福    山    城    

【復元天守閣】
別   名久松城
所 在 地広島県福山市丸の内1丁目8番
築城年月元和8年(1622年)
築 城 者水野勝成
主要城主水野氏・松平氏・阿部氏
城郭様式平山城
遺   構復元天守閣・伏見櫓・筋鉄御門・石垣

福山城は標高28m、比高25mの丘陸に築かれた城です

徳川譜代の臣、水野勝成が備後10万石の領主として入封しこの地に翌年から城の築城に着手し、8年8月に完成させた

以後5代勝岑が元禄11年(1698年)幼くして死去したため水野家は断絶した

代わって出羽山形城主松平忠雅が移封されたが、宝永7年(1710年)伊勢桑名に移り、その後は阿部正封が入封し10代続いたが明治6年に廃城となった

考察・感想
JR福山駅のすぐ前が城址となっています
城内には国の重要文化財に指定された伏見櫓、筋鉄御門があります
駐車場
公園内有料駐車場
目標物  福山城地図
JR福山駅
伏見櫓です。三重の隅櫓で伏見城松ノ丸東やぐらにあったものを元和8年(1622年)福山城築城にあたり将軍秀忠が移建させた 月見櫓です。明治初年に取り壊されたが昭和41年外観復元された

筋鉄御門です。福山城本丸の正門で伏見城から移建された。左に渡櫓、右に多門を連接されたもので後代の桝形多門の型をとらない初期様式である。重要文化財となっている 鐘櫓です。本丸西側にあり市重要文化財となっている

黄金水です。本丸の現存する唯一の井戸で、その他本丸に4ヶ所、二の丸の3ヶ所、三の丸に2か所あった 鏡櫓です。本丸東側にあり東南隅の月見櫓から北へのびる塀でつながれていた

御湯殿です。伏見城にあった豊臣秀吉の居館を移した伏見御殿に付随した建物で国宝に指定されていたが戦災により焼失し、昭和41年に復原された 御湯殿です。石垣に張り出している

伏見湯殿跡です 冠木門です

棗木門です 塩櫓台です

玉櫓台です 火打櫓台です

人質櫓台です 二階櫓台です

天守閣の礎石です 二の丸石垣です

水野勝成像です

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