太    田    城    

【城址碑】
別   名易井屋敷
所 在 地和歌山県和歌山市太田
築城年月延徳年間(1489年〜1492年)、天正4年(1576年)
築 城 者紀俊連、太田源太夫
主要城主太田氏
城郭様式平城
遺   構城址碑・土塁・大門

太田城は紀俊連が築城し太田源太夫が修築した城です

岡山県高松城、埼玉県忍城とともに日本三大水攻めのにひとつです

天正13年(1585年)豊臣秀吉の紀州攻めに際し太田党は太田左近宗正を大将として約5千人が太田城に立て篭もり10万の秀吉軍に対して強く抵抗したため秀吉軍は城を取り囲む総延長5〜6kmにもおよぶ堤を築き水攻めをおこなった

1ヶ月後左近ら中心人物50余人の首を差し出し開城した

考察・感想
この城址から700mほど北東に行った所に水攻めをした土塁が残っています。ただし民地となっているため立入りはできません
また、1kmほど西に行った所にある大立寺には太田城の大門が移築されている
駐車場
目標物
来迎寺
出水堤です。水攻めの土塁です 大立寺にある太田城の大門です

和歌山市駅にある太田左近像です

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