安    宅    の    関    

【 碑 】
別   名
所 在 地石川県小松市安宅町
築城年月文冶3年(1187年)
築 城 者源頼朝
主要城主富樫氏
城郭様式
遺   構碑・銅像

安宅の関は奥州に落ち延びていく源義経を捕らえるために設けられた各地に設けられた関所の内のひとつです

文冶3年(1187年)3月、山伏姿に変装した義経らは安宅の関に差し掛かり、関守冨樫左右衛門泰家に疑われると弁慶は「東大寺復興勧進のため諸国を廻る役僧」と弁明し、何も書かれていない勧進帳を読み上げた難を逃れた

しかし、強力姿の義経に疑いがかかると弁慶は金剛杖で主君義経を打ち据えた。富樫はその行為に心打たれ義経と知りながら関の通行を許したという

考察・感想
歌舞伎「勧進帳」で有名な安宅の関です
全国で唯一の難関突破の守護神である安宅住吉神社では無料で安宅の関の説明をしてもらえます
駐車場
小松市役所の無料駐車場を借用
目標物  安宅の関地図
安宅住吉神社
冠木門です 像です

関ノ宮 右義経 左冨樫左右衛門泰家です 弁慶逆植之松です

勧進帳を読む弁慶像です 烏帽子岩です

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