〜永遠の一瞬に子犬は幸せを嗅当てる〜

 

 

 

 見えない、何も聞こえない。

 私の前に光はなくて、自分の足音すら聞こえなくて。

 人が頼る大部分を失っても尚、それでも進んでいかなければならないのなら。

 残りの三感は、どれほど頼りになるだろうか。



 にせものの中で、あらゆるものを嗅ぎ、味わい、触れることが出来るのなら。

 そのどれが一番信頼に足るというのだろうか。 



 時計の秒針が鳴って、自分の吐息を感じて、時間が過ぎてしまう。胸のあたりがどきどきとしてきて、ますます正解が見えなくなって……

 でも、それがなくなった時、頼りになる何かに手を伸ばせる。

 ひくりと動いた私の鼻が、たった一つの正解を探す。私の希望、私の未来、たった一つの幸せを、私の鼻は嗅ぎ分ける。

 柔らかな匂いが鼻に伝わり、心を満たすそれに、確信を得る。



「わふ……これなのですっ!」



 手を伸ばす。柔らかな感覚に触れた、その感覚を認識した時。



「ふきゃ!!」



 まるで猫の尻尾でも踏んづけたかのような叫び声を聞いて、目を開けた。

 どうやら眠ってしまっていたようだ、と気づく。

 再び迫り来る眠気を振り払おうと頭を振ったところでようやく、私に光を連れて来た何かの存在に思い当たった。



 ベッドの横の床に視線を落とす。

 そこには、何故か鼻を押さえてうずくまっている風紀委員長様がいた。



 萌えた。




















「わふっ!? 佳奈多さん佳奈多さん、どうしたのですか? 大丈夫なのですか? お病気なのですか? 救急車を呼ぶのですっ!!」

「お、落ち着きなさいクドリャフカ! これは……その……ちょっと鼻をぶつけただけなのよ! ティッシュでも詰めておけばすぐに治るわ。って何携帯に手を伸ばしてるの!? しかもそれ110番でしょう!」

 落ち着けとか言っている風紀委員長が一番落ち着いてなかった。大体今鼻に詰めようとしてるのは私のぱんつだ。一体いつの間に盗ったのだろう?

 あと、110番に電話しようとしたのは間違いじゃない。毎朝毎朝、この変態委員長のせいで乙女の危機を感じる羽目になっているのだから。そもそも何故に女子寮内で変態に注意しなければならないのか、私は声を大にして叫びたい。じゃぱにーずは変態ばかりか?

「ほ、本当に大丈夫なのですか? 葉留佳さんを呼んできましょーか?」

 わざとらしく携帯をいじると、目の前の風紀委員長が焦り出す。

 そりゃそうだ。このシスコン、妹に自分が変態だなどと知られると距離をとられるとか思ってるんだろう。全く、妹も妹で変態なのだから、仲良し姉妹でうまくいくと思うのだけど。

 ちなみに、その妹は部屋の前で待機している、髪留めには隠しカメラを内蔵しているのもお見通しだ。

 頃合いを見計らって突入を図るつもりだろう、全く。

 で、風紀委員長は冷静な風を装っているのがバレバレだ。そして、今ポケットから出して汗を拭いたのは私の靴下、真性の変態が脳にまわっているようだった。





 さて、ここのところ毎朝、目が覚めると風紀委員長の顔がすぐ傍にある。その唇を、私のその部分と触れ合わさんとばかりに突き出した状態で。

「はあ、はぁ……クドリャフカ、いい、いいわぁ……っ!!」

 ここのところ私の目覚まし代わりとなっている第一声。ついでに言えば、その手は私の胸元に伸びている上に、いつの間にか布団がはぎ取られている。

 まったくもってイカレている、頭のビョーキだと思う。漢字でなく、片仮名の方の。

 

 こんな朝の一場面を切り取るだけで彼女のダメ具合が分かっていただけると思うが、それにしても、これで隠し通しているとでも思っているのだろうか?
 全く、愚かの極みだ。私的にはその方が遊びようがあって楽しいわけだけど。



 さて、箱の中のりんごは、一つが腐ると連鎖的にすべてのものが腐ってしまうと聞いたことがある。

 同じ部屋の一人が壊れていた事だけは疑いようのない事実ではあるが、かといって私は壊れたわけでも、壊された訳でもない。もちろん肉体的な意味も含めて、である。

 そう、この能美クドリャフカはこの程度の変態に振り回されるほど甘くはない。伊達に母国大ロシアが誇るイカレポンチの孫娘ではないのである。

 赤の広場を甲冑姿で駆け抜け、エカテリーナ宮殿を褌一丁で闊歩し、クロンシュタット軍港に忍者装束で忍び込んだクソ爺の元で育った私は、変態の扱いなどお手の物だ。それに萌える事すらできる、まさしく対変態決戦兵器だ。

 考えてもみよ、うら若き乙女、それもこちらの言葉で言う『ツンデレ美少女』が私の掌の上で踊っているのだ、これに萌えずして何に萌えよというのか? もっとも、私好みに育てるのには少々苦労した上、ここまで真性の変態だったとは思わなかったけど。

 昔は、ちょっとボタンを外してわふーと言えば、少し頬を染めながら「クドリャフカ、もう少し服装はしっかりとしなさい」と言いつつ直してくれていたのが、今じゃ盛大に鼻血を吹き出しながらボタンを留めようとしてさらに外すのである、この時はさすがの私も焦った。焦ったあまり、上着をはぎ取られ、壁に押しつけられた状態で、スカートのファスナーという乙女防衛ラインを死守する羽目になった。

 おそらく、服に鉄十字を縫い込んでいるぶっとんだ服飾センスの妹が、鼻息荒く電撃戦を仕掛けてこなければ危なかったろう。独をもって毒を制すとはこのことである……違うか。

 ともかく「お姉ちゃん私に!」とつっこんできたばかちんガールと、直後「佳奈多君私も!」とつっこんできたサムライガール、「5人百合……アリです」と天井から降ってきたカゲナシガールによる大変態戦争が勃発したどさくさで、どうにか逃げだす事ができた。ちなみに、あの後あの部屋はどうなったか知らない。知りたくもない。

 それにしてもツンデレ変態恐るべし、である。危うく、ツシマ沖海戦の二の舞を演じる所だった。やはり、じゃぱにーずは油断ならない。

 まぁ、おかげで今まで一方的に遊んでいたのが、ぱんつを巡って虚々実々の駆け引きを行う、スリリングな毎日を送っている。もっとも、さっき風紀委員長が持ったのを含めて全部囮だけど。

 このクドリャフカ、同じ失敗は繰り返さない。彼女は、私の掌の上で踊っていればいいのだ。適度の刺激をもたらしつつ……ね。

 サンタ帽に褌という破滅的な格好で孫娘の枕元に立つ祖父に萌えろと言われても無理だが、この『愛想なし、素っ気なし、配慮なし』の風紀委員長様の痴態を眺めるのは悪くない。まだ時間はあるし、もうちょっと楽しんでみよう。

「……いたいのいたいのとんでけーなのでわふっ!?」

 そこまで言いかけた瞬間、風紀委員長が吹っ飛んだ。鼻血の噴射で人が飛ぶのはなかなかに珍しい光景に思えるが、遺憾ながら私の周囲では日常であった。祖国のじじいなど、私がわふーと言えば鼻血の噴射で軽く2mは飛ぶ、おじーちゃん大好きなのですをオプションで加えれば5m、カレリアのR-7と言われた鼻血ロケットだ。

 一方ここの風紀委員長はせいぜい勢いよく倒れる程度、所詮は小娘か。いずれは火星まで飛ばせられるほどにしようと心に誓う。

 その風紀委員長はつま先でつんつんやってみたが動かない。
 撃沈確実だったが、無意識の内に私のスカートに潜り込もうとするのは変態の鏡だった。その意気に免じて、起きた瞬間に介抱してやるとしよう。さらなる戦果拡大が期待できそうだ。



 



 さて、二木三枝の姉妹は、明らかに本性を現わしてしまっているのは分かっていただけたと思うが、他の連中はどうか。いや、大体分かって頂けた気もするが……想像通りである。

 傘かぶりのビブリオマニアは、人目も憚らずBL萌えを語り、彼女自身が入門編だと語っていた漫画のキャラクターの名を叫んだ後、「何故終わってしまったのでしょう……」と鬱に入る日々が続いている。『カゲナシ』なんて呼ばれていた頃が、もしかしてこことは別の時間軸なのではないか、なんて思わせる位だ。 

 サムライガールは、あまり変わっていない。夜な夜な女子寮内を徘徊し、部屋に忍び込んでは生徒を毒牙に掛けている。この間百人に到達した、と眩しい笑顔で語っていた。まぁ、こちらは量より質で勝負するつもりだが。

 お菓子娘はどうだろう。多分あまり変わっていないと思う。……おそらく体重を除いては、お菓子の食べすぎだと思う。
 指摘したら「ほわぁ!?」とか「ほえぇぇぇ!?」とか言って慌てていた。萌えた。
 仮にも友と呼んだ誼で、今度我が祖国が誇るラーゲリに招待してやろう。少しは痩せるだろうと思う。私の眼福の為には、ベストスタイルを固守してもらわねばならない。

 猫娘は、普通だ。周りにも普通に接しているが、逆にそれが不気味だった。実は一番油断ならない相手なのではないだろうか?

 特に、ドルジとかいう化け猫には注意が必要だ。

 同志ストレルカに命じ、寮長の弱みを探らせようとしたところ転がってきたヤツに押しつぶされ、同志ヴェルカも、花畑にローアングルからの隠しカメラを設置しようとした瞬間に撃破された。もしかすると、予想外の強敵かもしれない。

 ここはとても愉快で、油断ならない世界なのだ。





 

 目の前に転がる風紀委員長の姿を見下ろす。散らばった鼻血を拭きながら、ふと考える。

 愉快。楽しい。面白い。そう思う。

 歪んでいる。壊れている。反面そうも思う。

 足りない。何かを形作る何かが、圧倒的に足りていない。

 分からない。その何かが分からないけれど、目に映る光景に異常を感じなかった、私自身が既に。

 冷たい何かが、私の中を駆け抜ける。すっと冷えた。そんな気がした。



 何かが起きる気がする。或いはもう起きた後だったかも知れない。

 今はいつだ、という声無き回答に対して、答えはない。カレンダーを見る、そんな現実的な対処をしたところで、その時に瞳に映る文字の羅列は果たして信頼に足るものなのか。

 神様が居たとして。その存在がほんの気紛れで、地軸をつかみ少しだけ地球を早く回したのなら。何もかもが少しずつ狂っていくのではないか。

 日没が朝になる。夜闇を纏った昼が出来上がる。海で遊ぶ冬が来て、雪の降る夏が来る。

 そんな時間が来るはずがないと、一体誰が言えるのか。



 虚だけを映す瞳を、自ら閉ざす。



 闇の中、音がする。

 水。ちゃぷちゃぷと。

 鎖。じゃらじゃらと。



 いつか聞いた。空っぽの自分を満たす絶望。涙の牢獄。懺悔の手枷。

 過去か未来か、夢か現か。判別はもはや出来ない。

 冷たかった。寒かった。お腹が減った。

 そんな事はなかったはずなのに。夢だと割り切れない自分が居る。その境目が、逆転してしまいそうなくらいの現実。



 耳を塞ぐ。蹲るようにして、自らの身体を抱く。

 すべての感覚が閉じていくような、不思議なイメージ。



 ここがどこか分からなくなった。

 もう、終わるのだろう。そんな理解しがたい論理が、頭の中に浮かぶ。

 何らかの、例えば強力なジャミングで正を妨害し、異を常とするのなら、それはもう異ではない。

 始まりからすべておかしかったのか。

 捻じ曲げられ、歪められていく。その中で私は私を続けられるのだろうか。

 そんな事だけを、考えていた。







 見えない、何も聞こえない。

 私の前に光はなくて、自分の足音すら聞こえなくて。

 人が頼る大部分を失っても尚、それでも進んでいかなくてはならないのだから。

 

 ひくりと動いた私の鼻が、たった一つの正解を探す。私の希望、私の未来、たった一つの幸せを、私の鼻は嗅ぎ分ける。

 柔らかな匂いが鼻に伝わり、心を満たすそれに、確信を得る。



「わふ……これなのですっ!」



 手を伸ばす。柔らかな感覚に触れた、その感覚を認識した時。



「ふきゃ!!」



 まるで猫の尻尾でも踏んづけたかのような叫び声を聞いて、目を開けた。





 

 覚えている。この光景を知っている。

 狂った歯車は、依然として回り続けるようだ。

 ならば私は、ぬるま湯のようなこの時間に身を浸していようと思う。

 見たくないもの、聞きたくないものを回避した結果、嗅ぎつけた希望が、未来が、幸せが、此処にあるというのなら。

 起こり得る未来、歪んでしまった過去。どちらにも抗えないのならば、せめて。

 

 



 ベッドの横の床に視線を落とす。

 当然のように、鼻を押さえてうずくまっている風紀委員長様がいた。



 とりあえず。

 萌えておいた。

 

 

 

 

〜言い訳のようなもの〜

 まーそのなんといいますか(汗

 チーム北東北inリトバス(?)メンバーの一人である『小毬のぱんつの人』こと流星さんと喫茶店でお話した時の「合作とか面白そうじゃないですか?」「やっちゃいますか」「やっちゃおうよ、ゆー」的な流れで出来上がったお話です。

 基本的には前半と中盤の一部、それと後半が流星さん。残りが私です。

 私の場合、普段は『羽目を外さないように外さないように……』とブレーキをかけながら書いているのですが、流星さんが「ここに『萌えた』って一言入れたら面白くなりませんか?」と言ったのがきっかけで(責任転嫁)ゆのつのブレーキが吹っ飛び、エンジンは逆回転、ほのぼののはずが好き放題にネタを詰め込み「あとよろしく♪」という外道っぷりを発揮して完成しました(させた?)。

 結果、なんというか……カオスにorz

 ……あと、突っ走った前半・中盤の責任の一部は私が負いますが、変態SS作家として有名であり、かつシリアスSS書きを僭称する流星さんのおかげで、多分に変態さんな描写が含まれていることは付け加えておきますw

追記

 どちらがサイトに登録するか押しつけ……もとい譲り合った結果、登録順が前回とひっくり返っています。