三頭峠訪問

2006年4月9日(日曜日)。午前10:30琴平小学校体育館前入口を出発まんのう町吉野マルナカ駐車場経由、 車に乗り合わせて三頭峠を訪問しました。町ではこんぴら歌舞伎の真っ最中、学校では新年度が始まったばかりという 忙しい時期ではありますが、ちょっと息抜きに琴南の桜を見ながら(葉桜かも?)三頭峠へ行ってみようと言う事でした。 下記の地図のコースです。阿波街道の金毘羅口からではなく、小学校から出発しました。





東海道の出発地点が日本橋であったように金比羅街道の一つ阿波街道の出発地点は鞘橋でした。 今の「一の橋」の所にありました。鞘橋を渡り、金沢町から阿波町へ。神事場の南で二つに分かれます。 右(西)は祗園橋をわたって石渕を抜け仲南町から猪鼻越え、左(東)は五条庚申堂を抜け、まんのう町を通り三頭越え。 今日のルートは県道438号線の三頭越えです。地図左、マルナカの北の信号を左、吉野から438号線に出て、 地図右下の三頭峠が目的地です。道の駅ことなみを過ぎて三頭トンネルをくぐり、右に大きくカーブして登って行けばもう少しです。 昔の人が歩いて金比羅を目指した道、借耕牛が阿波と讃岐をあえぎながら往復した峠ですが、 私たちは車で楽々と近くまで行けます。駐車場所から300mほどなだらかな道を歩きます。急な坂道はありません。 残念ながら、デジカメを忘れてしまったので、単なる報告だけです。三頭峠の詳細は阿波街道に掲載する予定です。 道の駅ことなみ・東の里(骨董市場)にも寄って来ました。残念ながら時間の都合で美霞洞温泉での入浴は出来ませんでした。



2010年10月17日(日曜日)。午前8:30琴平町役場を出発久保神社経由、車に乗り合わせて三頭峠を訪問しました。 初めての訪問の人もいますし、何回も来た人もいます。当日の主な写真を掲載します。

久保神社は古くからこの地にある神社で地元の人は「くぼのみや」と呼んでいます。社叢は香川県自然記念物に指定されていて、秋祭りが終わった後の境内はさっぱりとしていました。
道標は元この神社の前にあったと推定されます。 「右しおいり左さんとう」と彫られています。現在榎井旗岡の道端にひっそりと佇んでいます。 いつ頃移転されたかは不明ですが、この地の前には斜め前、道の反対側にあったそうですので、少なくとも2回は引越したようです。

久保神社 道標

久保神社から炭所西へ、土器川沿いの県道438号線を南下、街道一大きいお化け燈籠を見学しました。慶応元年建立の燈籠は元の位置から東へ移動されたものだそうです。象頭山と剣山に奉献されたようです。

奉象頭山 献剣山

途中寄り道しました。中寺廃寺跡と荒神の名水です。中寺廃寺跡は看板から大分距離があるので場所の確認だけでした。山道の下には広い駐車場と簡易トイレが設置されていますので、便利が良くなっています。機会を見つけてもう一度来たいものです。
荒神の名水は何回も来ましたが、今回もかなりの人達が来ていました。冬の雪道は通行が非常に困難になります。

中寺廃寺跡への看板 荒神の名水

元の道に戻り、二つのトンネルを越えて右折、山道を登ります。もう一度寄り道、立見山鳥居を見に行きました。安政6年建立のこの鳥居の下が相栗峠超えの阿波街道です。道はなくなり、昔の面影はどこにもありません。上から見ることができる鳥居とは・・・。

上から見た立見山鳥居 立見山鳥居の正面

三頭山の頂上から展望台を超えて三頭神社に参拝しました。猪が神社の境内を掘りおこしていました。

三頭神社の碑1 三頭神社の碑2

元の道に戻り、いよいよ峠の道へ。暑くもなく寒くもなく、誰もいない山道には茸が目につきました。道傍には仏像が見守っています。

食用可能の茸の群生 路傍の仏さま

寄り道しながら目的地の三頭峠に到着したのは昼前でした。様々な遺跡を見て、感慨を新たにしました。ここで疑問が一つ。ものの本には丁石には17里と書かれていますが、7里の間違いと思われます。大門迄七里と彫ってあるようです。迄の字の之繞が一と間違われたのでしょうか? 大門から68キロ? 28キロ? 指で方向を指していますが、方向が正反対ですので、元の位置は道の反対側だってと思われます。

三頭鳥居 三頭峠の丁石

東の里(骨董市場)に寄って遅い昼食、道の駅の温泉に入浴して帰宅、優雅な一日でした。




文責:三水会:橘 正範

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