米    沢    城    

【御三階櫓跡】
別   名舞鶴城・松ヶ崎城
所 在 地山形県米沢市丸の内
築城年月暦仁元年(1238年)
築 城 者大江時広
主要城主大江氏・伊達氏・蒲生氏・直江氏・上杉氏
城郭様式平城
遺   構堀・像

米沢城は源頼朝の重臣大江広元の次男時広が地頭として入部し築いた城です

暦仁2年(1380年)伊達宗遠に攻められ大江氏は滅ぼされ以後伊達氏の本拠となった

その後蒲生氏が入部し、慶長3年(1598年)には上杉景勝がこの地に移され米沢城には直江兼続が入った

関ヶ原の戦い後上杉景勝が城主となり以後上杉氏の居城となった

考察・感想
この城は本丸・二の丸・三の丸を円心円状に重ねた輪郭式縄張りです
攻城時は大河ドラマ天地人をやっており、この影響か人が一杯でした
あの上杉の居城にしては寂しい城です。家康の減石の厳しさが分かります
駐車場
無料駐車場有
目標物
上杉神社
内堀です 祠堂跡です。江戸時代謙信の遺骸を安置した御堂が建っていた場所です

謙信像です 伊達政宗生誕地です

鷹山像です 菱門橋です。本丸南側堀に架かる太鼓橋で、江戸時代は本丸内の藩主が住んだ御殿からの南入口にあたりその通行は厳重に取り締まったことから秘し門と称されたことに由来する


上杉神社本殿です 旧米沢高等工業学校本館です
上杉憲伯爵邸です 色部長門追念碑です。戊辰戦争時新政府軍に敵対した首謀者として責任を負わされ戦後処理され藩の危機を救った

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