美  濃  長  近  オ  フ  会  報  告




まずは集合場所である美濃・刃物物産店にDai壱殿と一緒に向かい8時40分に到着。駐車場で待っているとDai壱殿が不審看板発見「無断駐車罰金1万円」おっとこれいかん、急きょ待ち合わせ場所を変更すべく中濃総合庁舎へ
今回参陣いただける方に場所変更の連絡をという事でまずRYO殿に電話「繋がらない」そういえば最近金がないと嘆いておられた、次にスネーク殿に「繋がらない」そういえば奥様と・・、次に羽柴殿に電話しやっと繋がった。さすが真面目な羽柴殿、助かった。助かった。
現在地を聞くともう到着。さすが史跡好きな皆さん。集合時間30分前に集合完了とはすごいですね。待ち合わせ場所の変更を話し移動をお願いした
程なくサングラスを掛けた恐そうな方がこちらに向かってくる。思わず目を逸らす当方。薄めで見るとなんとスネーク殿見事合流できました。スネーク殿・Dai壱殿・羽柴秀勝殿・RYO殿城田ジョウの会幹部全員揃いました
ここで皆さんを我が愛馬「蓮銭葦毛」に乗っていただきました。しかし、この蓮銭葦毛は馬主が悪いため狭いは・鈍いはで本日1日皆さんにご迷惑をお掛けしました。すいません、次回は「疾風」に乗り換えるからね
まずはインター前の佐藤氏館跡を見学。とは言っても遺構どころか碑さえもない。当たり一面田んぼ。ここを写真を撮る一同は他から見ると一体・・
次に向かうは清泰寺。金森家の菩提寺です。なかなか立派な山門が一行を迎えてくれました。ここでDai壱殿が寺の小僧さんとなにやら談笑。さすがDai壱殿顔が広い
山門をくぐり左手のある長近大権現に、一同合掌!!続いて本堂の裏にある鉈尾山城初代城主佐藤清信、二代佐藤秀方、小倉山城金森長光の墓と金森氏断絶後の代官石原氏四代の墓にもお参り
佐藤氏館跡。一面田んぼです 清泰寺山門です

鉈尾山城主の墓です 石原4代の墓です

次に向かうは小倉山城。金森長近が築いた城です。ここはまだ遺構が残っている所、主催者チョットだけ一安心。ここでは石垣、復興櫓を見学後山頂にある櫓風展望台へ
ここで美濃観光協会Dai壱殿より「右に見えますのが権現山でございま〜す」と周辺の説明を聞いた
石垣です 櫓風展望台です

次に向かうは美濃市うだつの町並み。この町割りの完成は慶長11年頃といわれています
ところで「うだつ」ってなに?。説明しよう!うだつとは大屋根の両端に作られた細長い小屋根で防火壁の役割で後の富商の象徴となりました
「うだつがあがらない」の語源になっています。当方には辛い言葉ですね
うだつの町並みです うだつです

次に向かうは鉈尾山城。戦国時代は佐藤氏の居城で関ヶ原の戦い後は金森長近が入封した城です
駐車場に車止め、鉈尾山城に進軍すべく鎧・兜の着用代わりにリュックを背負い「いざ出陣!!」。おっとここでスネーク殿がリュックを持ってきていない。片手に荷物を持ち出発
池を横目にいよいよ山の中に入って行き最初の分かれ道[あれどっちだっけ、すぐ山の方の道だったような気がするが、ここは途中から獣道のようになるから他の道から行こっと]と内心不安になりながらもう一方の道を進軍
先週の下見した道とは違い割と歩き安い道ではあったがそれでもなかなか急な坂道、途中で一休みしさらに進軍 延々と続く階段を登って行くととても見晴らしの良い景色が我々の目に飛び込んできた。先ほど落城させた小倉山城がよ〜く見えます。絶景かな!絶景かな!
さらに進軍しやっとこのとで山頂到着。本丸でございます。ここで倒れ込むス○ー○殿、日頃の運動不足が・・・
山頂では麓で買ったお弁当を食べ、元気が出たところで今度は搦手道から下山しました
釣り壁がよく分かります 鉈尾山城の本丸です

次に向かうは矢影道。11代守護土岐頼芸が大桑城で斎藤道三に攻められ、土岐方の部将が落ちのびてきた道。ここはDai殿しか分からない所ですね
次に向かうは明智光秀の墓。ここには光秀産湯の井戸があります。中を覗いて見ると・・・。さて、何があるか皆さん自分で見てください
中を覗いた後、明智光秀の墓に皆で手を合わせにいきました
光秀産湯の井戸です 明智光秀の墓です

次に向かうは最後の山城大桑城。いざ出発と思った時、雨足が強くなってきました。美濃衆が動くと雨が降る。またしても当たってしまいました。雨男は誰かな??
さてさて、この雨の中での山城進軍は無理。どうしたものかと考えていると「黒野城」の声あり。急遽行き先変更黒野城に進軍開始
黒野城に到着し、槍の代わりに傘を片手に土塁・堀等を攻め、見事落城いたしました
これで今回のオフ会は終了です
参加いただきました皆さん ありがとうございます

ホーム  バック