米    田    城    

【城址】
別   名
所 在 地岐阜県加茂郡川辺町福島
築城年月天文年間(1532〜1555年)
築 城 者肥田玄蕃
主要城主肥田氏
城郭様式山城
遺   構曲輪・堀

米田城は規模790m×550mの城でした

永禄8年美濃に侵攻した織田信長は鵜沼城・猿啄城・関城・堂洞城を攻略し、森可成を可児郡金山城主として送り込んだ

可成が戦死し長可が跡を継いだが、長可が海津城に居城中本能寺の変が起こり森蘭丸ら兄弟が討ち死にすると、米田城の肥田玄蕃は近隣諸城主と呼応し金山城攻撃の準備態勢に入った

肥田玄蕃は支城前野城(八百津町)、馬串砦(美濃加茂市)に兵を配置したが、優勢な金山勢は前野・馬串を攻略し米田城を猛攻した

肥田玄蕃は激しい腹痛に襲われ指揮もとれぬままあえなく落城し、かろうじて牛鼻砦に退却し飛騨川を挟んで戦ったが森軍の渡河を許し猿啄城・加治田城に敗走してさらに抵抗したが敗北した

以後米田城は廃城となった

考察・感想
この城址がある米田城は「米田富士」と呼ばれる愛宕山山頂にあった
階段を上がって行くと神社があり、向かって右側の山道をさらに登って行くと山頂に到着した
最初は入り口がわからずこの山の周りをうろうろしていたが発見できず2回目の攻城でやっと落城できた
駐車場
無(少し離れた道の待避所有)
目標物
愛宕山
アクセス
国道41号を美濃加茂市から白川方面に進みます
川辺町に入り交差点「」を左折し、新山川橋を渡ります
そのまま道なりに進むと道路沿右側に山がありますので、これが愛宕山です
道が2分枝するので、直角左方向にいくと直ぐ左側に鳥居がありますので、ここを左折します(車は反対側の待避所に駐車、軽自動車なら先の道の路駐も可能)
正面に鳥居がある山が愛宕山です
米田館跡です。米田城の城主館と士屋敷のあったところです 空堀です。金山城の森一族との攻防の際急ぎ掘られたものです

曲輪・馬場・土塁跡です

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