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 『私という旅―ジェンダーとレイシズムを超えて』リサ・ゴウ&鄭 暎恵(青土社)
  タイトル:私という旅―ジェンダーとレイシズムを超えて

著者:リサ ゴウ , 鄭 暎恵

出版社:青土社 (1999/10)

本体価格:絶版

この国で第三世界の女性であるということ。フィリピン女性=セックス産業というイメージはどうして作られるのか。彼女たちの話す日本語はなぜ汚いといわれ るのか。子供たちはなぜ母親の話す日本語を恥じるのか。在日フィリピン人女性と在日朝鮮人女性がディアスポラの視点から、言語、権力、差別、マイノリ ティ、ジェンダーを語り、多民族国家・日本の現実を描き出す。

「BOOK」データベースより

   
 みんなのレビュー (★五段階評価)
 
 ぅきき さん (★★★★★) 2007/10/03

 昨日ちょんよんへさんとリサ・ゴウさんの対談『私という旅 ジェンダーとレイシズムを越えて』(青土社)を読み終わりました。

 在日フィリピン人女性の現状を今まで知らなかった自分が恥ずかしいです。在日フィリピン人女性が日本でどのような状況に置かれているのかということや、受けている差別について、最後の「参考資料」のところにも詳しい差別の現状が書かれていました。

 例えば、フィリピン人女性=「貧しくてかわいそうな存在」、「性産業で働いていて、金のためには何でもするずるい女性」、「(同じアジア人でも)日本人より劣っている」というステレオタイプと偏見のために、子どもが学校で差別を受けたり、「あんな動物(フィリピン人)をなぜバスに乗せるのか」という日本人の乗客がいたり、という数え切れないぐらいひどい差別を受けているという記述がありました。
 
 問題なのは、そのようなレイシズムをもつ「日本人」(これも一面的にとらえることは出来ないのですが)の側であるということです。

 そして重要なのは、そのような差別を批判するだけではなく、それを変えようとする行動をしなければいけないということです。

 「差別構造によって得た自分たちの既得権は手放そうともしない人に、その差別構造を批判する資格などありません」(同書127頁)というリサさんの言葉が、その本で自分にとって一番重要な部分だと感じました。


 在日外国人にとって、日本がいかに息苦しい社会かということに意識的でなければならないと思います。

 「日本人」なら受けられる様々な権利や行政のサービスも、在日外国人にはないことが多いからです。そのような状況がこれからも続き、「日本人」自身がそれを変えていかないのなら、アジアの人々を戦前と同じように侵略し、搾取しているも同然だと思います。

 日本社会がずっとこのまま窒息しそうな社会だったら、アジアの人々とも新しい関係を築くことは出来ないでしょう。

 そのために、自分は何を出来るかを考えて行動しなければならないと思いました。(書くだけで、ほとんど何も出来てないのですが…)

 よく、「日本はアメリカの戦争に巻き込まれて被害者だ」というような論調の文章を見かけますが、なぜ被害者づらばかりなのか?と感じます。日本政府が自発的にやっている部分も当然あるし、それを支え協力している限り、加害者でしかないと思います。(戦争被害を受けた国に対しては。)

 戦争に対しても、「唯一の被爆国民で被害者」、現在も「アメリカの戦争につきあわされてる日本人は被害者」だなんて、アジアに対する視線が抜け落ちていますし、自らの加害性が見えなくなるだけではないのでしょうか?大体、「日本人」がアメリカの戦争に付き合わされなかったらそれで十分なのでしょうか。


 日本が戦争中に犯し、多くのアジアの人々に深い傷を残した犯罪を反省するだけでなく、今現在行われているアジア人への差別に批判的になり、変えていかなければならないと思います。

   
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