小    倉    山    城    

【復興櫓】
別   名上有知城
所 在 地岐阜県美濃市新美濃町
築城年月慶長11年(1606年)
築 城 者金森長近
主要城主金森長近
城郭様式平山城
遺   構復元櫓・石積

天正末期、佐藤秀方・方政父子は小倉山東北の尾山に城を構えていたが、関ヶ原の戦いにおいて方政は西軍の岐阜城に立てこもって敗れた

飛騨高山城主金森長近は関ヶ原の戦いの功によって佐藤秀方の旧領地(武儀郡)2万5千石を加封された

慶長13年金森長近が没すると孫の長光が襲封したが、慶長16年に死去し子がないため金森家は断絶し小倉山城は廃城となった

考察・感想
小倉公園の中に城跡があった
石積が特に印象に残った
駐車場
小倉公園の中に無料駐車場有
目標物  小倉山城地図
小倉公園
アクセス
国道156号を岐阜から美濃市向かって走る
美濃市内に入ると小倉公園左折の看板がありますので、その信号を左折します
そのまま直進すると小倉公園につきます
説明用碑と石垣です 大手門跡の石垣です

城址碑です 山頂にある櫓風展望台です

二の丸の石垣です 佐藤氏館跡です

長近の松です 清泰寺の中門です

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小坂家の卯建です。屋根全面に「起り(むくり)」をもつ安永元年(1772年)に建てられた造り酒屋である 今井家の卯建です。最も古い形式の卯建で鬼瓦が小さく破風瓦が小さく破風瓦の下に懸魚がないのが特徴である

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