松山禅寺の歴史

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金栗山 松山禅寺の歴史

唐津市千々賀字寺ノ元に位置する「金栗山 松山禅寺(きんりつざん しょうざんぜんじ)」は松浦党の始祖「源太夫判官 渡辺 久(源 久)公」の遥拝塔の近くに、ときの千々賀村庄屋「徳田 助兵衛(とくだすけひょうえ)氏(明光院鶴翁宗亀居士)」の一手建立によって、曹洞宗の寺「栗山 草葉寺(りつざん そうようじ)」として文禄元壬辰年(1592年)に創建された。

現在、徳田氏の末裔は相知町牟田部の地に移り住み、檀那寺も代わってしまっている。しかし、言い伝えによると徳田氏の先祖は、豊臣秀吉の肥前名護屋城入りに付き随って唐津の地に来たとのことである。現在も松山寺の近くには、秀吉が名護屋城に向かう際に通ったとされる「太閤道」が残っている。

そして、筑前・博多にある曹洞宗の寺「大寶山 明光寺」の隠居(12世か!?)の身であった「松山 光壽禅師」が、唐津に行脚されて当山の開山となる。明光寺は天正年間(1573〜1591年)に兵火により焼失したためと思われる。慶長11年(1606年)11月4日に遷化。

その後、松山 光壽禅師の弟子「廣道 禪長首座」が後を継ぎ、開山の遺徳を偲び山号寺号を「金栗山松山禅寺」と改める。元和4年(1618年)3月8日に遷化。

3世「法雲 寮傳首座」は正保元年(1645年)8月10日に遷化。

4世「鐡山 林牛首座」は明暦元年(1655年)1月21日に遷化。

5世「慧堯 的公首座」は延宝2年(1674年)4月27日に遷化。しかし、その後は法系が途絶える。

天和2年(1682年)に明石の永久院(現在は小田原に永久寺として残る)より行脚されてきた「提山 祖鋼禅師」が法幢寺、松雲寺、松山寺の唐津三か寺を再興される。

以降、「臨済宗 妙心寺派」に属し、明治末期まで平戸・雄香寺末となる。現在は妙心寺本山末。

元禄9年(1696年)10月19日に遷化。当山の中興開山として祀られる。前住妙心当山提山祖鋼大和尚禅師。

7世「東水 慈雲首座」は宝永4年(1707年)11月25日に遷化。

8世「月堂 釣公首座」は享保8年(1723年)5月17日に遷化。

9世「鼎州 器公首座」は俗名を「赤松 末葉」といい、久留米・有馬藩の家臣「内藤 良春」の嫡男にして、久留米・梅林寺において修行。宝暦7年(1757年)4月11日に遷化。

口伝によれば9世の頃、火災により本堂を焼失するも、千々賀村庄屋「波多氏(権大僧都大越家永信法印)」の建立により、宝暦2年(1752年)に本堂を再建。

10世「馨宗 遠公首座」は天明3年(1783年)7月16日に遷化。

11世「遠外 禪恕首座」は文化9年(1812年)9月21日に遷化。

12世「勇道 全儀首座」は文政4年(1821年)12月5日に遷化。

13世「桂州 無外首座」は天保6年(1835年)12月3日に遷化。

14世「精芳 玄密首座」は嘉永6年(1853年)1月20日に遷化。

安政5年(1858年)に「忍應 元務首座」により、涅槃図の再表装がなされる。忍應首座は世代には入っていない。

15世「因巌 全由首座」は慶応3年(1867年)2月12日に遷化。

16世「提道 宗拙首座」は明治10年(1877年)9月23日に遷化。

17世「瑤谷 宗周」は近松寺の「寺沢 大典和尚」について得度し、明治35年(1902年)に現在の本堂を再建。大正6年(1917年)7月4日に遷化。

18世「独峰 寔雄」は雄香寺の小僧となり、妙心寺学院(現在の花園大学)にて勉学し、久留米・梅林寺にて修行。昭和5年(1930年)に庫裡を建立。昭和30年(1955年)9月12日に遷化。

19世「玉照 直己」は久留米・梅林寺にて修行し、昭和36年(1961年)と昭和42年(1967年)に相次いで納骨堂を建立。昭和58年(1983年)に位牌堂を建立。昭和62年(1987年)に庫裡を増築し、平成5年(1993年)に大般若経300巻を新添する。平成9年(1997年)12月14日に遷化。

20世「秀峰 理」

平成11年より約9年の間、兼務寺院となる。

平成20年1月17日、21世「松林 宗鶴」入寺。

平成21年2月に世代墓建立。同年5月、庫裡東司増築。

平成22年4月に玉照和尚13回忌法要並びに晋山式を厳修。同年6月、永代供養塔建立。

平成25年11月に玉照和尚17回忌法要を厳修。

平成28年7月15日及び16日に瑤谷和尚壱百年遠諱法要並びに記念行事を厳修。



本尊:如意輪観世音菩薩

元禄時代の作と伝えられる。一面六臂で片膝を立てて、右頬に手を当てた木製の坐像。手には如意宝珠を持つ。法輪は損失している模様。


御神木:もっこく

松山寺の御神木であるもっこくの木。推定樹齢600年。平成21年に佐賀県の名木・古木に指定。高さ15m、幹回り3m、枝張り15m。


涅槃図

釈尊入滅時の仏画。作者、制作年代は不明。過去に二度の再表装がなされている。箱書きには忍應 元務禅師の香語が書かれており、毎年2月15日には涅槃会の法要を執り行い、一般公開されている。