり苑や仏教の事をある程度知った
上で行うべきでないかと。苑では確かに『「おたすけ」をすることであなたがその人を助け
るために勉強になりあなたの精進となるのですよ。』確かに一利ありますが、私は苑の
「おたすけ」は人を勧誘することだけに目を向けていることに問題があると思われます。
もっと広い意味で「おたすけ」を考えるべきです。つまり日常生活や社会生活の上での
「おたすけ」です。私は妻が忙しく家事仕事に追われているときは、進んで自分がやる事
があっても手伝うべきだと思いますし、困っている人や体の弱い人には、できるだけ
手助けをしたいと思います。このような心配りが本来の「おたすけ」ではないのでしょか
だから少し無責任と思われる苑での「おたすけ」は納得がいかない。自分が仏教や苑の
事を勉強し自分に自信がつけばおのずと「おたすけ」ができるはず。
私も「おたすけ」を真剣にしてないのに実践しなくては何もわからないといわれそう
ですが、疑問点をそのまましておくのも自分に自信が持てなくなりしまいには
いいかげんになりそうで。
普通の主婦さんの意見を聞かせてもらえたら幸せです。
[599]普通の主婦 05/06/16 14:41 TeQTYZHMqg
迷えるさん、はじめまして。
「おたすけ」についての意見ですが、今は私も迷っています。「真如苑の教えでしか人を救えない」とは思えなくなったから。
入信して長い間私も迷えるさんのように思っていました。そして1年ほど前におきた事をきっかけに、いろいろ考えずとにかく「歩んでみよう」という気持ちになり、「苦しい時に助けになった」という切り口で会う人ごとに苑の話をしていました。やってみると、自分の宗教をわかってもらうのは大変でした。でも、日ごろの自分の弱い部分が話すたびに実感できて、これが自分を変える修行になるんだと思えました。
人助けの究極がおたすけなんだと思い始めていました。困っている人に優しい言葉をかけるだけではその人を本当に救ったことにはならない、その人が自分で困難を越えていく心の支え(真如苑)につなげてあげることが本当の人助けだと信じるようになっていたんですね。

今、私は仏教の本を読みあさっています。このサイトの皆さんの意見に触発されて、仏教をもっと知りたくなったから。
学者、行を積んだ僧侶、在家の仏教徒などいろいろな方が書いた本を読んでいます。
仏教は八万四千の法門があると言われるくらい複雑になってしまったので、その真髄を見極めるのは、たぶん無理でしょう。釈尊のご内証を知るしかないので。それを求めていくのが仏道なのかな。でも、大はつ涅槃教だけが真実ではないということはよくわかりました。みんないろんな法門から入って仏道を歩んでいます。どこにも真実があり、偽もあるのではないでしょうか。
だから「おたすけ」も・・・子供を迎えに行く時間になってしまいました!保存などできるのかわからないので、とりあえずここまで書き込みます。続きはまたあとで書きます。ごめんなさい!

[600]迷える 05/06/16 23:28 5YO1wuWkuA
普通の主婦さんご返事ありがとうございます。
人助けの究極が「おたすけ」ですか
困っている人に優しい言葉をかけるだけでは、本当にその人を救った事にならないと言
われるが。
風邪をひいて苦しんでいる私がいるとする。熱があり動くことがやっとです。会社にも
TELしなくてはいけません。また、のどが渇いて水が飲みたくなってきました。そんな時
いつも口やかましい妻が、薬やジュースを持ってきてくれた。私は妻に非常に感謝し
いつもは鬼のように思っていてもこのときばかりは仏に見える。
つまり本当に必要なことは、困っている人になにをしてあげるかであり(これを仏の智慧)
分別をわきまえてすることなんだと思います。
自分で困難を越えていく心の支えは(真如苑)ではありません。
いくら仏教の教えや修行をしたとしてもすべての人が「悟り」を開くとは限りません
苑に入ったとしてもすべての人が心を癒されるとは考えられません。むしろそれが重荷に
なる人もいるのです。苑はきっかけを作ってくれるだけです。
どんなに良い説法を聞いてもそれを納得して実行しなくては何の意味もありません。
私の言いたいことは、「おたすけ」をするには「仏の智慧」をもってすべきで、困難を
やり遂げたと言う感激ではないのです。
それからもう一つ仏法には多くの法門や経典があるのですが、それらの教えは一つ
なんです。釈尊が悟りを開いたときこの教えは難解なので衆生に説かないほうが良いと
さえ思った。釈尊が法を説くときにいろんな方法や手段を用いてその人たちに合わせて
説いたとせれる。そのためたくさんの法門ができたのです。でも教えは一つなのです。
だから「涅槃経」でも「法華経」でも「般若信教」でもいいのです。また涅槃経が
すべてでもないのです。
なんか一方的になってしまい恐縮です。
[601]迷える 05/06/16 23:34 5YO1wuWkuA
すいません
眠たいので誤字が目立ちます。直して読んでください。
[602]普通の主婦 05/06/17 12:20 TeQTYlKiUJ
迷えるさんのおっしゃる通りだと思いますよ。昨日途中になってすみません。
「諸々の悪をなさず、善をおこない、禅定により心を常に平静に保ち、深い思惟からわかる智慧をもってことをなせ」という全ての仏教に通ずる教えを、生活に現していくことが一番大切で、私もそんな人になりたいです。

真如苑でもいい霊言があります。「教えを伝えるということは、まず自らの仏性を磨き上げその輝きを相手の心に映すことです。真実一人を救う信心とは、一人の仏性を大切に守り育てる合掌から生まれてくるのです。」この霊言を真如苑的に解釈すると真如苑に入信してもらう「おたすけ」のことになりますが、違う視点でみると、自分が生き仏のような人になれれば、自然に周囲のひとたちを幸せにすることができるという教えのようにも思います。

昨日は途中になりましたが、今の私は「苑はすべてを救ってくれる」とは思っていないので、真如苑的な「おたすけ」はできないと思います。
「大はつ涅槃経は全ての経典のなかで最高の功徳がある」「真如苑に入れば先祖代々真如霊界に結ばれて、歩むことで因縁が切れ、苦しみから解放される」と人に話すことはこれからはないでしょう。話すとすれば、仏教の教えを生活に生かすため、数ある「行」のひとつだということでしょうか。

真如苑では「おたすけ」を菩薩行だと言っていますが、もともと釈尊の布教活動は仏教の考え方を説いてまわったのであって、勧誘していたわけではないですよね。(釈尊を慕って自ら出家した方は多くいましたが)仏教の良さを言葉で、行動で説くことが「おたすけ」行になると考えています。迷えるさんもおっしゃるように、自分以外の人を自分と同じように大切にすることも菩薩行だと思います。
我慢して尽くすのではなく「喜んで」自然に「善」ができることが菩薩なんだそうです。

[603]偽の気配 05/06/17 21:45 Y4p7.age06
なによりも、釈尊は、わが身を拝むようには説いていませんよね。カルトの教祖は、自分なり自分の家族を崇拝させようとします。伊藤もしかり。
[604]新入り 05/06/23 17:10 8vZh0JIoHz
私は以前交際していた女性が真如苑に入信していました。
あるとき彼女が自分が真如苑に入信していることを本人から聞きましたが、私自身他の人の信仰心をとやかく言うつもりもなかったし真如苑について何も知らなかったのでただ聞いておくと言うことにとどまりました。
彼女は自分にとって真如苑は切り離せないものだと言っていたので、彼女を理解するうえで真如苑も理解すつ必要があると思い誘われたのを期に私も入信しました。初めて帰苑したときの感想はお経らしいものを読みテレビの話を熱心に聴きメモを取る人もちらほらいたのでみんな熱心だなぁ位にしか思っていませんでした。特にこれといった違和感は感じませんでしたが、2度3度帰苑してみるにしたがって疑問が浮かんできました。お経の中の「南無真如教主・・・」それは人間でしょ?続いて教主の家族。終いには「南無真如継主・・・」。以前から彼女には「教え」を信仰の対象にするので人間を崇拝してしまってはいけない気がする と。それと本堂?の壁には教主をはじめ摂受院、両童子、拝みなさいとばかりに肖像画が飾られていました。仏教のどこに開祖を崇拝する宗派があるのでしょうか?お経にまで・・・。全く理解できません。
拝んでいる人に言わせれば「感謝の気持ちのを表しているつもりかも知れませんが 知らず知らずウチの崇拝しているんじゃないですか?
[605]新入り 05/06/23 22:27 8vZh0JIoHz
以前は、仏教もキリスト教も偶像崇拝を禁じていたと聞いたことがありました。これはこれで「なるほど」と思うことができました。なぜなら、釈迦にしてもキリストにしても「教え」を説き、人々がその「教え」を実践していくことで迷いから解こうとしていたからで、信仰の対象を「教え」においていたかであり、ここで釈迦自身、キリスト自身を崇拝するようになってしまうことは人々を本来の「教え」から反れてしまうことだと考えることができたからです。
では何故、現在の仏教、キリスト教は偶像崇拝の宗教になってしまったのか。やはり、民衆にわかりやすく教えを広げるためではなかったかとおもいます。個々で教祖の思いとは反してしまったように思えますが、仏教においては「教え」を象徴する神仏ををおくことで偶像により人々に受け入れやすしながらも「教え」そのもののから人々の気持ちが離れるこなく現在に至ったのだと思います。イスラムは現在に至っても偶像崇拝を厳格に禁じながらも世界三大宗教に数えらていますが、それはイスラム教自体が中東の狭い地域、ならびに似通った風土をもつ北アフリカなどもともと風土的に発祥当時の形態を維持しやすかったことにあると思います。
いずれの宗教も風土習慣にそくして発達してきたものであり、そのために必要不可欠なものは「道理」だと思っています。人々の生活の中で生かすためには、「因縁」ではなく「因果」を説くことに宗教として広く受け入れられるのではないかと思います。
私は、ここにカキコしながら宗教のにて自分は何も断定できないんだなぁと改めて感じました。しかしながら、私が思うには宗教と言うのは「奇跡」や「思い込み」ではなく「哲学」といって捉えたほうが社会的に見ても、個人的に見ても有益だと思いますよ。
[606]ヘー 05/06/27 14:54 83EYi/e9ac
聖教新聞うざいです。なんとかなりませんか?

[607]偽の気配 05/06/29 21:13 eZn4bqmx7O
購読しなければすむことです。
[608]下品。 05/06/30 18:18 z7ngMRmF7M
みなさん、こんにちは。

多くの教徒が、接心修行の不思議に魅了されて現在に至っているようです。

ご霊言って何でしょうか?
機関誌、その他で 「接心は占いではありません」と教団側から連呼され続けています。
その一点を強調しなければならないということは、他の多くの弱点を、それを知りつつも隠蔽せざるをえないということでもあるか、と思われるのです。
真実が占いでないのであれば、必死に否定を繰り返す必要がないのではありますまいか。
又それは、「新興宗教ではありません、純仏教です」の強調の姿勢にも同じことが言えると思うのです。
[609]下品。 05/07/01 10:31 1qpL8am..K
昨日、霊能発動修行に座る 教徒歴の長いご婦人と真如苑を話す機会がありました。

教徒は、苑のみが発表し続けることを 只、鵜のみにしているのでは?の私の問いに彼女は、清浄な心になれたのは苑のおかげと言います。
それは錯角なのではと思うのです。

その錯角が造られる環境を真如苑は周到に用意しているのですし、会座や霊能を発動せしめるなどという場は、集団催眠にほかなりません。それは接心修行にも言えることです。

彼女は、清浄な心になれたのではなく 真如苑があろうとなかろうと もとから美しい心の持ち主に違いないと思うのです。
[610]一般人 05/07/01 15:25 qdTj4KpTFo
>>582講釈師さんの書き込みは、私が必死に冗長に459で述べようとしたことを簡明に述べられてます。
おみごと。
つまり「教えの根本そのもの」が、摩り替えられているわけです。
[611]一般人 05/07/01 15:27 qdTj4KpTFo
>609
>教徒は、苑のみが発表し続けることを 只、鵜のみにしているのでは?の私の問いに彼女は、
>清浄な心になれたのは苑のおかげと言います。 それは錯角なのではと思うのです。
それだけとも思えません。
カルトは「美辞麗句」を掲げ、「懺悔を促す」ので、清浄っぽい心境になるのは当たり前かと。

しかし自分で「私は清浄になたわよお〜」と言うのは おかしいですね。ゲラゲラ
そんな「おかしさ」に気付いていけば、そんな組織であり、そんな教えなのだと、嫌でも知り得ます。


で、「清浄な心になれたのは苑のおかげ」だから「只、鵜のみにしている」ということでしょうが、
これはオウム信者の青山弁護士も、そのまま同じことを言っていました。
「取れなかった長年の腰痛が取れたから、信じた!」と。
またある信者さんは、「煩悩が取れたから、信じた!」と。 その補足としては 
>>507を参照ください。

[612]一般人 05/07/01 15:31 qdTj4KpTFo
604新入りさん
そうですね。苑精舎の中には教主一家の肖像画がたくさん飾られてますね。
当時、私も恐かったですw

>釈迦にしてもキリストにしても「教え」を説き、
>人々がその「教え」を実践していくことで迷いから解こうとしていたからで

実は仏教・キリスト教は逆なんですよ。 「信仰からの解脱」を釈迦は説いたんですから。
いわずもがな真如苑は、「信仰への埋没」を勧めますが。w

>偶像により人々に受け入れやすしながらも「教え」そのもののから人々の気持ちが離れるこなく
ん〜奈良の大仏さんが全くのプロパガンダツールなのは 手塚治虫の「火の鳥」にも描いてありましたよね。


>600 それからもう一つ仏法には多くの法門や経典があるのですが、それらの教えは一つ
>なんです。釈尊が悟りを開いたときこの教えは難解なので衆生に説かないほうが良いと
>さえ思った。釈尊が法を説くときにいろんな方法や手段を用いてその人たちに合わせて
>説いたとせれる。そのためたくさんの法門ができたのです。でも教えは一つなのです。

一体誰が、そんな出鱈目を言ったのでしょうか。
たくさんの法門ができたのは、
解釈や地理条件により分化したこともありますが、その主な原因は、「まったくの偽経」が多いことです。
イスラム教などの啓典宗教ならば、そんなことは在り得ませんが。
あなたは苑教義には関心無いとおっしゃいますが、 だいぶ洗脳が進んでしまっているようです。
「独り善がり」では仏法を理解することは出来ないでしょう。

>598
>このような心配りが本来の「おたすけ」ではないのでしょか
違います。
>>415を参照してください。

>実践しなくては何もわからない
カルト宗教おなじみの、「認知不協和理論」の悪用です。 「実践」とは真如苑内だけでの掛け声ではないのです。
[613]一般人 05/07/01 15:33 qdTj4KpTFo
http://nun.nu/religion.ten.thebbs.jp/1082223823/578
>たとえば同じ仕事をする場合、仕事をするのはお金のためだとか、
>私は偉いんだけどこんな仕事をしてやっていると思って仕事をしている人と、
>私には仕事が与えてもらえた、この仕事は私にかできない、私はこの仕事をさせてもらっているのだと感謝し、
>一生懸命にする人の違いではないのでしようか。

どんな気持ちで仕事をしようが自由だが、
弱肉強食の「真理」は翻ることは無く、善人でも悪人でもなく、 弱者が食い物にされる。
その感謝の気持ちは出世にもつながるだろうが
組織のシステムはメンバーの金を組織に流し入れる構造になっているわけで、
本人がどんな気持ちで仕事しようが「組織にとっては儲かる仕組みこそが重要」であり、
そう考えれば「ご利益現象」もまた、組織に営利還元されることを見越した霊力発現なのかもしれない。

そしてそれを体験談として宣伝することは、人の欲を煽る行為であり、メンバーのご利益執着は高まり、
さらにそれを逆に「求めるな」と制するのは「ダブルバインド」(二重拘束)と呼ばれる覚醒催眠技法である。

※ ダブルバインドとは、まさに「歩け」と言われてスカートのすそをふんずけられているようなもの。
相手がどうしたらいいの分からない状況を作りだしてしまうメッセージです。
ダブルバインドを長期にわたって受け続ければ、受け手は拘束状態から抜け出せなくなってしまうばかりではなく、
悪いときには統合失調症(精神分裂病)を引きこす可能性があると指摘されています。

そして「奇蹟」とは、人と時と場所を選ばず常に起こる現象であり、
それを教団による特別な体験談として宣伝するところにトリックがある。

[614]一般人 05/07/01 15:33 qdTj4KpTFo

簡単に言うと、真如苑が、仏教・マルチ・詐欺のいずれかを見極めるには、
「仏教とは何か」を知ればいいのです。 「護摩を焚けば清まる救われる」という説を釈迦は、

「んじゃぁ鍛冶屋が一番清らかなはずだよねえ。ガハハ」と、笑い飛ばしましたとさ。

[615]興味しんしん 05/07/01 16:06 pL/xdiBy6b
かるーい気持ちで覗いてみたのですが、まじですか?
って感想です。真如苑初心者でこの間はじめて連れて行ってもらった者です。私はあまりに無防備だったのかも。
[616]下品。 05/07/01 16:57 X4Uy7H723v
>>615
>まじですか?
 まじです。

たとえば、一組50万円の布団を扱うマルチがあるとします。
始めたはいいが、とうとう誰にも売れず諦めたとします。
50万円を失いましたが、布団は確実に手にしました。

真如苑というマルチが扱う商品は、姿かたちのない霊界ですから 金銭を失ったとしても一組の布団すら手元に残ることがないのです。
[617]一般人 05/07/01 17:31 LLtBGV05Nt

たぶん「布団どころか大宇の荘厳(だっけか?)を頂いたわ!」と切り返されるかも。w

思い返してみれば・・・

勧誘者の友人に告げられたのは「お寺・接心修行というのがある・・」だけ。
その時点で突っ込むことも出来ましたがいかんせん当方情報不足なのは判りきっている。
当時WEB環境になかったこともあり あえて突っ込まず、その実態に触れまくった私。
すばらしい!すばらしすぎる組織だ真如苑!
でもどこかおかしいぞ??w  良いか悪いか判らないが、間違いなくコントロールされてる!

のちほど図書館で仏教書(かんたんなやつ)を借りまくり
密教の本を買ったがまだ判らない。 その後パソコンを得、ネット上の織者に怒涛の如く質問を繰り返し、
そしてウザがられ、釈迦仏教とは?密教とは?護摩とは?カルトとは?宗教とは? を探索しまくる。

そのアクセスしたHPの中には
ttp://www.j-world.com/usr/sakura/index.html
ttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/1847/
ttp://www.n-seiryo.ac.jp/~usui/mc/index.html
ttp://www.fukuoka-pu.ac.jp/kokoro/1997sm/mind.htm

など。そして今は無き 下落合国際政治情報部「カルト・マインドコントロールからの脱出」
という名作もありました。
苑では組織の言う事を鵜呑みにしないと、「我の精進」と言われ、戒められる。
鵜呑みにする信者は「護られてる」らしい。
信者なのに不幸に遭うと、「それみろ鵜呑みにしなかったからだ」と本人の所為にされ「切り捨て」られる。
そしてこの様態は、かつて麻原彰晃が属した「阿含宗」にも、あたりまえのように存在している。


[618]興味しんしん 05/07/01 17:57 pL/xdiBy6b
特に新興宗教にはなんの抵抗も免疫もなっかたんですよ。カルチャークラブののりでついていったんです。誘ってくれた人が良い人でしたし。
最近入会?した人たちのお話を伺うとみんな不幸があって、という人が多く必死の形相。それが良いように改善されているらしい。わたしも不幸があってからでは教祖の前で命じられるままに踊りそうな気がして、大難が起こる前にあっさり入っておこうかと。確かに他力本願ではあるかもしれないですけど、不幸がおこらないならそれにこしたことはないですやん。。
しかし、信者の人でも癌になったって言ってはったような
[619]下品。 05/07/01 18:21 cgKLRDC7/E
>>618
>わたしも不幸があってからでは教祖の・・・。
>大難が起こる前にあっさり入ってお・・・・。

真如苑に勧誘してくれる良い人がそばにいたことが「不幸」で、あっさり入会したことが「大難」だと、後に思えたらいいですね。
[620]下品。 05/07/01 21:54 4zrWjT46Mk
今 入信しないと、或いは今 精進しないと、悪因縁が襲って来ると。因縁は待ってはくれないと。あなたが これを切る以外 幸せは無いのだと。
真如苑は、そういって精進を煽るのです、そして無償の労働と寄付を集め続ける。

「今すぐ この工事を行わないと、いつ屋根が落ちてきてもおかしくない」そういって煽り契約を取り続ける悪質リフオーム業者。

このふたつに違いがあるのだろうか。
[621]お願いです。 05/07/01 23:19 D-l2FfA
真如苑についてどう思うかは皆さんのご自由ですが、インターネットは不特定多数の方々が見ています。接心の内容や、苑の方々の悪口は決して書き込まないでください。特に真如苑の信者の方は苑のことについての書き込みはしないでください。詳しくは経親さんに聞いてください。
[622]そうね。 05/07/02 00:37 RkePO6zUVy
魔が入りますものね。悪口ではなく、事実なら良いのでしょうか。
事実が悪口になる場合はどうなのでしょう?
[623]イタチ 05/07/02 02:28 9EizhMcbj1
下品。さん
そうですね。悪徳リフォーム業者、テレビで見るたび真如苑の事を思い浮かべていました。
誰しも古くなった家には漠然とした不安を持っているが、正しい知識が無ければ現状を把握する事も正しい処置も分からない。
そこへ専門家を名乗り「無料点検」で気を許させ「あれもこれも〜」が始まる。
誰しも人生には不安や後悔があるが、自身で処理したり信頼出来る家族や友人との関係で自然に前向きに昇華しながら生きる人も
何かに頼りたくなる人もいる。
漠然とした不安をより強いものとされ、また後悔のあるものはそこを突き、仏教知識が無い者に「お寺」「本物の仏教」という
言葉で釣り教祖一家崇拝新興宗教に引き込む。
巧妙に弱みに付け込む、同じ手口ですね。

>>621
真如苑の信者の皆さんの言葉を聞けば聞く程、そのカルト性が明らかになります。
あなたの書いたその文章、それこそが真如苑が仏教とは程遠い破壊的カルト教団である事の証拠です。
破壊的カルト教団の定義は私も他の方々も再三書き込みました。
何を破壊しているのかって?あなたの心です。
真如苑の実際を何故書き込んではいけないのか、私たち非信者が理解出来るように説明出来ますか?
「やってみなければわからない」
それもまた破壊的カルト教団の特徴です。
[624]偽の気配 05/07/02 08:06 eZn4bqmx.G
621> 苑の信者さんですね?苑のよいところ、悪いところをみつめる、という機会は、たとえ信者であっても持つべきです。無条件に苑は正しい、間違っていない、それを批判するものは許せない、ということを、あなたのスジオヤなり、苑の幹部がいうのであれば、それは怪しいのだと思う気持ちがなくてはいけません。現実逃避して仲良しクラブごっこに満足するのは、あまりに自分勝手なのです。他の皆さんもいっているように、きちんと釈尊がなにをいわんとしていたのか、を知る努力をしてください。伊藤は、釈尊の教えをつたえているわけではありません。接心とやらも、街角でいっぱし有名になっている占い師とどれほどの違いがあるものなのでしょうか。


[625]下品。 05/07/02 17:17 cgKLRyIY2s
>>623 イタチさん
件のリフオーム業者は、ひとつの工事を終えると 直ぐに次なる危険箇所を捏造して新たな契約を繰り返していました。その結果、リフオーム総工費が3千万円を越えた被害者もいました。

接心修行の「ご霊言」で感謝や供養の対象を告げられ続けますが、真如苑のこの捏造によって教徒は新たな契約を繰り返し続けます。
両者は、符合し過ぎています。

リフオーム業者は、機能しない除湿フアン工事を大量に行っていました。
湿気は取れず、ただ空気を撹拌するだけの商品。住宅にそれを大量に取り付けても何も意味を成さない 一番の目玉商品。

この存在理由のない除湿フアンに相当するものは真如苑のどの部分だろうか?
真如苑そのものが それですね。

>>621
真如苑のみを鵜呑みにした結果、教団が望む 今のあなたが出来上がった。
真っ最中の人に何を言っても無駄、理解ってはいますが あなたのレスがまたそれを再度裏付ける。
[626]講釈師 05/07/02 20:07 wwvcx1cxkw
歴史@草創期

  伊藤文明(後の真乗)は、明治三十九年(一九〇六年)三月二十八日、山梨県北巨摩郡長坂町の農業
伊藤文二郎、よしえ夫妻の次男として生まれた。父親は家に代々伝わる「甲陽流病筮妙」
という易学書に通暁し、また母親は熱心な天理教徒であった。伊藤家はひとかどの地主であった
らしいが、文明は、昼間の正規の学校としては高等小学校を出ただけであった。理科と図画が得
意な、手先の器用な子供で、高等小学校時代に父から病館妙の口伝を受けたと言われる。
 十八歳で上京した伊藤は、働きながら夜学に学び、仕事の合間を見ては、日蓮宗の道場やキリ
教( プロテスタント )の教会にも足を運んでいた。やがて軍隊生活を経た伊藤は、二十二歳の
とき、花形の軍需産業であった石川島飛行機に技師として就職した。高度な物理学を要する最先
端の分野は、むろん伊藤のよくなしうるところではなかったが、空中撮影装置、射撃装置などの
細かな分野では、かなり重要な仕事を引き受けていたらしい( 第二次大戦当時のわが国の戦闘機
には「回転するプロペラの隙間から機銃弾を撃ち出す装置」が取りつけられていて威力を発揮し
たが、これは伊藤の発明によるものであるという。)
昭和六年には、石川島飛行機の立川移転に伴って伊藤も立川に居を移し、翌昭和七年には、ま
たいとこにあたる内田友司と結婚した。
友司は、明治四十五年五月九日、山梨県北巨摩郡高根町の商業内田義平、もとよ夫妻の長女と
して生まれた。四歳のとき父が亡くなり、まもなく母は他家へ嫁ぎ、友司とその兄妹は祖母内田
きんの手によって育てられた。この祖母には霊能があり、明治時代に横浜で狐怨きを治すなどの
人助けをしていた。この人は現在、真如苑では「宝珠院様」と呼ぱれ、真如霊能の祖としてあが
められている。この祖母の娘で、友司の伯母にあたる油井玉恵も、この祖母の霊能を受け継いで
いた
伊藤自身も、就職当初から・病筮鈔(易学書)による運勢判断で職場仲間の相談相手になって
やるなどして・ボランティアの易者的活動をしていたらしいが、結婚当初は、伊藤夫妻は互いの
宗教的な血統や素質について、あまり深く考えることはなかったと言う。
しかしやがて、伊藤の身の上に病気や仕事上の失敗などが妙な形で起こることを通じて、彼は
自分の使命は今の仕事よりも宗教の道にあるのではないかと考えるようになり、不動明王の信仰
に深入りしてゆくようになる。やがて、伊藤の易占を頼って集まってくる固定客も四、五十名で
きるようになった。
そこで伊藤は、いっそのこと会社を退職して宗教に専念しようかと考えたが、二人の子供の養
育のことを考える友司は、当初はこの考えに反対であった。
[627]迷える 05/07/02 22:31 W4qbE.uL9q
一般人さんへ
> たくさんの法門ができ教えは一つなのです。
そうですね、教えは一つではありません私の言いたかったことは、教えはいろいろあるの
ですが、それらの求める目的が一つだと言うことで言葉足らずでした。
仏教の求めるところ、それは菩薩の心境、つまり限りない慈悲と、あらゆる事を知って
いる仏の智慧なのです。
ここで慈悲とは、隔てのない見返りを求めない愛情です。母親の子供に対する愛情だと
思います。
そこには、「何かをしたから見返しがあるはず」と言うようなことはなく、我が子を助ける
ためには、自らまで犠牲にして、つくす思いやりの心だと思うのです。
また仏の智慧とは、本当の智慧、正しい智慧、あらゆる真実を見抜く洞察力です。
この智慧を得るには、深い三昧の中から生まれるもので、涅槃の境地に達したとき、
必然的に得られるものです。つまり人間の持つ「エゴ心」(煩悩)をいかに克服できるかと
いうことに尽きると思います。
もちろん智慧と知識は別のものでいくら知識があっても智慧があるとは、いえません。
>>621 さん真如苑は確かに完璧な仏教教団ではありません。むしろ問題のほうが多いかも
知れません。
あなたの考えは、「くさいものには蓋をしろ」の考えで納得できるものではありません。
「雨降って地固まる」で何事も徹底的に論議し本質を見極めるべきです。それが本当の
意味の「利他他利」の精神ではないのでしょうか。
不完全な教団ほど得るものは多いと思います。
「苑」の悪口を言われたくらいでどうなることではないでしょう。それ以上に良いことが
あるはずですし、「真理」は普遍です。
むろん悪徳業者と真如苑とくっ付けて同じだとする、「真理」をわからない人、いや
わかろうとしない人たちや、自分の欲望に支配された人に何を言っても無駄ですが。
[628]はて? 05/07/02 22:52 .OOvrc4/gx
>>627
いいこと書いてたのに最後の2行で台無しになっちゃった
[629]イタチ 05/07/02 23:22 KFzI6WSJhZ
>>628
それこそが真如苑の実態を如実に表しているんだと思いますよ(笑)
信者さんの言葉こそがいつもメッキを剥がしてくれるのです。
[630]イタチ 05/07/02 23:30 KFzI6WSJhZ
ちなみに「インターネットは見るな書くな」は教団の指導方針ですし
実際ネット上の議論を読み目が覚めた人も多いでしょう。
噛み合ない議論が第三者にどんな印象を与えているかに考えが及ばない
いや、「雨振って地固まる」方向に向かっているとさえ感じてしまう事が
カルトマインドコントロールの証拠でしょう。
[631]下品。 05/07/03 09:55 9nwjPWq4wV
>>628さん
同感です。
>>627レスを我ながら真剣に読み降りてきましたが、ラスト2行は唖然。

これほどに真理を求め語る人ですのに。

手強いですね 真如苑。
[632]講釈師 05/07/03 13:27 wwvcx1cxkw
「 大難を小難に変えて見せます 」と誇大広告をする新興宗教。
「 親の因果が子に報い 」と不安をアオル似非仏教教団。

悪質リフォーム業者に憤る世間の立場から眺めるのか、
被害者に、もう少しの知識や、近しい人との会話を持ちなさいと、助言するのか。

世の中には詐欺師もいれば、騙される人も必ず存在する。
しかし、詐欺師集団が大手を振って街中を闊歩する、それを許す世の中にはしたくない。

苑徒の方よ、騙されているのか、否か、世間と会話を持ってください。
[633]偽の気配 05/07/03 22:29 eZn4bqmxJp
「真理」とはなんぞや?釈尊の説いた教えについて、ですか、それとも伊藤の話のなかにそれをみいだそうとしているのですか、迷えるさん。釈尊と伊藤をならべようとするような、おろかな行為はやめるべきです。自分の目をしっかりみひらいてみてください。
[634]迷える 05/07/03 22:33 W4qbE.uL9q
「真理」をわからない人や、わかろうとしない人に付いて少し書かせて頂きたい。
法華経の「方便品」の中に興味深いことがかかれています。
釈尊は偉大な教育者でもあります。大声を張り上げたり、肩を怒らせての大雄弁でなく、
たんたんと語って、しかも人々の心にしみとおる説法であったとされる。(言辞柔軟、悦可
衆心)と言っても、いつもにこやかに人に乞われるままに説法されていたのでは
ありません。
人生論的な問いには、すぐに事例をかかげて答えられておりますが、「悟り」に関しては、
ときには沈黙をもって答えとしたり、あるいは教えることを拒否しつづけ、時期の熟する
のを待って、はじめて口を開いたとされる。
その理由は、仏の智慧(悟り)の内容は、「人間がくだす相対的、論理的な判断では、
とても理解できるものではない。」 と釈尊は考えるからです。

そんな釈尊にすら「五千起去」というハプニングがありました。
「五千起去」とは、釈尊が弟子の舎利沸に「諸法実相」の説明の「一大事因縁」について
今まさに説法に入ろうとしたとき、会の中比丘(修行僧)や比丘尼(出家した女子)五千
人あまりが、座から立ち上がり増上慢(うぬぼれの心)のために生じた悪い根性のため、
彼らは得ていないものを得たと思い、達成していないものを達成したと思い、彼らは
自尊心を傷つけられたと思い、その場から出て行ったのです。いわゆるボイコットです。

「五千起去」というアクシデントに対して、釈尊は落ち着いて「黙然として制したまわず」
何事もなかったように「かくの如き増上慢の人は退くもまた佳し、まさに汝がために説く
べし」つづいて有名な「一大事因縁」を説かれるのです。
ただここで「かくの如き増上慢の人は退くもまた佳し」を、去るものは追わず。と解釈
されるが、釈尊の思いはもっと深いところにあると思う。
なぜなら「仏性はどんな人間にもそなわっている」「一見無縁に見える人たちにも心中に
仏性がある」ことを示唆しようとする心が読み取れる。

また「五千起去」は、「悟り」を開き仏となられた釈尊ですら人間に「悟り」を開かせる
事のむずかしさ「真理」の追究の難しさをあらわしていると思われる。
[635]迷える 05/07/03 23:17 W4qbE.uL9q
為の気配さん  ご忠告ありがとうございます。
私の正直なところ教主は、確かに「苑」を開いた当時には苦労もしているし、接心修行の
取り組みや利他行には、ひとかたならない努力が感じられ尊敬に値されると思われます。
しかし晩年の教主には、失望させられる。
やはり人間お金の魔力には勝てないものなのか
むろん、写真や金の銅像に手を合わせることには、我々男性教徒は、違和感を感じて
います。
ではなぜに「苑」にいるのでしょうか? 本当の「真理」を追究したいから
[636]偽の気配 05/07/04 07:40 eZn4bqmxPf
苑で真理を追究できますか?
私には、そうは思えません。
苑に真理に目覚めた人はいるのですか?
今の継主には、そういった精神面での才覚があるのでしょうか?
なぜ、かの御仁が苑を継ぐことができたのか、私には理解できません。
伊藤真乗は、たしかに苑を開いた当時には苦労したのかもしれません。
そのときには純粋な気持ちを、もしかしたら、もっていたのかもしれません。しかし、晩年にかいた自伝を読むと、まるで自らを神童であったかのようなかきっぷりです。ちゃんちゃらおかしくて、正直なところハナにつく自伝でした。伝わってきたのは、自己陶酔している伊藤の姿だけです。
当初の思惑がどうであれ、できあがった教団の体質は、伊藤真乗生前からすでに今の体制だったのです。苑というシステムは、真理探究のためのシステムになっているとは思えません。むしろ信徒には考えさせず、「盲目的」に伊藤の言葉に従い、疑問をはさまず、否定を許さず、こまめに献金させ、さらには信徒同士で勧誘を繰り返させる、そのためのシステムとして機能しています。またそれを目的に作られたシステムに見えます。伊藤は、そのシステムを完成させようとした人物です。真理に目覚めた人物であったとしたら、そのようなシステムをつくるでしょうか?釈尊の態度と比較してみれば、はっきりしませんか?私には、伊藤のやり口は、某問題をひきおこした教団の教祖など、いわゆるカルト系教祖のやり口とそっくり同じに見えます。苑は、自らをカルトではないと主張していますが、やっていることはカルトそのものではないですか?
真理を追究したいのであれば、それにふさわしい場所を探す、その努力が必要だとおもいます。居心地がいいから、というそれだけの理由で、今の苑にしがみついてしまうというのは、正しいことではないとおもいます。真理に目覚めるまでに釈尊がたどった道を思い返してみてはいかがでしょう。違和感を覚えながら、それに眼を瞑るというのは、真理を探究する姿勢とは相反するものではないですか?
苑にいる人は、幾つかの矛盾を感じていても、結局そこから脱しきれずにずるずると続けてしまう、そんな人もいらっしゃるようです。私の身内もそう。ですが、それは、内部ではあからさまな批判はなく互いに馴れ合いの関係から、世間一般よりも居心地がよいから、という理由によるものではありませんか?内部の自己批判を許さない組織は、もうすでに腐り始めているとおもいます。ともに沈む覚悟までしているのでしょうか。


[637]偽の気配 05/07/04 07:42 eZn4bqmxPf
利他行自体は、悪いことではありません。
でもその動機付けが、苑の場合は間違っているとおもいます。
利他の皮をかぶった利己的行動。
[638]地蔵。 05/07/05 01:16 HLLWP3V6EC
>>635 前々から感じていた事なのですが・・。迷えるさん、貴方はそのHNとは、逆に
本当はもうとっくに自分で気づいておられるのではないですか?

苑は幻想を溜め込む空箱にすぎないと。

真理を求める美しい自分が大好きだと。

居場所を苑に思い定める理由が私にはまだわかりかねますけども・・。

[639]失礼します。 05/07/05 11:34 Ri6QFd0rBg

世界を救いたい方、病気を治したい方、金持ちに成りたい方、悟りたい方、カモメのジョナサンに成りたい方、

良い組織を知っているので ご紹介しましょう。
そんなみなさんのご希望に、ぴったりマッチするはずです。

「その組織の言い成りになれば」満たされること請け合いです。
あ、そんな組織は、じつは沢山あるんですよ! しかもあなたの身近に。
組織名は 真光とかアーレフとか佼成とかエホバとかいうんですけど、
まあどれでも「おんなじ」ですから。。

あ、もう知ってる?入ってる??  こりゃまた失礼しました!!!!!!!!!!!!!!!


[643]迷える 05/07/05 23:06 W4qbE.uL9q
為の気配さん  あなたの言われる事はある意味で正しのでしょう。
>苑で「真理」を追求できますか?
私は、「真理」の追求にその気持ちがあれば場所や時空には左右されないと思います。
>苑には「真理」に目覚めた人はいるのですか?
答えはわかりませんしかし、言えることはそのほとんどの人たちが「真理」を求めるため
努力していることは確かです。
もし、「悟り」や「真理」に目覚めた人がいても外見は何も変わらないのです。では何が
変わるのでしょうか。心の持ち方が変わるだけです。
自分が困ったとき、何かをしたいとき頭の中に解決法が浮かんでくると言います。
究極のリラックスによる脳内物質の放出の効果か、わかりませんが「仏の智慧」が
いただけるのです。

教団に対しても欠陥だけを指摘なさる。どんな人間や何かものごとに対しては、いい所
悪い所は、あるもので、その一方だけを批判して、善し悪しを決めるには片手落ちだと
思います。
人間はひとりで生きていけないものなんです。病気や怪我、精神的な苦しみに対して、
早く楽になりたい、何かにすがり助けて欲しいと願う気持ちは、誰にでもあるものです。
そんな時仏教の教えは、解決のヒントを与えてくれます。
その方法は、適切でなくてもきっかけをつくってくれました。
私は「苑」に入信するまでは、仏教はお釈迦さまの教えで死んだ人を供養するための
ものでお経を唱えていただくと死んだ人が極楽にいけるものだとずうっと思っていました。
しかし仏教は、本当は生きている人のためにあり、そのお経は心を錬磨するためのもの
だと気付かされました。
また、世間では、仏教の話と言うとどうしても偏見的な目で見られてしまいます。
そうかといって、お寺の住職に気軽に聞きに行くこともままならず、結局独学しか道が
ないのです。でも、教団ならある程度のことまでは、気軽に聞けるし、相手の意見や
自分の意見を言うことができるのです。それによって格段に進歩するのです。

つまり合理的に考えても、(+)の部分と(-)の部分を加えたとき(+)の部分が多いから
「苑」にいるのだと思うのです。
ああそれから、真如苑は、決して内部の自己批判を許さない組織ではありません。
私などは、言いたい事言っています。また違和感や意にそぐわないところは私なりに微力
だが努力していきたいと思っています。
地蔵さん
私はそんな自己本位な考え方では、「悟り」や「真理」の追究はできないと思います。
[644]テルテル 05/07/06 03:59 Zy3T/QdW4j
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[645]偽の気配 05/07/06 08:35 eZn4bqmxrS
迷えるさん。
仏教が、死んだ人を供養するためのものではなく、生きている人のための生き方の指針:心のありようをとくものである、ということに気づかれているのであれば、苑のありようのおかしなところはみえるのではありませんか?もちろん、おっしゃるように、真理を追求するのだという気持ちがあれば場所や時空に左右されないはずである、と私もおもいます。でも、同じくおっしゃるように、人は弱いものです。あなたが、いわゆる「良い」人であればあるほど、苑のように人間関係にしばられ瑠場所では、世俗にとらわれ真理探求に徹しきれないのではないですか。内部批判を許さない組織、教祖絶対の組織、そして内部でスジオヤ云々というたての繋がりを重要視する組織。苑の教えそのものが釈尊のいうところの悟りの境地に至ることを目的としたものなのかどうなのか。伊藤の教えに従う現信者のうち高位の者がこぞって「伊藤によき弟子といわれるように精進したい」という組織(精舎にいってプルーフなるものの時に、話している人がそろって同じことを言ってました。直接私自身がこの耳で聞いたことです)。そのような場所で、優しさという弱さを抱え続けた一般の人が、己を見つめなおし、悟りをひらけるようになるものでしょうか?

世間では仏教の話というと偏見的な眼でみられる・・・とおっしゃいますが、はっきりいいましょう。真如苑の話といったほうが奇異な眼でみられます。ただ、真如苑ってどんなところ・・ということに関する知名度が圧倒的に仏教より低いだけです。それになによりも、自分の心のありようを探求していく上で、なぜにそこまで世間の目を気にするのですか。とかく偏見的な目でみられるとおっしゃいますが、どれだけの人がどのように見ているというのでしょうか。具体的に考えてみてください。子供が、「みんなが持っているから僕もほしい」といったときに、「みんなって誰が持ってるの?」ときくと、せいぜい2〜3人の子の名前しか挙げられませんよね。それと同じじゃないですか?仏教の普通のお寺にはいきにくい、住職の話をききにいきずらい・・というのも貴方の心がそうかんじているだけであって、お寺が「くるな」といっているわけではありません。最初の一歩を踏み出す思い切りさえあれば、難なくできることですし、そんなに身構える必要もないことです。実際私がたずねていっても(近所のお寺)、普通に話しすることができました。

苑は、開かれているといいつつ、立川は高い塀に囲まれていますし、苑の話をあまりひとにするなという、表立って批判することを良しとしない気風があり、信者に聞いても自らが何を目指しているのかわかっていない人が多い。ただ3つの歩みをすればよいとだけ考えている、或いは宗信じ込まされている人がいる。実体は開かれているといえるのでしょうか。北朝鮮が外部の情報がはいりこむのを極端にさけ、しかも国家主席一家の悪口を国民が言わないように締め上げる・・その体質とそっくりそのままいっしょじゃないですか?

苑の悪いところだけ指摘するといわれますが、私は何度か精舎にいって、そこで語られていることを聞いています。はっきりいえるのは、苑の教えにすばらしさをこれっぽっちも感じなかった、ということです。普通の小さなお寺の住職の話を聞いたほうが、仏教の話をよりよくきくことができます。苑の話は、伊藤すばらしだけでなかみがありません。継主の話も一度ききましたが、いかに伊藤真乗・友司がすばらしいかったか、という話ばかりで、仏教的に中身のある話はみじんもありませんでした。くりかえしますが、苑の教えはなにをめざしているのですか。伊藤崇拝者を増やそうとしているとしか思えない、話のありようではありませんか。迷えるさんが、もし本当に自分の心のありようを探求しようとするのであれば、苑をやめる必要はありませんが、苑以外のところで住職の話、本家仏教真言宗の話をきいてみてはどうですか。それすらも拒まれることはないとおもいます。場所にこだわらないというのであれば、苑だけにこだわる必然性もないはずです。
[646]イタチ 05/07/06 08:43 1vn8GdM7TF
なるほど、今回の迷えるさんの書き込みを読むと、「模範的真如教徒」とは違い
きちんと自分を保ちつつ真如苑を利用しているのかなと感じる部分もありますが
やはり矛盾を感じてしまいます。

言いたい事を言ってる、違和感や意にそぐわないところに努力する、とは言っても
やはり真如苑の根本的な部分、「真如霊界」「先祖の因縁」といった部分について
霊能者との対話で納得させられてしまっているようでは、何をしても伊藤家の掌の上なのではないでしょうか。

真に真理を追究するのであれば、何故、昭和の時代になってからこのような新しい概念を作り出した新宗教が
伝統仏教を名乗り存在しているのかを追求する方が近道と感じます。

結局、その冷静な目を持つ事が出来ない=「自我を捨てている」=コントロールされた真如教徒
という結論が出てしまうのです。
哲学としての仏教徒であり、現実主義の私の感覚ですが。

仏教の教えが解決のヒントを与えてくれる、という部分は同意です。
しかし釈迦の教えと迷えるさんの言う「自我を捨てる」は対極にあると感じるのは私だけでしょうか。
[647]イタチ 05/07/06 08:47 1vn8GdM7TF
偽の気配さんと被ったような内容になってしまいすみません。
同時に書いていたようですね。
[648]偽の気配 05/07/06 12:40 ahgBSInQsH
私もイタチさんと同感です。

645の書き込み、ちょっと読みにくかったですね・・
変換ミスもあったりで・・すみませんでした
[649]下品。 05/07/06 17:43 epGcL.waBg
>>643
あなたは、真如教徒なのです。
「真如霊界」の存在を信じ、「抜苦代受」を信じ、双親、両童子の常住を信じている真如教徒なのです。
これらを信じている限り、会話は成り立たない。

あなたが もし私の家族であったなら、気付いてもらえるまで長い時間をかけて共に過ごしてゆくしか手立てがない。

盲従の果てには、「真理」、「救い」、「幸せ」は、けしてありません。
[650]セーニカ 05/07/06 22:50 yr735jlwMP
真理を追究したい方は下記の本を読むと良いでしょう。

・『涅槃経』を読む ブッダ臨終の説法 講談社学術文庫 田上太秀/〔著〕ISBNコード4-06-159686-1 税込価格 924円

この田上太秀という方は駒沢大学の仏教学部教授です。安い本ですし「悟り」や「真理」の追究をしている方は一読の価値があります。
[651]迷える 05/07/07 00:03 jYtAJXzm96
あなたたちは何が、「幸」であると思いますか。
お金をたくさんかせぐことですか。世間の地位を得ることですか。それとも偉い学者に
なることですか。これらをすべて兼ね備えている人は、本当に「幸」でしょうか。
私は違うと思います。私の「幸」とは、愛する人すべてが健康であり、普通不自由のない
生活ができ、「今日一日無事に生きられた」と感謝できることです。

確かにお金や地位があれば、ある程度の事はできます。また私達は、それのために働いて
いる。少しでも生活が豊になるよう努力しているのです。しかし、必要以上に、それらを
欲しがるところに問題が生じるのです。
お金は魅了的な物で、お金で人の心までも買えると錯覚します。またお金のあるところ
には、必ずと言っていいほどトラブルが生じるものです。
これらは人間の欲の深さから生じるもので、お金自体はただの物質なのです。
決して本当の幸せはお金で買うことができないと思います

この様な人間の欲を仏教では「煩悩」と言っています。
「悟り」はこの「煩悩」を浄化すること。「般若心経」には「無」とか「空」とかで言って
います。この「空」の教えは、存在するものを当然あると思うところに、欲望や間違いが
生じるもので、一旦存在するものを存在しないと「煩悩」をすて見ることにより、違った
観点から物を観ることができるというものです。
たとえば、人間誰にも親がいます。親というものは非常にありがたいものです。もし親が
いないと仮定した場合、私達はより多くの親のありがたさに気がつくものです。

為の気配さん
そうですね。仏教を偏見的に見ていたのは私だったのです。
私は「真理」普遍で一つのものだと確信しています。そこには「苑」も伊藤家も仏教も
すべてが包括されると思います。
確かにあなたの言う通り「苑」は未熟だと思います。また「法華経」の話で恐縮ですが、
「化城の喩」の中に出てくる城だと、私には思えます。
[652]地蔵。 05/07/07 03:02 Uz1ZwsQOPo
>>643 私はそんな自己本位な考え方では、「悟り」や「真理」の追究はできないと思います。

否定されると(実はしていないのですが)人を「自己本位だ」と貶めようとする心根が残念でなりません。

ついでに言うと、私は「悟り」だの「真理」だのにさほど価値を感じません。苑の「霊能者ごっこ」による探求ならなおさらです。自己本位も、むしろ褒め言葉ですね・・。人の弱さや矛盾に背を向けた、脆弱な
宗教のカンフル剤など、そこらのドリンク剤にすら及びません。

時代は動き、人も変わる。地球ですらその姿を変えていく。人にとって不変の真理というのは、生まれたら死ぬ、位のものでしょう。
繰り返しますが、苑の説く世界観なぞ、何の役にも立ちません。

釈尊が真如霊界を説いたというなら少しは考えますがw

[653]地蔵。 05/07/07 03:04 Uz1ZwsQOPo
うう。久々で改行すら出来ず、申し訳ありません。見苦しい。。
[654]講釈師 05/07/07 10:09 z7wmUzDQu/
「 しかし災難に逢う時節には,
災難に逢うがよく候、
死ぬる時節には,死ぬがよく候
是はこれ,災難をのがるる妙法にて候」

良寛和尚の句ですが、「 大難を小難に‥‥‥」と
唱和する新興宗教とは対極にあるようです。
[655]一般人 05/07/07 11:08 9BNZpqpe/V
↑654 対極ですよね。 >>582講釈師さんの書き込み共々、しっかりお読みください特に信者さん。
迷えるさんどう思いますか?
[656]一般人 05/07/07 14:08 2QKJkYRXaS
迷えるさんありがとうございます。
>仏教の求めるところ、それは菩薩の心境、つまり限りない慈悲と、あらゆる事を知っている仏の智慧なのです。

違います。
まず釈迦が求めたのは「苦の除去」です。「利他」でもありません。
というのも、仏教は「無我」の教えと言われますが、まず「自他」の区別を無くすことが求められますから、
「利他」という言葉自体が そぐいません。「慈悲」といっても、自分を含めた皆に対しての物です。
そして「仏智」ですが、釈迦は幾ら考えても結論の出せない、「死後のこと」や「常住不変の絶対的存在」
には関与しません。
つまり釈迦は、「あらゆることを知ろう」とさえしません。 ただ「苦の除去法」を得ようとしました。
大乗仏教は、「集客」のために、釈迦を全知全能のように「脚色」したわけです。
そして釈迦の教えを「金儲けのため」故意に「汚して」多くの偽経が生まれました。 だから、いろいろ「教えモドキ」があるんです。
[657]一般人 05/07/07 14:08 2QKJkYRXaS
「仏智」と言うならいろいろありますが、私はコレがココロに染みます。
※ 過去を思い悲しむことなく、未来を願い求めることなし、ただ現在によりて生活す、故に顔色も明朗である。


これは「現在刹那を大切に生きろ」ということであって、至極簡素な精神理論です。
懺悔献金供養奉仕勧誘などによって「徳」?が増え
その結果ご利益が眼には見えもしない「霊界から」降ってくるそして病気が治り収入が増える、などという
「摩訶不思議なご利益信仰」 ではなく。

634「五千起去」とは知りませんでした。
(そもそも法華経をはじめとする大乗経典は釈迦とは無関係であると知られてるので)
でもその内容としては事実とは思えず、「脱退に対する戒め」にも感じられますが・・
とにもかくにも、[627]迷えるさんの解説は、あいかわらず大乗色が強いですね。

ちなみに迷えるさん、「五千起去」は、苑の説法に含まれていたのでしょうか?


[602]普通の主婦さん
>真如苑では「おたすけ」を菩薩行だと言っていますが、
>もともと釈尊の布教活動は仏教の考え方を説いてまわったのであって、勧誘していたわけではないですよね。
>(釈尊を慕って自ら出家した方は多くいましたが)

そのとおりですね。
有名な逸話として サーリプッタが、托鉢をするブッダの弟子アッサジに出会い
その教えの要諦(縁起論−これがあって彼がある)を得てすぐさま弟子を引き連れ釈迦に帰依した、とあります。

>晩年の教主には、失望させられる。やはり人間お金の魔力には勝てないものなのか
つまり教主本人が、「堕ちた」というわけですか・・ 効果ないのかな真如密。


[658]一般人 05/07/07 14:09 2QKJkYRXaS

[636]偽の気配さん
>伊藤真乗は、たしかに苑を開いた当時には苦労したのかもしれません。
いやですから彰晃も大作も、苦労してますってw 苦労と純粋な気持ちは無関係です。

>苑は、自らをカルトではないと主張していますが、
詐欺師は自ら、詐欺師だと名乗りますか?

>苑にいる人は、幾つかの矛盾を感じていても、結局そこから脱しきれずにずるずると続けてしまう、
つまりその手口に「捕らわれている」わけですから、辞めれませんよ〜。

[659]一般人 05/07/07 14:10 2QKJkYRXaS
>643迷えるさん

>苑には「真理」に目覚めた人はいるのですか?>答えはわかりません
わからないのですか。ならば、
>もし、「悟り」や「真理」に目覚めた人がいても外見は何も変わらない
のかどうかもわかりませんよね。心の持ち方が変わるだけなのかどうかも。


>自分が困ったとき、何かをしたいとき頭の中に解決法が浮かんでくると言います。
誰が言うのですか?「悟り」や「真理」に目覚めた人に、会ったことがあるのですか。

>「仏の智慧」がいただけるのです。
その中身は>600困っている人になにをしてあげるかであり
だそうですが それも含みますけど部位としては末端でしょうね。
まずは「目覚めること」ですから。
元来仏教というのは、拝む祈るを「排除」して、ありのままを見るものなんですが
(日本では)営利的かやむを得ずなのか、「念仏唱えれば成仏できるよ」なんていう教えに換わってしまったんですね。

その改変の元凶は 最澄のおっさんらしいです。 いわずもがな真如苑は・・・。

[660]一般人 05/07/07 14:10 2QKJkYRXaS
>いい所悪い所は、あるもので、その一方だけを批判して、善し悪しを決めるには片手落ちだ
まさにそのとおりですが、
たとえば アサハラショウコウさんは「世を救済するために」信者にMCを施し、
結果お金を払わせたり「サリン」を撒かせたりしましたよね。
真如苑はサリンを撒きませんけど「信者に似たようなMCを施し同じく集金に忙しい」
ことから観て
両者は同じように批判されて然るべきと思われますが 如何ですか?


>しかし仏教は、本当は生きている人のためにあり、そのお経は心を錬磨するためのものだ
そうですね。
でも真如苑などは「先祖を救う」ことを目的にしているんじゃないですか?
あるいはそれは「建て前」で 本当は生きている人の心を錬磨するためのものなのですか?
実際には、「先祖は救われてない」のかな。。。


>教団ならある程度のことまでは、気軽に聞けるし、相手の意見や自分の意見を言うことができるのです。
でも、真如教徒さんは皆、仏教を知らないじゃないですか。教主さえも。 [578]参照。
>それによって格段に進歩するのです。
まず自画自賛しても駄目。 このとおり、周りはさっぱり賞賛していませんよ真如苑を。

>(+)の部分が多いから「苑」にいるのだと思うのです。
本人にとって(+)の部分が多くとも駄目。 このとおり、周りはさっぱり賞賛していませんよ真如苑を。

>ああそれから、真如苑は、決して内部の自己批判を許さない組織ではありません。
甘い自己批判よりも、まずは厳しい世間の批判に応え、謝罪すべきかと。

[661]一般人 05/07/07 14:11 2QKJkYRXaS
[646]イタチさん
>しかし釈迦の教えと迷えるさんの言う「自我を捨てる」は対極にあると感じるのは私だけでしょうか。
いい指摘ですね。カルトの言う「自我を捨てる」は
「教主の言い成りになる」ことなので、いわば精神の単なる「刷り変え」です。

信者は自分に執着するのではなく、カルトに執着するように仕向けられます。

一方釈迦仏教で言う「自我を捨てる」は「空」とも言えると思いますけど
「自分」を認識しながらも、「他者」をも自分と同等に感じられる、自由な境涯。
またその「自分」さえも、多くの要素の集合体であり、移ろいゆくもの、と認識できること。

移ろいゆくものであるからこそ「苦」からも解き放たれることが出来得る。という理屈も成り立ちます。
もちろん、「自分が救われたから相手も喜ぶはずだ」
というような勝手な思い込みによる盲進押し売りは、ただ迷惑なだけですがw

[662]一般人 05/07/07 14:13 2QKJkYRXaS

>651あなたたちは何が、「幸」であると思いますか。
>お金をたくさんかせぐことですか。世間の地位を得ることですか。

つまり 求めるものが満たされること。それが「幸」ですよ〜。 単純な話ですがな。
お金とか権力とか、苑信者さんならば「霊位」でしょうか。

とにかくまず「真理」の定義をしないと会話になりませんよ。 あと「悟り」の定義も。
>>私は「真理」普遍で一つのものだと確信しています。
普遍なのか一つなのか二つなのかどうかはどうでもいいですが 「仏教でいう真理」とは何でしょう。

・キリスト教の真理とは、イエスの復活を信じれば永遠の命を貰える
・真如教の真理とは、3つの貢献を実践すれば真如霊界へ行ける
などですが、これらは「仏教でいう真理」には当てはまらないですね。ぜんぜん。

「仏教でいう真理」とは、「ありのまま」であってそれ故、矛盾も無く、信じる必要さえ無い。
「信仰」とは 信じないと成り立たないことであって、要するに、根拠がないということ。

明らかな真実には、根拠があるので、信じる必要すらないほど明確。 それを真理という。
そしてそれを悟る事が「悟り」 。

だから「イエスは必ず復活する」とか「亡き教祖の子供が霊界から護ってくれる」などは
その宗教だけのドグマであって、「ありのまま」ではなくそれ独自の「信仰」です。

[663]一般人 05/07/07 14:14 2QKJkYRXaS

一言でいえば、真如苑や創価やアーレフは、仏教の範疇外=外道です。 名前だけは仏教ですが。
度々の連レスまことにすまそ。

>ああそれから、真如苑は、決して内部の自己批判を許さない組織ではありません。
じゃ内部で、
この霊能は集金のための邪霊に依るものだろ。とか 醍醐寺とは金銭癒着だ。という会話もあるのかな。 どうせ無いよね。

[664]偽の気配 05/07/07 18:48 ahgBSInQsH
人によって何を「幸」と思うかはちがっているでしょうね。
手段をとわず、例え人を騙してでも、お金をたくさんかせぐことで「幸」と思う人がいるのは確かです。また、人からあがめられるような地位にあがることで、あるいは自らをあがめさせることで「幸」と思う人がいるのも確からしいです。分野をとわず「偉い」「識者」としてみられることで「幸」を感じる人もいるようです。ん・・なんだか、伊藤さんみたいですが・・口では奇麗事を並べていても、その人がつくりあげた組織のありようをみると、「ふむむむむ?」と思うことってありますから。

人の話はさておき、私自身がどうなのかというと、そうですね、日々楽しく過ごせることが「幸」でしょうか。お金はあるにこしたことはないですが、当座困らなければそれはそれでよいですし、人にみとめられりゃぁそれは嬉しいですが、認められないからといって不幸に嘆き悲しむ・・という状況でもありません、幸いに。偉い学者・・からは程遠い普通の学者ですが、まぁ、幸せですねぇ・・とりたてていわずとも、そこそこ多くの人は、そんな風に感じているのではないでしょうか。

苑でふきこまれたのかもしれませんが、そんなに金の亡者のごとく欲に狩られている人ばかりではないですよ、世の中。少ないとはいいませんが。苑の教えにふれなくとも、「決して本当の幸せはお金で買うことができないと思」っている人ってたくさんいると思いますが。

真理の中に、苑の教えは含まれないと私は思いますよ。
苑は、未熟なのではありません。ある意味では成熟しています。システムとしてはよくできています。多くの人がとりこにされているのですから。そこには仏教は含まれません。仏教を盾にしようという様はみてとれますが、苑にいて仏教でいうところの悟りの境地に達することはできないと思います。なぜならば、そのシステムが違った思想の元に組み立てられたものだからです。一般人さんが、わかりやすく説明してくれてます。

一般人さん、私は苑をカルトだとおもっていますよ。けして自らカルトだとはいいませんが。信者の中には、抜けることができる人もいると思います。はいってしまうと抜けられないものだ・・と割り切ってしまうことは、身内に信者を持つ者としてはなかなかできないのです・・・難しいのは確かですが。

迷えるさん、苑の良いところ、というのを教えてもらえませんか?私にはどうさかしにしてみても、苑のよさがこれっぽちもわからないのです。
[665]イタチ 05/07/08 03:09 u7jYH24qIO
「幸」ですか。
互いの価値観を尊重し合い、心から信頼出来る人と共に死ぬまで暮らせる事ですね。
歳とともに形を変えつつも、「信頼ありきの愛」で支え合っていきたいものです。
色と金と権力欲によってドロドロになった、とても見習いたくない一家を崇める方には理解出来ないかもしれませんが(笑)

ある目的のために捩じ曲げられた仏教を基盤とした新宗教信者と価値観を尊重し合う事は出来ませんでした。
「教え」によって勧誘と労働に奔走する彼女を信頼する事は出来ませんでした。
ここにいる夫婦関係で苦労されている方々も同じ気持ちでしょう。
素の人間一人対一人として向き合う事は出来ず、何を考えるにも真如フィルターを通っているのですから。
しかも本人はそれを「仏教」と思いこみ、「悪い物ではないのだから認めろ」と。
挙げ句「あなたも共に歩めば・・・」となるのですから話になりません。

当時の私にとって真如苑は、「心の壁」を作るものであり「幸」を妨害するものでしかありませんでした。

真如教徒さん達にとっては、共に歩む(共にMCされる)事で「幸」になれるという事なのでしょう。
問題の本質に目を向けず、共に「教え」に向かう事で解決気分。二人で麻薬(例えです)をやってりゃそれは幸せでしょう。
「接心で決めてもらいましょう」「因縁を切れば解決する」「お救けで徳を積めば・・・」
とても他人(非信者)に聞かせられない会話をするカルト夫婦。私は嫌ですね。

>>651 >愛する人すべてが健康であり
そう願う事は自由です。
しかし愛は一方通行では成り立ちません。心が通じあってこそです。利他ですか?相手に通じなければ自己満足です。
一方的な押し付けに感じられた親の愛に後から気付く事はあるでしょう。人生経験を積む程に思い知らされます。
しかし、綺麗な言葉の後ろに「あなたも歩めば・・・」が隠されている愛(もどき)は、偽善としか感じられないのです。
こちらは逆に子供や甘えたい大人を騙す事は出来ますが、人生経験を積む程にその欺瞞に気付く事になるでしょう。
目を見れば分かるんです。「あなたのため・・・」の「裏」が。
本物の詐欺師は悪の自覚がありますから、演技で表情を作れます。
しかし被MC者は自覚がありませんから、「カルト眼」を隠す事は出来ないのです。
心のどこかに押し隠された「自分」との葛藤がある。それは文章にも現れます。必ず矛盾を含んでいるのです。
[666]ホォォォォォォォー 05/07/08 17:08 GoRGEoUS
世直し、ファイヤー!!

メラメラメラ!!
[667]通りがかりの人 05/07/08 18:22 E-A1RPB
全て読ませてもらいました。みなさん、いろいろ勉強してますね。勉強しすぎで、ちとこわいです。その宗教を信じるも信じないもその人の自由だし、そのどちらの意見も他人に押し付けなくてもよいと思います。いろんな知識をもち過ぎての、ここでの話し合い?もある意味宗教と一緒じゃないですか?私のように、たまたま見掛けた人はそう思うかもしれません…。いろんな知識で説明する人。それを聞いて納得する人。そういうのも軽い洗脳と思うのは私だけでしょうか。世界が狭いですよ。これは中傷でもなんでもありません。お邪魔しました。
[668]スライスバナナ 05/07/08 21:22 vActafkMLW
>>667
>その宗教を信じるも信じないも自由だし、

信教の自由以前に、宗教ですらないと言っているのですが。

>そのどちらの意見も他人に押し付けなくてもよいと思います。

加えてあなたの意見も同様、選択は、各々の自由ですが。

>そういうのも軽い洗脳と思うのは私だけでしょうか。
重い洗脳とは真如苑ですか?

>これは中傷でもなんでもありません。お邪魔しました。
またピンポンダッシュですか。
[669]地蔵。 05/07/09 00:45 cs/cFgL05n
>>668 ただ感想を述べられただけですし。そういうのは議論の材料に
足りえませんので、まあ目くじら立てられなくても宜しいかと。
[670]講釈師 05/07/09 16:46 JcIVidtIl1
歴史A発展期
戦争中、宗教団体法によって真言宗各派は合同させられ、伊藤の教団も「真言宗醍醐派立川不
動尊教会」ではなく「真言宗立川不動尊教会」となっていた。昭和二十年、終戦に伴う改革で合
同真言宗は解体されたが、その際、立川不動尊教会は醍醐寺の末寺という関係からも自然に離れ、
独立の団体となった。こうして、戦時下に逼塞していた多くの宗教団体と同じく、伊藤の教団も
新たな気持ちで再出発の時を迎えたのである。
が、そればかりでなく、終戦の翌年の昭和二十一年は、伊藤の教団の霊的活動の面でも画期的
な年となった。この年の十一月四日、信者で薬剤師であった粟山という女性が、偶然的に霊能を
開いた。前日から、心が身体から離れるような妙な症状に襲われていたこの女性は、この日の午
後、伊藤夫妻の前に挨拶に出たとたん、「双親様(伊藤夫妻の尊称)の金色輝くような仏身のお姿
を拝し、霊眼が開けたというのである。それまで友司の独自の能力と思われていた霊能を、受け
継ぐ者が現れたのである。
この現象にヒントを得て、教団ではさっそく、意識的に霊能を開発する修行を開発してみよう
ということになり、二日後の十一月六日から、一ヵ月間にわたって「まこと基礎行」という名の
霊能開発の修行が行われることになった。
今日の真如苑では日常の「接心」と霊能開発へ向けての「相承会座」とは分離されており、さらに、
「 相承会座 」にもランクがあって、最終ランクではじ初めて 直接の霊能開発が目指されるよ
うになっているが、この時の「まこと基礎行」はこれら全体を合体したような修行だったようで
ある。
この行の中で、何人かの霊能者が生まれることになった。今は教団から追放されてしまってい
る伊藤夫妻の長女英子も、この時の修行で満十三歳にして霊能を開いたようである。しぱらくし
て、昭和二十二年の四月には、次女礼子がわずか六才で、次男の友一が十才で、それぞれ霊能
を開いたことを「 霊能開発に年齢はない 」ことの最初の証明であるかのよう書いて
あるが、これは、次女の事蹟を抹消した結果生まれた空白を、三女と四女の事蹟で埋めたために
生じた偽りである )
このようにして、受け身のご利益信心ではなく、自ら霊能者になろうと志す人間を訓練する修
行の課程が、教団の日常的活動として成立することになり、ここに、教団は大きな脱皮をとげる
ことになる。
[671]講釈師 05/07/09 16:49 JcIVidtIl1
このようにして、受け身のご利益信心ではなく、自ら霊能者になろうと志す人間を訓練する修
行の課程が、教団の日常的活動として成立することになり、ここに、教団は大きな脱皮をとげる
ことになる。
昭和二十三年一月には教団名も「立川不動尊教会 」から「まこと教団 」へと改められた。同年

32
四月からは「 智泉寮 」と称する布教師養成機関が設けられた。これは後に「 智流院 」という名の
布教師養成課程となって、現在まで続いている。さらに九月には「まこと修行要諦」と称する文
書が発表され、今日の「接心」に相当する「まこと修行」について、自分の心の奥底の姿を
霊能鏡に映し出して反省の糧とするところに眼目があることが明確にされた。
茨城県の霞ヶ浦のほとりにある長禅寺という寺院を末寺として教団に「摂受」( 吸収 )したり
したのも、この頃のことである。
こうして教団が順調に発展しつつあった最中、またもや大きな試練がふりかかってきた。
昭和二十五年の八月、伊藤のもとの弟子であった荻野某という青年が、「自分は伊藤真乗から
修行の名によるリンチを受けた」として警察に訴え出たのである。この青年は前年の秋まで伊藤
の弟子として教団におり、教務総長の位にまで昇っていたが、伊藤と対立して教団を去っていた
のであった。伊藤は逮捕され、この事件は「まこと教団リンチ事件」として連日新聞紙上をにぎ
わせることになる。世問の非難の前に、教団への信頼感に動揺をきたし、教団を離れる信者もか
なりの数にのぼった。
この「リンチ」については、現在では、荻野が伊藤に叱られたのを逆恨みして、事を警察沙汰
にすることで復讐を図ったものだとの見方が有力である。当時の新聞で伝えられたほど教団側に
非があるわけではないとの評価が、宗教評論家のあいだでは定着している。しかし、伊藤が荻野


に対してあ種の体罰を加えていたことは事実のようだ。そういうわけで伊藤は裁判にかけられ
結局、懲役七ヵ月、執行猶予三年の高裁判決に服することになった。教団ではこの事件を「法難」
と呼んでいる。
この裁判の最中の昭和二十六年六月、心機一転の意味で、教団名は「まこと教団」から現在の
「真如苑」に改められた。伊藤が「教主」と呼ぱれるようになったのは、この時からである。
また、同じく裁判中に、以前から股関節カリエスで身体の不自由だった次男友一が順天堂病院
に入院し、一年の闘病生活中、多くの病気を併発し、ついに昭和二十七年七月二日に亡くなった。
満十五歳であった。この友一の死も、長男智文の死にならって「抜苦代受」の死であるとして意
味づけられることになり、以後、友一は智文とともに「 真如霊界 」の主人公となる。その戒名の
院号が「 真導院 」であるところから・「 真同院様 」の尊称で信者から慕われ続けることになる。教
導院と真導院とをあわせた「 両童子様 」という呼称もしぱしぱ用いられるようになった。
[672]講釈師 05/07/09 16:58 JcIVidtIl1
教導院の死が真如霊界の道開きのためであったのに対して、真導院の死は、真如霊界をより完
全なものとし、救いの対道を完成するためのものと意味づけられた。そのひとつの証拠として、
真同院の死後まもなく伊藤が『大撥涅槃経 』に出会い、この経の中
に真如苑の救いの道にっいての教理的裏付けを見出したことが挙げられている。
さらに、昭和二十九年八月には伊藤の三女真砂子と四女志づ子がともに霊能を開き、ここに、
伊藤の四人の娘はすべて霊能者となった。以来、彼女らが「歓喜ミーデアム」という名で霊界の
「両童子様」に感応して霊言を語り、信者の修行の場をリードしてゆくことになる。真如苑の刊
行物の中に、しばしば、教導院様がこう語ったとか真導院様がこう語ったとか称して、大人の語
るような教訓めいた言葉がカギカッコつきで載せられているのは、みな、この「歓喜ミーデアム」
が語った言葉なのである。
こうして地ならしを終えた真如苑は、昭和三十年代以降、本格的な発展期に入る。伊藤は、真
如苑の霊能を大般涅槃経の予言の成就であると意味づける方向で、教義を整理するとともに、そ
れまでの不動明王信仰中心から脱却して釈迦涅槃像を本尊とする方針を打ち出し、みずから涅槃
像の彫刻をはじめた
霊能を開く信者の数もふえ、やがて百名を超えた(昭和六十二年現在では五百名以上いる)。各
地に支部も開設され、昭和三十九年には芦屋の高級住宅街の豪邸を買い取って関西本部が開設さ
れた。以後、教勢は大きく関西地方に伸びることになる。また、昭和四十六年には、ハワイに初
の海外支部が開設され(責任者は例の霊能開発第一号の栗山である )、教勢は海外にも伸びること
になる。
ところで、こうしためざましい発展のさなか、第三の悲劇が真如苑を襲った。昭和四十二年八
月六日、伊藤とともに関西本部に巡教中だった友司が、五十五歳で急逝したのである。しかし、
この第三の死に対しても早速、教理上の裏付けがなされた。友司が死去の前年から直前にかけ、
て伊藤とともに海外を歴訪した事実が、この死と関連づけられたのだ。友司はいまだ真如教法の
恩恵に浴していない海外諸国の因縁を背負うとともに、世界の諸宗教を「涅槃了義」( 涅槃経に
依拠する窮極の教え」という意昧 )の真如のみ教えの中に「摂受」するためのいしずえになって
亡くなったのだ、というのである。
伊藤家は、かつて恩になった真言宗醍醐派に対してはつねに友好的な関係を心がけていたから、
友司に対しては、逝去直後に醍醐寺から大僧正位が贈られ、友司は「摂受院友司慈鳳大僧正」と
称せられ、信者のあいだでは「摂受院様」と呼ばれるようになった。
こうして、伊藤教主自身、「ご自分のお二人のお子様ばかりでなく最愛の奥様までをも救いの
完成のために、ご霊界に捧げ尽くされた偉大な代受苦のみ仏様」というふうに祭り上げられて、
真如苑の教義は完結したわけである。
その後も信者数はぐんぐん増え続け、昭和五十年代の後期に入ると、真如苑は、日本の新宗教
を語るにあたって、これ抜きでは済まされないとうほどの有力教団へと成長する。
昭和五十八年十月には、伝統密教の血脈相承のやり方を踏襲して、伊藤の三女真砂子と四女
志づ子が伊藤から血脈( 教えの正統的代表者としての権威 )を継承するための儀式が厳かにとり
行われた。以来、三女は「 真聡様 」、四女は「 真玲様 」と呼ばれている。この「血脈相承」が伝
統密教の醍醐寺からも追認された形になっているのは、新宗教のあり方としては珍しいもので、
注目に値する。たとえてみれば、伊藤は、徳川将軍が朝廷の権威を利用して、形式上は「征夷大
将軍に任ぜられる」という形をとっていたのと似たぐあいにして、醍醐寺を利用しているわけで
ある。
[673]講釈師 05/07/09 17:50 JcIVidtIl1
P230の本一冊をスキャンして、付録のOCRソフトを初めて使いました。
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興味のない方は、スルーして下さい。お願いします。
[674]事情通 05/07/09 19:44 Igg.NAoWW3
>講釈師さま。
18年も前に発行されたっきり絶版になってしまっている本を掘り起こし、紹介なさっているご努力に脱帽いたします。
その本は残念ながら誤植が多い(例えば真如苑のやり口を解き明かすための「補助線」としてマルチ商法に言及している場面で、「法律」が「法津」と誤植されているなど)ので、引用にあたってはご注意ください。
著者によると、その本は緊急出版のつもりで仕事を急がせたため、作業が拙速となり、誤植の校正が十分にできなかったとのことです。そして、初版4000部を売り切ったら、増刷の段階で誤植の訂正をしてもらおうと思っていたのに、売れ行きが悪くて、増刷してもらえなかったそうです。
当時話題の教団だったのですから、もっと売れてもよかったはずなのに、売れ行きが思わしくなかった原因としては、立川近辺の書店が教団に遠慮して本を置いてくれなかったことのほかに、出版社が著者に相談せずに独断で作ったカバーのデザインが悪く、本の背の「真如苑」という肝心の文字が絵の中に埋もれてしまってほとんど読み取れないようになっていたこともあるそうです。
つまり、せっかく棚に並べてあっても店頭で気づいて手に取ってくれる人が少なくて、返品が多く発生してしまったのだそうです。
残念ですね。
今後真如苑暴露本を書くかたは、そういう点にも気をつけて賢い販売戦略を考えてください。
[675]講釈師 05/07/09 20:11 JcIVidtIl1
事情通様 レスありがとうございます。
なぜ、そんな昔のことまでと思いましたが、お名前が、お名前の所以なのでしょう。

昔の図書館は貸し出し日付がありまして、
定期的に、のべ二十数名の方が借りておられます。
さすがに宮崎駿監督の「 耳をすませば 」ではないですが、
その当時でも名前の記載はなかったようです。( あれば怖いです )
[676]事情通 05/07/10 12:57 Igg.NAoWW3
>講釈師さま。
『水ぶくれ真如苑』の序文の中で言及されている同じ著者の小説『幸せのメッセンジャー』(筆名:秦野純一、世界聖典刊行協会)も真如苑問題を考える参考になります。
舞台設定は「修養団体ハピネス」となっていますが、実質は真如苑。特に相談接心(小説では「ハピネス・カウンセリング」)における「ご霊言」がいろいろなこじつけによってありもしない「因縁」をあるかのように思い込ませていく様子や、信者側がそれを「ある、ある」と納得してしまう心理的メカニズムの描写が優れています。
小説として読むとさほど技法的に優れているものではなく、いかにも社会科学者が書いた小説という感じですが、かえってそれだけに、「メカニズムの解明」としては明快です。
この本は今でも絶版ではなく、取り寄せれば購入可能です。
[677]迷える 05/07/10 22:44 jYtAJXzm96
一般人さん
>元来仏教というのは、拝む祈るを「排除」して、ありのままを見るものなんですが
釈尊は、「浄土三部経」の「阿弥陀経」の中でここから、西方十万億土の彼方に極楽浄土が
あって、阿弥陀様が今、現に説法しておられる。その極楽浄土の荘厳はじつにすばらしい
ところですよと語っています。
この浄土に生まれたいと願うものは、一日ないし七日間、一心不乱に念仏を唱えれば、
極楽浄土できると説いています。さらにこの称名念仏による往生がうそ偽りのない事を
東西南北上下の六方の諸仏が証明しています。念仏を信じ称讃する者は、現世において
諸仏に守られ来世においては必ずや極楽浄土できると保証しています。
念仏を唱えるものは現世でも来世でも、その利益に預かることができる。と説いています。
そしてこの教えを聞いた人たちは、この教えを信じ喜んで仏に礼を言って去ったと記して
います。
しかし仏教のルーツまで言われるとは、確かに大乗仏教は、釈迦の入滅後、上座部の僧侶
の生き方に疑問をもった在家の一般信者が中心となり、釈迦の説いた教義や規律に拘束
されない自由な立場から、仏法を学び、自分だけでなく、他人にもその精神を伝えようと
したものです。だから厳密に言えば釈迦の言葉を直接かいたものではありません。しかし、
その思想はきわめて円熟した崇高な言葉で語られており釈迦の精神を受け継ぐもので、
現在では大乗仏教の経典の価値を疑うものはないといわれる。

そうですね「真理」を考えなければ、先に進みそうにもありません
ここで言う「真理」は「万物供用の真理」でこの世の中すべての「真理」のことです。
「我々人間は、何のために生まれてきて死んでいくのだろう」の答えだと思います。
よくUFOとか霊を見たと言って不思議なことだとするけど、本当に不思議なのは、我々が
この世の中にいること、存在すること自体が不思議なことです。
[678]迷える 05/07/10 22:45 jYtAJXzm96
「何が」存在するじゃなくて、「なぜ存在できるのか」なのです。例えば私という物体を
考えた場合、私たちは、小さな素粒子の集まりです。電子や原子の働きは、科学で解明
されるが、そこに存在することはわからないのです。つまり電子や原子が集まって物質を
構成するのはわかっても、電子や原子がどこからきたのか?なぜそこに存在するのか?
説明できないのです。人間の意識も同じです。心は脳の中にある物質の働きにより構成
されると考えられていますが、なぜそこに存在するのか、どこから来たのかわからない
のです。

また、今私がここに存在する。この私というものが存在すると認めるには、「他人の存在が
なければ、私ひとりだけ存在しても無意味なのです。」つまり、他人が存在することにより
私の存在価値が生まれるのです。
物体でも同じです。ここにある一つの石ころも、「宇宙すべてのものが存在するから存在
できるのです。」もしこの石ころ一つがなければ宇宙も存在できない。
しかし危険なことにこの理論にも反対のことが言えるのです。人間本位に考えた場合
「自分があるから他人がある。」すべては「自分というものがこの世界を作っている」
という考えです。自分が存在するからあなたが存在するのだ。
カルト教団やその他問題を起こしている教団の教祖達は、「自分のためには何をしても
良い」と言う他人を考えない「自己中心的な」考えに陥ってしまう。
私も以前、後者の考えでした。しかし仏教に出会ってからはじめて知ったわけです。

日蓮や白隠、法然等の高僧といわれる人たちも「真理」(仏法)に目覚めたとき、白隠に
おいては、自らのおごりの深さを思い知らされて、思わず声をあげて号泣した。すべての
現象が、みんな「心理」(真実)をうたいあげている姿であるのに、波長が異なるから
「聞こえども、聞けず」視覚が違うから「見えども、見えず」だったのです。
日蓮においては、「生身の仏」の心を読み取れたことにより、その喜びからあふれ出る涙を
ふきもせず、真っ黒な日本海の向かい怒涛(どとう)よりおおきな声で「南無妙法蓮華経」
と唱題したのです。とある
宇宙全体が私の生きるために働いてくれていると感謝の念にさらされると自然に涙が
あふれ何者にも勝る喜び「歓喜」の世界が得られるのです。
[679]迷える 05/07/10 22:46 jYtAJXzm96
この「真理」に目覚めるにはやはり仏教の教えが必要またそのための仏教だとも思えます。
ただ頭で考えて分かったつもりでいても「真理」がもたらす「仏の智慧」は得ることが
できません。
ここにケースに入ったおいしいケーキがあるとする。ケーキを見てケーキを食べたことの
ある人なら箱を見ただけでおいしいと感じるが、ケーキを食べたことのない人には、
当然ケーキのおいしさが分からないのです。つまり、いくらケーキがおいしいと説明
してもケーキの味を賞味することはできない。では、どうすればよいのか?簡単なこと
箱から出してケーキを食べればよいのです。
「真理」に目覚めるには、それなりの努力が必要で仏教の教えや「利他自利」の精神を
実行することが箱の中からケーキを取り出し食べることではないのでしょうか。

為の気配さん  私は、「利他業」を苑で知りました。それにより「真理」を少し知る
ことになったのです。確かに真如苑の教えは、変なところもあります。しかし私には
回り道をしているのだと思います。また苑も他の教団もすべて自然の摂理なのです。
そのすべてが私達のために存在してくれているのです。世の中は広い。何億光年離れた
星が私達と連動していることを考えれば地球なんて小さい、小さい星なんです。その中
の苑の教義など‥‥
でも変なところは変だと言うべきですね。
やはり、筆舌ではとても表現できないもどかしさを感じます。
[680]偽の気配 05/07/11 00:28 EbN2Yo8sCI
何が正しいか、それは各人が考えることだとおもいます。
苑の教えに対して私がなぜ欺瞞を感じるか、それは苑の教義のロジックが仏教のものと異なっているからです。
苑は、どこをどうひっくりかえしても、伊藤一家崇拝を基盤においています。この一点において、苑の教義は仏教のそれからは逸脱しています。独自の言葉解釈も、本来仏教で使われていた用語と微妙に似通った言葉を使い、信者の誤解を誘い出しています。
迷えるさんは、利他行を苑で知ったのだとおっしゃいます。しかも、苑の教えのなかにおかしな点があることも承知していらっしゃる。ではなぜ、そのおかしな教えを人にすすめることができるのでしょうか。おかしな教えを人に勧めることを傍観していられるのでしょうか。
わが身だけが真理を知ればよい、という独善的な考えにあらずとおっしゃるのであれば、本質的に仏教のめざすものとちがうものを教義の中心にそえている真如苑の教えをどうして人にすすめることができるのでしょうか。それも仏教である、と偽ってです。なぜ最初に、これは伊藤一家を信じ奉る伊藤ありがた教で、入信すると信者を増やすことが修行の一環となる、と勧誘時にはっきりいえないのでしょうか。仏教だから怪しい宗教ではない、というがために仏教を利用しているだけではありませんか?
人にすすめることを修行の一環としてすすめる苑のあり方が、私には欺瞞を感じさせるのです。
悟りの境地にいたるために最短距離にあるものがなんなのか、それはわかりません。いずれの経路をたどっても、結果からすればおそらくは全てが回り道だったということになるのでしょう。
しかし、迷えるさんのおっしゃるように、他の教団も自然の摂理だといってしまうのは、苑の教えを擁護したい固めの詭弁にすぎないのではないですか?どの教団も自然の摂理・・といってしまうと、サリンを撒き散らしたかのオーム真理教も自然の摂理にそうものだということになります。釈尊の教えはどこにいったのでしょうか。仏教というものをよりどころにしているわりには、おかしな論理展開です。
人のために何かをする、というその精神そのものはよいものだと思います。しかし、苑のそれは、みずからの先祖を救うため、或いは自らが苑の中で地位をあげるため、もっと短絡的には苑内の人間関係を悪化させないため、という部分がおおきくないですか?本当の利他行とは、ああだこうだ理屈を掲げてなすべきようなものではないはずです。
私は真如苑の伊藤の教えは、伊藤崇拝教と集金システムを作り上げるために機能しているだけであって、その信者が仏の知恵を得るための教えではないとおもいます。
[681]偽の気配 05/07/11 00:37 EbN2Yo8sCI
678で迷えるさんがかいていらっしゃることは、釈尊のことばにもきちんとありますよね。

>宇宙全体が私の生きるために働いてくれていると感謝の念にさらされると自然に涙があふれ何者にも勝る喜び「歓喜」の世界が得られるのです。

自然の営みに眼をむければ、苑の教えをしらずとも、体感できるものだとおもいます。

利他行にてっするというのであれば、大きな精舎をたてることにこだわらず、権威のあるものにとらわれず、わが身を祭らせず・・そういう教主であるのならば、まだ信がおけるかもしれません。伊藤一家はその全てに反しています。箱物・権威物によりすがり、わが身を祭らせる。おかしな話です。
[682]一般人 05/07/11 18:44 ZgARZEeDNJ
[665]イタチさんの>愛(もどき)は、偽善としか
のくだりに納得です。


迷えるさんありがとうございます。
ご自分で気付かれているかいないか知りませんが、
あなたはいつも、
私たちに「教えてくれて」いますね。 「相手の話を聞き、学ぶ」ことも大事なのですよ。

まず、あなたは「会話」というものが、出来ていません。 釈迦も、何でも答えたわけではありませんが
「会話の場に自らの意志で参加する」以上は、最低限のルール、を守っていただきたい。

[683]一般人 05/07/11 18:44 ZgARZEeDNJ

>677釈尊は、ここから、西方十万億土の彼方に極楽浄土があって、
>阿弥陀様が今、現に説法しておられる。その極楽浄土の荘厳はじつにすばらしい
>ところですよ。この浄土に生まれたいと願うものは、一日ないし七日間、一心不乱に念仏を唱えれば、
>極楽浄土できると説いています。

説いてません。しかも↑この内容は、にも書きましたが言わばキリスト教的ドグマであり
ぜんぜん仏教じゃないです。

>大乗仏教の思想はきわめて円熟した崇高な言葉で語られており釈迦の精神を受け継ぐもので、
>現在では大乗仏教の経典の価値を疑うものはないといわれる。

ぜんぜん言われません。 その発言者は誰ですか?
しかも、円熟してるか崇高な言葉かはどうでもよく、内容が問題です。


>ここで言う「真理」は「万物供用の真理」でこの世の中すべての「真理」のことです。
>「我々人間は、何のために生まれてきて死んでいくのだろう」の答えだと思います。
大川隆法さんも、同じことを言ってます。
ブッダと大川隆法 ttp://www.j-world.com/usr/sakura/buddhism/okawa.html

ブッダによれば、その悟りの内容は「縁起」(ものごとは縁って起きるということ)でした。
すなわち、人間の悲苦にはそれを生じさせている原因や条件があり、
その原因や条件をなくせば人間は悲苦から解放される、というものでした。
大川隆法さんによれば、ブッダの悟りの内容は、
人生の目的は何かとか、宇宙はなぜ存在するのかとか、幸福とは何か、などということだそうです。


※とにかく発言するなら、 此方の
>>655からの発言に対して、
少しは真摯に応えてほしい物です。
>いい所悪い所は、あるもので、その一方だけを批判して、善し悪しを決めるには片手落ちだ
まさにそのとおりですが、
たとえば アサハラショウコウさんは「世を救済するために」信者にMCを施し、
結果お金を払わせたり「サリン」を撒かせたりしましたよね。
真如苑はサリンを撒きませんけど「信者に似たようなMCを施し同じく集金に忙しい」
ことから観て
両者は同じように批判されて然るべきと思われますが 如何ですか? 両者いい所悪い所がかなり重なっていますが。

[684]一般人 05/07/11 18:51 2QKJkYtMKp
>しかし仏教は、本当は生きている人のためにあり、そのお経は心を錬磨するためのものだ
そうですね。
でも真如苑などは「先祖を救う」ことを目的にしているんじゃないですか?

↑ この問いも、キチンとスルーされていますのでよろしく。
[685]一般人 05/07/11 18:54 2QKJkYtMKp
>はいってしまうと抜けられないものだ・・と割り切ってしまうことは、
>身内に信者を持つ者としてはなかなかできないのです

(度重ねて)すいません。
私は真如苑を、極優秀な詐欺組織だと思っているので(褒め言葉)
嵌るのも仕方ないかも。  でも詐欺ならば、かならずおかしな納得でき得ない部分、はあるはずなので、
それを細かく揚げて行けば自然に「真理」が現れ出るだろうと。
そうすれば 誰々さんも、その騙しから、逃れ得るだろうと。

>真理の中に、苑の教えは含まれないと私は思いますよ。
そもそも嘘矛盾が多いですからね。
ただ、真如苑なりの真理、は在るでしょう。 『外部には通用しない真理』が。

[686]返答しても無駄 05/07/12 17:32 yr735ljJsG
>>683の一般人さんは幸福の科学の信者ですね!
[687]講釈師 05/07/12 17:44 MPfEo4GPPa
事情通様 紹介頂きありがとうございます。
「 幸せのメッセンジャー 」の購入を検討さしてもらいます。

おっしゃる通り「法律」で検索してもヒットせず、「法津」で検索すると7ヶ所ヒットしました。

ところで、「 奉仕=境内掃除 」についてお尋ねしますが、
身内の者が「 営業目的の食堂の床まで掃除のノルマを課す。」
またそれを「 早朝から万障繰り合わせて出かけて行く。」という行為を
どのように理解すれば良いのかを苦慮しているところです。
「盲目的服従」により「ご主人様に認めてもらいたい」事によって、
脳内に何か「エンドルフィン」のような物質が放出されるのでしょうか。

ちっちゃい、ちっちゃい、ロバート・レッドフォードになった気分です。
[688]長文乙 05/07/12 18:45 jxgztrGb8W
>>683 空気を読もうよ・・。読解力あります?
[689]事情通 05/07/12 20:51 Igg.NAoWW3
>講釈師さま。
苑の信徒が傍目に見れば「労働を搾取されている」としか思えないような苑内奉仕にでも、喜々としてして駆り立てられていく様子は、まことに鬼気迫るものがありますね。マインドコントロールの結果、過重労働そのものがマゾヒスティックな快感の源泉になってしまっていると言ってしまえばそれまでですが、私がかつて体験入信して知ったところによれば、入信初期の段階の信者に向かって経親やそれに準ずるレベルの上級者が頻繁にくりかえす常套句に、その伏線がありますね。

彼らの手口は(マニュアルどおりなのでしょうが)、まず「よくぞお帰りになりました。真如苑に結ばれる方は、結ばれるにふさわしいだけのお徳がおありになるんですねえ」と、満面の笑みをふりまいて相手をほめあげることです。が、そのすぐあとに「と同時に、あなたはご先祖の因縁がそれだけ深いということでもあるんですよ」ともってくるのです。「子孫のだれかが苑で歩まなければ浄められないほど深い因縁があなたの家系にはおありだからこそ、多くのご先祖様がたの期待を一身に担った、いわば家系の代表選手として、お徳のあるあなたが苑に結ばれたんですよ」とくるのです。そして、それ以後、その人の身辺に何か少しでもトラブルめいたことが起こるたびに、「苑で歩んでいるおかげで、大難が小難で済んで今の結果となったのですよ」と意味づけていくのです。

こういうMCを受けていれば、少し大きな「中難」ぐらいが起これば、経親からさとされなくても、本人自身が「ああ、歩みが足りなかったからこうなってしまったのだ。もっと歩むことで、次回は小難ぐらいにしていただこう」と自発的に思うように、習慣づけられてしまうのです。事実は、そういう「歩んで」いる人が経験している人生のトラブルは、苑など信仰せずに普通の世俗生活を送っている人が経験している大小のトラブルと同程度であって、苑など歩もうと歩むまいと、人生に波風があることは同じなのですけれどね。

私なんかは、経親の言葉と、プルーフの決まりきったパターン(『水ぶくれ真如苑』78〜82ページに書いてあるとおり)を照らし合わせることで、「ハハア、これはきっと常套の手口だ。きっとマニュアルがあるのだ。あとで『大難が小難で済んで、ありがたや』と思わせるための伏線だ」と、まもなく気づきましたが、それに気づかない、けっこう人のいい人が、苑にのめりこんで、金銭的にも労力的にもしこたま貢がされてしまうことになるのでしょう。
[690]ハウルノ弟子 05/07/12 21:04 M7a40sivaj
すっかり苑と縁が切れてしまい
ここにも来なくなっていました
8年入信していて脱会してまだ8ヶ月です
心が開放されたという晴れやかな日々を送っていました
導き親さんからもなんの連絡もなくなりましたが
今は宗教は自分には必要ないと思っています
家族をちゃんと見つめるようになりました
自分でなんでも判断し考え行動するようになりました
大人としての責任感をどんな場所でも持てるようになり
更には今の方が幸せです
難しいことはわかりませんが
何か形のないものに執着するってことは
盲目なりで 怖いものです
疑問を感じたらもうそれは続ける意味のないものになると
思います
そういえば普通の主婦さんも来なくなりましたね
苑の悪口を書くなといわれたからでしょうか?
そんな忠告をするなら
苑の魅力や苑の真実をここで訴えたらいいのにと思います
信者の方がもし見ているのであれば
説得力のある意見が聞きたいと思うのです
真如苑て素晴らしいんだって思える意見を
聞きたいと思うのです
[691]偽の気配 05/07/12 21:54 EbN2Yo8sCI
ハウルさん、おひさしぶりです。
完全に脱会されたのですね。よかったです。
[692]偽の気配 05/07/12 22:00 EbN2Yo8sCI
686 688は同一人物かな?ま、どうでもいいですが。
単発的な茶々のいい逃げ、というのは、正々堂々した態度ではないですねぇ

それよりも、講釈師さん、私も「水ぶくれ」よみました。
幸せの・・は、そういう経緯を踏んでいるものなら読んでみたい気がします。探してみよう・・
[693]rty 05/07/12 22:17 SlPz4R6sNq
真如苑って変な名前ね
[694]迷える 05/07/12 23:26 jYtAJXzm96
ここで「真理」は釈尊が創ったものでなく「真理」は、釈尊の生まれるはるか以前から
存在するのです。
釈尊は「真理」に目覚める「悟り」についていかにあるべきかを説いているのです。
だから「真理」は一つであり普遍であると思うのです。

為の気配さん  >苑の教えはおかしなところがあるという。それを承知でなぜ人に
勧めることができるのか?
最もな疑問です。
大乗仏教、いや仏教すべての共通の願いとはなんでしょう。とても一言では表されないと
思いますが、「どうしたら、人々を目覚めさせ、いっときも早く人間を完成させることが
できるであろうか」−いうなれば本当のしあわせを多くの人に得させるにはどうしたら
いいのか。という事だと思います。
苑の教義にしても変なところが多々あります。「三つのあゆみに」しても本当にこんなんで
「悟り」や「真理」に目覚めることができるのか?また、あなた達の言うように新興宗教
やカルトだと思われても仕方がないのかも知れません。
しかし、別の観点から教義を見た場合、見方が変わります。
「三つのあゆみ」のおたすけですが、『おたすけを実行して誰が迷惑するのですか?』
確かに仏教の「ぶ」の字も知らない人に勧誘させるのは、どうかと思われますが。
でも、困る人がいないのです。しいて言えば勧誘された人ですか。この人にしても
いやならいやとはっきり断るべきです。でなければこの社会を生きてゆくのも困難に
なるでしょう。

奉仕ですがこれも同じ様に困る人がいません。
歓喜ですが、お金が絡んでくると「やれ、集金システムだとかMCされている」とか
いろいろ言われますが、教団の運営には、お金はつき物だし、強制されていません。
規律「戒」も当然守らなければ、統制が取れません。
また、このようなことを言うと、MC、洗脳されていると言われそうですが、とかく我々は、
「お金の欲に縛られている」のです。お金がなければ何もできない。お金があれば少し
でも楽な暮らしができる。と思いお金のために躍起(やっき)になるのです。
しかし、健康やしあわせは、お金で買うことができません。本当のしあわせは、なんで
あるか、見極め、「煩悩」を滅する努力をするには、良いと思います。
このように考えた場合、困る人が誰もいないのに、人に迷惑をかけていると言う。
すべては、その人の妄信であり、『煩悩』に支配された自己中心的な考えだと思われます。

私は苑の教義が社会の福利に反しなければ良いと思います。
また、あなた達ほど苑に執着していないと思うのです。
「悟り」はどこにいても得ることができるし、「真理」も時期がくれば自然と分かること
だと思います。
[695]イタチ 05/07/13 00:03 gHvBZrEWt7
迷えるさん

これまでの書き込み、読んでいますよね?
真如苑での歩みによる様々な迷惑が書き込まれています。
以前にも書きましたが私が関わった信者本人も、上司からの執拗な勧誘に迷惑していましたが
根負けし新興宗教臭さに閉口しつつも上司の手前嫌々ながら苑通いを始め
しばらくの後「そういうことだったのか」と篤信者になる・・・
という典型的な新興宗教教団によるMCの道を歩んでいます。↑の3行は信者本人の言葉です。
「断り辛い上司からの勧誘に迷惑していた」と言いました。入信当初「新興宗教臭さに閉口していた」のです。
それが親子関係や家庭集会での刷り込み、胡散臭い様々な権威付け等により「信じるしか無くなった」のです。

苑に固執し批判のための批判をしているのではありません。
ここの皆それぞれが直接的・間接的にこのような体験をし、疑問を感じ、問題と思い
何故問題なのか、どう問題なのかを知るために様々な知識を身につけ
それを根拠に警戒を呼びかけているのです。

何度も書きますが、批判に対するあなたのその姿勢こそが、被マインドコントロールの証拠であると言っているのです。

「真理」は一つで普遍ですか。
それを悟ると皆が本当の幸せを得られるのですか。
真如苑にいると非信者よりも悟りを得られるようですが、悟る人が増えたら
「たった一つの真理」を知り「本当の幸せ」を得た人達だらけでさぞ楽しそうですね。
私にはそれこそが、所謂「新興宗教的世界観」に見えるのですが。

でも、悟りを開いた人がいるかは分からないんですよね?
「一生をかけた修行」なんですよね?
で、とりあえず智流院に行って霊能者を目指すんですよね?

・・・可哀想に。
[696]偽の気配 05/07/13 08:20 EbN2Yo8sCI
真理、は一つかどうか、それは見方によって変わるとおもいます。
キリスト教的真理、イスラム教的真理、ユダヤ教的真理などなど、もしそれらが一つであるのならば、なぜに長い歴史の中で今もいがみあいつづけるのでしょうか。釈尊がたどりついた悟りは、そのいがみあいをもしかすると解決しうる、そういったものの見方ではないか、と私はおもいます。苑の信者がしんじるように、真理に目覚めれば幸せになる、というのは真っ赤な嘘です。あるが物をあるがままに受け入れる、それは、時として心情的には辛さをともなうことでしょう。

悟りを開くことと、開き直ることとは違うとおもいます
伊藤はむしろひらきなおったんでしょうね。
なぜって、おそらく伊藤夫妻は、苑のシステムの本質をしっかり知っていたとおもうからです。知った上で、わが教団のために目を瞑り、それを利用拡大することに徹したのでしょう。もし、仮にしらなかったのであれば、それは大たわけです。それって、誰かに母屋をのっとられている状況になるからです。伊藤がしっかりと苑の経営をおこなっているのであれば、それは確信犯であることの動かぬ証拠です。教主・継主の発言は、悟りの境地にいたった人の発言とはおもえません。伊藤一家大事の煩悩にとらわれているからです。(わが子を奉る、わが身を奉る、その姿勢のこと)

再三いいますが、私は「たったひとつの真理」を掲げて人の心を惑わす団体は、苑に限らず欺瞞に満ちているとおもいます。我こそが正しい、それ以外のものは間違っている、我の考えに改宗させることこそがその人の幸せにつながる・・・大きなお世話です。人のため、人のためといいながら、結局はわが身のためにおこなっているにすぎないからです。自らの教えを押し付けることを正当化し、その行為に満足する自己満足のシステム。みずからを善人だと思い込んでいる人ほど扱いにくいものはありません。自らの行いは正しいと思い込んでいるのですから。このことはそっくりそのまま真如苑にあてはまります。

おたすけをして誰がこまるのか? 本当に誰も困っていないとお考えでしょうか?勧誘する人にも家族がいます。勧誘される人にも家族がいます。そのそれぞれに友人がいます。人のつながりとはそういうものです。それでも、誰にも迷惑をかけていないといえますか?勧誘された人は、苑の何たるかをきちんとわかるように説明されていますか、勧誘した人は相手を納得させるにたるだけの知識情報をもっていますか?

はっきり断れない、それは問題だとおもいますが、その一点をもって苑の勧誘を正当化することはできません。苑は創価学会をきらっているようですが、同じようなことを向こうも行って勧誘しているのでしょうね。本質一緒なのです。信者になるかどうか、即決しなくてもよいからといって連れ込んでしまい、なぁなぁのうちに友人関係・擬似親子関係でがんじがらめにしてしまう。心情的に断りにくい状況をつくったうえで、断らないのはその人の責任である、というのは詭弁です。まっこうから断る人に、苑の教えのすばらしさとやらを説き、信者にできるぐらいのものがありますか?弱い人を食い物にする、その点が問題になっているのです。

歓喜(苑独自の言い回しなので、正しい言葉とはおもいません)というなの集金システムについてもそうです。金銭への執着云々という苑そのものが金銭に執着していませんか?教団運営ということをかんがえると、金銭が必要になるのはわかります。それは、まともなお寺でもそうですから。でも、まともなお寺は次々に箱物を建てましたり、土地を買収したりしません。拡張拡張と強欲なことをするのは、新興宗教・カルト教団と相場がきまっているようです。すくなくとも、それらの共通点であることは納得できますよね?海外にまで広がって、権威者にあって、それをあまねく宣伝する。目的をもって募金することに異議はありません。ですが、苑が苑のため(教えを広めて人を救う、といっているのかもしれませんが、それも詭弁です)あるいは伊藤家のために金を浪費しながら、信者にはことあるごとに金をださせる、そのやり口は詐欺的だとおもいます。真如苑が、元の小さなお寺のまま、あるいは地域にひろがるにしても、絢爛豪華なものではなく、ままそこそこ地味な建物ぐらいにしておいて、信者が信じて奉じたお金については、たとえば日本・世界の難民支援や生活困難者・就学困難者・赤十字に寄付している
、というのであれば、まだ見る眼はちがってくるでしょうが。今の苑のありようをみていると、宣伝効果をねらっての寄付だとしかみえません。

生あるものの理を知ること、それを受け入れる心構えをすること、それは、苑にいなくてもできます。むしろ苑はそれを妨げます。

[697]偽の気配 05/07/13 08:27 EbN2Yo8sCI
この板で苑のおかしさを指摘している人の多くは、自らの考えを人に押し付けるつもりで書き込んでいるのではないとおもいます。おしつけたところで、何の得にもなりませんし、満足感もえられません。宗教団体を開こうとしているわけではありませんから。

苑の見方に違和感を感じ、自らあるいは身内・知り合いが嵌ってしまっている苑のありようを調べた上で見えてきた事柄を指摘しているのです。ごくごく自然なことですが、当然「批判」側でも意見があわない、考えが違うこともあります。そういった違いを超えて、苑のここがおかしい、という指摘の点では、共通した認識にちかいものができてきているのです。

苑の中では、そういった過程をたどる話はありますか?ないでしょう?
教義はただし・・ですから。意見を言った場合に、苑関係者からもどってくる答えは、金太郎飴のようなものではありませんか?議論になりますか?心情的なところに話がうつってしまっていませんか?

[698]一般人 05/07/13 10:18 2QKJkAd3Pm
>ああそれから、真如苑は、決して内部の自己批判を許さない組織ではありません。
じゃ内部で、
この霊能は集金のための邪霊に依るものだろ。とか 醍醐寺とは金銭癒着だ。という会話もあるのかな。 どうせ無いよね。
[699]688長文乙 05/07/13 18:07 XOdaSl9pFz
>>692 偽の気配 さん、申し訳ありません。同一人物どころか、かの
>>686氏に対して書いたものです。同時に一般人さんにも伏してお詫び
します。単発に単発で返すのもよくありませんでした。
[700]一般人 05/07/13 18:33 2QKJkWLTZX
>一般人さんは幸福の科学の信者ですね!
まあ在り得ませんけど その本部のある宇都宮は尊敬しています。
なぜなら「餃子」が美味いからです。 「餃子」は私にとっての「神」と言っても差し支えありません。

よって、宇都宮および餃子に対する誹謗中傷は、たとえそれが筋が通っていても、
とにかく却下します。それが「信仰」というものです。
[701]偽の気配 05/07/13 20:34 EbN2Yo8sCI
長文乙さん、そうでしたか。すみません、読み違えていました。
ごめんなさい。
[702]事情通 05/07/13 22:43 Igg.NAoWW3
>>693 rtyさん。私の配偶者(関西人)は「死によれへん」と読んでいましたよ。「あんなあこぎな団体、はよう潰れてもよさそうなものなのに、なかなか死によれへんなあ」と。
[703]迷える 05/07/13 23:23 jYtAJXzm96
イタチさん  貴方と私には大きな誤解があると思われます。私は貴方達を批判した覚え
がありません。
私も貴方が言うように何が問題なのか?突き詰めたいだけなのです。
最初に書かなくてはいけなかったのかも知れませんが私は「真如苑」の教徒というだけで
苑そのものの代表でありません。あくまでも一教徒として個人的に発言しているのです。
だから、私の発言が苑そのもの発言だと勘違いしないでください。もっとも私のような
教徒はあまりいないと思います。
仏教の「悟り」や「真理」についても「真如苑」の意見は違うかも知れません。私個人の
意見です。
貴方が、本当に「真如苑は迷惑だから」そこに入る人を救うために意見をしているのなら
何も言うことがありません。むしろ喜ばしいことです。しかし貴方の「迷惑」の基準が
少しばかり、ずれているように思われてなりません。

また、私事で恐縮ですが、数年前に私の小さな家を新築し、少し大きな家を建てました。
社会生活をする上で住居は必要なことです。しかし、私が建てた家のため、近所に「迷惑」
をかけているのです。そんなに大きな家ではありませんが、以前より大きくなったことに
より隣の家に「日」があまり当たらなくなってしまいました。さいわい近所の人は良い人
ばかりで、そのようなことは一言も口に出して言われませんが、「迷惑」をかけている
ことは確かです。
人間が社会生活をするということは、回りの人たちに何らかの「迷惑」をかけている
ものです。そのような「迷惑」行為は、「お互い様」と暗黙の了解を得ているものです。

為の気配さん いろいろ意見をありがとうございます。貴方の考えももっともな考えで
あると思います。
そうですね。「苑のここがおかしいという指摘の点では、共通した認識にも違いができて
いる。」違う立場のもの同士がいくら自分を主張しても、お互いにその立場にならなければ
理解することができません。そして貴方も批判することが目的ではなく、おかしい
ところを指摘してあげる。とてもよいことだと思います。
でも、私の立場も理解して欲しい。苑で「それらしき物」をいろいろ探しています。
しかし見つからないのです。「それらしき物」とは「強制的に加入させられた」とか
「お金をだまされて取られた。」とか「暴力をふるわれたとか」社会的行為に反する
事実は見当たらないのです。
[704]迷える 05/07/13 23:24 jYtAJXzm96
「上役に頼まれて仕方なく苑に入信した」一見人の人格を無視したようなことに思われ
ますが、 私も上役から頼まれればいやといえないかも知れません。それはあくまでも
仕事上のことであって、私的にはいやなことは、はっきりと断ります。
上役だから断れ切れないという理由には、その上役を利用しようとする深層心理が働いて
いるのではないのでしょうか。もし、その上役が担当が違うとかで、直接影響のない人だったら断れるでしょう。

私達は、知らず知らずのうちに「エゴ心」『煩悩』に支配されているのです。
でも、貴方達の最終目的も「人間は、どう生きるべきか」だと思われます。目的が同じで
あれば、いつかは分かち合えると思います。そのために「悟り」を開き「真理」に
目覚めたいです。

ハウルノ弟子さん  良かったですね。ふっきれて
[705]イタチ 05/07/14 03:12 u7jYHBHF6.
迷えるさん

私が書いた「批判」は「私たちが真如苑を批判する事」です。
その批判に対するあなたの姿勢の事を言ったのです。

迷惑の解釈・・・
家の立て替えと宗教の勧誘は同次元でしょうか?
家の立て替えは、他の家に対して自分が同じ迷惑をかける事もある訳ですから、方角の問題もありますが
百歩譲ってまぁお互い様と言う事も出来るかもしれません。

これに対し宗教の勧誘はどうでしょう?
いくらありがたそうな話を聞かされても、どんなに伝統の権威を見せつけられようと
宗教団体と一切関わらないと心に決めている人は沢山います。
そして、一方的です。こちらから勧誘する事はありませんから。お互い様ではありません。
しかも勧誘している本人は親切心(自覚の無い偽善)で「幸せになって欲しい」という気持ちで来ていますから
様々な人間関係の中でこれをきっぱり断り、その後の関係もスムーズに保つことが難しいケースもあります。
新聞勧誘や訪問販売、訪ねてくるエホバの勧誘等を一蹴するのとは訳が違うのです。
いろいろな性格の人間がいて、いろいろな人間関係があります。
それを「断れば良いのだから迷惑ではない」というのが、「真理」を求めている方の台詞なのか、不思議でたまりません。

>上役だから断れ切れないという理由には、その上役を利用しようとする深層心理が働いて
>いるのではないのでしょうか。もし、その上役が担当が違うとかで、直接影響のない人だったら断れるでしょう。
・・・何と言うか、言葉になりません。
もっと「修行」すると、人の気持ちやそれぞれの事情を察する事が出来るようになるのでしょうか?無理でしょうね・・・

そして、陽があまり当たらなくなった事に文句を言わない?良い人だから?
このくだりにも、上手くは言えませんが何となく真如苑らしさを感じてしまうのですが・・・
真如苑信者独特の「謙虚」や「感謝」という言葉の使い方、あのニュアンスに近い感じです。

犯罪的な、目に見える反社会的行為は見つけ辛いかもしれません。
しかし現実に、司法が解決してくれない、もっと根の深い人間同士の問題が多く起こっているではないですか。
このスレッドを読んでいてもその問題に気付けない事がマインドコントロールだと何度も言っているのです。
そして真如苑の最大の迷惑は、誤った仏教解釈を持った人を量産している事だと思います。
私自身は仏教に詳しくはありませんが、ここの皆さんの書き込みを読んでいれば真如苑が仏教とは言えない事は明らかです。
これには迷えるさんも少し同意してもらえると思います。
しかしそれでも教団を離れようとは思えない、やはり根底のところでコントロールされてしまっているあなたも被害者だと思うのです。
真如苑がきっかけで仏教に興味を持ち、真如苑の問題にある程度気付いているあなたなら
この教団を離れ本物の仏教を追求し、またこのような教団が如何にして社会に巣食っているのかを
冷静な目で追求した方が、「真理」に近づけるのではないでしょうか?

私自身は「真理」には興味はありません。ただ、「嘘」は嫌いです。真如苑には「嘘」が感じられます。
[706]偽の気配 05/07/14 09:16 ahgBSInQsH
迷えるさん、

697では、
それぞれの見解に違いはあれ、苑のここがおかしいという指摘に関しては、共通した認識に「近い」ものができている
といったのです。「違い」ではありません。濁点はありませんよ。

真理、あなたはどのようなものをそこに期待しているのですか?
どのようなものだと考えてますか?
真理にちかづけば、おのずから幸せになれるとか?

真如苑にとって絶対の真理とは「教祖伊藤真乗はすばらしい、伊藤友司もすばらしい。伊藤一家はすばらしい」ということにすぎないのではないですか?

[707]偽の気配 05/07/14 11:57 ahgBSInQsH
真言宗のお寺のお坊さんに相談したことがあります。
真如苑に関して具体的にどうこうということはおっしゃりませんでしたが、他の怪しい危ない宗教にはまるよりは「まだ」ましではないか、という感じのことを言われました。それから、きちんとした仏教に触れる機会をつくってみてはどうか、とも。

自らを善人である、としんじて行動する人は手ごわいのです。そして、糾弾されるべきは、信じて行動している人たち、ではなく、承知の上で誤誘導している教祖・教団幹部です。

継主には、そういった意味で本来なすべきことがあるはずなのです。親を奉り、精舎を増やすことよりも前に。なすべきことの優先順位がちがうということは、すなわち、大本にある狙いが違っているからにほかなりません。

ここで批判あるいは糾弾しようとしているのは、個々人の末端信者ではありません。それは、このスレを読んでくればわかるはずです。

迷えるさんも、せっかく苑から離れたのですから、一度批判的な視点にたってながめてみてはいかがでしょう。信者で居たときよりも、冷静に、かつ客観的にみることができるようになっているはずです。

苑のもつ擬似地域社会制は、今は失われつつある人と人との繋がりという点では、「よい」点にあげることができるのかもしれません。しかし、そのありように関しては、諸手を挙げて賛成できるものではない、と私はおもいますが。
[708]講釈師 05/07/14 13:22 z7wmUzDQAr
>>702 しんにょえん → しんにょへん→ しにょへん →しによれへん
事情通様 私は根っからの関西ですが、「 ちょっとしんどい 」です。

「苑徒=マゾ」説は、何だか頷いてしまいました。
ご主人様(伊藤家)や経親に「良く出来ました」と褒めて貰いたい願望や、
「私はまだまだ未熟です」という自虐的な発想です。
( ひょっとしたら苑徒は家族から褒めて貰う、感謝された事がないのか。)
[709]迷える 05/07/14 22:57 jYtAJXzm96
イタチさん  貴方も人間関係の難しさというものを、よく分かっていらしやるのになぜ
一方的に「苑」の批判ばかりするのですか?何かあるのですか?チョット気になったもので
「勧誘している本人は親切心(自覚の無い偽善)で「幸せになって欲しい」という気持ち
で来ていますから、これをきっぱり断り、その後の関係もスムーズに保つことが難しい
ケースもあります。」確かにそうです。苑のシステムでは、初心者にも「おたすけ」を
させるのだから「人のため、人のため」といって人の事を考えずにただ進めるだけかも
知れません。
そこに「利他業」の難しさがあるのです。例えば、おなかの空いた人に食事をごちそう
すればたいへん喜んでもらえますが、今食事をしたばかりの人に食事を勧めても迷惑に
なるだけです。本当に他人のために何ができるかを考え行動するべきです。

「悟り」は「深い洞察力」と解説されていた本がありました。「利他業」には、洞察力が
欠かせません。しかし、苑では、おたすけを問い質したとき苑では、「まず縁を作りなさい
その縁により貴方がその人のために、いろいろ勉強や修行をすることになるのですよ。」
私の経親の話
私は普通の主婦さんの言葉でないけど、「おたすけ」は自分から勧誘しに行くものでなく
悩んでいるひとや求める人に、ある程度仏法を理解した人がするべきことだと思います。

私は「利他業」で取り組んでいることがあります。それは人に接したとき必ず笑顔で
いようと思い実行している事です。人に何かを言われて腹がたつのは、自分の「我」の
心があるからでそれをなくすことができれば、常にその人の立場でものを考え、常に
笑顔でいられるのです。日々小さな努力ですがなかなか実行できません。
[710]迷える 05/07/14 22:58 jYtAJXzm96
為の気配さん  ご返事とご指摘ありがとうございます。そうですね「濁点」一つで
正反対の意味になるのですね。これからは気をつけないと。
「真理」に対して少し意見の相違があるようで、
「真理」は真如(しんにょ)のこと。真実で永遠不変の理法をいう。
だから「苑の真理」とかは、ないのです。それに近いものがあるとすればべつの言葉だと
思います。ちなみに「苑」で言われている「真理」も同じ事で、決して「苑の真理」など
というものではないのです。
また「悟り」や「真理」を得たからと言って何もかわりません。外見はかわらないのです。
では、何が変わる。「心の持ち方がかわるのです。自分のいき方が分かるのです。」
何に期待を、  何も期待することはありません。いいえ期待する必要がないのです。
真理に近づけば、おのずから「しあわせ」になれるのか?  いいえ「しあわせ」の方法
がわかるだけです。「悟り」や「真理」を得たとしても、それに向かって努力しなくては、
何もならないのです。
また「悟り」と「真理」を切り離すことはできません。「悟り」を開く事により
「真理」に目覚めるのです。そして釈尊が言われているように「すばらしい宝」が
いただけるのです。
[711]一般人 05/07/14 23:31 AApjmN/gIR
こういう菌はどう処理すべきかな。
[712]一般人 05/07/14 23:32 AApjmN/gIR
>「断れば良いのだから迷惑ではない」
凄い言葉ですね。反省や謝罪一切無し。

1歩譲って勧誘を拒まないとしても 非仏教を仏教と呼び偽っての勧誘は「汚れ」ですな。

[713]一般人 05/07/14 23:34 AApjmN/gIR

>大乗仏教、いや仏教すべての共通の願いとはなんでしょう。
大乗仏教は釈迦仏教とは違います。一緒にされても迷惑。

言ってしまいますと、
大乗は仏教を「営利的に曲げたもの」であり、その苦し紛れの「言い訳」には笑ってしまいます。
興味のある方だけ覗いて下さい↓
ttp://www.j-world.com/usr/sakura/replies/buddhism/bud120.html

>しかし、いかに、大衆の救いのためとは言え、そんな大衆迎合的な「ウソ」をつくことが
>仏教徒にゆるされるのでしょうか。 「ウソではない」というのが大乗仏教運動の改革者の確信でした。
>つまり、「本来のブッダの教えでなく」ても、
>それを受け入れることが、本来のブッダの教えに導かれる何らかの縁となるならば、
>それは、究極的には、ブッダへの道となるのだから、「それもブッダの教えである」というわけです。

このような「改革」の名の基に、「ウソ」が正当化され、
否宗教である釈迦仏教は 宗教の典型としての大乗仏教へと「反転」させられてしまったのです。
いわずもがな日本伝統仏教も大乗として悪しき質を受け継いでいることになりますが、
その中に、先祖還りとも思われる釈迦的言質が含まれていたりすると 思いがけず嬉しい。
カルト仏教ともなればその乖離はお話になりませんが。

[714]一般人 05/07/14 23:34 AApjmN/gIR

>「どうしたら、人々を目覚めさせ、いっときも早く人間を完成させることができるであろうか」
とても「見下した」発言。
『みずからを善人賢者だと思い込んでいる人ほど扱いにくいものはありません』よ。
釈迦は無一文でボロボロになりつつ衆生に説き続け、挙げ句病死した。 そして自分を崇拝させなかった。

※ 偽の気配さんの言葉を拝借していますが、これは「同意」とお受け取りください。
>当然「批判」側でも意見があわない、考えが違うこともあります。
馴れ合いでなく真理に向かうことがとても大切と思いますので どんどん指摘してください。

[715]事情通 05/07/14 23:45 Igg.NAoWW3
以下、『水ぶくれ真如苑』と同じ著者が書いた『よみがえれ!仏教』の175〜177ページより。

 「わが教団を訪れてくる人は最初はみんな患者だが、やがて信者となり、さらに行者となって救われてゆく」と誇らかに言っていた教団がある。「従来の日本仏教は拝んで救われる甘口の仏教だったが、わが教団はあくまで修行で救われる辛口の仏教だ」とも言っていた。この誇り高き教団が、内紛にともなう殺人事件まで起こしたのは皮肉なことだった。
 実のところ、この種の「辛口」は日本の宗教界ではさほど珍しくない。最初は病気治しの宣伝で人を引き寄せ、教団内に取り込んでから「そんな甘えた根性ではダメだ」と意識変革を迫るという二段構えの教えで信者を育てている教団は、けっこう多い。
 例えば、ある教団の教祖さんは、もともと占いや祈祷を事として、「よく効く」という評判のある「拝み屋」だったが、顧客を信者として組織し、今日の大をなした。
 彼がまだ「拝み屋」だった当時は、相談ごとを持ち込む人に、一回ごとにズバリと的確な対処法を教え、絶大な信頼を得ていたらしい。しかし、そのうちに、彼の評判を耳にした近所の人々が、それぞれの身勝手な願い事を持ち寄って、混雑を起こし始めた。
 そこで彼は方針を変え、一回きり訪ねてくるような客には応対せず、きちんと「入信」して末永く彼の指導に従うと誓った者にだけ、占いや祈祷の便宜を与えることにした。そして、いったん入信した者には「修行」として未信者を勧誘する義務を負わせ、勧誘に乗って入信した後輩を指導する責任を負わせた。
 こうして教団が形成されると、この教祖さんの霊感的指導の内容も、拝み屋時代とはひと味違うものになってきた。簡単に言うと、以前より「歯切れが悪く」なったのだ。信者のかかえている問題の何分の一かは解決されるが、あとの部分は回答が先送りされ、同時に、信者に対して宿題も課されるというような、妙にまどろっこしい、じれったい回答になってきたのだ。
 信者たちは、多少のご利益を頂くと同時に、そのつど本格的なご利益は先送りにされ、ハナヅラにニンジンをぶら下げられて走る馬のように、せっせと「修行」に励まないわけにはいかなくなった。
 やがて、苦労して「修行」した弟子の中から、教祖に準ずる霊感能力を授かる者も出て来て、彼らが霊感的指導を担当するようになり、教祖が直々にお出ましにならなくてもよい体制が出来上がった。
 こうしてこの教団は今や日本でも有数の教団へと成長したが、大きな弱点は、「他人をこの教団に誘い込みなさい」ということ以外に、教えらしいものがほとんどない、ということである。
 「拝めば救われる」とする甘え信仰が、仏教の本旨にもとることは本当だし、徳も積んでいない人間が奇跡的な救いを頂いた場合には、後々よく徳を積むように心がけなければならない、というのもわかる。しかし、「後々よく徳を積む」ことの内容が、なぜ、その教団自体を無限に世の中に広めることでなければならないのか? なぜ、職場や家庭で己の本分を尽くすことではいけないのか?―こうした疑問へのまともな答は、この種の教団では得られない。
 宗教家が「病気治し」などの現世的な救済力をも身につけて活躍しようとすること自体は悪いことではない。古来、医者兼宗教家の例は多い。拝み屋というのも、要するに一種の医者である。宗教家が拝み屋をやるのは、いわば「拝み屋」という名の医者を兼業しているのだ。医者としての活動分野においては、患者は患者として遇するべきだろう。
 このけじめを忘れ、「患者」として訪れてくる人の期待をはぐらかして、みな「信者」にしてしまい、教団の活動に無限に深入りしないかぎり救いは与えないという方針で臨むのは、どだいおかしい。これでは、人助けの初心を、みずから裏切ることになってしまうではないか。

[716]普通の主婦 05/07/14 23:49 Y/PIZO9uH0
ハウルさんから名前を出していただいたので、久々に少しだけ参加します。
あまりの高度なやりとりに読むだけで満足でした。
あれから、家族入信だった夫、子供、親兄弟の退苑届けを出しました。経親さんにはいろいろ言われましたが、届けをだして、気持ちが楽になりました。
私自身は信者のままですが、心はかなり自由になっています。仏教のことも引き続き勉強していて、玄侑さんではないですが皆「私だけの仏教」をもっていることを知り、それぞれが自分の生活にどのように仏教を活かしているのかがわかり、とても新鮮です。

おたすけの話が出ていましたが、私は勧誘はやめることにしました。
そのほうが自分以外の人を丸ごと実感できるから。
ある価値観に結び付けようとする気持ちがあると、一即一切、一切即一(自分のことのように相手を思う気持ちかな)の感覚は鈍ってしまうような気がしました。

迷えるさんがおっしゃる「悟り」や「真理」。少し前の私も同じように考えていたと思いますよ。でもいまは違います。宇宙の「真理」の中で今日も生かされたことに感謝し、日々起こる出来事を深く省みることで、日々「悟り」、悟ったことを次に活かしていく。
過去も未来も思わず、ただ今、この時を大切に生きていくということを仏教の考え方から「悟った」ので、いまはとても穏やかで静かな気持ちです。

では、今の私にとって真如苑とは何なのか?まだ答えは出ていません。
前から言っていますが、接心があたるんですよね。先月も私がずっと課題にしていることを、微妙なところまで表現されて、行動するためのヒントを言ってくれるんです。「そういう心構えでいればいいのか」と。
禅宗の摂心はどんな風なのか、もう少し勉強してみます。


信者が精舎の掃除をするのは、涅槃経に仏の地を掃除する者は不動国に生じん、というような言葉があるからだと思います。教書にも書いていたし。

一般人さん、私は宇都宮の「幸楽」「一品香」の餃子が好きです。
[717]普通の主婦 05/07/14 23:52 Y/PIZO9uH0
あ、なんかゆっくり書いている間に進んでたんですね?ちぐはぐですみません!
[718]イタチ 05/07/15 02:56 OnjVFPcAbU
迷えるさん

>そこに「利他業」の難しさがあるのです。例えば、おなかの空いた人に食事をごちそう
>すればたいへん喜んでもらえますが、今食事をしたばかりの人に食事を勧めても迷惑に
>なるだけです。本当に他人のために何ができるかを考え行動するべきです。
その例えで言えば、世の中はお腹いっぱいの人がとても多いのです。
そしてたとえお腹が空いていても、不気味なものは食べたくない人も多いのです。
しかし、人間関係によってはお腹いっぱいでも無理して食べなければならないケースがある。
不気味だから食べたくないと思っても、実際一口食べて不味くても、「体に良いから」と親切心で言われ
相手の手前無理して食べる事もある。
そのような迷惑な押しつけが真如苑信者によって行われているのです。
洞察力が欠かせないなら、迷惑に感じさせる勧誘はしないで下さい。
>「縁を作りなさい」
それこそが私が繰り返している偽善の始まりだと言っているのです。

>なぜ一方的に「苑」の批判ばかりするのですか?何かあるのですか?
何かあるのですかって、私たちが何故批判するかそれぞれ書いてありますが読み取れないんですよね。
勘ぐるなら、「創価学会ですか?」とでも言いたいのでしょうか?残念ながら違います。
宗教団体と関わらない事は一生譲れない信念です。
創価学会が勢力を伸ばし政権に参加しているからこそ真如苑も保護されている。
両方潰れてもらいたいと願っています。

話が逸れましたが、先にも書いた通り、真如苑には「嘘」があります。
色々と体裁を整えてはありますが、突き詰めていくとその根本は仏教とかけ離れた欺瞞の構造です。
そのような団体によっていくら表面上の「良い事」があったとしても、それは信者を獲得し操るための餌にしか過ぎない訳で
それを拾って「良いところもある」と言って何になるというのでしょうか。
真如苑で得られる多くの「良い事」は、本来家庭や地域社会や地元の寺などで得られる筈のものですが
それが難しくなって来た現代社会でそれを提供している真如苑は隙間産業的な優れたビジネスと言えるでしょう。
(「社交的になった」とかそういうことです。「お力」は論外なので除外しています)
しかしそれなら、ビジネスとして堂々としてほしいのです。
ビジネスで成功した経営者は堂々と振る舞います。大きな家に住み、良いものを食べ、 高級車に乗り、贅沢をする事を隠しません。
そして何より、彼らは法人税をきちんと税金を納めます。
真如苑のトップはどうでしょう?
コソコソと、「贅沢はしていません」と信者に思い込ませるのに必死。滑稽です。
馬鹿にされてると思いませんか。思わないのがマ(略)
それを成り立たせるのが、非課税というメリットもある宗教法人と言うスタイルです。
[719]偽の気配 05/07/15 07:25 EbN2Yo8sCI
一般人さん、大丈夫です。理解してます。

ただ、711の表現の仕方はよくないかな・・とおもいます。
生物そのものに優劣はない(現存するものの全てが、環境に適応し生き延びてきたものの子孫である、という点において)のですが、ヒトがいうところの「菌」には、時として優劣の概念がこめられているからです。

苑の信者さんたちは、苑の教えを仏教の教えであると錯覚させられて、自らの思考の基盤にすえてしまったのです。苑がつくりあげたシステムの犠牲者なのだとおもいます。苑のたくみなところは、犠牲者に犠牲者を生み出させるシステムを構築したところで、これはカルトに共通することですよね。迷えるさんをもってしても、苑の教えのおかしさに気づきながら、苑の「教え」から脱しきれず、釈尊が本来いわんとしたところから引き離された状態が続くのだ、と恐ろしく感じました。身内ともまだまだこれから気長にいかねばならないのだ・・と。
[720]偽の気配 05/07/15 07:51 EbN2Yo8sCI
迷えるさん、
私の書き込みの中で当該部分の文章が平仮名だったために、濁点の誤解につながったようです。PCの画面でみると、小さな点はあるのかないのかわからないときもありますから。

真理=真如=真実で永遠不変の理法 なのですね?
では、改めてお尋ねしたいとおもいます。
真実で永遠不変の理法、とは誰にとって真実であり、誰にとって永遠不変の理法なのでしょうか?
また、「苑」で言われている「真理」は、苑にとっての解釈にもとづいたものではない、ということでしょうか。

私がかいた「苑の真理」とは「苑」にとって「真実で永遠不変の理法」という意味です。苑の意図の良し悪しはともかくも、真如苑という宗教集団のなかでは、これはただしいのだ、とされていることがあると思っていたのですが、実はそいういう根幹的な主義主張のない集団なのでしょうか?

私の問いに対して丁寧に答えを書いてもらいました。
要約すると、真理と悟りは切り離せない、悟ったからといって幸せになるとは限らない、悟ることは幸せに生きる方法を知ることにつながる、ということですよね?
私はこの流れの中でも、「真理」が誰にとっての「真理」なのか、ということが大きく影響してくるとおもいます。問題点。釈尊のいうところの「真理」と伊藤真如苑のいうところの「真理」が、一致するのかどうか。繰り返しになりますが、私自身は、それらは一致していないと考えています。理由は、696にかいたようなことです。
[721]偽の気配 05/07/15 07:57 EbN2Yo8sCI
縁起が理。それを理解することが・・
[722]偽の気配 05/07/15 07:57 EbN2Yo8sCI
すみません、時間なので退席します
[723]事情通 05/07/15 08:01 723
以下、『よみがえれ!仏教』の172〜174ページより。

 いつだったか、新聞の投書に「このごろは四つ葉のクローバーが増えた」と書いてあった。農薬散布の副作用だろうと、投書者は推論していた。
 クローバーの四つ葉は奇形だから、もし四つ葉が増えたのが事実とすれば、投書者の推論は、ありうることだ。
 逆に言うと、農薬を使えば人為的に四つ葉のクローバーを大量発生させられる可能性もあるわけで、幸運の象徴を手にしたい人は、自分の庭に農薬をたくさんまいてクローバーを育てればよい、ということにもなる。
 が、むろん賢い人はそんなことはしないであろう。天然にはごく希にしか見つからない四つ葉のクローバーだからこそ、昔の人は人生上の希有な幸運の前兆と解釈したのだ。人為的に作り出しうる希有が、真の希有な幸運の前兆になりうるはずがない。
 宗教の真贋を見きわめる際の一つのキーポイントは、ニセモノ宗教ほど、四つ葉のクローバーを人為的に作るに類した行為を平気でやらかす、という点である。
 こうした宗教の信者が未信者を勧誘する際の手口の特徴は、未信者の世俗的価値観に徹底的におもねるということである。つまり、「病気を治したい」とか「金をもうけたい」とかいう願望そのものは全面的に肯定した上で、その願望を達成する手段として、いまあなたが選んでいる道は誤っている、ウチの教祖様の道こそが正しくて、こちらへ来ればその願望が必ず達成できるのだ、といった物の言い方をするのである。
 これは、言ってみれば、四つ葉のクローバーを手に入れて幸運になりたいと願っている人に対して、そういうまぐれ当たり的幸運に期待する態度を戒めるのではなく、逆にまぐれをまぐれでなくするために、四つ葉のクローバーを大量に作る秘法を教えてやろうというようなものである。
 賢明な読者にはおわかりのように、このようにして勧められる「まぐれを人為的に作り出す信仰」というものは、みな農薬と同じ劇薬であり、副作用がある。四つ葉を作り出すために農薬をまいた土壌は、後々農薬除去の大掃除をしなければ使用できなくなるのと同様、「まぐれ信仰」で得たご利益は、後々必ず相応の負担によって埋め合わせをやらされるように出来ている。プラスマイナスゼロなら、そんな信仰は最初から入らなくても同じであったわけだ。
 ところが、こうした農薬信仰を広める教団というのは、後々かかってくる負担の部分をマイナスと思わせないように、洗脳技術を開発している場合があるから、注意が必要だ。「あなたは自分だけがご利益を得て、満足していてはいけません。この信仰を広めて他人様を幸せにしてあげる利他の行に励んでこそ、自分も本当に幸せになれるのです」と説くのがそれだ。
 こうして、いったんご利益を授かってしまったが最後、一生その教団の手足にされ、家庭生活を犠牲にさせられる。
 こういう信仰を他人に勧めることは、ますます農薬を世の中にまき散らすことにしかならないから、「それが利他の行だ」という主張にはかなり無理がある。
[724]偽の気配 05/07/15 08:03 EbN2Yo8sCI
あ、最後に一点。
批判と非難はちがいます。
批判は、考え方に対する反論
非難は、時として人物への攻撃
この板でかわされているのは、批判であって非難ではない。
苑の方も、非難にはこたえなくともよいでしょうが、
自らの信じるところの正しさを人に伝えていこうとするのであれば
(実際おたすけという名の下に勧誘しているのですから)、
批判にはきちんと答えるべきだとおもいます。
その点では、苑の考えに批判的な意見のおおいこの板のようなところを見に行かないように、と指導する苑の考え方は間違っています。
[725]事情通 05/07/15 09:33 Igg.NAoWW3
真如苑の組織の欺瞞性のキーポイントは、もう何度も指摘されているように、「カモにされた人を、次なるカモを探す加害者へと仕立て上げていく」という「マルチ商法」型の組織原理にあります。
親族が苑に入って苑のために奔走し、家庭に害が及んでいる場合、反省を迫るひとつの道は、「マルチ商法と同じ罠にかかってはいませんか?」ということを冷静に省みてもらうことでしょう。
そのための絶好の教材として、全国の消費生活センターのほとんどどこにでも置いてある『役者ピロの怒り』(岩波映像)という消費者啓発ビデオがあります。
インターネットで検索すればたくさんヒットします。とてもよくできたわかりやすいビデオです。
私は真如苑被害の相談を受けたときには、普通の仏教を冷静に学んでみることを勧めるほか、このビデオを家族一緒に鑑賞することも勧めています。
[726]偽の気配 05/07/15 22:15 EbN2Yo8sCI
法の華のフクナガ教祖、有罪判決でましたね。
[727]イタチ 05/07/15 23:47 OSWGBfSDWz
前回の書き込みは深夜だったのと真如苑の「良いところ」をどう解釈するかという無茶な事を考えていたので
とりとめの無い文章になってしまい失礼しました。

普通の主婦さん

家族入信の事、おたすけの事、「普通の」感覚を取り戻してくれた事を嬉しく思います。
>ある価値観に結びつけようとする気持ちがあると〜
これに気付いた事は素晴らしいと思います。

しかし、
>接心があたる〜
「あたる」と感じさせるもの、これは仏教ではありませんよね。
講釈師さんや事情通さんが引用している本の文章の中に、その仕掛けを解明するヒントがあるように思います。
今後もより冷静に真如苑を見つめる目を持って、関わり方を考えていってもらえたらと思います。
[728]事情通 05/07/16 00:33 Igg.NAoWW3
>>726 偽の気配さん。「法の華」について私は直接はフォローしていませんが、法の華の元支部長で、悩んだ末に脱会した光さんというかたがやっている「心軽やかにな〜れ♪」というサイトはときどき拝見しています。
カルトにいったんは忠誠を誓った人が、矛盾に気づき、自分の力で一歩一歩脱出していく過程を、正直に綴っているので、カルト一般を考える参考にもなります。
法の華は「足裏診断」などの手口がお粗末であったため、犯罪として摘発されましたが、真如苑の場合、「真言密教・醍醐寺」などを後ろ楯にして、より巧妙にやっているため、明確に犯罪と認定できないだけで、人間操作の手法自体にはかなりの共通性があります。
また、光さんのサイトを読んでみると、あの法の華でさえ、宗教としての性格が完全にゼロだったわけではなく、「頭を取る」といった「教え」を必死に実践した人々にとって、何らかの心の糧になった面もあったということがわかります。
それだからこそ、結果的には脱会した人も、そこに至るまでにはいろいろ迷っているのですが。
このことは真如苑問題を考える上でも重要ですね。
真如苑にも、人の心の糧になるような側面が全然ないわけじゃないということは、早々と脱会した私でも認めてはいるのです。少なくとも法の華と同じ程度には。
[729]偽の気配 05/07/19 11:51 M9RH5F12qj