浜    松    城    

【復興天守閣】
別   名
所 在 地静岡県浜松市元城町
築城年月元亀元年(1570年)
築 城 者徳川家康
主要城主徳川家康・水野忠邦
城郭様式平山城
遺   構復興天守閣・石垣

浜松城の前身の曳馬城は今川氏の家臣飯尾氏の居城であった。永禄11年(1568年)に三河から遠江に入り曳馬城を攻略する

永禄12年(1569)遠江を制圧すると曳馬城を改修し、岡崎城から29才のとき入城した

天亀3年(1572年)、甲斐の武田信玄が上洛しょうとした際、三方が原で戦った家康は大敗北を喫し浜松城へ逃げ込んだが、この時重臣の酒井忠次は追手門をひらき、松明を焚き天守で大太鼓の連打した。このため、追撃した武田勢はいかなる奇計があるかもしれずとして引き上げた。この時城内には負傷兵しかおらず、家康は九死に一生を得る事が出来た

江戸時代の浜松城主には、幕閣への登竜門として移封される大名が多く、老中の居城(出世城)となることが多かった

考察・感想
家康の城にしては思ったより小さい城であった
野面積みの荒々しい石垣が印象に残った
駐車場
公園周辺の駐車場を利用
目標物  浜松城
浜松市役所
アクセス
JR東海道本線「浜松駅」下車、北口バスターミナル13番乗場から全てのバスで「市役所」下車
八幡台です。天守台の北西にあり、5段の石垣により天守台より高い 井戸です。銀明水とも言われている

門跡か? 石垣です

天守閣です 本丸井戸です

天守曲輪です。最も高い所にあり北東と南東の方向にはり出した菱形している 本丸です。天守閣を取り囲む配置されておらず天守閣の東に配置されている

二の丸です。表御殿と奥御殿からなっていた 家康像です

鎧掛松です。家康が三方原の戦いから帰るときこの松で休み鎧を脱いでこの松に掛けた 秀忠誕生の井戸です

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