石    神    井    城    

【城址碑】
別   名
所 在 地東京都練馬区石神井台1丁目
築城年月鎌倉時代後期
築 城 者
主要城主豊島氏
城郭様式平山城
遺   構土塁

石神井城は石神井川の谷とその北に三宝寺池の谷に挟まれた比高7mの舌状台地にある城です

文明8年(1476年)長尾景春の乱で石神井城・練馬城主豊島泰経と弟の泰明は景春に味方したため文明9年4月太田道灌によって攻められることとなった

泰明のいる平塚城が道灌に攻められたため泰経は石神井城から出撃し江古田・沼袋ヶ原で戦いが行われ、豊島氏は敗れ泰経は石神井城に逃げ帰ったが道灌はこれを追い石神井城は落城した

考察・感想
ここはぶらっと遊ぶにはいい所ですよ。池有り、ボート有り、釣り有り。周辺をジョギングしている人が大勢いました
以前は土塁の所には柵はなく自由に見て回れたようなんですが今はしっかりした柵があり離れて見るしかありません。残念!
こぼれ話
石神井城落城にまつわる伝説がある。太田道灌との戦いに敗れた城主泰経は白馬に家宝の黄金づくりの鞍を置いてまたがって三宝寺池の沼ふかく沈み娘の照日姫もあとをおって入水したという。晴れた日には沈んだ黄金の鞍が陽にはえてみえるという
駐車場
有料駐車場有
目標物
石神井公園
堀と土塁です。左の説明図と比較するとよく分かりますよ 遺構説明図です

堀です 土塁です

本丸?です 三宝寺池です。金の鞍はあるかな?

殿塚です。こぼれ話でも書きましたが上杉氏の軍将太田道灌との戦い敗れた城主豊島太郎泰の供養のため築かれたと言われている 姫塚です。城主豊島太郎泰経の跡を追い三宝寺池に入水した二女の照姫の供養のために築いたと言われている

道場寺です。石神井城主豊島影村の養子輝時(北条高時の孫)が建てたもので豊島氏の菩提寺で豊島氏の墓がある 道場寺の三重塔です。中には人間国宝の香取正彦作の金銅薬師如来像が置かれ、台座にはスリランカから拝受の仏舎利が奉安されている

三宝寺の通用門(勝海舟邸の屋敷門)です 三宝寺の御成門です。寛永2年(1625年)及び正保元年(1644年)に徳川家光が狩猟の際に休憩所とされたのでこの山門を御成門と称するようになった。江戸時代には平常は門扉を閉して庶民の通行を禁じたと言われている

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