亀    山    城   

【多聞櫓と石垣】
別   名粉蝶城
所 在 地三重県亀山市本丸町
築城年月天正18年(1590年)
築 城 者岡本宗憲
主要城主関氏・奥平氏・三宅氏
城郭様式平山城
遺   構櫓・石垣

亀山城は関氏三百年の居城旧亀山城(若山城)を廃し新しく築いた城で本丸には三重の天守閣が築かれていた

関ヶ原の戦いで岡本宗憲か西軍に味方したため領地没収され替って三宅康貞が守っていたが慶長9年旧亀山城主関一政が城主となったが慶長15年には移封され松平氏・水谷氏と替っていった

寛永9年(1632年)幕府は堀尾忠晴に丹波亀山城の修築を命じたが忠晴は亀山城と間違えて城主三宅康盛に天守閣を解体させ石垣の修理にかかったところ丹波亀山城と間違いと知ったが取り壊した天守閣は復旧に及ばずとの命令で再建されなかった

考察・感想
間違えて壊されてしまった天守閣。城主は辛かっただろうと思われる
多聞櫓も石垣も立派ですよ
駐車場
亀山神社無料駐車場を利用(10台程度)
目標物
亀山神社
多聞櫓です 城址碑です

石垣です 石垣です

太鼓門跡です 楠門跡です

二の丸御殿跡です。周囲は土塀で囲まれ敷地内には茶室、馬場、勘定場、土蔵、長屋も設けられていた 関見櫓跡です。西出丸の二重櫓で亀山城西端の関町方面を望見する位置にあることから関見櫓を呼ばれた

堀??か 堀跡が公園の池になっています。しかし、すごい色です

大久保神官邸宅門跡です 飯沼慾斎生誕の碑です

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