PROFILE         
 
  
三井康亘  MITSUI Yasunobu MITSUI Yasunobu     

  ロボット・アーティスト。
  「アクリルロボット」発明者。
  タミヤ『ロボクラフト』シリーズ開発者。
 
  
1947年、大阪生れ。
  高校は、「だんじり」で有名な岸和田市の岸和田高校出身。
  同志社大学では機械工学を専攻するが、アートに興味を持ち中退。
  在学中に描いた絵が京都の画商に買われたことがきっかけ。
  上京して、イラストレーターとしてスタート・・・「平凡パンチ」から教科書まで。
  当時の興味は「ART」と「SF」と「へんな発明」・・・今でも同じですね。
  この頃、「ゴム動力はばたき機」を120機製作。距離200m。滞空時間1分10秒を記録。
  はばたき機の次の興味は、歩行機械でした。。
  1974 「アクリルロボット」1号機誕生。
  1976 NHK教育テレビ『みんなの科学』「サッカーをするロボット」という番組で紹介されました。
  メインは、「スーパー・インセクター」という6本足ロボットで、私の最初のパテント。
  「ロボットでサッカー」というのは、おそらく、これが最初で、ロボカップ他、ロボットカルチャーに影響を与えたようです。
  このあと、20回を超えるテレビ出演。サトウ製薬CM用ロボットを製作したり、結構、活躍。   
  1977 『アクリルロボットの工作』(NHK出版)・・・日本初ロボット工作本・・・らしいです。
  続編『アクリルモーターカーの工作』(NHK出版)『アクリルテクノロボットの工作』(NHK出版
)の3冊は、今ではロボット本の古典となっています。
  初期ロボコンの製作者たち
の参考書にもなったそうです。

      

  
現在のイーケイジャパンの前身である嘉穂無線の「ムービット」シリーズの最初の数台をデザイン。
  この進化型は現在も販売されています。
  そのあと、エポック社から「テクノボット」という名前で商品化。
  いずれも、生産数が少なく、高価だったためか、成功作とは言えなかったと思います。
  1982年ころまで、『ブルータス』『スターログ』等の雑誌でフリーライターをつとめました。
  文章を書くのも好きで、懸賞小説に応募したこともあります。
  挫折が多かったですが・・・超プラス志向で明るく、前向きに・・・
  B型ですから・・・
  チャレンジすることは、大好きです。
  アクリルロボットを作り始めて2年くらいたった頃、私の夢は、このロボットたちが全地球的に繁殖することでした。
  人に話すと笑われたけど、今は、ある程度、実現していると思います。
  タミヤのロボクラフトは世界各地で販売されてますし・・・ 
 
  1983 『ハイテクノロジーアート展』招待作家。
       「ハンズ大賞」の審査員に。第1回から最後の20回目までつとめました。
       ちなみに「三井康亘賞」というのがありました。
  1985 『筑波博』の時、日立館に作品を作りました。
        これ以後、絵画活動再開、「天使」の研究。・・・銅版画、ジュエリーART・・・私の、もうひとつの顔。
  1992 『未来天使』(世論時報社)自費出版。
  1995 『富士山即興曲』(世論時報社)
  2001 『三島デザイン展』招待作家。
       『三井康亘・ロボット展』(沼津庄司美術館)
       再びロボット熱・・・タミヤに3度目の売り込み・・・
  2002 タミヤ『ロボクラフト』として商品化。今も開発を続けています。
       ちなみに、タミヤとロイヤリティ契約を結んだのは、個人では、私だけです。
  2004 『天使の歴史とミステリー』(文芸社)・・・「天使論」エッセイ。
  2005 『タミヤ展』(三島・佐野美術館)作品出品と工作教室。
       静岡文化芸術大学で授業。「遊びとデザイン」というシリーズ。
       以来、毎年、やらせていただいてます。     
  2006 大磯の潟Xペースクリエーターで『九天使シリーズ』ジュエリーをデザイン。 
  2008 『三井康亘・スモールアート展』(LEI JURIGI STUDIO)。
  2010 タミヤ「メカ・スイマー」は、タミヤで、私がかかわった28番目の商品になります。

  B型。 牡羊座。ノンアルコール。 好きなもの・・・モンブラン、ミルクチョコレート。 
  趣味・・・ロボット。自転車は、一時期の熱中ぶりがさめ、普通に楽しんでます。
     
  アトリエ 〒410−1231 静岡県裾野市須山2255−4852  
  nmwbg924@ybb.ne.jp