高    須    城    

【城址碑】
別   名高洲城・高須御館
所 在 地岐阜県海津郡海津町高須
築城年月暦応元年(1338年)
築 城 者氏家重国
主要城主松平氏
城郭様式平城
遺   構城址碑

高須城の最初の築城者は新田義貞を藤島城に攻めその首級を取った氏家重国といわれている

その後城主は尾張津島の四家七苗字の一党大橋重一が城を再改築し、四家七苗字の縁者が城主となったが、天正12年の長久手の戦いでは織田信雄に属したため領地を没収されてしまった

元禄13年3月尾張藩主の次男松平義行がこの地に封じられ3万石の高須藩主となった

この高須松平家は3万石の小藩であったが御三家筆頭尾張徳川家の分家であり、尾張徳川家に後継者が無い場合は相続人を出す家柄であった

したがって格式は高く徳川御三家、御三卿に次ぐ名門であり、明治の版籍奉還まで続いた

考察・感想
ここは海津高校の西にある城跡公園に碑が建っているだけで遺構はありません
付近には主水橋や見事な櫓風海津町歴史民族資料館があります
駐車場
目標物
海津高校
主水橋です。この橋は徳永法印寿昌の家老の一人稲葉主水の屋敷が橋のほとりにあったので「主水橋」と呼ばれ、かつては板の橋で北側には土塁があり番所が建てられていた 海津町歴史民族資料館です

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