新    発    田    城    

【三階櫓】
別   名舟形城・菖蒲城・浮舟城・狐尾曳ノ城
所 在 地新潟県新発田市大手町
築城年月慶長3年(1598年)
築 城 者溝口秀勝
主要城主溝口氏
城郭様式平城
遺   構表門(国重文)・旧二の丸隅櫓(国重文)・復元櫓・水堀

新発田城のあった場所に室町時代には鎌倉の御家人佐々木加地氏の一族、新発田居館があった

戦国時代には新発田重家が上杉景勝と7年間の抗争の末、天正15年(1587年)落城し、江戸時代ではこの跡を古城と言った

慶長3年(1598年)秀吉の命により溝口秀勝が加賀大聖寺から6万石で入封し、古丸を取り込んで築城を開始し、3代宣直の時に完成し溝口氏の居城となった

明治5年新政府軍の命令により取り壊された

考察・感想
ここの三階櫓はT字形の軒先に鯱が3尾付いている
これは始めて見ましたね。オス・メスの2尾はよくありますが、3尾は珍しい
城内は無料で見学でき、櫓や表門の中にも入れます
城内には陸上自衛隊の駐屯地となっており、三階櫓には入れないどころか近寄れません。辰巳櫓から三階櫓の遠景と多数のジープが見れる不思議な城です
こぼれ話 
この城は本丸の形から「舟形城」、周囲は自然の要害として水田開発はさせない湿地であやめがたくさん咲いていたので「菖蒲城」、大雨になると城が水面から浮かんで見えるので「浮舟城」、家臣の軍学者長井清左衛門が縄張を考えていた時に一匹の狐が現れ尾を引いて縄張のヒントを与えたという伝説から「狐尾曳ノ城」とも呼ばれている
駐車場
無料駐車場有
目標物
新発田城址公園
アクセス
日本海東北自動車道「聖龍新発田IC」を降り国道7号を村上方面に進みます
交差点「城北町」を右折し、突き当たりを右折し、後は案内看板によります
城址碑と三階櫓です 本丸石垣と水堀です

二の丸です。藩の御用屋敷があり北方の古丸には米蔵があった 土橋門跡です。本丸を囲む帯曲輪の南西に位置にあった

旧二の丸隅櫓です。二の丸北部にあったものを昭和34年の解体修理時に現在の本丸鉄砲櫓に移築した 辰巳櫓です。かつては赤穂浪士堀部安兵衛の父が管理責任者で櫓の焼失の責任を取って浪人となった

表門です 三階櫓です

溝口秀勝像です 堀部安兵衛像です

礎石です 外の曲輪です

大手中の門脇櫓跡です。二の丸南東角に位置する二階建の櫓でした 大手中の門です。二の丸南側の大手口に位置し高麗門と櫓門による枡形を設け二の丸の正面入口となっていた

三の丸です 西櫓跡です。二の丸南西角に位置する二階建の櫓で大手中の門の左右を守る櫓のひとつであった

西の門です。二の丸西側に位置し櫓門を含めた枡形をなっていた 管原門跡です。三の丸北西角に位置し別名を鍛冶口門という

堀部安兵衛誕生地です

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