鉈    尾    山    城    

【城址碑】
別   名上有知城・七尾山城・藤城
所 在 地岐阜県美濃市美濃古城山
築城年月年間(1213〜1219年)
築 城 者山県頼資
主要城主山県氏・佐藤氏
城郭様式山城
遺   構石垣・土塁

鉈尾山城は250m×950mの城です

天文9年(1540年)佐藤清信は前斉藤氏から後の斉藤氏(斉藤道三)に鞍替えし、城を大改修して名を鉈尾山城と改めた

永禄8年(1565年)尾張の織田信長が小牧山から軍を進め鵜沼城・猿啄城を落城させ、堂洞城・加治田城・関城・鉈尾山城に迫った

この4城は盟約を結んでおり信長勢を遊撃する手筈であったが加治田城主佐藤忠能が信長に通じ堂洞城は孤立し救援に向かった関城主長井道利も行く手を阻まれ両城とも落城した

このとき鉈尾山城主佐藤清信はいち早く信長に服していた

2代佐藤秀方は信長に仕え、信長死後山崎の戦いでは秀吉に味方し戦功により2万5千石を領した

3代佐藤方政の秀吉に仕えていたが、秀吉没後の関ヶ原の戦いでは西軍に属していたが東軍の猛攻ぶりを眺め戦いに利なしと見て一戦の戦うことなく帰城し、岐阜落城後どこかに姿をくらました

関ヶ原の戦い後領地は没収となり替わって金森長近に領地を与えられ、長近は小倉山城に居城し鉈尾山城は廃城となった

考察・感想
美濃公園北側にそびえる山が古城山であり山頂に城址があった
公園から古城山ハイキングコースとなっており山に向かった右側から行くのが大手道からの登城で真っ直ぐ進み弓道場の裏から行くと搦手道からの登城となる
こぼれ話
上有知旧事記には「釣壁の御要害の御構えなされ、鉈1丁にて何千騎にても防ぎ申す」とある
たしかに、断崖絶壁であり、まさしく天然の要害である
駐車場
無料駐車場約100台
目標物
美濃運動公園
アクセス
国道156号を岐阜から白鳥方面に進みます
美濃市の中心街を抜けると直角に曲がり長良川に出ます
長良川を渡る橋の手前葯30mを右折します(美濃運動公園右折の看板有)
そのまま進むと美濃運動公園に入ります
正面の山が古城山です
一の曲輪です 二の曲輪です

三の曲輪です 石塁です

鉈尾山の断崖絶壁です 全景です

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