善    光    寺


【本堂】

善光寺は飛鳥時代の642年に創建された古寺である
百済伝来の本尊を信濃にお連れした本田善光の名を取って善光寺となった
善光寺の本堂は皇極天皇元年(642年)の創建以来十数回の火災にあっており、現在の建物は宝永4年(1707年)の再建で国宝となっている
住所 長野県長野市元善町491−イ

仁王門。大正7年(1918年)再建、高村光雲・米原雲海の彫刻がある 駒返り橋。建久8年(1197年)源頼朝が参詣した折、馬の蹄が石橋の穴に挟まってしまいここから徒歩で入った

山門(三門)。寛延3年(1750年)二層入母屋造りの門で、楼上の善光寺の額は輪王寺宮万冶の石仏 鐘楼。嘉永6年(1853年)の再建で6本の柱を持つ珍しい形式

忠霊殿。戊辰戦争から第二次世界大戦までの戦争で亡くなった二百四十万柱の英霊を祀る仏式霊廟 徳川家大奥供養塔。江戸幕府三代将軍徳川家光の正室本理院、家光の乳母春日局、家光の次男綱重の正室紅玉院など大奥関係者の供養塔

千人塚(二斗八塚)。江戸時代初期の慶長年間に起こった百姓一揆の犠牲者を祈って建てられて塔 真田家関係古塔。江戸時代に善光寺の外護職を務めた松代藩真田家の重臣、木村土佐守・木村縫殿助・小川新九郎らの供養塔

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