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 『「従軍慰安婦」問題と性暴力』鈴木裕子(未来社)
  タイトル:「従軍慰安婦」問題と性暴力

著者:鈴木裕子

出版社:未来社 (1993/10)

本体価格:2100円


「従軍慰安婦」問題で問われているのは何か。「従軍慰安婦」を生み出した歴史的土壌を明らかにし、過去の問題ではなく、現代の性暴力・買春に連続する問題としての視点から「性と人権」について問い直す。

「MARC」データベースより

   
 みんなのレビュー (★五段階評価)
 
 ぅきき さん (★★★★★) 2007/11/14

この本では主に「従軍慰安婦」問題を中心に、女性の性的自由の抑圧のシステム化や、性差別について書かれています。

女性への性暴力として、@「従軍慰安婦」とされた女性たちの被害や、そのシステムを作り出した思想への批判だけでなく、A天草や島原の貧しい漁村から遠く東南アジアの国々・島々まで売られていった日本人娼婦=「からゆきさん」や、B「戦後」も国体=天皇制維持と支配層の保身のために「特殊慰安施設協会」や内務省による「外国人駐屯軍慰安施設」がつくられ、占領軍専用の「性的慰安」施設が政府の指導で設けられた、占領軍「慰安婦」政策が解説されています。

いままで@については勉強してきたり、被害女性の証言を聞いてきたので当然知っていたのですが、後者2つ「からゆきさん」と占領軍「慰安婦」についての政策は知らなかったので、「日本人」女性も性暴力の被害にあっていたことを詳しく知り(日本人女性の被害については本当に少ししか知らなかったので)、驚くとともに大変勉強になりました。


まず、「従軍慰安婦」の制度や思想がどのように生み出されてきたかについての説明です。

「従軍慰安婦」問題に対する基本的な視点として、被害者の8割が朝鮮人女性であったこと(ほか、台湾・中国・フィリピンなどアジア西太平洋地域の現地の女性たたち)それは民族差別であること、、この問題が女性の性的自由、性の自由を抑圧する問題であること、皇軍が組織的に犯した犯罪であり、それは天皇制につながっていくということです。


1889年に明治憲法ができ、1890年に教育勅語、1890年代に家制度が確立されます。(明治憲法体制=天皇制の確立)それ以前の1870年には新律綱領において、妻妾同等がうたわれます。男系血統主義が法的に定められますが、それは「妻というのは夫の子種を残す器械である」という思想です。

家制度の総仕上げは1898年の明治民法の制定ですが、家制度を補完するものとして公娼制度があり、近代の公娼制は江戸時代までの遊郭制度を近代的に再編強化されたものと解説されています。

近代の女学校においての教育は、良妻賢母の思想・イデオロギーを植えつけるためのものであり、「貞淑」でない妻に対しては刑法の「姦通罪」で罪となりました。
(夫以外の男性と性的交渉をおこなった場合、妻とその相手の男性が罰せられるという罪です。)これは一見男性は自由かのように思われますが、そうではなく、国家が男性・女性両方の性を管理していた
のです。

朝鮮半島で「慰安婦」狩りがさかんに行われていたころ、日本「内地」では「産めよ増やせよ」と叫ばれ、1940年には国民優性法が公布され、「悪質ナル遺伝性疾患ノ素質ヲ有スル者」への「優性手術」(断種手術)に加え、いわゆる「健常者」への産児制限防止がうたわれました。これはまさに国家による「産む性」=生殖の性の管理でした。

軍国支配者は日本女性の「生殖の性」がそこなわれることを恐れ、日本女性の生殖能力を衰退させないために、植民地から処女≠連れてくることによって軍隊の性病予防をし、戦力の減退を防ごうと考えたのです。「民族の将来」を考えてのことでした。

筆者は、日本民衆の朝鮮民族にたいする抜きがたい差別・蔑視意識を批判するとともに、政治的権利を奪われ、民法上、刑法上でも大変不当な位置に置かれていた日本の女性も「従軍慰安婦」を許してしまったことについて、日本女性も性侵略の共犯者であると批判しています。

それだけでなく、最初に触れた「からゆきさん」(日本人娼婦)についてですが、彼女たちは日本国内での「官許売春」によって海外へ「輸出」されました。
「売春」業者は甘言や誘拐という手段で女性を南方や「満州」、シベリアなどの地へ送り、売春を強いられたのです。これらの女性を世間は「醜業婦」と呼び、差別しました。

「明治」期最高の知識人である福澤諭吉も、自らが主宰する『時事新報』での「人民の移住と娼婦の出稼」という論文で、日本国人民の海外移住・植民事業の発展にともない、単身赴任する男性に「快楽」を与えるべく、「娼婦」が必要であると述べています。

「従軍慰安婦」が政策的につくられ、制度として定着した背景には、権力による性抑圧・性管理政策があったこと、それに最大の役割を果たしたのは公娼制度であったのです。


筆者はもちろん「からゆきさん」に対する差別に対しても批判的であるし、これらの問題は過去のことだけではなく、現在、海外に単身赴任している男性が現地の女性を「買」い、それをまた先進国(日本など)の女性が許してしまうことは「従軍慰安婦」問題の二の舞をすることになり、このことは今日的な問題であるとも指摘しています。

「従軍慰安婦」問題を解決するためには、「見舞金」や「救済基金」などの政治的妥協などではなく、日本政府自身がアジア全域にわたる実態調査をする必要があるし、賠償や補償などの責任ある戦後処理や、「従軍慰安婦」の犠牲者である女性に真に謝罪し、教科書の記述をきちんと書き、女性の人権を尊重する教育などを行わなければならないと思います。

この本で一番印象的だったのは、筆者がこれらの問題を解決するために「女性たちの責任」は決して小さくないと主張していたことです。

女性の性の権利の侵害に対して、私はよく男性側の問題を指摘しがちですが(もちろんそれも重要です。)、しかし差別の構造は複雑です。

「日本人」女性から朝鮮人女性に対する差別意識、「日本人」であっても「娼婦」に対する差別意識もあるし、さらに先進国からアジア諸国に行き、女性を「買う」男性を許してしまっていること(今でもなくならない)、日本国内でも、アジア諸国から人身売買をされ、性の権利を侵害されている女性たちに対する無関心や差別・・・などがあります。

これらのことに対して、女性である私がどう自分の責任を考えるのか、これからどういう行動を起こせるのかを考えなければならないと思っています。

   
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