旅路

 

 足下が震えている。短くレールを叩く音と、うるさい割にさっぱり速度の出ないエンジンの音。街で日頃乗っている電車とは違う、不思議な感覚だ。
 僕は、ぼんやりと外を見た。
 右手には山が、左手には海が、険しい岩で線を引かれたその境目を、僕を乗せた一両き
りのディーゼルカーが走っている。
 駅を出るとすぐに家並みは途切れ、トンネルを抜けるとそこはもう別な世界だった。 ガタン、ガタン、短くレールを叩きながら、影の中に隠れるように、列車はゆっくりと進む。時折、エンジン音が岩にぶつかり、響き渡る。
 空は晴れているのに、雲なんて一本の飛行機雲だけなのに、線路のある所だけが暗かった。
 蛇行する線路の先は見えずに、それでもディーゼルカーは先へと進む。鈍く光るレールが二本、どこかへ向かって続いている。
 もしもこの先に線路がなかったとしても、気付かないんじゃないだろうか? あり得ないと思いつつも、変な不安が広がった。

 周囲に建物は見えない、線路以外に、人の手の入ったものなんてない。とても寂しい世界。
 山と、海と、岩と……ああ、星が一つだけ光っている、きらきら、きらきらと……

 深い水色に緑と赤のライン、ちっぽけなディーゼルカーは、そんな寂寥とした景色の中を、たった一人で進んでいく。


 


 たまに不安になる。
 固い絆、決して消えることのない友情、リトルバスターズ。
 だけど、僕たちはそれを永遠に持つ事ができるんだろうか?
 いつか、たった一人で歩く事になるんじゃないだろうか?

 奇跡が起きた、みんなが助かった。
 滅茶苦茶な悲劇は、それ以上に滅茶苦茶な奇跡によって救われた。
 だけど、僕たちはいつかは死ぬ。

 それは避けようがない事実。
 奇跡は二度は起こらない。
 リトルバスターズは一人減り、二人減り、みんないなくなる。

 みんな一緒じゃなきゃ嫌だ。
 ずっとずっとみんなでいたい。
 だけど、別れは必ず来るんだ。


  
 ディーゼルカーは着実に進む。規則正しいリズムと共に、力強い鼓動と共に。
 ひとりぼっちで、海と山の境目をゆく。



 いつか僕らは別れる。別れたくなくても、別れなきゃいけない。何も知らない世界を、たった一人生きていかなくちゃいけなくなる。
 このディーゼルカーみたいに、誰もいない世界をたった一人走る……寂しくても、辛くても、たった一人で生きていかなきゃならない時が必ず来る。
 その時に持つ強さは、一体強さなのか諦めなのか……でも、みんなと一緒にいる時間、その時間に、別れる時に強さを得なくちゃいけないんだ。
 いつまでも一緒にいたい。それはかなわない夢なんだろう。
 死んでも共に、そんな事なんかできるはずもない。だから、生きている時間を精一杯共に生きたい、みんなと一緒に……


 だけど……







「はぁ……勘弁してよ」
 思わずため息がもれる。
 素知らぬ顔をして我関せず作戦には限界がある事が判明。僕はどうしてもみんなを気にしないとダメらしい。
 そうだよね、どんだけ別れる別れる言っても、みんなと切れるのなんて無理なんだだよ、下手したら死んでも一緒だ。っていうか間違いなく死んでも一緒だ。
 この縁を切るのは奇跡だって無理だよ。あ、そっか、僕らが死ななかったのが奇跡なんじゃなくて、離ればなれにするよりはまだ生き残らせる方が楽だったんだろうね、奇跡の方も。ははは……笑えない。
 で、見ないようにしていた車内は、僕が目をそらし……もといはなしている間に、すっかり混沌としていた。

 小毬さんが座席の下に潜り込んでじたばたしてる、なんであんな隙間に入り込んだのかは謎だ。あとアルマジロだ、何がとは言わない。
 来ヶ谷さんは助ける振りして手つきが怪しい。痴漢ダメ、絶対。
 そして、鈴はそんな来ヶ谷さんを跳び蹴りで吹っ飛ばす。注意が全部アルマジロにいっていたらしい来ヶ谷さんは、空中に紅い線を引いて吹っ飛ぶ。そして激突。
 ちなみに、衝撃音と共に「むぎゅ」とかいう声が聞こえた、小毬さん……無事だといいけど。

 一方、謙吾も謙吾で酷い。

「謙吾くん、あーん♪」
「ははは、しょうがないなぁ。ああ、おいしいぞみ・ゆ・き、隠し味でもあるのか?」
「愛ですわ、もちろん」
「はっはっはそれは最高の隠し味だ。よし、次は俺の番だぞ、あーん」

 何だろうこれ……謙吾的な物体が凄くいちゃいちゃしてる。うん、あれは謙吾じゃない、謙吾の皮を被ったバカップルだ。何だよあーんて、あと名前に・を入れるな。
 謙吾はあんな事しない、僕の友達にあんなバカップルはいない。っていうか、隣で幸せそうに口をあけてるあんた、誰だよ。
 いや、わかってるけど、わかってるけどあえて言わせて欲しい。君はもうちょっと儚くて、どっちかっていうと悲劇の少女みたいなキャラじゃなかったっけ? どこでどう間違って、幸せ一杯愛一杯みたいな笑顔でぶりっこしてるのデショウカ?

「おいしいですわ、謙吾くん♪」
「ははは、愛だからな、これはおまけだ」
「ん……んん……まぁ、おいしいですわ」
「純度百%の愛だからな」
「まぁ……」

 ダメだ、もうダメだ。何がって? 色々。
 古式さんっぽい何かが頬を染めて「お返しです♪」なんてやったところで、僕は目をそ
らした。
 だって、このままだとバカップルの後ろで
 「うおおっ!? こんなの謙吾じゃねーっ!? てめぇ、謙吾をどこにやった! 畜生! 畜生っ! 俺と共に筋肉を愛した謙吾を、一体どこに隠しちまったんだっ!」
 なんて言ってる真人みたくなりそうだったし。そして、当然バカップルどもの目には入ってない、哀れすぎる……
 で、そんな事を言いながら何故腕立て伏せしてるのかは謎だ。あと、謙吾は別に筋肉を愛してないと思う。
 
 ここら辺はもう諦めて、さっきまでみんなに注意して回っていた佳奈多さんを探したけど、そこにも絶望的な光景が広がっていた。

「わふーっ! ウォットカがなければわふーも言えないのですわふーっ!!」
「クドリャフカ!? あなたお酒飲んでるのね!? 誰が私のクドリャフカに……葉留佳!?」
「ふふふ……お姉ちゃんもクド公もまとめて私のものなのですヨ」
「葉留佳、あなたが犯人ね。放しなさい! ってお酒くさ!?」
「お姉ちゃんもいざ一緒に桃源郷へ出発進行っ!!」
「葉留佳、あなた帰ったら覚えて……クドリャフカ!?」
「佳奈多さんも一緒なのですっ! わふーっ! わふーっ! わふふーっ!!」
「クドリャフカ、あなた酔うとわふーが増えるのね……」
「だーだー」
「う……も、もう一回言って」
「だーだーっなのですっ!!」
「っ!? テッシュが、テッシュが……どこ? 落ち着きなさい私。これしきの事で……ってクドリャフカ!? 何するの!? あなたには早いわ、私にも。まだ私たちにはそういうのは……ウォッカの口移しなんて……ん!?」
「ん……ん……にぇっと! なのですっ♪」
「クドリャ……う……」

 なんかいけないものを見ちゃった気がする。
 崩れ落ちる佳奈多さん、黒く笑う葉留佳さん、でもって、やたら妖艶な微笑を浮かべるクド。だから何だろうこれ……
 でもって、隣では我関せずとばかりに美魚さんが本を読んでいる。肌色多めの……頼むからブックカバー位かけようと言いたい。
 


 ちなみに、あえて繰り返しますがここは列車内です。貸し切りとはいえ公共の場所です。他の人に迷惑をかけるような行為は避けましょうってヤツ、誰も気にしちゃいないよ……気にしちゃおうよ、ゆー。
 かくて、ローカル線の、なんかイメージ的にはおじいさんとおばあさんが世間話に興じているようなそんな空間は、すっかりカオスとなっておりました。
 昔の僕なら止めてただろうけど、ある時期を越えると、もうどうでもよくなってきた。
 諦めっていうか、きっとこれでいいのだと思う。
 
 無茶苦茶で、というかそれを通り越してくちゃくちゃで、でも何故かまとまってる。それがリトルバスターズ。
 どんな世界にいても、どれほど時間が過ぎようとも、きっとこの空気は変わらないんだと思う。
 何年かぶりの同窓会、卒業してから離ればなれになった人も、そして一緒になった人も、顔を合わせてみればやっぱりリトルバスターズだった。
 昔と同じ、賑やかで、滅茶苦茶で、それなのにどこか安心できる空気……時間も場所も越えて、ここに存在している。



 いつの間にかディーゼルカーは平地に抜けて、軽快に走る。
 砂浜は弧を描き、寄り添うように松並木が続く。向こうに見える高い建物は何だろう……


 
「どうした理樹、考え事か?」
「あ、恭介」
 力尽きたアルマジロが動かなくなった頃、恭介が声を掛けてきた。そういやいたっけ、最近影薄いから気付かなかった。
「理樹よ……お前容赦なくなったな」
「あ、ごめんごめん、声に出してた」
 なんか悲しげな瞳で見つめられたので謝っておいた。でもまぁ人間は成長するモノだしね。
 気を取り直したように恭介が隣に座る。
「理樹、お前は混じらないのか?」
「うん、もうちょっとこのままでいるよ」
 答えを見透かしたような恭介の声に僕は答えた。とぼけてるようで、やっぱり恭介は僕をわかってる。
「しばらく離れてたせいかな、いまいち乗り切れなくてさ」
 なんだかんだ言って、別にこの空気が嫌なんじゃない。大好きだ。
 でも、ここ何年か、みんなと会う機会が無くて、リトルバスターズ分が不足していたんだ。
 だからもうちょっとだけ、この懐かしい空気を堪能させて欲しい。中に入ってしまうと、懐かしさを味わう間もなくなってしまう、その空気が、どれほど貴重なものかわからなくなってしまうかもしれないから。



「……まぁいいさ、みんなのミッションコンプリートのお祝いだ。気が済んだら一緒に楽しもうぜ」
 そう言って恭介は肩を叩く、昔通りに。
「わ、痛いよ恭介」
 僕の抗議にニヤリと笑みを浮かべると、恭介は歩き去る。まったく、昔のまんまだ。



 築堤を緩やかなカーブで抜けた時、長い長い鉄橋が見えた。賑やかなディーゼルカーは、力一杯タイフォーンを響かせて、橋へと向かう。
 海と見まがうかのような広い川、晴れているはずなのに、向こう側の山並みは少しだけ霞んで見えた。高い堤防の下には、朽ちた桟橋が見えた。
 その上を、焦げ茶色の、昔ながらの鉄橋が延々と続く。
 がたたん、ごとん……ひときわ大きな音が足下から響く、一体どこに向かっているんだろう。さっぱりわからない。そういえば、目的地なんて聞いてなかった。
 でも、不思議と怖くはない、不安はない、みんな一緒だ、この先も一緒……

 僕は、幸せな気持ちで目を閉じた。






















「ねぇ、お母さん、理樹おじいちゃん寝てるの?」
「ええ……そうよ、そうよ。おじいちゃんはね、疲れたから眠っているの。だから起こしちゃだめよ」
「うん、わかった。でも、何でお母さん泣いてるの? お父さんも、お姉ちゃんも、何でみんな泣いてるの?」
「それはね……ええ、おじいちゃんがちょっとだけ、永く眠っちゃったからよ」
「ふーん……そっか、でもきっといい夢を見てるんだね」
「え?」
「だって、理樹おじいちゃん、とっても幸せそうに眠ってるんだもん」
 


『おしまい』

 

 

あとがき

 

複雑な作りのヤツは急ぐもんじゃないよね…完成を急いだ挙げ句、穴だらけになってしまったのです(いきなりそれかorz)

皆が助かって、その後幸せな人生を歩んだリトルバスターズが揃って天国に向かうお話です。
ちなみに、モデルにしたのは北近畿タンゴ鉄道宮津線。あっちに住んでいた頃、よく乗ったのです。景色がいい上、沿線に露天風呂が多くて、温泉好きの私にはたまりませんw
で、先日AIRアニメ版(本編は未視聴ですorz)を使ったMADを見ていたら、なんか見覚えがある景色が(笑)うろ覚えだったり、ちょっと雰囲気変えてたりはしますが…(実際はここまで人煙まれな景色じゃないですw)
キャラを景色に当てはめてみたりとか、桟橋…で三途の川の渡し船をイメージしてみたりとか(由良川橋梁のたもとに実際ありますがw)色々細工をこらしていたんですが、構成自体がもうくちゃくちゃだったので、どうしようもなくorz

書き直したいけど、今更直すのも逆に難しいのですorz

ただ、中盤の謙吾・古式のあたりは気に入っています。春秋でも扱った二人ですが、せめて死後でも幸せになって欲しい…そんな二人なのです。かなりバカップルにしてますが、これ位いいよね…と。

原作で悲しい結末を迎えた二人を幸せにする、こういうのが二次の意義の一つかなぁと勝手に思っていたりしますw

はる・かな・クドはあーえー…ごめ、調子乗りましたorz今回、私らしくない描写が多いような(汗)