土     田    城    

【城址碑】
別   名:ー
所 在 地岐阜市可児市土田
築城年月文明年間(1469年〜87年)
築 城 者土田義久
主要城主土田氏・生駒氏
城郭様式山城
遺   構曲輪・堀切

土田城は、標高181mの城山にある規模270m×100mの城です

この城はあの織田信長の母、土田御前の出生地である

近江佐々木義詮の末裔がこの地来て明智氏に属して土田に築城し土田と名乗ったのが始まりである

弘治2年(1556年)3代城主土田源太夫の時に明智城が斎藤義龍の命を受けた関城主長井道利に攻められ落城時討死し土田氏の直系は絶えてしまった

2代城主泰久の2男勘助は母方の尾張丹羽郡小折城主生駒家広に嫡子がなかったので養子となっていたが、親重と改名し土田・小折城を領した

生駒親重は初め犬山城主織田信清に属していたが信長と信清が手切となり犬山城は落城し親重は土田城で謹慎し後信長に仕えた

親重の嫡男親正は信長・秀吉に仕え、戦功を重ね天正13年赤穂6万石の大名となり15年には17万石を拝領し四国丸亀目城主となり土田城は廃城となった

こぼれ話
土田城の外濠の役を果たしている可児川には、刎橋がかかっており非常の時には外して敵の侵入を防ぐようになっていたという
元亀年間(1570〜73年)頃最初に架けられたといわれている
考察・感想
城山遊歩道の看板はあるがまるで登山道のようなすごい道であった
獣道を探しながら行く感じであり、あまり夕方の攻城はお奨めしません(低い山で下は国道41号が走っており迷っても国道方面に行けばなんとかなりそう)
駐車場
有(30台)
目標物  土田城地図
花木センター・ホテル元越
アクセス
国道41号を美濃加茂から犬山方面に進みます
中濃大橋を渡りそのまま進み「大脇」の交差点を左折します
突き当たりを右折すると左側に大脇公民館がありますのでここに車を止めます
駐車場にある碑です 東山道への碑です

すごい道です 中出丸です

岩場展望台です 大手曲輪です

堀切です 一の曲輪です

全景です 刎橋です

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