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戦後責任 Issue#10

『戦後責任論』高橋哲哉著 (2007.10.07)


「戦後責任」再考

『戦後責任論』高橋哲哉著

2007.10.07掲載

 

 

「「戦後責任」再考」(高橋哲哉著『戦後責任論』から)

1 「もはや戦後ではない」から「戦後はいまようやくはじまった」へ

2 応答可能性としての責任

「すべての人間関係の基礎には言葉による呼びかけと応答の関係があると考えられます」25

「呼びかけ自体が既に1つの応答であると私は考えています。つまり呼びかける、他者に訴えるというのは、そこに他者がいることに対する、他者の存在に対する応答であるとも考えられるわけです」p26

「私は責任を果たすことも、果たさないこともできる。私は自由である。しかし、他者の呼びかけを聞いたら、応えるか応えないかの選択を迫られる、責任の内に置かれる、レスポンシビリティの内に置かれる、このことについては私は自由では無いのです。他者の呼びかけを聞くことについては私は完全に自由ではありえない。このことは責任というのものが根源的には〈他者に対する責任〉であり、〈他者との関係〉に由来することを示しているといえるでしょう。もしもこの点についても私が完全に自由であろうとするなら、他者の存在を抹殺するしかない。他者からの呼びかけをいっさい聞きたくないとすると、他者が存在しないところに私がいきるしかないことになるんですね」p27

「逆に言いますと、応答可能性としての責任とは、私が自分だけの孤独の世界、絶対的な孤立から脱して、他者との関係に入っていく唯一のあり方だと言ってもいいのではないか」「それがレスポンシビリティであるなら、それは十分「歓ばしい」こと、「肯定的」なことではないでしょうか」p30


3 応答可能性としての戦後責任

「罪責としての責任は、それ自体、被害者および社会を構成する他者たちとの間での、応答可能性の関係の破壊からその回復へ、というプロセスとして理解できるかもしれないのです」p32

「日本の戦争に「身に覚えのない」世代、戦争当事者とは言えない世代にとっての戦後責任は、基本的にはまさにこの応答可能性、レスポンシビリティとしての責任と考えられるのではないでしょうか」p33

4 応答責任は国境を超える

「そしてもちろん、すべての呼びかけに応えることはできないのです。人間の本質的な有限性です。私たちは、ある呼びかけに本当に応えようと思ったら、多かれ少なかれ、他の呼びかけに応えることを断念せざるをえないのです。それにもかかわらず、私たちが呼びかけられていること、そして多くの呼びかけを聞いてしまっていることは否定できません」p34

「応答可能性としての責任は国境を知らない。このことを強調したいと思います。加害者と被害者の枠をも超える。つまり呼びかけを聞く、というただそれだけのことから始まるのです。この責任はしたがって、いつでも、どこでも始まることができる。この責任の徹底的に開かれた性格を、そしてその重要性を私は大いに強調したいと思うのです」p38

5 「日本人としての」戦後責任

「ハンナ・アーレントがいっていることですが、人間はホロコーストのようなトラウマ的な過去と折り合いをつけるためにも、自らそれにジャッジメントを下すという責任を免れることはできない」p43

「日本人としての政治的権利は日本国民の排他的"特権"です。在日朝鮮人(韓国籍)の金富子さんは、同じ日本に生まれ育ち住んでいながら、日本政府に法的責任をとらせる政治的権利から排除されている自分と、その政治的権利を独占しながらそれに伴う特別の責任から逃避しがちな日本人を比べて、そういう日本人を厳しく批判しています」p47

「とりあえず、「日本人」としての政治的責任を共有する人々の中での歴史的責任の相違と呼んでいこうと思います」p50

「・・・私のいう「日本人としての責任」が、日本国家や日本国民に自己を同一化しようとするものでもなければ、「日本人」や「日本国民」なるものを自明の存在として前提するものでもないことがお分かりいただけるものと思います」
「植民地支配や民族差別、女性差別、暴力的な「国民化」や「皇民化」を可能にし、またそれらによって可能となった「日本人」や「日本国民」を解体し、日本社会をよりラディカルな意味で「民主的」な社会に、すなわち、異質な他者同士が相互の他者性を尊重しあうための装置といえるような社会に変えていく責任なのです」p51

6 他者との関係をつくりなおす

「戦後生まれの日本人は、戦後責任をとれという声に対して、オレには関係ないという権利をもつ」(加藤典洋)
「参政権をもつ日本国民が「オレには関係ない」というとき、それはすでにお話ししたような理由から単純に"誤り"だということです」p52

「私はこれを聞いたときに、あらためて「日本人としての責任」を感じさせられただけではなくて、なにか救われた気持ちになりました。・・・。自分の一生を滅茶滅茶にしたのは日本だ、日本人だといって日本を告発してきた姜さんが、最後まで「日本人」に向かって呼びかけるのをやめなかった。しかし呼びかけがあるということは、これは「日本人」にとってある意味では救いではないでしょうか。・・・・他者を信じる、少なくとも信じようという気持ちがあるということです」p54

「姜さんが日本人へのアピールを最後までやめなかったということは、「日本人」にとっては希望なのです。このような呼びかけに応答すること、レスポンシビリティとしての責任を果たすことは、自分の属する国家がかつて破壊したアジアの諸国民、民衆との信頼関係を回復し、新たに作り出す行為だろうと私は思います。そしてそうであるかぎり、これは被害者側だけでなく加害者側にとっても、けっして「否定的」であったり「抑圧的」であったりする行為ではなく、むしろ「肯定的」で、「歓ばしい」ものになるはずではないでしょうか。私は日本の戦後責任を果たすということを、東アジアの諸国民、民衆のあいだに、平和に向けた信頼関係を作り出すという積極的、肯定的な行為だと思うのです」p54


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