日本政治と

   自民党、民主党、公明党、
旧社会党


☆政治・外交戦略の史的アプローチ☆    上住充弘or上住實 著作集 

                   
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緊急メモ  

 2009.8 総選挙の争点について

 2009年8月総選挙には、今後何十年にもわたる日本の政治のあり方を決める戦略的な意味がある。
 従って、今後4年間の政策や財源論を争点にするというような、戦術的な視点のみでこの選挙をとらえるのは、たいへんな間違いである。この点に関して、マスコミ界の政治意識の低さにはウンザリさせられる。

 戦略的視点から見ると、今次総選挙の争点は次の3点にしぼられる。

 @自民党による半独裁永久政権体制を支持するか、それとも、自民党と民主党を2本柱とする政権交代可能な2大政党制を支持するか。

 A親米優先の型を取りつつ、自主防衛力強化をはかる民族主義路線(自民党)をとるか、それとも国際連帯を通じる経済繁栄を優先する国際主義路線(民主党)をとるか。

 B自民党の官僚主導型事務官政治をとるか、それとも民主党の政党主導型党人政治をとるか。

 この3点は戦後政治史上歴史の転換点で常に争われてきた争点であり、世界が大きく変わりつつある今日、また改めて問われている。この点をはっきり認識して、今次総選挙を捉えないと、全くピントはずれになってしまう。
 なお具体的な政策については、拙著『分裂政界の見取り図を参考にされたい。

 説 明

1.政治体制の採択 ー 自民一党独裁体制を維持するか、民主党に政権を渡して、二大政党制を樹立するか?


日本政治の構造に関して、我が国の政界には、二つの政権構想がある。

 第一は一党独裁論であり、これは、岸、福田の流れをくむ自民党右派(現森―町村派と旧田中派右派(二階派、)中間右派(麻生派、伊吹派)、つまり今の自民党主流派の考え方の原型である。
 
 またこれは旧社会党左派と共産党の本来の考え方でもある。
 無論、緊急避難的に連立政権を樹立することはあるが、それは彼等の政権論の原型ではない。

 第二は政権交代可能な二大政党制論である。これは自民党の吉田―池田の流れを汲む旧大平―宮沢派(現谷垣グループや加藤紘一ら)や、旧田中派左派(現民主党小沢派ら)及び旧社会党右派江田系(現江田五月や菅ら)の考え方、つまり民主党主流の考え方である。
 
 更に中間派として、日和見的
小判ザメ型”グループがあり、このグループは時流にのって、その時々強い方どちらにもすりよるが、明確な政治体制論を持っていない。(例えば公明党)

.外交防衛路線ー政治、防衛重視の親米民族主義路線(自民党)か、経済、国民生活重視の国際主義路線(民主党)か?
 
 外交、防衛路線について、戦後一貫して民族主義重視か、国際主義重視かの二つの潮流が、自民党と社会党の両方にあった。今日それは次の型をとっている。
 
 第一は自民党の右派、つまり岸派の流れをくむ森―町村派と旧田中派右派(二階派)、及び中間右派(伊吹派と麻生派ら)である。
 この勢力は今日の自民党主流であり、親米一辺倒で、米国に協力する型をとりつつ実は自主防衛力の確立を図ろうとする、政治面・軍事面重視の”民族派”ともいえる。国民生活は二の次となる。
 
 第二は自民党左派の吉田茂や池田勇人の流れをくむ、旧田中派の左派・小沢らと旧社会党右派、江田派の流れをくむ江田五月や菅らである。

 このグループは米国一辺倒ではなく、国連
やアジア周辺諸国と広く国際的に連繋しつつ、経済発展を通じて国民生活を良くすることに重点を置く。いわゆる経済重視の国際派であり、今日の民主党主流である。

 今次総選挙の政策は、このような政治路線上の戦略的視点から論ぜられねばならない。というのは個々の政策は上述の二つの政策路線が表面に現れたものに過ぎないからだ。

3.政治のありかた ー 官僚政治か党人政治か?

 これも戦後政治史上、常に問われてきた問題である。
 1970年代には、土建屋出身の田中(党人派)と大蔵官僚出身の福田(官僚派)の対立として顕現し、今日旧田中派の小沢(党人派・民主党)対旧福田派の町村(官僚派。自民党)の対立として、再び注目されている。なお麻生は官僚派に支えられている。
 
 自民党の幹部には、町村や伊吹のほかにも多くの官僚出身者がいて、出身省庁と強く結合し本来法を執行するだけの行政府の事務職員にすぎない官僚に、党人が担当すべき政務、つまり立法活動まで依存するようになっている。 

 その結果、国家の基本的戦略的視点に立った政策・立法活動ができなくなって、目先のこまごまとした政策しか立案できなくなってくる。そこで党人派が官僚派に対立して政治のあり方を改めようとすることになる。一方、官僚派は既存の立法と行政の一体化体制を維持しようとする。
 この政治のあり方が今次総選挙では問われている。 


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 ★ 国立 国会図書館蔵書と採録論説記事

 

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2.国立国会図書館雑誌記事検索採録記事(論説)

 

 

@ 上住充弘(ペンネーム)による論説

 

A 上住 實(実名)による論説

 ★ その他の論説記事

 

1.『社会労働評論』記載論説

 

         ー 1980年代と労働戦線の統一

 

2.『21総研レポート』記載論説

 

         ー 1980年代末:「一つの世界」への社会主義インターの動き

 

3.『週刊時事』記載論説    

 

         ー 1993年8月9日の細川内閣成立前後と政界再編 

 

4.『正論』記載論説

 

   (1)  1993年〜1994年 「55年体制」末期の自・社守旧派のあがき

   (2)  1995〜1996年  社会党から社民党へ
   (3)  1993〜1997年   社会党の総括と社民党の本質
   (4)  国家像と世界戦略をしめせ  二大政党制を確立するために         

5.『公明』と『産業新潮』記載論説 ー 1993年8月〜1996年
         ー 連立政権と社会党

    (1)  『公明』 1993年8月号
      1993年8月細川・非自民連立政権に臨む社会党各派の態度

    (2)  『産業新潮』 1994年3月〜8月
        1994年6月号ー非自民・細川政権の崩壊と、
          村山・自社さ連立政権樹立への 社会党各派の態度
  6.『中央公論』記載論説 ー 1993年8月〜10月 ー ソ連共産党と社会党
  ・前文

     (1) 『中央公論』1993年8月号
         「日本社会党左派は、ソ連共産党の出店だったのか

   (2) 『中央公論』1993年10月号(創刊300記念号)
         「社会党親ソ派は、今どこにいる」

  7.『週刊文春』、『諸君』、『文春』記載論説と記事
      1) 『週刊文春』の記事
       (1) 1992年7月16日号
            社会党「ソ連秘密資金」はあった
       (2) 1992年7月23日号
            土井たか子とソ連の密約
       (3) 1992年7月30日号
            「連合」潰しをはかる社会党左派の陰謀
     2) 『諸君』記載論説
       (1) 1993年1月号
             「友好商社」の正体
                −日本社会党のソ連金脈
       (2) 1993年3月号
            山花貞夫氏の仮面の出発
                −日本社会党の内部議事録を公開するー
          @イデオロギー論争(1990年3月中央執行委員会記録)
          A憲法、安保・自衛隊政策(1991年5〜6月党改革委員会記録)
        (3) 1993年9月号(非自民のガン、社会党護憲左派名鑑
         3)『文芸春秋』
       (1) 1993年6月号(レフチェンコとの対談)
            私が操った社会党と新聞 − 今だから話す東京工作のすべて

 

    ご挨拶

  1953年に京大法学部卒業後、私は直ちに日本社会党(右派)本部の政策審議会に入り、以後40年間、国際局や企画室などで、主として社会党の政権獲得戦略とわが国の外交防衛戦略、及び党の運動方針や選挙政策の起草に当った。

  その間、党内の派閥抗争に専念すると共に、自民党や政府機関はもちろん、主要な在京大使館の公使や参事官クラス、及び社会主義インターナショナル加盟各党の幹部たちとの交友を通じて厖大な情報に接し、党内の組織や派閥、労組問題は言うに及ばず、国内外の動きにも精通することができた。

 それらの情報は、党の政策立案や企画会議の討議資料の作成に加えて、党機関誌『月刊社会党』に発表する論説の執筆にも活かされ、それはかなりの量に達した。

 さらに1993年の定年退職後、これらの情報と政治活動の経験を集約した2つの著書『分裂政界の見取り図』と『日本社会党興亡史』を上梓し、マスコミ各誌に幾多の記事を掲載した。

 それらはすべて、政治の実際にたずさわっている政治家や政府関係者はもちろん、現代政治の研究家や日々政治・外交記事の作成に当っている記者の方々にとって、特にわが国政党政治における各党の政権獲得戦略と外交・防衛戦略の生成発展の経緯を学び、今後の展望を洞察するのに、非常に参考になるものばかりだと自負している。                                                                       

  インターネットを通じて著作の1部を公表する所以である。                                                                           

                ★ 上住充弘(本名 實) プロフィール

 1928年

大阪府四条畷に生まれる

 1953年

京都帝国大学法学部卒業、猪木正道教授に師事

 1958年〜59年

スカラシップで米国州立ミシガン大学大学院に留学、国際政治学を専攻

 1953年〜91年末

日本社会党(右派)政策審議会を振出しに、国際局、
国民運動局、企画室等の書記、部長及び調査資料室長を歴任
この間、党代表として20数カ国を歴訪しブラント、周恩来氏等、各国首脳と会談 
社会主義インターナショナル理事会等に党代表として出席

 1974年

社会党右派と全電通等総評右派労組で結成する『現代社会主義研究会』事務局次長 

 1977年

「党改革運動」(反左派闘争)で右派書記局の先頭に立つ

 1993年

 定年退職  政治評論家として現在に至る。
連絡先; рO291−37−1228

 e−mail

aqua@dolphin.ocn.ne.jp

 

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