場所を変えてみたら

 

 

 風が吹いて、窓が揺れて、外を木の葉が飛んでいきます。ゆらゆらと揺れて、私の目の前を通り過ぎます。ガラス越しに見える校庭はすっかり秋の色、淡く青い空の下、隅ではススキが揺れています。

 夏には心地よかった木陰はすっかり寒くなり、今の私は図書室暮らし、木陰の気持ちよさには負けますが、秋の日射しが入り込む図書室というのもなかなかにいいものです。

 昼はそれなりに賑わいますが、放課後いるのは図書委員さんの他2、3人、静かな時間が流れるのです。人の気配はあるのに音がない、そんな静かな場所、ここは不思議な空間です。読み終わった本を閉じると、濃厚な本の匂いが届きました、これも外では感じられないものですね。

 さて、本を置いて、一息つこうと隣を見れば、そこには捨て犬が

 

「わふー……」

 

 鳴いています。

 

 

 

「わふ……どーせ私は誰にも気付いてもらえないんです……影の薄い女なんです……」

「……」

「図書室で騒ぐのはいけないことなので、がんばってぼでぃーらんぐえっじをしたのに、見てもらえなければ伝わりようがないのです……」

「……」

 

 ぶつぶつと言いながら机にのの字を書く捨て犬……ではなく能美さん。なにかすっかり落ち込んでいます、犬の耳があったらだらんと垂れ下がっていそうな雰囲気です。言うなれば捨て能美さん。いつの間にいらっしゃったんでしょうか、捨て能美さん。全然気付きませんでした。

 それにしても、捨て犬ならぬ捨て能美さんですか、雨の中段ボールに入ってわふーと鳴く能美さん……アリです。二木さんあたりが喜んで拾っていきそうですね。

 とかなんとか、思わず失礼な想像をしてしまいました。その間にも能美さんは一人で話し続けます。

 

「どーせ私は薄っぺらい女なんです、ぺったんこなんです、広辞苑には完敗なんです、ハードカバーの本にも負けるのです、でも新書位には勝てるかもしれません……」

 

 何のことでしょうか? よくわからない勝負です。個人的には、新書は読みにくいので文庫にしてはどうかと思うのですがそれはさておき。

 

「どうかしたのですか? 能美さん」

「わふっ!? ようやく気付いてもらえましたっ!」

 びっくりしたように能美さんが言いました、尻尾があったならぴんと立ててそうな感じです。やはりわんこですね、この方は。

 と、それはさておきどうやらずっと前からいて下さったようです、申し訳ないことをしました。

「すみません、本を読んでしまうと夢中になってしまうもので。ところで何か?」

「わ、わふっ!? あ、えっとですね……つまりその……佳奈多さんがですね、丁度いいので西園さんにあいしゃるりたーんで面倒を見てもらいなさいと……と……」

「……」

「……」

「……」

「……わふ」

「……」

「わ、わ、黙って次の本を取りにいこうとしないでほしいのですっ! 落ち着きましょう、ていくいっといーじー……って本当に手に本をとらないで欲しいのです!?」

 

 

 

 

 

「……つまり、二木さんが生徒会に行っている間、私に面倒を見て貰いなさいと」

「……わふ」

「それで隣に座って色々やっていたのに気付いてもらえなかったと」

「……わふ」

「だんだん寂しくなってのの字を書いていたと」

「……わふ」

「……わふ」

「真似されましたっ!?」

「これで通じると思ったのですが……わふー語は難しいですね」

「言葉にされましたっ!?」

 

 ひとまず、わふわふという会話の後、現状は把握できました。どうやら、能美さんは捨て能美さんではなく、単に預けられただけのようです。少し残念です。

 それにしても、一人にするのにあたり、わざわざ誰か知人……といっても、二木さんとはそんなに話したことはありませんが……の所に置いていくあたり、あの方も相当な過保護ですね。リードでもつけておいた方がいいのではないでしょうか?

 三枝さんは、先日、リードをつけられて引きずられていましたが。どことなく楽しそうな二木さんと、真っ青な三枝さんの顔が対照的でした。

 

「似合いそうですし」

「……わふ?」

「……何でもありません」

 

 首を傾げてきたわ……能美さんを誤魔化しつつ、対応を考えます。

 能美さんは、きらきらとした視線でこちらを見ています。フリスビーでも投げれば、喜んでとりにいってくれそうなのですが、ここは図書室です。

 大体、今の会話で図書委員の方が視線で注意してきておりますし。図書館では注意も静かに、この学校は、なかなかに図書委員レベルが高いところです。

 私は了解の視線を送り、図書委員さんも静かに頷きます。能美さんも気付いて向こうを見ますが、残念ながらどんな会話が交わされたのかはわからないでしょう。

 能美さんがこの会話を理解するには、もう少し図書館レベルを上げなければなりません。私がわふー語を解するようになるのと、一体どちらが先でしょうか?

 と、それはともかく少々困りました。

 私は能美さんとはあまり話した事がありません、能美さんが嫌いだというのではなく、私はそもそも積極的に話すのは苦手ですし、私とする会話が楽しいとは思えませんし……

 リトルバスターズに入ってから、少しは話すようになったと思いますが、元が元だけに、自分から話しかけるというのはあまりしません、キャラじゃないですし。

 ……会話を止める事はありますが、キャラですし。

 

「わふー……」

 

 でも、目の前のわん……能美さんは、何か話してほしいようです。うるうるした瞳でこちらを見てきます。構ってもらわないと寂しくてしょうがない、そんな事を目が語っているような気がします。

 なるほど、これが『捨てられた子犬のような目』ですか、これに直枝さんも二木さんも撃沈されたわけですね。

 以前ならば、こんな目で見られてもあっさりと無視していたでしょうし、そもそも、誰かに関わられるというのはなかったと思うのですが……

 

「わふ〜」

「……思わず撫でてしまいました」

「わふ?」

 首を傾げてこちらを見る能美さん、私はもう一度彼女の頭を撫でます。

「わふ〜」

 すっかりリラックスした顔のわんこ……能美さん。さっきまでの寂しそうな顔はどこにいってしまったのでしょうか?

 感情がそのまま顔に出るというのは、あまりよい事ではないようですが、私は羨ましいです。楽しいときに笑い、寂しいときにはさびしんぼう、もし私がそんな風に豊かな表情を持てたら……気持ち悪いですね。そもそも想像できません。

 そうこうしているうちに、ゆっくりと暖かみが寄ってきてすとんと私にぶつかります。

 能美さんが、幸せそうな顔で目をつぶっていました。やれやれ、図書館は寝る場所ではないのですが……でも、これで何を話すかとか悩む必要はなくなりました。能美さんを撫でながら、本を読む事にしましょう、理想的で合理的な解決方法です。

 いい匂いがこちらに漂ってきます、今度、能美さんに何のシャンプーを使っているか聞いてみましょうか?

 以前ならこんなことは考えもしなかっただろうと思いながら、私は能美さんをなで続けます。わふーわふーという小さな寝息が聞こえてきて、能美さんはすっかり夢の中のようです。

 ……寝息もわふーなのですね。

 

 

 

 

 

 能美さんの髪の匂いと、本の匂い、何で私はこんな放課後を過ごす事になったんだろうと思いながら、どことなく満ち足りた気分でいる自分がいます。

 一人で本を読む事には変わりないはずなのに……

 そこまで考えてふと気付きます、これでは新しい本が読めませんね。

 能美さんはすっかり夢の中、仕方がありません、もう一度読み終わった本を……

 

「……」

 

 図書委員さんが、黙って本を差し出してくれました。いつの間にここに来たのでしょう?

 私は、黙って頭を下げます。図書委員さんは無言のままくるりとカウンターへ。

 

「ここは……気に入りました」

 能美さんを起こさないよう、小声で独り言を言うと、私は本を開きます。

 小さな寝息を聞きながら、さっきよりも少しだけ幸せに、私は文字を追い始めました。

 

 

 

『おしまい』

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 といってもあまり書くことはないわけですが(汗

 西園さんとクドをからませてみたいなーと思ったのがきっかけですが、しばらくSSを書いていなかったせいか色々忘れていて四苦八苦……orz

 結局、しっかりしたストーリーを組み立てるのは諦めて、思いつくままに二人に会話をさせていたら出来上がっていました。どーにかこうにか、予定通りのほのぼのにまとめ上げられた気はするのですがいかがでしょう?

 でも、考えてみたら、普段からストーリーは考えても、会話は考えてないんですよね、というか、キャラの会話は考えて書いていたら不自然になってしまうのです、あくまで私はですが。

 とかなんとか、ご意見ご感想等ありましたらよろしくお願いしますー