そんなあなたが宝物

 

 気持ちのいい日だった。
 空は青く、雲は白く、身を寄せた木が微風に揺れる。少しお洒落をしてきた服も、一緒に風に揺れていた。
 校庭の向こうで駆け回る同級生達と、その向こうに悠然と建つ校舎。頭上からは、初夏の日射しが降り注ぐ。
 そんな初夏の休日、時間はゆっくりと過ぎていく。
 雲が流れて、風が吹いて、蝉時雨が降っている。ミンミンミンミン……普段はうるさいその声も、夏の足音と思えばいいものね。
 とても幸せな時間、これほど幸せな時間を過ごしてもいいのだろうか……そんな事を思いながら時を過ごす。のんびり、のんびりと……
 待ってる時間は苦にならない。今まで待っていた時間を考えれば、この時間はほんの僅か。それも、幸せな未来が約束された、とても充実した待ち時間。
 大切な大切な、私の時間。



 あの子はどんな顔をしてやってくるんだろう?

 どんな服を着てくるんだろう?

 どんな挨拶をしてくれるんだろう?

 どんな仕草をしてくるんだろう?

 

 そんな事を考えていると、思わず顔がにやけてしまう。思わず自分の頬をつかんで、真面目な表情を作る。参ったわね、これじゃあデートの待ち合わせみたいじゃない。
 夏の木陰、にやけた顔を誤魔化す私。

「やれやれ、これじゃあクドリャフカにアホの子なんて言ってばかりいられないわね」

 むしろ私がアホの子だ、これは残念ながら認めざるを得ない。認めたくはないけど認めざるを得ない。葉留佳に指摘された時には思わず突き飛ばしたけど、川に……
 なんとなく恥ずかしい気持ちを誤魔化そうと、腕時計を見て、少しため息。待ち合わせ時間を8分と32秒も過ぎている。
 あの子が遅刻するのはいつもの事だけど、もうちょっと時間は守って欲しいものね。でも、もし遅刻しないようになったら、今度は私が早く来るようになるんでしょうけど。この時間をもっと長く過ごしたくて。
 そう思いながらため息をつき、気付く。腕時計を見てため息をつく私、ついでにその後落ち込む私。

「だからまるっきり恋する乙女じゃない」

 思わず木を殴りつけた、蝉が降ってきた、頭にぶつかった、痛い。
 あんまり間抜け過ぎて、自嘲すら出てこない。あの子と仲直りしてから、すっかりトゲを抜かれてしまった気がする。
 それはきっといい事なのだろうけど、さすがにここまでだと……はぁ。
 


「葉留佳、早く来ないかしら……」

 しばらく悩んだ後、色々な気持ちを詰め込んで、声にして出した。それはのんびり空へと消えていく。雲は少しだけ動いていた。
 蝉時雨は変わらずに、太陽は心持ち日射しを強める。校庭で駆け回っていた生徒は、休憩なのかいつの間にか姿を消していた。
 誰もいない校庭に、少しだけ寂しくなる。

「寂しい……ね」

 昔はまず感じなかったであろう気持ちを口に出す。
 寂しいという気持ちは、誰かが側にいるから出てくる言葉。最初から誰も側にいないのなら、出てくるはずのない言葉。
 そんな気持ちを感じるようになったということは、きっと今の私は幸せなのだろう。



 私がここに来てからもうすぐ1時間。

 待ち合わせ時間からは15分と42秒。

 太陽が空に昇ってから、何時間経ったのかしら?



 その太陽はますます勢力を強めて、地面を灼く。校庭が熱さで揺れている。
 木陰にいるせいか、それとも風がきているせいか、汗はかいてない。汗をかいたら葉留佳に嫌われるっていうこともないでしょうけど……まぁ、そのあたりは姉としての威厳とか色々……万が一にも嫌がられたくはないしね。

「それにしても……遅いわね」
 
 呟いて時計を見る。
 もうすぐ待ち合わせから20分。あの子なら、平気で30分とか遅れて来そうだけれど……というか来るけど。
 
 不安になって、校門を見る。人影はない。
 注意力散漫の言葉が似合う子だし、いらぬ事に手を出してそうだし、基本的に抜けてる部分が多いから、事件事故に巻き込まれていないか心配だ。
 常識的に考えれば、事故に遭ったりする可能性は非常に低い、寮からここまで、危険な事などそうそうない。

 ……のだけど。

 あの事故だって、その小さな可能性の中から出てきたものだ。
 だから……だけど……

 ビー玉上げるからおじさんと一緒に来ないとか言われて、変なのについていったりしていないかしら?
 道ばたに生えてるきのこを食べて、のたうちまわっていないかしら?
 車と相撲をとっていないかしら?

 生まれてきた不安は、困った事にどんどん広がる。
 不安が不安を呼んで、あらぬ想像が膨らんでしまう。
 
「迎えに行こうかな」

 空を見上げながら呟く。青い空が頭上に広がり、遙か彼方には白い雲が仲良く並ぶ。少しだけ気持ちが和んだ。
 もうちょっと待ってみよう。私が探しに行って、行き違いになったらやっぱり困る。もう、なんで待ち合わせ一つですらこう迷惑をかけたがるのかしらあの子は!
 一瞬苛立った気持ちは、深呼吸3回で収まった。まぁ今日のお茶会は葉留佳のおごりという事で許してあげよう。私は寛大なのだ。
 あ、家には夕食はいらないと伝えておこう。
 それにしても、仲直りしてから独り言が多くなった気がする。感情が外に出る事が多くなったのだろう。
 多分それはいいことなのだけど、反面不安がる事が多くなったのは困りものだ。自分がこれほど依存心が強かっただなんて……

「ふっ」

 何かわからずに自嘲して、不安を吹き飛ばす。
 毎回毎回、あの子はこうやって私を不安がらせるのだ。悔しいけど、それが不思議と嬉しいのは何故かしら?


 
 やれやれと首を振った。
 周囲を見回せば、相変わらず校門には人影がなくて、昼前ののんびりとした風が吹いている。山の匂いを含んだ風はとても心地よい。
 もうちょっとだけ待ってみよう。こんな幸せな時間の中で、そうそう変な事は起こらない。
 それに、あの子はいつもいつも、私が待ちきれなくなるギリギリにやってくるのだ。もう、どこかで見てるんじゃないだろうか? そんな事を思う位ぴったりのタイミング。
 本気で怒ったり、心配したりする直前に、全く悪びれない表情で「ごめん、お姉ちゃん。遅れてしまったのですヨ」などと言って現れるのだ。
 まぁ、案外そういうのが『姉妹』っぽい関係なのかもしれない。























「ところで葉留佳君、こんな所で何をしているのだね? まるでストーカーのように物陰に潜んで」
「おおっ姉御。鋭いですねぇ、実ははるちんお姉ちゃんをストーキング中なのですヨ」
「……ふむ」
「って姉御、黙って110番はなしにして下さい、お姉ちゃんが悲しみます。これは愛ゆえにってヤツなんですよ。え? ストーカーはみんなそう言う? だからストーキングしてるって言ったじゃないですか。……何でバカ見たような表情してるんデスか?」
「……こほん、ともかく側に行って話してやればいいじゃないか。今の佳奈多君なら、邪険にする事もあるまいて、むしろ「ううん、待ってなんかないわ、今来た所よ? 今日のお弁当は私の手作りなのよ(はぁと)」と言ってくれるだろう。無論、その時の様子はビデオに包み隠さず撮影するようにな」
「いやいや、お姉ちゃんはまずそんな事言いませんから、見たいですけど。でもどっちかっていうと「てめぇ何遅れてやがるコラ」ですね、吹っ飛ばされます、愛が痛いです。それにですね、おしゃべりもいいんですが、なんかもー私を待ってもじもじしたりそわそわしたりしているお姉ちゃんを見るのがたまらなく楽しいんですヨ。ああ、こんなに私の事思っててくれるんだなぁてへり、みたいな。今までの待ち合わせをばっちり撮影したビデオテープは私の宝物なのですヨ。……何でバカップル見たような顔してるんデス?」
「見たからだ。毎回そんな事をやっているのか、君は? まぁ君たちは間違いなく姉妹だな」
「嫌だなぁ姉御、そんな風に言わなくたって間違いなく姉妹ですヨ。待ち合わせの2時間前から潜むのは、山より深い姉妹愛がないと」
「そうか、まぁお幸せにな。まぁ今でも十分に幸せそうだが……色々と」
「いやぁ、もうはるちんはばっちりハッピーなのですよ。それじゃあ姉御、そろそろお姉ちゃんがしびれを切らす頃なのでまた今度〜」
「うむ、健闘を祈る」





「ふむ……おお、綺麗に吹っ飛ばされたな、葉留佳君も。それでその後はすぐに手をつなぐわけか……やれやれ。私の宝物もすっかりとられてしまったな、少々妬けるよ、佳奈多君」

 数日後、佳奈多の部屋に『佳奈多をストーキング中の葉留佳』なるタイトルの大長編ビデオテープが送りつけられ、大騒ぎになったりならなかったり。



『おしまい』

 

 

 あとがき

 読んで頂きましてありがとうございます。

 いつも通りの(?)佳奈多さんと葉留佳さんの日常を書いてみたような、ようなw

 くすりとして頂けましたら幸いですw

 なんかこの二人は書いていて楽しいのですよ。