山  村  代  官  屋  敷  

【山村代官屋敷】
別   名
所 在 地長野県木曽郡木曽福島町大手町
築城年月不明
築 城 者山村氏
主要城主山村氏
城郭様式
遺   構庭・門

山村代官屋敷。山村氏は鎌倉幕府の大学頭大江匡衡一族の流れを祖とし木曽義元の食客となったことにはじまり戦国大名木曽氏の重臣として活躍した

関ヶ原の戦いに先祖山村良候・良勝父子が徳川家康に味方し犬山城主石川光吉と戦いその功により木曽代官を命じられ福島関所をも預かった

幕府からは旗本の一種交代寄合い待遇を許され明治維新まで続いた

考察・感想
城陽亭が現存する遺構です
石垣に刻まれた句が印象的でした
駐車場
有料駐車場
目標物 
山村代官屋敷
山村代官屋敷の門です。現在工事中で工事用重機が写ってしまうのが悲しい 城陽亭の入り口です。城陽亭は現存する代官屋敷の唯一の遺構で当時の御下屋敷の一部にあたり享保8年(1723年)に再建された

翠山楼です。漢学者石作駒石の書斎で天明8年に建てられた 城陽亭庭園です。駒ケ岳を借景とした築山泉水式の小庭園です

山村代官屋敷東門跡にある石に刻まれた一節です。延亨2年(1745年)4月に尾張藩主徳川宗勝が江戸を発って尾張に帰る途中山村邸に一泊しました。その時藩主に従って来た重臣であり学者であった横井也有の紀行文「岐岨路紀行」の一節が石垣の石に刻まれています 山村代官屋敷東門跡です

山村代官屋敷絵図です 代官清水です。この付近は木曽代官山村氏の屋敷があり城山の権現滝あたりから引水している

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