夜討ち

 

 

 

「古式も、弓道以外に何か打ち込めるものを持った方がいい」

 

 それが、あの方の口癖でした。どこまでも強く、優しいあの方の。

 昔の私は、それをただただ受け流すだけで、自分にはできないものと思いこんでいました。

 そして、挙げ句の果てに全てを見失い、絶望し、あんな事になってしまったのです。

 返す返すも悔やみきれない、屋上での出来事……

 

 

 

「でも、今の私は違います」

 あの事を思い出した私は、でも首を振り、前を向きます。視線の先は闇と雪……まるで私を拒むかのような、冷たい世界。

 ですが私は迷わずに、一歩を踏み出し言いました。

 

「だから宮沢さん、見て下さい。生まれ変わった私の、決意を」

 手に持つお重は三段式、日曜日の全てを費やし作ったお重です。その中にぎっしり詰まっているのは、私の乏しい情報網を駆使して調べ上げた、宮沢さんの好物達。

 お重に入りきらなかったものは、風呂敷に包んで背負っています。合わせて10kg少々はあるでしょうか?

 いかに宮沢さんが大食漢であったとしても、これだけの量があれば大丈夫でしょう。

 本当はお昼に訪ねるはずだったのですが、気合いが入りすぎて夜になってしまいました。多少遅れるのは想定していましたが、まさか草木も眠る丑三つ時にまで長引くとは思いませんでした。これも、私の宮沢さんへの思いが大きすぎたせいでしょう。

 ですが、それも考えようです。夜討ち朝駆け、目標を達成するには、相手の思考能力が鈍っている時間に襲うのが、古来からの兵法の常道ではありませんか。

 最適な時間に、最大の戦力をぶつければ、あの宮沢さんがいかにお堅いといえど陥落するのは間違いありません。

 

 そう、今の私が打ち込むのは、恋。

 私の身体と、そして心を助けてくれたあの方に、全てを捧げる所存です。思いこんだら一直線、待ち伏せ強敵なんのその、左右に構わず突進するのが古式流。宮沢さんに、このお重をお届けし、そしてご一緒に夕餉を楽しむのです。

 ああ、宮沢さんは喜んで下さるでしょうか? 私の料理を美味しく食べて下さるでしょうか?

 

 ここまで想像して、思わずお重を振り回してしまいました。迂闊です、中身は無事でしょうか? 記憶にある限りで2〜3回転してしまったような気がしますが……

 いえ、大丈夫でしょう。大事なのは心です、ハートです、料理にこもった気持ちなのです。

 多少形が崩れてしまっても、あのお優しい宮沢さんなら、きらりと歯を光らせて

「いや、俺の為に料理してくれた事が一番嬉しいさ」

 とか言って下さるに違いありません。

 それどころか、私の肩を抱き「だが、俺が一番食べたいのはみゆきさ」とか言って下さるかもしれません。

 ああ……どうしましょう? 私たちはまだ学生ですのに。

 でも、私は恥じらいながらも言いましょう。

「はい、宮沢さん……みゆきは、今日貴方に心も身体も捧げる所存で参りました」

 ああ、これで完璧です。

 淫猥さはなく、さりとて嫌がりもせず、適度な恥じらいと、十二分なけなげさを詰め込んだ言葉です。

 甲案「はい、今宵のデザートは私です」は、平凡な上に品がないので放棄。乙案「はい、存分にご賞味下さいませ」は淫乱女に見られそうなので放棄。丙案の「そんな……宮沢さん……」は、お優しい宮沢さんが諦めてしまうかもしれませんので放棄。意外性を狙った丁案「私も……食べたいです」などと言った日には、日本海溝より深い変態のしんかいに沈みそうなので簀巻きにして岩にくくりつけて海洋投棄しました

 諸案を考えた末に辿り着いたこの言葉、目の角度、声の大きさ、何度も自分の部屋で練習したので完全なはず。

 これで宮沢さんも……

 

「っ!?」

 慣れた手つきで私の制服に手をかける宮沢さんを想像して、思わず鼻を押さえてしまいました。押さえきれずにこぼれ落ちる鮮血が、一滴二滴……

 花も恥じらう乙女が、鼻を押さえていては洒落にもなりません。あ、あと慣れた手つきというのはあまりよろしくありませんので、ここはぎこちなくに訂正しておきましょう。

 

 溢れ出た想いをふき取ると、私は再び前を向き、もう一度気合いを入れます。弓を放つ一瞬に似た、心地よい緊張感……もはや、寒さなど感じもしません。

 心頭滅却すれば火もまた涼し……恋に燃える今の私の前には、吹雪など何の障害にもならないのです。

 さぁ行きましょう、生まれ変わった私を、阻める者などありません。恋する乙女を阻むのならば、それ相応の報いを受けて頂きましょう。

 この古式みゆき、心の準備まで含めて準備万端です。何があろうとも受け入れてみせます、宮沢さん情報を集める時に親しくなった元剣道部の方曰く『恋は電撃戦』なのです。

 あの時、私の目は醒めました。

 そう、昔の私のように、うじうじ悩んでいてもしょうがないのです。多少の粗があったとしても、そんな事には悩まずに、ともかく前に進むのが大切なのです。

 

 ちなみに、私にその貴重な助言を与えて下さった方は、今、私の足下に倒れ伏しています。

 恩ある方を手に掛けねばならないのは甚だ心苦しい面もあったのですが、寮規を楯に私の前進を阻む以上、倒さねばならなかったのです。

 ああ、ですが、私が目標を達成した暁には、彼女もきっと笑って許して下さる事でしょう。彼女もまた、恋する乙女なのですから……

 そういえば、彼女の妹さんにもお世話になりました。

 リトルバスターズのメンバーさんとの事で、貴重なご助言をたくさん頂きました。まさか、宮沢さんの一番の好物が、乾いたお刺身と、塩の代わりに砂糖を入れたお吸い物だったとは想像もつきませんでした。

 他の誰もが見放す食べ物に目を向ける優しさと、お吸い物に砂糖を入れる剛胆さ。ああ、みゆきはまた宮沢さんが好きになってしまいました……

 それにしても、やはり困った時には人に尋ねるのが一番です。後ほど、お礼に行かなければなりませんね。

 

 ああ、思わず考え事をしてしまった結果、また出発が遅れてしまいました。このままでは、朝陽に追いつかれてしまいます。

 朝、宮沢さんの枕元で、耳に吐息を吹きかけながら起こして差し上げるという案もありますが、それはまたの機会にする事に致しましょう。

 それにしても、男子寮には自炊設備はあるのでしょうか? できればお味噌汁と自家製お漬け物を添えた真っ白なご飯を準備してから起こして差し上げたいのですが……

 

 

 

「宮沢様に何をするつもりおつもりなのですっ! こんな夜中に」

 

 ですが、幸せな思考は、無粋な言葉に遮られました。私は視線をその不届きな輩に向けます。

 私の背後には、寝間着のまま雪を踏みしめる少女がいました。ずんと立ったまま、こちらを指さすのはなかなかに迫力があります。

 それにしても宮沢様? なるほど、確かに宮沢さんは様と言われるにふさわしい方でありますね。今後呼び方を変え……いえ、ですが最終目標『謙吾と呼び捨て』に辿り着くにはむしろ遠回りな気もします。なかなかに難しい問題ですね。

 

「って、無視ですのっ!?」

 同じ格好のまま、もう一度彼女が言います。気付けば、彼女の肩には雪が積もっておりました。

 宮沢さんの事を考えるあまり、彼女の事が頭から消去されてしまっていたようですが、如何せん宮沢さんに比べれば他の方など些末な事ですね。

 ひとまず、目的を告げる事にしましょう。

 

「……夕餉をご一緒させて頂くだけです」

「なっ何が夕餉ですかっ! こんな夜中に宮沢様のお部屋に、これは……その……夜這いではありませんかっ!! 真っ暗な宮沢様のお部屋に忍び込み、何をなさるつもりです破廉恥なっ!!」

 

 彼女は、顔を真っ赤にして騒ぎ立てます。聞いた事があります、宮沢さんに想いを寄せる、不届きな輩が寮内にいると……

 特徴を元に棗さんに尋ねましたら「それはきっとさささのさーだ」との事でした。ずいぶんとまた珍妙な名前だと思いましたが、他の方のお名前にケチをつけるのはやめましょう。もしかすると、由緒正しいお家なのかもしれませんし。

 ……どこまでが名字で、どこまでが名前なのかはわかりませんが。

 ともかく、あの宮沢さんの素晴らしい外見と、比類なきお心に目をとめるとは、人を見る目はあるようですが、残念ながら、敵を見る目はなかったようです。

 私が宮沢さんを想うこの気持ちに、勝てるはずがないのですから。

 

「……邪魔です」

「っ!?」

 

 そう言って私は一撃を与えます。先手必勝、目的の達成の為には、手段を選ばないのが恋する乙女の流儀です。

 雪を斬る一閃。あの方に一歩でも近づく為に学んでいるそれは、風紀委員だろうがその飼い犬だろうが、一撃で沈黙せしめる打撃力を持ちます。

 ですが、私が繰り出した木刀は、すんでの所で避けられました。この方、意外と運動神経はいいようです。

 

「何をするんですのっ!? っていうかどこから出したんですのその木刀!?」

 猫のように毛を逆立て、さささのさーさんは叫びます。彼女が踏みしめた雪が悲鳴を上げ、彼女が戦闘態勢に入るのが分かりました。

 騒がしい声とは対照的に、周囲から音が消えます。張りつめた緊張感、この方、なかなかに手練れです。

 ですが……

 

「内緒です、おとなしく倒れなさい」

「なっ!?」

 

 第二撃、ですがそれもかわされます。

 まぐれではないようですね。低姿勢に目を光らせ、私を睨む瞳が光ります。

 それにしても、何故私が宮沢さんのお部屋に向かうとわかったのでしょうか?

 

 ……もしや、私の心の叫びを聞かれていたのでしょうか?

 

 ならば、彼女も恋する乙女、まごうことなき我が好敵手。私も存分にお相手せねばなりません。

 私は風呂敷包みとお重を置きます。

 

 雪を踏み、木刀を握り、全ての想いを力に変えて……

 

「見ていて下さい宮沢さん。今すぐに、この小娘を倒し、あなたの元に向かいます」

「させませんわっ!!」

 

 宵闇に立つ好敵手に、私は戦いを挑みました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰だ! 夜中にバトルってるのは!」

「なんか謙吾への愛を叫んでいるぞっ」

「またあいつらかっ! どっちだ!?」

「両方だ!」 

「廊下に出るな! 前に立つと問答無用で襲ってくるぞ!!」

「風紀委員長がやられてるぞー!」

「あの雪玉何入ってんだ!? 古式が5mは吹っ飛ばされ……なんで倒れないんだ?」

「笹瀬川がやられたっ!!」

「すげぇ、10mは飛んだぞ!? 生きてるか!?」

「まて、親衛隊が出てきた! 第二ラウンドだ!!」

「笹瀬川も起きたぞ!」

「やつら不死身か!?」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

『おしまい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがきっぽいの

 

 というか言い訳orz

 最初は幸せになった古式さんを書きたかったんです、それだけなんです……

 でも、なんか古式さんって思いこんだらまっすぐっぽいなぁとか思っている内に、だんだんと(汗

 ……これを書いた時、ぶりかまさんに『ゆのつさんは前回(永遠の一瞬に子犬は幸せを嗅当てる)でいろいろ殻を破ってしまった感があるw』と言われました。

 前回は流星さんとの合作です(ここ重要)どうやら、喫茶店で「小毬のぱんつ!」を連呼するお方の影響をもろに受けてしまったようですorz