久    保    田    城    

【御隅櫓】
別   名矢留城・葛根城
所 在 地秋田県秋田市千秋公園
築城年月慶長8年〜9年(1603年〜4年)
築 城 者佐竹義宣
主要城主佐竹氏
城郭様式平山城
遺   構模擬隅櫓・門・水堀・土塁

久保田城は東西1050m、南北620m、標高40mの神明山に築かれた城です

関ヶ原の戦いで西軍についた佐竹義宣は常陸国から秋田へ国替えとなり、慶長7年(1602年)秋田入部し湊城に入った

慶長8年(1603年)5月、現在の地に築城を開始し、翌9年8月に完成し以後秋田藩主佐竹氏12代270年の居城となった

本丸は明治13年(1880年)7月、火災により焼失した

考察・感想
天守閣と石垣がない城として知られています。石垣がない理由としては、財政難、石材の入手が困難、石垣造りの経験不足、徳川幕府への遠慮、敵に攻められ籠城する時代ではなく城から出て向かえ撃つ戦法をとるため、強力な武器が使用され石垣も大した役に立たないから、などと言われている
現在は千秋公園として綺麗に整備されており、久保田城内にあった八つの隅櫓の内北西隅にある櫓が復元されています
御物頭御番所は久保田城内で唯一残っている建物です
駐車場
二の丸南側に無料駐車場有
目標物  久保田城地図
千秋公園
松下門下側の内堀です 松下門跡です。二の丸入口に位置します

二の丸にある土塁です 黒門です。枡形になっています

黒門下の内堀です 長坂門跡です。本丸の玄関口である表門の前に設けられており二の門とも呼ばれ、長門の由来は二の丸から本丸に登る長い石段(長坂)にちなんで名付けられました

表門です。本丸の正門で左手には門を警備と管理する御番頭局。門の下手には侵入者を警戒する御物頭御番所を置き守りを固めていました 御物頭御番所です

御物頭御番所裏側土塁です 裏門跡です。二の丸から本丸に続き門のひとつで主に夜間の出入りに使用した重層門でした

土門跡です 帯曲輪門跡です。本丸奥から二の丸の土門へ通じる門で本丸の下の帯曲輪に続いていました

埋門跡です。本丸の背面(西側)に設けられ土手を切って出入口とし、上に多門長屋を渡した一種の隠門となっていました 多門長屋跡です

御鷹屋御番所跡です 本丸にある佐竹義堯像です

穴門の堀です 大手門の堀です

城址碑です 案内図です

ホーム   バック