日々の思い

カウンセリングルーム・レイのカウンセラーが、日々の中で感じたことを書いています。新しいものから順に掲載しています。


行動

この数年でわかったことは、
行動だけで現実が変わるわけではないけれど、
行動なしには、絶対に現実は変わらない、ということです。
だから、思いついたら、とにかく行動です。


立春

昨日は立春でしたね。
今年の冬は寒さが厳しいですが、植物達を見ていると、春が近づいていることを実感します。
雪が降るほどの寒さの中でもスノードロップはすくすくと伸び、今はつぼみがだいぶ膨らんできています。
いよいよ春です・・。




トップページでお知らせしていますが、著書「心を明るくする幸せのカギ」が出版されます。
1月20日頃から大きな書店には並ぶようです。
まだまだこれからですが、ここまで来られたのは皆様のお蔭です。
心より感謝いたします。


初夢

遅れましたが、新年明けましておめでとうございます。
今年の初夢は、飛ぶ夢でした。
飛ぶ夢は時々見るのですが、今回は宇宙にまで飛んで行きました。
今年は宇宙へGO?


クリスマス

去年は雪の舞うホワイトクリスマスでしたが、
今年のクリスマスは晴れわたっています。
いろんなことはあっても、大変なこともあっても、
わたしはいつも、より幸せになっています。
あなたが、幸せな、幸せなクリスマスを過ごされますように。


満月

今日はきれいな満月です。
それにしてもTPP・・
今の時点では野田さんの会見はまだですが、
どのような決断をするにせよ、全てが必要なプロセスなのだろうと思います。


星に願いを

今日は寝ているときから、そして起きてからも、
ずっと「星に願いを」の英語バージョンが頭の中で鳴っていました。
どんな歌詞なのか調べてみたら、こんなでした。

When you wish upon a star
Make no difference who you are
Anything your heart desires
Will come to you

If your heart is in your dream
No request is too extreme
When you wish upon a star
As dreamers do

(星に願いをかけるとき
誰だって
あなたの心が望むものは
きっとかなうでしょう

心の底から夢見ているなら
夢追人がするように
星に願いをかけるなら
かなわぬ願いなどないのです)


秋の日差し

日差しが、いよいよ本格的に秋らしくなってきました。
わたしは、秋の黄金色の日差しが大好きなのです。
世界が驚くほど美しく見えるからです。

たまに、「ここは天国?」と思うくらい、世界が美しく見える日があります。
それが毎日になるように。
そういう世界になるように。


困難

困難なことにぶつかると、その場はしばらく暗くなったり不安になったりします。
でも少しすると、「あれ、でもこれはこういうことでは」と別の視点が見えてきて、逆に闘志が湧いてきます 笑。
この場合の「闘う」は、ネガティヴに負けないという意味です。
困難にぶつかる度に、いつもそれを繰り返してきました。

そういうことを繰り返して、どこかへ向かっているのです。
それがどこなのか、漠然とはわかるのですが、どうやってそこまで辿り着くのかはわかりません。
それでいいのです。
ただ、今日、前に進むことに専念すればいいと思っています。


好きか、好きと違うか

少し前になりますが、大河ドラマ「江」の中で千利休の言った台詞に印象深いものがありました。
「大事なのは、好きか、好きと違うか、そういうことではないか」という言葉です(これを大阪弁で言っていました)。

大切なことは、そんな単純なことなのでしょう。
それを大切にしていれば、自分にとっての真実はわかるのだと思います。


ただ前に進む

8月も残りあとわずかです。
首相も交代しようとしています。
今度は野田さんですか・・・・・。

重大な変化をすることは、簡単ではないでしょう。
うまくいかないように見えることも、大変なこともあるかもしれません。
でも全てが、変化のために必要なプロセスなのでしょう。

その先に行きたいのなら、何があっても前に進み続ければいいだけ。
ただ淡々と、そうしていけばいいのだと思います。


目標

わたしにとってこの世界で生きるのは、楽なことではありません。
よく大きな破綻もせずに人間やってこれているなと思います。
皆さんからいっぱいサポートしてもらっているからなのですが。

そんなわたしですが、新たな目標ができました。
前から思っていたことですが、「なぜ」「何のために」ということがハッキリしてきました。
実現できるように、頑張ります!


変わるものと変わらないもの

今日でアナログ放送が終了しました。
世界は、大きく変化していっています。

諸行無常とはよく言われることですが、
それと同時に、変わらないものもあると思います。
たとえば、自分の身体の細胞は、数年で全て入れ替わっていても、
「自分」という存在は、変わらないように。
人はたとえ姿形がどんなに変わっても、
その人の本質は、ずっと変わらないのではないかと思います。

時折「そのままで変わらないでいてほしい」という旨のことを言われることがあります。
同じままでいるのはまっぴらなので、変わらないでいるわけにはいかないのですが、
もし、それがわたしの本質のことを指して言われているのであれば、
それはきっと、いつのときも、変わらないのだろうと思います。


星空

首都圏やここら辺では、星は少ししか見えません。
でも、もちろん星がないわけではありません。
見えないだけで、満天の星が存在しているのです。

見えないからといって、「星なんてない」とは言えないでしょう。
人が幸せでいるために大切なものも、同じだと思います。
見えないからといって、「ない」わけではないのです。

心にしか見えないもの、
心にしか聞えないもの。
それらを見よう、聞こうとし始めたときに、わたしの幸せは始まりました。
目には見えないけれど、満天の星空があると、感じられるように。


現実を変える

テレビドラマの「JIN」が、いよいよ佳境に入っています。
3月11日の震災後に、このドラマが始まったことには意味があると感じます。
抜群の面白さと共に、今のわたし達へのメッセージとして、大切な意味があると思うのです。

仁は、「この患者を治したら歴史を変えてしまうのではないか」ということについて、とても悩みます。
わたしはその気持ちにさっぱり共感できず、「いいから治しなよ!」と思っていたのですが、
仁は最近やっと腹が据わって、「歴史を変えてやる」という気持ちになったようです。
そうです。現実は、自分で変えられるのです。
自分がそうしたいと思って、現実を変えた結果、
もしも「今の自分」が消えてなくなったとしても、それは本望ではないでしょうか。
ドラマがどういう結末になるのかわかりませんが、
「現実は変えられる」という、力強いメッセージを、わたし達に伝えてくれたらいいなと思っています。


自分の定義を変える

人はどうしたら、「自分の思い通りに生きている」と感じられるようになるでしょうか。
わたしはそのために必要なのは「自分の定義を変える」ということだと思っています。
人が通常意識している心は、心全体からすれば、ほんの小さな一部分に過ぎません。
その小さな小さな一部を、わたし達は「自分」だと思って生きているのです。
でも本当は、心全体は、意識している心の部分とは比較にならないくらい大きいのです。
通常意識している顕在意識だけを「自分」だと思って生きていると、人生は思い通りにならないことで一杯でしょう。
でも、潜在意識も含めた心全体を「自分」と定義を変えると、「自分は思い通りの人生を生きられる」ということに気づきます。
自分の定義を変えることで、人生が変わるのです。

目の前をヒラヒラ飛んでいる蝶を、自分の思い通りに飛ばせることは、普通はできないでしょう。
でも、蝶の心をも自分の心である、と自分の定義を変えたらなら、
蝶が思い通りに飛んでいるのは、それは自分の思い通りということでもあることになります。
もし自分の定義を、宇宙全体にまで拡げたなら、
宇宙におけるどんな出来事も、自分の思い通りであるということになります。
「自分の定義を変える」ということには、これほどまでに大きな力があるのです。


進行中

人の心にとって、最も恐ろしいものは何でしょうか。
憎しみ?
将来の不安?
親しい人との別れ?
死?・・
わたしは、人の心にとって最も恐ろしいものは「虚無」であると思います。
どんなものも、ネガティブなものも、何も存在しない状態。
そんな状態を、想像することができるでしょうか。

わたしは子どもの頃から成人する頃まで、虚無の恐ろしさに脅えていました。
何もない「無」に、呑み込まれていってしまいそうな、底知れない恐怖です。
臨床心理学の勉強をしていたときに、ある心理学者がその恐怖を、著作の中で描写しているのを見つけました。
そして、自分が感じていたことが「精神病的恐怖」であることを知りました。

ミヒャエル・エンデは「果てしない物語」の中で、この恐怖をとてもよく表現しています。
世界で一番恐ろしいもの、「虚無」として。

十数年、引きこもりをしていたある方は、「どうなるのが一番恐いですか」という問いに、「また何もしない、ただボーっとしている状態になること」と答えました。
これも、同じ恐怖だと思います。

この「虚無」は、いろんなことがクリアーになって光が差し込んでくれば、消滅してしまいます。
そして今この虚無は、いろんなところで消滅していこうとしていると感じます。
少しずつですが、毎日それが進んでいるのを感じます。
光溢れる幸せな世界へ。


咲く力

桜の花が、だいぶ咲いてきました。
何もなかった枝が、数日のうちに花でいっぱいになる桜は、まるで魔法のようです。
毎年繰り返されているから、当たり前のようだけれど、
やっぱりすごいことだと思います。

花一輪、草一本であっても、自然はすごい。
人間だって、例外のはずはありません。
これまで人間は、傷ついたり、恐れたり、どれだけ辛い世界を生きてきたでしょうか。
それを思うと胸が痛みますが、
それと同時に、「人は変われる」ということも、わたしは知っています。
自然がエネルギーで満ち溢れているように、
世界は本来、優しさで満ち溢れています。
人が変わるというのは、その優しさに心を開くということです。
桜だって咲くことができるのですから、
わたし達にも、できるのです。


希望の道

今日は朝から頭の中でサンボマスターの「希望の道」が流れています。
今季やっていたドラマ「スクール!!」の主題歌です。
江口洋介さんが民間人校長役の、いいドラマでした。
その中で印象に残っている台詞があります。
「限界なら超えればいい。現実なら変えればいい。」

わたし達は知らず知らずのうちに、「できるのはこの程度まで」「それは無理」などの限界を設定しています。
暗黙のうちにある「限界」を感じる度に、
その限界はただの思い込みなのではないか、
超えられる可能性のあるものなのではないか、と思うのです。
それだけの力をわたし達は、持っていると思います。
無理をする必要はないけれど、
悲観やあきらめで、可能性を摘み取ってしまわないで、
自分の行けるところまで。


春の風

今回の地震では、被災された方達はもちろんのことですが、被災地から離れた所にいる人達も、それぞれに心に大きな影響を受けていることでしょう。
カウンセリングにいらっしゃる方達も、口に出しては多くは語られませんが、今回のことで大きなショックや恐怖を感じられたご様子が伺えます。
「いつもどおりのカウンセラー」と話すことで、ピンと張り詰めていた緊張がとけて安心されるようです。
ショックを受けるのは当然のことです。人生観が大きく変わる人も少なくないでしょう。
まずは皆が安心できますように。
あたたかい、春がやって来ます・・。


原発

ここ数日、被災者の方達のことはもちろんですが、原発のことがとても心配でした。
どんなことがあっても、これ以上の事故は避けなければならない、
かといって、自分にできることはただ祈ることだけで、
ただひたすら、祈ることだけで・・。
まだまだ安心とはいきませんが、何とか冷却装置が復旧する希望も見えてきました。
冷却や復旧のために必死で働いてくださっている方達に感謝いたします。
どうか一日も早く、皆が安心できる状態になりますように。


心の力

心の力はすごいです。
心だけでなく、身体の健康にも大きな影響を与えていますし、
前向きに生きていけるのも、心の力があるからです。
わたし達は誰でも、心を持っています。
そして心には、大きな力があります。
その力は、自分でそうしようと思えば出てきます。
わたし達はそれぞれに、ものすごい力を持っているのです。
それらの力を合わせれば、莫大な力になります。
そうすれば、どんな危機でも乗り越えられるし、よりよい未来を創って行けると信じています。


できることを

本当にとてつもない災害が起きてしまいました。
でも、だからこそ、当たり前だと思ってきたことの有り難さを痛感することにもなりました。
生きていることのありがたさ
家族が無事でいること、元気でいることのありがたさ
安全でいられることのありがたさ
食べ物や飲み物に不自由しないことのありがたさ
寒さに凍えないことのありがたさ
電気が使えることのありがたさ・・
あらゆることへの感謝を忘れずに、
自分にできることをやっていくこと。
微力であってもできることをしていこうと思います。


大地震

大変な地震が起きてしまいました。
被災地の方達やご家族の方達は、耐え難いほどの辛い思いや心配をされていることでしょう。
どうか一刻も早く、皆が安全に、安心できますように。


幸せな世界

先日の日曜日は、ポカポカ陽気のお天気でした。
暖かい日差しの中で、道行く人達が皆、幸せそうに見えました。
わたしのいるこの世界では、すでに、
夢が実現してきているのかもしれない、と思いました。
花のつぼみが開いていくように、少しずつ、
夢が実現していっているような気がします。


激変

今年に入ってから、世界が大きく動いていますね。
毎日のように驚くようなニュースが報道されて、世界が大きく変化しつつあることを感じます。
この先ますます、想像もしなかったような変化が起きていくかもしれません。
わたし達は今、歴史的な激変の時代を生きているのですね。


もつれた糸は

糸がもつれて絡まって、どうしようもないように見えるして、あなたならどうしますか。
どうしようもないと、あきらめますか。
イライラして、引きちぎってしまいますか。

どんなにからまっていても、結び目を一個一個ほどいていけば、いずれ必ず糸はほどけていくのです。
必要なのは、どこに結び目があるかを見つけて、それを一個一個ほどいていく作業。
それだけです。
ちょっと根気はいるかもしれないけれど、難しいことではないと思います。

もし結び目が1000個あっても、
一個一個ほどいていけばいい。
そうすれば、いずれ全部ほどけます。
でも大抵は、結び目の数はそこまで多くないでしょう。
数個だけということも多いでしょう。
だから決して難しいことじゃないのです。


種をまく

種をまけば、いずれ芽が出て花や実ができます。
トマトの種をまけばトマトが、
ヒマワリの種をまけばヒマワリが。

トマトの種をまいたのに、ヒマワリの花が咲くことはないし、
ヒマワリの種をまいたのに、トマトがなることもありません。
それは当たり前。

人の心も同じで、今日まいたものが間違いなく、いずれ実となり花となります。
今日、心にポジティヴな種をまけば、いずれポジティヴな現実が、
今日、心にネガティヴな種をまけば、いずれネガティヴな現実が。
種をまいて、それがすぐに現実として表れてくるのではなく、
現実として表れてくるまでに、しばらく時間がかかります。
だから多くの人は、その原因と結果に気づきにくいのかもしれません。
気づいていても気づいていなくても、誰にも同じように、この自然法則は働きます。

さぁ、今日はどんな種をまきましょうか。




立春から暖かいですね。
1月末には、気温は低いものの、すでに春の空気に変わっていました。
球根のスノードロップも、そろそろ蕾が見えてきました。
今年は春が早いかもしれません。


季節は?

今年の冬は寒いようですが、自宅のベランダでは、夏の花が咲いています。
と言うか、夏の花と、秋の花と、冬の花が咲いています。
去年植えた夏の花が、まだ結構元気で花を咲かせているのです。
植え替えるための冬の花は、ずいぶん前からスタンバイしていますが、一向に植え替えられません 笑。
この調子でいくと、もうしばらくしたら春の球根花が咲き始めるので、
春の花と、夏の花と、秋の花と、冬の花が同時に咲いているという状態になります。
ちょっと不思議な光景ですが、植物達が頑張ってくれて嬉しいです。


ありがとうございました

今年も無事に仕事を終えることができました。
ひとえに、関わりのある皆様のおかげです。
今年も1年間、本当にありがとうございました。

どんなことも、どんな変化も、全てが「きっとこれでいいのだ」と感じます。
来年も、皆様と一緒に、たくさん素晴らしい体験をしていこうと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。


ホワイト・クリスマス

クリスマスの今日は、この冬一番の寒さ。
お昼頃から、雪が舞い始めました。
羽毛のような雪が一面に舞い降りてくる中、思わず「White Christmas」の歌が心に浮かびます。

空にも祝福されたクリスマス。
あなたの元にも、目には見えなかったとしても、
たくさんのプレゼントが、きっと届いたことでしょう。


言葉

ふと、自分がこれまでにもらったものの中で、一番嬉しかったのは「言葉」だと思いました。
言ってもらった言葉
メールで書いてもらった言葉
心の耳に聴こえる言葉
それらの言葉が、わたしを支え続けてくれているからです。
だから、それらの言葉は、何よりも大切な宝物です。

・・そんな風に感じる自分だから、「言葉」で仕事をしているのかもしれません。


発見

人は、実現の可能性があることしか想像することができないといいます。
ということは、わたし達が心から望むことは、全て実現の可能性があるということになります。
ここまで考えて、わたしは発見してしまいました。
「実現するまであきらめなければ、必ず実現する」ということです!
言葉遊びのように聞えるかもしれませんが、これは事実だと思います。
なぜなら、これまで望んで実現しなかったことは、全て例外なく、実現する前にあきらめているからです。
あきらめなかったことは、全て実現しています。
誰でもそうだと思います。
望んでも実現しなかったことは、必ず実現する前にあきらめているはずです。
99.9%の所まで来ていても、そこであきらめたら実現はしないのです。
本当の夢は、そんなに簡単には実現しないことも多いでしょう。
でも、実現したいなら、あきらめなければいいのです。
あきらめなければ、必ずいつか実現します。
こんなに単純なことなのです。


自分がやらなければ

戦場カメラマンの渡部陽一さんが大人気ですね。
主に独特のしゃべり口調で笑いを誘っているように見えますが、
ある番組で渡部さんが話していることを聞いて、素晴らしい方なのだなと思いました。
戦場で、すごく重い機材を身に付けて走り回っているそうですが、
なぜそんなことができるのか、と問われて、次のように答えていました。
「自分が撮らなければ、この現実は誰にも知られないままになってしまう。
自分が撮らなければという思いがエネルギーとなって、走り回ることができるんです。」
この答えは、心に響きました。

そして昨日、「自分の力をより発揮するためには、どうしたらいいか」ということを自分に問うていたときに、この答えが返ってきたのです。
「自分がやらなければ、他の誰もやらないということに気づくこと」
「自分がやらなければ」という思いは、自分の力を発揮するための鍵のひとつではないかと思います。


創る

何かを創るのはワクワクして楽しいことです。
ふと思い立って、「創る」でインターネット検索してみたら、なかなか面白い結果が出ました。
「細胞を創る」「日本を創る」「元気な120歳を創る」etc.・・
皆、いろんなものを創ろうとしているのですね!
わたしも創りたいものがあります。それがこれからの夢です。
あなたは何を創りたいですか?


大掃除

ただ今わたしは大掃除中です。
と言っても、自分で掃除をしているわけではありません。
??
心の大掃除中なのです。

このところ毎日、とても内容の濃い夢を見続けています。
こんな夢を集中的に見るのは珍しいことです。初めてかもしれません。
自分の潜在意識の大掃除が起きているために、そういう夢を見ているようなのです。
夢で見ることによって、自分でも驚くような意外な感情が、自分の潜在意識の中にあったことに気づきます。
内容的には、ちょっと不快なものだったりもします。
でも、夢で見ることによって、潜在意識に潜んでいたそれらの感情が表に浮かんできて、解放されるようなのです。
だからこの大掃除が過ぎたら、心はもっとクリアーに軽くなると思います。
楽しみです!


感謝スイッチ

今日家に帰っている途中、いきなり「感謝スイッチ」が入りました。
「去年の夏にすごく体調が悪かったのに比べたら、今年は楽だな〜」
と思ったら、
「日本に住んでるって幸せだな〜」
「水道から飲んでも大丈夫な水が出てくるってすごいよね〜」
買い物に行ったら、「こんなに安い値段で美味しいものを買えるってありがたいな〜」
家に帰って窓の外を見たら、キラキラ輝く綺麗な色の光が!?
遠くでやっている花火でした。
「家の窓から花火が見られるなんてラッキー」
そう思っていたら、花火の横にボンヤリとした不思議な大きな光が出てきました。
「?」
雲の隙間から顔を出した月でした。
次第に月もハッキリしてきて、花火と月の両方が同時に楽しめました。

そしてふと、
人生の豊かさは、「ありがとう」の数で決まるのかもしれない、
と思いました。


お盆

世間はお盆です。
お盆には、亡くなった人が帰ってくると言いますが、
わたしには、「亡くなった父が帰ってくるときだ」という感じはしないのです。
だっていつも一緒にいるじゃん。いつもと変わらない・・

父の心がいつも一緒にいてくれている、ということは、
空は青い、とか
太陽は明るい、とかいうのと同じ位、当たり前に感じられるのです。
父が生きていて、遠くに住んでいたときもそうでした。
だから、死んだくらいで(?)、変わるはずもないのです。
会えないけど、でもいつも一緒にいるのです。


罪悪感を手放す

このところしばらく、「罪悪感を手放す」ということについて考えていました。
いろんな人の中に、自分の中にも、罪悪感があることを感じたからです。

あまり意識していなくても、罪悪感は多くの人の中にあるのではないでしょうか。
悲しい出来事を体験してきていない人は、いないでしょうから。
「あのようなことになることを防ぐために、自分にできることがあったのではないか」
「自分は十分にやっていなかったのではないか」・・etc.

受け止めきれないような悲しいことがあったとしても、
だからといっていつまでも、罪悪感に苦しんでいることはよいことなのでしょうか。
そうやって自分を罰しても、誰のためになるのでしょうか。
誰かを幸せにすることができるのでしょうか。

そうではないと思います。
人の幸せは、自分の幸せ。
自分の幸せは、人の幸せ。
だからこそ、苦しんでいるのではなく、幸せになった方がいい。
自分ひとりではないのだから、
自分のために、他の人のために、
皆で幸せになれるように、
今こそ罪悪感を手放して。


heal the world

今日は朝からマイケル・ジャクソンのこの歌が、頭の中に流れていました。
それと共に、地球がエメラルドグリーンの光に包まれているイメージが浮かびました。

マイケルはこの曲を、世界中の子ども達に捧げています。
それは、世界中の子ども達と、わたし達自身のことです。
わたし達の心の中には、大人になっても、子どもの自分がいるからです。

世界を癒そうとすることは、自分を癒そうとすることです。
もしあなたの心が疲れていたり、傷ついているなら、
自分の心を優しいグリーンの光で包んでみてください。
あなたが自分自身を癒そうとすることは、
世界を癒すことに繋がります。


お願い事

昨日は七夕でしたね。
わたしはすっかり忘れていたのですが、
今朝になって母からのメールで「お願い事した?」と聞かれて思い出しました。
「すっかり忘れてた」のですが、考えてみるとちゃんとお願い事していました!
普段はお願い事をすることがなくて、神社にお参りに行ったときなどにもお願い事をしないのに、
昨夜はふと、「お願い事してみようかな」と思ったのです。
人生で初めて「お願い事」をしました。
自分のことと、大切な人達のことを・・。


青い花咲くとき

面白い夢を見ました。
水槽の魚が大きく育って、その魚達からみるみる青いバラが咲いていくのです。
そして海のからたくさんのイルカ達がやってきて、握手しました。
夢はそのときの自分の状態をそのまま表しています。
花が咲く夢は変化の予兆であることを、数年前に体験しました。
今回はこの世のものとも思えないような青いバラです。
どうなるのか楽しみです。




梅雨の季節です。
最近、雨が好きになりました。
出かけるときなどや洗濯物など、面倒なことはありますが。
先日、夜寝ているときに雨音が聞えてきて、
なんて気持ちいいのだろうと思いました。
植物達は、雨の中で気持ちよさそうにしているでしょう。
雨は心を潤してくれます。
もちろん晴れの日の太陽も大好きですが、
今の時期は、エンジョイ!雨!です。




自分の望む道は、自分で作って行ける。
自分の望む道を、選んで歩んでいくことができる。
それに気づいてもらいたくて、自分はカウンセリングをしているのだ、
ということに気づきました。
そのことを知っているといないとでは、人生は全く違います。
それを知っているなら、
どこで何をしていても、大丈夫。
自分の望む道を、歩いていけるから。


天国?

今日はとても爽やかな日でした。
緑はいつも以上に生き生きとして、
空は穏やかに青く、
花の色は、びっくりするほど鮮やかで、
ふと、「ここは天国?」と思いました。
その人の状態によって、この世は天国にも、地獄にもなり得る。
それをあらためて実感しました。


虹色

このあたりからは、六甲の山々がよく見えます。
ここ数日、六甲の方を見ると、一瞬虹色に見えます。
よく見ると、虹色というわけではないのですが、
見た瞬間に「虹色」と感じるのです。
新緑の季節は、それほど美しいということなのかもしれません。


移り変わり

ただ夢中で毎日を過ごしていても、
意図しなくても、
いつのまにか、そっと、物事は移り変わっていきます。

物事が移り変わるのは、前に進んでいるから。
過ぎたことを悲しむのではなく、
前に進んだことを喜ぶ。


ハナミズキ

朝起きたときから、頭の中でずっと一青窈さんの「ハナミズキ」が鳴っていました。
ちゃんと聴いたことがなかったので聴いてみたら、素晴らしい歌でした。
一青窈さんは、アメリカの9・11テロを受けて、この歌を作ったとのこと。
広島では、アメリカから寄贈されたハナミズキが、各地に根付いているそうです。
今まさに、ハナミズキが花咲く季節です。
果てしなく続く苦しみや悲しみ、
それら全てを越えて。


ストーリーの意味

自分の心の中を探してみると、
わたしの中には、「後悔」は見つかりません。
もしかしたら、どこかに抑え込んでいる後悔があるかもしれないけれど、
意識できる限りでは、今、何ひとつ後悔していることはないのです。
いつも、そのときにベストと思う選択をしてきているからです。
なかなかうまく行かないように見えることがあっても、
大変なことがあっても、
「○○が悪かったから」というネガティヴなストーリーではなく、
それが自分にとってのベストのストーリーであると考えます。
そうじゃないかもしれないけれど、そんなことはどうでもいいのです。
自分がどう考えるかが全てだからです。
力づくでも、ベストのストーリーにしてしまうのです 笑。

「主人公は僕だった」という映画がありました。
主人公が、ある日自分はある作家が書いている小説の主人公だと気づくのです。
そして、その小説は悲劇であり、主人公は悲劇的な最期を迎えることになっていました。
でも主人公は作家に会いに行って話すことで、
その小説は書き換えられることになりました。
悲劇ではなく、日常の中に在る暖かさや希望を見出すストーリーへと。
そんな風に、わたし達は自分のストーリーの意味合いを、自分で変えることができると思います。


望んでいること

嫌なことを体験したときは、
「自分はどういうものが嫌なのか」ということを自覚するチャンス。
「こういうのは嫌」がハッキリしたなら、そこに留まらず、
その先の、「自分はこういうものを望んでいる」というものを自覚しましょう。
自分が何を望んでいるのかを知れば、
そこに近づいて行けます。
嫌な体験をすることは、その方向に進むための助けになります。

わたしの望んでいるものは、ジョン・レノンが「イマジン」で歌ってくれています。
嫌なものも何もかも、全部を自分の力にして、
どれだけかかっても、必ず実現させます。


今日

今日、アメリカとロシアの大統領が核軍縮条約に調印しました。
今日の日は、ひとつの通過点に過ぎません。
でも、とても重要な通過点です。
これまで成し遂げてきたこと、
それが今日、ひとつの実りの形を取ったのです。
明日も、これまでと変わらないような日々が続くように見えても、
同じではありません。
同じように見えても、
明日からは、違う日々が始まります。


山桜

ソメイヨシノも大分身頃になってきましたが、
今日、満開の山桜を見かけました。
山桜は白い花で、葉と一緒に花が咲きます。
父がよく、艶やかなソメイヨシノよりも、清楚な山桜の方が好きだと言っていました。

願わくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月の頃

お気に入りだった西行のこの歌を引き合いに出しては、
自分も桜の頃に死にたいと言っていました。

実際には、父は燃えるような新緑の季節に逝きましたが、
わたしにとって山桜は、父の花です。


幸せでいる決意

幸せは心次第。
世間的な基準でいろいろと恵まれていても、自分が不幸だと感じている人は沢山います。
反対に、いろんな大変なことがあっても、自分は恵まれていると感じている人もいます。
「・・だから」幸せ、なのではなく、
幸せでいようと、心のどこかで決めているから、幸せでいられるのだと感じるのです。
幸せでいようと決めていないとき、人は容易に不幸になり得ます。
それは、土に根を生っていない草が土の上にポンとあったなら、
微かな風でも飛ばされてしまうようなものです。
幸せでいようと決めているなら、多少の困難にあっても揺らがずに、不幸に陥らないでいられます。
しっかりと根を張っている草が、台風にも飛ばされないように。
ちょっとした風で飛ばされてしまうか、台風にも飛ばされずにいるか。
それはすごく大きな違いです。
そしてそれを決めるのは、「どんなことがあっても幸せでいる」という、自分の決意だと思います。




臨床心理士の研修会で広島にいったついで(?)に、宮島に行ってきました。
瀬戸内海を見るのは20年弱ぶり・・
記憶どおりにブルーグリーンの海が、キラキラ光って迎えてくれました。
美しい海を見ると、泣きたくなります。
あんまり綺麗だったので、ホームページの画像に差し替えようかなと思いましたが、
海ばっかりになるのでやめました。
今ホームページ内で使っている海の画像は、沖縄の久高島の海です。


出会い

全ての人間関係は、究極的にはそうだと言えるかもしれないけれど、
カウンセリングでの出会いは、一期一会。
次にまたお会いできるかどうかはわからないので、
その1回に、できるだけのことをします。
そのような出会いは、貴重です。
1回だけの出会いでも、その体験が、
クライエントさんと、わたしの、両方の人生を、多かれ少なかれ変えてくれます。
でも、回数を重ねての出会いは、もっと素敵です。
1回でできることは、いろいろあるけれど、
時の流れと共に、折りに触れてお会いして、
より深い所に、光が差し込んでいくことを体験するのは、
そしてその方本来の笑顔にお会いすることは、
本当に、幸せで、嬉しいことです。
この仕事、確かに大変なのだけれど、
わたしは、この仕事ができて幸せだなぁと思います。


咲いた♪

こぶしの花が開き、
そこここで、雪柳が白い花をつけ始め、
本格的な春を実感するこの頃です。
秋に植えた球根の、
最初の水仙の花が、昨日の朝咲きました。
可愛い・・ありがとう♪
ここ数日、じっと見ていたら伸びているのがわかるのでは?という位の勢いで毎日伸びてきていました。
今日も、新しい花が咲きそうになっています。
どんどん、咲いていきそうです。


交流

思春期の頃から、自分の能力をフルに使う仕事をしたいと感じていました。
カウンセリングは、まさにそのような仕事です。
知的な能力はそのほんの一部、
感覚、感情、直観、心、
自分の持てる全てを使う必要があります。
自分の存在全てで、相手の方と交流する、
それがカウンセリングであり、
だからこそ、人が変わるという奇跡も起こり得るのだと思います。
そのような交流は、時にかなり消耗しますが、
あぁしんどい、疲れた・・と思っても、
その後に見えてくるのものに、やはりやってよかった、と思うのです。
このような交流こそが自分のやりたいことであり、
自分はこれをするために生まれてきた、と感じるのです。


歩み

日々、そんなにとんでもないことが起きるわけではありません。
同じような毎日が、過ぎていくようにも見えます。

でも、「今何が起きているのか?」ということを自分に問いかけてみると、
そこには、大きな変化の流れがあることがわかります。
これから先、どんな方向に進んでいきそうなのかということも。

毎日、変化していく中にあるからこそ、
今日という1日は大切です。
1日、1日を丁寧に生きたいなと感じます。


もっと深く

最近、心には深さがある、ということをよく感じます。
最初の内に見えるもの、
それらがクリアになってくると、もう少し深い所にあるものが見えてきます。
それもクリアになると、さらにもっと深い所にあるものが・・。
そうやって、次々に、いろんなものに出会います。

それは簡単ではなく、
もしかしたら、とても難しいことかもしれないけれど、
自分にできる限りの所まで、
ちゃんと見ていきたいと思うのです。
あきらめることなく、
もっと深く、
一番底にある、輝く光を放つところまで。


インビクタス

少し前になりますが、
クリント・イーストウッド監督の「インビクタス」を観ました。
素晴らしかったです。
ネルソン・マンデラ氏が、アパルトヘイト運動で27年間も投獄されていたとは知りませんでした。
27年間投獄されていて、
それでもなお、高い希望を持ち続ける心。
人の心が持つ可能性に、目を開かれるような思いがしました。
このような映画が作られることは嬉しいことです。
見る人によっては、確実に人生を変え得る映画であると思います。


灯り

カウンセリングって、小さな光を点し続けるようなものだなと感じます。
クライエントさんの中にあるろうそくを見つけて、
それに光を点すのです。
どんなに小さな光でも、点ければそれだけ明るくなります。
その光を消さずに、大切にしていってもらえれば、
きっともっと、他のろうそくにも光が点るでしょう。
こんな小さな光じゃしょうがないと、消えるままにされてしまうこともあるのだろうと思うけれど、
それでも構わないのです。
わたしは、小さな光を点し続ける。それだけです。
それがわたしにできることだから。
もしかしたら、その光が消えないで、
その人の世界を少しでも、明るくしてくれるかもしれない。
きっと、全部は消えてしまわないと思うから。


もうすぐ春

買い物に行って、気がつくと、桜フレーバーの商品がいろいろ出ていました。
もうそんな時期?
そう、考えてみれば、もうすぐそんな季節です。
この間年が明けたと思って、流れのままに、夢中で過ごしていたら、
もうあと数週間したら、桜の花が咲きます。
桜って、何もなかった枝に、あっという間に花が咲くので、
いつも、すごいことだなぁと思います。
魔法みたいですよね。
この世界は不思議です。
無数の出来事が重なり合って、壮大なハーモニーを奏でているのだろうと思いますが、
何が起きているのか、わかるようで、わからなくて、
でもやっぱり、なんとなくわかる。
書いているうちに、文章も不思議になってきちゃいましたね 笑。


自信を持つとは

「自分にはできていないのに自信を持つことはできない」というような言葉を聞くことがあります。
わたしは、それは違うと思うので、そのように言います。
自信とは、何かができるからとか、何かを持っているからという理由で持つものではないと思います。
もしそうだと仮定したら、たとえば何かの理由で寝たきりの方はどうだというのでしょうか。
健康な身体の人にできる多くのことができない状態だとしたら、その人は自信を持つべきではないのでしょうか。

そうではないと思います。
自信とは、何ができるから、という理由で持つものではなく、
自分が自分であることを認めているということ、
さらに言えば、あるがままの自分に誇りを持っているということだと思います。


ポニョ

テレビで「崖の上のポニョ」をやっていました。
わたしはもちろん、劇場に観に行きましたが・・。
ポニョの歌を聞くと、いつも涙が出てくるのはわたしだけでしょうか? 笑
大人になると、いろんなことを考えて難しくしてしまいますが、
子どものように素直な純粋な心を、大切にしていきたいなと思います。

宮崎駿さんの映画のすごいところは、頭で作っていないところだと思います。
多くの人の心の奥にあるのであろう共通したイメージを、
映像にして見せられるというところだと思います。
ユングの言う元型や、集合的無意識にあるイメージのようなものです。
だから、宮崎さんの映画を観ていると、
「このイメージは絶対に見たことがある」というデジャヴュを感じることが多いです。
現実に見たことがあるというのではなく、夢の中で、というような。
「ハウルの動く城」は特に、そんなイメージ満載でした。


シンプルが美しい

今では自分は完全に文系人間だなと思いますが、
進路を考えた高校生の時には、カウンセラーになるか、物理学をやるかで迷いました。
宇宙物理学にとても興味があって、
相対性理論にドキドキしたり、鉱物の研磨(標本作りのため)に情熱を燃やす、変わりダネの女子高生だったからです 笑。
並行宇宙論に衝撃をうけて、友達に熱く語ったら、
「・・そういうことに興味を持つって、野崎さんらしいね」の一言コメントで、
こんなすごいことなのに伝わらなかったのかな、と思った覚えがあります。

なぜ宇宙のことに興味を持っていたかというと、
ものごとがどうなっているのか、という本質を知りたかったからだと思います。
テレビや、ニュースや、雑誌や、
そういった日常的に「普通」な情報だけではなく、
宇宙には、もっと本質的な何かがあるのだろうということ、
それを知りたいという思いがあったからだと思います。

人の心への興味も、それと同じものです。
結局、人にとっては、自分の心が宇宙だからです。
心理学と物理学とで迷った結果、
「モノではなく、人をやろう」という理由で、心理学を選びました。

だから、基本的にはきっと、人が好きなのだと思います。
人の心が織り成す、いろんなネガティブな思いなどに関わり続けていると、
ときにはしんどくもなります。
それでも嫌になることなく、カウンセラーを続けていられるのは、
あらゆるものの奥にある本質への興味と、
それを見て生きていたいという思いがあるからだと思います。

目に見える出来事は、あらゆるものが雑多に無秩序にあるように見えますが、
その奥には、美しくシンプルな本質があると感じます。
非日常的に思われるかもしれない、そのような本質への思いが、
わたしにとっては、雑多な日常を生きる力なのです。


芽が出た

なんだか忙しいこの頃。
無理はしないように気をつけなくちゃと思いながらも、
やることがいろいろ・・。

まだまだ冬の寒さですが、
秋に植えたチューリップの球根が、
ちょこっと土から芽をのぞかせています。
あっ芽が出てる♪と嬉しくなります。
春は確実に近づいてきています。


あきらめない力

夢に向かって努力している方によく言うのは、
「絶対にあきらめないで努力をし続ければ、時間はかかってもきっと夢はかなう」ということです。
夢をかなえるために一番必要なことは何でしょうか。
運?才能?
多分一番大切なのは、「あきらめない」ということではないでしょうか。
才能がある人は、たくさんいます。
運のいい人だってたくさんいるでしょう。
でも、いくら才能があっても、運が良くても、
辛いことがあったときにあきらめてしまえば、そこで終わりです。
大変な思いをすることがあっても、何があっても、あきらめないというのは、強さです。
あきらめないという強さは、最大の能力だと思います。

そして、何があってもあきらめないという強さは、
どうしても夢をかなえたいという思い、
何としてでも夢をかなえるのだという決意から生まれます。
だから、思いがあれば、決意があれば、
誰にでも持てるものです。
本当に、夢を実現したいのならば。


覚悟

年末から帰省して、お正月を実家で過ごしてきました。
去年のお盆は帰省できなかったので、久しぶりの帰省でした。
母の作ってくれたものを食べ、よく眠り、すっかり元気に♪
本当に、親というのはありがたいものですね。

ところで今年は龍馬イヤーとなりそうですが、
龍馬が手紙に書いたという言葉に感銘を受けました。
「天下の世話(国を動かすこと)は大雑把なもので、命さえ捨てる気になれば面白いものだ」
というものです。
それだけの覚悟があれば、大抵のことはできる、ということ。
さらに素晴らしいと思うのは、そのような覚悟を持ちつつ、それを楽しんでいるということです。

わたしも、覚悟を決めて楽しんでいこうと思います。


それでも感謝

今年もいろんなことを感じ、体験しました。
喜んだり、幸せだったり、悲しんだり、怒ったり・・
そして思ったのは、「それでも感謝していたい」ということでした。
どんなことが起きても、それをどのような体験にするかは、自分次第だから、
怒ったり、憎んだりしてもいいけど、
それよりもできるなら、感謝していたいと思うのです。
別に、いい人でいたいからとか、感謝しなければいけないと思うからではありません。
そうしていた方が、自分がずっと気持ちよくいられるからです。
人に怒ったり、憎んだりしているとき、
そうしている自分自身の気分が悪くなります。
そういう気持ちは、心を蝕む気がするのです。
だから嫌。
わたしが何があっても感謝していたいと思うのは、
人のためではなく、自分のためなのです。


普通の日々

思いがけず舞い込んできた喪中はがきを見てびっくり・・
知人のご兄弟が亡くなられたとのこと、
まだとてもお若いのに、ご家族はどれだけお悲しみになったことでしょう・・。

どれだけ貴重なものに恵まれていたのかということは、
それを失くしてから気づくのだと、
父が病気になったときに痛感しました。

だから今、暖かい心で毎日を過ごせることの素晴らしさを、
ちゃんと感じていたいと思います。
この普通の日々を、大切に生きようと思います。


聖なる夜に

学校時代もその後も、なぜだかずっと縁があるキリストさん。
高校生の時には、クリスチャンになろうかと思ったこともありましたが、
カトリックの教義にはどうしても納得し切れなくて、なりませんでした。
でもやはりキリストさんは好きな人。
すごく苦しいときにも、
彼が体験した苦しみを思えば、こんなの全然何てことない、と思えて、
乗り越える勇気をもらいました。

その人の誕生を祝う夜に、
大切な人達の幸せを願い、
目には見えないけれど、暖かな思いを心に確かに感じて、
沢山の祝福の中で、幸せを感じて過ごす・・
そんな、これまでの人生で一番幸せなクリスマスが、
あなたに訪れますように・・。


その行動の動機は・・?

つい最近気づいたこと。
自分が「どうしたいか」ということを見極め、それに従って行動することが大切、とずっと思っているのですが、
「こうしたい」という思いには、異なる種類のものが含まれていることに気づきました。
ひとつは、その背後にある理由が「怖れ」であるもの。
つまり、「こうなったら嫌だから」などのように、何かを怖れ、それを避けようとする行動。
もうひとつは、そうしたら楽しい、嬉しい、幸せだから、という理由によるもの。
自分が「こうしたい」と思ったときに、それが前者の理由によるものである場合、
それをしている自分をイメージすると、何かを一生懸命に避けたり、萎縮しているような気分になるかもしれません。
一方、それが後者の理由によるものであれば、
それをしている自分をイメージすると、ワクワクしたり、明るい気分になるでしょう。
真の「こうしたい」は、後者のものだと思うのです。
それに従って行動していれば、
きっといつも、幸せでいられると。


クリスマスケーキ

クリスマスの季節になったので、フルーツケーキを作りました。
洋酒漬けのドライフルーツをたっぷり入れます。
昔は、クリスマスに届くようにと、
何ヶ月も前に作って船便で送ったとか。
それだけ日持ちもし、熟成するほど美味しくなります。

一度に沢山作るので、生地を混ぜるのもちょっと大変 笑。
でも美味しいから、その甲斐あります。
冷蔵庫に並んで熟成中です。


心の筋トレ

辛い体験を乗り越えることは、
人を強くします。
それは筋トレみたいなもので、
何の負荷もなかったら、きっと強くはならないのではないかと思います。
だから、辛い体験を喜ぶのは難しいけれど、
その体験は決して無駄だったり、マイナスなものなのではなく、
強さや、優しさを、もたらしてくれるものだと思います。

辛い体験をどのようにくぐり抜けるかということが、
分かれ目だと思います。
とても辛い状況の中で、
そのまま絶望に呑み込まれて行ってしまわれた方。
一方で、とてつもない大変な状況にありながら、
常に周りのサポートへの感謝を忘れず、
しっかりと歩んで行かれた方。

わたしは、そのような方を尊敬します。
辛い体験を、乗り越えて来られた人を、
その強さを、尊敬します。


小春日和

お日様の光の中で、
心がとろけるように幸せ・・ 


確かなもの

「人を信じられない」という言葉を聞くことがあります。
大抵それと共に言われるのが、「自分も信じられない」という言葉。
「自分を信じているけれど、人は信じられない」という言葉は聞いたことがないから、
きっと両者は、同じことなのかもしれません。

人を信じられないのはなぜでしょうか。
その人が、何かひどいことを言った、あるいは行ったからでしょうか。
あなたにとって、それが実際体験したことなのであれば、
それはあなたにとって本当のことでしょう。
でも、誰かから聞いたことなのであれば、
それは本当ではないかもしれません。
それを言っていた人にとっての「本当のこと」にしか過ぎません。

「本当のこと」は、人によって違います。
自分にとっての真実は、自分が体験するものだけ。
あなたがその人を、いい人だと感じるなら、
その人は、あなたにとっては「いい人」です。
たとえその人が、他の人に対してどんなに酷いことをしていたとしても、です。
自分にとっての真実を、
しっかり見て、
大切にしていきましょう。
それが一番、確かなものなのだから。

人を信じるということは、
自分を信じるということ、
自分が感じることを信じるということなのだと、思います。


サポートし合う世界

わたしは、この世に存在するあらゆるものは、
互いにサポートし合っていると思っています。
仲が良いとか、悪いとか、
そういう表面的なことではなく。
たとえば大嫌いなあの人。
その人に出会ったことで、気づいたことがあった。
自分を変えようと思った。
としたら、その人との出会いは、かけがえのないものをもたらしてくれたと言えるのではないでしょうか。

ときには非難されたり、罵倒すらされても、
そういう人との関わりが、やはり自分にかけがえのない気づきをもたらしてくれることを、何度も体験してきました。
特にカウンセラーとしては、そういうときこそ、大きく成長させていただいたと思います。
だとしたら、やはり「ありがとう」です。

表面的なことだけを見ていたら、見過ごしてしまうかもしれないけれど、
全ての存在は、互いにサポートし合っている。
そういう世界を生きていきたいと思っています。


何ができるか

大河ドラマの「天地人」を見ているのですが、
時折、ハッとする言葉が出てきます。
前回、心に響いてきたのは
「絆とは、相手のために何ができるかを考え続けること」という言葉。
何ができるのか・・
考えてみても、結局いつも以上のことはできないかもしれません。
いつもと同じことをするだけかもしれません。
それでも「何ができるだろうか」と考え続けること、
それが大切なのかもしれないと思います。


春支度

早いものでもう11月。
冬の足音も聞えてきそうな頃となったら、
するのは春支度。
来年の春に咲いてくれる球根を植えました。
チューリップは迷った末に、やっぱり今年もアンジェリケ。
ピンクの八重で、とっても可愛いのです。
水仙は太陽の光のような黄色と、清楚な白の水仙。
同時に咲いてくれたら夢のようにきれいだと思うのです。
元気に咲いてくれることを願って。


「空も飛べるはず」

喜びや感動の涙、
悲しみや苦しみの涙、
いろんな涙を流して、
辛いことも、嬉しいことも、
いろんな体験をして、
そうやって人は、強くなっていくのだと思います。
そんなあなたなら、きっと、どんなことでも、
心から望むことは、かなうはず。


秋色

秋の太陽の光は金色。
午後にはさらにその色を増します。
金色の光に照らされた世界は、胸が痛くなるほど美しい。
この世界が、大好きです。




毎年、秋になると、
朝起きて窓を開けたときに、キンモクセイの香りがする日があります。
それは記憶にある限りいつも、とても気持ちよい天気の日。
毎年、秋を一番実感する日なのです。
今年は、今日がその日でした。
なんてなんて、気持ちのいいお天気。
空気には、自然からの香りの贈り物。
世界は美しいですね。


感謝 その2

今日も生きていること。
いろんなことを感じられること。
そしてこれはいつも思っていることですが、
大切な人達が、存在していてくれること。

何をしてくれるからではなく、
会えなくても、地球の反対側にいたとしても、
たとえ生きてさえいなくったって、
大切な人達の魂が、存在してくれていること。
それが、いつも何よりも嬉しくて、ありがたくて、
わたしを幸せにしてくれます。
それがわたしにとっての宝物です。


感謝

わたしを知る人には、
わたしはいつも冷静で大丈夫そうにしているように見えるかと思いますが、
息もできないほどのの悲しみや、
声をあげて泣くほどの不安を知っています。
そういう体験をしてきているから、
前に進むのが怖いときがあります。

それでも、どうしても前に進みたいと、心は望んでいます。
だから、どんなことをしてでも、自分が歩んでいるこの道を前に進みます。
たとえ這ってでも、ほんの1cmでも。

そう思うと、生きていることがありがたく感じます。
わたしのために動いていてくれる身体があること、
今日も生きて、前に進めることを。


変化

強力な台風が日本列島を通り過ぎ、
空気が入れ替わったような、すがすがしい台風一過の日。
黒人の大統領がノーベル平和賞を受賞し、
友愛を掲げる総理大臣が政権を担っている今。
世界はいつの間にか、確実に変化していると実感します。

きっともうしばらくしたら、
以前には考えもできなかったような世界が、実現しているのだろうという気がします。


感謝し合う世界

わたしが実現したいと、ずっと思っていることのひとつに、
互いに感謝し合う世界を創りたいというのがあります。
世界を創る、というと途轍もないことのように聞えるかもしれませんが、
そんなことはありません。
誰だって例外なく、自分の生きている世界を、自分で創っているのですから。

心理学には、「心的現実」という言葉があります。
それは、人によって、見えている世界、生きている世界は異なり、
それぞれが、自分自身の心がそうだと信じている世界を生きている、という意味です。
喜びに満ちた世界を生きている人もいれば、
悲しみに満ちた世界を生きている人もいます。
そしてそのどれもが、その人にとっては本当の世界なのです。

わたし達は世界の被害者ではありません。
多くの場合は無意識のうちにだけれど、
自分で自分自身の世界を選んで創っているのです。
だから、あきらめたりできません。
自分の心が望み続けている世界を。
悲しみも、絶望も、恨みも、嫉妬も、
そんなものは欲しくないのです。
自分の生きたい世界を、わたしは知っています。
それが実現可能なものだということも。
だからわたしは、自分の望む世界を創ります。


秋の味覚は・・

わたしにとっては、やっぱり「栗」です。
栗となるとテンション上がります。
今年は、栗の皮むき器を購入して、準備万端!
栗を買ってきて、皮むき器を使ってみたら、すごく簡単にむけて、
調子に乗って、買ってきた栗を全部むいてしまいました。
それを全部栗ご飯に投入したから、
栗ご飯というよりはご飯栗と言った方がいいくらいのものに・・。
でもとっても美味しかったです。


自分の素晴らしさを認める

カウンセリングをしていると、人がいかに自分自身の持つ素晴らしさに気づいていないかということを実感します。
頭がいいのに、自分は頭が悪いと思い込んでいる人、
優しいのに、自分は優しくないと思い込んでいる人、
魅力的なのに、自分には魅力がないと思い込んでいる人、etc.
でも、自分の思い込みの中にいると、なかなか自分の素晴らしさに気づかなかったりします。
それは、とってももったいないことだと思います。
だから、それに気づいてもらえるように関わることは、カウンセラーの大切な役割のひとつだと思っています。
それまで気づかなかった、自分の素晴らしい面を指摘される機会があったら、
そんなことあるわけない、と否定してしまわないで(そんなもったいない!)、
それを認めて生きるなら、人生の質は全く変わると思います。


カウンセラーであるということ

わたしは仕事を尋ねられたときには「カウンセラーです」と答えています。
臨床心理士には、自分のことを「セラピスト」や「治療者」と呼ぶ人が多いのですが、
わたしは「カウンセリング」をしっかりやりたいという思いがあるので、そう称しているのです。
それは、「○○セラピー」などの、目先の変わった方法や技法よりも、
相手にしっかり向き合って対話し交流するという、真の意味でのカウンセリングを行うことの難しさと、
同時に、それこそが「人が変わる」という最大の奇跡をもたらしうる手段であることを知っているからです。
なんでこの仕事を?と考えることもないくらい、カウンセラーになることはわたしにとって自然なことでした。
そしてそれは、ただの職業選択ということにとどまらず、
カウンセラーという生き方を選んだのだということなのだと、最近実感します。
それはなかなかハードな道です。
ですが、わたしはこの道を、前に進み続けます。
前に進む以外に選択肢はないし、
それは、他の誰でもない、自分自身の望みだからです。


自信を持つ

自分に自信がなくて、
自分に自信を持ちたいのなら、どうしたらいいと思いますか?

自分の素晴らしさに自信を持つ、と「決めること」だと思います。
その時点で、自信が感じられなくってもかまわない。
弱さがあっても、
この先どうなるのか不安だと感じていても、かまわない。
そういう自分を否定するのではなく、
そのままを認め、
そしてそれでも、自信を持つ、と決めることだと思います。

いつだって、決意することがスタート。


青空

「幸せでありたい」
そう願うのは、当たり前のように思えますが、
無意識的に「自分は幸せになってはいけない」という思いを抱えていることがあります。
例えば、大切な人が亡くなった後。
しばらく落ち込むのは当然ですが、その後、自然に元気が戻ってくる時期になっても、
「大切な人が亡くなったというのに、楽しんではいけない」という思い、
幸せであること、楽しむことに対する罪悪感を持つことがあります。
そのような罪悪感を抱えていると、自分で自分が幸せになることを許さないのです。

そのようなことがあることを知っているから、
わたしは不必要な罪悪感を持たないようにとしてきました。
いつもそのときにできる精一杯のことをしているのですから。
それでも、自分の中にこれまで気づいていなかった罪悪感があることを知りました。
ずっと前の、もう過ぎ去ったことへの。

近くの公園で空を見上げたら、
藤棚の緑の向こうに、驚くほど青い空がありました。
空はこんなに青かっただろうか・・
これ程の青さに気づいたのは初めてかもしれないと思いました。

なんでもないこと。
いらなくなったものは、手放してしまえばいい。
そうすれば、そこには、
幸せに満ちた、青い青い空が、あるのだと思います。


何度でも

テレビドラマの「救命病棟24時」シリーズが放送されるようですが、
前シリーズの主題歌だったドリカムの「何度でも」という歌が好きです。

困難だからといって、あきらめない。
障害があるからといって、あきらめない。
簡単には行かなくて、毎日毎日、無数の努力を続けていかなければならないとしても、
微かにでも、光が見えているのなら、
その光をしっかりと見詰めて、そちらに向かって歩き続けていけば、
必ずそこに到達できると、思っています。
生きたいのは、あきらめや悲しみではなく、
希望だから。


理想

「このような現実を生きたい」と思い描いた理想。
そこに至る道程の中で出会う、障害や困難を乗り越えることで手一杯になっていると、
忘れかけているときがあります。
自分が何を実現しようとして、この道程を歩んでいるのか、
急な坂道をよじ登ることで大変になっているときには、
それを忘れかけているときがあります。

そのことに気がつかされ、
思い描いた理想を、もう1度、
しっかりと見つめていこうと決めたなら、
以前ははるか遠くに見えていた理想が、
意外と遠くない所にあるような気がします。




朝、思わず「ゲリラ」という言葉が浮かぶほどの土砂降りの雨が降りました。
出かける頃にはやんでいました。
なんて気持ちいい・・
いらないものが、全て洗い流されたような。
生まれ変わりの、雨。


プレゼント

家から一歩外に出るだけで、
数え切れないプレゼントをもらいます。
通りすがりの家に咲いている、色とりどりの花達。
公園に立ち寄ってみれば、夏でも頑張って咲いている、可愛いバラ達。
今を盛りと咲き誇る、白い芙蓉の木。
世界は、輝いています。


クスノキ

先日、夢で亡くなった父に会いました。
子どもの頃のように、父の身体にもたれていて。
目が覚めた後、父に会いたいと、泣いてしまいました。

その日、ふと思い立って武庫川の河川敷に下りました。
すてきなクスノキがあるのです。
その木の下で、木の幹にもたれて座りました。

途端に泣けてきました。
そして気がつきました。
この感じは、夢の中で、父の身体にもたれていたのと同じだと。
しっかりとそこにいて、
一瞬の例外もなく、
ただただ、愛だけを与えてくれている。
その感覚が、同じものだと気づきました。

そして、わたしもそのようになりたいと思いました。
なれるだろうか?
きっとなれる、と思いました。
どうしよう、こうしようと考える必要などなく、
いらないいろんなものを捨てて、ただあるがままの自分になりさえすれば、
きっとなれるのだろう、と思いました。
そして、自分がそう思えたことを、
とても嬉しく思いました。


甘い香り

最近ベランダに出ると、美味しそうな甘い香りがします。
「?」
よく見ると、ワイルドストロベリーが、小さな赤い実をたくさんつけています。
だから、いちごの甘い香りが漂っているのです。
食べれるのかな? 食べたことないけど・・


フォーカス

毎日いろんな出来事があると、ぼやけてしまいそうになるときもあるけれど、
自分にとっての大切なものは何なのか、
それに気づけるなら、全ての体験は無駄じゃない。

大切なもの、それをあらためて感じたなら、
もっとそれにフォーカスしていこう。
時はあっという間に過ぎていくようで、
でもその中に、無数の体験が含まれている。
それらの全てが、大切なものにつながっている。
それを忘れずに、大切なものにフォーカスし続けていれば、
そのうちに、少しずつ、
ハッキリと見えてくるだろう。
大切なものの、現実の姿が。


大切なもの

病や大切な人の死は、辛い体験です。
でもそれは、ただ辛いだけのものでしょうか。
わたしはそうは思いません。
なぜなら、それらの体験は、
わたしに「自分にとって何が大切なのか」を気づかせてくれたから。

そのときは本当に辛くて、絶望しそうになった体験も、
何年も後になって、真実に気づいたとき、
過去は癒され、
何ものにも換えがたい、変わることのない幸せをもたらしてくれました。

あなたもするかもしれない、辛い体験の中に、
悲しみや絶望ではなく、
自分にとって大切なもの、宝物を見出せますように。


変化

人生において、大きな変化を体験するときがあります。
ときには、とても大きく重要な変化をすることがあります。

さなぎが蝶になるプロセスのように、
いらなくなったものは捨て去られ、自分が組み変って行き、
そうやって新たな自分が生まれ出てきます。
自分が変化していくその過程は、多少の辛さを伴うこともあります。
これを読んでいるあなたも、その最中かもしれません。
あるいは、いつかそれを体験するかもしれません。
そのときには、どうか、
その変化は、より素晴らしい自分になるためのプロセスであることを、
忘れないでいてください。


当たり前ではない日常

インフルエンザの影響で、ここ関西地区ではいろいろと生活に影響がありました。
急遽学校や公共施設が閉鎖となり、とまどったり困った人も多かったのではないでしょうか。

普段は当たり前で、何とも思わずに日常生活を送っていますが、
そのような普通の日常生活ができることのありがたさを感じる機会となりました。


プロセスを楽しむ その2

大切なのは結果ではなく、
そのプロセスの間で、どんな体験をしたか。
体験させてもらっていることが、どれだけ自分を成長させてくれていることか・・
それを思うと、全てのことに感謝しかありません。


プロセスを楽しむ

人生は体験の連続。
結果ではなく、そのプロセスを体験していくことが重要なのだと思います。

そうすると自分で決めたからには、
何があろうとも、そのプロセスを楽しむしかありません。
楽しむのが難しいときでも、
それでもできる限り、楽しむ。
今のこの体験は、今しかできないものなのだから。

自分が望み、そうすると決めたことしか、
絶対に現実にはならないのだから。
だからそのプロセスを、
できる限り楽しみます。


求めるもの

尾崎豊さんの「僕が僕であるために」という曲に、
「正しいものは何なのか それがこの胸にわかるまで」という歌詞があります。
宇宙はどうなっているのか
真実は何なのか
子どもの頃からずっと、それを知りたいという思いがありました。

混乱していた若い頃と違い、
今は、真実は何なのかということは、自分なりにはわかってきている気がします。
何が正しいとか、間違っているとかいうことではなく、
自分が求めているものが何なのか、
自分にとっての真実が明確になってきたからです。

どれだけ時間がかかるとしても、
もし人生が1回限りではなく、今生では無理で、次の生までかかるとしても、
絶対に実現すると決めています。


グラン・トリノ

素晴らしい映画です。
淡々としていながら、味わい深く、
込められているメッセージは、何よりも熱い。
本当に素晴らしい映画です。


咲いています

大量のつぼみをつけていて、
どうなるかと思っていたベランダのバラが、いっぱい咲いています。
この調子だと、ちゃんと全部咲きそうです。

なんであんなにいっぱい咲くんでしょう。
バラの気持ちになって想像してみます。
バラ自身が、咲きたくてたまらないから。
咲いたら、バラ自身が嬉しいから・・


戦うべき相手

若い頃は、競争相手は他人だと思っていました。
あの人には絶対負けたくない、と思ったりもしました。
でもいつの頃からか、人のことはどうでもよくなってきました。
戦うべき相手は、他人ではなく、
自分の中にある不安や恐れこそが、
自分にとっての最大の脅威であると思うようになったからです。
だから、絶対にそれらに負けない、支配されない。
何かをどうしようかと迷うときには、
失敗するかもしれない、傷ついたら嫌だ等の不安に負けて「やらない」選択をするのではなく、
どんな体験になったとしても、やってみてよかったと思いたいのです。
だって、それらに負けて、やりたいことをやらなかったら、
失敗はしないかもしれないけれど、何も得ることができないから。


体験

人を見ていると、どうして?と思うようなことも、
自分が同じような状況になってみると、
そのときに心の中にどのような思いが湧き、どのように感じるのかということがわかります。
身をもって体験してこそ、わかることです。
だから、全てが貴重な体験なのだなぁと思います。


新芽

昨日の朝、ベランダのバラを見たら、
すごく沢山の蕾が出てきて、驚きました。
前日には、そんなのなかったと思うのに、
いきなり大量に出てきていたので。
植物って面白いです。
こんな小さなベランダガーデンでも、
自然ってすごいです。


思いの強さ

心の思いには、強いものと、そうでもないものがあります。
強い思いを抱くことが多い人は、そうでない人よりも、悩んだり苦しんだりすることが多いのではないかと思います。

物事について、さして強い思いを感じなければ、
あまり悩むこともないでしょう。
どうでもいいと思えないから、
自分にとってとても大切なことだから、
だからこそ悩みもするのです。

思いの強さは、苦しみをもたらすこともあるけれど、
それは精神的なパワーでもあると思います。
強い思いを抑え込むと、心身にいろんな不調が出ます。
心理的エネルギーは、それだけ強いものだからです。

じゃあどうすればいいのか・・。
思いを抑え込むのではなく、
その思いに従っていくということではないでしょうか。
自分で自分を抑え込んで生きるのではなく、
本来の自分が望んでいるように、生きていくということではないでしょうか。
心の強い光を閉じ込めずに、
その光を放っていけたなら・・
自分も人も、そう在れたら、どんな世界になるのでしょうか。




新年度になり、何だか気分も新たです。
お正月よりも、そういう感じがします。
桜も、やっと見頃になってきましたね。

父が亡くなる前の数年は、毎年、車椅子を押しながら桜を見ました。
父が入院している年は、病院の桜を、
在宅している年は、近所の川沿いの桜を。
母はその度に父に、「今年も桜が見れてよかったね」と言いました。
そのときは何とも思わずに聞いていた、その言葉の意味が、
今はよくわかります。
そのときには、これで最後になるとは、思いもしていませんでした。
まだまだ何年も、同じ様に見れるものと思っていました。

見ると1年が巡ったと実感する、特別な花。
1年、1年、歳を重ねて、
自分は前よりも、大きくなれているでしょうか。
優しくなれているでしょうか。
いつも支えてくださっている方達に、幸せをお返しすることが、
できているでしょうか。


すごかった・・

ちょっと前のことになりますが、
WBC決勝戦、すごかったですね。
丁度お休みだったのもあり、
普段野球を見ないわたしですが、見てしまいました。
出かけるつもりだったのに、延長戦で出るに出られず・・ 笑。

なんといっても最後のイチローは、本当にすごかった。
見ているだけでも、「今すごいことが起きている」と感じました。
後でイチローがインタビューで言っていたように、
本当に神、降りて来ていましたよ 笑。



自分の定義

大河ドラマ「天地人」の題字が展示されているのを見ました。
その名のとおり、天と地と、あらゆる方向に拡がって繋がっていくように感じる書です。
それを見て、「自分」の定義というものについて思いました。
自分とは、何でしょうか。
どこまでが、自分なのでしょうか。
この身体だけが、自分なのでしょうか。
強い絆で繋がっている人の幸不幸は、
自分にとって、自分自身のことと同じように大切です。
人の気持ちを、自分のことのように感じることもあります。
ならばそういう人は、
広い意味での「自分」であると、言えなくもないのではないか・・
さらには、縁ある人々との繋がりも、
同じように言えるかもしれません。
天と地と、人々の中で生きていて、
広く捉えるならば、それら全てが、大きな「自分」と言えるかもしれない・・
そんなことを思っています。



ストーリー

誰もが、自分だけのオリジナルストーリーを生きています。
誰もが、自分の物語の主人公です。
どんなフィクションよりも、
驚異に満ちた、現実の物語。
そして、縁ある人々との繋がりは、ウェブ(クモの網)のように拡がっていて、
そのどこにも中心はなく、
そのひとり、ひとりが中心として輝いています。
一歩前に進むごとに、
少しずつ少しずつ、見えてくる新しい世界。
一体何が起きるんだろう。
ワクワクしながら、進んで行きましょう。



拡がり

日々の生活の中で感じることを通して、
心は少しずつ、拡がっていきます。
誕生以来、拡大を続ける宇宙のように、
毎日、少しずつ、拡がっていきます。

今見ている世界は、
以前に見ていたものとは異なります。
拡がった心で感じるのは、
これまでに体験したことのない、新しい世界です。

前に進んで行くために、
何かを否定したり、切り捨てたりする必要などなく、
全てが優しさの内に包み込まれていくのではないか、という気がしています。
自分が生きたいのは、そういう世界なのだと、
最近、思い始めています。



宮沢賢治

子どもの頃に絵本か何かで読んだきりで、
あまりちゃんと読んだことがなかった宮沢賢治。
「銀河鉄道の夜」を読んでみました。

なんて美しい話なのでしょうか。
あまりの美しさに、切なくなります。
このような感性を持ってこの現実世界を生きたことが、
どれだけ辛く、
またどれだけ幸せなことだっただろうか・・と思います。



本当に春

春を迎えるような雨が1週間程続き、
いよいよ、本格的に春がやってきました。
秋に植えた水仙の球根も、
今日、最初の花が咲き始めています。

暖かさは嬉しいことです。
寒いのが苦手だから・・ 笑
でも、冬の寒さも大切だと思います。

これまでの体験を振り返ってみると、
辛い思いを体験することによって、大切なことに気づくということが、よくあります。
辛い思いをしたいとは思いませんが、
でもそのような体験を通して気づいたことは、
自分にとって、とても大切なことだと感じています。

だから、辛い思いをすることも、全然無駄ではないと思います。
その最中には、なかなかそう思い難いかもしれないけれど。

辛い思いをした分だけ、
幸せを、より一層、感じられるようになるのだと思います。
そのような思いを体験したことのない人には、
想像もできないような幸せを。
それって、とってもラッキーなことだと、思いませんか。



支え

以前、ある職場を退職する際に感じたことがありました。
多くの同僚達がいて、中にはずっと苦手だった人もいました。
それらの人達全てが、わたしを支えてくれていたのだと感じたのです。
いつも一緒に仕事をしていた人達はもちろんのこと、
ずっと苦手だった人も、
顔を合わせたことはなく、電話でのやり取りだけだった人も、
その職場で関わっていた、全ての人達が、いつもわたしを支えていてくれたのだと、
根拠はありませんが、そう感じたのです。

今も同じです。
関わる全ての人が、支えてくださっていると感じます。
言葉に表せないほど、ありがたいことだと感じています。



春が来た

昨日の朝、起きたら春になっていました。
気温はまだ低い日があるかもしれませんが、
確実に春がやって来ています。

今与えられているもの全てのありがたさを感じながら、
ただ流れのままに楽しんで行きます。



豊かさ

わたしは、自分は恵まれていると思います。
目には見えないものに、
豊かに恵まれていると感じます。

カウンセラーになろうと決めたのは、
「人にとって一番苦しいのは、心が苦しいことだ」と思った、高校生のときです。
そして今でもずっと、
一番大切なのは、心が幸せだと感じられることだと思っています。

「大切なものは目に見えない」と言ったのは、星の王子様だったでしょうか。
そのとおりだと思います。
大切なものは、目には見えないのです。
でも、心で感じることができます。

表面的な出来事だけを見ていたら、
不安や不満を感じるかもしれません。
でも、心で感じてみれば、
自分がどれだけ豊かに恵まれているかわかり、
だからすごく幸せだと、感じられるのです。



バラの花が・・

昨日は、この冬一番であろう寒さでした。
そんな寒さの中、自宅ベランダでは、バラの花が咲きました。
寒さ真っ只中のこの時期に、小さいけれど鮮やかな色の花が。
その株だけでなく、別の株のバラもつぼみを付けています。
寒い中でも、咲くつもりのようです 笑。

わたしのイメージでは、誰もが心にそんな花を持っているのです。
自己否定や恐れや、怒りや悲しみや、
いろんなものでギュッと縮こまってしまっているかもしれないけれど、
それらのものを、ひとつずつ、手放していって、
太陽の光や水を注ぎ、大切にしてあげていったなら、
心の花を覆い隠している余計なものは、ひとつずつ、解け落ちていって、
そして美しい花が開くときがくると思うのです。





今日は雨が降りました。
いらないものを洗い流し、
心を潤してくれる、
優しい恵みの雨。
自分が、また少し、クリアーになりました。



どんな場面も

一見、灰色のさえない景色のように見えても、
そこに光を当てて見るなら、
どんな場面も、キラキラ輝いていることがわかります。

普通の、いつもの日常の中に、
これ以上ないくらい素晴らしいものが、あります。

そんな輝きを見逃さないで、
大切に味わっていこうと思っています。



未確認物体

ベランダのプランターに、何かの球根の芽が出ているのを見つけました。
球根を植えていないはずの所です。
「??」と思いましたが、
多分一昨年植えた球根を、咲き終わって取り去ったつもりが、
残っていたか何かで発芽したのでしょう。
見たところ、チューリップっぽい芽なのですが、
何なのかは、咲いてみてのお楽しみです・・。



セザンヌ

お正月に、「セザンヌ主義」という展覧会に行きました。
セザンヌと、セザンヌに影響を受けた画家達の作品を展示する催しです。
セザンヌの絵から、これまでに感じたことのない感覚を体験し、
新しい世界に眼を開かれました。

人物、風景、木、静物、
描かれているものが何であっても、
セザンヌの絵から伝わってくるものは、同じでした。
それは、存在するあらゆるものに対する強い思い、
情熱、と言えばいいのでしょうか・・・。
素晴らしかったです。



年頭に

新しい年が明けました。
年末頃から、精神的にいろんなことを体験しました。
表面的には淡々と過ごしていながら、
内面的には日々いろんな体験と変化の連続だというのは、いつもそうなのですが、
今、新しい地平に眼を開かれた思いでいます。

この先、自分がどのように生きていきたいかという新たなイメージも、見えてきました。
抽象的なイメージなので、なかなか人にお伝えするのは難しいのですが、
それがどのような形で実現化していくのかを、楽しみに見ていこうと思っています。



年の瀬に

2008年も残り僅かですね。
今年もいろいろなことがありました。
予想外の展開もありました。
そして、これまでの人生で、一番幸せな年でした。
ご縁をいただいている、皆様がいてくださるおかげです。
心から、ありがとうございます。

来年はもちろん、もっと幸せな年にします。
いつも、「今が一番幸せ」と言い切れる、
そのように生きていくと決めています。



クリスマスの思い出

わたしは幼稚園児にして、既にサンタクロースについては現実派でした 笑。
大方、兄か姉から吹き込まれたのでしょう。
幼稚園に来るサンタクロースは園長先生だとわかっていて、
友達に「サンタクロースは死んだんだよ」と話していたのを覚えています・・ 汗。

でも、親の期待を裏切ってはいけないという思いからか、
わたしは親に対して、「サンタクロースを信じている」振りをし続けました。
「サンタさんへの手紙」を書いて母親に渡し、
クリスマスの朝に枕元に置いてあったプレゼントを、「サンタさんがくれたもの」として親に見せに行ったものでした。
プレゼントもですが、
親が「よかったね〜」と嬉しそうにしてくれるのが、嬉しかったのです。

クリスマスはキリストの誕生を祝う日だけれど、
別にキリスト教徒じゃなくても、
それを望む全ての人に、優しい祝福が振って来るときだという気がします。
この文章を読んでいるあなたの心に、
これまでの人生で、一番幸せなクリスマスが訪れますように。





数年前、わたしは「このような現実を生きていきたい」という夢を思い描きました。
気がついてみると、今わたしは、そのように生きています。
同じような生活をしていても、
同じような仕事をしていても、
今わたしが生きている現実は、以前とは違います。
自分の在り方が変わったから、
自分の体験や感じ方が変わり、
生きている現実が変わったのです。

簡単にここまで来たわけではありません。
絶望の淵に立ち、その暗闇に呑み込まれそうになったこともあります。
そんな所から、ここまで、歩いてきました。
かけがえのないサポートをいただきながら。

絶対に自分の心が望むものを実現する。
絶対にあきらめない。
いつも、そう思っています。
絶望の辛さを体験したことがあるからこそ、
多少の辛さなど、どうということもないと思えます。

明るい光の中にずっといたら、それが当たり前と思うかもしれません。
暗闇を体験したからこそ、
光の素晴らしさ、ありがたさを感じられます。
全ての体験が無駄ではなく、
それらを体験してきたからこそ、今のわたしがあります。

道程には、いろんなことがあります。
何があろうとも、絶対にあきらめないという思いで、歩き続ければ、
きっと自分の心が望む夢を実現できると、感じています。



秋色

帰り道、通ったことのない道へ行ってみました。
川沿いの土手に、知らなかった小道を発見!
両脇に植えられた桜が、紅葉のトンネルを作っています。
地面は一面、オレンジや黄色の葉っぱの絨毯です。
人気のない小さな道は、今まさに秋色。
宝物を発見したように嬉しくなりました。



2度とない瞬間

先日テレビで見た、宮崎駿さんが話していた言葉が、とても心に響きました。
それはこんな内容のお話でした。

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ある子どもが、どんな大人になるかと言ったら、つまらない大人になるに決まっている。
どんな大人になるのかが重要なんじゃない。
子どもである今のときに、どんな体験をし、何を感じるかが重要なんだ。

ある日スタッフの小1の子どもがアトリエに遊びに来た。
帰る時間になっても帰りたがらなくてグズグズ言っているので、車で駅まで送ってあげると言った。
車に乗ってもグズグズ言っているので、車の屋根を開けてあげようかと思った。
パッと気分が変わるから。
でもそのとき、雨がパラパラと降ってきた。
それで一瞬ためらった。
そして開けないまま駅に着いてしまった。
「しまった〜」と思った。
小1のあの子に、屋根を開けてあげるチャンスは、あの時しかなかったのに。
案の定、2度とチャンスは訪れなかった。

子どもに対してだけじゃない、大人に対しても同じだと思う。
「そのとき」という2度とない瞬間にためらってはいけない。
-------------------------------------------------------

2度と訪れない「今」を、
悔いないように楽しみたいと思います。



冬支度

秋も深まってきましたね。
自宅のささやかなベランダガーデンも、そろそろ冬支度です。
好きな色を選んで買ってきたヴィオラの名前を見たら、
「スウィートハートリカ」「ブルーベリーパイ」・・
何だか甘くて美味しそうです 笑。
少し前に植えたムスカリの球根が、あっという間に芽を出して驚きました。
既に葉を大分伸ばしています。
春に咲くはずなのですが・・。



人と関わるということ

人は、その人自身が自分で変わろうとしなければ、変わりません。
人を変えることはできません。
でも、人に関わることで、
その人が「変わりたい、変わろう」と思う気持ちになることを、応援することができます。
自分で変わろうと決めることで、
本当に別人のように変わることだって、できます。
だから、人が変わること以上の奇跡はないのではないかと思います。

人は、自分はひとりではないと感じるからこそ、
頑張ろうという気持ちや、前に進もうという気持ちを持てるのでないでしょうか。
だから、繋がっていてくれる方達のことを、いつも本当にありがたく思います。
そして、自分も、関わる方にとってのそういう存在でいられるなら、
こんなに幸せなことはありません。



秋の1日

今日はとっても気持ちのいいお天気でした。
何をしていても、気持ちがいいと感じられる、素晴らしい1日。

生きているだけで嬉しい、というよりも、
存在しているだけで嬉しいという感じです。
嬉しくて、幸せで、涙が出ます。

ありがとうございます・・



交流の効果

先日、うつ状態の方のカウンセリングをしていたときのことです。
脱線しまくりで、いつもと比べてカウンセリングらしいことはあまりお話ししなかったのですが、
ただただ楽しくて・・。
そこで起きていたのは、より純粋な交流だと感じました。
いらっしゃった時点とはうって変わって、生き生きとした様子になられ、
明らかに元気になって帰って行かれました。

カウンセリングにいらっしゃる方の多くは、様々な理由で元気をなくしていらっしゃいます。
交流は、楽しい。
楽しいと元気になる。
それはとてもシンプルなことですが、誰もが何よりも求めていることかもしれません。
だからこそ、それが効果的なのかもしれないという気がしています。



実りの秋 その2

栗を大量に買ってきました。
手作りのマロンペーストを作るためです。
栗をゆでて、実を取り出して、潰して、裏ごしして、と、
かなり手間のかかる作業ですが、やはり生栗から作る美味しさは格別です。
栗の時期は短いのです。
いつまでも手に入るわけではないのだから、
欲しいものは、手に入るときに手に入れておく、というのはここ数年で学んだことです。
今だから楽しめること
今しか楽しめないこと
実りの秋を満喫中です♪



実りの秋

大好きな栗の季節がやってきました。
お菓子作りに、マロンクリームを激しく消費しております 笑。
瓶詰めのものなので、別にいつでも作れるのですが、
やはりこの時期になると栗を材料にして作りたくなります。
栗って、とても「実りの秋」という感じがして、幸せになります♪

秋は実りの季節です。
これまでやり続けてきたことが、少しずつ確実に実を結んできていることを感じます。
ありがたいことです。



繋がり

そう思うことの良し悪しはともかく、
大切な人達には、何としても幸せでいてほしい、という思いが強くあります。
人と人との繋がりは、これまで思っていたよりも、もっと深いものなのかもしれないと感じます。
大切な人が悲しかったら、自分も悲しい。
だから、誰かに幸せでいてほしいと望むのは、自分のためなのだと思うのです。
最近よく、母校の創立者の言葉を思い出します。
「天国に一人で行ってはいけません
お友達と一緒に行きなさい」
それは、自分だけ幸せになってはいけない、という意味ではなく、
大切な人達の幸せなくして、自分だけ幸せになることはできない、ということだと感じます。



感動その3

先日、京都にある「オ・グルニエ・ドール」というケーキ屋さんのタルトを頂いたのですが、
感動しました・・。
人気のケーキ屋さんにあるような華やかなケーキではなく、
なんでもない地味なタルトなのに、
なんでこんなに美味しいのか?と不思議になるような味なのです。
作っているシェフの「美味しいものを食べてもらいたい!」という真摯な情熱が、伝わってくる気がしました。
わたしも、こういうカウンセリングをしてきたい・・と思いました。



歩み

最近出会った方にはわからないかもしれませんが、
わたしは以前から今のような自分だったわけではありません。
自分の在り方は、以前とは全く違います。
と同時に、ずっと変わらない部分もあります。

どんなときでも、自分のやれることをやって、歩き続けること。
それしかないし、
そうすることで、必ず前に進んで行けるのだということを、
わたしは自分の体験から言うことができます。
速くなくたって、凄くなくたっていい。
亀のような歩みかもしれないけれど、
一歩、一歩、歩き続ければ、
想像もしなかったような世界に、辿り着くこともできるのです。

ひとりでは、ここまで歩いてこられませんでした。
気づかせてくれる人、
光を見せてくれる人、
共にいてくれる人がいなければ、ここには来られませんでした。
いろんなものが支えてくれていると思いますが、
一番支えてくれている存在は、やはりいつでも「人」です。
それが何よりも大切だと思っているのが、わたしの、ずっと変わらない部分です。

出会うべき人に出会い、共に過ごせることが、
わたしにとって一番の幸せです。



買い物

買い物しているときに、ふと気がつきました。
出会うお店の人達から、素敵なものをいただいていることを。
八百屋のお兄さんも、
雑貨屋のお姉さんも、
お肉屋さんの外国人のお姉さんも、
スーパーのレジの人も。
ホンの短いやりとりの中での、
さりげない気遣い、笑顔、温かさ・・
それらをいただいていることに気づいて、幸せを感じました。



七夕

七夕と言えば、お願い事。
どんな望みも、願わなければかないません。
そして、心からの望みは、願い続け、行動し続ければ、きっとかなうと思うのです。
現実は、自分で創るもの。



感動その2

最近観た映画に「西の魔女が死んだ」があります。
傑作と言われている児童文学の映画化です。
不登校になった中学生の女の子が、お祖母さんの家で夏を過ごし、
あらゆることを感じ、体験することで、成長していくという話なのですが、
泣きましたー 笑。
主人公が抱いている死についての恐れなどは、
自分も思春期の入り口の頃に感じ、悩んだ時期があり、
その年頃の子どもの心が、とてもよく描かれていると思います。

お祖母さんが、主人公の女の子にくれた、かけがえのない、大切なもの。
少女だったことのある、全ての人にお勧めの映画です。



感動

考えてみれば、わたしはよく泣きます。
感動する映画なんて観たら、てきめんですが 笑
そうでなくても、日常生活の中でも、ときどき泣いています。
悲しくて、ではなく
感動して
嬉しくて
ありがたくて。
そんな涙が、心をさらに、開いていってくれるような気がします。

いろんなことを感じると、辛いこともありますが、
何も感じないで生きていくよりも、
開いた心で
胸が痛いくらいの感動を
たくさん感じて生きていこうと、わたしは思っています。



自分を許す

この仕事をしてきていて、
絶望しそうな気持ちでいる人達が、たくさんいることを知っています。
それでも、
どんなに多くの悲しみや後悔があっても、
自分を責めることをやめて、
自分が幸せになることを許してあげられるようになるように。
あきらめなければ、時間がかかったとしても、
必ずそうなれると信じています。



素直

つい思いとは裏腹の態度をとってしまい、
誤解した関係のまま、過ぎてしまったことがありました。
十数年も後になって、それが誤解だったことに気づきました。
十数年前の自分には、仕方のないことだったと思うし、
そのことに気づける自分になったことが嬉しいです。

心でどんな風に思っていても、それを言葉や態度で表さなければ、普通は伝わりません。
自分の心に素直になって、それを真っ直ぐに伝えることの大切さを感じます。



シンプル

日々、いろんなことに出会います。
いろんなことを考えると、物事が複雑で難しく見えて来たりします。
でも、大切なことは、本当はとてもシンプル。
自分の心が望むことを、いつもしっかり見続けること、
決してそこから揺らがない自分でいようと思っています。



父の机

わたしが自宅で20年来使っている机は、50年近く前に作られた父の机です。
昔の家具ならではの、頑丈な木の机。
傷だらけですが、この机がとても好きです。

末子なので、母にいつも、わたしが父といられる時間は一番短いんだからと言われていました。
思いがけなく早く、父は逝きました。
でもその前に、ただ共にいられることが、どれほど貴重で幸せなことか、
それを感じながら一緒に過ごした時間を持てました。
一緒にいた時間は、一番短かったかもしれません。
でも、共に過ごせた時間は、最高のプレゼントだったと思います。





学生のとき、アメリカに行って帰ってきたとき、飛行機が何時間も遅れました。
ようやく着いて到着ロビーに出ると、そこへ今やってきた風情の父と兄が・・。
帰る日は教えていたけれど、どの便で何時に帰るとも言っていなかったのに。
わたしを迎えに行こう、ということになって、ドライブがてら空港までやって来て、
飛行機の離着陸を見たり、空港内を見学したりして遊んだ後、適当に到着ロビーに来たらしいのです。
時間も知らないで来たのに、丁度わたしが到着して出てきたところでした。
わたしは「家族だから・・」と不思議にも思いませんでした。

家族など、絆で繋がっている相手とは、そういうことがあると思うのです。
言葉もとっても大事なのだけれど、
言葉にしていなくても、わかっちゃったり。
大切に思っている相手のことがわかる。
不思議でもなんでもないことだと思うのです。



気づき

何年カウンセリングをやっていても、
数ヶ月に1度位に、新しい、大切な気づきがやってきます。
そして、それまでそれに気づいていなかった自分に愕然とします。
でも、気づけたことは本当にありがたいことで、
それによって、より効果的なカウンセリングを行うことができるようになるのです。
日々、学びと成長は続きます。
きっといつまでも。



移り変わり

自宅のベランダでは、植物たちが繁茂しています 笑。
冬のシーズンを彩ってくれた花達が終わったので、
夏の花に植え替えました。

季節が移り変わって行きます。
現実も、移り変わって行きます。

幸せな季節を過ごしたからといって、
そこに留まろうとは思いません。
だって、もっと幸せになりたいから。

どんなに形が変わって行っても
いつも存在するものがあります。
それを心で感じられるから、
変化していく現実を楽しめます。

ご一緒に楽しんでいきましょう♪



願い

カウンセラーは相談をお受けしている方に期待をしません。
こうなってほしいとか、
こうであってほしいとか、
自分の期待を押し付けないように、気をつけなければいけません。

それでも、どうしても、いつも願っています。
どうか、いつも幸せを感じて生きて行かれるようになりますように。
そして、もう2度と、悲しみに呑み込まれませんように・・。



ホットケーキ

ホットケーキを焼いていると、いつも幸せな気持ちになります。
卵多目にした種を混ぜて、フライパンに流して、
しばらくすると表面に泡がフツフツできてきます。
頃合を見てひっくり返すと、焼き色がついていますが、
いつも1枚目はまだら模様 笑。
2枚目はきれいな焼き色になります。
卵が多いので、ベビーカステラに近い黄色になります。
角切りにしたバターをのせて、
メープルシロップは好きなだけ。
そのプロセスの全てが、何だかとっても幸せ感をもたらしてくれます。



新緑

近所の公園に行きました。
新緑がとっても綺麗です。
木が、草が、たくさんいて
それらの優しさを感じて
そんなにも沢山、いてくれることが嬉しくて
涙が出ました。

いい歳してナイーブ過ぎる? 笑
でも、そんな風に、いろんな所で
ときどきこっそり、泣いています。



「頑張れ」

「頑張れ」と言ってくれる人が好きです。
それは、無理をしろとか、自分のやりたくないことをやれという意味ではなく、
「自分の望みを実現するために、努力し続けなさい
そうすれば、きっと実現できるから」
という、応援だと感じるからです。

「そのままでいいよ」と言うのは楽です。
言われる方も、努力を要求されないので、楽ではあるでしょう。
そこに良い悪いはないでしょう。

でも、地道に努力し続けることが、大きな変化をもたらすこと、
心からの望みは、それによって実現するということを、知っているから、
わたしは前に進み続けたいと思っています。
だって、それが何より、楽しいから。



顔が変わる

カウンセリングの効果はいろいろありますが、
そのひとつに「顔が変わる」ということがあります。
表情や顔色で、印象が変わるということはよくあることですが、
そういうレベルではなく、別人のようなお顔に変わることがあります。
瞳がパッチリと輝き出し、全体にスッキリして・・
何が変わったのかと考えてみると、そういうことは言えるのですが、
そういう言葉では表現できないような、文字通り別人の、魅力的なお顔になります。
拝見していて、ビックリするくらいです。



会える嬉しさ

ずっと会社や公的機関、学校の中でカウンセリングをしてきましたが、
5年程前から、いずれは自分で開業を・・という思いを持っていました。
これまでは、勤めている場所の規定により、カウンセリングに来ていただける方が限られていましたが、
今は来たいと思ってくださる方に、来ていただくことができます。
そんな当たり前のことが、できるようになったこと、
皆さまにお会いできることを、本当に嬉しく思っています。



サポート

本当に必要なものしか置きたくないので、
カウンセリングルーム・レイは、とてもシンプルな空間です。
どうしても必要なもののひとつが、緑の植物。
カウンセリングをサポートしてくれている、心強い仲間達です。

部屋の窓を開けると、
建物の外壁に、新緑のアイビーが繁っています。
ここでも、ちゃんとサポートしてくれてる♪と、
見る度嬉しくなります。



何でもない毎日

GWも終わりましたね。
いつものことですが、実家に帰省しました。
そしてまた、日常の生活に戻ります。

毎日のなんでもない生活も、
その積み重ねが大きな変化をもたらします。
だから、どんな1日も、おろそかにはできないと感じます。
特に今年は、大きな変化が進行していると感じるから、
いつどんな、予想がつかないようなことが起きるかもしれないと感じるから、
そのために、今日やれることをしっかりやろう。
そんなふうに思って、過ごしています。