敏    満    寺    城    

【土 塁】
別   名
所 在 地滋賀県多賀町敏満寺
築城年月不明
築 城 者久徳氏
主要城主久徳氏
城郭様式平山城
遺   構曲輪・土塁

敏満寺は鎌倉時代・室町時代には大規模な伽藍を持つ有力寺院であった

一大寺院と化した敏満寺はその勢力ゆえ守護大名佐々木氏や京極氏とたびたび対立した

永禄5年(1562年)浅井長政の攻撃を受けた久徳氏に味方したため浅井長政に攻められ当時120以上あった坊舎はほとんどが焼失した

元亀3年(1572年)織田信長の命に応じなかったことから残りの坊舎もことごとく焼かれ寺領も取り上げられ以後衰退した

慶長年間には残った礎石も彦根城普請のため運び去られてしまった

考察・感想
名神高速道路多賀サービスエリアが城址となっています。説明看板も上りは縄張付で下りは説明だけ記載されています
サービスエリアから外にも出れるようになっているのは驚きました
駐車場
専用駐車場有
目標物
多賀サービスエリア
櫓台です

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