リトバス小話〜佳奈多さんの遅刻〜

 

 

 カチリコチリと時計の秒針が進んでいる。

 すぐにでもかき消せそうな、機械的な、ほんの小さな音。だけど、それは同時に人の手によっては止めることができない、時の流れを示している。

 小さいはずの音が、大きく部屋に響く。まるで私を責めるように、せかすように……

 そして、その音が響くたび、私は青ざめていっているのだろう。

 決して戻る事のない時の流れ、それは今も流れ続ける。

 急がなければならない、そういった気持ちの一方で、もう一つの気持ちも頭をもたげる、この期に及んで急いでどうするという心の声。

 今からではもう遅い、もはや確実に起こりうる未来を変えることはできない。ならば、もはや全てを諦める事が賢明な判断ではないのだろうか?

 そこで首を振る。

 いや、諦めるのはまだ早い。奇跡は起こりうる、それを一番知っているのは私じゃないか。

 それに、これは1か0かの問題ではない。ここで諦め、なすべきはずだった事をしなければ、私はさらに罪を重ねる事になる。

 今できることは、被害を最小限に食い止めること。その為には、ともかく早く目的地に行くべきなのではなかろうか?

 そうだ、そのはずだ。私はいつも遠回りをしていた、最短距離を諦め、常に迂回路を辿っていた。考えに考えを重ねて、間違った道を突き進んでいた。

 今必要なのは思考ではなく行動、それも迅速な……そのはずだ。

 だけど……

 

 

 

 

 

「遅刻か……」

 私とした事が……思わず口にした忌まわしい言葉に呆れ、そしてまた、その言葉が自分に対するものである事に気付き、落ち込む。

 認めたくないが認めざるを得ない冷厳な事実、それが、口に出した途端重くのしかかってきた。

 たかが遅刻と言うなかれ、私は風紀委員長、規律正しく、規則を遵守する事が、アイデンティティであるとさえいえる。

 その私が遅刻、約束に遅れる……これはもはやアイデンティティの崩壊だ。

 遅刻した相手に嘲笑を浴びせ、以後このような事がないように教訓を与える。それが私の役目。

 嫌われても、誰かがなさねばならない役目。

 だけど、嫌われつつも認められているのは、私が最も規律を守り、相手に反論の隙を見せないからである。その私が遅刻……

 

 これにはやむを得ない事情がある。起きた直後、まだもうろうとした状態のまま壁に頭をぶつけ、気を失ってしまったのだ。

 もう少し詳細に語れば、隣のクドリャフカが「かにゃたさん〜大好きです〜」なんて寝言を言っていたのを聞き、思わず親愛の情をしめそうとした結果、飛びすぎて壁にカミカゼしてしまったという事になるが、それはまぁどちらにしろ不可抗力である。

 それにしても、意識を失う瞬間「わふ……? わふ!? わふーっ!?」とかいう悲鳴に似たクドリャフカの声が聞こえた気がしたけど、何があったのかしら?

 

「と、それはいいのよ。今大事なのは過去ではなく未来……この危機をどう切り抜けるか」

 自分に言い聞かせる。クドリャフカの事はもちろん大切だけど、ひとまず差し迫った問題を解決しよう。

 この私が遅刻の言い訳を考えるなんて……ふっ、葉留佳じゃあるまいし。

 ほんのささやかな幸せと、何やら大きな後悔が混じった自嘲をはき出した。

 冷静に考えて、もはや遅刻は免れ得ない。どうする? 

 二木佳奈多が遅刻? 風紀委員長が遅刻?

 おそらく私が気にするほどに、周囲は気にするまい。まして、学校に遅刻するのではない、ただの約束だ。

 でも、それは私のプライドが許さない。そしてまた、風紀委員長という肩書きも……

 

 遅刻……そんな事は許されない。

 

 どうする……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、お姉ちゃんの事情はよくわかりました。私が普段どう思われているかは気になりますが、それもまぁよしとしましょう」

「あ、ありがとう葉留佳……」

 晴れやかに笑う葉留佳に、おずおずと礼を言う。言葉の節々にトゲがあるような気もするけど……気のせいよね?

「遅刻も許します。私だっていっつも遅刻しているし、まーそんな細かい事を気にするはるちんじゃないのですヨ」

 晴れやかに笑う葉留佳は、別に怒っている様子もない……と思う。ただ、少し落ち込んでいるのかしら……?

「でもですね、でもね、お姉ちゃん……」

 

「私との待ち合わせに遅れたのに、私の変装してきてどうするの?」

 

 

 

『おしまい』

 

 

 

 

 

おまけ

 

 この事件以降、クドがしばらく佳奈多の部屋に寄りつかなくなったとか、葉留佳が姉の事をアホの子のように扱うようになったりとか、そういった事があったりなかったり。

 

 

 

 

 

あとがき

 

 佳奈多さんは、一つの目的を達成しようとすると、それ以外の事が見えなくなるイメージがあります。それに、どことなく抜けてそう。 

 そんなこんなで、妙なキャラクターになってしまったのですヨ?

 えっとまぁ……という事で笑って許して下さいorz