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部族の模様
2012年5月10日(木)
〜15日(火)
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「織りと古布の服」展
2012年5月14日(月)
〜19日(土)
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アート&クラフト 裂織展&小品展 2011 〜私の発見〜 今を生きる裂織
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とき:2011.11.23(水・祝)〜 11.27(日)終了
ご来場ありがとうございました!
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SAKIORIJapanからのメッセージ 2010. 8. 1 |
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裂織の今
深堀 習
その日 私は玉川学園駅にほど近いギャラリーを訪ねた
その名が「私を着て」という意味の英語名
裂織の若手が出展していると聞いていた
カット専門店の外階段を上がった二階のギャラリーは
自然光が入り ほどよい広さ
彼女が不在なのは一わたり見てすぐわかった
しかし 目を引かれるものがあった
今まで目にしたものとはちょっと異質な洋服たち
あたりを明るくする緋のゆったりしたジャケット
どの服にも合いそうな新鮮な黒のコート
裂織のようではあるが
きりっと織られた布の表情が並ではない
近寄って思わず手を伸ばして触りそうになったとき
‘どうぞ’と声があった
風情ある黒いワンピースがよく似合う 手織りか
大人の美しさを感じさせる女性だった
手に取って手触りを確かめていると
彼女は語りかけてきた
着物を染めて裂いてしっかり縒りをかけて織っています
ほら このゆったりしたラインは直線裁ちで
あまりハサミを入れずに仕立てているんですよ
和裁のやり方ですけど
彼女はコートをボディからはずしながら続けた
わたし 以前は紬を織っていました
私は思わず尋ねた
どうして裂織を始めたんですか
今はみんな着物を着ないでしょう だから
今着る物を作りたいと思ったんです
丸顔のおっとりした表情とは異なる
りんとした声
作家を見つめて私はさらに尋ねた
着尺を織る世界では
‘ 裂織は織りではない’
と言われてきたそうですね
彼女は答えた
わたしの習った先生はもういませんから
頬が紅潮していた
裂織だけの全国公募展が
初めて開催されたのは二十一世紀の初め
もう年近い
織りの世界にも新しい風が吹こうとしている |
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“布で布を創る喜びの発見”
裂織は 多様な繊維 あふれる現代 豊かに成長しています
Sakiori Japan/裂織の今 |
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人類の歴史に布が登場したときから、布は大切なものでした。
寒さ、暑さ、いろいろな怪我から体を守り、活動を助け、暮らしを楽しみ、社会的な生活を営むために無くてはならない布。
それだけに木の皮や麻などのかたい繊維の次に綿が登場した江戸時代、日本の庶民にとって木綿布は大変貴重であり、その資源を最も有効に使う方法として「裂織」は各地で工夫されました。
布資源を有効に生かす工夫として生み出された裂織は、世界各地にあり、今もさまざまなかたちで残っているようです。
繊維産業の発達で繊維製品が明治以後、安価に手に入るようになり、「裂織」はいったん途切れました。ところが第二次世界大戦末期から終戦直後、極度の物資不足を補うものとして復活しました。そして産業が復活し、一層豊かなモノ余りの時代になるにつれ姿を消したかに見えました。
しかし「裂織」は、手織りを愛する人々によって“草の根”運動でもあるかのように織り継がれてきました。それは、2002年東京中野区沼袋の個性的な展示スペース、シルクラブで開催された、第1回全国裂織展の大盛況が明示していました。その結果、協会が設立され、2007年上野の森美術館で開催された第4回全国裂織展まで、全国的に裂織が豊かに個性的に織られているようすを明らかにしてきている。
裂織だけの全国展が順調に開かれる中で確実に裂織人は増え「裂織」の知名度もあがり、裂織ブームとさえ言われるようになりました。手織り人口がどんどん減少してきた中で、裂織ブームが歯止めをかけたと評価する向きもあるほどです。
しかし、現代の「裂織」をめぐる状況は複雑です。たとえば、「習いたい」と思っても、「見たい」と思っても、「もっと裂織の技術を向上させたい」「もっと裂織について知りたい」と思ってもどこへ行ったらよいかわかりにくいのです。
また、「裂織」の原点となった「歴史的な裂織」と、「現代の裂織」は素材も、織る動機も、教育システムも、織った布の用途あるいは何を作るかも、織る人もずいぶん違います。伝統的な手織りの世界では認められなかったといわれる「裂織」が、今新しい方向を模索を始めています。
ご一緒に、現代の生活文化として考えてみませんか。 |
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