赤    坂    宿




【本 陣


赤坂宿は東海道の赤坂宿と同じ名前のため美濃赤坂と呼ばれた
本陣は間口24間4尺、邸の敷地2反6畝26歩、建物坪数239坪あり玄関・門構えの豪勢な物であったといわれている。寛永以後馬渕太郎左衛門に次いで碑平田左衛門が代々本陣役を継ぎ天命・寛政のころ谷小兵衛に替わったが以後矢橋広助が2代に及んで明治維新となり廃絶した。文久元年10月25日皇女和宮がここに宿泊した
赤坂宿は中山道69次の宿場の57番目にあたる。北に向かう谷汲巡礼街道と南は伊勢に通じる養老街道の起点で、東西の街筋は本陣・脇本陣をはじめ旅館17軒があった

象です。本陣跡がある公園内に建っています 赤坂宿です

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