筋肉を止める手だてなし

 

『筋肉を止める手だてなし、至急救援求む』

 2003UB313ラインからこの要請が届いたのは5月25日黎明の事である。

 その防衛隊は精強をもって鳴らし、さらに、風紀委員長兼寮長となった二木佳奈多が指揮をとって以来、防御は鉄壁と言ってよかった。

 だが、その防衛線が救援を求めてきたのだ。防衛指揮所を兼ねる寮長室は俄然慌ただしくなり、直ちに寮内に警戒態勢が敷かれた。

 この時、本来指揮を執るはずの佳奈多はあいにくと就寝中であったが、たまたま飼い犬の散歩に出かけつつあった能美クドリャフカ以下二頭は、この急報に接し直ちに出動、これを撃滅せんとした。

 後に言う、大筋肉戦争の勃発である。

 

 

 

「わふ……変なヒトタチなのです」

 それらの集団を見たときのクドリャフカは、呆然とそう呟いたという。

 いや、そう呟くしかなかったのだろう。この日は霧が濃く、視界は20mを切っていたが、そのもやをついて、一人、また二人と『筋肉〜筋肉〜』などと叫びながら怪しげな男達が出現する様は異様としか表現しようがなかった。

 一方、風紀委員他からなる防衛隊は、その異様な光景に気圧され、戦わずして後退を続けている。常識という世界から逸脱した光景であるというのも一因だったが、この日の当番は新入生が多く、適切な防御戦闘を行う事ができなかったのであろう。

 だが、それでも隊列を崩さないでいるのは、奇跡的な風紀委員的英雄精神の賜物と言えた。

 

「能美先輩っ! 助けて下さいっ!!」

「わ、わふっ!?」

 呆然としていたクドリャフカは、だがすがりつくような下級生の声に我を取り戻した。一人の後輩が尻餅をついたままこちらを見ていた。先輩と言われたのは初めてで、頼られたのも同様だった。勇気百倍したクドリャフカは、三度手を振る。

「それ以上の侵入は許さないのですっ!! ここの通行料は高くつくのですっ!!」

 その声と同時に、風紀犬であるヴェルカとストレルカが侵入者を駆逐すべく吶喊する。霧を震わすその雄叫びは、筋肉達に小さな恐怖と、そして風紀委員に大きな勇気を与えた。クドリャフカから放たれた二本の矢は、真っ直ぐに筋肉へと突き刺さった。

 そして、さらに突撃するクドリャフカに、体勢を立て直した風紀委員とこの騒ぎを聞きつけて飛び出してきた女子達が加わった。たちまち守備隊の顔に生気が戻る。

 たかが筋肉の10人や20人、何を恐れる事があろう、文字通りの朝飯前の仕事であった。ここは難攻不落の女子寮なのである、突破を図る男子共はその恐ろしさを身をもって知る事になるだろう。

 時に5月25日午前4時23分、大筋肉戦争の、最初の戦闘が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

「防衛線が崩壊? クドリャフカが筋肉されたっ!?」

 息を切らせてかけつけた風紀委員に、佳奈多は思わず怒鳴り返したという。何やらうるさいと起きて来た彼女にとって、強烈すぎる目覚ましであった。

 彼女の周囲には、風紀委員とその他女子寮の面々が集まり、不安そうに顔を見合わせる。佳奈多がやたら可愛い犬柄パジャマのままで来た事に突っ込んでいる者などだれもいなかったし、無論壁にめり込んでいる葉留佳が何を言ったか気にする者もいなかった。

 この時、屋上望楼は、筋肉達を連綿として絶えざるが如しと報告した。

 その表現は的確で、そして、その筋肉の大海にクドリャフカ以下の風紀委員と風紀犬達は飲み込まれたのである。全員が未帰還であった為、詳しい戦況は不明であるが、ただ一つ確かなのは、クドリャフカの隊は5分と持たずに全滅したという事だった。

 もはや鉄壁を誇った2003UB313ラインは全面に渡って崩壊し、各所で逃げ遅れた部隊が捕捉、筋肉されていた。だが、あまりに信じ難い事態に、寮内の各隊は編成すら終える事ができず、右往左往するばかりであった。

 寮規も乱れに乱れ、上級生に後退を止められたある一年生は「うるさい、私の尻の穴を舐めろ!」と怒鳴り返し、そのままあらぬ道に走ってしまったし、正面玄関付近では、必死に後退してきた寮生らが、恐慌状態の味方からバケツと大皿の集中砲火を浴びせられて全滅していた。女子寮前は魔女の大鍋だった、誰も他人を救えない。その中で、少女達は次々と筋肉されていた。

 一方、最前線で絶望的な防御戦闘を行っていたある隊は、クドリャフカ隊の突撃と全滅、それに続く戦線の崩壊を詳細に報告し続け、周囲を筋肉に囲まれた時、以下のメールを送った『さようなら、次は我々の番だ。風紀第3班一同より』

 

 極限の状況下で、様々な人間ドラマが繰り広げられている中、総司令部が置かれた寮長室の状況はどうだったのだろう?

 あーちゃん先輩から寮長を引き継いだ佳奈多は流石だった。彼女は、クドリャフカ達の事など気に止めていないかのように冷静かつ的確な指示を出し、無秩序な敗走を秩序だった後退へと変化させた。そして、さらには正面玄関戦線への各隊の収容に成功したのである。女子寮戦線の破局は救われ、ようやく編成が済んだ防衛隊はモップや箒を手に正面玄関に集結した。

 各階から投下されるゴミや不要品は強烈な阻止弾幕となり、筋肉達の足を止める。その間に、寮外の部隊は撤収に成功した。

 唯一の失敗は、投下物体の消費量があまりに多く、以後の支援投射が先細りになってしまった事だけであったが、その時点でその事を考える余裕がある者はおらず、そして、考えていたら正面玄関は筋肉に突破されていただろう事もまた、明白だった。

 

 指揮を執っている間、佳奈多はクドリャフカの事など一言も話さなかったが、戦線の整理が一段落ついた時、外を見てこう呟いたという。

「……こんなにたくさんの筋肉共、一体どこに埋めてやろうかしら?」

 静かな言葉は、周囲の空気を一瞬にして凍らせたと言われている。

 もはや、逃げだそうとする者はいなくなった、佳奈多に逆らうより筋肉された方がましなのだ。

 

 

 

 

 

「後続は?」

「筋肉よ」

 駆け込んできた寮生と守備隊の短い会話の後、正面玄関が閉じられた。たちまちその背後には机や椅子などが積み上げられ、封鎖される。窓、裏口、換気口に至るまで進入路は全て閉じられ、女子寮は要塞と化した。

 一体何が起きているのか、それがわかるまで防御に徹する作戦計画であった。だが、それは早々にして判明する事となる。

 正面玄関が封鎖された直後、この騒ぎの首謀者とおぼしき男が現れたのである。彼の名は井ノ原真人、通称筋肉である。

 彼の登場で一瞬辺りは静まりかえり、静かな朝の景色が戻る。一方、佳奈多もベランダに出て彼を見下ろした。緊張感が周囲を包んだ。

 佳奈多を見て、真人が言った。

 

「理樹を返せ、断るなら筋肉だ」

「はぁ? 馬鹿じゃないの」

「ま、まぁ待て、人の話を聞け。何も毎日とは言わない、たまにでいいんだ。最近理樹の奴そっちに泊まってばかりじゃないか、このままじゃあいつの筋肉が不足して、筋肉不足による禁断症状が……」

「失せなさい、直枝理樹は渡さない。彼の為ではなく、恫喝に屈するのは女子寮の名誉と将来に関わるからよ。そもそも、禁断症状が出るような危険なもの、勧めるわけにはいかないわ。伝染性もあるみたいだし」

 

 佳奈多はそう言って眼下を睨む、周囲にはうつろな目をした者達が集まり、おのが筋肉を誇示していた。しかも気付けば男ばかりではなく女も混じり、同様に筋肉を誇っているのである。

 それは一種異様な光景であり、悩むまでもなく異常な事態であった。

 

「ちっ、それなら筋肉だ」

「望むところよ」

 

 短い会話の後、二人は袂を分かった。和平交渉は決裂した、もはや両者には全面衝突の道しか残っていなかったのだ。

 交渉の行方を固唾を呑んで見守っていた者達は、その予想通りの結末にあるいは落胆し、あるいは発憤した。

 だが、そのどちらにしても、次に行うべきは同じだった。究極の外交手段、つまり、武力を持って自らの意志を相手方に強要するのである。

 

 

 

 引き返した佳奈多は「お姉ちゃんは筋肉するのを望むんデスか?」などとほざいた葉留佳を階段から蹴り落とすと、直ちに作戦会議を開いた。敵兵力は予想を遙かに上回っており、正面玄関の防御陣地が突破されるのは時間の問題と考えられていた。

 正面玄関が破られる前に、速やかに爾後の対策を考えねばならなかったのだ。一つでも判断を誤れば、一瞬で寮内が筋肉に蹂躙されるのは目に見えていた。

 尚、招集されたのは戦力となりうるリトルバスターズメンバーの他、風紀委員、寮生代表達であった。

 ちなみに余談であるが、この時、渦中の人物たる直枝理樹は会議に呼ばれず、戦力外とみなされていた小毬とのんびりお菓子を食べていた。例によって遊びに来ていたのである。

 この二人は、外の騒ぎなどまた筋肉が騒いでいる程度にしか考えていなかった。だが、事態は二人の想像を超えた速度で進んでいた。

 

 

 

「普通にあいつに帰ってもらえばいいんじゃない?」

 会議の冒頭でこんな事を言った者がいたが、彼女は「理樹をあんな中に放りだせっていうのかーっ!?」と叫んだ鈴に蹴り飛ばされ、葉留佳の用意したゴミ袋に詰め込まれると、美しくないですと言う美魚の冷笑を浴びながら、部屋の片隅に放り出された。彼女は、来ヶ谷に嫌がらせをした時の事を思い出しつつ、あらためてリトルバスターズに逆らう愚かさを知る羽目になった。意思の統一はなされた。

 このような椿事が起こりつつも、会議は進行する。途中、美魚が「恭介さんに飲ませるはずだったのに何故でしょう、しかも筋肉……美しくないです」と意味不明の発言をするなどの出来事があったのだが、これから行うべき作戦行動については、以下のようにする事で意見の一致をみた。

 

・要求は拒否

・外泊中の来ヶ谷他に救援要請

・騒ぎを大きくしないため、学校側には伝えない(美魚が強硬に主張)

・美魚隷下の科学部部隊に動員をかけ、予備戦力となす

・増援が来るまでは防御戦闘に徹し、各階に防衛線を構築。遅滞行動をとり、時間を稼ぐ

・筋肉は美しくない

 

 尚、科学部からの情報提供によれば、この異常事態は真人の筋肉と理樹に対する純粋な想いが肥大化し、それがあらぬ電波となって周囲に影響を与えてしまった以下略云々という事であったが、その場にいた誰もが理解できなかったし、しようともしなかった。重要だったのは、ともかく霧が晴れるまで持ちこたえれば、お日さまマジックで全てがなかった事になるであろうという事だけであった。

 また、この時美魚の思考を妨害電波として使うという案も出されたが、これは却下された。実現すれば、寮内初の電波戦だったと言われるが、それがなされなかったのは正解だった。BLと筋肉の電波戦が行われれば、甚大な被害が発生するのは目に見えていたからである。

 

 この作戦は当初順調なように見えた。

 科学部は何故か既に動員を終えていたし、佳奈多からの電話を受けた来ヶ谷は、皆で『ちたい』行動をすると聞き、興奮して急行を約束した。正面玄関をはじめとする一階陣地群は、急造にも関わらず筋肉の侵入を断固として阻止した。

 だが、戦場では思いがけない事から事態が進展する事がある。その事件は午前5時12分に起きた。

 寮長室に、ある報告が届けられたのである。

 

 

 

「何っ!? 馬鹿兄貴がいるだと!?」

「健吾様がいらっしゃるのですか!?」

 寮長室にもたらされた報告は、室内で飽きもせず張り合っていた鈴と笹瀬川の様子を一変させた。

 彼女らはたちまち疾風と化して走り出し、驚嘆すべき速度と無謀さをもってベランダへと突進した。途中、数名の寮生が轢かれ、その風圧によりそれ以上の被害が発生した。正面玄関に移動中の杉並以下の第七寮生隊もその突進の犠牲となり、二人と廊下ですれ違ったばかりにその戦力の過半を喪失する羽目となった。

 そして、味方に大損害を強いながらベランダに到達した二人の目に映ったのは、爽やかな笑顔を見せる兄と、思い人の姿だった。

 

「おお、妹よ。俺の胸に飛び込んでこい! 兄と共に筋肉しよう!!」

「誰がするかボケー!!」

 熱弁をふるった恭介は、鈴の二階からの跳び蹴りにより沈黙した。

「笹瀬川、お前もこちらへ来ないか? 俺と共に筋肉しよう」

「はいっ! 喜んでっ!!」

 歯を光らせた謙吾は、笹瀬川のカミカゼ抱擁ライナーにより撃沈した。飛びついた笹瀬川も沈黙し、最後には鈴が残っていた。

 

「しまった、囲まれた」

 鈴が呟くが、飛び出す前に気付けと誰もが思った。

 眼前の二人は倒したが、周囲は筋肉に包囲されていた。振り返っても、正面玄関は完全に封鎖されている。

「鈴、諦めて筋肉するんだ。楽しいぞ、筋肉は」

「誰がするかっ! ふかーっ!!」

 両腕をわきわきとする真人を威嚇した鈴であったが、戦況は絶望的であった。迂闊にとった行動により、彼女は敵中に孤立する羽目となったのである。

「うう……謙吾様?」

 その時笹瀬川が目を覚ました、意外と打たれ強いのが強みだった。

「謙吾様っ! 誰がこのような事をっ!?」

 目覚めた彼女は悲痛に叫ぶ、自分に都合の悪い事はすっかり忘れていた。そんな彼女に鈴は言った。

「しゃしゃみ川、みんなあの筋肉のせいだ」

「佐々美川ですわ! じゃなくて笹瀬川ですわっ!! ともかく、みんなあの筋肉が悪いんですのね」

 立ち上がった笹瀬川が周囲を睨む。筋肉側にも声を大にして叫びたい事があっただろうが、事態の原因を作ったという意味では、ある意味鈴の発言も正しかった。

 笹瀬川の気迫は周囲を呑み、じりじりと包囲環を狭めていた筋肉達は一瞬停止した。そして、その貴重な瞬間を二人が見逃すはずはなかった。

 

「謙吾様の仇っ! 覚悟っ!!」

「きしょいわっ馬鹿どもっ!! あと謙吾踏んでるぞ佐々美川……」

 

 二人の声を合図として、たちまち激しい戦闘が繰り広げられた。

 佐々美川は左右に構わず突進し、筋肉の群れを切り裂く。それに続く鈴も、文字通り敵を蹴散らして進み続けた。まさに無人の野を行くが如しである。

 

 

 

「あの二人はもう……」

 戦況を望見した佳奈多はため息をついたが、それは責められることではなかっただろう。

 彼女は難しい判断を迫られていたのだ。正面玄関を開き、打って出れば逆撃を被る可能性もある。一方、予想外の奮戦を見せる二人の戦力を失うのは惜しい。あの二人は現在女子寮最強の戦闘集団なのである。

 そしてまた、あの二人が筋肉達の内部を攪乱し、筋肉達の主戦力である恭介と謙吾が倒れている今ならば、筋肉を打倒しうる可能性は高かった。来ヶ谷らはまだ到達していないが、佳奈多の手元には風紀委員の最精鋭、3年生部隊と、葉留佳らの隊があった。戦力は十分に思えた。

 一方で、慎重な佳奈多の性格がその判断を鈍らせる。無理に攻勢を行う必要はない、来ヶ谷の支援を待ちながら防戦する、あるいは、二人を救援する為の限定的攻勢という手段もあった。

 佳奈多は逡巡したが、それはやむを得ない事だった、なぜなら、彼女は10分で戦闘を敗北に終わらせる事の出来る唯一の人間だったからである。

 

 だが、その間に、事態は更に予想外の方向へと進み出した。加藤多香子以下からなる佐々美親衛隊が待機命令を無視し突出、二人に向け猛進し始めたというのである。この報を受けた佳奈多は、思わず「何考えてるのよあのお馬鹿トリオは!」と叫び、側にいた葉留佳の首を締め上げたと言われるが、それもまたやむを得ない事であっただろう。

 もっとも、首を締め上げられた葉留佳が「お姉ちゃん……なんで私……」と言って危うく昇天しかけたのは、危うく女子寮側に大きな打撃を与えかねない危険な事態であった。

 何はともあれ、この期に及んでは手は一つしかなかった。佳奈多は全部隊に指示を発する。

 

「総員突撃! あの筋肉馬鹿共を懲らしめなさい!!」

 

 午前5時15分、佳奈多の号令と共に女子寮守備隊は出撃した。

 先頭には風紀委員副委員長。もし可能なら実行する、不可能でも断行するがモットーの、風紀委員最精鋭である。

 同時に、女子寮付近に展開を終えていた科学部部隊も各種新式器材を投入して支援にあたる。周囲には爆音と怒声が響き渡り、たちまちにして凄惨な光景が現出した。

 出撃した風紀委員部隊の士気は非常に高く、猛烈な勢いで筋肉部隊に突入する。その衝撃力は凄まじく、たちまちにして筋肉の前衛部隊を吹き飛ばした。筋肉達の戦線には30mに渡って大穴が空き、そこから風紀委員部隊がなだれ込んだ。『風紀の楔』と言われる、風紀委員最強の戦術である。

 これを阻止しようとした2−Aの相川君が率いる第3筋肉班は、その勢いにまともにぶつかる羽目になり、ものの3分で文字通り全滅した。彼は最後に「笹瀬川さん、僕と一緒に筋肉を……」と言ったとも言われるが、筋肉する佐々美様なんて見たくないと叫ぶ佐々美親衛隊の面々により袋だたきにされ、悲惨な最期を遂げた。

 そして、戦線の穴を塞ごうとした真人ら主力部隊の頭上に、お、科学部部隊からの鳥もち弾が降りそそぐ。その威力は極めて大きく、真人らの筋肉をもってしても、容易には抜け出せないのは明らかであった。

 その中を、風紀委員以下の女子寮守備隊は突き進む。目標は筋肉馬鹿。戦況は女子寮守備隊に傾いた。

 

 

 

「うわきしょい寄るな!?」

「な、何ですのあなた達は……きゃ!?」

「佐々美様!?」

 だが、5時35分頃、戦況は再び一変した。

 敵中で奮戦を続けていた鈴と佐々美がついに捕捉され、よってたかって筋肉されたのである。十数名に取り囲まれ、きしょい寄るなと叫び続けた壮烈な最期であった。

 これにより戦術的フリーハンドを得た筋肉達は、佐々美の復仇戦を挑むべく尚も前進してきた佐々美親衛隊を包囲し、短いが激しい戦闘の末に筋肉する。女子寮側の勢いは停止した、予備兵力はどこにもない、攻勢限界点に達したのである。

 それに続き、突出していた風紀委員部隊が包囲殲滅され、風紀の楔は阻止された。さらに、ようやく鳥もちの罠から脱した真人らが科学部部隊に接近筋肉戦を挑み、これを粉砕、以後軽快な運動に移った。

 

「全員後退っ! 急いでっ!! 正面玄関の封鎖を急ぎなさい!! 」

 佳奈多が叫び、女子寮部隊は後退を試みる。だが、その指示は遅すぎた。

 後退する女子寮部隊より速く筋肉達は追撃し、後退は敗走に変わり、それが潰走に変わるまでに時間は要さなかった。

 もはや各部隊とも組織的抵抗は不可能であり、階上から降り注ぐ阻止弾幕は、物資不足の為小規模なものとならざるを得なかった。

 微弱な抵抗を排した筋肉達は、その勢いのまま寮内になだれ込む。先の攻勢により、強力な打撃部隊である鈴と佐々美、そして風紀委員部隊のほぼ全てを失った女子寮側は、その侵入を止める手段を持たない。散発的な抵抗は無意味だった。

 

 混乱する寮内を筋肉達は猛進する。命令は簡単、強引に前進理樹を獲れ。

 

 

 

「なんか本当に騒がしいね、小毬さん」

「でも佳奈ちゃんが出ちゃダメって言ってたから、出ちゃダメなんだよ」

「そうだね、佳奈多さん怒ると怖いしね」

「わ、酷いんだ理樹君。そんな事言う人は悪い人ですよ?」

 そんな騒ぎなど知らず、幸せそうに話す理樹を一人の少女が見ていた。彼女は杉並、名前はまだない。

「あ、直枝君、神北さん。風紀委員長が屋上に来るように、だって」

「何だろう?」

「ほぇ? はーい」

 彼女は、二人を見送ると、その背中に呟いた。

 

「……理樹君、さよなら」

 あえて名を呼んだのはせめてもの自己主張だったのか。5時40分、既に壊滅状態になっていた自隊を率い、彼女は一階階段へと向かった。

 筋肉側の記録には、5時41分、一階階段付近にて敵小部隊と遭遇、5時43分にこれを撃破とある。もはや、遅滞行動を行うだけの練度を持った部隊がいないのは明らかであった。

 

 

 

「来ヶ谷さんの到着は? 科学部部隊の移動はまだ?」

 5時47分、佳奈多の質問に、側にいた書記は青ざめたまま黙って首を振った。室内には他に人影はない、全戦力は前線に投入され、そして消滅していた。

 この時、来ヶ谷らからなる外泊部隊は既に敷地付近に達していたのだが、復活した恭介と謙吾との戦闘に巻き込まれ、その動きを封じられていた。科学部部隊はこれより先、真人らの部隊との接近筋肉戦において蹂躙され、廃部を待たずして全滅している。来援する部隊はどこにもいなかった。

 階下からは、既に筋肉筋肉という声が響き、外の霧は当分晴れそうにない。佳奈多は、自らが戦いに敗れた事を知った。

 

「クドリャフカ……ごめんなさい、あなたの好きな人を守れなかった」

 佳奈多は呟くと、手近な自在箒を手に取り、歩き出す。だが、その前に立ち塞がった者がいた。意外な人影に、彼女は足を止めた。

「葉留佳? あなたも屋上に……」

 そう言いかけた佳奈多は、ハンカチで口を塞がれた。

「葉留佳……何故?」

 急速な眠気に襲われ、崩れ落ちる彼女に、葉留佳は言う。

「ごめんねお姉ちゃん、まーほらあれですヨ。これからは私の時代って奴なのですヨ」

「あなた……まさ……」

 佳奈多は、その言葉を最後に眠りにつく。笑顔のまま、葉留佳は呆然と立ちすくむ書記も眠らせ、廊下に出た。 

 

 

 

 風紀委員による最後の戦闘は、この直後に行われたとされている。二木佳奈多直率の部隊が、2階踊り場付近においてビー玉、まきびし等を用いた巧みな防御戦闘を繰り広げ、なんと30分以上に渡って筋肉を足止めしたのである。

 

「出て行きなさい、寮内に許可無く立ち入る者は排除します」

 絶望的な戦況の中で、尚も敢然と立つ佳奈多の姿に、残存する風紀委員は発憤し、絶え間なく押し寄せる筋肉達の攻撃をはね返した。

 駆け上がる筋肉は、降り注ぐまきびしに勢いを止められ、転がり落ちるビー玉によって足をすくわれた。さらに、容赦なくゴミバケツ、机、その他不要品が叩きつけられる。見事なまでのワンサイドゲームであった。

 この時の筋肉側の被害は、おそらくこの戦い始まって以来最悪のものであっただろう。

 彼女らが防いだ攻撃は六波に及び、さしもの筋肉達も、この小さな拠点を攻めあぐねた。いかに数が多くとも、狭隘な階段ではその数を生かせない。もはや、女子寮階段は古の千早城に勝るとも劣らぬ、難攻不落の様相を呈していた。

 

 これは、風紀委員の掉尾を飾る、見事な戦いぶりであった。だが、その勇戦も6時20分、ついに終焉を迎える。雨樋を伝い、侵入してきた筋肉が、背後から風紀委員を攻撃したのである。

 

「筋肉筋肉!」

「回り込まれた!? 防いでっ!!」

 

 佳奈多が気付いた時には遅かった。

 度重なる攻撃に消耗しきっていた風紀委員達に、もはや彼女の指示に応えるだけの体力も戦力も残っていなかったのだ。

 戦線後方が崩壊した直後、これに呼応して階下からも第七次、そしてこれが最後となる攻勢が開始され、佳奈多らの必死の抵抗を排し、ついに2階踊り場に達した。理想的な挟撃位置から攻勢に出る筋肉に対し、今度は風紀委員達が一方的に攻め立てられる。背後に回り込まれた時点で退路は断たれ、踊り場は死地と化していた。

 そして6時25分、佳奈多を除く全ての風紀委員は筋肉された。残るは、孤高の風紀委員長のみである。

 

「残るはお前だけだ風紀委員長! おとなしく筋肉せよ!!」

 筋肉側の降伏勧告に、佳奈多はこう応じたという。

 

「ふん、笑わせないで。風紀委員長が筋肉する? そんな事は、この私が許さない。何があっても、風紀委員長が筋肉する事なんてないわ」

 彼女の発言は負け惜しみであったのか、その真意を理解した者は、筋肉の中に誰一人としていなかった。

 6時26分、2階踊り場失陥。守備隊の全員が筋肉される、文字通りの玉砕であった。

 

 葉留佳が行方不明であった為、これにより女子寮の主力部隊は全滅した事になる。もはや、大筋肉戦争は、筋肉による残敵掃討戦の様相を呈していた。

 

 

 

 

 

「筋肉筋……何だ?」

 だが、楽しげに前進を続けていた真人が、一瞬にして真顔に戻ったのは、まさに先程まで理樹達がいた、小毬の部屋に来た時である。

 くわあああああああああああっという叫び声と共に、強力な筋肉を持つ柔道部部長らがまとめて吹き飛ばされたのだ。見れば、その部屋の前面は、筋肉死屍累々といった有様である。

 女子寮側に有力な打撃部隊が残っていないはずである。二木佳奈多が筋肉された時点で、もはや筋肉を防ぎうる部隊など、幻想と化していなければおかしかった。

 来ヶ谷は未だ外にあり、謙吾及び恭介と、ちたい行動と筋肉行動の優劣を競い合っている。考えられるとしたら、未だ所在がつかめぬ葉留佳と美魚だが、その攻撃方法は明らかに異なる。

 

 だが、現実には、目の前には倒れ伏した筋肉の山が出来ていた。

 古代中国では、勝利を示す為、相手方の死体を積み上げ、山とする習わしがあったというが、この時の状況はそれを彷彿とさせるものであったであろう。

 

「何者だ?」

 真人の問いに、緊張感を含んだ空気が動く。

 そして、さらにラグビー部主将らをまとめて放り出し、一人の老人が歩み出た。

「ふん、こわっぱどもめ。お前らに名乗る名などないわ」

 何故浴室から出てきたのか、手に持っているやたら可愛い下着はなんだ。そもそも何で女子寮にじーさんがいる。口々にそういう質問が乱れ飛んだが、老人はそれらを全て黙殺し、言った。

「孫の成長を見に来てみれば、臭い筋肉どもがたかっておるわい」

「臭い筋肉だと? じいさん、このかぐわしい筋肉の匂いを臭いとは鼻がおかしいんじゃないのか?」

 傲然と言う老人に真人は答える、だが老人は彼をあざ笑うかのように言った。

「ふん、筋肉如きが。二度の大戦を生き抜いたこの儂の精神力に敵うと思うてかっ!!」

 再び「くわあああああっ!」という大音声に、真人の周囲にいた筋肉は吹き飛ばされた。立っていたのは真人だけだった。

「ふん、少しは根性があるようじゃな、かかってこい小わっぱ」

 尚も見下すように話す老人に、真人も自信溢れる態度で応じる。

「悪いなじいさん、これからは筋肉の時代なんだ」

 

 6時32分、大筋肉戦争最後の激戦が開始された。

 

 

 

 

 

「なんか下から筋肉筋肉っていう声が聞こえるけど気のせいかなぁ」

「うーんそうですね、でもきっと気のせいですよ。ほら、ドーナツ食べましょう」

 階下で繰り広げられる阿鼻叫喚の地獄絵図など露知らず、二人は屋上でお菓子を頬張る。

 霧は徐々に晴れはじめ、今日はきっと晴れ。太陽が空に昇ったら、さぞかし楽しい日になるだろう。

 二人はそんな事を話ながら、霧の中から徐々に顔を出す朝日を眺めていた。

 

 それは、科学部が強制廃部となり、美魚に追っ手がかかり、神北翁に『勇敢な変態』の称号が与えられる日の朝の出来事であった。

 

 

 

『完』

 

 

 

後書き

 個人的に、戦記風味を出すときには『或るSS大尉』と名乗っているゆのつです。同一人物なのですがあんまり作風を変えているのと、ちょっとしたこだわりなのですorz

 はい、今回はほのぼののほの字もありません、戦記です。リトバスコンペのチャットで、ほのぼのしか書けないと言ってしまったのですが、そういえば、過去、一度だけ戦記風味の東方SSを創想話に出した事があったなぁと、頑張ってみたのです。意外と好評だったので何よりでしたwかけなん以外の人にまでバレバレだったのがショックではありましたが(苦笑)
 さて、本文ですが、ここまで(調子に乗って)書いたらもう変わりないと、冬戦争ネタからHX-84船団ネタまで、好き放題ネタ詰め込んでいますwっていうか、ミリ&歴ネタだらけで、全部わかった人は凄いです…多分いないと思うけどorz
 ただ、いかんせん容量と時間の問題で相当削ったので、満足度に関してはちょっと問題ありでした。なので、サイトに出すときに大幅に加筆してあって、SSこんぺの時より増量されています。

 佳奈多(葉留佳)の戦闘シーンとかまるまる加筆して、個人的には上手くできたかなーと思ったり思わなかったり(どっちorz)

 突っ込みとか、感想とか頂けるととても嬉しいですw