初雪

 

 

  大学の校門から人が歩き去る。皆が寒そうに肩をすくめ、早足で歩き去る中、俺は一人、漠然と立っていた。

 午後の講義は予定より早く終わり、時間が空いた。何かをするには短く、何もしないには長い……中途半端な時間。

 上空に真冬並の寒気がから始まる型どおりの天気予報は見事に当たり、今日は酷く冷え込んでいる。

 空は暗く、時折、鋭い風が吹き付ける。木々はとっくに丸裸で、木の葉が舞い飛ぶ事もなく、ただ寒い。身体だけでなく、心まで冷えてくる、そんな景色。

 諦めて視線を戻せば、疲れ切った通勤客を乗せたバスが目の前を走り去っていった。それに乗り込む学生達も、皆一様に暗い。俺も黙って肩をすくめる。

 足下が冷える、剣道をやめてから身体がなまったか? まぁ、いい、どうせ今の俺には必要のないものだ。

 

 その時、何もかもが冷え切った、くすんだ景色の中で、俺はあるものを見つけた。

 灰色の空から舞い降りる、真っ白な雪。

 儚く消える、新雪。

 

 歩き去る人々はそんな事には気付かない、気付いても気にとめる事もないだろう、せいぜい空を見上げる程度。誰もが黙って家路を急いでいる。

 その程度の出来事。

 だが、それは、俺にとっては忘れられない、忘れてはならない記憶の象徴だった。

 手を伸ばす、だが、それは手のひらに冷たい感触を残すだけで消えてしまう。透明な残骸が、そこに残っていた。

 雪は次々と舞い落ちる、地面に落ちて、一瞬の後には消えてしまうのに、それ以外の選択肢がないかのように。

 

 雪は、少しずつ数を増す、行き交う学生も気づき始めた。

 見上げて、顔をほころばせる者もいれば、忌々しそうに舌打ちする者もいた。明日は積もっているだろうか? 全てが、白く覆われるだろうか? 

 いくつかの思考がよぎり、そして彼女の言葉を思い出した。

 

「宮沢さん、雪の匂いというのはご存じですか?」

 

 空を見上げる。雪は、静かに降り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は、朝から寒かった。

 数日前までの陽気はどこかに消え去り、寂しく揺れる木々が、次々と木の葉を失っている。天気予報は雪。

 今でこそ雪は降っていないが、時間の問題だろう。空は真っ暗だ。

 HRも終わり、部活動は『交通機関の乱れが予想される為』全て中止、寮生を含め、生徒には早く帰るように指示が出された。無論、そんな事を言われずともほとんどの生徒は帰る。

 積極的に外に出て行ったのは、寒風に戦いを挑むと言って消えた筋肉馬鹿位なものだった。無論、付き合うつもりはない、俺にはもっと重要な約束があるのだ。

 俺は空き教室に向かっていた。放課後、もし時間があるのなら来て欲しいと、古式に言われていたからだ。おそらく例の悩みの件だろう。

 それにしても、彼女の方から誘うのは珍しい、何故こんな日にと思ったが、断る理由などなかった。弓を失って以来、自分から行動する事などほとんどなかった古式が、相談とはいえ自分から俺を呼んだのだ。

 足早に目的地に向かう俺を、剣道の試合に臨む時に似た高揚感が包んでいた。

 間抜けな話だが、あの時の俺は、それは、自分が手助けした少女が立ち直りつつある事に対するものだと思っていた。

 

 

 

 引き戸の前に立つ、中から古式の気配を感じた。戸に伸ばした手を慌てて引き、息を整える。

 

「早いな」

 

 俺はそう呟きつつ、頬に手を伸ばした。

 古式に不安感を与えてはならない、しっかり頼れるよう、毅然と、それでいて緊張させないように親しみやすい表情を。

 普段だったら絶対しないであろう行動は、気落ちした少女を万が一にも傷つけない為と己に弁明する。なぜ自分にそんな事を言わなければならないのか、そんな事は考えもしなかった。

 心なしかほころんでいたであろう顔を引き締め、そして少し戻す。2、3度試行錯誤を繰り返し、扉を叩こうとするが……面接でもあるまいし、と思い直した。

 

「古式、入るぞ」

「はい、どうぞ宮沢さん」

 短い会話を交わし、教室に入る。何もない、空虚なだけのその場所で、古式は一人佇んでいた。 

 

 

 

「……こんな日にお呼びたてして申し訳ありません」

「いや、この雪ではどうせ帰ってもやる事がない。古式がいいのならば、いくらでも付き合おう」

 ほとんど予測していた通りの挨拶に、俺も予定していた通りの答えを返し、彼女の隣に進む。友人と呼ぶにはやや遠い距離、だが、それでも古式の側に行くと不思議と暖かい。

 俺が定位置につくと、彼女は遠慮がちにこちらを見た。色白なその顔が、なぜかいつもよりもさらに白く見え、一瞬驚いた。

 

 だが、古式は話さない。彼女にしては珍しく、視線が落ち着かず、さまよっている。何故か、俺の方まで落ち着かなくなってくる。いかん、なんとかせねば。

 彼女の支えになるはずの俺がこれではどうにもならん、彼女があのように落ち着かないのは、何か重大な相談があるのかもしれない。よし、話そう、何か、天気の話題でも、何でも……

 

「「あ……」」

 声が被った、古式の顔が真っ赤になる。まずい。

 

「「う……」」

 再び被る、窓が揺れる、遠くで誰かの声が聞こえる。

 

「「ん……」」

 三度目、気まずい沈黙、見事なまでに呼吸があってしまった。いっそ二人でフィギアスケートでもやったらどうかと思考が飛ぶが、今はそんな事を考えている暇などない。

 どうする、この場をどう収める?

 視線をさまよわせ、ヒントを探す……馬鹿か俺は、そんな事で何かが見つかるか! くそ! 

 自分に悪態をつきながら、しかし視線は何かを探す、時計、窓、古式、可愛い……違う、いや、違わない、そうじゃない、論点がずれている、何を考えている!

 何か、何か話題だ、落ち着け宮沢謙吾、話題を探せ。空、木、雲、筋肉……何?

 

「……あの馬鹿何をやっている?」

 思わず言ってしまった、視線の先では、真人が空に向かって筋肉を誇っている。そうとしか言いようがない……なんだあの不気味な動きは? これだからあの馬鹿は……

 

「……あの」

「あ」

 隣から遠慮がちに聞こえてきた声に、思わず間抜けな声を返す。あの馬鹿のせいで、完全に現状が頭から離れていた。あまりに迂闊な自分の行動に呆れ、そして現状を再認識し、自己嫌悪のあまり膝をつきそうになった。あの馬鹿、今夜正々堂々闇討ちにしてやる。

 間抜けに口を開いた俺の視線の先には、上目遣いでこちらを見る古式の姿。

 何か言いたそうで言えないその口が、もごもごと動く……ああ、古式、遠慮するな、存分に言え、罵れ、俺は愚かだ。

 そして、立ちすくむ負け犬に、彼女は口を開いた。

 

「……あの、もしかして、風を叩き落とそうとしているのではないでしょうか?」

「……何?」

 真面目そうに言った古式の視線の先には、何やら空を殴りつけるような動きの筋肉、ああそうか、確かに……言われてみればそう見える。

 耳を澄ませば「雪だろうが風だろうが! オレの筋肉を破れるものなら破ってみろ!!」などと、全く理解不能な発言が聞こえてくる。

 

「そうだな、ああ、全く馬鹿だ」

 そう答え、顔を見合わせて、俺たちは笑った。緊張はすっかり消えていた。あいつに助けられた形になったのは少々悔しいが……まあいい。

 ふっ、あの馬鹿には今夜コーヒーでも差し入れてやるとするか。

 

 俺がそんな事を考えていた時、外を見ていた古式が、何故か、少し緊張したように表情を変えた。何か見えたのか? 俺が、そう声をかけようとした時だった。

 彼女が言った。

 

「宮沢さん、雪の匂いというのはご存じですか?」

 

 

 

 唐突な問いかけに、俺は思わず呆けた。教室からは再び声が消え、古式の浅い呼吸の音だけが響く。

 訳の分からない発言には、周りが周りだけにすっかり慣れてしまっていたが、そこから一番遠い位置にいるはずの彼女がこんな事を……?

 一瞬戸惑ったが、俺は、すぐに気を落ち着けた。

 古式らしくない質問だが、考えてみれば、それは彼女が変わりつつある証なのかもしれない。それはきっと……いや、間違いなく喜ぶべき事だ。

 それに見ろ、上気して、緊張した彼女の顔を……彼女も、きっと慣れない事に緊張しているんだ。この緊張を解きほぐし、普段からこんな他愛もない会話をできるように、その為に俺は頑張っているんだろう?

 

「雪の匂い?」

 問い返した、古式の表情が緩んだ。

 今まで彼女は、悩みを語り、全てを諦めた事を語り、そして、そういった事ばかりを話した事を謝る。その繰り返しだった。

 だから、問い返す俺は、きっと笑顔だったろう。彼女が、こんな事を話してくれるようになったのだから。

 そんな俺に、古式は少しだけ懐かしそうに答えてくれた。

 

「ええ、雪の匂い。世界を真っ白に染めてしまって、どんな匂いも消してしまった雪の、鋭い匂い。嗅いだ事はありませんか? 顔が引っ張られているみたいで、身体中が冷たくなって……何もかもなくしてしまったような中に、つんとやってくる匂い。私は、あの匂いが好きだったんです」

 古式はそう言って空を見る。空からは雪が舞い降りていた、真っ白な雪が、今日ばかりは美しく見える。

 

「そうか、そういえばそんな気はするな」

 しばらくして、声にしてから思う。素っ気なさ過ぎたろうか? 突き放すような言葉を投げかけてしまったろうか? 自分の口下手が悔しい。

 深く雪が降り積もった時、その匂いを感じようなどとは思っていなかった。雪は、己の心身を鍛える為に使う程度の存在で、それ以上の何かを感じようとはしていなかった。

 だが、古式はその中で何かを感じていたんだろうか?

 

「ふふ、そうですね。雪の匂いっていうのは変な表現ですよね。いえ、いいんです、自分でもおかしいな、と思っていますし」

 俺が言いかけた言葉を遮って、古式は言う。どことなく懐かしそうに、楽しそうに。

 そこでふと気付いた、古式が笑ったのは……本当に久しぶりだ。今日の彼女は、何かいつもとどこか違っていた。

 

「私は友だちがいませんでしたから、部活を終えた後、雪道をよく一人で帰っていたんです。真っ白な世界の、音さえも聞こえない通学路、いつも通っている道が、その時だけ別な場所みたいで、私は立ち止まるんです。そこでふっと息を吸い込むと、不思議な感覚がして、それを雪の匂いと言っていたんですよ」

 そこで、古式の声は少し低くなった。

 共に武道に生き、厳しい家に生まれた彼女と俺。だが、俺には友がいて、彼女にはいなかった。だから、俺は、昔の俺を見ているようで、彼女を放っておけなかった。

 彼女を見た時から何か気になっていたのは、きっと、そうなのだろう。

 だが、そんな俺の思考になど気付かず、古式は言葉を続ける。今日の彼女は饒舌だった、まるで緊張を払い落とそうかとしているかのように、話し続ける。

 

「でも、あの匂いを感じると、私は、まるで自分が自分ではないみたいで、普段ならできそうもない事、やろうともしない事をしたくなるんです。例えば、雪の中でくるくる回ってみたり、雪山に思いっきり飛び込んでみたり」

 俺は、この真面目そうな彼女が、誰もいない雪の中で楽しそうに舞い踊る姿を想像して、思わず微笑んだ。彼女が慌てたように口を押さえる。

 余計な事を言ったと思ったのだろうか? 古式は一度話をやめ、うつむいた。恥じらう仕草に、思わず心を奪われる。

 

 

 

 古式の声が消え、教室に音はなかった。

 窓の外では本格的に雪が降り始めていて、その中を生徒達が足早に帰っていく。あの馬鹿の姿もどこかに消えた。

 暖かなこの場所は、外とは全く世界にあるようで、古式と俺が二人だけ取り残されている気がして、怖かった。

 もしここから俺がいなくなれば、古式は一人になってしまう……そんな気がして、怖かった。

 

 

 

 その時、古式が一歩、二歩と歩き、窓に近づく。

 思わず手を伸ばしたその先で、彼女は窓を開け、振り返り、言った。

 

「ここから見える場所が真っ白になって、何もかもが雪に埋もれて、雪の白さと、冷たさと、匂いだけの世界になったら……その中で、何もかもを忘れて、大切な人と一緒に思いっきりはしゃぐ事ができたなら、悩みなんか捨て去る事ができるんでしょうか?」

 

 窓からは雪が舞い込み、寒風が肌を刺す。古式の髪が揺れ、止められていなかったカーテンがはためく。

 そこに立つ彼女の姿は儚く、だが、こちらを見る瞳は真っすぐだった。

 

 ……彼女は、俺にどんな答えを望んでいるんだろう?

 

 一瞬、そんな思考が脳裏をよぎった。そして、俺は彼女に歩み寄り……

 

 

 

「古式はロマンチストだな」

 彼女は、拍子抜けしたかのような表情で、こちらを見る。俺は黙って視線をそらすと、古式の肩を抱き寄せた。

 寒いだろうという言葉は飲み込んだ、彼女に嘘をつくのは憚られた。だが、かといって古式が消えてしまいそうで怖くなったとも言えない、いくらなんでも突拍子がなさすぎる。

 だが、彼女はなんの抵抗もなく俺に寄り添う。長い髪が手にかかり、彼女の身体は思った以上に細かった。まるで、手放したら消えてしまうかのように……

 

 

 

 俺たちは身を寄せ合ったまま、一瞬の時間を過ごす。古式の鼓動がこちらに伝わり、俺の鼓動も彼女に伝わっているのだろう。

 なぜだろう? とても幸せに感じていた。

 

 

 

「宮沢さんもたいがいですよ?」

 しばらくすると、俺の肩に顔を寄せ、楽しそうに古式は言う、こんな軽口をたたく彼女は本当に珍しい。ふざけたようなその顔に見とれ、そして、その口元に紅が差してあるのに気付く。

 だが、彼女はそんな俺の視線に気付いてか気づかずか、身体を押しつけてきた。自分で始めたことだというのに、思わず焦る。

 鈴とは違う、落ち着いた女性の匂いがやってくる。古式の体温と、鼓動が今まで以上に強く、俺に届く。それに、腕に、彼女の……

 いかん、落ち着け、古式をそういう対象として見るんじゃない。俺は、彼女を助ける為に話しかけているんだ、下卑た感情の対象にするんじゃない。

 所詮は俺も男か……気合いが足りない事を痛感しつつも、必死にあらぬ想像を押さえ込む。

 

「ロマンチック大統領でしたっけ? 本当、その通りですね」

 だが、その葛藤は思いもかけない古式の言葉に吹き飛ばされた。

 あまりに意外な言葉を、あまりに意外な人物から聞いたせいで、さっきまで無闇に高速回転を続けていた頭は一瞬で停止し、呆然とその相手を見る。

 すぐ側に彼女の顔があった。まるで、この瞬間を予測していたかのように、俺の間合いに入り込んでいた。

 間髪を入れず、次の言葉が来る。

 

「でも、私はそんな宮沢さんが……好きですよ?」

 真っ直ぐな瞳がこちらを見ていた、頭に血が上ったのがわかった、唐突な言葉が、俺の動きを止めていた。

 時間も止まる、古式は、何も言わずに俺を見る。普段は透き通るような彼女の頬が、今はとても赤かった。

 反射的に俺もだと答えそうになる自分を、必死に押さえる。何故か、素直になれない自分がいた。

 そうだ、古式の言葉は、恋を伝えるものではない、あくまで信頼を伝えるもの、仮にそうでなかったとしても……彼女の気持ちは、きっと弓道を手放した代わりを求めているだけだ。

 そんな気持ちにつけこむ事などできない。

 

「それは嬉しいな、これからも、色々なものを好きになってくれ」

 視線を古式からそらせながら、俺は答え、そして息を呑むような声がした。落胆したかのような、吐息。

 時間が過ぎる、長い長い一瞬。

 

 

 

「そうですね、見つけていけるのなら。でも、私の勇気はもう……」

 どこか遠くで、階段を駆け下りる音が聞こえた。

 そして、その音に紛れ込むように、静かに、呟くように古式は言った。その声は、とても弱かった。

 

「見つかるさ、その為に、俺に出来ることは何でもしよう」

 我ながら酷い事を言っていると思う、なんて情けない男だと思う、何も出来やしないのに、何でもしようなどとは無責任にもほどがある。真人や、理樹や、恭介が、俺のこんな心を読んだとしたら、どれほど軽蔑されることか。

 結局の所、俺は逃げたのか?

 

 

 

 

 

 

 

「古式は、雪が好きなのか?」

 空を見ながら、もう一度尋ねた。

 雪は絶えることなく降り続き、地面に消えていく。これほどの雪が、一体どこに消えてしまうのか……迷うことなく舞い降りた雪は、一つ残らず消えてしまう。

 不思議とそれが悲しかった。

 

「……雪は邪魔です、邪魔でした。弓がひけなくなりますから。でも、何もかもが雪に覆われた世界は、まるで、私が私ではないかのようで、何か違う事が出来る気がしたんです」

 しばらくして聞こえた声は、過去を伝えていた。同じ事を言っていても、そこに生気はなかった。諦めたような言葉が、空き教室に響いていた。

 そして、彼女は最後に言った。

 

「……でも、結局、雪に覆われた世界は、雪の中に立っていた私は、幻だったんですね」

 

 それは、過去しか伝えない古式の声、俺が一番嫌いな声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……雪の匂い、か」

 俺はそう言って空を見上げた。

 まだ夕方だというのに空は暗く、その中を次々と雪が舞い落ちる。いつか彼女と話した時と同じような、今年の初雪。

 

 雪は降り続く、真っ直ぐ、迷う事なく。逃れられぬ運命に、逆らうことなく。たった一つの運命のレールの上を、淡々と走る。

 

 あの時、俺は間違いなく彼女の事が好きだった。

 馬鹿げたプライドか、何か……それが邪魔をして、結局彼女の想いに応えられなかった。その過ちは、取り返す事は出来ない。

 

 白い雪は絶えない。

 一度空から落ちれば、ただただ地面を目指すだけ、そこから逃れる事はできない。

 

 

 

 

 

 ……だが

 

 

 

 

 

「謙吾君、お待たせしてしまいましたか? こちらは、講義が長引いてしまって……」

 聞き慣れた声に振り返る、振り向いた先には、髪を長く伸ばした少女の姿。

 

「いや、雪を眺めていたんだ。あの時の事を思い出して……な」

 俺の声に、目の前の少女は、恥ずかしそうに口を尖らせる。

 

「忘れて下さい。さもなくば、あなたが、あの事故の後、包帯だらけの格好で私に言った言葉を思い出しますよ?」

 ふざけたように言う彼女の顔は、とても可愛い。だから俺は言った。

 

 

 

「何度でも言ってやるさ、お前の事が好きだ。みゆき」

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時と同じ雪の中を、彼女と共に歩く。

 

 ……それは、願うべきだった未来

 

 寄り添った身体が、お互いに暖めあう。

 

 ……それは、果たそうとして叶わなかった願い

 

 隣を歩く古式は笑顔で、幸せそうに未来を語る。

 

 ……それは、果たせなかった夢

 

 

 

 だが、俺は今彼女と歩いている。寄り添って、先へと……

 彼女は弓を捨てさせられ、しかし新たな夢を見つけた。

 俺は新たな夢を見つけ、竹刀を捨てた。

 二人が見つけたのは、共に目指すささやかな幸せ。

 

 結局の所、俺が竹刀を握ったのは、今を得る為だったのではないかと思う。古式の弓も同じだったんじゃないだろうか?

 必死に素振りに打ち込んだのも、高まる高揚感と共に試合に挑んだのも、自分の未来を拓く為だったのだと思う。

 それを得た今、俺にとって竹刀は必要ない。もう、彼の助けはいらないのだ。

 もし再び助けを求める時があるとすれば、それはきっと、俺たちの子に、その助けを教える時だろう。

 

 

 

雪は空を埋め、静かに降り続く。明日、きっと俺たちの前には白い世界が広がっているだろう。

 そして、その中に、彼女と共に雪の匂いを探しに行こう。彼女と同じ匂いを吸おう。二度と心が離れないように……

 そして、何年か先、雪の中で子どもと共に竹刀を振るいながら、あの時の事を語って聞かせるのだ。願わくば、彼……あるいは彼女も幸せな結末を見つけられるように。

 

 

 

 

 

 雪は、一度出来てしまえば決まり切った未来へと向かうだけだ。

 

 だが、俺たちは、その未来を変える事が出来る。

 

 たくさんの可能性の中から、自分に一番都合のいいものを掴み取り、ご都合主義の未来を作る事ができる。

 

 あの事故で、あんな馬鹿げた未来を掴み取ったんだ。誰もが諦めた未来を手に入れたんだ。

 

 

 

 ……だから

 

 

 

 こんな幸せな結末があったって、いいだろう?

 

 

 

 

『おしまい』

 

 

 

 

 

 

あとがきみたいなの

 

 まずはお読み下さいましてありがとうございますw

 さて、後書き……みたいなのになるのですが、このSSを書いた時のブログがそのまま引用できそうなので(汗

 

↓以下の内容は以前ブログで書いたものの抜粋です。

 私は、二次創作の大事な役割の一つとして『原作で幸せになれなかった登場人物を、考え得るありとあらゆる選択肢を用いて幸せにする』事があると考えていたりします。今回書きたかったのは(基本的にいつもですが)それです。
 古式は原作ではほぼ間違いなく死んでいると思います。様々な描写から、ほぼ確実であると言ってもいいんじゃないかな、と。
 でも、死んでいるとは明言されていないのです。あのお墓が、もし『未だ心を閉ざしている古式の象徴』としての存在だったとしたら? 花を手向ける事が、彼女への語りかけを意味するものだとしたら?
滅茶苦茶を通り過ぎてくちゃくちゃな理論ですが、でも、物語を書くときはそれでいいと思うんです。それで彼女達を幸せにできるのならば、屁理屈であっても。
 考察ならば正解を出さなければなりませんが、物語ならば可能性の一つを語る事で十分と思います。特に、こういったゲームの二次創作の場合には。
 だから、実は、最後の一文だけではなくラストの謙吾の独白部分は、半分は作者の語りかけだったりします。
 幸せな道を、書いてみようと。
 小毬の、童話のハッピーエンドのシーンが、私の思考と完全に一致しているわけなのです。

 尚、誤解を避ける為に追記しますが、これはあくまで私がそういうお話が好きだからです。バッドエンドを否定するつもりはなく、それを描くことを無意味とか、ハッピーエンドを書くのに比べて劣っているなどと言うつもりは全くありません。チャットで、よくこれは暗くて好きではないと言っているのは、好みの問題なのです、あくまでorz
 SSに一番必要なのは、多様性だと思っているのです。一つの価値観だけになってしまったら、それはきっと面白くないと思うのです。

……話がずれましたorz

以上、抜粋終わり。

 

 えっとですね、長々と書いていましたが、要はハッピーエンドを書きたかった。

 もう読んでいてばからしくなる位、幸せになった二人を書きたかった。に尽きるのです。

 一番最後の一文は、大体の方は予測されていると思いますが、半分は作者(私)の気持ちだったりします。

 技量不足で、結局はちぐはぐな雰囲気になってしまったような気がします。

 でも、いつかは、あり得ない位幸せな物語を、当然あるかのように自然な日常として書けるようになりたいな、と思います。

 本文に加え、長い後書きもどきに付き合って頂きまして、本当にありがとうございましたorz