十    七    条    城    

【城址碑】
別   名船木城
所 在 地岐阜県瑞穂市十七条
築城年月延元年間(1336〜40年)
築 城 者船木頼胤
主要城主土岐氏・二階堂氏・林氏
城郭様式平城
遺   構曲輪・土塁

十七条城は土岐頼貞が本城である長森城の防衛をするため西方防衛拠点として4男頼胤に築城させた城です

土岐氏のあと二階堂氏、仙石氏、和田氏が城主となったが天文11年9月斎藤道三に攻められ美江寺城とともに落城した

永禄元年(1558年)清水城主林通忠の子正長が空城を修築して居城とした

林氏は西濃3人衆の安藤守就に属していたが、信長が守就を追放すると稲葉一鉄の配下となった

林正成の代となると稲葉一鉄の孫と結婚したが妻は早死にし、一鉄の旧臣斎藤利三の娘お福(後の春日局)を後室に迎えこの十七条城に住んだ

正成が小早川秀秋に仕え筑前名島城に移ると政貞を養子に迎えが、その子正辰に子が無く断絶し廃城となった

考察・感想
熊野神社に説明看板が建っていますが、ここが本丸ではありません。本丸はここから南の方にある樹木が生い茂った所にあります
この本丸は民家となっているため勝手に入ると怒られますので気を付けてください
駐車場
駐車スペース有(約2台)
目標物
熊野神社
堀です 本丸全景です

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