和    知    城    

【城址碑】
別   名稲葉城
所 在 地岐阜県加茂郡八百津町
築城年月天正18年(1590年)
築 城 者稲葉右近方通
主要城主稲葉氏
城郭様式平城
遺   構堀切・土塁

和知城は100m×130mの城であった

曽根城を本城とし安八・池田・大野郡を地盤に勢力にあった稲葉氏は天正16年年(1588年)郡上八幡城主に貞通が転封となり一族を伴い郡上入りし、左遷されて加茂郡の小領主となっていた前城主遠藤慶隆に備えた

曽根城の西方にある西ノ保城の城主不破彦五郎が本能寺の変で信長とともに討死し、嫡子がなかったため彦五郎の妹婿稲葉方通(一鉄の4男)が請われて城主となっていた

天正18年方通は安八郡西ノ保から加茂郡和知へ移封され、貞通の力を借り和知城を築き兄弟で遠藤慶隆を監視していた

慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いが起きると稲葉一族は西軍となり貞通は犬山城守備を命じられたが、岐阜城が落城すると東軍に転属した

その頃遠藤慶隆は郡上奪回をはかるため金森氏の応援を得て八幡城を攻撃した

関ヶ原の戦いが西軍の大敗で貞通は九州豊後5万石に転封となり、方通は和知4430石を安堵された

延宝4年(1676年)5代城主屋通が嗣子無く早世したため和知稲葉氏は断絶となり城も廃城となった

考察・感想
綺麗な公園となっており城址の雰囲気はなかった
最初は場所を間違えたと思い、念のためうろうろ回りを見ていたら城址碑があった
空堀はなかなか立派であった
駐車場
無料駐車場約30台
目標物
稲葉城公園
アクセス
国道41号を美濃加茂市から御嵩方面に進みます
可児市を過ぎ御嵩町に入り「伏見」の交差点を左折します
そのまま道なりに進み、最初の交差点(信号)を左折し、木曽川に架かっている橋(下渡橋)を渡ります
そのまま進み次の信号を右折し野上古井線に入ります
しばらく進むと右側に「稲葉城公園」の看板がありますので、ここを右折します(信号はありません)
この稲葉城公園が城址です
大堀切です 本丸です

土塁です 井戸跡です

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