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  『在日朝鮮人「慰安婦」宋神道のたたかい「オレの心は負けてない」』安海龍(2007年)
  タイトル:朝鮮人「たたかい「オレの心は負けてない」

監督:安海龍 (2007年)

制作:在日の慰安婦裁判を支える会

URL: http://www.geocities.jp/sasaelukai/


☆上映日程はこちら!

 この映画は、中国で7年間、日本軍の「慰安婦」を強制された宋神道さんが、戦後の日本で沈黙の半世紀を生き、日本政府を相手に10年の裁判をたたかった過程を描くドキュメンタリーである。

 宋神道さんは1922年、朝鮮の忠清南道に生まれた。満16歳の時(1938年)、騙されて中国中部の武昌で「慰安婦」をするよう強制される。19歳の 時に初潮を迎え、その後たびたび妊娠。漢口で子どもを産むが、中国人に預けて岳州に移動。「部隊付き」として、応山、長安などに出かけることもあった。咸 寧で日本の敗戦を知るが、行く宛もなく、「結婚して日本に行こう」という日本軍人の言葉に一縷の望みを託して日本へ。しかし1946年春、引き揚げ船で博 多港に着いた途端、その軍人に放り出されてしまう。その後、宮城県在住の在日朝鮮人男性河再銀さんに救われ、河が亡くなる1982年まで共に暮らしたが、 現在は独り暮らし。1993年4月、日本政府に対し「謝罪文の交付」と「国会での公式謝罪」を求めて提訴した。

 この裁判を支援するため、1993年1月「在日の慰安婦裁判を支える会」が結成された。「支える会」は、代表は決めない、事務所を持たない、専従も置かない、という「ないない三原則」に則って活動した。

 映画は、宋さんと「支える会」が出会い、共に泣き、笑い、歯ぎしりしながら裁判をたたかう過程、そしてこの裁判を通して宋さんが歩んだ被害回復の過程を描き出す。 裁判は、1999年10月東京地裁、2000年11月東京高裁で請求棄却、2003年3月に最高裁でも上告を棄却され、敗訴が確定したが、敗訴確定後の最後の裁判報告集会で宋さんは言った。

 「裁判に負けても、オレの心は負けてないから」

 裁判に負けても、負けた気がしない。そう言い合える関係が、宋さんと支える会、支援者たちとの間で築かれた10年だった。

 しかし、「慰安婦」問題はまだ終わっていない。国家犯罪を犯した国が、責任を負っていないからである。

 宋さんは今も、この日本で、二度と戦争をしてはならない、自分のようなオナゴをつくってはならないと、訴えている。

制作者:在日慰安婦裁判を支える会HPより

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 みんなのレビュー (★五段階評価)
 
 10代女性さん  (評価なし)  2007年8月

 (支える会HPより)
 宋さんの言葉は荒っぽくてびっくりしたけど、とても愛嬌があって映画に見入ってしまいました。慰安婦について知るほどに、日本政府のおろかさに憤りを感じ ます。もっと日本人も知らなきゃいけないし、知らせるためにこの映画を見てほしいと思いました。今までは米国の議会が口をはさむのはどうかなあと思ってい たけど、いつまでも分からず屋の日本を動かすためには、どんどん世界から言ってもらわないとダメなのかもしれないです。(10代女性)

   
 10代女性さん  (評価なし)  2007年8月

  (支える会HPより)
 とにかく宋神道さんと守る会の皆さんがかっこよかった。そして、日本がどういう国かを改めて思い知りました。私は以前、ナヌムの家を訪ねました。でも、日 本人である自分がハルモニたちとどう接したらいいかわからなかった。でも、映画を見て、日本人である自分のまま、ハルモニたちと真っ正面から向き合うべき だと感じました。本当に観にきてよかった。今日聞いて見た言葉は、もっといろんな人に知らせなきゃならない。残さなければならない。戦争はしてはいけな い。(10代女性)

 H.Cさん  (評価なし)  2007年8月

 (ハイナンNETのブログより)
 8月25日土曜日に中野にある、なかのZERO小ホールでドキュメンタリー映画−在日朝鮮人『慰安婦』宋神道のたたかい−〈オレの心は負けてない〉が上映 されました。私もその日行ったのですが、私の想像とは裏腹に会場には大勢の人が訪れていて、驚かされました。しかも若者が大勢いました。本気で人を集めよ うと思えば集められるのだなあと思い、この先活動をしていく上での一筋の可能性を感じることが出来ました。上映会場では、チャンさん姉弟や梁さんが若者を 対象として、会場をまわりながらハイナンNETの宣伝活動を行っていました。チャンさん達の熱心な姿を見て、私も初挑戦しましたがどうもうまく出来ず、梁 さんの助けをかりる事になってしまいました…。修行が足りませんね…。あのような機会を逃さず宣伝活動を行いネットワークを広げてゆく地道な活動が大切だ と思います。
 さて、映画の感想ですが、非常にいい映画でした。
 この映画は在日の「慰安婦」被害者として唯一の裁判原告・宋神道さんのたたかいを記録したものです。
 支える会の方々が宋さんと出会うところから始まり、闘争の中で対話し、信頼関係を築き上げてゆく。もちろん彼らの間には民族や世代、記憶や体験という超えられない断絶はあります。
 そして宋さんは肉体的、心理的苦痛とたたかいながら、証言者として裁判訴訟や、講演会、街頭での抗議行動といった闘争を主体的に行ってゆきます。
 この映画を見て私は多くのことを感じました。ただ書ききれないので二つだけ感じたことを述べさせてもらいます。
 一つは自分の認識の浅はかさに気づかされました。
 宋さんの、快活さ、力強さ、人々を引きつける魅力、主体的に闘争を行ってゆく姿を見て、驚かされました。というのは彼ら(彼女ら)のような悲惨な体験を した(している)人々に対する私の持つ「イメージ」と、宋さんの姿があまりにもかけ離れていたからです。私は元「慰安婦」の女性達のことを、無意識のうち に「被害者」化しているという事に気づきました。元「慰安婦」の女性達をステレオタイプ化した「被害者」という枠にすっぽりとはめ込んでいたのです。そう した暴力的な認識から、彼らの多様なあり方を認めず、「かわいそう」とか「助ける」という考え方が生まれ、彼らの主体性を奪っているんだなと思いました。
 もちろん宋さんの陽気な笑顔の裏には、戦前、戦後と続く、暴力に曝された記憶と現在まで続く苦悩があり、凄まじい心の葛藤の中で証言をしているという事 を忘れてはいけません。宋さんが明るさを失わずに生きてきたのも、そのような困難な境遇で生きてきたが故だからかもしれません(これも決めつけるべきでは ないのですが)。
 二つめは、宋さんが「裁判なんてやってもどうしようもないからもうやめよう」といった事についてです。深く考えさせられました。重要な問いだと思いま す。彼らは証言することで解放されているという側面もあるかもしれないけれど、新たな苦痛ともたたかっています。私はハイナンNETで活動をし、証言を支 える立場にありながら、彼らに応えるだけの覚悟でやっているのか、と、考えさせられました。ただこの問いを考えるということは、決して「国民基金」を支持 するための論拠として考えるのではなく、むしろ反対に、批判するためにも、この問いを私達は考える必要があると思います。
 まだまだ言いたい事はたくさんありますが、簡単にこのくらいでとどめさせていただきます。(H.C)

 
 遠藤裕二さん  (評価なし)  2007年10月

(『思想運動』788号より)
 先日、記録映画『ガイサンシーとその姉妹たち』(班忠義監督)を見た。日中戦争下での日本軍による中国人市民への性暴力犯罪を告発するこの映画は、被害者やその家族にいまだ消えぬ傷が残されていることを、その生々しい証言によって切実に訴えている。多くの日本人が見るべき映画だと思う。ただ、そのあまりに悲惨な事実を表わす内容に、わたしは見ていて重苦しい気持ちになった。ただ内容が重いというだけでなく、作者自身がその重みを一身に受けている印象を持ったのだ。沈痛な題材では沈痛な映画にならざるをえないのか? わたしは心にかすかな引っかかりを覚えながら会場を後にした。
後日、同じく戦時性暴力問題である「従軍慰安婦」問題を取材した記録映画『オレの心は負けてない 在日朝鮮人「慰安婦」宋神道(ソン・シンド)のたたかい』を見た。わたしは胸につかえていた引っかかり≠ェ取れたような気持ちになった。なにしろ「慰安婦」もの≠ナあるにもかかわらず、客席からは笑いが絶えなかったのだ。とにかく主人公の宋神道さんの「オレの話は嘘でネェよ、全部このまなこで見たんだから」とグイグイ聞き手を巻き込んでいくあけすけで大らかでユーモラスな東北なまりのその語り口としぐさ、その人民的人間性に、わたし(たち)は魅了されたのだ。
在日朝鮮人でただ一人、「慰安婦」であったことを公表し、政府に謝罪を求める裁判を最高裁まで闘った宋さん。彼女との交流と闘いを「在日の慰安婦裁判を支える会」が記録してきたビデオを、映像作家・安海龍(アン・ヘリヨン)が編集し作品に仕上げたのが本作だ。安監督は「支える会」の活動と裁判闘争の経緯を紹介する――正直、ナレーションと音楽の多用には辟易させられたが――だけではなく、宋さんの個人史とその個性にも肉薄していく。
一六歳のとき軍に騙されて「慰安婦」として徴用され日本兵とともに戦地を転々とし、時に弾丸の雨をかいくぐり、二度妊娠するまでした地獄の戦時下を生きた彼女は、敗戦後軍人に騙され日本を訪れるも行く当てがなく、人の紹介で一関の朝鮮人と暮らすことになる。その戦後史を宋さん自身が詳しく語ることはないが、性的関係はなかったというその男性のお骨を持って韓国の共同墓地を訪れ、「父ちゃん、オレが死んだら韓国に埋めてけろと言ってたの、トシコ(宋さんの日本語名)は忘れないで(埋めにきたよ)」と墓前で語るシーンでは、幾万の言葉でも表わせぬ二人の断たれることない愛情をわたしは思い知り、涙が出た。
その誰にも語ることのなかった過去≠、市民団体でつくる「慰安婦110番」との接触から、彼女はみずから語るようになる。しかしそこに至るまでには、彼女のなかにさまざまな葛藤があった。映画は(初期の映像が残っていないのが残念だが)彼女のなかの変化≠熨ィえている。日本社会の差別と偏見のなかを生き抜き、誰も信じられない彼女のかたくなさが、「支える会」の誠実な関わりによって、またみずから闘うことによって、次第に和らいでいく。チマチョゴリをプレゼントされても「日本じゃ着れネェんだから、どうせくれるなら着物をくれ」と言っていた彼女が、韓国の「慰安婦」たちと交流し姉妹のように打ち解けていくなかで、彼女はみずからチマチョゴリを着て、童女のようにおどけて踊ってみせるようになる。運動≠ェ人を変えることの素晴らしさをあらためて痛感した。
そして何といっても感動的なのは、「オレの心は負けてない」とする彼女の激烈な闘争精神と、戦争への痛烈な反対の思いだ。地裁で負けた直後の宿舎で寝転んで「もうやめるか」と言いながら、「支える会」のメンバーに「オメェたち、まだやる気があんのか?」と聞き「全員ね」という応えに「じゃ、やるか。絶対やる! 首が飛んでもやる」と再びファイトを燃やす彼女。高裁での請求棄却の直後の集会で、「♪負けた裁判よろしかばってん いくら負けてもオレは錆びはせぬ ここに集まったお客さまよく聞いて 二度と戦争はしないでおくれよ あドッコイドッコイ」と歌いだす彼女。その人民的魅力に観客は励まされ心揺さぶられながら、人間を踏みつけにする戦時性暴力への怒りと、それを産み出す戦争への憎悪を新たにするだろう。
重厚かつ重大なテーマを取り上げながら観客を魅了し鼓舞してやまない本作にわたしは惜しみない拍手を送りたい。

 
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