八    田    城    

【全 景】
別   名霧山城
所 在 地三重県松阪市嬉野八田町
築城年月鎌倉時代
築 城 者三浦五郎左衛門尉盛時
主要城主三浦氏
城郭様式平山城
遺   構土塁・堀切・井戸・郭

八田城は雲出川の支流中村川の南側、標高58m、比高34mの丘陵頂部に築かれた城です

鎌倉時代に相模から三浦五郎左衛門尉盛時が来て築城し、後に大和多に性を改め11代盛成は北畠顕能に従い以後北畠氏に属した

永禄12年(1569年)信長の伊勢侵略の際、羽柴秀吉が信長の命を受けてこの城を攻めたが城主大多和監物はよく防戦し防いだ

天正4年(1576年)北畠氏は滅亡し大和多は城を出て土着し三浦と改姓した

考察・感想
この城は遺構が一杯あって面白いですよ
色々案内もあり、隠れ見張台なんてものもありました
駐車場
駐車場スペース有
目標物  八田城
嘉明寺
砦門です 堀切です

土塁です 井戸です

虎口です 主郭と周囲の土塁です

屋形跡です 見張台です

潮見台です 隠れ見張台です

堀切です 城址碑です

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