大    桑    城    

【城 址】
別   名
所 在 地岐阜県山県市大桑
築城年月貞応年間(1222〜24年)
築 城 者逸見又太郎義重
主要城主大桑氏・土岐氏
城郭様式山城
遺   構ミニチュワ天守・曲輪等

大桑城の規模は850m×1200mの城で、標高407.5mの古城山山頂に築かれた城です

承久の乱に美濃の武将の多くは宮方に属し幕府軍と戦ったが宮方の敗北となり、大桑郷を治めていた大桑太郎にかわって源義光の6世の孫逸見又太郎義重が父惟義とともに北条方に属し大井戸の渡しの恩賞として大桑郷を与えられた

義重は入部すると古城山に詰城を築いた。これが大桑城の始まりである

美濃守護職の初代頼貞は東濃高田館に、2代頼遠は長森城に、3代頼康は川手城に居城し以来ここを本拠としてきたが尾張国境に近く平城であり戦国時代となるとより堅固な防衛が必要となり、加納城、稲葉山城を配備して守護・守護代を住まわせ、土岐氏主流の詰城を要害大桑城とした

斎藤道三の台頭により天文11年・16年・21年の3度に大桑城攻撃により土岐11代守護頼芸は敗北して追放され土岐氏は滅亡した

こぼれ話
この大桑城は堀により囲まれていた
外堀として鳥羽川を活用し、その内側に中堀として右手半分は朝倉勢の扶役によって掘られた越前堀
左手半分は朝倉勢の他尾張衆・伊勢衆・美濃衆が協同助役して構築した四国堀がある
これは名門土岐氏が近隣諸国から畏敬されており、斎藤道三との戦いに備えていた当時の守護土岐頼芸が助勢を受けて作ったものである
山頂のあるミニチュワ天守に置いてある記録帳の記載しました。城田ジョウの名前を見た方は教えて下さい
考察・感想
この城はいいですよ。結構遺構が残っていて、見る所が沢山あります
登城道は東大手道と西大手道があり、西大手道には金鶏の滝があるそうです
看板には西大手道は荒れているので注意と記載してあったので断念しましたが、やはり行くべきであったかな
駐車場
無料駐車場(6台程度)
目標物
岐阜県幸報苑
アクセス
名鉄新岐阜駅の前の道(国道256号)を高富方面に進みます
長良橋を渡り、高富町に入り「焼橋」の交差点を左折します
そのまま進むと大桑城右折の看板(小さい)の所を右折し突き当たりを左折します
そのまま進むと大桑城右折の看板がありますので、ここを右折します
そのまま進むと大桑城左折の看板がありますので、ここを左折し、進むと駐車場に着きます
主郭虎口の番所跡です 三の曲輪です

三の曲輪にある見張り台です ニの曲輪です

堅堀です。でも分かりずらいですね 物見櫓です

一の曲輪です 城址碑です

山頂のあるミニチュワ天守です 霧ヶ井です

出丸西曲輪です 東と西の出丸を分ける堀切です

出丸東曲輪です 四国堀です

六万墓です。大桑村の村民が土岐氏滅亡して200年後改めて霊を弔うため建てた碑です 千人塚です。斎藤道三に攻められた時、土岐市の戦死者を南泉寺の住職が葬った塚です

南泉寺です。土岐頼純の墓があります 10代守護土岐頼純の墓です。弟の頼芸とともに大桑城に籠って討死した

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