◎『年頭にあたり』 【2012.1.1】 皆様、明けましておめでとうございます。 昨年は日本史に残る歴史の分岐点となった年でありました。 長引く不況に喘ぐ我が国に、正に止めを刺すような大震災と原発事故。 そして政党政治の終焉とも言える政治の不安定。 ある意味日本は「底(そこ)」を見たのではないかと思います。 しかしながら、震災後の国民の団結=「絆」を垣間見るに、まだまだこの国はいける、これが高徳国家日本の底力だ・・と大きな勇気が芽生えた年でもありました。 そういう背景を踏まえた上で、本年は「息吹」の年にしなければなりません。 我々日本国民が、後世の人々に勇気と誇りを与え得る生き様を見せること。そのための努力を惜しんではならないこと。それこそがこの国の未来に繋がって行くという事を我々一人ひとりが噛締めて腹に収めて自分のできることに取り組んで行きましょう。 この国は終わらない。 私も「日本」の市議会議員として本年も頑張って参ります事を約束し、同時に皆様と日本国の飛躍を祈念し、年頭の挨拶と致します。 追伸 本日、私の住む四日市市は晴天無風。 この良き日を生きることに感謝します。 平成24年 元旦 諸岡 覚 ◎『質問について』 【2011.9.8】 私の一般質問が終わりました。 今回は「四日市市の国家観を問う」というテーマで、教科書の採択問題と、朝鮮学校への助成金の是非について問いただしました。 詳細は省きますが、要約すると「加害の視点での教科書記述を求める」と標榜する日教組が、本市の教科書採択の調査員を担っているという事実は、教育の公平中立の観点から大きな問題ではないのか?という指摘と、政府が不要だと断言している朝鮮学校への助成金には市民の同意が得られないのではないか?という指摘をしたところであります。 近日中に動画がアップされるかと思いますので、どうかご覧頂ければ幸いです。 ※当サイトの「政策」→「私の会議録」にてご覧になれます。 さて、こういうデリケートな質問は、実はかなり勇気が要ります。 実は不審なメールも何本か届いており、正直に言えば参りました。 しかしながら「よく言った!」という激励も多く頂き、今はただホッとしています。 来週からは委員会審査が始まり、9月定例月議会も本格化して参ります。 週末は体調を整え、決算の審議に臨んで行きたいと思います。 本日応援を頂いた皆様、ありがとうございました。 取り急ぎ御礼まで。 ◎『親父』 【2011.9.2】 野田内閣がいよいよ船出を致しました。 民主党政権三年目、三人目の総理です。 本来総理の短期辞任というのは国家にとってはプラス要因ではありません。できることなら4年以上を目指せるような本格政権が望ましいことは、誰もが思っていることです。 しかし、残念ながら民主党の政権運営は、短期辞任をするしか展望が開けないという、どうしようもない「負のスパイラル」に陥っているようです。 おそらく今回の野田政権も同じ運命を辿り、民主党の政権は長くてもあと二年が限界だと思います。 以前にも書きましたが、私は政党というものは長期政権を目指すことが前提であると思いますが、しかし、結果として短期に終わることは、それはそれで良い事だと思っています。 人は皆失敗を繰り返して成長するように、政党も失敗しながら成長します。 前回政権を転落した自民党は、おそらくこの四年間で大きく成長していることでしょう。 それはつまり国民にとってプラスになるのだと思います。 さて、野田内閣において、我が三重県二区選出の中川正春代議士が文部科学大臣として初入閣致しました。 私はかつて中川正春氏がまだ国会議員になる前からの秘書をさせて頂いていましたので、業界用語で言うところの私の「親父」に当たります。 政策等に関しては私と真逆の方ですが、しかし、親父の入閣は心から嬉しく思います。 おそらく最初で最後の大臣経験になると思いますが、全力で野田内閣そして日本国をお支え頂きたいと思います。 他人のことで泣いたのは何年ぶりだろうか。 今朝入閣内定の電話を頂き、泣きました。 嬉しくて、ありがたくて、亡き父の位牌に手を合わせて泣きました。 大臣になることが目的であってはなりませんが、しかし、一つの大きな通過点として、この記念すべき日に世界中で一人くらい大臣のために泣く男がいたって良いのです。 これまで大臣をお支え頂いた全ての方に感謝します。 心からありがとうと言わせて下さい。 平成二十三年九月二日 文部科学大臣・中川正春 元秘書 諸岡覚 ※本日は市議会議員としての発言ではなく、「子」としての発言でした。