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日本軍「慰安婦」問題  Issue#05

国連
 

クマラスワミ報告書
マクドゥーガル報告書
前田朗「大量虐殺的強姦」 


対日「慰安婦」決議
  ・アメリカ合衆国下院決議
・韓国国会決議案
・オランダ下院決議
・カナダ下院決議
・欧州議会決議
・フィリピン下院外交委員会決議

資料
 

吉見義明『従軍慰安婦』(岩波新書)中の資料
・林博史 「極東国際軍事裁判に各国が提出した日本軍の「慰安婦」強制動員示す資料7点」


戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律
 

要綱
法案


研究
  ・「日本軍の慰安所政策について」永井和

ご存じですか?「慰安婦」裁判の判決内容―その1(「慰安婦」問題行動ネットワーク作成)

提言 日本軍「慰安婦」問題における謝罪には何が必要か

資料名
昭和13年中における在留邦人の特殊婦女の状況及びその取締り並びに租界当局の私娼取締り状況
引用元
吉見義明『従軍慰安婦』(岩波新書)P15
解説
上海事変の時に慰安所が設置された。
吉見義明編『従軍慰安婦資料集』(大月書店)「資料34」

 

上海では、中国政府が娼廃止に取り組んでいたので、日本外務省も体面上これに協力せざるをえなくなり、二九年、貸座敷(貸席)制度を廃止していた。しかし、日本は実際には抜け道として料理店酌婦制度をつくっており、事実上の公娼制が維持されていた。後年のものであるが、三八年末に上海総領事館が作成した「昭和十三年中に於ける在留邦人の特種婦女の状況及其の取締並に租界当局の私娼取締状況」には、「上海事変勃発と共に我が軍隊の当地駐屯増員に依り、此等兵士の慰安機関の一助として海軍慰安所(事実上の貸席)を設置し、現在に至りたり」とある(『資料集』34)。

 

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資料名

岡村寧次「戦場体験録」 軍、風紀所見(その三)

引用元
吉見義明『従軍慰安婦』(岩波新書)P16
解説
強かん事件の多発から県知事に「慰安所」団派遣を要請
稲葉正夫編『岡村寧次大将資料』(原書房)P302-304

陸軍では、上海派遣軍の岡村寧次参謀副長が海軍の慰安所を参考にして、一九三二年三月から設置にあたった。その回想によれば、上海で日本軍人による強姦事件が発生したので、これを防ぐため長崎県知事に要請して「慰安婦団」を招いたという(稲葉正夫編『岡村寧次大将資料』戦場回想篇)。シベリア・アジア・太平洋の各地に、売春のために身売りなどで出て行かされた「からゆきさん」は、長崎県出身の女性が多かったので、陸軍はまずそれに目をつけたのであろう。ここで強姦防止を理由にあげているのは重要である。

 

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資料名

関東軍参謀部宣伝参考「漢民族の特質」

引用元
吉見義明『従軍慰安婦』(岩波新書)P22-23
解説
日本軍にとって強かん事件の多発は重大な治安問題と考えられていた。

軍慰安所の大量設置は、南京事件(南京大虐殺)をひきおこすことになる南京攻略戦と深い関係があった。三七年一一月、九〇日間の激しい上海攻防戦の後、中支那方面軍(司令官・松井石根大将)は南京に向けで進撃を開始し、進路となった揚子江沿いの各地で、掠奪・虐殺・放火・強姦などの不法行為の限りをつくした。他の戦争犯罪と同様に強姦は最悪の行為であったが、それだけでなく、日本軍首脳部にとってもとくにつごうが悪いことであった。国際的な顰蹙をかうだけでなく、中国人が強姦に対して厳しい態度でのぞむことをよく知っていたからである。たとえば三二年七月、関東軍参謀部はつぎのようにのべていた。

支那人は面子を重んじ、外見上婦人を大切にするが、強姦は総ての悪徳暴虐行為の中、其最悪なるものとして非常に重大なる社会問題として居る。〔匪賊や盗賊も〕虚言、瞞着、掠奪、強盗等は平気でやるが、強姦だけは滅多にやらぬ。(関東軍参謀部宣伝参考「漢民族の特質」)

 

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資料名

飯沼守日記 1937年12月11日

引用元
吉見義明『従軍慰安婦』(岩波新書)P23
解説
陸軍の慰安所要請
飯沼守=当時、少将、上海派遣軍参謀長
南京戦史編集委員会編『南京戦史資料集』

このように、日本軍人が犯す強姦事件は何より治安維持のうえで重大な問題だと考えられていた。上面から南京にむけて侵攻するなかで、中支那方面軍は一二月一一日、軍慰安所設置の指示を出す。南京攻略戦に参加していた飯沼守上海派遣軍参謀長の同日の日記には、「慰安施設の件、〔中支那〕方面軍より書類来り、実施を取討う」とある(南京戦史編集委員会編『南京戦史資料集』)。ときはまさに、南京占領直前であった。

 

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資料名
山崎正男日記 1937年12月18日
引用元
吉見義明『従軍慰安婦』(岩波新書)P24
解説
慰安所開設の様子、描写
山崎正男=(当時)少佐、第10軍参謀
南京戦史編集委員会編『南京戦史資料集』

中支那方面軍の指揮下にあった第一〇軍も、方面軍の指示をうけて、すぐに軍慰安所の設置にとりかかっている。第一〇軍参謀山崎正男少佐の日記(一二月一八日付)には、湖州での軍慰安所設置の模様が生なましく記されている。

 先行した寺田中佐は,憲兵を指導して湖州に娯楽機関を設置した。最初四名だったが,本日より七名になった。未だ恐怖心があった為、集まりも悪く「サービス」も不良だったからか,生命の安全が確保されること,金銭を必ず支払うこと,酷使しないことが普及徹底すれば,逐次希望者も集まり始めたので,憲兵は百人位集るだろうと漏らした。別に告知を出した訳でもなく,入口に標識を立てたわけでもないのに,軍人は何処からか伝え聞いて大繁盛を呈し、どうかすると酷使に陥り注意しろとのことなり。先行して来られる寺田中佐は素より自ら実験済みとはいえ,本日到着された大阪少佐、仙頭大尉はこの話を聞き我慢できなくなったと見えて、憲兵隊長と早速出掛けて行った。約一時間半で帰って来られた。概ね満足のようだった。(同上)

 

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資料名
独立攻城重砲兵第2大隊第2中隊「陣中日誌」 1938年3月3日・3月14日・3月16日
引用元
吉見義明『従軍慰安婦』(岩波新書)P25-26
解説
慰安所解説後も強かん事件が絶えない
吉見義明編『従軍慰安婦資料集』(大月書店)「資料40」

しかし、このように兵士の行動をしばっても、慰安所をめぐる問題がしばしば生じたことを、同大隊第二中隊「陣中日誌」が示している。「金は必ず支払うこと」(三月三日)、「慰安所に於ては行動を慎み、暴行など行わぬこと」(三月一四日)などと注意があるのは、そのような事態があったことをうかがわせる。また「城内にて強姦、掠奪各々一件あり」三月三日)、「城内外にて婦女子に暴行を加えんとせし者あり」「濫りに民家に立入り婦女子を探す者あり」(二月一六日)など、軍慰安所開設後も依然として強姦事件が発生していた(『資料集』40)。

  

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資料名
深田軍医少佐蘭印衛生状況視察報告(「陸軍省業務日誌摘録」金原節三)
引用元

吉見義明『従軍慰安婦』(岩波新書)P58-59

解説
日本軍が占領地に軍慰安所を計画的に設置したことを示す記録
深田=深田益男、軍医少佐、開戦直前オランダ領東インド(インドネシア)を視察、40年9月〜41年6月バタビア(現ジャカルタ)で行われた第二次日蘭会商に参加したと思われる(吉見P59)
金原節三=陸軍省医務局、医事課長(41年11月8日までは医事課員)

現在土人は愛撫し、誠実をもってわが方に信頼感を抱かしむる様言動に留意する要あり。多く回教徒にて一夫多妻の点もあるも、貞操感も強し。かりそめにも強姦等を行い日本軍紀に不信を抱くことなき様、厳重注意の要あり。一方、原住民は生活難のため淫売するもの多し。しかし、バンドンその他性病多きをもって、村長に割当て、厳重なる検黴の下に慰安所を設くる要あり。(「深田軍医少佐蘭印衛生状況視察報告」)

 

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資料名
1942年2月12日陸軍省課長会報(「陸軍省業務日誌摘録」金原節三)
引用元

吉見義明『従軍慰安婦』(岩波新書)P60

解説
東南アジア方面での日本軍の強姦状況
課長会報=課長たちの会合

富集団=第25軍富集団において、敵前逃亡一一二、強姦三、略奪三の事例あり。……比島〔フィリピン〕方面でも相当強姦(一四名)あり、下士官の夫人障害事例もありたり。

 

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資料名
1942年5月2日陸軍省局長会報(「陸軍省業務日誌摘録」金原節三)
引用元

吉見義明『従軍慰安婦』(岩波新書)P60-61

解説

第25軍の不軍紀に関する大山文雄法務局長と田中隆吉兵務局長のやりとり
局長会報=局長たちの会合

(法務局長)25A〔第二五軍〕の独立速射砲第一連隊〔大隊の誤り〕の現役大尉がクアラルンプールにおいてマレー人の妻女を強姦、その時計五〜六個を掠奪し、更にジョホールの第三王女をだまし、写真機を詐取し、強姦、掠奪、詐取の犯罪を犯かせるものあり。
(兵務局長)25Aはクアラルンプールに来る迄は兎角の評判ありしも、この事件を契機として爾後面目を一新せり。
(法務局長)比島方面においても強姦多かりしが、厳重なる取締をなしたる結果、犯罪激減せり。
(兵務局長)比島は他の地域に比し比較的多かった。しかし、支那事変に比すれば少ないといえる。

 

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資料名
1942年5月9日陸軍省局長会報(「陸軍省業務日誌摘録」金原節三)
引用元

吉見義明『従軍慰安婦』(岩波新書)P61-62

解説

強姦事件の深刻化
局長会報=局長たちの会合

南方軍の犯罪件数二三七件。大体において支那事変に比し少し。14A〔第一四軍〕には強姦多し。女が日本人向きなるを以ってなり。

 

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資料名
1942年8月12日陸軍省局長会報(「陸軍省業務日誌摘録」金原節三)
引用元

吉見義明『従軍慰安婦』(岩波新書)P62

解説

多発する強姦事件
局長会報=局長たちの会合

南方の犯罪六一〇件。強姦罪多し。シナよりの転用部隊に多し。慰安設備不十分、監視監督不十分に起因す。拘禁所には何処も二〇〇名収容しあるが、何れも三、四名の法務官が処理しあり。

 

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